少年の誓い~魔法少女リリカルなのはO's~   作:さっき~

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――今から2ヶ月前、ある次元世界にて子供の誘拐事件が発生した。
――それが引き金となったのか、他の次元世界でも同様の事件が続発。
――10以上の誘拐は未だに犯人の痕跡すら見付けられず、私達は後手に回るしかない状況。
――この事件がまず、同一犯による犯行かどうかも分からない。
――特徴として、1つの次元世界に対して攫われた子供が1人だけ。
――そして子供達の年齢が11~15歳の間だと言う事。

――しかし、最近になって妙な事が起こった。
――攫われた筈の子供達が、元の世界に帰って来たのだ。
――発覚した12の事件の内、今現在で9件に関わった子供達が家族の許に戻っていた。
――でも残りの3人は、未だ行方知れず。
――戻ってきた子供達に事情を聴いてもみたけれど、全員が「何も憶えていない」という答えばかり。
――念の為に本局で検査を受けて貰ったけど、特に異常も発見されていない。
――唯一の手掛かりと期待していただけに、この空振りはかなりの痛手。
――何一つ出て来ない以上、捜査のしようも無い。
――最初の一歩から、私達は躓いてしまった。

――そして一週間前に地球で起こった、聖が魔法生物に襲われた事件。
――あちらの方も封時結界を解析した結果、時空管理局のデータベースに存在しない魔力波長を感知した。
――つまり犯人は、管理局の管理下に居ない魔導師だという事。
――魔法生物は何処かの世界の原生生物を人為的に改造を施した痕があった。
――しかし、決定的な証拠になるものは一切存在しない。

――両事件とも、何一つ手掛かりの無い状況。
――これで、どうやって捜査をしろと言うのだろうか?
――それでも私は、執務官としての義務を果たさなければいけない。
――自分で決めた道だから、私はこれからも突き進む。
――必ずこの事件を解決する術があると、信じているから。

――そういえば、聖は今どうしているだろう?
――なのはの所に行ってると思うけど、大丈夫かな?
――ランドロウ技術主任と一緒だし、でも知り合ったばかりの2人だし。
――何かあったらどうしよう……。
――あぁ、少しでも考えたら凄く気になっちゃうよ。
――大丈夫だよね、聖……。


――それは、少年を想う少女の心。
――その想いを他所に、彼はまた騒動の中心に立っていた。







№ⅩⅩⅥ「無力者の意地」

 

 

 

「今から謝っても、ゼッテー許してやらないからな!!」

 

 制服に法衣のようなマントを纏った少年が、此方に指を突きつけて叫ぶ。

 歳は俺より1つか2つ下、勝気な面持ちの彼は、魔導師の杖たるデバイスを逆の手に掲げている。

 対する俺は、在り来たりな夏用の私服に徒手空拳。

 何もかもがまるで違う俺達がこの広い空間、時空管理局本局の第一訓練室で真っ直ぐに対峙している。

 少し離れた部屋の壁側には、少年と同じ服装をした少年少女達が、此方を好奇心に溢れた目で見ていた。

 

 その中に1人、唯1人だけ、俺に心配するような視線を向けている少女が居る。

 もしこの状況を説明するのであれば、彼女の存在が最も重要になるだろう。

 

 

 

 少し長い銀髪で双眸を隠している少女。

 オドオドした態度と服の裾を弄っている両手が目立つ、とても弱々しくて儚い存在。

 名前を『フィオーネ・キルト』、魔法学院の生徒の1人だ。

 今回の学院の特別授業に参加した1人であり、しかし、魔法の才に恵まれなかった者の1人でもあった。

 それこそが先程の苛めの原因。

 彼女自身の想いを他所に、周囲の人間は異質なる点を突付いてきたのだ。

 魔法学院の生徒でありながら、魔法の才能を持たないという異質さを……。

 

「仕方、ないんです……。私は…………何も、出来ないから」

 

 か細く消え去りそうな声で、少女は俺に言った。

 

 その言葉に、どれだけの想いが込められていただろうか?

 その言葉を、どんな想いで口に出したのだろうか?

 その言葉は、少女をどれだけ傷付けてきたのだろうか?

 

 今にも涙を零しそうな女の子は、肩を震わせていた。

 その姿に、俺の心が強く掻き毟られる。

 何で、それだけの理由でこんな目に遭わなくてはいけないのか。

 

「コイツが全然出来ないから、本物で教えてやったんだよ」

 

 少年達の1人が、まるで当然とばかりに言い放つ。

 何の悪びれもせず、自分の主張こそが正しいと信じて憚らない。

 子供であるが故の純粋さ、それが相手を傷付ける事だと知りもせず……。

 

 だからこそ許せない。

 そんなクダラナイ理由で、この子が傷付けられていい訳が無い。

 誰にだって苦手なものがあるのは当たり前で、何でも出来る人間なんて、この世に数人居るか程度の事だ。

 そんな当たり前を否定して本人を傷付けるなんて、人として身に余る愚行。

 子供だから、まだ小さいから、そんな理由で済まされる問題じゃない。

 子供だからこそ、心に残るものが善悪関係無く強く刻み付けられる。

 

 一歩間違えばトラウマになってもおかしくないその事実を、俺は知っている……。

 コイツの根本に、それだけ魔法に対する強い想いがあるのなら――

 

「証明してみせる」

「え……」

「魔法は万能じゃない、軽い気持ちで扱える力なんかじゃないって事を……」

 

 俺がそれを覆す。

 魔法という名の、悪を駆逐する幻想を、無敵で最強の夢の結晶を……。

 魔法が無くても、唯の一般人が無力でないと、超える可能性があるのだと。

 この少女に、見せなくてはならない。

 

《Do you think that I permit it(私がそれを許すと思いますか)?》

(頼む、としか言い様が無い)

《......》

(だから、魔法の使用も助言も無しだ)

《......》

 

 何かに耐えるような無言の間。

 俺の意思を諌めようとして尚、俺の想いを否定し切れない心。

 この胸に存在する彼女も、きっと辛い立場なんだろう。

 俺の行動は、アポクリファにとっては無謀でしかない。

 勇猛と無謀は違う、力の無い俺は確実に後者で、愚か者だった。

 

《Foolishness ......(馬鹿……)》

(あぁ、上等だよ)

 

 でも決めたんだから、今更それを投げ捨てるつもりはない。

 これが自分にとって正しいと、(ただ)しいものだと本心で思ったのなら……。

 絶対に置き去りにしてはいけない、それを抱えて前に進むんだ。

 それに――

 

「んな心配そうな顔すんなよ」

「でっ、でも……」

「そんな顔する為に、お前は此処に居るんじゃないだろ」

 

 目の前で不安に包まれているこの子の銀髪が、何処か彼女を思い起こさせたから。

 俺を変えてくれた少女、アティ・ヴィルヘル・和泉。

 アイツがもし此処に居たなら、黙って見てる俺を決して許したりしないだろう。

 そして、師父も……。

 

『燻ってる暇があったら、さっさと行動すればいいだろう?』

 

