『遠い未来、系統樹を分かつ世界より希望を託される』
『運命へ身を投じるそれは、汝の手に委ねられるであろう』
――遠い昔、そんな言葉を私に残した少女が居た。
――未来の無い体で、自分の人生を精一杯生きた尊き少女。
――綺麗な銀髪、ルビーのような赤い瞳。
――どれだけの時間が経とうとも、寸分も風化する事の無い記憶の中の少女。
――その彼女が、血統から授かった希少な能力――――
――当時、子供だった私には、彼女の言葉の意味を正しく理解する事は出来なかった。
――唯、記憶の中に留めておくだけ。
――だがそれから数十年後、その言葉を否が応にも理解しなければならなくなった。
――1人の男性が、私の許にやって来たのだ。
――彼は1人の幼児を腕に抱え、今にも倒れそうな体で私に告げる。
『この子を、お願いしたいのですが……』
――この世に生まれてまだ数年も経たないような小さな子を、酷く辛そうな、とても悲しそうな笑みで、私に託してきた。
「嫌な風が、吹いているな……」
――夕焼けの見える空。
――礼拝堂の前で、庭を駆け回る子供達を見ながら呟く。
――そのあやふやな予感は、今此処に居ない我が子へ向けられたもの。
――今日は何かが、変わってしまうかも知れない。
「なぁルシルさん、あの子はどんな運命に立ち向かうのですか?」
――漠然とした不安、先の見えない暗闇は、私の考えの及ばぬ境界の向こう側。
――そこに広がる風景は、一体どのような
――願わくば、まだ幼きあの子を
――不器用で我武者羅で、そして優しい我が子を守ってくれる
――そんな穏やかな未来である事を
――赤く染まる天に、己が願いを打ち上げた。
――それは、運命の序章――
――少年との邂逅が、物語を加速させる――
瞳を開いた。
瞬間、真っ白な光が双眸を射抜き、反射的に細める。
徐々にその光に目が慣れて、改めて開くと、そこは……見知らぬ天井だった。
――――何で?
そんな呟きは口から吐いて出る事は無く、胸中で押し留められた。
何故か、そんなの決まってる…………めんどくさいんだ。
理由は分からないが、口を動かす事すら億劫になる程、今の俺は疲弊している。
全く動かせない訳じゃないが、それでも動かずにいた方が楽なのが現状。
故に無言で、体を動かさずに今の状況を探ってみる事にした。
横になっている体と背中に感じる感触から、自分がベッドで寝ている事は分かる。
しかし、今の状態じゃこれが限度だ。
面倒だけど、首だけでも動かさないと……。
そう思って首を横へ傾けた時、視界に入った扉が開いた。
音も無くスライドしたソレの先に映ったのは、3人の少女の姿。
酷く見慣れたその姿は、正しく俺の友人だった。
3人共、扉の先に居た時は、かなり不安げな顔をしていたにも関わらず……
視線が、目が合った瞬間――
「聖っ!!」
「聖君!!」
弾かれたように、此方に向かって来た。
――――いやちょっと待て、こんな短い距離を全速力で走ったらマズくないか!?
刹那に過ぎる一抹の不安、しかし無常にも刻まれる時に押し流されていく。
ハラオウンが一番に目の前へ、次に八神が、更に高町が……。
だが、全力で駆けた勢いは、そこで止まってはくれなかった。
眼前に少女達が迫る、一歩も動けない俺は……。
『あっ……』
折り重なって倒れてくる彼女達に、対応する事は叶わなかった。
「っでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
衝撃からくる痛みに、思わず絶叫を上げてしまった以外は……。
「彼が意識を取り戻した事を喜ぶなとは言わない。しかし、ここまでやっていいとも言ってないんだが……」
清潔感溢れる病室には、異様な光景が広がっていた。
真っ直ぐに背筋を伸ばし、大人らしい落ち着いた声を発する黒髪の男性。
呆れたような表情で、目の前に立つ3人の少女に言い聞かせている。
横並びに立つ彼女達は、まるで反省部屋にでも放られたかのような落ち込んだ顔で、男性の言葉を聴いている。
そして彼らの傍らには、ベッドの上で腕組みをしながらその様子を見つめている奴が1人。
その名を『瑞代聖』、つまりは俺だ。
入院着のような薄い生地の衣服を身に着け、その内側には真っ白な包帯が幅広く巻かれている。
少しだけ赤色が滲んでいるのは、まぁ……
「お陰で塞がっていた傷は開いて、治癒魔法を使わざるを得ない状況になってしまった」
『ゴメンナサイ……』
そんな訳である。
3人のフライングボディプレスをモロに喰らった俺は、激痛にのた打ち回る破目になり、諸々の流れの末に今に至ったのだ。
今はもう塞がり切ったので問題無いが、今の状況に落ち着くまでに受けた俺の痛みは、正に想像を絶するものだった。
それだけ、俺の負った怪我は深刻なものだったとも言える。
「さて、それじゃあ……」
お小言をチクチク言い終えた男性は、よぉ~やく満足したらしく、俺へと向き直った。
実に10分、嫁姑の真剣勝負に引けを取らないレベルである。
そんな激闘にゲンナリしたような3人と引き換えに、清々しささえ感じられる真剣な表情で男性――――クロノ・ハラオウンさんは俺を見詰めている。
「まさか、君と此処で顔を合わせるなんて、夢にも思わなかったよ」
漆黒に染まった裾長のジャケットに身を包み、荘厳な様相さえ漂わせるクロノさんは、心底思ったような言葉を呟いた。
真剣で、でも何処か苦虫を噛み潰したような表情なのは、何故だろうか?
