少年の誓い~魔法少女リリカルなのはO's~   作:さっき~

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――初めての出会いは突然で、その姿は今でも憶えています。
――お弁当を奪った信也君を追って、屋上まで走ってきた時の事を。
――最初は凄く怖い印象があった。
――信也君に全く悪びれずに殴り掛かったり、普段から少し鋭い目付きは周囲を拒絶しているようだったから。
――でも実際に会って話してみれば、彼も普通の男の子なんだって分かった。

――ぶっきらぼうで優しくて、少しだけ意地悪。
――恭也お兄ちゃんとはまた違った、お兄ちゃんみたいな人だった。
――私が転びそうな時、体を支えてくれた大きくて優しい腕の温かさ。
――少し恥ずかしくて聖君には言えないけど、私はそれが嫌いじゃなかった。

「ったく……何してんだよ」

――恥ずかしそうにそっぽを向くその顔は、普段よりずっと優しくて……。
――フェイトちゃん達だけじゃない、新しい友達の為にこれからも頑張ろうって思えた。

――あの事件が起こったのは、そんな時。
――日頃の教導官の仕事で疲れが溜まっていた私は、自宅で体を休めていた。
――でも突然、レイジングハートが魔力を感知。
――私は疲れもあって、すぐに対応する事が出来なかった。
――フェイトちゃんやはやてちゃんに遅れて現場へ着くと、そこには……。
――いつもの4人と、血だらけになった聖君の姿。

――ふとその時、4年前の事を思い出した。
――初めて魔法に出会ってから少し経ったある日、慣れない疲れでいつもよりボンヤリしていて、ジュエルシードの存在を勘違いとして気にしなかった事。
――そしてそれが引き起こした悲劇、関係の無い人達を巻き込んでしまった事件。

――もしあの場所に、もう少し早く聖君の許に行けたなら、彼を助けられたのかな?
――でも過去の事に何を言っても、きっと意味は無い。

――だから私は、聖君を守ろうと決めた。
――大切な友達にこれ以上傷付いて欲しくない。
――頑張り過ぎちゃう聖君に、これ以上無理をして欲しくないから。
――いつまでも皆には笑っていて欲しいから。

「私がもっと、頑張らないと……」

――皆を守る、魔導師として。







なのは編(№ⅩⅩⅩより分岐)
N№Ⅰ「少女の決意」


 

 

 カツカツ、タッタッ、カツカツ、タッタッ……。

 リズムの異なる2つの音源、バラバラな不協和音のように、それでいて調和したような音色。

 俺と隣の少女の歩みが発する、たった2人で構成されたオーケストラ。

 管楽器、弦楽器、打楽器の1つとして存在しないそれは、しかし耳に心地良く響き、気持ちを穏やかに静めてくれる。

 進む道は白光の電飾に彩られた、一分の闇すら入り込む事は出来ない光の道。

 そこには隅から隅まで潔白さが映えており、汚れと言う概念を決して許容しない。

 

 何処までも続くその道を、俺と少女は歩いていく。

 自分達の目的地たるその場所――――時空管理局本局・医務室へと。

 

「慣れるってのも、何だかなぁ……」

 

 淀みない歩行は既に、その目的が何処に存在するのかを予め理解していた。

 存在しない筈の薬品の匂いが漂って、それに誘われているように錯覚する。

 しかしそれは完璧なる幻想、結局は慣れによるルートの記憶という酷く単純なものでしかない。

 この最近で無駄に多く通う事になった為、その呟きも当然の行為だったと言えよう。

 隣で栗色の髪を靡かせながら歩く少女――――高町なのはも苦笑するしかないようだ。

 

「体の方はもう大丈夫?」

「元々、魔力ダメージが殆んどだった訳だしな」

 

 言外に大丈夫だという意味を込めて、そう答える。

 とは言うものの、人体に損害が全く無いかと問われれば嘘になる。

 どれだけ非殺傷設定という技術が確立されていても、それは保険であり万能ではない。

 魔法が生み出す力は膨大で、それ等を完全に遮断する事は出来ないのだから。

 しかも受けた体も殆んど生身に近い状態だったのだから、こうして心配させてしまうのも当然だろう。

 その事に関してはコイツに対しても、ハラオウン達に対しても申し訳無いと思っている。

 