 当然のように言うに決まってる。

 俺は今まで、そんな凄い人達に背中を押されてきたんだ。

 だからこそ自分を曲げる事無く、自分の行動に貫く意志を繋げる事が出来る。

 躊躇っていた足を、何の問題も無く進める事が出来る。

 

「師父……」

 

 それでも俺がやろうとしているのは、我が儘を通す為のエゴに他ならない。

 故に、此処に告げねばならない。

 俺は今から、貴方の教えの1つに反すると……。

 背中を押してくれる貴方の言葉は、こんな事の為にある筈ではないけれど……。

 年下であろう少年に、己が意志を通す為に力を向ける。

 どんな理由があろうと許されざる行い、それでも――

 

「我が愚行を、お許し下さい」

 

 ――俺は、自分の為だけに我を通します。

 双眸を閉じて呟き、胸の内の決意を固める。

 愚行、それは自分でも分かっている。

 だが自分で決めたのだ、この先に進むと……。

 たとえ大衆からの非難を浴びようと、正しいと思った事を貫けず後悔するのは嫌だから。

 俺は今この時だけ、世の常識(せかい)に反抗します。

 

 

 

 

 

 

 およそ20メートルの距離を置いて対峙する、俺と少年。

 一方には杖が、もう一方は何一つ持っていない。

 その実態を知る者は、恐らく己が脳裏に見え透いた結果を並べている事だろう。

 俺の敗北という、当然の帰結を……。

 

「初めての実戦だ。アンタの名前、教えてくれよ」

「瑞代聖」

「ミズシロ? 何か変わってんなぁ」

 

 緊張感の欠片も無い彼は、余裕な顔をして笑っている。

 取り敢えずお前の一言、後で高町にも教えておくからな。

 

「俺は『ディルフォート・アイレイン』だ。ディルでいいぜ」

「遠慮する、アイレイン」

 

 俺の言葉に不服らしい彼、アイレインはムッとした顔で此方を睨む。

 そして杖を一振りすると、その先端に一つの白い光球が現れた。

 魔力弾、魔法という技術の結晶たる一つ。

 さっきまでの高町の教導を見て、分かる事は幾つかある。

 あれは恐らく、対象を追尾する性能を有する魔法。

 様々な軌道を描き、確実に敵を仕留める弾丸。

 それを携えた杖を頭上に掲げたアイレインは――

 

「よしっ、行くぞ。シュート!!」

 

 先端を俺に向けるように、振り下ろした。

 

「くっ……」

 

 白く輝く球体は弧を描き、蛇のような軌跡を辿って対象たる俺へと飛び掛らんとする。

 スピードは思った程速くない、きちんと見てれば避ける事は容易い。

 しかし一撃でもアレに当たれば、その衝撃でやられる可能性は充分にある。

 横っ飛びで射線上から離れ、すぐに立ち上がる。

 今の俺は、何よりも回避に念頭を置くべき立場。

 回避と同時に光弾の位置を確認―――――もう来てる!!

 俺の背後で旋回を終えた弾丸は既に、2度目の襲撃の為の体勢を整えていた。

 

「っ!!」

 

 中腰のまま両脚に力を込め、兎跳びの要領でそれをかわす。

 地面に手を着いて体を捻り、視界に弾丸を収めながら着地。

 次の軌道はと睨むようにヤツを見ると、弾丸は此方を見向きもせず自らを発射した主の許へ。

 アイレインの持つ杖の先端に戻ると、最初の時と同じくフワフワと浮遊し始めた。

 まだ制御をし切れていない、恐らくは一定時間で自動的に術者の許に戻る仕組みなのだろうか?

 ……まだまだ、魔法については分からない事が多いな。

 

「何だよ、避けるだけじゃん」

「魔法だって当たらなきゃ意味無いっての」

 

 俺の言葉にムカッと来たらしいアイレインは、再び杖を掲げる。

 第2射の構え、俺を狙う必倒の一撃。

 

「行っけー、シュ――」

「――言っとくが、さっきのヘロヘロ球じゃ当たらねぇぞ」

 

 だがそれを、見す見す許す訳にはいかない。

 振り下ろされる直前、挑発めいた言葉でそれを止める。

 それこそが隙、俺が勝機を見出す僅かな時間。

 俺の言葉に明らかな怒りを露にした表情を尻目に、俺は思考を可能な限りのスピードを以って巡らせる。

 

 この短時間で、どれだけの数の戦略を生み出せるか。

 アイレインの視線の動き、魔法弾の追尾性能、間合いによる行動の選択。

 そこから俺が出来る事を並べ立てて、現在で最も有効なものを当て嵌めていく。

 時間は無い、だがそんな事を考えてる時間すら勿体無い。

 自分にはこれしか出来ないのだから、文句言う前にもっと頭を働かせろ!!

 

「だったら、スピード上げるぞ!!」

 

 半身を引きながら杖を構え、声高らかに宣言する少年。

 蜘蛛の巣のように張り巡らされた思考を整理して、不要なものを順次削り落とす。

 それ等を繋げていき、シンプルな一本の線にする事で戦術は完成形へと至る。

 過去に類を見ない程の思考の回転率を感じながら、視線の先を少年へ向けた。

 

 ――――アイレイン、上手く『当たって』くれよ。

 ――――こっちは、高町が戻ってくるまでに終わらせないといけないんだ。

 

「そんじゃ……」

 

 杖を握る手に力が篭もる。

 同時に俺は体勢を低く、そのまま――――駆け出す!!

 

「そんなスピードで――」

 

 アイレインの踏み込むような一歩、正に弾丸を放つ直前。

 スピードを上げる、唯それだけでダメージは先程以上に膨れ上がるだろう。

 同じ物体でも、ソレに掛かる運動エネルギーが大きくなれば、比例して衝撃力も上がるのは分かり切った事だ。

 しかしそれは、当たればの話。

 引き鉄を引こうとするその刹那、10メートル強の両者の距離の最中……。

 右足が上がった瞬間、右手でソレを掴み――

 

「行けっ!!」

 

 ――サイドスローで思い切り投げつけた。

 ソレは吸い込まれるように真っ直ぐ……アイレインの杖先に直撃する。

 

「なぁっ!?」

 

 突然の衝撃に手から零れる魔法杖、それを横目に見ながら疾走は止めない。

 瞬く間に狭まる俺達の間合いを視界に収める。

 3メートル、2メートル、1……ゼロ!!

