少年の誓い~魔法少女リリカルなのはO's~   作:さっき~

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「これが、あの正体なのか?」
『こっちで割り出した座標位置には、これ以外に怪しい物は見付かってないって』

――目の前で展開される2つのディスプレイ。
――片方は我等の艦の管制司令、エイミィ・リミエッタの姿。
――そしてもう片方は、掌サイズのカード型の物体が映し出されている。
――中央に申し訳程度にあしらわれた小さな玉石は、この存在が如何なる物かを嫌でも理解させる。

「まさか、たった1つのデバイスに僕達が翻弄されるなんてね」
『しかもご丁寧に、中のデータ類は全て消去済み。かなり計画的な犯行だよ』

――あの時、我々と着かず離れずの逃亡劇を繰り広げた物体。
――それは僕達が常日頃から所持する事を許された、デバイスと呼ばれるものだった。
――彼女の報告通りに、立つ鳥跡を濁さずを体現したような徹底振りに感服してしまう。
――恐らくコイツに搭載されたプログラムは、転移魔法の自動発動だけでなく、とある条件が合致した瞬間に内部データの完全削除を実行するようなものもあったのだろう。
――その条件というのも『転移を妨害された場合』という、極めて単純なものに違いない。
――だが、世界内ではあるが何度も転移魔法を使っていたのだ。
――それを起動する為の魔力は一体、何処から?
――その疑問をモニター先の彼女に向けると、首を横に振った。

『デバイス内にデータが残ってれば、そこから何か分かるかもしれないけど……』
「無い物を強請っても仕方ない、か」
『そうだね』

――ハァ、と力を抜こうと吐いた溜息は、図らずとも同タイミング。
――無理もない、こんな訳の分からない状況に立たされては、最初の一歩を何処に踏み込めばいいかすら分からないのだから。
――フェイトも、同じような心境だったのだろうか。
――脳裏に焼きつく妹の姿、物静かで一生懸命な金髪の少女。
――彼女も似たような現状に陥り、八方塞で身動きの取れなくなってしまったのだろうか?

――だがきっと、彼女ならそれに挫けたりしない。
――気付けば心の底から、沸々と力が湧き上がってくるのを感じる。
――そうだ、年下である彼女だって現状を打破しようと頑張っているのだ。
――此処で兄である僕が挫けては、年上としての、兄としての示しが付かない。

「よし、デバイスを第四技術部に視て貰おう」
『ランドロウ技術主任達に? でも最近はかなり忙しそうだし……』
「事件にデバイスが絡んでいるんだ。あの人がそれを見過ごすと思うかい?」

――戸惑うエイミィに、僕は口早に言葉を並べ立てていく。
――第四技術部主任にして重度のデバイスマニアである、ベリアル・ランドロウ氏。
――彼以上にデバイスを熟知し、デバイスを愛している技術官は居ないだろう。
――そんな彼がデバイスが事件に絡んでいると知れば、憤慨せずにはいられない筈だ。
――性格を利用しているようで気分が悪いが、こんな状況で手段は選ぶ余裕は無い。
――彼の力は絶大で、誰もが信頼を置く存在なのだから。

「それでは、本艦を一度本局に戻そう」
『確か定期メンテナンスの時期だしね』
「そういう事だ」

――そうと決まれば早速行動。
――操舵手に手早く指示を出し、艦内のクルー達にその旨を放送で伝える。

『そういえば聖君は大丈夫かな?』
「きっと大丈夫だ。彼女が救出したと、先程連絡が入った」
『そっか』
「だから僕達は僕達で、出来る事をするんだ」

――出来る事、それにはまず唯一の証拠となるデバイスを、確実に届ける事から始める。
――フェイトの追う事件との関連性があれば、初めての物的証拠になるのだ。
――慎重且つ迅速に事を進めるべき。
――これからが本当の捜査の始まりかもしれない。

――勘のような裏打ちの無い曖昧な考え、しかしそれは決して間違いではなかった。
――様々な次元世界で起こった12件の誘拐、そして今回の瑞代聖誘拐事件。
――普通に考えれば何の共通点も無いそれが、何よりも重要な意味を持っていたのだ。
――だがその事実を僕達が知るのは、まだ先の話だった。


――それは、物語の始まり。
――1人の少年の運命が今、動き出そうとしていた。










№ⅩⅩⅩ「運命の選択」

 

 

 

 暗闇が広がっていた。

 視界全てを覆う黒の景色、境界線も何も無いそれは同時に無色にも見える。

 手を伸ばしても届かない、それ以上に腕が何処にあるのかすら分からない。

 そんな光景が、目の前に……。

 

 気持ち悪い。

 この世界は何も存在せず、あるのは何も分からない漆黒の風景。

 自身の存在まであやふやになるこの場所は、居るだけで不快感と吐き気を催していた。

 

《――up(――さい)!!》

 

 無味無臭、何一つ体で感じる事の出来ない世界。

 なのにどうしてか、微かに声が響いた。

 離れた場所というよりも、それは自分の内側から聴こえてくるようで……。

 

《Please get up(起きて下さい)!!》

 

 聴こえた、今度は完璧に聴こえた。

 肉声ではなく、電子的に作られた合成音の組み合わせ。

 しかし篭められるものは、決して機械のような無機物ではない。

 暗闇に囚われた俺を救い上げるように、必死に呼び掛けているのが分かる。

 優しい()が、見えない筈のそれが、目の前に差し伸べられている。

 地獄に舞い降りた一筋の蜘蛛の糸(すくい)にも似た、温かな光……。

 

(頼む)

 

 だから、考える時間も置かずにそれを掴んだ。

 迷いは無い。

 この先に居るのが誰なのか考えるまでもなく、本能で理解していた。

 早く彼女の許へ、風よりも速く駆けつける。

 今の自分に何が起こったのか、きちんと理解しないといけない。

 

 意識が浮上する、深海に沈んだ己を引き上げるように。

 突き進む、先の見えない暗黒の世界を。

 不意に現れた光へ、その身を預けて……。

 

 