「お前等みたいに、バリアジャケットがあれば良いんだけどさ……」

「アポクリファには出来ないの?」

《Because I am not made to have only in necessary minimum performance originally.(私は元々、必要最低限の性能しか持たされておりませんから)》

「との事だ」

 

 バリアジャケット、魔導師が纏う身を守る防護服。

 フィールドタイプに分類される防御魔法で、高速機動による風圧や、激突や衝撃を軽減或いは無効化する事が出来る優れもの。

 アポクリファが言うには、彼女が使用する強化魔法である『バーストヴェール』の発展型がバリアジャケットらしい……正確には違う点もあるらしいが。

 以上、机の引き出しに眠っている『聖専用 魔法講座ノート』から引用した情報でしたと。

 

「結論を言えば、裸一貫が俺のやり方らしい」

 

 まぁ、当然といえば当然の帰結だな。

 魔法の才に乏しい俺に普通の魔導師のレベルを求めるのは、土台無理な話だという事だ。

 防御壁の一つも作れん未熟者には、この辺りが丁度良い立場なんだろう。

 隣を歩く高町に視線を動かしてみれば、少し俯きがちな難しい顔をしていた。

 何か考え事でもしてるのだろうと、容易に想像出来る姿だ。

 声を掛けることを憚れるその様相を、取り敢えず俺は黙って見守っている。

 医務室、あの人が待つ場所へ辿り着くまで……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、これでお終い。もう服を着ていいわよ」

 

 目の前の女性の言葉に、俺はいそいそと外気に晒されている上半身に衣服を纏う。

 空調から送られてくる風が今の自分には肌寒かったが、これで漸くそれから解放された。

 ……幾らなんでも、空調効き過ぎじゃないか?

 快適な状況を作る為とは言え、下手すれば風邪引くと思うんだけどなぁ。

 

「ありがとうございます」

 

 半ば棒読みのような感謝の意、生意気なニュアンスが吐いて出る。

 やはりと言うか、自分の体を他人に見せるという行為は好きになれない。

 その理由の大部分は、気付いたら存在していた鳩尾にある痣の所為だろう。

 腐る程見てきたソレ、自分自身は受け入れてはいるが、こんなものは誰が見たって気味悪いものでしかない。

 正直な感想を述べれば、単純に嫌いだ。

 先程まで微塵も感じなかった嫌悪感が、内側から沸々と蘇って来る。

 

「どうかしたの?」

「あっ、いえ……何でも無いです」

 

 っと、手が止まってた。

 心根に渦巻く感情を誤魔化すように、手早く衣を正す。

 

「それにしても、もう聖君も常連さんね」

 

 半袖のジャケットに腕を通し終えた俺に、悪戯っぽく話し出す女性、此処の主たるシャマルさんが発するソプラノトーン。

 その言葉は俺個人としては否定したい事柄ではあるが、事実このような状況に陥っている以上、同意の意味を込めて苦笑するしかない。

 

「どうやら俺は、遠ざけたいと思うものに好かれる体質らしいです」

 

 だがせめて、余計な手間とか怪我とか諸々の問題は勘弁して欲しい。

 それで迷惑を被るのは、俺だけでは済まされないんだから。

 目の前で笑みを浮かべる女性、俺を此処に連れて来てくれた少女、そして……最後まで俺の身を案じていた父。

 

 

 

 今から数日前、あの薄暗い廃墟染みた世界から、彼女……高町なのはの手によって俺は救われた。

 そのまま俺はアースラに運ばれ、時間も遅かった事もあり、そこで一夜を越す事となったのだ。

 一夜をグッスリ睡眠に使った事で、それなりに回復した為、ひなた園へ帰る許可を貰えたのは幸いだった。

 まぁ、その所為でまたまた再検査の任を与えられた訳だが……。

 そして一日経ったひなた園には、いつもと変わらない光景が広がっていた。

 弟妹達は外で元気に遊び回ったり、家で静かにしていたり、シスターはそんな子達を見守りながら家事をして。

 ――――そして師父は、礼拝堂で静かに佇んでいた。

 何事も無かったかのように、いつも通りの姿でそこに居た。

 昨日の事は敢えて訊こうとせず、一言。

 

「お帰り」

 