「初めて会った時、君には何も感じられなかった。内に秘める魔力も、魔導師としての素質も……」
本当に、苦々しく言葉を紡ぐ。
どこか痛ましいその姿は、誰が見ても俺に対する心配が見て取れる。
他人である俺を……。
だから、とても言い辛い事がある。
「君は一体、何者なんだ?」
「それより……」
そう、とても言い辛い。
あっちは俺がこの状況を『理解している』と思っているようだけど、俺にはてんで分からなくて……
「魔力とか魔導師って……どういう意味ですか?」
…………
………
……
「――――――――――――――――はぁ?」
盛大に、変な顔をされた。
――――魔法。
空気中に存在する『魔力素』を特定の技法により操作する事によって、作用を生じさせる技術体系。
作用は全部で3つ。
物質の性質や形を変える――『変化』。
物体や物体を構成する分子を動かす事で、物理的な効果を引き起こす――『移動』。
人の心に作用する――『幻惑』。
それ等を組み合わせ調整する事で、『魔法』が作り上げられる。
かなり昔は高い魔力素を持つ木や、強い魔力が込められた石を先端に付けた棒を『魔法の杖』としていたらしい。
だが今では、魔法というものは技術として確立されていて、プログラムによって構成されている。
その使用の為の『演算補助装置』と『魔法データの記憶装置』、『予備魔力蓄積石』や『各種安全装置』を備えた電子機器を魔法の杖――――『デバイス』と呼んでいるようだ。
長ったらしい上に理解するのも難しい、しかもこれで概要だけだと言うのだから呆れてしまう。
しかし、一からそれを説明してくれたクロノさんやハラオウン達を前にして、それを言うのも気が引ける。
何とかそれ等を頭に詰め込み、租借し、ある程度は理解した。
何処までも突拍子も無い話だが、目の前で実演されてはぐうの音も出ない。
さっきの治癒魔法もそうだが、目の前で飛び回る(高町の)桜色や(クロノさんの)水色の球体、(ハラオウンの)金色の槍なんて物を見せられれば、否が応にも真実だと知らしめる。
八神も何かやるかと思ったが、本人は首を振った。
「私がやったら、この部屋が吹っ飛んでまうんやけど……」
――――丁重にお断りしました。
いや、まだ死にたくないし……。
兎に角、此処に居る4人の話によって、俺の常識の根底が全てがぶっ飛んだ。
今まで生きてきた中で、魔法なんてものは様々な媒体のフィクションでしかなかった筈だったのに。
しかし現実は、少し視点が変わるだけでこんなものが常識として存在する。
そんな異世界に、俺は今立っているのだ。
いや、正確には座っているのだ、ベッドの上で……。
「魔法については、一応理解は出来ました」
ベッドの横に置いた椅子に腰掛けた4人に告げる。
聴かせて貰った話は作り話にしては壮大過ぎるし、揚げ足を取ろうにもそれらしい隙は見当たらない。
俺の思考が、これは真実だと結論付けた。
しかし、それと同時に新たな疑問が生じる。
それは……
「でも何で、俺は此処に居るんですか?」
自分という異分子が、此処に居るという矛盾。
此処に居なければ魔法なんてファンタジーの存在を知る事は無かった。
そして知らない人間である自分に、この場との接点は一切無い。
此処に居るという事自体がおかしいのだ。
だからこそ分からない、俺が此処に居る理由が……。
俺に何が――
「その胸の傷を、憶えていないのかい?」
――――そうだった。
見下ろした自身の体、仰々しく巻かれた包帯。
少しだけ滲んだ赤い模様が、俺の記憶を呼び起こした。
――色の抜け落ちた、ガラクタのような世界。
――取り残された俺とバニングス、月村。
――襲い来る異形のバケモノ。
――そして俺は、奴に……
「――っ!?」
脳裏に蘇った記憶の映像に、一瞬だけ体が震えた。
思い出した、自分に起きた出来事の経緯。
流れ出る血液の熱さ、切り裂かれた傷口の痛み、死が迫る刹那の時……。
そして、あやふやだが、バケモノの悉くを砕く拳の感触。
「今君が思い出した事、それが僕達に関係がある事だと言えば、分かるんじゃないか?」
「そう、ですね……」
あそこは、確かに理解を超えた世界だった。
魔法という物が絡んでいて全く遜色の無い、完全な常識の外側。
「第97管理外世界、通称『地球』のある国、日本の海鳴に起こった異変を僕達は感知したんだ」
また専門用語が出てきた。
だが今は、それについて教えて貰う余裕は無い。
クロノさんの話を聴く事しか、今の俺には出来なかった。
「突如現れた封時結界、ジャミング機能によって通信も遮断され中の様子は分からない。だが幸いな事にフェイト達が非番だった為、対応は迅速に行われた」
「でも私達が着いた時には、結界は破棄されていた」
「そこで見付けたのは、アリサちゃんとすずかちゃん、そして――」
「2人に抱えられて、ボロボロになっとった聖君という訳や」
……そうだったのか。
自分の記憶の残滓と4人の話を纏めれば、何ら食い違いの発生するものは無い。
封時結界なんて訳の分からない言葉も出て来たが、恐らくあの落書きのような世界がそれなのだろう。
あっ。
「バニングスと月村――――痛っ」
忘れていた、忘れてはいけない事を。
守ると決めた彼女達のその後を。
どうやらハラオウン達に発見されたようだが、それまでは一体どうなったのか。
身を乗り出して訊こうとした問いは、しかし腹部の痛みによって遮られた。
塞がったとは言え、深い傷である事には変わりない。
鈍い痛みが腹から全身に巡って、傷口を抑えてうずくまってしまった。
「聖、大丈夫!?」
ハラオウンが傍に駆け寄って、優しく肩に手を掛けてくる。
心配げな顔で此方を見てくる彼女は、かなり思い詰めた様子だった。
それ程までに、コイツに迷惑を掛けてしまったのだと思い知らされる。
コイツだけじゃない、高町にも八神にも……。
そしてバニングスや月村も、皆に多大な心配を掛けてしまった。
「アイツ等、大丈夫なんですか……?」
それなのに、これ以上皆に何かあったら最悪だ。
俺は、自分を生涯許せなくなる。
「彼女達には何の怪我も無かった。時間も時間だから、事情を聴いてすぐに家に帰って貰ったよ」
そんな想いを抱いた視線を、目の前の男性は至極冷静に答える。
アイツ等には何も無かったという事実だけで、俺の気持ちは救われた。
ホッと胸を撫で下ろすが、急にクロノさんの視線が険しくなる。
「だが、君の怪我は緊急を要する程のものだった。現場に急行した彼女達に緊急通信を送り、この艦に収容させて貰ったのが今から2時間前だ」
「2時間……」
「その間に怪我の治療と、君の体を調べさせて貰った」
自分が気を失っている間の空白、その間で俺の周りは様々な人達が動いていた。
しかし、俺の体を調べたって……。
その言葉で反射的に自分の体を見下ろしてみる。
「別に悪意があってやった訳じゃないから、安心してくれ」
「悪意があったら困ります」
俺の憮然とした言葉に、クロノさんは少し安心したような顔をした。
先程から色々あり過ぎて、俺自身参ってた部分があったのは確かだ。
