少年の誓い~魔法少女リリカルなのはO's~   作:さっき~

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「はぁ!!」

 裂帛の気合と共に打ち出された拳は、黒衣の前に現れた赤褐色の盾によって阻まれた。

「むっ……」

 突如現れたそれに訝しむ男性――瑞代隆は、強く踏み込み拳を押し出すが、それはビクともしない。
 拳を阻む盾は堅牢な城壁そのものだ。
 自分の力ではコレを超える事は不可能、素早く判断を下した彼は弾かれたように一歩、そしてまた一歩大きく距離を取った。
 そして彼の眼前を左右から通過する2つの光球が、互いの身を食い合うように炸裂する。

「なるほど、厄介な力だ」

 目の前で起こった一連の流れ、赤褐色の真円の盾に、同色の球体弾。
 現実に起こるにはあまりにも荒唐無稽で、手品と思うにはあまりにも危険すぎる代物。
 それを何の苦も無く、容易く操るのは……相対する黒衣の者。

『おや、随分と余裕があるようだ。もしや彼から魔法技術を聴いていたかな?』
「彼……ルシルさんからは何も聴かされていない。私は唯、あの子を託されただけだ」

 加工され原形の残らない声質に、彼は不快感を募らせるが表情には出さない。
 今の自分に許されているのは、その奇妙な力を躊躇いも無く振るう目の前の存在を追い払う事だけだ。
 そう自身に言い聞かせ、隆は右腕を1度だけ軽く振った。

「しかし――」

 そして腰を落とし、体勢を整えた。
 脚部に全身の力が巡り、いつでも飛び出せる状態で彼は、脅威たる黒衣を静かに見据える。
 対する黒衣は悠然と杖を構えるに止まっていた。
 それは余裕の表れか、それとも別の何かかは分からない。

「――力は万能ではない。何であろうと、私には関係無い」

 内に秘めし想いは、かつてある少年の教えたものの1つ。
 それを言い切ると共に、彼は溜めた力を解放し飛び出した。
 体勢の低い疾走は、さながら四足の猛獣の如し。
 それを待っていたかのように黒衣も杖を一振り、先端の軌跡に沿って光弾が3発出現。

『ファースト』

 その言葉によって発射、急速に接近する相手へ襲い掛かった。
 楕円を描く弾丸の軌跡はしかし、真っ直ぐに男性へと向かっている。
 自らを必倒する攻撃が3発迫る、だが隆はそれを視界に収めたまま――跳んだ。

『何っ』

 疾走からの跳躍、それは彼を狙う魔弾を飛び越える高さを以って、更に接近する。
 何という跳躍力を持つのか、そんな黒衣の心境を抱えながらも次の対処へ。

『セカンド』

 空いた手を前方に掲げて盾を形成。
 そして男性は眼前へ迫った。

「たぁっ!!」

 腹の底から放たれる声と、大地を揺るがす踏み込みによる拳の一撃。
 だがその先に在るのは強壁、己では揺るがせぬ城塞だ。
 だが彼は躊躇う事無くそれへと挑み、拳を突き立てた。

 ガキンと鈍い衝撃音、だがやはり結果は変わらない。
 壁に傷は一つも無いばかりか、彼の攻撃は何の障害足り得ず受け止められた。

 だが……

『ぬぅっ!?』

 黒衣は呻きながら、後方へと飛び退いた。
 杖を持つ手で、反対の腕――盾を掲げていた腕を押さえ、喉奥から合成音の苦悶を漏らす。

『貴様、何をした……!?』

 それは、あまりにも不可解極まるものだった。
 目の前で展開されたシールドは確かにその意味を成し、自身に迫る攻撃を受け止めた筈。
 だと言うのに腕には強烈な痺れが走り、骨は軋むような痛みを発している。
 訳が分からない、直に受けた黒衣の問いは至極当然のものだ。

「いや、大した事ではない。『浸透勁』といったヤツだ」

 答えた声はとても軽く、まるで友人との語らいのように呟いた。
 だがそれを聴いても、黒衣にとっては理解出来ない領域である。

 ――『勁』とは、伸筋の力、張る力、重心移動の力の3つを総称した運動量である。
 通常の打撃は『力み』によって、先の3点の働きを阻害してしまい、充分な力を発生させられない。
 しかし勁を作用させる事で、発生する運動量をそのまま対象に伝達する事が出来る。
 そして『浸透勁』は発生した運動量を、筋肉の収縮により弾かれる、対象の移動による軽減、という2つの威力減衰を乗り越えた勁である。
 つまり棒立ちの相手に、弾かれず、且つその場から移動されないように、運動量をぶつける技術。

 元来、盾とは攻撃の威力を逸らす、受け止める為のもの。
 だが浸透勁はその防御を浸透し、連動する対象に発生する威力をぶつける事が出来る。
 魔法ではなく、この地球の武術という人体の神秘が導き出した1つの奇跡。

「これでも練功は欠かしていないのでね」
『貴様……』

 その誇らしい姿に、黒衣は少なからず苛立ちを抱いた。
 内心、穏便に事を構えようという気が無かった訳ではない。
 だがこれ以上、自身の進む道を阻まれるのであれば……