 あの時と同じ、俺の帰りを優しく迎えてくれた。

 黒衣の言う通り、師父に後遺症らしい様子は何一つ見られない。

 我慢してる様子も見られないから、本当に何とも無いのだろう。

 いつもの師父でいてくれた事、それが俺にとって何よりも嬉しかった事だった。

 

 

 

「でも、本当に気を付けないと駄目よ」

「あぁいった相手が居る事が分かりました。だから次は、それなりの対処をしておきます」

 

 だが、怪我を負っただけの意味は確かにあった。

 自分に敵対する明確な相手が存在した事、それを知れただけでも充分に意味がある。

 次いつ相対するか分からないが、それまでに出来る限りの事をする。

 これが俺に出来る、唯一の抵抗だ。

 その言葉にシャマルさんの心配するような見上げる視線が突き刺さってくるが、俺の意志を揺るがすには弱い。

 申し訳無く思いながらも、その双眸に抗うように強い意志で見返す。

 

「……」

 

 きっと俺の行動は、多くの人達に迷惑を掛けるものかもしれない。

 それでも退けないし、退く訳にはいかない。

 アイツは俺という個人を狙っているのだから、いずれにしろ俺自身の行動に全てが掛かってる筈だ。

 逃げる事は許されない、自分の意志で奴の手を払ったのだから。

 今更引っ込んで静観してるなんて、そんなのは何を以ってしても嫌だ。

 だから俺は――

 

「聖君、終わった?」

 

 ――逃げる訳にはいかないから、もう少し自重してくれ。

 静寂、言葉にならない想いの交差が繰り広げられていたこの部屋。

 知らずに緊張感漂うその空間で、雰囲気やその他諸々全てをぶち壊してくれやがった少女が現れた。

 サイドテールが良く似合う、高町なのは。

 スライドした扉からヒョコっと顔を覗かせながら、可愛らしい顔を此方に向けている。

 取り敢えず言える事は――――空気読んでくれ。

 

「え、えぇっと……どうしたのかなぁ…………」

 

 どうやら俺達が発する雰囲気から、この部屋に漂う空気に当てられたようだ。

 誰もが笑い返したくなるような笑顔が、見る見るうちに気まずいソレに変化していく。

 にゃはは、と冷や汗垂らしそうな表情は、元気溢れる彼女としては予想外極まる状況だろう。

 そして、そんな彼女を見詰める俺とシャマルさん。

 …………何だ、この光景。

 刹那、空気がピシッと凍った気がしたのは、決して俺だけじゃないだろう。

 

「あ、あぁそうだわ!! 丁度良いから、なのはちゃんも健診を受けていったら?」

「へっ……あ、あぁそう言えばそうですね!!」

 

 突然、無理に引き出したような声で、止まっていた空気が再び動き出した。

 ハハハ、と乾いたような笑いを引き攣った顔で漏らしているその姿は、何とか場を取り繕おうとする感じがひしひしと伝わってくる。

 正直な感想を言えば非常に滑稽である、呆然と立ち尽くして何もしない俺よりはマシだが。

 高町はそのまま、そそくさと医務室に入ってくる。

 しかしその彼女を視界に収めながらも、俺は先程のシャマルさんの言葉が引っ掛かっていた。

 

「高町、何処か悪いのか?」

 

 健診、あの人はそう言った。

 普段から怪我や病気の類とは全く無縁そうな少女、悪い所なんて運動神経位なものだろう。

 その高町が、健診を受けるとはどういう意味だ?

 確かに健診は不健康な人達だけじゃなく、社会に出る人なら誰もが義務で定期的に受けるもの。

 だが聞き逃していない、あの女医さんは『健診』とだけ言った。

 つまり高町は、義務とは無関係の中で健診を受けると言う事になる。

 それが俺には分からない。

 

「あっ、それは、ね……」

 

 そして、急に視線が泳ぐ少女の心の意図も、俺には理解が及ばない。

 先程とは違う、どこか異質な気まずさを孕んだ言葉のように感じられた。

 口に出すのが憚れるような、他人には言い辛い事なのだろうか?