それが表情に出ていたのかも知れない。
目の前の男性と違って、普段から清々しさとは無縁の顔ではあるが、それでも『らしく』なってきたのは良い傾向なのだろう。
「君があの結界の中に閉じ込められた理由、それが偶然であっても必然であっても、調べる必要があったからだ」
「……それで?」
自ら口にした問いの筈が、自分自身も緊張してきたのが分かった。
喉が渇いて、声に張り詰めた感情が乗る。
そして、クロノさんは――
「君には魔力と、魔導師としての素質が、備わっていた」
――衝撃的な言葉を発した。
「リンカーコアを調べた結果、総魔力量30万というランクD魔導師の平均魔力量が検出された」
それが多いのか少ないのか、良いのか悪いのか、今の俺には理解のしようもない。
それでも心の何処かで、大した事ないんだろうなぁ……なんて考えていたり。
期待からの諦観、最早その流れも慣れたものだ。
「だがそれよりも、一番問題だった事がある」
「クロノ君、どうしたの?」
突如、その場の空気が変わった。
クロノさんの持つ雰囲気、様子を伺っていた3人の様子が、ガラリと変化した。
何を意味するのか理解してるのは、この場に於いて彼しか居ない。
動悸が激しくなった、瞳に力が篭もる、視線を外せない。
この身を包む不安の正体は、一体何なのか。
それを知る間も無く……
「それは、君の体内に―――――デバイスが埋め込まれていた事だ」
「…………えっ」
誰かの呟き、それすら反応出来ずに固まる。
告げられた事実、あまりにも荒唐無稽なその言葉。
最早何処から反応すればいいのか、理解に窮してしまった。
その纏まりの無くなった思考を戻したのは、
《Be already of I am concealed like the limit.(私を隠すのは、もう限界のようですね)》
何処からとも無く聞こえてきた、機械的な女声だった。
突然の出現に、驚きに目を見開いたのは俺……だけでなくハラオウン達も同じ。
唯一、冷静に声を受け止めた男性だけが、懐からあるものを取り出して俺の膝元に置いた。
それは掌程度の大きさを持った白いカード。
中央に菱形の青い宝石を飾る、シンプルながら純粋な意匠が施されたものだった。
「これは?」
「僕のデバイス、デュランダルだ。君の体内にあるデバイスと会話する為に、コイツを中継させて念話を出力する」
「念話?」
「声を出さずに相手と会話する魔法だ。遠く離れた相手にも言葉を伝えられ、魔導師だけが使えるから、相手が魔導師かどうかを判断するのにも利用するものだ」
説明を受けてすぐに、テレパシーのようなものかと納得する。
きっと念話というものが使えない俺が、そのデバイスと会話する為の措置なのだろう。
その気遣いに心中で礼を述べて、改めてカードへと目を向ける。
3人も同じように視線を動かし、クロノさんが今度はそれに向かって声を掛けた。
「彼の魔力を感じ取れなかったのは、君の差し金かな?」
《If the thing of an invisible field is said, that.(インビジブルフィールドの事を言ってるのであれば、その通りです)》
点滅する宝石、淡く光るそれは何処か幻想的だった。
そして、いつか聴いたような声が届いた。
これが、俺の体内にあるというデバイスなのだろうか?
俺が状況をきちんと理解していない間にも、話は進む。
「インビジブルフィールド?」
「聞いた事無い魔法だね」
「名前からしてフィールドタイプの防御魔法っちゅうのは分かるんやけど、どんなもんなん?」
《It is magic to cheat detection from the outside by the thing with which the linker core is covered in a regional field.(局地的なフィールドでリンカーコアを覆い、外部からの探知を欺く為の魔法です)》
「なるほど、僕達が出会っても内包する魔力を全く感知出来なかったのは、フィールドによる探知阻害によるものか」
《yes, that's right(はい、その通りです)》
衝撃の事実からそう時が経っていない今、状況に着いていけていないのは俺1人となった。
さっきまで戸惑いを隠せなかったハラオウン達も、今では何の遜色も無く会話に加わっている。
分かっていた事ではあるが、少し悔しい。
「だが、それをこれだけ長期間持続させるには膨大な魔力が必要となるんじゃないのか?」
《That. If it relies on only the field, it is a truism that magic is exhausted.(その通りです。フィールドのみに頼れば、魔力が尽きてしまうのは自明の理)》
「つまり、それだけじゃ無いって事?」
《Yes. Do you know the 'Cancel effect'(はい。貴方達は『魔力観測効果』というものを知っていますか)?》
『
が、唐突に3人もクエスチョンマークを頭に浮かべた。
クロノさんも難しい顔をして考えてるし、その『魔力観測効果』というものが一般的に知られていないものだと言う事が分かる。
それにしても観測効果って、まさか……。
「物事は、観測されて初めて存在を認識される……」
「聖君?」
「もしかして……一度でも俺から魔力が感知されなければ、その事実が真実になって、『俺には魔力が無い』って事が周りに認識されるって事か?」
《Well in knowing. It is true power of an invisible field to modify the fact by the observation.(よくご存知で。観測によって事実を改変させる、それがインビジブルフィールドの真の力です)》
「そんなまさか……。完全な精神論で成り立つ現象じゃないか!?」
《The science is a part of the religion. Will it be natural that the spirit theory mixes there(科学とは宗教の一部です。そこに精神論が混じるのは、当然では)?》
漸く、俺でも理解出来る事柄が出て来た。
それ以前に色々と疑問はあるが、それは時間のある時にでも訊けば事足りる。
兎に角、これでクロノさんが言っていた『俺の魔力が感知されなかった理由』が分かった。
その本人はどうにも納得出来ていないが、このデバイスの言っている事は間違っていない。
科学が宗教的な枠組みの中にあったのは確かなのだから。
ならば、さっき出た観測効果も精神論によって確立される科学だ。
強く信じる事を基本としている宗教、それが科学の形となって派生するのは必然とも言っていい。
「えぇっと、よく分からないんですが……」
と、横から申し訳無さそうに手を上げる高町。
隣の2人も「右に同じ」といった様子で、うんうんと頷いている。
ったく、お前等は俺よりこっち側に居るんじゃないのか?