『彼を育ててくれた恩はあるが、時間は掛けられない』

 黒衣の周囲に光弾が発生する。
 その数――――6、先程の倍を一瞬の内に並べ立て、揺らめく影は告げる。

『此処で今すぐ、倒れて貰おう』

 無慈悲な宣言と共に、男性へと杖を向けた。







№ⅩⅩⅨ「届かぬ怒り」

 

 

 

『それでは行こうか――――ハギオス・アンドレイル』

 

 そよと、風が吹いていた。

 寂々とした空気は、サラサラと鳴る木の葉の合奏で緩やかに深緑に彩られる。

 そして闇に溶け、何事も無かったかのように消え去る。

 繰り返し、繰り返し、世界は不変の形を留めていく。

 

 だが、その声だけは違った。

 無機で無味、何物にも染まる事も溶ける事も無く……。

 明らかに異質で、およそ人が発する音とは到底思えなかった。

 

『時は刻々と近付いている』

 

 月光に照らされて、ゆらりと黒い姿が歩み寄る。

 フードの奥は深い闇に覆われ、顔に刻まれる皺の一つも見えない。

 浮かべている表情も、瞳の色も何もかも……。

 この男か女かも分からないこの者は、まるで敵意を見せずに此方に近付いてくる。

 

『管理局に勘付かれる前に、早く立ち去ろうか』

 

 ノイズのような声が俺にのみ向けられている。

 それが如何な仕組みによるものなのか、何を意味するのかは分からない。

 

 だが、分かる事もある。

 先程の言葉を顧みて、コイツは管理局と友好的な立場じゃない。

 そしてもう一つを、言葉で奴自身へ問い掛ける。

 

「師父をやったのは、お前か?」

『師父?』

 

 素顔無き異端者は、その言葉にキョトンとした声を上げる。

 まるでその意味を理解出来ていない、純粋な疑問の声。

 だが数瞬の間を取って、「あぁ」と得心がいったような声を発して身を翻した。

 そしてそのまま、先程まで立っていた場所に戻って……

 

『生身で私に挑むなどという愚か者の事かな?』

 

 持っている杖の先端で、倒れ伏す師父の体を軽く叩き出した。

 

 

 

 

 

 

「――――っ!?」

 

 刹那、怒りが感情の沸点を凌駕しそうになった。

 その行動が、手で触れたくない汚物に触れようとする仕種が……。

 顔を見なくても分かる、馬鹿にしたような薄ら笑いが……。

 大切な人の全てを侮辱しているその様は、俺を逆上させる要素の全てを含んでいた。

 歯を食い縛り、拳を限界まで握り締める痛みで、何とかソレを抑える。

 

 ……今はまだだ。

 欠片しかない理性が感情に蓋をして、飛びそうになる自我は、現状を正確に把握する為に何とか冷静に努めようとする。

 だがそれが解かれるのも、このままなら時間の問題でしかない。

 

『全く、何が『力は万能ではない』だ。くだらない信条に身を捧げ、挙句の果てにこの体たらく。鼻で笑う価値も無い』

 

 嘲笑い、蔑むような言葉の連続。

 師父の体に力を込めて杖を突き立てて、次々と暴言を吐き捨てる。

 そんな反吐が出そうな光景を、目の前で見せられている。

 

「師父から――――」

 

 あの人は分かっていたのだ、コイツが普通ではない事を。

 魔法という、この世界にとって異界の技術の存在を。

 それでも尚あの人は、それに立ち向かう事を決めたのだ。

 ……理由は分からない。

 でも、それこそが、俺の目指す男性の姿勢と生き様に他ならない。

 どんな時だって誇る事の出来る、誉れ高き我が父である瑞代隆という男性。

 その彼の気高き意志を、信念をお前が汚すと言うのなら……

 

「――――離れろ」

 

 お前は知らない、お前が踏み躙った人の偉大さを。

 独りぼっちの幼い命に手を差し伸べて、父親としてその後の人生まで面倒を見続ける。

 表面上を見れば唯の慈善活動かもしれないが、その実情は想像以上に多くの障害を孕んでいる。

 だが師父は、そんな障害をおくびにも出さず、俺達に多くのものを与えてくれていた。

 誰でも出来る事ではない、辛くない筈は無い。

 優しい笑顔の裏に、どれだけの苦労が積み重ねられているのか……お前に分かるか?

 決して言葉には出来ないその想いを、瞳を通して奴に叩きつける。

 

『何?』

 

 伝わらない。

 だがノイズのような声の、少しだけニヤついたような音だけは聴き逃さなかった。

 一層強く師父の体に杖の先端を突きつけ、此方に見えない顔を向けている。

 まるで、俺を挑発しているかのように……。

 

 

 もう、限界だった。

 

「師父から離れろって――」

 

 怒りが沸点を通り越して、理性の弁を軽く吹き飛ばす。

 腸が煮えくり返るような熱が全身を駆け巡り、握り締められた拳に尋常ではない力が込められる。

 思考回路を焼ききるような灼熱の意志、何一つ考える事を拒否する本能。

 

 そして脳内を吹き抜ける、全ての熱を塗り替える冷風。

 それによってクリアになる視界と思考は、普段とは比べ物にならない速度で働き始める。

 目の前の奴を敵と認識し、それを打倒する事だけに向けられる専心。

 身構える幽鬼に俺は……

 