 俺は孤独な世界を抜け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 開いた目に映ったのは、薄暗い天井だった。

 先程までの暗闇に染まった世界とは違って、今は意識がハッキリと掴める状態。

 帰ってきた、と心中で第一声。

 

 そこで漸く、背中に感じる冷たく硬い感触に今更ながら気付き、自分が倒れている事を理解した。

 想像以上に頭が働いてない事に苦笑しながら、腕で支えながら体を起こす。

 

「くっ……」

 

 瞬間、全身に焼け付くような痛みが走った。

 何が起こったのか分からず、力を込めていた腕は崩れ落ち、硬い地面に全身を強かに打った。

 その衝撃で苦しげな息が吐き出されて、喉が痛くなる。

 

《Are you safe(大丈夫ですか)?》

 

 優しい、母性溢れる包容力を感じる声。

 コンクリートの地面に頬を擦り付けながら、じわりと蓄積する痛みに耐えていると、脳に女声が響いてくる。

 今や聞き慣れた電子音声、相棒であるアポクリファの声だった。

 その言葉に自分の体を観察してみれば、衣服の至る所に土汚れや何かの衝撃による痕跡が浮かび上がっている。

 不思議なのは、体そのものには傷が殆んど存在しない事だ。

 しかし大丈夫などと余裕で返せる程、内側からくる痛みは優しくない。

 故に無言を以って解答とする。

 

《It is safe and above all.(無事で何よりです)》

 

 負けず嫌いなガキのような対応だというのに、それでも彼女は安堵したような音を発した。

 此方とは違い、何とも大人らしい対応だ。

 デバイスである彼女に、そのような概念が関係するかは甚だ疑問ではあるが……。

 

《Really, it was good......(本当に、良かった……)》

 

 泣きそうな声に、最早そんな考えなど吹き飛んでしまう。

 彼女の思い遣りが本物である限り、彼女の生まれが何であるかなど些細な事だ。

 その心が、いくら機械で組み上げられたものだとしても構わない。

 アポクリファの優しさが、俺の心を守ってくれる事実は確かなのだから。

 

(ありがとな……)

 

 だから、感謝を伝える事だけは忘れない。

 片手で脇腹を押さえながら、仰向けで周囲を見回す。

 コンクリートで構成された5畳程度の空間、三方には壁がそびえ立ち、残りの一方は細い鉄の棒が縦横に張り巡らされ格子となっている。

 その反対側の壁には、俺の頭より上のスペースに長方形に切り取られた箇所――此方も格子が張られている――から、光が差し込まれていた。

 見た限りでは月明かり、それがこの場所の唯一の光源だった。

 光の入射角度から考えて、月はほぼ中天近くに座しているのだろう。

 そしてそれらの情報を統合し、改めて周囲を観察した結果、たった1つの答えに行き着いた。

 

「何でこんな所に……」

 

 此処は――――牢屋だ。

 自由刑、死刑者、勾留された被疑者や被告人を収容する施設。

 完全に常人の世界と隔絶されたその場所は、酷く陰湿としていて孤独そのものだった。

 きっと体内のアポクリファが居なければ、この閉じられた世界の雰囲気の呑まれてしまっていただろう。

 

 独りぼっちで、こんな暗い陰気な風景に取り残されて……。

 寂しさに心折れて、もしかしたらウサギみたいに死んでたかもしれない。

 ――まぁ、そんなのは俗説だけどな。

 見えない相棒、それでも尚その存在は頼もしかった。

 

『おや、お目覚めかな?』

「――――っ!?」

 

 ざわつく心が静められていく中、心臓が飛び跳ねた。

 静寂、無音、自身の心臓の音色しか響かない世界に現れた、異質な声。

 自分以外の何一つ存在が認められなかったそこに、新たな光源が出現した。

 反射的に体を起こし、ソイツに視線を向ける。

 中空に浮かび上がる小さな真円、その中に映る映像。

 

「お前は……」

 

 見覚えある黒のローブ、全身を覆い隠し顔すらも影に染まったその姿。

 記憶が勝手に遡る、自分に起こった事象の全てを思い出す為に。

 

 

 

 

『それじゃあ、ゆっくり帰って来なさい。いつも焦り過ぎなのだから、偶にはいいだろう?』

 

 

『全く、何が『力は万能ではない』だ。くだらない信条に身を捧げ、挙句の果てにこの体たらく。鼻で笑う価値も無い』

 

 

『面白いよ、ハギオス。思った通り、君は私の望むモノを確かに持っているようだ』

 

 

『だが、これで眠って貰おう』

 

 

 

 

 ――あぁ、そうだ。

 忘れてなんかいない、決して忘れたりするものか。

 その姿、その声は鮮明に憶えている。

 記憶としてだけでなく、感情でその全てを憶えている。

 画面の先に居るあの黒衣は、師父を傷付け、あまつさえその誇り高き信念すらも汚した奴。

 牙を剥いた俺を嘲笑するように一蹴し、格の違いを見せ付けた張本人。

 自身の正体すら明かそうとしない卑怯者。

 

「お前はっ……!!」

 

 完全に取り戻した記憶が、その時の感情までも再現する。

 痛む体に鞭を打ち、全霊を以って奴を睨みつける。

 止め処無く溢れる怒りは際限を知らず、思考を一色に塗りつぶしていく。

 目の前の奴を叩き潰せと、彩りの欠片も無い単色へと。

 

『まぁ待ってくれ』

「黙れっ!!」

 

 相も変わらず、余裕綽々といった様子で此方を見るだけの黒衣。

 発される合成音からも、焦りは微塵も感じられない。

 目の前の気に食わない奴は何処までも冷静だった。

 

「お前が師父を……」

 

 だがその態度は、俺の神経を逆撫でするだけでしかない。

 コイツが行った所業は、俺がこの目できちんと見たのだから。

 俺の大切な家族の1人を……師父を傷付けた。

 その事実が心の中で暴れ回って、冷静さを圧倒的なスピードで追い越していく。

 それでもやはり、黒衣に特別な変化は見られない。

 唯、淡々と言葉を並べ立てていくだけ。

 

