少年の誓い~魔法少女リリカルなのはO's~   作:さっき~

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 ――雨が降り出した。
 ――何とか保っていた曇り空は、何かを境にその様相を一気に加速させ……
 ――降り注ぐ雫が、髪と頬、肌や衣服を際限無く濡らしていく。

 ――しかし、そんな事すら今の俺には些事でしかない。
 ――衣服が肌に纏わりついて、かなりウザったい感じはするが、それだけ。
 ――走り続ける事だけが、俺の全てだった。
 ――それが唯の現実逃避だと言われれば、その通りとしか言い様が無い。
 ――自分でも分かってる。
 ――目の当たりにした現実から、意識を背けようとしている。
 ――あの2人の姿を、見なかった事にしようとしている。
 ――そんなのは無駄だと知りつつも……。

 ――まるで駄々を捏ねる子供のように、現実を受け入れたくない心。
 ――そして、仕方ないと受け入れようとする心。
 ――相反する心があるから、そこに葛藤が生まれて、自分を制御出来なくなる。
 ――自分が自分でなくなる感覚、それが純粋に唯…………怖い。
 ――抑えなくちゃいけない感情が、内側で暴れている。

 ――苦しい。

「誰か、助けて……」

 ――その呟きは、知らぬ間に漏れた感情の切れ端。
 ――これはきっと、すずかも同じだったんだろう。
 ――辛くて、苦しくて、誰かに頼りたかった。
 ――だから恭也さんに、あの人に縋った。
 ――それは間違いなんかじゃなくて、人として当然の行動で。
 ――すずかの感じていた辛さを、今になって漸く理解出来た。

 ――彼女を理解する事、それは俺が望んだ事だ。
 ――でも、こんな辛い想いは

「痛い……っ」

 ――アイツが恭也さんに支えられたように。
 ――俺は誰かに、支えられるのだろうか?
 ――この痛みを受け止めてくれる人が、俺には居るのだろうか?

「…………くっ!?」

 ――痛む頭を抱えながら思い浮かぶのは、たった1人の顔。
 ――紫の髪に白のヘアバンド、優しさを湛えた瞳、柔和で静かな笑み。
 ――でもそれだけじゃなくて、意外にも積極的で人懐っこい性格。

「す、ずかぁ……」

 ――最早、もう届かない少女。
 ――俺が目を背けて、逃げてしまったから。
 ――彼女を裏切ってしまったから。
 ――だからもう、アイツを求めちゃいけない。
 ――痛みは俺の行動による反動、だったら決して捨ててはいけない。
 ――俺は1人で、この痛みを抱えていかなくちゃならない。
 ――どんなに辛くても、これ以上は誓いを破りたくないから。

「俺は……」

 ――もう、お前の友達になれない。
 ――それだけで目頭が熱くなる。
 ――双眸に、熱いモノが込み上げてくる。
 ――目尻を伝って、流れ落ちていく。

 ――止め処なく溢れ出る涙が、止まらない。

「俺はっ……」




「聖君!!」

 ――声がした。
 ――何度も聴いてきた、何度も聴いていたかった声。
 ――しかし、もう取り戻せない声。
 ――なのに

「聖君っ!!」

 ――また、俺の耳に届く。
 ――アイツの声が。
 ――世界中の誰よりも、愛しく思った少女。
 ――世界中の誰よりも、特別に感じた存在。
 ――月村すずかの声が。





――それは、少年の誓い――

――少女の隣を歩くと決めた、愛の叫び――







S№End「すずか~世界中の誰よりも~」

 

 

 空が暗い、地上を照らす筈の光源は分厚い雲に覆われて姿形も見えない。

 先程から降り始めた雨は激しさを増し、既に全身は既にずぶ濡れ状態。

 完全に冷え切った体は、季節すら感じさせない程の震えをもたらしている。

 

 ――――でもそれ以上に、胸の奥に宿る心が冷えていた。

 想いを穿つ現実、大切な少女を裏切った自分。

 まるでヤスリで削られたような心の痛みは、自分の弱さを傷口となって露出させる。

 冷たい風に吹かれ、雨粒に打たれ腐敗していく心。

 そんな心に、一縷の灯火を翳してくれたのは……。

 彼女の、すずかの声だった。

 

「聖君!!」

 

 全力で疾駆する俺に、徐々に距離を詰めていく背後の少女。

 その必死な声が、光となって俺を照らそうとする。

 アイツだって苦しい筈なのに、それでも俺に手を差し出そうとする。

 何でそんなに、強くなれるんだ……。

 何で俺を、追い掛けるんだよ……。

 

「待って!! 待ってよ!!」

 

 その声を聴く度に、全身の力が弱まっていくのを感じる。

 足に力が入らなくなっていく。

 必死になって太股を上げる、地面を踏み抜く。

 そんな誤魔化しでさえ、すずかの声には勝てない。

 足が下がっていく、それに反比例するように息が上がる。

 膝が震える、足許が覚束無くなる。

 そして俺は――――――――倒れた。

 

「くっ……!!」

 

 自分の思った通りにいかなくて逃げて、意固地になって逃げ続けて……。

 無様に前のめりにぶっ倒れて、情けない姿を晒して……。

 最後まで俺は、格好悪いガキだった。

 

「聖く――」

「――来るなぁ!!」

 

 それでもまだ、俺には意地があった。

 彼女を受け入れてはいけないと、半ば自暴自棄のような叫びはその表れ。

 

「来るなよぉ……」

 

 しかし、口に出さずにはいられない。

 出さないと意志として形にならない、心が折れてしまう。

 彼女の優しさに甘えてはいけない。

 

「何で……此処まで」

 

 お前は、俺を追って来たんだ。

 お前の目の前で、お前を裏切って逃げた男を……。

 こんな大雨の中、傘も差さずに走って……。

 何で此処まで、お前は追って来たんだ!!