これ以上話が混線するのも面倒だから、彼女達に分かり易い説明をする事にした。
「つまり、信じなければそれ自体の存在は否定されるって事だ」
《The world influences it by man's fixed idea more than the person thinks.(人の固定概念というものは、人が思っている以上に世界に影響を及ぼします)》
「思い込みが人の常識を固定化して、少しの異変も勘違いで済ませてしまう。認識されないその勘違いは、やがてその存在そのものを否定されて消える」
《A possible miracle and it are 'Cancel effect' because of the science with the side of the religion(宗教の側面を持つ科学だからこそ可能な奇跡、それが『魔力観測効果』です)》
俺とデバイスの息の合った講釈。
真面目に聞き入っている生徒達(ハラオウン、高町、八神)は、驚きながらもきちんと租借し理解した。
それにしても、このデバイスは中々気の合う奴みたいだ。
まるで俺の呼吸に合わせるようなタイミングの取り方、語り過ぎず語らなさ過ぎず、丁度良い所で此方にバトンを渡してくる。
長年付き合ってきたパートナーのような連帯感、そのようなものを感じた。
「確かに、君達の言ってる事は真実だろう。僕達が全く魔力を感知出来なかったという事実が、それを立証してるからね」
《It is grateful.(恐縮です)》
漸く納得した顔をするクロノさんに、丁寧に言葉を返すデバイス。
きっと人間として形があったのなら、目の前で恭しく一礼をしていたに違いない。
「それで、デバイスである君の名前は?」
《It is not.(ありませんよ)》
「何故だ? 君のようなインテリジェントデバイスは、パートナーたる魔導師から名を貰っているんじゃないのか?」
《Because this child who is my master did not know I am up to now.(私の主であるこの子は、今まで私が居る事を知りませんでしたから)》
「そういえば、名無しって……」
あまりよく憶えていないが、コイツと初めてあった時、自分の事を『名無し』と称していた。
何処か残念そうだったあの声、それはきっと、名前を付けて貰えなかった事に対するものだったのか?
しかも今、コイツは俺がマスターだと言った。
俺の体内に存在するのだから当然だろうけど、つまり俺がコイツに名を与える立場という事か?
「それじゃ、聖が付けてあげれば良いんだよ」
突然の提案、自分も同じ事を考えていただけにビックリした。
しかも、高町も八神も同意見らしく「それがいいよ」とか「きちんとえぇ名前、決めなあかんよ?」と、勝手に言いたい事を言ってくれやがった。
クロノさんからも無言の視線を浴びせられる始末。
《Hijiri......(聖……)》
そして本人にまでそんな声で言われてしまったら、断る訳にもいかない。
それに俺もコイツの事を、いつまでもデバイスだとか三人称的な呼び方で呼びたくない。
出来ればきちんとした名前で呼びたいと、この心が求めていた。
どうしてそんな気持ちになるか分からないが、きっとその想いは間違っていない。
だから俺は、センスの無い頭をフル回転させて考える。
デバイス、俺の中に居た、今まで知らなかった、隠されていた……
「――――アポクリファ」
吐いて出たのは、その言葉。
ユダヤ・キリスト教関係の文書の中で、聖書の正典化作業の際に正典のリストに加えられなかった文書――外典。
そしてその外典を『アポクリファ』と言い、ギリシャ語で
コイツの今までの状況に、正しくピッタリだと思う。
「お前の名前、アポクリファってのはどうだ?」
《Apocrypha......(アポクリファ……)》
噛み締めるように、その名を呟く。
まるで自分自身に刻み込むように、何度も何度も。
そして――
《It is a good name. It liked it.(良い名前ですね。気に入りました)》
――ご本人からの花丸を頂いた。
「よしっ、じゃあ今日からお前はアポクリファだ。宜しくな」
《Yes, my best regard.(えぇ、宜しくお願いします)》
膝元のカードに最大限の挨拶を以って、俺達は今此処に絆を結んだ。
『人』と『人あらざるモノ』の絆、少しばかり変わっているが、それでも構わない。
何というか、名前を呼び合えた事が嬉しいと感じたから。
その時、クスッと小さく誰かが笑った気がした。
ハラオウンだったか、高町だったか、八神だったか……はたまたクロノさんだったかは分からない。
でもそれが少し恥ずかしくて、フンと鼻を鳴らして明後日を見た。
この何気無く交わした言葉。
きっとなんて事無い、友達との唯の挨拶程度のものでしかない筈のもの。
それが俺とアポクリファを強く結び、更なる運命へと誘う事となる。
だが、この時の俺は、そんな事は知る由も無かった。
~Interlude side:Chrono~
怪我の調子もすぐに良くなり、彼――瑞代聖は帰路へと着いた。
全快とは言えないが、アポクリファに内蔵されていた治癒加速魔法によって、数日間安静にしてれば問題無い程度にまで治まっていた事が要因だろう。
後日、本局にて再検査をする約束を取り付け、フェイト達に彼を家まで送るように頼み、4人をアースラから離艦させた。
自分1人で大丈夫だと主張する彼から、渋々ながら了解を得るのは少しだけ苦労したが……。
最終的に、フェイトの泣き落としで決着が着いたのは秘密だ。
それ程までに彼女は、聖を救えなかった事を悔いていたのだろう。
なのはも、はやても……。
――――さて、此処からは僕の仕事をしよう。
医務室に戻ってきた初老の医師と対面で椅子に腰掛けて、話を始める。
「それで、彼が起きる前にしていた話の続きですが……」
「うむ、分かっている。彼のデバイス――今はアポクリファと言ったか。アレがどのような状態だったか、というやつだな」
「俄かには信じられませんが、本当に繋がっていたのですか?」
僕の問いに彼は、「うむ」と顎に手を添えて答えた。
「間違いない。アポクリファは、彼のリンカーコアと繋がっていた。物理的ではなく、擬似的に魔力のラインを繋げたと言った方が正しいな」