『確かに、彼に危害を加えたのは事実だ。だが……』

「言い訳なんていらな――」

『――だが!!』

 

 刹那、心臓が萎縮するような感覚に襲われた。

 突然の変化、合成音でありながらもその声は、明らかに特別な意味が込められている。

 そのあまりの急変に、先程まで頂点へ上り詰めていた怒気が徐々に滑り落ちていく。

 双眸に込められた力みは薄れ、口は知らぬ間に開かれていた。

 呆然、自分自身すら何があったのか理解出来ない。

 

『私とて好きで行った訳ではない』

「だ、だけど師父は……」

『目に見える怪我はしていたかな? 出血や打撲の類は無いようにしたつもりだが』

 

 あっ……と黒衣の言葉に思わず声が漏れた。

 それは語られる言葉の意味が、記憶の中の場景と重なって見えたからだ。

 師父から引き離す為に放ち続けた連撃に黒衣が飛び退いた後、師父の体を抱えて俺も門前まで後退した。

 その時の師父の体は、どうなっていた?

 触った限りでは目立った怪我も無く、小さい呼吸ながら荒立ってはいなかったのを憶えている。

 もし黒衣の言葉が事実だとしたら、奴は師父に可能な限りの手心を加えた。

 または魔法を非殺傷設定で使用したという事になる。

 

『もし私が本当に彼を邪魔だと認識していれば、確実に息の根を止めている』

「――――っ!?」

 

 赤の他人に、それも自分の目的の障害となり得る相手に、そんな甘い考えをするような者には到底思えない。

 それじゃあ本当に―――

 

『私としても、君をここまで育ててくれた彼に、感謝すれこそ害意は持たないさ』

「……どうして俺を?」

 

 コイツがそういう奴だとは分かった。

 依然として素顔を隠している為、その真意を図り切れない点は拭えない。

 だが嘘八百を吐いてるだけとも、また思えなかったのも確かだ。

 

 怒りにのぼせていた頭が急激に落ち着いていき、奮い立たせていた体から力が抜けていく。

 そのまま、冷たい床に腰を下ろした。

 目の前の黒衣を完全に信用した訳じゃないが、まともな会話が出来る奴だとは理解した。

 だから次の疑問、いや最大の疑問と言っても差し支えないものを訊く事にした。

 つまり、俺を此処に連れてきた理由だ。

 

「アンタが魔導師だってのは知っている。でもそれが俺を攫う理由には到底思えない」

 

 漆黒のローブを全身に纏う姿は、かつて本で読んだ魔法使いに酷似している。

 勝手な想像だが、杖を持って対峙したコイツは確かに魔導師だった。

 ならば、その魔導師が俺を連れ去る理由とは一体なんだ?

 何に使うとしても、俺のような木っ端程度の才能を体現するような子供に、需要があるなんて、とてもじゃないが思えない。

 寧ろ持ってきても荷物にしかならず、その行為そのものが無駄としか言えない。

 目の前で悠然と佇む黒衣の真意とは、如何なるものなのか……。

 

『君は、魔法についてどれだけ知っている?』

「魔法?」

『そう、我々が使う魔法という技術について、どの程度まで理解が及んでいるのかな?』

 

 その突然の問いは、何を意味していたのだろう。

 話を横道に逸らすつもりか、はたまたそれこそが核心に近付く為のものなのか。

 電子音に隠された声では判別も出来ず、自分でもそれについてどう答えればいいのか分からない。

 魔法についての理解は、アポクリファやハラオウン達に教えて貰った簡単な部分だ。

 恥ずかしい限りだが、元々物覚えの良い人間でもないから仕方ない。

 

 だがそれが俺を攫う理由と繋がっているなら、口を割るのも悪くない。

 コイツが何を考えているのかは分からないが、この状況を作った原因について何か分かるかもしれない。

 

「簡単な説明を受けただけだ。魔力を使って特定の物理作用を引き起こす技法、俺達の世界に存在しない高次の技術」

『ふむ……まぁ概要に関しては問題無いだろう。それでは、デバイスについては?』

 

 俺の答えを聴いて何を納得したのか、此方に大した反応を見せる間も無く問いを重ねてくる。

 元々正体隠す事を徹底してる奴だ、そう簡単に教えてはくれないらしい。

 だったら、もう少しだけ付き合うしかないようだ。

 それにしても魔法の次はデバイスについて、コイツは俺にどんな答えを引き出そうとしているんだ?

 

「魔法を使う為の補助装置、魔導師の杖。魔法プログラムを保存するハードディスクの役割を担う、魔導師のパートナーだろ?」

『それでは、デバイスの種類は?』

「インテリジェントデバイス、ストレージデバイス、アームドデバイス、ユニゾンデバイスの4つだった筈だ」

『そう、その通り』

 

 何が何なんだ?

 俺の答えに申し分無いように頷いてる黒衣の姿に、益々意味が分からなくなる。

 廃墟のような薄暗い此処はいつから教室になって、敵対していた筈の俺達はいつから生徒と教師みたいな立ち位置になっているんだ?

 自分の中で渦巻いていた敵愾心や懐疑心は、黒衣の自分本意な会話によって思い返す暇さえない。

 何よりコイツからは、俺に対する敵対心は微塵も感じられない。

 全く分からない、コイツが敵なのか、それとも……。

 

『人工知能による無限の可能性を持つインテリジェント、処理速度を念頭に置いたストレージ、武器としての性能を重視したアームド、術者と融合する事で既存を凌駕する性能を発揮するユニゾン』

 

 まるで熱弁を振るうように、次から次へと口から吐いて出る単語の数々。

 普通の魔導師とは思えぬ知識をひけらかす姿は、その奇妙な合成音も合わさって、コイツを只者には見せない存在感を放っている。

 

『多種多様の魔導師の特性に合わせ、異なる長所を持った魔法杖。所有者の命令を聞く事が最優先事項であり、忠実に再現する事だけが存在理由の道具』

「そんな言い方をするな!」

 