 

 涙で滲む視界に彼女を収めて、キッと睨み付ける。

 それに圧されたように、相対するすずかは一瞬だけ怯んだ。

 

「信じたいって、思ったんだ」

 

 でも、すぐに強い瞳で見返してきた。

 俺に負けじと力を込めた双眸には、以前見たアイツのものよりずっと強かった。

 きっと恭也さんの支えによって、立ち直れたのだろう。

 

「あの時からずっと怖かった。私は普通じゃないから、それを知られればきっと拒絶されるって」

 

 『夜の一族』、彼女にとってそれが何よりも懸念する事だった。

 知られたくない事実、人とは違うという事の重さ。

 その重さが、彼女の苦しみに繋がっていた。

 拒絶されるという不安が、彼女の痛みそのものだった。

 

「だからずっと、皆に隠してた。普通の女の子のフリをして、仲良くやっていた」

 

 ハラオウン達にでさえ、コイツは心の内を見せられなかった。

 友達に隠し事をしながら生きる辛さ、話す事すら拒んでしまう現実の非情さ。

 この顔を見れば、嫌でもそれが理解出来てしまう。

 その重みでなく、その重みに耐える姿が……。

 

「そうすれば大丈夫だ、って思ってた。なのに、あんな事があって……」

 

 あんな事、言うまでもなく『あの時』の事だろう。

 すずかの隣を歩いた日、すずかを守れなかったあの日。

 彼女が、自分の正体を隠せなかった日。

 

「聖君を傷付けた彼等にした行為に後悔は無い。でもあの姿を見られて、凄く怖くなった」

 

 紅い瞳、それは人外の証。

 それを俺に見られた事が、彼女にとっての恐怖の一端だった。

 消す事の出来ない事実……。

 

 でも、俺は思う。

 それは決して、消しちゃいけない事なんだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~Interlude side:Suzuka~

 

 

「聖君と出会ってから数ヶ月、色々あったけど凄く楽しかった」

 

 初めて会ったのは、お昼の時間。

 でもそれより前、体育の時間での姿が印象的だった。

 私達のクラスの猿山君を、真正面から挑んで叩き伏せた聖君。

 ベンチで見たその真剣な瞳が、とても真っ直ぐで勇敢だったのを憶えている。

 

「ひなた園でも皆が私に優しくしてくれて、色んな事を教わった」

 

 今までに何度も会った平太君や勇気君、初めて会った明菜ちゃんや沙耶ちゃん。

 まだ小学校にも行っていない年の子まで、あの場所には沢山居た。

 そして何よりも、あの場所は温かさに溢れていた。

 師父さんやシスターさん、そして聖君の愛情に包まれて、皆がすくすくと育っていた。

 

「コンクールで、私達を励ましてくれた。一緒に舞台に立ってくれた」

 

 あの時、不安で押し潰されそうだった私達を怒ってくれた。

 もっと心配させろって、もっと頼れって、優しく抱き締めながら……。

 諦めていた心を、奮い立たせてくれた。

 同じ舞台に上がって、音楽を一緒に楽しんでくれた。

 

「私をデートに誘ってくれた。一緒に映画を見てくれて、一緒に笑ってくれた」

 

 同年代の男の子との初めてのデート。

 不安なんて微塵も無くて、期待で胸が一杯でワクワクした。

 待ち合わせをして、お昼を食べて、映画を見て、公園を歩いて……。

 決して特別な事じゃないのに、その1つ1つが特別に思えて、本当に楽しかった。

 

「たった数ヶ月で、聖君はこんなにも沢山の想い出をくれた」

 

 思い返せばこれ程までに、私達の過ごしてきた時間を鮮明に思い出せる。

 それはきっと、そのどれもが私にとって印象的だったから。

 そして聖君の存在が、私にとって何よりも特別だったから。

 

「だから怖かった。そんな聖君に拒絶されたら、私は絶対に立ち直れない」

 

 ……だからこそ、こんな事になってしまった。

 聖君の存在が大きくなればなる程、心に付けられる傷も大きくなる。

 それを知ってしまったから、私は自分の中に閉じ篭もってしまった。

 自分が傷付きたくないから、聖君の心からの言葉から逃げた。

 

「学校に来なかったのは、その、俺に……会いたくなかったからか?」

 

 その言葉を口にした聖君の顔に跳ねた泥が、彼の表情をより暗いものにしている。

 その言葉の意味が、彼自身を苦しめている。

 

 でもその言葉の意味が間違ってる事だけは、確かな事だった。

 だって私は――

 

「逢いたくない訳ない!! 逢いたいよ、逢って色んな話をしたいよ!! でも、逢っちゃったら……」

 

 きっとあの時の事を思い出しちゃうから。

 そうすれば私は、聖君をまともに見る事なんて出来ない。

 貴方があの時の事を訊いてくると考えただけで、ビクビクしながら生きていかなくちゃいけない。

 もし聖君から、拒絶の言葉が出て来たら、私は……。

 

「今の今まで、ずっと家に閉じ篭もってた。どうすれば良いのか、ずっと考えてた」

 

 それは、見えない暗闇を灯りも無しに歩くような行為。

 行く先の当ても無い、それでも何もしなければもっと心が辛い。

 そして、その中で1つのモノに辿り着いた。

 何度やり直しても、出発点に戻っても、終着は全て同じ。

 

 それは――――聖君を信じたいという、願い。

 

「どんなに忘れようとしても、聖君の言葉が頭に響くの。その度に信じたいって気持ちが溢れそうになったの」

 

 ザァザァと降り荒び全身を強かに打つ雨の中、私は心の内を吐露する。

 この一週間、グルグルと目まぐるしく脳内を巡る思考。

 そのどれもが私にもたらす、彼の信頼へ縋るという回答。

 

「私だって信じたい!! でも、本当の私を知ったら、きっと……」

 

 夜の一族、その正体を知ったら……。

 貴方とは異なる存在、それが目の前に居ると知られたら……。

 普通なら、誰だって拒絶する。

 もしかしたら『バケモノ』だなんて吐き捨てられるかも知れない。

 そんな現実を目の当たりにしたら、きっと私は壊れてしまう。

 それだけは耐えられない。

 