 事情を知らない俺には、そこを量る事は出来ない。

 

「なのはちゃんはね、お仕事ばかり頑張っちゃって健康診断に来てくれないのよ。だから今日は、その代わりなの」

「そ、そうなんだよ。いつも忘れないようにって思ってるんだけど、どうしても行けなくて……」

 

 俺と高町の間を割り込むように、シャマルさんが声を上げた。

 視界の隅で幾つもの空間モニター――恐らくカルテのデータ――を広げる彼女は、淀み無く、困ったような顔をしながら述べていく。

 その言葉に高町が、気まずそうに「にゃはは」と乾いた笑いを漏らして頭を掻いている。

 自分の失態を知られた事による恥ずかしさが、そこに全面に押し出されていた。

 

 なるほど、つまりは高町のサボリのツケが回ってきたという事か。

 何ともらしいと言うか、勤労に従事するあまり自身の健康を疎かにするとはな。

 一生懸命なのは良いんだが、それでもしもの事があったら元も子もないだろうが。

 本当、コイツ等は同い年の癖に無茶し過ぎじゃないのか?

 

「と、言う訳で聖君」

「はい?」

 

 思考を中断すると、ニッコリと、たおやかに、白衣の天使が此方を見遣っていた。

 穏やかに、微風に揺れる湖面のようなその笑顔。

 誰もが心を掴まれ、鼓動が早鐘を打たざるを得ない美女の姿。

 しかしそんな事よりも、その表情から滲み出る『何かを言いたげ』なニュアンスは何だろうか?

 

「今から、なのはちゃんの健診をするんだけど……」

「は、はい」

 

 語り掛けられる言葉は至って平静そのもの。

 だが何故か、自分の中の警鐘が16ビート+裏拍レベルの超高速で打ち鳴らしている。

 まるで大喝采の如く、暴走寸前のそれは精神だけでなく、肉体にも冷や汗を流すという変化をもたらした。

 

「つまりなのはちゃんは、さっきの貴方みたいに服を脱ぐって事なのよ」

「――――あっ」

「それとも聖君は、なのはちゃんのあられもない姿を見たいのかしら?」

「えっ……えぇぇぇぇっ!?」

 

 そしてその爆弾は無情にも、美人女医の手によって投下された。

 彼女の言いたかった事の意味を、今更ながら悟り、静かに脳内がパニックを起こす俺。

 シャマルさんの言葉に顔を真っ赤にして、呂律の回らない状態で慌てている高町。

 原因の主はと言えば、その惨状を「あらあら」と楽しげに見ているだけ。

 いつもの俺なら鋭くツッコんでる所だが、脳内で暴走する思考回路がそれを許さない。

 静まれ静まれと呪詛のような念を込めながら、脳内にこびり付くイメージを払拭する。

 

 考えるな考えるな、高町の裸姿なんて考えるな!!

 いや確かにアイツは可愛いし、スタイルだって良いだろうけど、それとこれとは話は別だ。

 友達を変な目で見るな、最低だぞ俺!!

 

「しっ、失礼しましたぁぁぁぁぁ!!」

 

 思考を埋め尽くす煩悩を振り払うように、俺はその身を翻し医務室を去っていく。

 高町に負けず劣らずの真っ赤な顔を見られるのが嫌だという考えと、これ以上アイツの傍に居たら脳がパンクしかねないという尋常ならざる問題。

 沸騰を軽く凌駕した脳を冷ます為にも、この部屋に居る事はどう考えても得策ではなかった。

 

 形振り構わず飛び出した俺は、そのまま近くの休憩スペースまで全力疾走を敢行。

 近くの椅子に腰を下ろすや否や、テーブルにうつ伏せながら必死に素数を数え始めた。

 周囲から見たらきっと、不気味な呪詛を唱えている変人にしか見えなかった事だろう。

 しかし今の俺には、他人から変人と思われるより、高町に変人と思われる事の方が我慢ならない。

 ずっとそうして、高町の健診が終わる時を待っていた。

 

 

 ――――結果、混乱した頭で5桁余裕でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~Interlude side:Nanoha~

 

 

「はい、これでなのはちゃんもお終いね」

「ありがとうございます」

 

 目の前の机に向かってデータ文書に記載していくシャマルさん。

 少しだけ視線を向けて見たけど、その内容は専門用語ばかりで私には全く分からない。

 とは言っても、必要な事はいつも口頭で教えてくれるから問題は無いんだけれど。

 やっぱりこういった無言の時間は、緊張でドキドキしてしまう。

 

「今回も体に異常は見られなかったから、安心していいわ」

「……良かった」

 