 

 

 

 

 

「言ってるだろうがぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 怒りと声を張り上げて、奴に牙を剥いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~Interlude side:Chrono~

 

 

 次元航行艦、アースラ。

 数多くの世界を管理する時空管理局の技術によって生み出された、次元の海を渡る艦船。

 約2週間前のあの事件以降は閑古鳥が鳴くように静かな状態で、我が妹フェイトが執務官として追っている事件のサポートに回っていた僕達。

 と言っても実情は、被害のあった次元世界での証言集めが精々だ。

 犯行現場に綺麗サッパリ証拠を残さない手際の良さは、僕等を想像以上に苦しめている。

 一向に進まない捜査、少しずつだがフェイトにも焦りが見え始めていた。

 今日も何一つ進展しないまま、時が過ぎ去ってしまうのかと、誰もが思っていたその時――

 

「エイミィ、対象の捕捉は!?」

『駄目!! さっきから追い駆けているけど、後一歩で逃げられてる!!』

「空いてる者は管制司令の補佐を頼む!!」

 

 ハイ!! と、張りのある声で返答するブリッジクルー達。

 先程までの緩慢さが嘘のように、慌しさが艦内を占めていた。

 事の発端は、今から数十分前だった。

 

 97管理外世界、地球のとある地域に現れた正体不明の存在。

 何度も何度も転移を重ね、世界中を巡り回るソレを艦のセンサーが感知したのだ。

 この事態に、アースラの管制司令であるエイミィ・リミエッタが全力を以って対応しているが、どうしても後一歩の所で取り逃がしている。

 ……だが、妙だった。

 

『だけどおかしいよ。さっきから数十秒置きに何度も転送魔法を繰り返してるけど、地球から全く出ようとしない』

 

 そう、彼女の言う通り、追跡対象は地球内に留まっている。

 何が目的なのか、細々と転送を繰り返して此方と逃亡劇を繰り広げているのだ。

 何の変化も無く、唯それだけの為に。

 明らかに異常な行動で理解不能、誰が何の目的でこんな事を……。

 

『それにこの転送、完全にランダムで指向性は全く無い。まるで機械の乱数プログラムみたい』

「それじゃあ、まさか!!」

『相手は、人間じゃないのかも』

 

 何年もの付き合いのある彼女の言葉だが、それでも驚かずにはいられない。

 その本人も冷静を努めているようだが、声には少なからず似たものが混じっている。

 しかし相手は人間じゃないとすれば、もしかすると何とかなるかもしれない。

 

「エイミィ!!」

『もう準備は出来てるよ。デバイスのみの自動発動なら、追い着いた瞬間に強制割り込みを掛ける』

「追い着けるのか?」

『1人じゃないからね、絶対にやってみせるよ』

 

 先程からの作業の疲れを微塵も感じさせず、やる気満々な彼女は手元のコンソールに両手を踊るように走らせている。

 幾ら短時間とはいえ、たった1人で世界中を飛び回る対象を追い続けていたのだ。

 向けられる集中力は馬鹿にならない。

 それでも笑顔を失わずにいられるのは、彼女の持つ天性の明るさのお陰だろう。

 そして……

 

『プログラムの強制割り込み、完了!!』

 

 僕が最も聴きたかった言葉を、得意げに発してくれた。

 

「よし、座標を此方に。対象確保には5人で行ってくれ」

 

 次いで周囲に指示を送る。

 事件とは言い難い不可解な現象だったが、これで幕を下ろした。

 クルー達の戸惑いも完全に消え、後は対象の確保に移るだけ。

 微妙に肩の凝りを感じて手で確認してみれば、想像以上に自分は緊張していた事が分かった。

 小休止とばかりに艦長席へ腰を下ろし、一息吐こうと考えた……その矢先

 

『クロノ君!!』

 

 ディスプレイ越しに映ったエイミィの顔に緊張が走っている。

 すぐさま先程のアンノウンの事が脳裏を過ぎるが、彼女の言葉はその予想とは反していた。

 

『海鳴に、小規模の封時結界が発動してる!!』

 

 いや、予想を超えていたと言うべきだろう。

 立て続けにこんな事態が起こるなんて、普通じゃ考えられない。

 しかも何故その現場が海鳴なんだ?

 

『魔力波長は、彼が巻き込まれた時の結界と同じ。場所は……』

 

 考える暇も無く彼女からの報告は続く。

 2週間前、瑞代聖が巻き込まれた事件と同じ魔力波長による封時結界。

 それはつまり、前回の犯人が再び地球に現れたと言う事だ。

 

 まさか前回のは偶々ではなく、計画的犯行?

 では一体何が目的で、地球に、海鳴に現れたのだろうか?

 事態は更なる謎を呼び、此方の考えの及ぶ範囲を軽く飛び去っていく。

 どうなっているんだ?