 ペラペラと饒舌な奴の言葉は、決して他言を許さない迫力を持つ。

 絶対の自信を込めたその発言だが、その中に俺にとって聞き逃す事の出来ないものがあった。

 

 デバイスを唯の道具扱いした事、そして彼等の存在を貶した事。

 それは俺にとって大切な友人の、その存在を蹴落とす発言に他ならない。

 当然だが許容できるような台詞ではなかった。

 気付けば反論の言葉は吐き出され、自然と顔面に力が入る。

 

「確かにアイツ等は機械、魔法技術によって作られた存在かもしれない。でも、デバイスは道具なんかじゃない!!」

『大切な相棒であると、そう言いたいのかな?』

「相棒であると同時に友人だ。たとえ生まれ方が違かったとしても、アイツ等には歴とした意志がある」

『だが結局は道具として生み出された。魔導師の力の補助をする為にね』

 

 淡々と言葉を並べていく黒衣に、俺は噛み付くように反論を繰り返す。

 しかしそれでも、奴は自分の言葉を撤回するつもりは毛頭無い。

 唯、誰もが当然のように思っている事実を述べるだけ。

 

 そんな事、言われなくても俺にだって分かっている。

 アポクリファもレイジングハートも、バルディッシュやリインフォースも、結局は道具(デバイス)という存在なのだ。

 魔導師が魔法を効率良く使用する、その為に作られた技術の結晶。

 それでも皆と接するハラオウン達の姿は、決してそんな単純なものじゃなかった。

 主従でありながら肩を並べて歩く、本当の相棒との強い絆を持っていた。

 俺だってそうだ、内に居る彼女とは出会ってからの時間は短くても、友情という絆で結ばれている。

 簡単な雑談だってする、原因不明に対して一緒に悩んだり、共に出来る事を模索して少しずつでも前へ進もうとしている。

 そんな彼女達に対して、唯の道具だなんて単純な考えを持つ事は、俺には到底出来ない。

 

「皆が皆、自分達のマスターの為じゃなくて、マスターと共に全力で頑張っている。それは、唯の道具でない確かな証だ」

 

 俺の傍に居るアポクリファは、いつも俺を気に掛けている。

 心配を掛けてしまう事は好きじゃない、それでも俺の身を案じてくれる彼女が居る事は、それだけで心強かった。

 初めて出会ったあの時、そして先程、アイツは俺を覆う暗闇へいつだって手を差し伸べてくれた。

 それは単なる道具では出来ない、人の身であっても難しい『救い』と同じだ。

 

「アイツ等の言葉にはあるんだ。確固たる意志が、電子音の先からきちんと伝わってくるんだ!!」

 

 知らぬ間に体は、痛みに耐えながら動いていた。

 俺はお前の言葉を決して認めない、その意志をぶつける為に強く立ち上がる。

 事実を述べただけの、自分の意志の介在しない薄っぺらな言葉に負けない。

 胸に募るこの想いを真っ直ぐに、モニター先に居る影へと叩き付けた。

 

『フフフ……』

 

 全力で放った言葉はしかし、向けた相手には少しも届いていなかった。

 不適に偉そうに、口から笑いを漏らしただけで……。

 まるで俺を嘲笑うように、電子音が上下に揺れている。

 それだけで此方の全てを否定しているようで、先程以上に怒りが思考を埋めていく。

 

「何笑ってんだよ」

『あぁいや、純粋に賞賛しただけなんだ。まさかそこまで、デバイスを想っているなんてね』

 

 何を心にも無い事を……。

 明らかに侮蔑したような嘲笑を発されてからでは、何を言われても信用のしようが無い。

 

『しかし君だって分かっている筈だ。究極的な結論として言えば、彼等は機械であり道具だと』

「だからそれは――」

 

 

 

 

 

 

『――――だが君は違う』

 

 今日、何度目になるか分からない押問答。

 こうまで言っても分からないのかと、半ば意地になって言い返そうとしたその時、奴は掌を返すように言葉を変えた。

 あまりに突然過ぎて、対応に困る発言。

 反射的に口を噤んでしまうそれは、奴にとって絶好の機会として映ったようだ。

 その隙を突いた黒衣は、畳み掛けるように口を動かした。

 

『次元世界に存在する魔導師、彼等はどれだけデバイスをパートナーと呼んでも、心の底では自分達とは違う機械だと認識している。だが、君は違うんだよ』

「俺が、違う……?」

『そうだよ。君はデバイスを道具ではなく、人間のように扱っている』

 

 俺が他の魔導師とは違う?

 その言葉の意味は、今の俺に分かる筈も無い。

 元々分からない事だらけの世界、無理に理解しようとしてもボロを出すだけだ。

 無論口を出す事は出来ず、奴の発言に耳を傾ける事だけが今の俺に許された行動だった。

 

『そして君は、デバイスの音を聴く事が出来る』

「デバイスの音?」

『彼等から発される電子的な言葉、その中に含まれる感情という名の音を』

 

 段々、黒衣の台詞がヒートアップしていく。

 まるで語る事を待ち望んでいたかのように、溢れ出る言葉は奔流のように淀みが無い。

 画面先に居る筈の存在が、すぐ傍に居るような錯覚に陥ってしまう。

 

『君は、彼等の言葉の一つ一つに感情がある事を知っている』

 

 それは当然だ。

 アイツ等にだって、何かを想う意志がある。

 その言葉に何も感じないなんて、ありはしない。

 

『だが普通の魔導師なら、それはプログラムが出した言葉だ。報告や助言、警告というだけのもので、感情なんて知りようも無い』

「そんな筈は――」

『出来る筈が無い!! 彼等に必要な行動の根底は、『1(イエス)』か『0(ノー)』による事実の提示。そこに感情など不要!!』

 

 最早、俺が口出し出来るような、生易しい発言じゃない。

 自分の言葉を聴け、自分の言葉だけに耳を傾けろ、言外に此方の意志を強制していた。

 そして奴の言葉もまた、理解出来ない訳じゃなかった。

 デバイスが補助装置である限り、乱数の如き不確定な感情は、逆に足を引っ張りかねない。

 俺がどれだけ否定しようとも、事実として彼等は魔導師を助ける道具として開発された。

 故に不確定要素たる感情は、確実に削ぎ落とされる。

 