 その診断結果に、張り詰めていた胸を撫で下ろす。

 あれから1年半経ったといっても、リハビリには半年を掛けて、完全復帰には更に数ヶ月も掛けてしまった。

 事実上、半年しか経っていない事になるから、私自身心配でもあった。

 今年の春に目標だった教導隊に入ってからのお仕事では、特に問題も無く過ごして来たけど……。

 いつ変調を来すか分からない以上、楽観視出来る状態でもなかった。

 それにこれからは、教導隊のお仕事を一時的に休んで、新しい任務に就かなくちゃいけない。

 

 そう、聖君の護衛任務。

 最初の襲撃事件、そしてこの前の誘拐事件。

 その2つに聖君が関わっていて、更に誘拐ではその対象とまでなっていた。

 事件に関わったアースラの艦長であるクロノ君は、今後の彼の身の安否を考えて……。

 そして私自身の請願もあって、高町なのはが瑞代聖君の護衛をする事に至った。

 もう2度と、彼に傷付いて欲しくないから。

 

「なのはちゃん。今回の護衛任務だけど、あまり気を張り過ぎちゃ駄目よ」

「分かってます。でもフェイトちゃんやはやてちゃんが忙しいから、私が頑張らなくちゃいけないんです」

「それはそうだけど……」

 

 フェイトちゃんは執務官としてある事件を追って、はやてちゃんは特別捜査官として聖君が関わった事件に携わっている。

 だから私も、2人に負けないように頑張らなくちゃいけない。

 あんな傷だらけになった聖君は、もう絶対に見たくない。

 

「でも、いくらなのはちゃんが居ても、1人だけじゃ大変よ」

 

 しかし、目の前の人は渋るような顔で私を諌めようとする。

 言いたい事も分かるし、私の身を心配してくれる心遣いは凄く嬉しい。

 それでも私はやると決めた。

 困っている人が居て、自分にはそれを何とか出来る力があるのなら、迷っちゃいけない。

 4年前の魔法との出会いから、ずっと心に決めていた。

 だから私は、聖君を守る。

 

「せめて私達が動ければ良かったんだけど、シグナムもヴィータちゃんも本人達の部署で手一杯だし……」

「大丈夫ですから、シャマルさんもそんなに心配しないで下さい」

 

 確固たる決意は持っている、だから絶対に揺るがない。

 その想いを込めて、目の前の女性に宣言した。

 確かにヴォルケンリッターの皆が居てくれたら心強いけど、それで本来の仕事を疎かにしたら本末転倒。

 聖君の健診を受け持ってくれているだけでも充分助かっているんだから、これ以上の無理は言わない。

 

「でもね……」

 

 それでもやっぱり、シャマルさんは納得してくれない。

 何年もの付き合いで凄く心配性なのは分かるけど、これはちょっと行き過ぎてる気がするなぁ……。

 私って、そんなに頼りないのかな?

 一応戦技教導官として働いてるし、現場復帰してから魔導師ランクもSになったんだけど。

 未だ顎に手を当てて考え込む女医さんは、数秒間の沈黙を保って、急に顔を上げた。

 その表情は非常に晴れやかで、素晴らしい名案が浮かんだと物語っている。

 一体、どんな案が浮かんだんだろう?

 

「なのはちゃん、聖君を教導してあげられないかしら?」

「……へっ」

 

 だけどその名案は、私にとって予想外にも程がある突飛なものだった。

 

「いくらなのはちゃんだって、1人じゃ色々と大変だもの。だけど聖君に最低限、身を守る魔法を教えてあげられれば、その負担も軽くなると思うの」

 

 私の思考が置いていかれている間にも、シャマルさんの説明は続く。

 護衛で常に一緒に居るとは言え、その間は何もせずにいるのは如何なものか。

 そこで私が、その時間だけでも聖君に魔法を教えてあげられれば、護衛の時間がとても有意義なものになる。

 そして最悪の事態、もしも聖君が孤立してしまった時、最低限でも身を守る術を持っていれば切り抜けられるかもしれない。

 それが無理でも時間さえ稼げれば、私がその間に探し出して保護する事も出来る。

 確かにそれは、非常に良い提案かもしれない。

 