 腕を伸ばしてアイレインの制服の襟を押すように掴み、交差させるように相手の右足の外側に自身の右足を置く。

 空いた左手が先程弾かれたヤツの右腕の袖を掴んだ所で、力尽くで引き寄せた。

 

「っせい!!」

 

 無手の武術、柔道の技の一つ『体落とし』。

 アイレインの体は全く抵抗する事無く、その力に流され……

 

「――っ」

 

 無音、その身は頑丈な床にぶつかる事無く……地面擦れ擦れ、その位置に体を沈める事となった。

 来る筈の無い衝撃に目を瞑るアイレインは、息を呑んだまま硬直している。

 だがどれだけの時間が経ってもやって来ない事に疑問を持ったのか、彼は恐る恐る双眸を開いた。

 そして、視線の先には――

 

「どうした? 魔法少年」

 

 勝ち誇ったような顔でソイツを見詰める、俺の姿。

 魔法という力を心酔し、正義であると疑わない童心。

 それこそが力の象徴、幼いであるが故の無垢な勧善懲悪。

 それを俺は今、無力を以って根底から覆した。

 

「悪いが、俺の勝ちだ」

 

 未だ驚きの表情を崩さないアイレインは、硬直から抜け出せていない。

 仕方なくその体を引っ張り上げて、自分の眼前に立たせる。

 何だか親みたいな事をしてるようで、自分に対して苦笑してしまった。

 

「なっ、何笑ってんだよ!?」

 

 どもるような声が、それを更に助長させる。

 小笑いが大笑いに変わるのは、そう難しいことじゃなかったらしい。

 何処か微笑ましいその姿が、やっぱり1人の子供なんだと改めて気付かせる。

 魔法さえ無ければ、いや今の今だって、コイツはひなた園の皆と何一つ変わらないんだ……。

 そんな俺に向けてガーガー喚いてるアイレインを横目に、笑いの余韻に浸りながら周囲の地面を見回す。

 

「おっ、あったあった」

 

 先程、彼に投げつけたブツ……スニーカーを白の靴下を履いた足先で拾い上げる。

 いつまでも片足だけ靴下という訳にもいかないから、急いでそれを履き直した。

 大体分かると思うが、さっきアイレインに投げたのは俺の靴、正確には右の靴だ。

 走ってる途中に急いで靴を脱ぎ、掴んだら即スローイング。

 それは見事に命中し、コイツの杖を弾き飛ばしたのだ。

 靴を脱ぐ行為とタイミングが最大のネックだったが、結果として俺は勝利をもぎ取る事に成功。

 あまり格好の付くやり方ではなかったけど、こっちは元々そういう側の人間だから仕方ない。

 

 でも俺は、これで証明出来た。

 たとえ相手が未熟者であろうと、魔法を使う者が万能ではない事を……。

 今まで自らの無才に対して諦観の想いを抱いていた少女、キルトに見せる事が出来た。

 彼女はというと、未だ信じられないような顔で俺を凝視している。

 

 しかし、俺は気付いていた。

 前髪の隙間から垣間見えた彼女の瞳は、初めて見た時と違って、強く光っていた事を……。

 今まで自分が理解していた世界の常識を、目の前で覆されたのだ。

 そしてそこに、自分自身の可能性を見出そうとしてるのかもしれない。

 

 それだけで、俺の進んだ行動に間違いは無かったと思う事が出来る。

 少女が真っ直ぐ前を見ようと、勇気を振り絞ろうとするのなら、無力な俺も少しは役に立つという事だ。

 その想いを言葉として、少女へ向けようと口を開こうとして――

 

 

 

 

 

 

《Hijiri(聖)!!》

「――――――――っ!?」

 

 ――――脳が激震した。

 同時に感じる、側頭部への激しい痛み。

 

「ぐっ!!」

 

 あまりに突然、不意打ちにも程があるそれに、刹那の虚脱感にたたらを踏んだ。

 思考が乱れる中、何とか両脚に力を込めて踏み止まる。

 だが脳内にはグワングワンと釣鐘のような鈍い警鐘が鳴り響いていた。

 

 ――何だ、何が起こった!?

 痛みに耐えながら周囲に目を向ける。

 先程の状況からして、アイレイン以外に俺の間合いには誰一人として居なかった。

 だがアイレインも、何かしたような素振りは何一つ見られない。

 前後不覚に陥りそうな状態で、異変の元凶を血眼になって探す。

 

 そしてそれは、俺の真後ろ……10メートル離れた位置で浮遊していた。

 純白の光、弾丸の形を成すそれは、間違いなく先程の魔法弾だ。

 

「な……何で、どうして!?」

 

 背後で驚愕に震える声を上げるアイレイン。

 そして俺もまた、その状況に思考が追い着かないでいる。

 発射される前に防いだ筈の光弾が何故、未だ健在で居られるのか。

 

《Perhaps, the effect more than he can control might been invented.(恐らく、術者が制御出来る以上の効果を生み出してしまったのでしょう)》

(つー事は、アイレインの手を離れて暴走してるって訳か?)

《Yes,that.(その通りです)》

 

 アポクリファと念話を交わしながら、中空で無軌道に飛び回る光弾を見据える。

 その原因は分かってる、俺の挑発に乗ったアイレインが行った速度上昇効果だ。

 それが彼の予想を上回る力だったらしく、制御し切れなくなり、今こうして暴れ回っているのだ。

 ズキンと鋭く痛む頭を押さえながら、それでも視界だけは閉ざさない。

 

 人の手を離れた魔法は、最早守る為の力じゃない。

 アレは人を傷付ける――――唯の暴力だ。

 しかも飛びっきり危険な、科学の粋を集めて出来た至高の技術。

 俺のような無力な人間が立ち向かえるような、生易しいものでは決してない。

 

(どうする?)

《It might be appropriate to Allais that magic is thrown, and eliminated.(アレに魔力をぶつけて、対消滅させるのが適切でしょう)》

 

 至極分かり易い解答はありがたいが、『言うは易し、行なうは難し』とは正にこの事。

 あんな気紛れに動き回る弾丸に魔力をぶつけるなんて芸当、少なくとも俺には不可能だ。

 ハエを箸で掴むような神業じゃないか、そんなの……。

 アレに追いつく目はある、避けるだけなら大丈夫かもしれない。

 それでも、あんなものを打倒するのは今の俺では難しい。

 頭蓋の奥から放たれる鈍痛に、体がふらつきそうになる。

 それでも気合で体を支え、来たるべき攻撃に備える。

 

 そしてヤツは……動いた!!

 遥か頭上、訓練室の天井擦れ擦れを円を描くように疾駆する弾丸。

 まるで準備運動のような動きを、俺の視界は一瞬たりとも逃さない。

 

《It is impossible in you today.The retreat from this place.(今の貴方では無理です。この場からの退却を)》

 

 慌てたような彼女の警告が脳に響き渡る。

 当然だ、あんなものを真っ向から相手にするなんて馬鹿にも程がある。

 逃げるという選択は、真っ当な人間なら最優先でするべき行動。

 何かよく分からない記号を描いてるように見えるソレを視界に収めながら、それでも俺の体は、いつでも飛び出せる体勢に移っていた。

 それは逃げるという選択肢の為でなく、俺の意志を貫く為のものに他ならない。

 

《It is useless.There is no art that deals with you with the living body.(駄目です。生身の貴方に対処する術はありません)》

(それでも引けないだろうが。此処には俺の他にも、アイツ等が居るんだぞ!?)