『だが君は知っている。存在しない筈のデバイスの心を、電子音の先の感情、喜び、怒り、悲しみを知る事が出来る』

 

 ならば、俺は何なのか。

 アポクリファの言葉に優しさを感じたり、母親のような包み込んでくれる音色を知る俺は、一体何なのだろうか。

 レイジングハートから感じる高町を想う心、ハラオウンを静かに見守るバルディッシュの優しさ、そして……。

 普通の魔導師が知り得ないものを知る俺は、何者だというのか。

 

 ――――訳が分からない。

 

『それだけではない。君が著しく感情を昂ぶらせた時、自身の内で変革が起こった筈だ。爆発する感情を理性で抑えるのではなく理性を底上げする事によって、感情と同位置にまで高めて均衡を保つという、極めて不可思議な変革を……』

「何を、言っている……」

『知らないとは言わせない。私と対峙したあの時やそれ以前、君は確かにその変革を実感した筈だ』

 

 何故、そんな事まで知っている?

 何年も前からあった現象、暴走する感情が渦巻き全身を涼風が駆け巡る時を……。

 自分の内側でしか感知出来ぬソレを、『覚醒現象』という事実を、何故モニター先の奴が知っている?

 

『人の持つ激情と、機械のような怜悧な理性。まるで人間と機械が一括りになったみたいじゃないか』

「違う、俺は普通の人間だ!!」

『それこそが違うと言うのだ。そんな人を外れた代物を、普通の人間が持っている筈が無いだろう』

「それ、は……」

 

 黒衣の言葉が、俺の脳を侵食していく。

 否定を許さない力強さは、俺の荒々しい反論を軽々しく吹き飛ばしてしまう。

 責めるように投げられる言葉の意味は、俺が普通の人間じゃないと言う事を強く指摘する。

 

 そんな筈は無い、俺は今まで普通に生きてきた、他の皆と変わらない普通の人間だ。

 だというのに、この身に刻み付けられる黒衣の言葉は、それを容易く否定し心を抉ってくる。

 耳の奥で何度も反芻されるそれに、自分の心が際限無く削られていく感覚に襲われる。

 

 

 ……怖い。

 自分が何者であるか分からない事が怖い。

 今まで何年間も過ごしてきた自分自身が、分からなくなる。

 今まで自分が感じてきたモノは何だったのか、今の自分を生み出したモノは何だったのか。

 

 奴が言ってる事は何なんだ?

 自分は一体何なんだ?

 自分が知らない瑞代聖、それが何よりも怖いと感じてしまう。

 知っているが故の恐怖ではなく、無知であるが故の恐怖。

 今までに感じた事の無い寒気と虚脱感が全身を駆け巡る。

 

 寒い、辛い、怖い。

 この光の乏しい空間がそれを助長させ、吐き出せないそれは体の内側を萎縮させる。

 その苦しさが喉を締め上げ、声も呼吸も儘ならなくなる。

 誰か、俺を助けて――――

 

『だが安心しなさい、君は確かに人間だ。血が通い、心が動く、紛れも無い人間だ』

「えっ……?」

 

 

 ――――ワケが、分からなかった。

 次々と否定の言葉を浴びせ掛け、唯の人間ではないと烙印を押し付け続けた奴が……。

 何のつもりか、急に優しく語り掛けてきた。

 その落差に、誰がまともに反応出来るだろうか?

 先程まで思考を塗り潰していた『人外』という単語が、一瞬で崩落していく。

 あまりに突然過ぎて、俺は呆然と言葉の主を見詰める事しか出来なかった。

 

『その力は確かに人の身では得られぬ筈のモノ。だが人外故の力ではなく、君自身の才能なのだ。彼等を受け入れ、近付く為の稀有な力だ』

「さい……のう…………?」

『そう。デバイス()本当の力を発揮出来る、君のリンカーコアに刻まれた才能だ』

 

 まるで背中を押す、エールのような一言。

 電子音でありながら、言葉の端々に父性の温かさを持つそれは、先程とは程遠い感情を内側に孕んでいた。

 だが俺は、未だまともな反応は返せない。

 

『そして私は世界で唯一、君の才能を熟知し、それを活かし切る術を持っている』

 

 だが、心がその言葉に徐々に傾いていく。

 目の前の黒衣の口にする一つ一つが、まるで誘蛾灯のように俺を引き寄せようとする。

 未熟でしかなかった筈の俺にあるという才能、そしてその使い方を知るという目の前の存在。

 砂漠の中のオアシスを髣髴とさせる、否応無く求める事を強制する言葉の数々。

 

『私と共に来て欲しい。私には君の力が必要なのだから』

 

 

 

 ――――あぁ、何故だろうか。

 その言葉が、俺にはとても抗い難い誘惑にしか聴こえない。

 差し伸べられれば無意識にでも取ってしまいそうな手を、声だけで形作ってしまう。

 

 きっとそれは、求められているという事実が生み出した幻。

 何一つ満足に出来なかった俺が、顔も知らない相手だとしてもその存在を必要とされている。

 それがどれだけ喜ばしい事か、どれ程この心が望んでいた事か、誰よりも自分がよく知っていた。

 最早語り掛ける言葉の全てが催眠術のような、振り払う事の出来ない場所まで根を張っている。

 

「俺は……」

 

 着いていけばいい。

 コイツは自分を必要だと言ってくれたのだ。

 誰かに必要とされる事がどれだけ素晴らしい事か、必要とされなかった自分が一番知っているではないか。

 何処に否定材料がある?

 脳内で巡る意識の全ては、甘い誘惑に引き寄せられる事だけに向けられていた。

 だったら構わないではないか、本能のままに従ってしまえばいい。

 

「俺は……」

 

 何を躊躇う必要がある?

 お前の今までの人生に、少しでもこれに勝る充足があったか?