「そんな事、可能なのですか?」
デバイスとリンカーコア、その両方を繋げるなんて芸当。
そんな荒唐無稽な所業、今まで聴いた事も見た事も無い。
「常識でものを考えてみたまえ。リンカーコアとは、体の中でとてもデリケートな部分だ。そこに異物を繋げるなんて事をすれば……」
「拒絶反応によって、よくてリンカーコアに甚大な損傷を引き起こし、最悪の場合はショックによる死に至る」
「その通りだ」
それが、当然の帰結だった。
僕達の考えの中に於いて、先の芸当は死への垂直落下に等しい。
だからこそ、おかしいのだ。
そんな事を知らずに、平然と今まで生きていた彼が……。
状況の混乱を避ける為に3人には伏せておいたが、この分では僕にすら手に負えないかもしれない。
――――聖、君はかなり厄介な人間に属するようだぞ。
「他に、彼のリンカーコアから情報は引き出せましたか?」
「彼には元々、変換資質があるようだ。しかも、かなり稀少な部類の……」
フッと目の前に広がる空間モニター。
そこには彼のリンカーコアから引き出した情報が、事細かに書かれていた。
インビジブルフィールドの影響によって殆んど白紙の状態だが、彼が封時結界に居た時の使用魔法はきちんと刻まれている。
治癒加速、身体能力の強化、それに腕部への魔力の収束・圧縮による打撃魔法。
「彼の変換資質、それは『流動』だ。自然界に存在する様々な力、重力や浮力、引力に斥力、物体に掛かるエネルギーであるそれ等を、彼は魔力によって『そのもの』に変換する事が出来る」
「しかし、それは……」
「そうだ。魔導師にとって、それ等はプログラムによって同等の効果が得られる。一々、変換する必要は全く無い」
「……確かに、そういった意味では稀少ですね」
その根も葉もない言い草、飾らない言葉は何とも本人には聞かせ難い内容だった。
君には変換資質がある、しかしそれは、変換をせずともプログラムによって同結果を出す事が可能。
つまり――――不必要な資質だ。
聴いてしまった事に、酷く後悔したような感覚に襲われる。
これを聴いて彼はどう思うか……。
元々、自分に対して卑下する傾向のある少年だ、あまり良い結果になるとは考え難い。
「プログラムの簡略化には持って来いの能力ですね。本人が変換の切り替えをマスターすれば、きっと純粋魔力より使い勝手も増すでしょう」
「確かに、無能ではないな。しかし複数の変換資質を所持している魔導師は居るには居るが、その数は決して多くない。艦長を含めて……」
故に、複数の変換の切り替えなんて芸当、一体どのようにするのか皆目見当も付かないと。
目の前の人は何処までも冷静に物事を判断し、冷酷に現実を突きつけた。
確かに僕も、炎熱や氷結といった温度変化魔法に関しての技能はあるが、それは長い期間を掛けての鍛錬による結果だ。
だが聖は魔導師ですらない、今まで唯の一般人だったのだ。
そんな彼に、自分の言った事をマスターさせるなんて不可能に近い。
どれだけの時間を掛ければいいのか、見通しが出来ない位に……。
――――いや待て、何を考えているんだ僕は。
まるで彼を、魔導師として育てようとしてるみたいじゃないか。
いくら僕達の組織が万年人員不足とは言え、一般人をむやみやたらスカウトする訳にもいかない。
それに僕は可能ならば、今まで通り彼女達とは普通の友人で居て欲しかった。
特にフェイトとは、魔法というものとは無関係の繋がりで……。
親友であるなのは達とは、常に魔導師としての繋がりから始まった。
P・T事件でなのはと、闇の書事件ではやてと。
アリサやすずかも、いやその全てが魔法がある事で生まれたものだった。
だからこそ魔法ではなく、普通の繋がりを持った彼との絆を大切にしたい。
やはり聖を魔導師には――
「艦長?」
「あっ……すみません。考え事をしていました」
「そんな事より、今から言う事が一番の問題かも知れないぞ」
「……どういう事ですか?」
先程までの思考を取り敢えず脇に寄せて置いて、新たに浮かび上がったモニターに目を向けた。
先程の情報の羅列、その中にある新しい画面。
左側には灰色の発光体、恐らく彼のリンカーコアの図だろう。
右側にはそこに刻まれた情報が、何行にもわたって綴られていた。
「此処だ」
唐突に、画面の一部を指差した男性。
そこには、一文――――
『Xenogloss』
――――そう書かれていた。
「ゼノグラス、ですか?」
「あぁ、リンカーコアを片っ端から調べ上げた末に出て来た」
意味不明な名前。
ゼノグラス、それは一体何を意味してるのだろうか?
視線を向ければ、彼は両手を挙げて首を振った。
どうやらお手上げのようで、先程までの不躾な言葉すら出てこない。
……何なんだ、次から次へと。
今まで普通の少年だと思ってた彼が、どうして此処まで異質なものを抱えているのだ?
「私は専門家じゃないから何とも言えないが、このキーワードは何か重要なものを秘めているように思える」
「えぇ……」
今まで聞いた事も見た事も無い、その言葉。
闇雲に考えたって分かりようもないその問題は、どうすれば解へと導けるだろうか?
…………その時、ある人物の顔が浮かんだ。
我々の理解し得ない事柄でも、もしかしたら知っているかもしれない存在。
もし知らなくとも、調べれば何かが分かるだろう。
彼等はその分野のプロフェッショナルなのだから。
急いで艦の通信設備から回線を開いて、ある相手へ連絡を取る事にした。
数秒の後、モニターに映る1人の姿。
金髪の長い髪、整った顔立ちに眼鏡を掛けたそれは、初めてあった者なら女性だと勘違いしそうな程の容姿。
だがソイツは、残念な事に正真正銘の男だ。
『はい、無限書庫司書、ユーノ・スクライアです。……って、クロノか』
「また随分なご挨拶だな、ユーノ」
ユーノ・スクライア。
僕達の組織に於いて、重要な位置を占める無限書庫の司書を勤める少年。
P・T事件で、なのはと共に活動していた魔導師でもある。
「早速なんだが、僕の個人的な請願で調べて欲しい事があるんだが……」
『無茶言わないでくれ。ここ数年、色んな部署から資料を請求されながら、書庫の整理をする僕達にそんな暇は無いんだ』
「『ゼノグラス』」
『――――それは?』
「知っているのか!?」
急に彼の表情が変わった。
もしかして、何か知っているのだろうか?