「それに貴方達は家族じゃないから、いつも一緒には居れないでしょ? 最悪の事態に遭遇する可能性は、それだけで充分高くなると思うの」

「……そうかも、しれません」

 

 聴けば聴くだけ、メリットばかりが出て来るこの提案。

 否定する材料すら見付からない、完璧にも近い考えだった。

 

「それになのはちゃんも、聖君が魔法を使えるって知った時から、少しは考えていたんじゃないの?」

 

 その指摘に、心臓が一瞬ドキンと跳ねた。

 まるで心を見透かされているような錯覚、自分でもハッキリと考えていなかったソレを、目の前の女性に簡単に言い当てられてしまったから。

 

 あの日、クロノ君から知らされた聖君の持つ魔法資質。

 決して高い訳じゃないけど、それでも確かに彼は持っていた。

 その時から漠然としていたけど、私は聖君に教導したいと思っていたのかもしれない。

 いつだって一生懸命で、誰にも譲らない強い意志。

 魔導師としてじゃなくて人としての強さを持っている聖君が、一体どんな魔導師になるのか。

 少しだけ、興味があったのかもしれない。

 それに聖君が強くなれば、彼が傷付く事もきっと減る。

 だったらもう、否定するものは何一つ存在しないこの提案。

 

「教導官としてはまだまだ新米だけど、やれるだけやってみます」

 

 ――――全力全開で、頑張ってみよう。

 

 

~Interlude out~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「99929、99961、99971……」

 

 瞳を閉じて、只管に脳内から生み出される数字を口ずさみ続ける。

 その鬼気迫る様相は、きっと周囲の人間から変な視線を買っている事だろう。

 しかしそれでも、俺はこの無駄な行動を続けなければいけない。

 友人たる彼女の為にも、そして俺の自尊心の為にも……。

 

《Do even if you do not think seriously there in safe(そこまで深刻に考えなくて大丈夫では)?》

(静かにしてくれ、今集中してるんだ)

《Really, it is a pain in the ankle.(本当に、困った子ですね)》

「99989、99991……」

 

 素数を数える事に専心を向けろ。

 意識を逸らすな、内なる声に耳を貸してはならない。

 俺は俺自身の為にも、この戦いに勝たなければ――

 

「聖君?」

「ふぇ!?」

 

 ――ならないんですゴメンナサイ。

 外界からの突然の呼び掛け。

 その不意打ちに鼓動と体が跳ね上がり、爆音に驚いた猫のような反応をしてしまった。

 ハッと周囲を見回せば、そこには綺麗な双眸が俺の顔を覗き込んでいる。

 

「どうかしたの? 具合でも悪い?」

 

 そこには先程の一騒動を微塵も感じさせない、いつも通りの彼女が居た。

 此方はその為に素数を6桁近くまで数えていたというのに、コイツときたら……。

 だがその憤りも、俺の事を本当に心配する瞳の前には霧散してしまう。

 

「いや大丈夫。暇だから寝てただけだ」

「そっか、それなら良かった」

 

 その安堵した声に、自然と胸を撫で下ろした。

 さっきまで混乱を必死に治めようとしていた自分が馬鹿らしくなる位に目の前の少女、高町は心底から俺を心配していたのだ。

 酷くクダラナイ事にばかり思考を向けていた俺に、優しい顔を見せてくれる。

 彼女の様子に、何だかなぁと自分自身も曖昧なものに変わっていく。

 それだけで不思議と、あの時の事は気にならなくなってしまう――――まさしく高町マジックだ。

 その訳の分からない思考もすぐに潰えて、代わりかどうか分からないが、騒動の中にあった疑問が吐いて出る。

 

「体の方は大丈夫だったのか?」

「うん。何たって体が資本のお仕事だから、健康には気を使ってるんだよ」

 

 可愛らしく腕を持ち上げる彼女は、元気満々といった様子で笑顔を見せる。

 ハキハキとしたその様子は、確かに誰が見ても健康そのものだろう。

 いつもの姿を見れば分かるが、病気や怪我の類とは無縁そうだしな、コイツは……。

 ハツラツとした少女の向ける眩しい笑顔は、確かに彼女の言葉を本物としていた。

 

「それじゃ、この後はどうしようか?」

「この後かぁ」

 