《It is impossible, unreasonable, and it is rash.(無理です、無茶です、無謀です)》

(無い無い尽くしの三拍子か。でもな……)

 

 視界に映る魔法弾が、突如としてその運動を止めた。

 そして、力を溜めるが如く沈黙し――

 

(此処で逃げたら、本当に大切なものを無くしちまうだろ!!)

 

 今までと比べ物にならないスピードで、此方に向けて滑空する。

 縦横無尽、蛇の如くうねる軌道。

 それは射線上に居た筈の俺を外して、背後へと大きく回り込んだ。

 ――――狙いはアイレインか!?

 幾ら暴走してるかといって、皮肉にも術者本人を狙おうとするとかアリかよ!?

 

《Please stop it(止めて下さい)!!》

 

 アポクリファの声を振り切って、俺は未だ弾丸に慄く少年に飛び掛かる。

 全身で収めるように抱き締め、そのまま地面に倒れ伏す。

 矢面に向けられた俺の背中でアイレインを守る。

 直後――衝撃。

 

「がぁ!!」

 

 焼け付くような痛み、思わず出さなくてもいい声が飛び出てしまう。

 それでも腕の中に居る少年だけは、決して放したりしない。

 抱き締める力を強める。

 

「っぐぅ!!」

 

 次は後頭部、目玉が飛び出るんじゃないかと思う程の衝撃だった。

 暴走による無作為の弾丸が、何で此処まで的確に俺を狙うんだよ!?

 胸中で愚痴を零しながら、歯を食い縛って次の衝撃に備える。

 

《It is unavoidable.(仕方ありません)》

 

 その瞬間、体が淡く光る灰色に包まれた。

 恐らく、アポクリファが魔法を使用したのだろう。

 

(……悪い)

《It can't be helped now.(今更ですよ)》

 

 風切り音が迫り、右肩、左脇腹、体の至る部位全てに鈍痛が降り注ぐ。

 俺を守る灰光のお陰か、それは幾分和らいでるように感じたが、それも束の間の安心だった。

 流石に数回、数十回も生身を砕かんとする衝撃を喰らい続ければ、痛覚の機能など簡単に麻痺してしまう。

 何となくでしか感じ取れない体は、言うまでも無く死に体に近い。

 

 不規則なリズムで俺の全身を殴りつける弾丸は、まるで抉るような衝撃をもたらす。

 地獄に存在する針の山に身を委ねる事と、今俺が受けている所業を比べるのなら、一体どちらが苦痛を伴うのだろうか?

 というつまらない思考で現実から目を背こうとも、この体を奔る痛みは幻想にはなり得ない。

 それ以上に、今にも意識を刈り取ろうとするダメージが全身を覆っている。

 ――――ヤバい、落ちるかも……。

 

「な、……んで?」

「いっ、から……だま、って……ろ」

 

 腕の中で必死にしがみ付くアイレインに、半分飛び掛けている意識で答える。

 息は切れ切れ、双眸の焦点は左右にブレて視界は定まらない。

 その目に映るのは、白く染まり掛けた世界。

 全身を殴打する感触は既に、『痛み』ではなく『触れた』という曖昧なモノへと変化していた。

 

 眼前に広がる地面が遠く、ずっと遠くに見える。

 焦点が乱れた影響によって幾つもの輪郭を浮かび上がらせ、見てると気持ち悪くなってきた。

 もう腕に力が入っているのかすら、全く分からない状態。

 分かるのは、霞みがかった世界に映る1人の少年。

 そして……

 

《It is already OK.(もう大丈夫ですよ)》

 

 アポクリファの安堵したような声と、背後で何かが炸裂した音。

 此方に駆けて来る足音に、何処か聞き覚えのある……

 

「聖君!!」

 

 少女の叫び。

 先程まで豪雨の如く降り注いだ弾丸の存在は、最早感じ取れない。

 少し頭を傾ければ、白んだ世界の奥から走って来る1人の姿。

 

 ……おま、え……か。

 そ、んな、走っ……たら、また………コケ、るぞ――――たかま、ち。

 

 栗色の髪を靡かせた少女にそんな想いを投げ掛けつつ、俺の世界は反転した。

 ――あぁ、俺の最近、まともじゃねぇな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目蓋を焼く白光に、意識が浮上する。

 突然の事に呼吸のリズムが狂って、「うっ」と呻き声が漏れた。

 そしてゆっくりと開かれた瞳に映ったのは――――――見知らぬ天井だった。

 最近見たようなパターンだと、脳裏を掠める。

 

「何で? ……あっ」

 

 今度は声が出た。

 以前のような疲れるからという、意味不明な理由は俺の中で却下されたらしい。

 まぁ軽傷って事なんだろう、良い事だ。

 

「あら、起きたの?」

 

 と、俺の言葉に反応するような声が耳に届く。

 見た所、少し前に再検査を受けた俺が居た医務室と同じ、もしくは同等の場所だろう。

 しかし耳に届いた声は、女性特有の柔和な音色。

 あぁ違う場所か、と思いそちらへ顔を向ければ……。

 

「……」

 

 20代前半であろう女性が、白衣に身を包んで此方を見ていた。

 鮮やかに映える金髪のショート、何処かの誰かと似たようなソレは、間違いなく見覚えのあるもので……。

 しかし出会いは偶然で会話もそこそこ、あちらが俺の事を憶えているかなんて保証は全く無い。

 それでも俺にとってその人は、忘れられない出会い方をした中の1人なのは確かで……。

 

「――――」

 

 地球に居る筈だと思っていた女性が、目の前に当たり前のように居た。

 俺の住む世界とは違うこの場所に、なんて事無く椅子に腰掛けて……。

 悠然と、当然の如く、彼女はそこに鎮座していた。

 

「シャ……マル、さん?」

「久し振りね、聖君」

 

 俺の口から漏れる、半信半疑の声色。

 それに対し、目の前の女性――シャマルさんは、柔らかな笑みを以って答えた。

 その表情があまりにも純粋過ぎて、否が応にも事実だと俺に突きつける。

 何で、この人が――

 

「シャマル~、アイツ起きたか~?」

 

 ――ビクッと、背筋が跳ねた。

 半ば脊髄反射的な反応は、きっと『もしかしたら』という本能の理解。

 入り口のスライド音の後、耳に届いた声が、あまりにも馴染みのあるものだったから。

 そちらへ視線を変え、目に映ったのは……

 

「――えっ?」

 

 扉の前に立つ、幼き少女の姿。

 この場所に来てから何度も目にした制服に身を包んだ、赤い髪の三つ編みツインテール。

 強気な双眸に湛えられた無邪気な生気は、彼女の人柄を良く表していて……。

 

「ヴィ、ヴィヴィヴィ……ヴィータ!?」

 

 その容姿は間違い無く俺の知っている少女そのもので、でもどこか違っていて……。

 混乱の末に出た名を叫ぶ声は、その極みに到達した証として一周半は裏返った。

 

「おっ、起きてんじゃんか」

 

 きっと表情すらオカシクなっているであろう俺に、しかし彼女はなんて事無い顔して此方に近付いて来る。

 まるで道端でバッタリ友人と会った時のような反応で、俺の思考のパニックを完全に差し置いて……。

 

「ったく、世話掛けさせやがって……」

 

 そんな事を呟いて傍に来たヴィータを見て、先程の違和感に漸く気づいた。

 すぐ近くに立つ彼女の身長が、ベッドに腰掛けた俺よりも小さいという事実。

 俺の記憶に残る彼女の姿は、もうちょっと高かった筈だが。

 

「おい、大丈夫か? 聖」

 

 ベッドの縁に手をついて身を乗り出す少女は、俺の顔を覗き込むように視線を向ける。

 此方を真っ直ぐに見詰める瞳は純粋な光で満ちていて、先程までの違和感が勘違いなのではと錯覚する。

 

「駄目よヴィータちゃん、今目が覚めたばかりなんだから」

 

 やんわりとヴィータを諌めるシャマルさんの姿を改めて見直すと、彼女も白衣の下に同じような制服を身に着けていた。

 ど……どうなっているんだ?