 どれだけの努力を重ねようとも、いつも良い結果に結び付けなかった非情な現実。

 そこに、お前の望む幸せが1つでも存在したか?

 誘惑はいつの間にか暴力となり、今までの自分を容赦無く砕いて回る。

 最早、俺の内には黒衣を阻む理由は――――

 

 

 

 

 

《Do it do so, and do you turn one's eyes away from all the realities(そうして、貴方は全ての現実から目を背けるんですか)?》

 

 ――――えっ?

 

《Is the current effort thrown out, stricken, and is an easy road chosen(今までの努力を擲って、楽な道を選ぶんですか)?》

 

 突然放たれる、内側からの声。

 淡々と淀み無く、一字一句をハッキリと述べていく電子音。

 誘惑の淵に足を浸かりかけた俺を、引き戻そうとする声がハッキリと聴こえた。

 

《Is that place ideal to the point where even a poor resignation is thrown away(諦めの悪さすら捨ててまで、あの場所は理想的ですか)?》

 

 アポクリファが、大切な相棒が俺の道を阻んでいる。

 その事実に訳が分からなくなる。

 何故だ、お前は俺の味方じゃないのか?

 お前なら俺の想いを理解してくれるんじゃないのか?

 

(お前なら――)

《It is the lowest. I am seen to you as a convenient tool surely.(最低ですね。まさか貴方も、私を都合の良い道具として見てるとは)》

(――なっ、何を言ってるんだ!?)

 

 その言葉に、心臓が急激に跳ねた。

 淡々と述べられた彼女の言葉、しかしそこには強い意志が込められている。

 胸を穿つような一言は、俺を狼狽させるに充分な力を持っていた。

 

《Do you differ? It is the same as trampling down other party's will to want you your ally it and to exist at any time.(違うのですか? どんな時でも自分の味方で居てほしいなんて、相手の意志を踏み躙る事と同じです)》

(そんなつもりで……)

《It is the same. You trampled down my will. You voluntarily did the idea that you had denied.(同じですよ。貴方は私の意志を踏み躙った。自分が否定した考えを、貴方は自ら行ったのです)》

 

 

 ……息が出来なかった。

 容赦の無い言葉の軍勢は、次々と俺に突き刺さって内側を食い破ろうと暴れ回る。

 心臓が止まってしまったかのような錯覚と、自分がしてしまった事への後悔。

 綯い交ぜになった心は、先程まで受け入れつつあった黒衣の言葉まで、どう捉えればいいのか持て余してしまう。

 それは自分を見失ってしまった事による、薄弱な意志が生み出した結果だった。

 

「何、だよ……」

 

 喉から迫り上がって来る、正体不明の反吐みたいな気持ち悪さに襲われる。

 体が崩れ落ちて、嗚咽と共に吐き出そうとするが、喉に引っ掛かったようにまるで出て来ない。

 吐き出せそうで、しかし喉元で留まり続けるソレは一体何なのか……。

 黒衣の甘い言葉、アポクリファの冷徹な指摘、その2つが俺の内側で巡り巡って思考がグチャグチャになる。

 アイツは俺に才能があると言った、そしてその使い方を知り活かせると言った、俺が必要だと言った、それはとても素晴らしい事で俺が最も望んだ事の一つだ、でもアポクリファは否定した、俺の意志に同意してくれない、そしてそれは俺自身が否定した事の再現だと言った、だったら俺はどうすればいい、どうすればいい、教えてくれ、教えてくれ教えてくれ、教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ。

 

 暴走、思考の垂れ流しが頭の中身を埋め尽くして、乱雑に言葉が放り投げられていく。

 冷静さなどとうの昔に失せている、歯止めなんて利きやしない。

 ミシミシと頭が軋みだし、散らばった言葉の一つ一つが思考を、心を傷付けていった。

 無様に頭を抱えて倒れ込む、痛みにのた打ち回るように耐えようと必死に抗う。

 

 ――――壊れる、でも俺が壊れる、このままじゃ俺の心が壊れる、俺の何もかもが壊れる!?

 心の痛みが体の痛みを圧倒的に凌駕し、頭が弾け飛ぶイメージが脳にこびり付く

 内側からの圧力が外へ外へと飛び出そうとするそれは、正に地獄を渡る激痛のように感じられた。

 耐えられない、こんなもの耐えられない、耐えようなんて考えられない、耐えたくな――

 

 

 

 

《Hijiri......(聖……)》

 

 

 不意に、本当に不意に、体を温かさが包み込んだ。

 頭に響いてきた、俺を呼ぶ声。

 優しく穏やかで包み込んでくれる、そんな声と共に、俺の体が灰色の光に包まれた。

 それは、相棒たる彼女が発動させた魔法。

 全身を強化し、外界のあらゆる暴力から身を守る為の術。

 

《For me who doesn't have the body, this is utmost.(体を持たない私では、これが精一杯です)》

 

 だがそんな効果だけでは、こんな温かさを感じる事なんて出来ない。

 これはきっと、彼女の抱擁。

 実体を俺の体内に宿し、身動きを取る事も出来ない彼女が出来る、精一杯の優しさ。

 

 小さい頃、孤児という事実に心を押し潰された俺を、ずっと抱き締めてくれていたシスター。

 この光はその時の、母の温かさを沢山詰め込んだ――――優しい魔法。

 感じれば感じる程、その温かさが涙腺を緩く刺激して、双眸から雫のように涙が溢れてくる。

 数秒前までの吐き気とは違う、今度は心の奥底から吐き出すような嗚咽が漏れた。

 

「ぁ……うっ、あぁぁ…………」

 

 涙が止まらない。

 体を包み込む光が温かければ温かい程、その度に雫は頬を伝い落ちて染みを作る。

 

「はぁっ……くっ……」

 

 一滴落ちると同時に、自分の中に渦巻いていた思考が一緒に霧散していく。

 雨が泥を落としていくように、少しずつ淀みが晴れていった。

 黒衣の言葉も、アポクリファの言葉も、それに翻弄されていた自分の感情も、全て綺麗に捨て去ってしまった。

 後には何も残らない、そこにあるのは真っ白なキャンバスのように無垢な、白紙の心。

 まだ何にも染まっていない、ゼロそのものだった。

 