「だから恭也さんに訊いたの。聖君とどうすれば良いのか、どうすれば私は――」

 

 

 

「――何だよそれ」

「えっ……」

 

 刹那、呼吸が止まった。

 聴こえたのは、小さな呟き。

 雨音にすら掻き消されてしまいそうな程の、か細い声。

 俯いた顔で地面に膝を着く、1人の少年。

 その声が、耳障りな雨音を抜けて、私の許へ明瞭に届いた。

 

「そんなの、訊いてたのかよ……」

 

 徐々に声が熱を帯びていく。

 体の内に、心の内に秘めていた灯火が再燃するように。

 天より降り注ぐ雫の冷たさすら構わず、顔を持ち上げた。

 泥で汚れ、青白くなった顔は酷くやつれて見えて、今にも倒れてしまいそう。

 でも、そこにある瞳は、そんな弱さを微塵も感じさせなかった。

 普段の鋭い目付きを更に深めて、黒い瞳が真っ直ぐに私を射抜いている。

 爛々と輝く双眸は芯のある力強さを以って、不屈の意志を湛えていた。

 彼は、聖君は…………怒っていた。

 そして――――

 

「俺は、そんなに頼りない奴なのかよ」

 

 ――――泣いていた。

 

 

~Interlude out~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、そんなに頼りない奴なのかよ」

 

 すずかの苦しみ、辛さを聴いて尚、俺はそう言わずにいられなかった。

 雨に打たれ続けた所為か、頭はフラフラして全身も熱い。

 それでも倒れる事は許さない、俺はまだ言うべき事を言っていない。

 ――だからまだ気張ってくれよ、俺の体。

 

「何で恭也さんに訊くんだよ、何で俺に言ってくれないんだよ……」

 

 俺の言葉は、傍から聞けば身勝手な言葉でしかない。

 彼女は俺に知られる事を恐れたからこそ、恭也さんに頼ったのだ。

 その行為を、誰も咎めはしないだろう。

 

 それでも、それでも…………。

 これは、――――俺とすずかの2人だけの問題なんだから。

 

「バニングスに自分の間違いを正された俺が、そんな事言えた義理じゃないけど……」

 

 他人への影響を省みず、自分勝手な行動を押し付ける。

 1人の少女の言葉がそれに異を唱え、俺に想いを突き付けた。

 彼女のお節介があったから、夜の屋上での誓いがあったから、俺は前に進むと決めた。

 すずかを理解しようと決めた。

 それが俺の意志であり、大切な願いだったから。

 

「結局、自分の想いも願いも、自分自身が決めないと本物じゃないんだ。誰かに教えられたから変えようじゃなくて、教えられた上で変えようか自分で考えるんだ」

 

 俺の間違いを認めてくれた、そして選択肢というものを教えてくれた銀髪の少女。

 選ぶも選ばないも自分自身、その後の全てを握ってるのは常に自らの意志。

 バニングスの言葉で、俺はどれだけ難しくても変えていこうと自分で決めた。

 

「お前は、自分自身で考えてどうした!? 何が分かった!?」

「わ、私は……」

 

 視線の先の少女に喰らい付く。

 苦しい思いをしてる少女に優しく問い掛けるのもいいだろうけど。

 でもそれだけじゃ、相手の本音を聴き出すのは難しい。

 本気で言い合って、本気でぶつかり合う。

 それこそが一切の妥協の無い関係、お互いが最も歩み寄れる方法だと思うから。

 

「1人で考えて何が分かった!? 恭也さんに訊いて何が分かった!?」

「それは……」

 

 完全に圧されているすずかの表情は、戸惑いに溢れている。

 何とかして口を動かそうとするが、すぐに噤んでしまう。

 まだるっこしいその態度に、先程から募っていた苛立ちがどんどん増していく。

 

「俺は分かった!! 俺はお前と理解し合いたい!!  お前に俺を理解して欲しい!!」

 

 冷たい空気が肺に入り込んでくる。

 喉が少し痛いが、そんな事が気にならない位の叫びで打ち消した。

 こんな時に、その程度の些事に感けている暇は無い。

 すずかに俺を理解して欲しいから、俺は心の内を叫ばなきゃいけないんだ。

 

「お前ともっと話したい!! お前ともっと昼飯を食いたい!! お前ともっと、もっと……」

 

 募る苛立ち、その根源はきっと――――自己嫌悪。

 彼女に信じて貰えなかった自分の不甲斐無さ、それが俺の主張に多分に混じっていた。

 不甲斐無さは感情を更に増して、涙腺の活動を活発化する。

 

 俺は叫びながら、泣いていた。

 そんな事すらやっぱり、今は些事でしかない。

 だって俺のこの想いの方が、ずっと大きくて大切なものなのだから。

 

「一緒に居たいんだ!!」

「っ!?」

「お前が何処の誰で、どんな奴だろうと関係無い!! 俺は、お前がお前だからそう思えるんだ!!」

 

 今までにどんな事をしてきたとしても、今の俺の彼女を見る目が変わる筈も無い。

 だって俺が知ってるのは、出会ってからのすずかだけなんだから。

 艶やかな紫の髪、誰もが綺麗だと言える顔立ち、穏やかな笑み、奥床しい佇まい。

 その中に度々飛び出してくる、人懐っこい性格。

 そのどれもが彼女にとっての魅力で、俺の心を引き寄せて放さない。

 すずかの良い所を知ってるから、俺の友達で、大切にしたいと思った人だから……。

 例えどんな過去があっても、どんな秘密があっても、すずかを信じられる。

 

「で、でも私は人間じゃない!! 夜の一族っていう化け物なん――」

「――違う!!」

 

 弱々しく食い下がるすずかを、力で抑えつける。

 その言葉は言わせちゃいけない、言わせたくない。

 それが彼女を傷付ける言葉だと分かっているから、絶対に口に出させてはいけない。

 反論を紡ごうとする彼女を、俺は叫びで封殺した。

 