 この2人が八神の家族である事は知っている。

 そして八神が時空管理局の局員だと言う事も知っている。

 だがこの人達まで関わっているなんて、俺聴いてない。

 まさか……

 

「シャマル、瑞代の容態はどうだ?」

 

 ――って、やっぱりか!!

 ポニーテールの桃色の髪を揺らしながら、2人と同じように制服を着込んだ女性。

 鋭利な刃のような視線を秘めて悠然と佇むその人は、俺の直感に外れる事無く、記憶にある姿だった。

 突然の入室にも拘らず何の躊躇いも見せない堂々とした立ち居振る舞いは、この病室とは全く以って無縁そのもの。

 そして傍らに座す、小犬の面影のある青い獣も……。

 

「………な」

『な?』

 

 俺の思考を他所に、次から次へと目まぐるしく変化していく室内の様子。

 分からない、意味が分からない、状況が分からない。

 目の前に居る3人が、此処に居るのは何故だ?

 極まった混乱は頂点に辿り着き、それでも尚、纏まらない頭で考えてみる。

 これって、やっぱり……そういう事なのか?

 その中で生み出された解答は、この現状を説明するには確かに的を射ているだろう。

 だがしかし――

 

「なんじゃそりゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 理解出来ても、すぐに納得ってのは無理ではないか!?

 そんな想いを込めた叫びは、数秒後のヴィータの容赦無い殴打により沈められた。

 ――――――俺って、こんなのばっかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴィータ、あかんよ。聖君は怪我人なんやから」

「……ゴメン、はやて」

「うんうん、分かってくれればえぇよ」

 

 ションボリとしたヴィータと、優しく頭を撫でて母親のように穏やかに笑む八神。

 ベッドに上半身だけ起こした俺の眼前で繰り広げられる、和気藹々とした家族の一時。

 脳天に隆起した瘤を抱えながら、俺はその2人のやり取りに視線を向ける。

 不躾な怒気を込めながら。

 

「あ、あはははは……」

 

 俺の言いたい事が分かったのか、引き攣ったような顔をしながら此方を見る。

 我が頂点に座す痛みは未だ消える事はなく、ジンジンと響くように痛覚を刺激していた。

 故に、双眸に込められた怒りは、同様に消える事はない。

 

「ほ、ほら……ヴィータもこうして反省してるんやから。落ち着いて、なっ?」

 

 乾いた笑いも形を潜め、気まずそうに俺の様子を見遣る八神。

 両手を合わせて謝罪するその姿、ウィンクするように片目を閉じた少女は、歳相応の愛らしさを滲ませながら此方を見ている。

 そんな彼女を目の当たりにし、先程まで沸々と上り詰めていたモノが急激に冷めた。

 

「…………はぁ」

 

 堪らず、溜息。

 どうやら自分の怒りさえ、コイツの前では無意味に霧散してしまうらしい。

 何とも言えぬもどかしさを抱え、その横に視線を移せば……

 

「な、何だよ?」

 

 脳天のタンコブを拳一つで建設した主が、八神と同じく気まずそうな顔で見返してくる。

 一応、膨張した頭の責任は感じているらしく、彼女本来の強気な姿勢は取っていない。

 

「まぁまぁ、ヴィータちゃんも聖君もそれ位にしましょ」

 

 不意に、我等3人の輪から少し離れた場所、医務室のデスクで作業をしていた女性の声が届いた。

 この状況に動じず己の仕事に従事してる様は、おっとりしてる彼女の性格にしては強かに見える。

 背もたれ付きの回転椅子でクルリと180度回って、その人は言葉を続けた。

 

「今話すべきなのは、私達の事でしょ」

「その通りだ。主はやての考えにより今まで伏せていたが、こうなった以上は言わざるを得ないだろう」

 

 シャマルさんに続いて、壁に背を預けていたシグナムさんも此方へと歩み寄る。

 表情は真剣そのもの……これから話す内容が、雑談の類ではないと示唆しているようだ。

 そして、2人を追うように近付く1頭の大型犬。

 だが身に纏う空気や鎧のような青い毛皮は、明らかにソレ等との差異を感じさせる。

 

 ――コイツは動物じゃない、戦場を駆ける獣だ。

 俺の本能が、過去に見た猛獣と目の前のヤツを照らし合わせていた。

 しかし本能でのみ生きるアイツと、理性によって自らを律するコイツは、似ているようで何処か違っている。

 

「我等、ヴォルケンリッターの事を……」

 

 ――――ん?

 何だ今の声、凄く渋くて良い声だったけど。

 今まで聴いた事の無い、男性らしき声が何処からか響いてきた。

 反射的に周囲に目を向けてみれば、室内に居るのは女性のみ。

 声帯模写なんて面白おかしい特技を持つ人も、この空気の中でそれを披露するユニークさを持ち合わせる人も、この場には居ない……筈。

 それじゃあ、今の声は一体何だ?

 

「もしかして聖君、ザフィーラの事……」

「えっ……ザフィーラ、来てるのか?」

「うん、そこにおるよー」

 

 呑み込めていない状況に手を差し伸べた八神の言葉と、ある場所を指す視線。

 そこには、圧倒的な存在感を持つ獣王が君臨している。

 

「――――はっ?」

 

 これが、ザフィーラ?