《However, your important people have given the warmth many times before.(でも貴方の大切な人達は、今までにその温かさを何度も与えてくれたのです)》

(大切な、人達……)

《Can you desert such people(そんな人達を、貴方は見捨てる事が出来るのですか)?》

 

 大切な人達――――師父、シスター、平太や明菜達、和泉、瀬田、高杉、遠藤、金月、ハラオウン、高町、八神、バニングス、月村、士郎さん、桃子さん、デビットさん、クロノさん、リンディさん、ヴィータ、シグナムさん、シャマルさん、ザフィーラ……。

 いや、もっと数え切れない程の出会った人達が、俺にとって大切な人達であり心の支えだった。

 だと言うのに俺は、そんな人達を切り捨てようとしたのか?

 今まで自分を支えてくれて来た人達に、何も返せないまま、何も言わないまま、自分勝手に消えようとしたのか?

 

『大切な人が居る。それだけで人生は素晴らしく、そして生き甲斐のあるものなんだよ』

 

 ――愚かしい行動で、師父のくれた言葉に反そうとしたのか?

 生まれてから今まで、ずっと俺を導いてきてくれた人の想いを、自分から踏み躙ろうとしたのだ。

 アポクリファじゃなくても分かる、俺は確かに最悪で最低だった。

 

 外部からの言葉ではなく、自分自身から溢れてくる想いだけで、純白のキャンパスは様々な色で埋められていく。

 赤、青、緑、黄、他にも沢山の感情(いろ)で彩られる光景は、きっと子供みたいな拙い絵かもしれない。

 それでもその絵は、世界で俺だけが描く事が出来る『俺自身』なのだ。

 今はまだ未完成だろうけど、これからきっと完成する日が来ると信じている。

 

 腕に力を込めて、上体を起こす。

 壁側から申し訳程度に差し込む月光を背に、俺は三度立ち上がった。

 

「―――る」

『む、どうした?』

 

 それまで俺は、自分の弱さから逃げちゃいけない。

 いつの日かこの心に、拙くも美しい一枚絵が完成するその時まで……。

 俺だけの(オレ)を描き切るまで、楽な場所だけに身を置いてはいけない。

 

 だから、目の前の黒衣に向けて言い放つ。

 

「断る!!」

 

 お前の差し伸べる手は、払わせて貰う。

 

『それが、君の選択だと言うのか……』

「あぁ。此処で簡単に振り払えるような人は、俺の心には誰も居ないんだよ」

 

 初めて耳朶を打った驚きの音は、意外な場面で響いてきた。

 寸での所まで握ろうとした手を突き放したのだから、不意打ちと言っても過言ではない。

 散々此方を翻弄してくれた意趣返しとしては充分だろう。

 

『それで君は――――っ!?』

 

 交渉は決裂、しかし食い下がるように黒衣は画面先からにじり寄る。

 だが突然奴は何かに反応し、先程までの悠然とした体勢を崩した。

 

『此処までのようだね。しかし、私達はいつかまた出会う。それを忘れないでくれ』

 

 矢継ぎ早に繰り出される言葉は、急かされているようで余裕の欠片も無い。

 言い終えた奴はそのまま、目の前に展開されていたモニターと共に、一瞬にして消え去った。

 

 ……何があったんだ?

 加速度的に巡る状況変化、再起動を果たした思考がそれに追い着かない。

 

(アポクリファ、何があった?)

《The magic that invaded this facilities was detected.This......(この施設に侵入する魔力を探知しました。これは……)》

 

 彼女からの情報で、俺にも微かだが状況が理解出来た。

 此処に侵入する存在、そして黒衣が焦ったようにこの場所との繋がりを絶ったという事は、アイツにとって好ましくない相手だという事。

 それはつまり――

 

「くっ!?」

 

 結論に至るその瞬間、額の奥がズキンと痛んだ。

 同時に全身に酷い倦怠感が押し寄せて、立つ事すら儘ならずに床に崩れ落ちた。

 冷たい床に全身を押し付けられ、衝撃で体に痛みが走る。

 目蓋も落ちてきた様子を鑑みるに、どうやら想像以上に体力を浪費していたらしい。

 

 だが残る力を振り絞って、格子の傍まで這いずるように進む。

 両腕もだるい、力を入れるだけで震えるそれは、まともに動かす事は出来ない。

 それでも進み続ける、倦怠感と睡眠欲の波状攻撃は執拗に俺を狙っている。

 もっと前へ、せめて格子を掴める位置までは耐えてくれ。

 

「――――あっ」

 

 半分以上落ち切った双眸がその時、1つの影を捉えた。

 防護服、バリアジャケットに身を包んだその姿は……

 

「――――――!!」

 

 あちらも俺に気付いたようだ。

 大きく口を開いて声を張るが、俺にはもう届かない。

 

 あぁ眠い、とても眠い、だから休ませてくれ。

 カツカツとリズムの良い音を鳴らしながら、彼女は此方に走り寄って来る。

 だが今の俺にとって、その音はアラームではなく子守唄にしかならなくて……。

 人間の三大欲求を刺激する、慌ただしくも優しい音色だった。

 

 徐々に近付いていく彼女の姿。

 それを双眸に収めた俺は、漸く意識を手放した。

 

 

 

 

 




人生とは、自分という絵を描き上げる時間である。
喜び、悲しみ、辛み……様々な経験はいずれ、その心に美しい1枚の絵を描くだろう。

どうも、おはこんばんちはです( ・ω・)ノシ
№ⅩⅩⅩをお読み下さり、ありがとうございます。

訳の分からない場所へ誘拐され、モニター越しではありますが黒衣と対面した聖。
そこで彼は、今まで自分が感じてきたものの異端さを指摘されました。
デバイスを道具ではなく人として扱う彼の心、覚醒と呼んでいた現象には意味があったという事実。
黒衣が『才能』と呼び、求めた『稀有な力』とは一体何なのか……。
そして遂に、此処から3人娘のヒロイン分岐点となります!(゚∀゚)
どのような順番から始まるかは、始まってからのお楽しみという事で……(最初から決まってますが
それぞれのストーリーのテーマは以下の通りです。
なのは編『笑顔』
フェイト編『存在』
はやて編『家族』
といった感じで、その後に……と続いていきます。