「俺は認めない!! お前が化け物だなんて言わせない!! お前の家族が化け物だなんて言わせない!!」

 

 月村さんに問われた、人外の意味。

 そして聴かされた、夜の一族という存在。

 彼女がソレを秘匿したがる理由が、分からない訳じゃないけど……。

 

「お前は――」

 

 俺の意志は、その拒絶に負けない。

 フラつく体に鞭を打って立ち上がる。

 そのまま、少し先に居るすずかの許へ……。

 

「俺にとって――」

 

 だから信じて欲しい、俺の言葉を。

 そして、俺自身を……。

 

 

 

 

「――大切な、人だから!!」

「あっ……」

 

 その言葉を言い放つと同時に、無意識で彼女を抱き締めていた。

 強く、きつく抱き締めていた。

 大雨の中、互いの体を温め合うように。

 彼女の柔らかい感触を、離してしまわないように。

 

「この一週間、ずっとお前の事を考えてた」

 

 逢えなくて寂しいと、気付けば感じてしまっていた。

 早く顔を見たい、話したいと心の底から思っていた。

 それ程までに俺は、すずかを想っていたと知った。

 彼女の耳元に顔を寄せて、内に潜んでいた心を形にする。

 

「考えれば考える程、お前に逢いたいって思った。それで分かったんだ、自分の本当の気持ちが……」

 

 師父に教えられて、自分で考えて、その答えに行き着いた。

 自分でも気付かなかった、自分自身の本当の気持ちが……。

 どんなものにも揺るがない、真っ直ぐに積み上げられた想い。

 今まで誰にも抱いた事が無い位の、大きくて強い感情。

 俺はコイツの事を、すずかの事を――

 

「俺は、お前が好きなんだ。大好きなんだ。誰よりもお前が好きなんだよ!!」

 

 純粋に、只管に好きだった。

 たったの数ヶ月、それだけの時間が積み重ねた想い。

 ハラオウン達との時間と比べれば微々たるものかもしれない、されど内包された想いの純粋さなら負けたりしない。

 

 だって、すずかを想うと苦しくなったり、辛くなる。

 今の自分の状態が、実体験としての良い例だ。

 そして……心に溢れてくる温かな力を感じる。

 何の理由も無く、彼女を守りたいと、傍に居続けたいと願ってしまう。

 すずかを唯、愛しいと思ってしまう。

 

「でも私は、普通じゃないんだよ」

 

 それでも俺の腕の中の少女は、受け入れようとしない。

 いや、どうするべきか迷っているように見える。

 きっとすずかは、俺の答えを待っているのかも知れない。

 だったら俺に出来る事は、嘘偽り無い自分の答えを真っ直ぐにぶつけるまでだ。

 

「力だって普通じゃない」

「あぁ」

 

 アイツ等を、事も無げに退けたんだ。

 確かにそうだろうな。

 

「五感も異常に発達してるし……」

「あぁ」

「再生能力だって、人とは比べ物にならないんだよ」

「あぁ」

 

 夜の一族の特徴、それは確かに普通ではないだろう。

 それでも俺は、自分の意志を曲げないと誓った。

 大好きな少女の全てを受け入れると、悲しませないと決めた。

 笑顔にしたいと、一緒に笑い合いたいと決めたんだから。

 

「いつか、聖君の血を求めるかも知れないんだよ?」

「光栄だな。他の男の血を求められるより、何百倍もマシだ」

 

 すずかのどんな言葉も俺は否定しない。

 俺の全てで受け入れて、お前の隣に立ちたい。

 

「私は……」

「夜の一族だってんだろ? 分かってるよ」

 

 だからいい加減、お前も俺を受け入れて欲しい。

 その頑なな心を、もう解放してもいいだろう?

 

「わ……た、しっ…………は―――」

「お前はすずかだ。俺の大好きな、月村すずかっていう女の子だ」

 

 感極まったのか、嗚咽混じりの声を漏らすすずか。

 腕の中の少女を愛しく想いながら、俺はその背を優しく摩る。

 震える背中、途切れ途切れに聴こえる涙声。

 その全てをこの両腕で包み込む。

 

「わっ、たしは……」

「いつまで周りの目を気にしてるつもりだ?」

 

 最後の反抗とでも言うかのような、その一言さえ……

 

「そんな事は関係無いだろ?」

「でっ、でも……」

「聴かせてくれ、教えてくれ。お前の本心をさ」

 

 俺は優しく封じ込める。

 常識や倫理に縛られない、本心という原初の心。

 聴かせて欲しい、お前の本当の綺麗事(きもち)を……。

 夜の一族としての言葉じゃなくて、月村すずかとしての言葉。

 それを俺は待ってるんだ。

 互いの視線が、雨粒を通して交錯する。

 その中でゆっくりと、彼女の口が開いた。

 

「ひじっ、り君が……」

「あぁ」

 

 

 

 

「だ、い………好き、だよ」

「――――あ、あぁ!!」

 

 今、何て言った?

 俺の聴き間違いじゃ、耳がおかしくなってる訳じゃないよな?

 

 言ったよな、『大好き』だって。

 俺の名前を呼んで、『大好き』だって。

 涙を堪えながら、震える唇で、力を振り絞って。

 

 自身の思いの丈を、目の前の少女は吐き出した。

 

「大好きだよ、聖君!!」

「あぁ、俺も――――――っ!?」

 

 それは、不意打ちとも言うべき代物だった。

 少しの隙間も無く抱き合っているが故に、彼女のそれに反応する事が出来なかった。

 互いの姿が、互いの瞳越しに見えるその距離で……。

 俺達の距離が――――ゼロになった。

 

「……」

「……」

 

 声が、出ない。

 そりゃ当然だ、塞がれてるんだから。

 では、それを塞いでるのは何か?