 いやいやいやいや、馬鹿言っちゃいけねぇよ八神。

 小さな体でテクテク歩いていた可愛らしいアイツは、こんなにも厳つい雰囲気とは程遠い。

 

 体躯だって全く違うし………と考えていたが、それ以上の反論は生まれなかった。

 改めてソイツを見てみれば、全身を覆う青と首周りの白の体毛。

 額には青い宝石が埋め込まれていて、双眸は鋭くなってはいるが、何処かザフィーラの面影が見え隠れしていた。

 確かにアイツが成長すればこうなるだろうけど……幾ら何でも劇的過ぎるんじゃ――

 

「お前には、この姿の方が分かり易いか」

 

 ――また聴こえた、あの渋い声。

 すると青の獣は俺の前にまで寄ってきて、着くや否や全身を発光させた。

 そして次の瞬間、そこに居たのは――――小さな青い犬。

 何度か見た事のある姿、俺の記憶に正しく残っていたザフィーラそのものだった。

 

「この姿は、あちらでの生活に馴染む為に教えられたものであり、仮の姿だ」

 

 間違いない、コイツは本物だ。

 衝撃的とまではいかなかったが、その真実は俺にとって驚くに値するものだった。

 

「もう気付いてると思うけど、アタシも似たようなもんだ」

 

 八神の隣で事の成り行きを見ていたヴィータが、胸中に動揺を抱いている俺へ告げる。

 その言葉もまた、俺の疑問の1つ。

 彼女自体に圧倒的な変化がある訳じゃない、見た目だけなら全く変わっていないのだから。

 さっきも言ったが小さいのだ、彼女自身の背丈が。

 頭の天辺が俺の肩まであった筈が、今は頭1つ程の差が表れている。

 

「理由は後で言うけど、アタシ達は成長しないんだ。それを隠す為に、変身魔法を使って騙してたんだよ」

 

 苦々しく口にする言葉は、ハッキリ言ってきちんと理解出来なかった。

 唯一分かるのは、コイツがその事実に対して快く思っていないという事。

 ……それだけだった。

 

「ヴィータ」

「ん、何だよ?」

 

 傍らに立つ少女に、チョイチョイと手招きする。

 訝しげな顔をしながらも素直に近付いてくヴィータは、弱々しそうだった。

 だからベッドに座している俺も、上半身だけで彼女に近付いて……

 

「ほれ」

「うっ、うわっ!?」

 

 赤い髪に掌を乗せて、そのままゆっくり撫でた。

 

「なっ、何すんだテメー!!」

「何でもいいだろ……」

 

 反抗しようと身じろぐが、そこに反発する意志は込められていない。

 故に俺は、その行動を止めたいしない。

 コイツの言った事実――――自分は成長しない、だから魔法で騙していた。

 どうしてそんな状態なのか全く分からないけど、その行為がヴィータ自身の心にどんなモノとして在り続けていたんだろうか?

 純粋でぶっきらぼうで、でも優しい少女の事だから――――きっと辛いのかもしれない。

 楽しい日常に居て尚、彼女の心の何処かにはその重りが掛かっている。

 あの不安の見えた表情こそが、それを証明していたような気がした。

 

「……怪我人の癖して、勝手にしろよ、もう」

 

 溜息を吐いて諦観の念を漏らしたヴィータ。

 そんな為すがままの少女を、俺は心穏やかに撫で続けていた。

 少しでも、彼女の心に圧し掛かる重りを和らげるように……。

 決して無くすと言えないのは、自分の未熟さを否が応にも理解していたからだろう。

 

「悪いが、話を始めても構わないか?」

「あっ、はい」

 

 シグナムさんの咎めるような声に、赤髪の上を滑るように撫でていた手を慌てて引く。

 ……いかん、調子に乗ってやり過ぎたか。

 名残惜しく掌に残る感触に握り締めながら、俺は表情を引き締めてシグナムさんに目を向ける。

 それに頷いて、彼女は一歩前へ出た。

 

「それでは始めよう。我等、守護騎士『ヴォルケンリッター』について」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遥か昔、『夜天の魔導書』と呼ばれるデバイスが作られた。

 主と共に旅をして、各地の偉大な魔導師の技術を収集し、研究するために作られた収集蓄積型の巨大ストレージ。

 簡潔に纏めると、様々な時代の魔法技術を集めて研究し、後世の発展に貢献しようというものとの事。

 『主』というのは名の如く、夜天の魔導書の主の事だ。

 主の選定方法として、書の魔力に合致する資質の持ち主をランダムに選ぶらしい。

 そして今代の主が、目の前の少女――――八神はやてなのだ。

 

「そして魔導書に存在する、主を守る守護騎士プログラム、それがヴォルケンリッターだ」

「守護騎士、プログラム?」

「えぇ、私達は人間じゃない。育つ事も老いる事も寿命も無い、魔法技術によって生み出された擬似生命体よ」

 

 シャマルさんの言葉で、先程のヴィータの重りの意味に気付いた。

 成長しない、老化しない、そもそも寿命すら存在しないという事は、自然の摂理に真っ向から反する存在。

 それは異質、異形、それが現実の世界で生きていくのは、受け入れられるのは難しい。

 ましてや俺達の世界に、魔法なんて技術は人々の知識に断片すら存在しないモノだ。

 

 確かに見た目だけなら、普通に人と変わらない姿をしている。

 俺だって最初は、まさかそんな正体を隠してるなんて思いもしなかった。

 シグナムさんやシャマルさんの姿なら、多少の年月は気にならない。

 若々しいの一言で済む、それはペットとして生活しているザフィーラとて同じ事。

 

 だが、その中でヴィータだけは違っていた。

 彼女の幼き容姿は、人間ならばこれからが最も成長していく状態。

 故に、彼女はそれを演じなければならなかった。

 年月を経る毎に成長している自分を、少女は周囲に伝えなければならなかった。

 虚構を着飾って、変わる事の無い自分を隠し続けてきた。

 自分として生きながら、変わっていく自分を演じなければならないヴィータ。

 

 それを表に出さないで今まで過ごしていた彼女を凄いと思うと同時に、何処か遣る瀬無い気持ちになる。

 誰よりも純粋な少女の筈が、本人の意志と関係無くそれに背かなければならない。

 

「……ヴィータ」

 

 自分の生き方を環境に縛られるという感覚は、一体どのようなものなんだろうか?

 俺には分からないけど、それは辛い事なのかもしれない。

 でも同情は出来ない、それは彼女の今までを否定する事と同じだから。

 それだけはしたくないのだ、これからもその生き方を続けていくのだろうから。

 

「ん、何だよ?」

 

 さっきと同じようにチョイチョイと手招きする俺に、またも訝しげな反応で近付いてくる少女。

 手が届く範囲に来るや否や、その頭をポンポンと叩いた。

 

「んなぁっ!?」

 

 今日二度目だというのに、似たような反応で答えてくれたヴィータが、何処かおかしかった。

 それを見て表情は自然と和らぎ、口許は薄く綻ぶ。

 笑顔が似合わない事は理解していたが、それでもコイツに笑い掛けたかった。

 

「な、何だよ。急に笑いやがって……」

「何でもねぇよ」

 

 そう、本当に何でもない。

 敢えて言うならば、彼女に対する賞賛。

 こんなにも強く生きている少女を、只管に凄いと思ったから。

 頭を叩いたのは、単純に恥ずかしいだけなのかも知れない。

 どれだけの長い年月を過ごしたとは言え、小さな女の子を尊敬するなんて、俺のくだらないプライドが素直に認めたくなかった。

 

 きっと最後の抵抗でしかない、だからヴィータ以外の皆はクスクスと笑っている。

 それが余計に自身の至らなさを表しているようで、何か癪に障った。

 だからヴィータの頭に、掌をグリグリと押し付けた。

 

「うりうりうりうりうりうり!!」

「なっ、なななな何すんだよ!!」

「いいから黙って受けてろ」

「いーやーだー!!」

 