実はこの作品が連載し始めたのが2007年4月で、此処まで辿り着くのに2年を要したんですよね( -ω-)ナツカシイ
当時から読んで下さっていた人には本当、頭が下がる想いですm(_ _)m
そして短い時間ではありますが、このサイトで此処まで読んで下さった方々も、ありがとうございますm(_ _)m

そういえば簡単な描写でしたが、聖の魔力光の色は『灰色』です。
聖には派手な色とか絶対に使いたくなかったので、こういった地味な色になりました。
魔力光色別性格判断だと黒・グレー色は『思慮深く、理知的』らしいです。
聴いた時はほぅほぅ( ・ω・)と思ったものです。

今回はこれにて以上となります。
感想や意見、タグ関連やその他諸々は遠慮無くドシドシ書き込んで下さい。
皆さんからのお声が原動力なので、是非、是非、是非宜しくお願いします!!( ;Д;)
では、失礼します( ・ω・)ノシ













誓いの行方~リリカルなのはStrikerS~

 それは、俺、ハラオウン、高町、八神の4人で、空戦教導用として撮影された指導映像(リリカルなのは The MOVIE 1st)の最終チェックをしていた時の話。
 空戦指導だけでなく、魔法に出会った高町(9歳時)のストーリーも作り込み、観賞用としても充分な教材になっているのだが……。

「私がもうちょっとはよぅ魔法に目覚めとったら、ユーノ君のSOSも聴こえたんかなぁ?」
「あ、それはあったかもね。あの念話は魔法の才能があれば、誰でも聴けるものだったって言ってたし」

 そんな他愛無い八神の呟きに、高町は思い出したかのように答えた。
 現場も当時の八神家から割と近い場所であったらしく、その『もしかしたら』は結構在り得たかもしれない可能性だったらしい。
 なるほど、高町じゃなくて八神がスクライアと出会うのか……どうなるんだろうか?
 それを聴いた八神は当時に思いを馳せ、しかしすぐに沈んだ表情へ移り変わった。

「あかん。タイマンでフェイトちゃんに勝てる気がせぇへん。ストーリーが終わってまう」
「言えてる。この空戦、どう考えても9歳が繰り広げる規模じゃねーって」

 彼女の言葉に同意し、改めて映像へ目を向ける。
 蒼空を自由自在に飛び回り、互いに魔法を打ち合う戦闘シーンは、幾ら指導用教材とはいえ本人監修だ。
 限りなく当時に近いのだろうと思われる。

「それじゃ聖君はどうか――――」
「――――無理無理、死ぬぞ絶対。デッドエンド一直線」
「な、何言ってるの聖!? ちゃんと非殺傷設定の魔法だよ!?」

 いやいやハラオウンよ、既にそういった問題じゃねーんだっての。
 コイツの高速機動は当時から冴え渡っており、真正面からぶつかり合った場合の勝率は、今の俺でも中々厳しいのではなかろうか?
 喰らい付くなら可能だろうが、果たして勝利は……。

「そ、それならなのはだって、夜天の書に選ばれる可能性もあったよね!!」

 何やら自分に物騒なイメージを持たれたと感じたハラオウンの、突然の話題転換。
 だがそれが意外にも食い付きの良いものだったらしく、高町も八神もそれに乗っかりだした。

「そやなー。条件は似たようなもんやし、充分ありえるんとちゃうん?」
「夜天の主なのは……」
「それじゃきっと、ヴィータちゃんが私にすっごく懐いてくれるんだね!!」
「そこなのか、お前の注目点は……」

 何やら急にトキメキだした高町だが、ヴィータの存在がそこまで彼女の心を占めていたのか。
 まぁ普段の様子からしてそんなものだし、あまり気にする事でもないけど。
 ヴィータももう少し素直になればいいのにと思うが、それは本人達に任せておこう。

「それじゃ聖の場合はどうかな?」
「あー無理、あれは八神だから何とか出来たシチュエーションだって」
「それに聖君じゃ、シグナムやシャマルは刺激が強過ぎやからなー」
「な、何言ってやがるこのちびダヌキ!!」

 意味深な視線を此方に向ける八神の、あまりにあんまりな言葉に突っ込みをかました。
 何が刺激が強いだ、そもそも当時は9歳だろうが!!
 あぁいや、今だってそんな目で見てる訳じゃないからなコラ!!
 俺の威嚇にも似た口撃に、八神はあくまで「いやー、鬼に食われてまうー」とか気楽にふざけてやがる。
 このヤロウ、いつか絶対に泣かせるからな。
 つかな、根本に問題がある事を完全に忘れてやがるぞコイツ等……。

「そもそも、当時の俺の魔力じゃハラオウンと対等に戦う事も、夜天の書に選ばれる事もある訳ないだろうが!!」
『あ……』

 今更ながらその点に思い至り、漸く3人は納得の様子を見せた。
 自分達を基準に考えていたんだろうが、どう考えても俺がこのバカ魔力共と対等になれる訳が無いのだ。
 全く、これだから天才は困る。
 というか、さっきから雑談ばっかりしてるが……

「お前等、最終チェック中だって忘れてないか?」
『あ……』

 彼女達の反応に、俺は堪らず溜息を一つ。
 普段は真面目に仕事をこなすエースのクセして、こういう時は本当抜けてるんだよなぁ。
 何というか、コイツ等のこれからが非常に不安になってしまう今日この頃。

「あー、もう時の庭園の突入シーンだ!!」
「あかん、フェイトちゃんのあのシーンを見忘れてしもた!!」
「えっ、何言ってるのはやて!?」

 ……まぁ、いいか。






マジ長いわー( ゚Д゚)
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