だとするならば僥倖、求めていた答えがこんな近くで見付かるのだから。
しかし僕の問いに、ユーノは首を横に振った。
『いや……。でも、何処かで聞いた事があるんだ。それらしい言葉を……』
「無限書庫にそれがあるかも知れない、という事か?」
『もしかしたら、だけどね。ちょっと僕も気になるから、不本意ながら手が空いた時にでも調べてみるよ』
「あぁ、助かる」
正直、今の書庫の状態で手が空くのかどうかすら怪しいが、今頼れるのは遺憾ながら彼しか居ないのも事実。
此処は素直に頼るべきだろう。
『珍しいね。いつもだったら用件だけ伝えて、礼の一つも言わないのに……』
「重要な手掛かりになるかもしれないんだ、礼の一つ位なら言うさ」
そう、彼の異常性の答えが、あの言葉の中に隠されているかもしれないのだ。
最優先とまではいかないが、可能な限りの手を打たなければ……。
――こんな筈じゃなかった未来を、未然に防ぐ為にも。
「それにフェイトやなのは、はやてにも関係する事だからな」
『3人にもって、どういう事?』
「気にするな。君には関係無いからな」
『ちょっと、それってどうい――』
モニターに掴み掛からんとするような勢いの彼へ、強制遮断という手で幕を下ろした。
これ以上は事情を説明しなければならなくなる、彼の存在、その異常性を……。
しかし、出来れば知るべき人間は最小限に止めておきたい。
まぁ、ユーノにもいつか説明はするつもりだから、今は構わないだろう。
いつかは……。
そう自分に結論付けて、僕は真っ白な天井を見上げた。
思考が磨り減って、何の理由も無く頭を休ませたくなった。
全く、彼が来てから訳の分からないばかりだ……。
そんな胸中の愚痴が、自分の中で木霊した。
~Interlude out~
「えぇっと、レイジングハートにバルディッシュ、それとリインフォースだよな」
《yes, how do you do.(えぇ、初めまして)》
《glad to meet you.(宜しく)》
「はい、宜しくお願いしますっ!」
我が家であるひなた園への帰宅、アースラから降りるその直前。
もう1人で大丈夫だという俺の主張は――
『聖を助けられなかった私達じゃ、頼りにならないよね……』
――見事に、俺の意志が塵も残らない位に粉砕されました。
仕方ないだろ、しょうがないだろ、あんなにも泣きそうなハラオウンを見て我を通せる奴が居るんなら、俺は間違いなくその人に弟子入りしてやるさ。
それだけの破壊力が備わっていたのだ、アイツの泣き顔には。
……まぁ、昔から泣き顔には敏感だからってのもあるかも知れないが。
渋々ながら、3人のエスコートによって帰路に着いている訳だ。
つーか放課後の帰宅途中みたいだな、こりゃ。
悪い気はしないけどさ。
恐らく初めてじゃないだろうか、コイツ等と一緒に帰るというのは……。
新鮮な気持ちの帰り道、夜空を見上げて改めて思う。
――――帰ってきた、俺の日常へ。
魔法やら、デバイスやら、俺の常識の範囲外での現実が突きつけられて、色々と脳内がゴチャゴチャしてたけど、夜特有の涼しい風を浴びる度にスッキリした気持ちになる。
「折角だから、私達のデバイスも見てみない?」
その中で呟かれた高町の言葉は、まるで異国語のように聴こえた。
まるで唐突に浮かんだ、唯の思い付きみたいな提案。
だがその本人は、何故だか期待に満ちた眼差しで俺を見ていた。
そしてハラオウンと八神も、名案だ、とばかりの視線を向けている。
おいおい、突然過ぎるだろ……。
まぁ、俺としても興味が無い訳じゃないし、寧ろちょっとある。
今まで見る事の出来なかった彼女達の側面、その一部が気にならない筈は無い。
友達の事を知りたいって思うのは、きっと当然で大切な想いだから。
その提案に対して俺は、何の躊躇いも無く頷いた。
すると高町は首に下げていた赤い宝石の付いたペンダントを……
ハラオウンはポケットから金色の三角形のプレートを……
八神は高町と同じく首に下げていた十字型の飾りが付いたペンダントを……
それぞれを自身の手に乗せて――
「レイジングハート」
「バルディッシュ」
「リインフォース」
――その名を、優しい声で呼んだ。
それが、ついさっきあった事だ。
折角だからデバイスと直に話してみようと思い、右手にレイジングハートを、左手にバルディッシュを持って、眼前にはリインフォースが宙を浮いている。
初対面だから拒絶されるのではとも考えていたが、その心配は杞憂だったらしい。
「えぇっと、知ってると思うけど、俺は瑞代聖だ」
《It knows. Because your thing was seen well with my master.(分かっています。マスター共々、貴方の事はよく見ていましたから)》
「うぉい、マジか……」
レイジングハートの言葉に恥ずかしさ半分、情けなさ半分といった感情が生まれる。
正直な所、ハラオウン達の前で良い所なんて見せてない。
まぁ、良い所があるかどうか、そこから始まる訳なんだが……。
情けない姿を晒す事ならあったけどな。
「どうかしました?」
「いや、何でもねぇよ」
心配げに俺の瞳を覗き込んでくる小さな妖精。
まるで童話の中に存在するその様相は、愛らしさを無自覚で振りまいている。
無垢で無邪気、心が洗われるような感覚をこの少女、リインフォースからは感じる。
彼女を見ていると、家に居る妹達を思い出して、大変微笑ましい。
「楽しそうだな」
「はいです。リインは、聖さんにとっても逢いたかったです!」
心の底から嬉しそうに、クルクル俺の周りを飛ぶ少女。
空色の長い髪に、意識してのものか八神と同じ髪留めを着けている。
その彼女は人間と思ってもおかしくない程、感情豊かに生きていた。
……寧ろ最初見た時は、本当にデバイスなのか疑問に思った位だしな。
レイジングハートとバルディッシュは分からなくもないが、此処までフリーダムなデバイスがあっていいのか? と考えてしまった。
八神が言うには『ユニゾンデバイス』と呼ばれる特殊なものらしいから、考えるだけ無駄なのだろう。
それに、俺との出会いをこんなに嬉しく思ってくれているこの子になら、そんな考えはそもそも不要だ。
「ありがとな」
だからこうして、素直な言葉を返せるのだろう。
「こうやって話せる日を、ずっと待っていました。でも、聖さんは魔法を知らない普通の人だから、それは出来ませんでした」
しょんぼりと俯く姿は、痛ましい程の純粋さに満ちていた。
それだけ、そこに込められる想いは強かったのだろう。
俺とこの子の存在する場所は同じであると共に、どうしようもない程に隔てられている。
俺は普通の世界だけに身を置き、リインフォースはこの世界と境界の向こう側の2つを行き来していた。