 

 

 ――――すずかの唇である。

 

――何じゃとふりうてこせあふぁか!!??――

 

 刹那、思考が意味不明な羅列を吐き出しながらパンクした。

 全身の血管を暴れるように血液が流れていく、主に顔へ。

 あついアツイ熱い暑い厚い篤い!?

 何、何でこうなってるの!?

 いや、別に嫌ってワケじゃない寧ろ此方こそお願いしますとか思ったりしてるけどさ!!

 しかしこれはあまりにも突然過ぎるしこっちにも心の準備ってものがぁぁぁぁ!!!!

 

「聖君」

「えっ、あ……はい」

 

 その艶のある囁きに耳を打たれて、ハッと現実世界に意識が戻る。

 目の前には、俺と同様に顔面を真っ赤に染めたすずか。

 でもその表情は、満面の笑みに彩られていた。

 

「私のファーストキス、あげちゃった♪」

「っ!? お、俺も、だよ……」

「フフフッ、また聖君の初めてを貰っちゃったね」

 

 何と言うか、やっぱりそういう言い方は卑怯な気がする。

 否が応にも恥ずかしくなってしまう。

 でも、これが誰かを好きになるって事なんだと、心の何処かで思っていた。

 

「あぁ。俺達は、これからも色んな初めてを知っていくんだ」

「そうして、その度に聖君をもっと好きになっていくんだね」

「そっ、それは俺も同じだっての……」

 

 これから、俺達は色んな事を知っていくんだろう。

 きっと楽しい事ばかりじゃないけど、それはとても大切な事で。

 喜び合って笑い合って、傷つけ合って喧嘩し合って……。

 その一つ一つが、俺達にとっての宝物になる。

 俺はそれを、すずかと積み重ねていきたい。

 

「すずか」

「何?」

「俺、すっげぇ嬉しい」

 

 胸に募る高揚感、羽が生えたかのような浮遊感。

 今までに感じた事が無い位、目の前の少女との心の近さを感じる。

 これからもっと近付けるように、俺は頑張っていこう。

 目尻に珠のような雫を溜めて、極上の笑みを浮かべるこの少女を……。

 

「私も、幸せだよ!!」

 

 彼女と初めて心を通わせたこの日を――

 そして、俺に向けてくれた―――

 世界中の何よりも美しい、その『笑顔』を――――

 

 ―――――俺は、生涯忘れないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-six years later-

 

 

「んぁ、あれ……」

 

 最初に見た世界は、真っ青な大空と細長い白雲。

 視界の隅には、燦々と地上を照らす太陽光が鎮座していた。

 そよと靡く風が頬を撫でて、体全体で心地良さを感じる。

 春の陽気とは、これ程までに良いものなのか。

 それにしても、さっきから後頭部に感じる柔らかい感触は……

 

「あっ、やっと起きた」

 

 頭上から降ってくる声に気付いて、そこに目を向ける。

 まだ寝惚けてるらしく、焦点が完全に定まらない状態だ。

 でもその先に居る人は、どんな事があっても間違えたりしない。

 艶のある紫の長髪に白のヘアバンド、活き活きと輝く瞳、完璧と言うまでに整えられた目鼻立ち。

 俺が何よりも愛しいと思った、大切な女性。

 

「おっす、すずかぁ」

 

 月村すずか、その人だ。

 未だ完全な覚醒を終えない俺の挨拶に、微笑みながら「おはよう」と言ってくれた。

 先程から感じていた後頭部の感触は、どうやら彼女の太腿らしい。

 所謂、膝枕の状態だ。

 

 ……うむ、とても心地良過ぎて離れるのが少し勿体無い。

 しかし、この誘惑に負けてしまってはズルズルを引き摺ってしまう。

 それはいかん、と自分の精神に喝を入れ、名残惜しげに頭を上げる。

 入れ替わるように木製のベンチの固い感触を感じて、背もたれに寄り掛かる。

 

「今、何時だ?」

「2時をちょっと過ぎた位だよ」

「30分も寝てたのかよ……」

「お昼食べたすぐ後だから、眠くなっちゃったんじゃない?」

 

 隣のすずかの言葉に、あぁそうかと納得する。

 しかし飯食ったら眠くなるって、俺は子供か?

 

「はぁ、悪いな」

 

 一応、この後に用事があるにも係わらず、緊張感の無い事で……。

 まだ時間的な余裕はあるけど、すずかに無駄な時間を付き合わせてしまった。

 自分を叱咤すると同時に、隣に座るすずかに謝罪を述べる。

 しかし、はんなりとした彼女の笑みは、それに対する不快感が全く見えない。

 

「聖君の寝顔が見れたから、全然オッケーだよ」

「…………フルタイムか?」

「うん、30分間の観察タイム」

 

 フフフッ、と口許に手を当てながら上品な笑みを浮かべる。

 だが俺は見逃さない、どこか「弱み握ったぜ!!」みたいな表情が見え隠れしてたのは……。

 

「何か唸ってたみたいだけど、どんな夢を見たの?」

 

 問われ、数瞬だけ考え込む。

 『夢』、今さっきまで確かに見ていたモノ。

 今となっては懐かしい、俺とすずかの始まりの場所。

 少し先に広がる海面に目を向け、俺を口を動かした。

 

「雨が降ってた」

「……そう、あの時のなんだ」

「あぁ……」

 

 ――――雨。

 俺達2人だけが知っているその単語の意味。

 俺がすずかに告白し、すずかが俺に告白したあの日。

 

「あれから、もう6年も経つんだね」

「6年、か」

 

 大雨の中、2人で叫び合ったあの日。

 まだ子供だったあの日から、気付けば6年の歳月を経ていた。

 時間の流れというものは、振り返ってみると本当に一瞬だ。

 

「フフッ、懐かしいね」

「まぁな」

 