 くっくっくっ、と意地悪い笑いで心の内を誤魔化して、俺は腕を動かし続ける。

 こうやってヴィータとじゃれている時間が、俺にとって落ち着くものだったのは確かだから。

 

「本当に不思議なヤツだな、瑞代は」

「えっ……」

 

 ふと、その言葉に腕がピクッと停止した。

 そっちへ振り向くと、桃色髪の麗人が小さく笑みを浮かべている。

 何が面白いのか分からないが、隣に居るシャマルさんも同じ顔だ。

 

「お前は私達が人間でないと、正しく理解しているのか?」

 

 冗談を呟くように吐いた言葉は、何故か自虐めいたものを感じた。

 でもそれは、単に口から出ただけの言葉であって、それ以上でもそれ以下でもない。

 決してこの人達にそんな気持ちは無い。

 だからきっと、そう聴こえるのは俺の勝手な思い込みに違いない。

 

「関係ありませんよ」

 

 だと言うのに、俺は何処かで否定しようとしてる。

 

「人間じゃないからって、貴方達自身を否定するつもりはありません」

 

 ヴィータを、シグナムさんを、シャマルさんを、ザフィーラを……。

 1人1人の顔を真っ直ぐに見て、俺は思いの丈を皆に向ける。

 

「人間じゃないからって、今更接し方を変えるつもりもありません」

 

 もう俺の中で、この人達は八神の家族なんだ。

 それを人間じゃないと言われたから急に態度を変えられる程、俺は器用な考え方は出来ない。

 確かに、『擬似生命体』という存在に驚かなかった訳ではないけど……。

 それでも俺にとっては、そういった肩書きの前に『八神家』という確かな絆を知っている。

 だったら、それだけで充分じゃないのか?

 それに――

 

「人間じゃないヤツなら、もう此処に受け入れていますから」

 

 ――自分の中に、ソイツが居るのだから。

 自分の鳩尾辺りに指差して、当然のような顔で告げる。

 そもそも生命ですらない、俺の知らぬ間に俺の中に居たヤツ。

 その現実を既に通り越した後なのだから、目の前の人達を受け入れる事は難しくない。

 リインフォースだって居るんだし、そんなに気にする事じゃないと思うんだけど……。

 

「……全く、お前は一体何者なんだ?」

「見ての通り、唯の一般人ですよ。……怪我持ちの、ね」

 

 シグナムさんが諦めたように、息を吐いた。

 でもそこには、少しだけ笑みが浮かんでいて……。

 その表情を見て、俺は漸く軽口を叩ける程まで安堵した。

 

「やっぱり、聖君は聖君やね~」

「はいです。リインは聖さんの事、信じてましたよー」

 

 と、気付けば八神の傍に1人の小人が浮遊していた。

 満面の笑みを一杯に広げ、浮ついた気持ちを表すかのようにクルクルと飛び回っている。

 空色の妖精――――リインフォースは、俺の目の前まで飛んできて、恭しく一礼した。

 

「これからも、リイン達とお友達で居て下さいね~」

「あぁ、当たり前だろ」

 

 小指にも満たない小さな手を差し出してきた少女に、俺は同じように人差し指を差し出す。

 それを両手で掴んで上下に振る仕草は、それだけで心を和ませてくれる。

 本当に純粋で、屈託の無い良い子だな……。

 

「私の事も忘れたらあかんよ?」

「分かってるって……」

 

 彼女と同じように手を差し出してきた八神に、これまた同じく差し出した手でしっかりと握った。

 何処か気恥ずかしさを感じると同時に、八神の温かさが繋がった手から伝わってくる。

 コイツと握手なんて、今までした事あったか?

 それを意識すると徐々に顔が赤に染まっていくのが、見えなくても分かってしまう。

 

「顔が赤いぞ、瑞代」

「うっせー……」

 

 ザフィーラの指摘に、そっぽを向いて言葉を返す。

 お前に言われなくても分かってるっての……。

 そんな反応をする俺を、フッ、と鼻で笑いやがった自称守護獣。

 気付けばシャマルさんやヴィータ、果てはシグナムさんまで……。

 この空間に居る誰もが、俺の醜態に対して遠慮無く笑っている。

 それが余計に恥ずかしい、だけど……。

 何処か居た堪れない気持ちがあると同時に、この八神達の醸し出す空気をもっと感じていたい。

 そう、心の底から思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、アイレインは!?」

 

 話す事も無事に終え、ベッドの上で体を休めていた俺の脳裏に過ぎった記憶。

 此処に来る前、あの訓練室での出来事。

 ディルフォート・アイレインと、フィオーネ・キルト。

 魔法という幻想を抱いた少年と、魔法という現実に見放された少女。

 そして理不尽な圧力に晒されていた彼女を見逃す事が出来なかった自分。

 その中で始まった、なんて事無いガキの喧嘩。

 

 高尚な目的も何も無い唯の私闘であり、お互いの意志のぶつけ合い。

 そして俺は勝利を掴み、その後の魔法の暴走により意識を失った。

 気絶してしまったが故に、あの後の事は何一つ分からないが、一体どうなったのだろうか?

 

「それなら、問題あらへんよ」

 

 その俺の疑問を、八神は落ち着いた笑みで答えた。

 彼女が言うには、倒れた俺を高町が此処まで運んでくれたらしい。

 1人の付き添いを連れて……。

 

「まさか此処に聖君が来るなんて、思いもしなかったわ」

 

 医務室での対応はシャマルさんがしていたらしい。

 事情は八神から聴いていたらしいが、それでも俺の登場はこの人にとってあまりにも突然だったようだ。

 そして俺の治療はすぐさま始められた。

 全身の背面に負った打撲傷は酷いもので、骨折は免れていたがそれも一歩手前。

 繊細で正確な作業が求められる状態、それでも俺が今こうして休めていられるのは、シャマルさんの医務官としての有能さのお陰だろう。

 背中は未だチリチリとした痛みが残るが、俺からすれば大して気に留める事でもない。

 

「私だけじゃなくて、フィーネちゃんも手伝ってくれたから」

「アイツが?」

「えぇ。貴方の言葉や行動に、何か思う所があったんじゃないかしら?」

 

 薄っすらと笑みを浮かべる女医の言葉に、少女の姿を思い返してみる。

 どうして手伝いなんか申し出たのか知らないが、俺の言葉や行動に思う所があったって……。

 

「彼女が言ってたわよ。『魔法が無くても、人には出来る事がある』って」

「私も聞いた時はほんま驚いたよー。何でも、ディルって学院の子と戦ったとか。しかも魔法も使わんで……」

「聖、お前って馬鹿だろ?」

「無謀にも程があるぞ」

「分かってはいるけど、こう面と向かって言われるとすげぇ傷付くな……」

 

 ヴィータとシグナムさんの当然とでも言うような容赦無い言葉に、少しだけ心が凹む。

 何でこう、この人達は辛辣な言葉を当然のように吐けるのだろうか?