魔法には秘匿される必要性があり、故にその結晶でもある彼女は、此方側で迂闊に姿を現す事は出来ない。
この邂逅は、きっと偶然の積み重ねが引き起こした――――奇跡のようなものなのだ。
「だから今、リインはすっごく嬉しいです。こうして貴方と目を見て話せる時が来てくれて。その、今の聖さんには申し訳無いですが……」
それはきっと、この胸の傷を言ってるのだろう。
こうして俺が魔法に出会う切っ掛けとなった、あの命を掛けた異形との戦い。
戦いの最中の事はあまり憶えていないが、傷の存在が否が応にもその壮絶さを物語っている。
あれが無ければ俺が怪我をする事はなかった、そしてこの子と出会う事も。
だが、もしその2つを天秤に掛けるのであれば、俺の答えは既に決まっている。
「この怪我がお前達に会う為の代償だって言うんなら、俺はこの傷を我慢出来る。だからさ、気にするなって」
その小さな頭を、レイジングハートを持つ右手、というか人差し指で優しく撫でる。
たとえどんな大怪我を負っても、これだけ俺との出会いを嬉しく思い、大切にしてくれている少女が居てくれるなら、きっと俺は挫けたりしない。
寧ろそれが分かっていたなら、俺はもっと頑張っていたかも知れないしな。
俺の指にされるがまま、その感触に目を細めているリインフォース。
本当、仕草も小さい子供そのものだ。
声を出していないが、レイジングハートとバルディッシュも、その身を明滅させている。
「なんや、親子みたいな感じやねぇ」
「そこっ、変な事言わない!!」
突然変な横槍を入れる八神に、「意義あり!!」の如く指を差す。
リインフォースの主である少女は、何故か嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「リインがここまで懐いてるのも珍しいなぁ」
「聖さんの事は、はやてちゃんの傍でずっと見てましたから」
フワフワと眼前で宙を飛ぶ少女は、己が主の言葉に笑顔で答えている。
……此処まで好かれるような事、した覚えはないんだけどなぁ。
彼女がどうして俺に対し好意的に接してくれるのか、イマイチ理解出来ない。
まぁリインフォースに悪意は微塵も無いし、優しいこの子なりの心遣いもあるんだろう。
だから、彼女に対して何か裏があるかなんて馬鹿な考えはしない。
無条件な好意は少し苦手だけど、決して嫌いではないから……。
「それにリインだけじゃなくて、レイジングハートもバルディッシュも同じだと思います」
「そうなの? レイジングハート」
《I am separately.......(私は、別に……)》
「バルディッシュ?」
《......》
妖精の一言に、ハラオウンと高町が、俺の手に収まっている自身の相棒に声を掛ける。
だがレイジングハートは曖昧に、バルディッシュは完全な沈黙を以って返答とした。
何だろうか、ハラオウンも高町も表情に戸惑いが見える。
「どうかしたか?」
「ううん。唯、バルディッシュがこんな反応をするの、今までに無かったから」
「レイジングハートもそうだよ。何か、いつもと様子が違うような……」
何処か、雲行きが怪しくなってきた。
数年間ずっと傍に居続けてきたパートナー、彼女達だからこそ分かる微細な変化。
俺にはよく分からないけど、ハラオウン達にとっては深刻なものらしい。
心配げな表情がそれを物語っていた。
「大丈夫なのか? レイジングハート、バルディッシュ……」
流石にそんな顔を見せられちゃ、俺だって少し心配になってくる。
それで何とかなる訳じゃないけど、掌に在る彼等に声を掛けてみた。
普段と違う、だとすれば此処に俺が居る事こそが違うのだから原因は分かり切っている。
「お前等、戻った方が良いな」
《What(何)?》
「俺はお前等と話せて充分だ。もう、ご主人様の所に戻った方がいい」
偶然とはいえ、突然現れた俺の存在が、コイツ等のAIに何かしらの異変を起こしてるのかもしれない。
元々デバイスがどういうものか知らないから、何とも言えないけど。
だけど可能性があるのなら、些細な事でも見逃す訳にはいかない。
友人の大切なパートナーなんだから……。
「楽しかったぜ、レイジングハート。バルディッシュもな……」
まぁバルディッシュとはまともに会話出来てなかったけど、傍に居るだけで何となく彼がどういう奴か分かった気がする。
本当ならもっと話したかったけど、コイツ等に迷惑を掛けるのも嫌だからな。
レイジングハートを高町に、バルディッシュをハラオウンへ、名残惜しい気持ちを秘めたまま、俺は手に収まっていたコイツ等を主の許へ戻した。
「リインフォース、お前も何かあったら拙いだろ? 八神の所に戻った方がいいぞ」
「リインは大丈夫なんですが……。聖さんに心配を掛ける訳にもいかないので、大人しく戻ります」
明らかな落ち込みようを見せながら、妖精は主たる八神の許へ、そして剣十字のペンダントの中へ吸い込まれるように消えていった。
自分の事よりも他人の事を想える姿は、何処までも健気で綺麗だった。
それはきっと、俺には出来ない事だからだろう。
自分より他人を優先させる、今の俺には到底無理な芸当。
自分の事で精一杯なのに、他人の面倒までしてしまっては、俺の少ない許容量を容易く超える。
そして何もかもを取りこぼす、後悔に身を委ねる結果が待っている。
だからこそ、リインフォースの姿が、俺には綺麗で眩しく映った。
全員が主の許へ戻ると、俺は歩みを速めた。
「ひなた園が近いから、此処までだな」
後少しで俺の家である場所に、家族が待ってくれている場所へ帰れる。
ゆっくり歩いていた割には、結構早かったんだなと何となしに思った。
これ以上はハラオウン達の手を煩わせる必要は無い。
「そんじゃな」の一言を告げて、俺の帰るべき場所へ歩を進めた。
「レイジングハートとバルディッシュの事、何か分かったら教えてくれ」
ハラオウンと高町の2人に、それだけ付け足して。
最後の最後で原因の分からない状況に陥り、正直今でも心配だ。
彼女達の手に収められたアイツ等とは、今日初めて会った仲だけど、何処か言葉にならないモノを感じている。
「友達、みたいなもんだし……」
その中で、一番近いであろう答えを主とパートナー、その両者に告げた。
何度も思うが誰かを友達だと、その事実を口にするのはとても恥ずかしい。
今も必要以上に赤くなってる自分を簡単に想像出来てしまう。
「ありがとう、聖君」
「良かったね、バルディッシュ」
「リインの事も忘れたらあかんよ~」
そして、俺の言葉を聴いた3人の本当に嬉しそうな顔は――
――夜の帳の中で、太陽よりも眩しく輝いていた。