 その言葉が脳内を埋め、考える事を阻害する。

 だから、次に発されるエイミィの報告に、上手く反応出来なかった。

 

『ひなた園、彼の住んでいる場所だよ!!』

 

 

~Interlude out~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~Interlude~

 

 

 月明かりが、ぼんやりと地上を照らしていた。

 それは舞台のように役者達の存在を知らしめる光ではなく、酷くあやふやで指向性の存在しない光源。

 だがそれに照らされる事で、確かな存在を放っている者が居た。

 倒れ伏した初老である1人、また1人は漆黒で全身を覆い隠し、もう1人の少年は……その顔に怒りを露わにしていた。

 全てを許さぬ射抜くような瞳孔は限界まで絞られ、黒一色で何もかもを隠している存在へと向けられている。

 心に宿る憎しみの全てをぶつけるように、殺さんばかりの声無き怒号を双眸に湛えていた。

 

「師父から離れろって――」

 

 それは声を発する程度で落ち着く筈も無く、更に深く増長を促している。

 最早誰もその怒りを静める事など出来ず、暴走列車の如く身が壊れるまで感情を振り撒く。

 握られた右手は爪が食い込んで血を滴らせているが、その痛みすら些事にすら劣る事実。

 今は唯、怒りをぶつける事だけが彼の全てだった。

 

『ふむ……』

 

 相対する幽鬼の如き影は、その少年の反応を観察するように覆い隠された瞳で見詰めている。

 そして倒れている男性に突きつけていた杖を持ち直し、徐に地面を突いた。

 

 すると、世界が一変。

 夜の黒い闇、周囲の木々が彩る深緑、そして地上を照らす月光。

 それらが合わさった世界が次の瞬間、まるで虫食いのような光景へ変貌した。

 原色に灰色の千切れた紙を貼り付けたような継ぎ接ぎの光景、誰が見ても歪で不可解な異界そのもの。

 しかしこの異常事態に、この世界に存在する2人だけは歯牙にもかけず、感情に一分の揺らぎも無い。

 

 

 

 

 

「離れろって言ってるだろがぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 刹那、世界が揺らいだ。

 少年の、聖の怒号に呼応するように、影に圧倒的な風が叩きつけられる。

 荒れ狂う暴風、一つ違う事実を挙げるとすれば、それが影にだけ向けられているという点。

 

 全てを切り裂く鋼の如き風、しかし影には届かない。

 少年の咆哮の直後、暴風が自らを襲う寸前に褐色の球面壁を出現させたからだ。

 透けた先に佇む黒衣を閉じ込めるような半球体の魔法壁、プロテクションと呼ばれるそれを、幽鬼は予測したような速さで展開した。

 

『ほぅ、遠隔に対する運動阻害効果か……』

 

 風を表面で滑らせ、受け流し、通り過ぎていく。

 まるで柳の葉の如き流れは、芸術的とでも言うような軌跡を描いている。

 数秒間にも及び吹き荒ぶ風はしかし、黒衣を脅かす事も無く、徐々にその流れを弱めていく。

 無風の状態に戻った時の互いの位置は、1ミリのズレも無く、邂逅の時と変わらず。

 

「ふっ……!!」

 

 ――聖が動いた。

 先程の風が脅威足り得ないと悟ると、彼は突貫という選択肢を迷わずに選んだ。

 全身に灰色の光を纏うと、数十メートルもの距離を突風のように駆ける。

 大気の壁を悉く破り、同色の環状の帯を巻き付けた右腕を水平に引く。

 そして間合いに敵が収まる直前――――

 

《Repulser shift(リパルサー・シフト)》

 

 ――――突然の加速、そのまま有りっ丈の力で拳を振るった。

 

「はぁぁ!!」

 

 力強い意志と怒りを込めた右拳、真っ直ぐに伸びた一撃は迷い無く眼前の敵へと。

 必倒を誓う破壊の衝動が黒衣を狙う。

 だがその全霊を掛けた魔法(いちげき)は、そこに触れるまでもなく待ち構えていた球面の壁に阻まれた。

 

「ぐっ……」

 

 歯を食い縛り両足で強く踏み締めるが、それでも打ち抜く力には届かない。

 魔法壁との数センチの隙間を埋められず、ぶつかり合う衝撃が流動して周囲に漏れていく。

 一進一退ではない、確実に聖の力は劣っていた。

 

『面白い』

 

 2つの魔法がせめぎ合う最中、黒衣は声を上げる。

 電子音のように合成されていて性別を判別出来ないそれは、何処か愉しそうに歪んでいた。

 

『重力に変換すると思いきや、『反発力』と来たか。確かに対象との高低差を考えれば、そちらの方が有効か』

 

 まるで誰かに解説するように言葉を並べていく様子に、迫り来る拳に対する恐怖は微塵も無い。

 聖の一撃を観察するだけで、それ以上の対処も行わない。

 余裕を崩さぬ相手に苛立ちを感じながらも、攻撃を通さぬ城壁を強く睨み付ける。

 

「ちっ……」

 

 これだけでは抜けない、ならばと彼は舌打ちと共に背後へ飛び退く。

 着地と同時に腰を深く沈め――――2度目の突撃。

 右腕に巻き付く2つの魔法陣、拳に集い始める風は徐々にその強度を高めていく。

 その重りを掲げながら強く踏み込み、聖は黒衣へと飛び掛かった。

 

「堕ちろ!!」

《Geo Impact(ジオ・インパクト)》

 

 拳に束ねた流動は風に、無数に集いし風は鋼に。

 かつて理性無き獣王を砕いた一撃を放った。

 

 ――――だが、それでも届かない。

 

「くそっ……!!」

 