 その問いに、少々考え込む。

 今日の予定は検査のみだから、この後の時間は完全にフリーだ。

 しかし特別行くような場所は無いし、それに管理局の中を堂々と闊歩するような馬鹿じゃない。

 一応此処は様々な次元世界を統括する組織、直接関係の無い暇人が自由行動出来るような場所でもない。

 本当ならスクライアの所にでも行って面白そうな本を探してみようかとも思ったけど、邪魔だろうから却下しておこう。

 

「帰るか」

 

 結局、此処を去る事が最善の策だった。

 自分の体温がうつる程座り続けていた椅子から腰を上げて、同意した高町と帰路に着く。

 行きの道を折り返す道程、何ら変わりなく無機質に照らされた通路。

 偶に通り過ぎる局員の人達に簡単な挨拶を交わしながら、変化の無い道を歩く。

 だが先程と違う事があるとすれば、それは多分……隣の少女だろう。

 

「ねぇ、聖君」

 

 微細ながら急にそわそわし始めた彼女は、何かを抑えるように声を発した。

 どうかしたのかと隣を振り向けば、真っ直ぐに此方を見返す真摯な瞳が視界に映った。

 醸し出す雰囲気は彼女の役職である教導官のそれと同じ、張り詰めた空気に変わりだして……。

 思わず俺は、一瞬だが完全に呑まれてしまった。

 

「私が君の護衛任務に就いたのは、教えたよね?」

「あ、あぁ。確か教導官の仕事を一旦休んで、事件が落ち着くまで俺の身柄を保護するってやつだよな」

 

 それはアースラの医務室で目を覚ました俺に、ずっと傍に居てくれた高町が告げた言葉。

 どうやら俺は、本格的に敵の対象として認定されたらしい。

 つまりこのまま放っておけば、いずれまたこの身を狙う時がやってくる。

 管理局としてもそれなりの対応をしたいらしいのだが、人手不足や、事件の規模が分からない現状では人員確保は難しいとの事。

 そこで出された折衷案、というか高町の独断が『俺の護衛をする』というものだ。

 

 最初は勿論、断った。

 彼女には教導官という立派な役職があり、今までその為に努力をして来たのだ。

 その彼女の道を塞ぐなんて行為は、俺には到底許される事ではない。

 だがその案を聴いたクロノさんは、名案とばかりに許可してしまった。

 高町の能力や管理局の現状に対する反応を鑑みれば、それが最善だというのは目に見えていたのだから。

 勝手にそんな判断を下していいのだろうかという疑問は、現場判断という事で切り捨てられた。

 教導官の仕事はどうするのかも、クロノさんが部署の方に打診すると言って以来、結果は知らされていない。

 

 まぁ、この状態を見れば一目瞭然なんだけどさ……。

 と言うのが、高町なのはが俺こと瑞代聖の護衛任務に就いた経緯である。

 

「お前が教導官の仕事を頑張っているのは、実際にこの目で見たから分かる。だから、俺の事情に巻き込んだ事は、やっぱり申し訳無いって思う」

 

 本当ならコイツはこれからも教導官として実績を積んで、輝かしい未来へ向かう筈だった。

 なのに俺という存在が、その負担になってしまっている。

 誰にも迷惑を掛けないで生きるのが不可能って事は知っているけど、それでも不必要な迷惑は掛けちゃいけないと思う。

 

「そんな事無いよ。悪いのは聖君じゃなくて、事件を引き起こした人なんだから」

「でもお前1人に全部任せて、俺は守られるだけなんて嫌なんだ」

 

 それでも高町は、全く苦に思わない。

 彼女の人としての強さと、魔導師としての強さから来るその強い意志。

 常人では真似出来ない不屈の精神。

 だからと言って高町1人に全てを任せるなんて事は、俺には出来なかった。

 コイツがどれだけ強くても、結局はたった1人の女の子。

 相手の正体も規模も分からない、そんな状況での孤軍奮闘は危険極まりない。

 高町の力になれる誰かが必要なんだ。

 

 そんな身勝手な想いを込めた俺の意志、決して受け入れられるものじゃないだろう。

 だが相対する彼女は、その時フッと微笑んだ。

 まるでその言葉を待っていたかのように極自然に、柔らかな笑みを零していた。

 

「――――それじゃ、一緒に戦ってくれる?」

 

 言葉を耳が理解するのに、数秒の時を要した。

 発された意味を理解するその間に、張本人たる高町は右手を差し出す。

 

「1人じゃ難しいって言うのは私も分かってる。でも聖君にこれ以上傷付いて欲しくない。考えたら、これしか思い付かなかったんだ」

 

 何も無い空間に出された手は、待っていた。

 自分の答え、相反する2つの狭間から生まれたその解答に対する、俺の返事を……。

 

「聖君を強くする。たとえ相手に勝てなくても、自分の身を守れる位の力さえあれば、私も守り易くなる筈だから」

 

 出来るだろうか?