きっと今の自分は、それを向けられて途方も無く赤面してるんだろう。
分かりたくないが、分かってしまう自分が少し憎かった。
どうも、おはこんばんちはです( ・ω・)ノシ
№ⅩⅩⅣをお読み下さり、ありがとうございます。
正体不明の敵との戦闘から一変、穏やかな時間の中で現状を整理する回でした。
その中で判明した、聖には魔導師としての資質があるという事実……ぶっちゃけ大した事は無いですけどねー(゚Д゚)
でもそれよりも、色々と不穏な内容が次から次へと……。
元々コイツ一般人じゃなかったのといった感じですが、寧ろ今回の話で異端性を証明されるまで、彼は間違いなく一般人でした。
まさに観測効果の通りですね、自分で設定しておいて滅茶苦茶だぜコイツ(´・∀・)
というか、『運命翻弄編』は初っ端から伏線ばら撒き過ぎですね(´・∀・)
兎も角次回は……『聖、時空管理局へ行くの巻』です。
今回はこれにて以上となります。
感想や意見、タグ関連やその他諸々は遠慮無くドシドシ書き込んで下さい。
直接メッセージでも、作者的にウェルカムです。
では、失礼します( ・ω・)ノシ
誓いの行方~リリカルなのはStrikerS~
「俺さ、偶に思うんだ。この『魔法』って力は、とても残酷なものなんだって……」
「残酷って……。聖、それってどういう事?」
機動六課の隊舎内のラウンジ、テーブルで向かい合う俺とハラオウン。
彼女が反応したのは、本当に何気無い、俺の口から滑り出たモノに対してだった。
「管理局は質量兵器の根絶、ロストロギアの規制を最優先に、数ある次元世界を支えてきた」
その在り方は、きっと間違いではない。
幾つもの次元世界がこの組織によって救われて、今も尚、確かな繁栄を築いているのは紛れも無い事実だから。
それでもやはり、心の何処かに引っ掛かり続けるものもあった。
「確かに質量兵器は危険な物だし、簡単に大量破壊を起こせる代物。魔力による力が『比較的クリーンで安全』という理由で、代替物になるのも当然と言えば当然だ」
「それが、今の魔法技術の発展に繋がったようなものだからね」
俺の話す『管理局側の一般論』に、至極冷静に返すハラオウン。
でもそれを鵜呑みにするのもまた、危険な考えとも思える。
何故なら質量兵器と魔法では、圧倒的に違ってしまう点があるから。
「それじゃもし、全ての世界で質量兵器が無くなって、魔法技術が今以上に広まる事になったらどうなる?」
「……きっと、傷付く人は今よりも減っているんじゃないかな?」
「それってさ、魔法が『使える側』の意見だろ」
「え……?」
俺の一言に言葉を噤むが、構わず続けた。
「もし質量兵器が無い平和な世界に、魔法が使える人が1人も居なかったら。そしてその世界に魔法を使える残酷な犯罪者が現れたら。管理局が対応するまで、一体誰が犯罪者に対抗するんだろうな……」
そう、2つの技術の明らかな違い――――『才能』というもの。
誰でも使える質量兵器と、才能を持つ者だけが使える魔法。
そしてその違いは、時と場合によって、あまりにも理不尽な現実を突きつける。
「魔法という力に対抗出来るのは同じ魔法。それを持たない人は、唯々怯えるしかない。それはつまり、抑止力は魔法の才を持つ人にしか与えられないって事じゃないか?」
「それ、は……」
それは、あまりにも残酷な風景だ。
特定の誰かしか持てない力は、持つ事を許されない人間にとって畏怖すべき脅威としか捉えられない。
ならばその現実は、質量兵器の存在とどれだけの違いがあるというのか……。
「寧ろ質量兵器の方が、手段を用いれば誰でも持つ事が出来る。確かに危険だが、所持する行為そのものが抑止力として機能するんだ」
子供でもボタン1つで甚大な被害を引き起こす危険物である事は揺るがない事実だが、兵器という存在を『使う』のではなく『持つ』という事に限定すれば、魔法の才を持たない人にとってこれ程信頼出来るものは無い。
「それじゃ聖は、質量兵器の存在を認めるという事?」
「兵器も魔法も、結局使う人間の問題だ。科学だろうと魔法だろうと、進化していく技術そのものは悪じゃない。いや……技術っていうのは元々、人間にとって善い物である筈なんだ」
人の生活をより良いものに、人の命をより確実に守る為に……。
そんな誰もが当たり前に求めた願いによって、技術は人の手によって進歩していったんだ。
その存在を捻じ曲げてしまったのは、一部の悪感情を孕んだ人間でしかない。
「別に今更、質量兵器の扱いをどうこう言うつもりは無い。でも頭ごなしにソレ等を否定したら、これまで技術を積み上げてきた先人達の努力まで否定する事になるんじゃないかと思ってさ」
「……」
「科学者という人達の始まりは、きっと人類の発展という純粋な願いで動き出した筈なんだ」
人は確かに間違える。
その腹の内にある様々な欲望によって、正しい在り方を平気で捻じ曲げてしまう。
かつて『夜天の魔導書』に携わった魔導師達が、そうであったように……。
それでもその原点はきっと、とても美しく綺麗な人々の想いによって織られた、尊い輝きであると信じたい。
人がどれだけ醜くとも、それと同じように大切なものを秘めているのだと……。
「だからさ、俺達は魔法という存在について、改めてきちんと考える必要があるんじゃないかって思う」
「聖……」
「……何か変な空気になっちまったな。まぁいいや、唯の戯言だと思って忘れてくれ」
ハラオウンの神妙な顔付きに、何というか非常に居た堪れなくなる。
コイツに余計な考えを押し付けたようで、少しばかり後悔した。
互いの間に漂う空気もあまり宜しいとは言えないし、早々に立ち去らせて貰おう。
「じゃな、ハラオウン」
そそくさと席から立ち上がり、その場から離れる。
だがその時、彼女からの制止が掛かった。
「聖、君は魔法を手にした事を後悔してるの?」
此方を見る顔は先程までとは異なって、深く曇っている。
あぁなるほど、今までの会話で俺が魔法を毛嫌いしてる可能性を感じたのか。
長い付き合いで分かってた事だけど、律義で難儀な性格だなコイツは……。
そんなの、言うまでもないだろうに。
「ばーか、誰が後悔するかっての。俺を救ってくれて、今まで導いてくれた力は、綺麗で尊いものだって信じてるからな。だからさ――――」
そうだ、これは紛れも無く俺の本心。
自分の誓いを貫く為の、大切な軌跡なのだから。
「――――お前も、迷わずに真っ直ぐ行こうぜ」
今までも、これからも、俺達には様々な問題が迫るだろうけれど……。
この心に宿った想いは間違いなく、
ハラオウン、それはお前も同じだろう?
「うん、そうだね」
控えめな、それでいて嬉しさを込めた笑顔。
それが彼女の答えだった。
( ・Д・)どんだけ長いんだよ!