 何の苦も無く攻撃が阻まれる、するとすかさず左腕にも魔力を込めて一撃。

 しかし変わらない。

 頑強なる壁に揺らぎは無く、その先に居る怒りの対象に指の1本すら届かない。

 それでも彼は拳を放ち続ける。

 上で駄目なら下から、それでも駄目なら左から、そして右から。

 縦横様々な角度からの苛烈なまでの殴打、それすら不動で在り続ける壁は黒衣との実力差の表れか。

 

「さっさと……!!」

 

 暴風圏とも呼べる両者の間、止まない拳撃の雨は激しさを増すばかり。

 だがどれだけ打ち続けようとも崩れない、衝撃の残滓が黒衣のローブをはためかせるに止まっている。

 しかし尚それは止まらず、歯を食い縛り只管に左右の魔法(こぶし)を叩き付ける。

 

『フッ……』

 

 聖の様子に何かを読み取ったのか。

 黒衣は少しの笑みの後に、その場から大きく飛び退いた。

 先程までの激突で消耗した様子は見られない、そもそも余裕な出で立ちに変化は無い。

 魔法壁も魔力による補強で傷一つ無い状態なのだ、故にこの行動には疑問が残る。

 

『しかしまだまだ魔力の集束が甘い。あの時も今も、力を束ね切れていないから風となる。徒に魔力を集めても、分散したままでは壁を突き崩す事は不可能だ』

 

 黒衣が発する電子的な、それでいて愉悦に浸るような声。

 誰も反応しないと理解しながらも口を開くその姿は、教壇で教書を読み進める教師であり、信者に神の教えを述べる教祖のようでもあった。

 だが声を向けられている唯1人の存在は、それにまともな反応を返す事をせずに傍らに伏す男性を抱えてその場から引き下がった。

 

 猫のような身軽さで近くの壁に抱えた体に寄り添わせ、衣服の汚れを軽く払ってから首筋に指を当てる。

 

「……」

 

 脈はある、呼吸も浅く静かだが、目の前の男性からは確かな息吹を感じ取れた。

 聖はその事実に心から安堵しつつ、この奇妙な世界で休ませる事しか出来ない現状に苛立ちを覚える。

 ――――だからこそ、瑞代聖は戦わなければいけない。

 

「休んでいて下さい。後は……」

 

 その姿を見る彼の眼は、その瞬間だけ優しさを湛えていた。

 大切な家族、大切な父親を、無傷とは言えないが無事に助け出せた事。

 未熟な身ではあるが、それだけでも成せたのは彼にとって大きいものなのだ。

 『師父』と呼び慕っていた男性の存在は、聖にとってそれだけの意味を持っていた。

 

「非才の身ではありますが、貴方の代わりを果たします」

 

 故に、それを傷付けた者を彼は許さない。

 決して届かぬその声は、強き想いを込める事で揺るがぬ決意へと昇華する。

 父との誓いを胸に抱えて、聖は己が怒りの根源たる影に視線を向けた。

 黒に染まる鋭い眼光には怒気が燃え盛り、その悉くを喰らい尽くす圧力を放っている。

 

 ――――最も大切な場所の前に、アイツは何の躊躇も無く立っている。

 

 その光景に更なる怒りを引き起こし、全身の血液が灼熱のように暴れ滾る。

 それでも目の前の脅威に対して、感情に身を任せるだけの行動は決してせず……

 

「さっさと消えろよ、アンタ……」

 

 理性を伴った声を、相手に向けるだけに留まった。

 

『面白いよハギオス。思った通り、君は私の望むモノを確かに持っているようだ』

 

 聖の所作に何を思ったか、愉悦に歪む声を惜しげもなく漏らし始めた。

 いや、大層な独り言と言うべきだろうか。

 

『人の持つ起伏激しい感情、機械の如き冷静な理性。相反するソレ等の均衡を保ち、両方を抱えて力とする才能』

 

 自分にとって望むべき現実を目の当たりにし、黒衣はその感情を抑えられなかった。

 電子的な声は未だ健在、しかし狂気にも似た内なる感情は溢れ出し、黒尽くめの全身を通して表現されている。

 

『今はまだ未完成だが、その在り方を理解すれば君も――』

「――五月蝿いと」

 

 享楽に身を委ね、言葉を重ねる黒衣の姿はとても無邪気で、それ以上に無防備だった。

 あまりに浮かれ過ぎて意識は既に天に昇り始めている。

 

 それを絶好の機会と言わず何というのか?

 目敏く黒衣の隙を突いた聖は、たった一歩踏み込み地を砕いた。

 大きく振りかぶった右腕に巻きつく灰色の環状帯、さながら引き絞られた弓に酷似したそれが黒衣に迫る。

 

「言ってるんだよ!!」

 

 遥か遠くまで響き渡る怒号と共に放たれた拳は、先程以上の一撃となって眼前の敵を襲った。

 

『フフフ……』

 

 だが三度、彼の魔法は止められた。

 鋼を削りあうような金切り音、押し通す力と弾き返す力の間に火花が飛び、虫食いの世界を切なく照らしている。

 