 あの頃と比べて、俺とすずかは肉体的にも精神的にも大きくなった

 すずかは少女時代の可愛らしさから、女性としての柔和さと艶やかさを増していった。

 昔が美少女なら、今は絶世の美女と言って差し支えない。

 しかし彼女のやんわりとした微笑みと、時折見せる小悪魔のような笑み、彼女の二面性を表す笑顔は未だに健在だ。

 寧ろ強かさを増している気がする、俺限定で……。

 

 そして俺は、少しだけ変わった気がする。

 すずか曰く「表情が柔らかくなった」との事らしい。

 自分ではあまり実感は無いけれど、それでも昔に比べて心に余裕を持てるようになったのは確かだ。

 きっと、隣で笑ってくれる彼女のお陰なんだろう。

 

 俺達2人は時間を掛けながらも、そうやって確実に成長していった。

 そして同時に、社会というものを否が応にも理解する破目になる。

 決して良い事ばかりではなく、傷付く事も、涙を流してしまう事も、無かった訳じゃない。

 でも俺達は互いを支え合って、その1つずつを受け入れて前へ進んでいった。

 だから俺の持つすずかへの想いは、決して揺らがない。

 それが歪みと言うのであれば、好き勝手に言えばいい。

 

 ――――その歪みの大切さを、俺は誰よりも理解しているのだから。

 

「それにしてもあの時の聖君の叫びは、本当に凄かったなぁ」

 

 まるで夢見る少女のような表情で、当時を思い出すすずか。

 確かに本気で色々言ったけどさ、今思い出すと滅茶苦茶恥ずかしいんだぞ。

 しかもその原因は俺ではなく、すずかの方にあったのだから性質が悪い。

 

「うるせー、お前が何も言ってくれなかったから、俺が全部言っちまったんだろうが……」

「だって私は、聖君の想いの全てを知りたかったんだもん」

 

 悪戯っ子のような笑みで、本音をポロッと漏らしやがった。

 

 そう、あの時のすずかは、俺の言葉を聴く前に本心を決めていたらしい。

 俺を信じる、そう決めたのだと。

 後からそれを知って変な顔になったのは、苦い想い出として残っている。

 俺の叫びは一体何だったのだろうかと問いたい。

 

「あの後は大変だったね」

「雨に打たれ過ぎて、俺が病院に運ばれたってヤツか?」

「もう少し対応が遅れてたら、肺炎を起こす所だったもんね」

「その事に関しては、本当にすずかに頭が上がらないな」

 

 久し振りの過去話で、脳内でその時の事を思い出す。

 …………

 ………

 ……

 あの後、俺は倒れた。

 数日前からあった食欲不振や睡眠不足に、大雨に打たれた事による体温の低下が重なった結果としては、当然だろう。

 しかも俺達が居た場所は、海鳴にある山岳地帯の一部。

 木々に囲まれた都市部とはそれなりに離れた所だった。

 自分で言うのも何だが、結構走ったものである。

 そのまま放っておけば、数分後にでも命の危険が迫っていただろう。

 

 しかし傍にはすずかが居て、彼女がそれを見過ごす筈も無かった。

 彼女は俺を担ぐと、その場から全力で駆け抜けて海鳴大学病院まで休まず走り続けたのだ。

 そのお陰で、俺は一命を取り留めて数日の入院で済んだ。

 その際、師父やシスターは勿論、友人達や高町家の皆さん、その他繋がりのある人達に心配を掛けてしまったのは、本当に苦い想い出だ。

 その中で、すずかはずっと傍に居てくれた。

 献身的に世話をしてくれる彼女を見て、やり過ぎではないかと思ってしまった事もあるが……。

 

「だって、一緒に居たいんだもん」

 

 満面の笑みでそれを言われてしまえば、俺はもう口を閉ざすしかない。

 俺をこんな状態にした負い目ではなく、俺の傍に居たいからすると言うのであれば、大歓迎としか言い様が無い。

 俺ならそうするし、俺の立場なら誰だってそうする筈だ……誰にもこの位置は譲らないけどな。

 そんな感情に至る自分を見て、苦笑すると共に、何の理由も無く「良いな」と思った。

 

 数日間の入院は、順調と言うか順調過ぎる状態で終わりを告げる。

 彼女が傍に居るという安心感が、最大の要因なのだろう。

 そして退院の日……

 

「すずか、俺と付き合って下さい」

 

 俺とすずかは、雨の日を越えて恋人同士となった。

 それからの日々は、波乱万丈とは言いたくないが、その言葉通りの感じだったと思う。

 寧ろ、交際を始めてからの1ヶ月が特にそうだ。

 MVP(アイツ等、まだ解散してなかったのか)に奇襲を掛けられたり、一般男子からも学年関係無く睨まれたり……。

 流石に高等部の人に絡まれるとは、夢にも思わなかったが……。

 すずかの人気恐るべし、と胸に刻まれたのは今となっては良い想い出だ。

 他にもノエルさんから「お嬢様と交際をなさるのであれば、この程度はこなして頂きます」と無茶ブリされたり、それに悪ノリしたファリンさんがノエルさんに叱られたり……。

 

 中等部、高等部を経て、今の俺達は聖祥の大学部の学生。

 俺は教育学部、すずかは工学部と、学科は違うが毎日のように顔を合わせている。

 他にもバニングスは経済学部だったりするから、会えば挨拶するし、昼飯を一緒に食う事も珍しくない。

 瀬田や遠藤、金月は言わずもがな、あれからもサッカーを続けた結果、プロの選手として新人ながら目覚しい活躍を見せている。

 まぁ、遠藤と金月は未だに馬鹿コンビ健在のようだが。

 高杉は…………知らない。

 どこぞの諜報員とかやってそうだし、世界中の秘境巡りをしてるのかも知れない。

 ハラオウン、高町、八神の3人は、あの頃からやっていた方面の仕事に、本格的に就いた。

 中学卒業と共にそっちに尽力したから、今は遠い何処かへ行ってしまっている。

 それでも、こっちに戻ってくる事が稀にあるから、その度に会う事は出来る。

 …………

 ………

 ……

 

「6年、か」

 