 しかも間違っていない分、余計に性質が悪い。

 

「でもディル君も最後には、貴方に助けられたんだって、フィーネちゃんは言ってたわ」

「それでこんな状態になっとったら、自業自得やね」

 

 八神の言葉に、確かに、と思った。

 どんな結果を残せたとしても、最終的に自分がこんなザマでは格好がつかない。

 まぁそれが俺なんだから、今更気を付けたって変わらないだろう。

 ――瑞代聖とは、昔からそういう人間なのだから。

 

 それでもキルトには、『魔法に負けない事』を証明したかった。

 たとえ彼女の心に何も残るものが無くても、無力者の意地を見せたかった。

 ――――って、そういえば

 

「……忘れてたけど、これって高町にかなり迷惑掛けた事になるよな」

 

 はあぁぁぁ、と深い溜息と共に現れた罪悪感に頭を抱える。

 そうだよ、完全に忘れていた。

 あの場所は元々、高町が教導していた所だったのだ。

 それを休憩時間とは言え、全くの無関係である俺がぶち壊してしまった。

 アイツの仕事を完膚なきまでに妨害してしまった……。

 ――――最低だ、俺。

 

 どれだけ自分の意志を貫いても、それは周囲にとっては迷惑なだけでしかないのに……。

 

「そんなら大丈夫や」

 

 自身の愚かさを痛感し、そして身を焦がす程の後悔に身を委ねて……

 それでもこの少女は、八神は俺に救いの手を差し伸べてくれた。

 

「授業を妨害したゆうんは確かやけど、それ以上に聖君だから教えられたモノもあるって訳や」

「俺、だから……?」

「そや。魔法が使えない者、魔法のシステムが確立されたこの世界で、それは無力かもしれへんけど、決して『弱さ』やない」

 

 俺を慰めるでも、許すでもなく、淡々と言葉を述べていく。

 唯の自己満足で、誰かに何かを教えるつもりの無かった俺の行動は、あの場に居た生徒達に何か考えさせるモノだったらしい。

 魔法が万能ではない、それは当然であり不変の事実。

 しかし、良くも悪くもその技術が発展してしまったこの世界では、その事実すら霞んでしまう。

 教えようとしても、此処に居るのは魔法を使える者ばかり、しかも高レベルで……。

 ハラオウン然り、高町然り、八神然り。

 本当の意味で無力を知る者は、居なかったのだ。

 俺が来るまでは……。

 

「なのはちゃんも、苛めについては薄々感じていたらしいんやけど、やっぱり注意だけじゃ解決にはならへん」

 

 人の心を変えるのは言葉だけじゃ不足、それを裏付ける行動や信念が何よりも必要だった。

 魔法の才に恵まれている高町では、やはりそれを確たる答えには出来ない。

 ――だから、俺だったのか?

 

「だから結果がどうであれ、聖君の行動はその答えになった。なのはちゃんも、良い勉強になったって言ってたで」

 

 と言う訳やから、安心してや。

 最後にそんな言葉で締めた八神は、満面の笑みを俺に向ける。

 何処か嬉しそうなソレは、一体何を想っての行動か……。

 今の俺には、何も分からない。

 

「ったく、俺は聖職者じゃねぇっての」

 

 それでも、自分の知らぬ間に周囲の状況が変化していく世界に苦笑せざるを得ない。

 こっちは別にそんな変化を求めてた訳でも、ましてや誰かを救おうとも思っていなかった。

 唯、自分の意志を示したかっただけだ。

 自分がそうしたいと思ったからで、別に後に残るものが無くとも構わなかった。

 それで何か思う所を見付けたのだとすれば、それはきっと生徒達が聡明であるが故……。

 無様な人間の足掻きからでも、そんな高尚な考えに至るのだ。

 将来有望とは、正しくその通りだな。

 

「……もういいや、何か盛大に疲れたぁ」

 

 柔らかいベッドの感触に身を投げ出す。

 頭も体も、今日は忙しなく動かし過ぎた。

 本当なら何事も無く検査を終わらせ、それでハイ終了……だった筈なのに。

 それが何が悲しくて、こんな波乱に満ちたイベントをこなさなきゃならないんだ?

 いやまぁ、自身の責任が大多数な訳だが……。

 

「そうね、もう少し休んでいって構わないわ」

 

 深く息を吐いて身を沈める俺に、シャマルさんが微笑ましい瞳で見詰めてくる。

 どうやら、このベッドの使用権は未だ俺の手にあるらしい。

 一応怪我人だからって事だろうけど、その心遣いは感謝する所だ。

 流石、白衣の天使様でございますと心の中で礼をする。

 

「私も今日は暇やから、ゆっくり眠っててえぇよ」

 

 隣で椅子に腰掛けてた八神が、俺に手を伸ばしてくる。

 そのままゆっくりと、優しく頭を撫でてきた。

 何つーか子供にするようなその仕種だが、妙にサマになってるから払い除けるのも憚れた。

 寧ろその柔らかな感触が心地良くて、睡魔が急激に襲ってくる。

 

 目蓋が、重く……なる。

 

「…………ぁ」

 

 視界が黒で染まっていく。

 でもそれは、決して不快なものではなくて……。

 決して、畏怖するものでもなくて……。

 いつか感じた事のある、この温もりは――――

 

「シス、タ……ぁ」

 

 俺の大切な、あの人によく似た優しさだった。

 

 

 

 

 

 




どうも、おはこんばんちはです( ・ω・)ノシ
№ⅩⅩⅥをお読み下さり、ありがとうございます。

魔法学院の生徒との喧嘩は、聖の勝利で終わりました。
まぁ靴を投げて杖を弾き飛ばすとか、普通は考えませんよねぇ……。
この点や魔法に対する考えは、聖の一般人として生きてきた時間の長さによるものですね。
とは言えこれが普通の魔導師であれば手も足も出ないのは自明の理です、その後も散々ですし。
そして遂に、ヴォルケンリッターとして八神家の面々と出会いました。
事情を所々端折っているのは、簡単には踏み込めない領域という事で……。
ヴィータの心情については本編にある通り、聖の勝手な想像なので真相は闇の中です。
それと彼等に対する聖の心情は、すずか編での忍との会話と繋がる部分があるかもしれませんね。

今回出た魔法学院についてですが、設定が曖昧なので割と自己解釈が多いです。
ユーノは9歳で卒業しているという事で、彼は特別優秀だったと考えています。
現実にも9歳で大学を卒業した人も居ますし、大丈夫ですよね?

今回はこれにて以上となります。
感想や意見、タグ関連やその他諸々は遠慮無くドシドシ書き込んで下さい。
直接メッセージでも、作者的にウェルカムです。
では、失礼します( ・ω・)ノシ



総UA15000突破、ありがとうございます!ヾ(゚∀゚)ノシ
少し前には1日限りですがランキングにも載れましたし、良い事尽くめですね。
これからも頑張っていきたいと思います!(`・ω・´)

なので、感想とか色々書き込んで貰えると非常に嬉しいです。
無言のプレッシャーって、割とキツいです……m(_ _)m
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