 そもそも聖に対抗出来る術など、黒衣からすれば高が知れている。

 限定的な魔法行使、つまり『身体強化』と『力の収束による打撃』による敵に近付く事前提の戦い。

 少し前に発動した斥力の波には驚かされたが、力の方向性がてんでバラバラでは大した意味を成さない。

 恐らく『離れろ』という言葉が魔力変換をそのように促しただけの、偶然の産物。

 故に彼の手札に恐れるものは存在しないのだと、黒衣は結論に至っていた。

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

 1ミリ先へ届け、1センチ先へ届け……。

 意志は強く、しかし拳は壁を貫けず、黒衣はその様子を深い闇に隠した双眸で見据えるのみ。

 

『まだまだ、それでは抜く事は出来――』

「黙れぇぇぇぇ!!」

 

 涼しげに語り掛けるその余裕は、聖にとって激しい嫌悪を覚えるに足るものだ。

 自分を嘲笑うような合成音、耳障りな音色が憎くて堪らなかった。

 防壁に突き立てる拳は未だ先へ進まず、眼前の激しいせめぎ合いは決着へ至らない。

 その無力さと歯痒さが、彼の顔に浮かぶ怒りを一層深いものにする。

 

『仕方ない……』

 

 その時、黒衣は溜息を一つ吐き、杖を振るった。

 先端の軌跡に合わせ、防護壁の周囲に赤褐色の魔力弾が現れる。

 それは目の前で拮抗している聖の視界にも映り、刹那の判断と共に背後へ下がった。

 

『セカンド』

 

 放たれるコマンドにより魔弾を発射、彼を捕まえんと追従する。

 不規則に揺れながら空間を飛び回る3つの光に、聖はバックステップで距離を開けた。

 そこから黒衣の周囲を旋回するように大きく回避、同時に両手に魔力を込める事も忘れない。

 光弾の迎撃、それが彼の答えだった。

 

「はぁ!!」

 

 振り返ると自分に追い縋らんとする魔弾が3つ、踏み込みからの疾走でその内の1つを殴り飛ばす。

 光弾の軌道と交差する形でそれを破壊するが、その衝撃が骨に響いて聖は顔をしかめた。

 だが止まらずに更に振り返って残り2つへ、大きく弧を描きながら迫る1つを拳で叩き落とした。

 骨が軋むが無視、最後の光弾に目を向ければ――――――眼前。

 

「くっ……!?」

 

 数瞬の後に着弾、同時に爆発が聖を襲った。

 たかが1発の魔力弾ではあるが、着弾時の炸裂効果により威力は申し分無い程に上がっている。

 

 砂塵に包まれたそこを見詰めながら、黒衣は静かな笑みを浮かべる。

 今の光弾は、バリアジャケットを持たない彼にとって痛恨の一撃となっただろう。

 存外しぶとく足掻き続けていたが、これで漸く終わりに至った。

 

『…………む?』 

 

 だがその確信に近い予想は、砂煙の先の光景によって覆された。

 そこには……片手を眼前に突き出した聖の姿。

 無論、その身には弾丸の炸裂によるダメージは見られない。

 

「ギリギリか」

 

 一体何によってあの一撃を防いだのか、言うまでもない。

 彼の持つ魔法(チカラ)に防ぐというものはたった1つ――――『ラウンドシールド』だ。

 

 簡単な話である。

 着弾の直前にシールドを形成し炸裂効果を防ぎ、重みが腕に掛かる前に消してしまう。

 そんなコンマ数秒の芸当を聖は、魔法を知ったばかりの少年がやり遂げた。

 いや、出来なければ撃墜されるのだから、土壇場だろうとやり遂げなければならなかっただけだ。

 たとえそれが不完全なものでも、使える手札(モノ)は何でも使うのが瑞代聖なのだから。

 

 多少乱れた呼吸と居住まいを正し、幾度目かも分からない視線を黒衣に向ける。

 難は去ったものの現状を打破した訳ではなく、彼は未だ窮地に立たされていた。

 強く握り締めた拳を見詰め、これも幾度目とも知れない吶喊の構えを取る。

 

「今度こそ……」

《Repulser Shift(リパルサー・シフト)》

 

 そもそも打撃魔法(コレ)しか彼に行える手段は無い。

 そしてそれを受け入れた上で、彼は立ち向かっている。

 たとえ何度阻まれようと、何度無様を晒そうとも、その胸に宿る意志が前へ進もうとするのなら、躊躇う必要などない。

 そうして聖は、黒衣へ向かって何度目かの疾走を始めた。

 

『その足掻き、嫌いではないが……ファースト』

 

 執拗に抵抗を止めない彼の姿に、多少の呆れを感じながらも再度防御壁を発生。

 互いの距離が縮まり、間合いに入る直前の加速、そして――――黒衣の目の前で地面が爆ぜた。

 

『何っ!?』

 

 突然の変化に驚きを隠せない黒衣、巻き起こる砂塵によって視界を封じられている。

 この瞬間、聖の存在を完全に見失った。

 

『小賢しい真似を……』

 

 周囲を見回すが、滞留する砂煙のカーテンの妨害は鬱陶しい事この上ない。

 すぐさまその範囲から抜け出し、クリアな視界を確保する。

 

 声が聴こえたのは、その直後の事だった。

 

「堕ちろ」

『むっ?』

 