 言葉にすれば簡単なのに、これだけ自分の周りは目まぐるしく変わっていた。

 変わっていないのは、俺の傍にすずかが居続けてくれる事実だけだ。

 隣の彼女に目を向けると、腕に着けた時計を見ていた。

 

「そろそろ、時間じゃないかな?」

「うおっ、マジか!?」

 

 彼女の呟きに、同じように携帯を取り出して時間を確認する。

 時刻は現在『14:20』。

 

「……よしっ、急ぐぞ」

「聖君が眠ってなきゃ、もっと余裕を持てたんだけどね」

「言わないでくれ、これでも猛省中なんだ」

 

 俺の決意の第一歩を挫く一言は、あまりにも無慈悲だ。

 小悪魔的な発言が俺の心を抉り、何故だか無性に泣きたくなった。

 

「フフフッ、冗談だよ。それじゃ行こ」

「……うぃっす」

 

 大切な人からの攻撃により負った心の傷を抱えながら、俺はベンチから立ち上がる。

 先を行こうとするすずかに手を引かれ、俺達は進んでいく。

 ゆっくり過ぎず、急ぎ過ぎず、風を切って前へ。

 これから向かう先、それは今までの自分の道筋の正しさを確かめる場所。

 そして、これからの俺が進む道を決める場所。

 さぁ行こう――――――――高町の家へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木造の空間に広がる、静謐な風。

 開け放たれた窓から入るそれは、緊張に固まる体を解してくれる。

 

「時間だ、始めよう」

「えぇ」

 

 それが、1人の男性の声によって切り裂かれた。

 俺と同じ黒髪に黒眼、俺よりも少し高い身長、俺よりもずっと屈強な肉体。

 されど纏う空気は、川のせせらぎのように静か。

 その圧倒的な存在感を持つ男性――――高町恭也さんは、俺の二間先で立ち止まった。

 

「見せて貰うぞ、君の決意の証を……」

 

 出で立ちは動き易いラフな服装、両手には小太刀を模した木刀を提げている。

 そして双眸は、まるで獲物を狩るような獰猛さと、何かを見極めんとする冷静さを孕んでいた。

 

「っ……」

 

 それを真っ直ぐに受け、先程治まった体の緊張が戻ってきた。

 背から一筋の汗が流れるのが分かる位、感覚が過剰に反応している。

 最早……この時点で俺は、目の前の男性に負けていた。

 

 

 ――――でもそれを、認める訳にはいかない。

 何故俺は此処に居る?

 それは、恭也さんに自分の想いをぶつける為だ。

 すずかと共に生きると決めた、俺の想い、俺の誓いを。

 想いを果たす為の力を、この場で見せ付ける為だ。

 その為に俺は、今までに様々な努力を重ねてきたのだから。

 

 ――この勝負は今から4年前、俺と恭也さんが決めた事だった。

 夜の一族であるすずかを、これから生涯を懸けて守っていく意志を表明する為の闘い。

 

『想いだけでは誰も守れない、それに裏打ちされた実力も必要だ』

 

 その恭也さんの言葉が発端となり、すずかに了承を取らずに俺の意志で決めた。

 それから俺は、様々な場所で鍛錬を積んできた。

 滝川道場で教えを受け、士郎さんにも暇な時は手伝って貰ったり……。

 師父にも、腐る程の組手を頼んだのは良い想い出だ。

 自分に出来る事を最大限行い、少しずつ自分自身を鍛え上げていった。

 

 そして今日、恭也さんを相手にそれをぶつけるのだ。

 なのに闘う前から、何をビビッているんだ?

 目の前の人が、圧倒的な実力を持った人なんて事実は今更だ。

 それでも闘うと決めたのだから、そんな事はどうでもいい。

 俺は、俺が(ただ)しいと決めた事を貫くだけ。

 

 ――その決意があれば、どんな怖いものにも立ち向かえる。

 

「行くぞ」

「……はい」

 

 気付けば体は、いつも通りの状態に戻っていた。

 恭也さんが二刀を構える。

 そして俺は、一本の木刀を正眼に構えた。

 道場の端にはすずかと、姉である月村さんが正座をしながら此方を見ている。

 真っ直ぐに見詰める視線は、俺の全てを射ぬかんと睨み付ける。

 

 だがそれから逃げてはいけない。

 すずかを守る決意は、2人にこそ見せなければならない。

 だから見ていて欲しい、俺の心に宿る聖しさを……。

 俺の意志が積み上げてきた、俺の誓いを……。

 

「それでは――」

 

 月村さんの凛とした言葉が道場に、耳に響く。

 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。

 波打つ心臓の拍動が、五月蝿い位に鳴っている。

 木刀を握る拳に力が篭もる。

 そして……

 

「――始め!!」

 

 俺は猛獣が如く、相手に向かって飛び出した。

 俺の疾駆を戸惑う事無く見据える恭也さんは、何処までも冷静だ。

 

 だが負けない。

 俺はすずかを守りたいと願ったから。

 俺はすずかと共に歩くと誓ったから。

 その道を阻もうとするなら、誰であろうと――――

 

 

 

 ――――倒してみせる!!

 

 

 

 

 

 

 

 

少年の誓い。

 

それは、愚かしいまでに真っ直ぐなもの。

 

しかし、愚直なまでの決意こそが、人を守れる原初の心を生む。

 

彼は、生涯を懸けて誓うだろう。

 

彼女と笑い合える、未来を目指して……。

 

 

 

 

「世界中の誰よりも、貴方の強さと優しさを信じているよ」

 

 

 

 

少年の誓い すずか編 Fin.