 見上げた先、上空に1つの影。

 先程の砂塵が渦を巻き空へ昇っていく、そしてそこには、鋼と化した風を纏った腕を掲げる少年。

 吶喊からの初撃は、自身の『重力(チカラ)』を最大限引き出す為の布石でしかない。

 最初から彼は、この一撃の為に――。

 

《Geo Impact》

『させぬ、セカンド!!』

 

 急下降する襲撃者に杖を向ける黒衣。

 先端の発光と共に現れる8発の魔法弾、一瞬で発動した魔法を上空へ向け放った。

 その黒衣の展開速度は、今までの比ではない。

 

「はぁっ!!」

 

 激突する魔弾と拳。

 だがその8つという数は、明らかに聖では対処し切れぬものだ。

 最初の1発を破壊したと同時に2,3発目が左肩と腹部を直撃、体勢が崩れた所に追い打ちの5発が容赦無く降り注いだ。

 

「がはぁっ……!?」

 

 弾き飛ばされた聖の体は、風に乗り宙を舞い、重力に引かれ墜落する。

 背中で地面を削りながら滑る姿は、無力で滑稽なソレに違いなかった。

 不幸中の幸いだったのは、彼に強化魔法が掛かっていた事か……。

 

『フッ、中々使えるじゃないか』

 

 倒れ伏す少年に、笑みと共に言葉を掛ける。

 先程の不意打ちを以ってして揺るがぬ力量差は、その余裕からも見て取れた。

 最早、これ以上の抗いに意味など無い。

 

「……ざけ、るな」

 

 だというのに、その体は立ち上がる事を止めたりはしなかった。

 全身を襲う痛みで崩れ落ちそうになる体を奮い立たせ、思考を埋め尽くす警鐘を振り払う。

 衣服には土汚れや魔弾の痕跡が痛々しく残り、戦闘の衝撃によって額の薄皮が破れたのだろう、鼻筋を伝って赤い雫が零れ落ちている。

 

 だが双眸に込めた鋭さと、限界まで食い縛られた剥き出しの歯牙が、彼の強き意志を体現していた。

 その必死なまでの姿に、黒衣は喉奥から苦笑を漏らし呟く。

 

『まるで、手負いの獣だ』

 

 このまま放っておけば、この首筋に牙を立てて食い破られかねない。

 それだけの威圧感を、ボロボロの少年が放っていた。

 爛々と輝く怒りの視線に射抜かれる黒衣は、しかし冷静に杖を向ける。

 

『だが、これで眠って貰おう』

 

 両手で構えた杖先が輝き、同時に光が筋を引いて集まりだした。

 足元には真円の魔法陣が回り、集う光はやがて赤褐色の光弾へと至り、更に膨張していく。

 その光景を目の当たりにした聖もまた、痛みに震える右腕を掲げる。

 集束する風、力強さを微塵も感じさせないそれは、生まれたての小鹿のように弱々しい。

 

『サード』

 

 ――――その抗いは、黒衣にとって躊躇う価値も無い。

 至極冷静で、何処までも冷たい合成音の引き金が引かれた。

 放たれる褪せ色の奔流、轟音と共に射線上の全てを喰らい尽くす光の大蛇が現れる。

 大気を食い破る暴力の化身は、何の容赦も躊躇いも無く、傷だらけの少年の全てを呑み込んだ。

 

 

 後に残ったのは、真っ直ぐに抉られた地面と、その先に吹き飛ばされた聖の姿。

 魔力ダメージによる昏倒だが、体中の至る所に存在する傷は痛々しさに満ちている。

 

 そしてこれが、この戦いにおける瑞代聖の全てだった。

 

『全く、手を焼かせてくれる……』

 

 先程までの余裕を捨て去り、黒衣は溜息を一つ。

 だが合成音の筈のその声は、何処か優しさと父性に満ちた響きを感じさせる。

 そのまま聖の許へ近寄り杖を構えると、彼の体が淡い光に包まれた。

 すると、見る見るうちに傷が塞がり始める――――回復魔法だ。

 

『だが得る物も大きかった。君の成長度合いと、デバイスとの触れ合い。君は確かに近付いている(・・・・・・)。その点では、感謝しているよ……ハギオス』

 

 言い終えると同時に杖尻で地面を突き、展開していた結界魔法を解除した。

 歪に変化した風景が色を取り戻し、正常へと戻っていく。

 周囲に気付かれない為の結界を解いた、それはつまり、黒衣のやるべき事はこれにて完遂されたという事。

 自らの目的であった瑞代聖を、無傷とは言えないが無事に確保出来たのだから……。

 

『では参ろうか。今の君が『最後の証(ラストコード)』に至ったか、すぐに調べなければ……』

 

 再度杖尻で地面を突くと、足元を中心に真円が広がりだす。

 地面に描かれる魔法陣、一際大きなその褐色が時計の針のように回っている。

 次元転送と呼ばれる、次元世界を行き来する為の転移魔法だ。

 

 目標を確保した黒衣にとって、いつまでもこの場所に留まる事は危険極まりない。

 故に、早々に立ち去る事が最も賢明な判断だった。

 

 しかしその時、微風に乗ったか細い声が黒衣の耳に届いた。

 

「駄目、だ……」

 

 弱々しく、すぐにでも途切れてしまいそうな音を、喉の奥から必至に搾り出している姿。

 黒衣に静止を促そうと、男性――――瑞代隆が腕を伸ばしていた。

 震えながら、重力に抗う事すら渾身でなければならないその腕は、しかし我が子の存在を掴もうと必死に差し伸べられていた。

 

「その子を……連れ、て…………いかな、いで……くれ」

 

 親として、目の前で愛すべき子を奪われるのは、半身を切り離される事と同じだ。

 身を切り裂くような想い、常日頃の毅然とした態度はその姿には微塵も無い。

 恥も外聞も捨てて、彼は只管に手を伸ばしていた。

 

「教え、て……いな、いんだ」

 

 少年が幼い頃、自分が悪意無く教えてしまった言葉を、今まで一度も疑わず貫き続けたその姿。

 自身の幸せよりも、家族の幸せにばかり全力を向けていた彼に、自分はまだ本当の幸せを教えていない。

 自分を守る事の、大切にする事の意味を教え切れていない。

 だからこれからも共に生きていく事で、それを教えるのが父親としての役目だと決めていた。

 

 それを目の前で今、奪われようとしている。

 その光景を見せられる事がどれだけ苦痛か、黒衣には知る由も無い。

 

『安心するといい』

「…………えっ?」

 

 そう思っていたから、師父と呼ばれる男性はしっかりと反応出来なかった。

 電子音声が発した言葉の意味を。

 その反応に気にする事無く、黒衣は言葉を続ける。

 

『私の見立てでは、ハギオスはまだ全ての『(コード)』を刻んではいない。今回は一応の調査のようなもの』

 

 師父にその言葉が何を意味し、これから黒衣が何を起こそうとしているのか、見当も付かない。

 分かるのは、黒衣は聖の何かを調べようとしている事だけだった。

 いや……それだけが全てなのだろう。

 

『ハギオスには、まだデバイスとの共生(ふれあい)が必要なのだよ』

 

 知識の無い頭で考えるが、やはり結論に至るまでの情報量が圧倒的に不足している。

 元より意識すら曖昧な状態、半ば気力のみで保っている今では、まともに思考が働く筈も無かった。

 目蓋は、もう想いだけでは支え切れない。

 背を預けたコンクリートの壁の冷たさすら、意識の覚醒には一分の足しにもならない。

 

 ゆっくりと、惜しむような瞳は段々と閉じられていく。

 混濁する意識、海に沈むような感覚のそれは、緩やかに世界を埋め尽くして……

 

『この子を今まで育ててくれた事、感謝しておこう』

 

 皮肉混じりのような、正しく賞賛するような言葉が聴こえた。

 差し出された腕は力無く垂れ、瞳と顔は完全に伏せられている。

 

 黒衣はその姿を数秒、今生の別れのように見詰めた後、フッと視線を逸らした。

 未練も憐憫も存在しない、あるのはこの場から去るという選択だけ。

 一定の速度で回り続ける魔法陣が再稼動し、黒衣と少年の姿を一際強く輝かせる。

 そして次の瞬間、2人は跡形も無く世界から消え去った。

 まるで最初から何も無かったかのように、そこに居たという証の全てが失せていた。

 

 一陣の風が吹く。

 サァサァとささやかな合奏はしかし、この場に1人残された男性の孤独感と、何も残っていない寂寞たる暗闇を表しているようだった。

 この時――――

 

 

 

 

 

 ――――瑞代聖という存在は、地球から抹消された。

 

 

 

 

 

 

 

 




~劇場版コメンタリー風~
「……」
「えぇっと、大丈夫ですよ聖さん! 凄く頑張ってたじゃないですか。ねっ、ティア?」
「何で私に振るのよ!? あぁ、えっと……」
「誰か俺を殺してくれぇぇぇ!!」


どうも、おはこんばんちはです( ・ω・)ノシ
№ⅩⅩⅨをお読み下さり、ありがとうございます。

今回は難産でした、というのも以前の形からほぼかけ離れた状態になったからです。
そもそも師父の戦闘シーンは無かったですし、聖ももっとアッサリ負けてましたから。
まぁしかし、内容としては悪くないと思っています、文章力以外ですが……。
皆さんの反応が非常に怖いですが……(_ _;;)
兎も角、今回は『怒りの聖VS黒衣』という順当な流れで、結果も順当なものでした。
そして黒衣も色々と意味深な言葉を次から次へと……。
何はともあれ、次の話は『運命の時』となります。
幾つかの謎が明かされる……かもしれません。

それと感想で訊かれたのですが、キャラの容姿についてはテレビ版A's最終話やコミックス版StSを基準にしています。
その辺りで脳内変換をお願いします。

今回はこれにて以上となります。
感想や意見、タグ関連やその他諸々は遠慮無くドシドシ書き込んで下さい。
皆さんからのお声が原動力なので、是非、是非、是非宜しくお願いします!!( ;Д;)
では、失礼します( ・ω・)ノシ


お気に入り数200突破ありがとうございます!!(`・∀・´)
キャラ練習として嘘予告ネタをまたやってみようか考え中。
いやそれよりも感想をマジでお願いします!!m(_ _)m
思った事なら何でも構わないので、気軽に書き込んでポチっと行っちゃって下さい!!

あ、そろそろINNOCENTのバレンタインイベだ。

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