 

 

 

 

 

 

 




どうも、おはこんばんちはです( ・ω・)ノシ
すずか編№Endをお読み下さり、ありがとうございます。

降り注ぐ雨の中、互いを想いをぶつけ合った聖とすずか。
胸に宿った温かさが、何とか2人を繋ぎました。
そして時を経て成長した2人は、今も尚、大切な人の傍に居続けています。
エンディングの時間軸の変化については、アリサ編を『近い未来』として、すずか編を『遠い未来』に分けたかっただけだったりします。
周囲の状況は変わっていくけれど2人の想いは変わらない、という対比みたいなものでしょう。
あぁそれと、聖祥大の学部に関しては、割と適当に押し込んでおきました。
すずかが理工科大学なのは設定上存在しますが、ぶっちゃけその部分を細かく決める必要は無いと思いまして(最終的に院生まで進むんでしたっけ

はてさて、これにて遂に日常編が終わりを迎えました。
これからは聖にとって、避ける事の出来ない運命が待ち構えています。
初っ端から超☆展☆開の予感ですが、そんな事を気にするまでもなく、リリカルなのはは1作目からそんな感じでした。
それとこれまでを読んで、『少年の誓い』という物語がどういったものかご理解出来たかと思います。
1人の少年が自分の為、ひいては1人の少女の為に力の限り突き進む、非常に叙情的(リリカル)な物語です。
上から目線の説教とかマジ勘弁、いつだって彼は対等な立場から言葉を投げ掛けるだけの不器用な少年ですから。
では次回、『少年の誓い~魔法少女リリカルなのはO's~』の『運命翻弄編』にて!

今回はこれにて以上となります。
感想や意見、タグ関連やその他諸々は遠慮無くドシドシ書き込んで下さい。
直接メッセージでも、作者的にウェルカムです。
では、失礼します( ・ω・)ノシ


今更ですが、キャラの設定表とか要らないですよね。
そもそも聖を始め、キャラを表現する部分は本文にきちんと出しているつもりなので。
本文を読めばキャラを理解出来る、そういった作品を目指しております(`・ω・´)
というよりも、それが当たり前だと思っております。
……瑞代聖の人となり、今までのストーリーで読者の方々にも分かって貰えましたか?
もし不安な部分があれば、JanneDaArcの『plastic』という曲を聴いてみる事をお勧めします。
僕も聖というキャラを再確認する上で、この曲を必ず聴いているので。
では、長々と失礼しました( ・ω・)ノシ
















――誓いの行方~リリカルなのはStrikerS~――



「駄目、逃げて!! パパぁ!!」

 宙に浮かぶ、漆黒の衣を身に纏った少女が叫ぶ。
 右目が翡翠、左目が紅玉のオッドアイに、金色の髪。
 髪型がサイドポニーなのは、何処ぞの誰かへの憧れからくるものだろう。
 そんな少女が瞳を涙で濡らし、綺麗な顔を悲しみに歪ませている。
 ――それを、許していいのか?

「このままじゃ、パパが死んじゃう!!」

 その言葉で、自分の体の状態を改めて確認してみる。
 身に纏う衣服はボロボロで、所々が煤けている散々な状態だ。
 頭からも血が流れていて、時々だが視界がブレたりして困る。
 誰が見ようと満身創痍、腕を上げる事すら億劫になる程に……。

 ――それでも、このままなんて嫌だ。

「だから逃げ――」
「――駄目だ!!」
「っ!?」

 悲痛な叫びを、それ以上の音量で遮断する。
 そこに込めた想いが、彼女の言葉を許さなかった。

「お前を置いて、誰が此処から逃げてやるかよ」
「でも、そんな体じゃ……」

 虹色の光が彼女を包み込む。
 同時に形成される、数発の魔力弾。
 それらが猛スピードで此方へ接近し、俺を射ぬかんと迫り来る。
 一発一発が別々の軌道を通過し集束する時、それを間一髪、横っ飛びで回避した。
 無様に床に転がる姿を、あの子はどう見るだろう?
 だが、どれだけ無様でも、アイツを見捨てるという最低な行動だけはしない。

 だって彼女は――――俺をパパと呼んでくれるのだから。
 父親ならどんな時だって、子供の味方でいなくちゃ駄目だ。

「俺はお前のパパで、お前は俺の娘だろ!!」

 力を振り絞って立ち上がる。
 立ち眩みを感じたが、そんなものは無視だ。
 今は何よりも、上空に居る少女を見据えなければならない。
 綺麗なオッドアイ、それがどんな意味を持とうが、俺にとっては『綺麗な瞳』なだけだ。
 あの子の出生など、今の俺には悉くが関係無い。

「だったらそこで見ていろ。絶対パパが、お前を救ってやる!!」
「パパぁ……」

 呟きながら涙を流す少女に、思わず苦笑してしまう。
 全く、そんな顔で泣かれちゃ、これからも守りたいと思っちまうだろうが。

「だから、俺を信じろ!!」
「う……ん。うん、うん……」
「どうして欲しい!? お前はパパに、どうして欲しい!?」
「……けて。――――助けて、パパ!!」

 その絶叫が、その懇願が、そのささやかな願いが合図だった。
 それを聴いてしまえば、この体で無理をする事に一切の躊躇いは無い。
 きっと救ってみせると、心に誓った。
 右手に持つ相棒を強く握り締めて、俺は全身に力を込める。

(もう一踏ん張り、付き合って貰うぞ)
《It is natural to help the princess as the gentleman.(お姫様を助けるのは、紳士として当然だ)》
(あの姿は10年先まで見納めだ。今の内に見ておけよ)
《It seems to understand woman's goodness.My dear(女の良さが分かってきたようだな、我が友よ)》
(うっせーよ、馬鹿野郎)

 どうやら相棒は、全く問題無く付き合ってくれるらしい。
 軽口を叩くソイツに妙な頼もしさを感じて、心に余裕が生まれる。
 そして俺は、あらん限りの力で……

「今、助けてやる……」

 地面を蹴った。
 こんな辛い事を押し付けられ、使いたくない力で、涙ながらに闘う少女を救う為に。
 血が繋がらなくとも、俺にとって大切な娘を救う為に。

「待ってろ――――――――ヴィヴィオ!!」

 彼女の名を、叫んだ。




嘘予告ですよ?(´・∀・)

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