 彼女が言う、自分の身を守る力に到達する事が……。

 盾の一つも満足に作れない自分が、その場所まで、自分の足で歩いていけるだろうか?

 いや、きっと無理だろう。

 

「だから、私と一緒に戦ってくれる?」

 

 でも今は違う、今の俺は1人じゃない。

 目の前で手を差し出してくれる少女、俺を守ると言った少女、高町なのはが居る。

 大切な友達が一緒に戦ってくれる。

 もしかしたら、自分1人では歩き出せなかった道を進めるかもしれない。

 コイツと一緒なら歩けるかもしれない。

 確証なんて何処にも無い、唯の願望であるそれを心に秘めて――

 

「あぁ、宜しく頼む」

 

 ――彼女の手を、握り返した。

 この選択が、一体どんな未来に進むのか分からない。

 だとしてもこんな心強い味方が居てくれるなら、きっと大丈夫だ。

 コイツは見えない暗闇なんて吹き飛ばす、最高の砲撃魔導師なんだから。

 

 繋がった手を通して伝わる彼女の温かさ、心まで繋がるその感覚。

 誰も通らないその場所で俺達は、互いの顔が赤くなるまで手を握り合っていた。

 

 

 

 

 




どうも、おはこんばんちはです( ・ω・)ノシ
なのは編№Ⅰをお読み下さり、ありがとうございます。

聖を翻弄する運命からの分岐、まずはタイトルにもなっているヒロイン『高町なのは』のストーリーから始まります。
不屈の精神を胸に秘める全力全開の魔法少女は、聖とどのような物語を紡いでいくのか。
お楽しみにして下さると、嬉しいなぁ……(´・ω・)

それにしても、聖も随分と医務室通いが板に付いてきましたね。
回想とアリサ編、すずか編で3回の入院、運命翻弄編からアースラの医務室に2回収容、本局に再検査を2回といった内訳ですし。
翻弄編に関しては、そのお蔭でシャマルの出番が増えてるんですけどね!(`・ω・´)
そして聖を教導する事になったなのは、この辺りはなのは編という事で大体の人は予想出来たかと思います。
恐らく『教導=聖が尻に敷かれる』とか『教導=聖がぶっ飛ばされる』とか、多分思われてるんだろうな~とか(実際に以前掲載時の感想はそればかりでしたので
その中で聖は、どのような誓いを胸に刻むのか……。
読者の方々には、その行く末を見守って頂きたく思います。

今回はこれにて以上となります。
感想や意見、タグ関連やその他諸々は遠慮無くドシドシ書き込んで下さい。
皆さんからのお声が原動力なので、是非、是非、是非宜しくお願いします!!( ;Д;)
では、失礼します( ・ω・)ノシ











逆行する誓い~リリカルなのは The GOD~


「えと、私とトーマとはちょっと切っても切れない繋がりがあって……。それで、いつも一緒に居る間柄で……」
「リリィ、その言い方は誤解を招くかもしれない。大事な友達で、コンビのパートナー。これでオーケー」
「イエス、オーライ。そんな感じ」

 ヒソヒソと何やら困惑していた様子の2人だが、一応此方の納得出来る説明を返してくれた。
 そして言っておくが、先程の言葉は『誤解を招くかもしれない』ではなく『誤解しか招いてない』発言だぞ。
 まぁ、その辺りは当人たちの事情だし深くは踏み込むつもりはない。
 紅と翠のオッドアイをした少女も、きちんと言葉にして理解を示しているし。

「まぁまず纏めると、此処は新暦66年の海鳴。それでそっちの、ヴィヴィオ達が79年。君等……トーマ達が82年。そして俺が71年から来たって訳だな」

 それぞれが同一時間軸にある、別々の時間の中からこの場所に飛ばされてきた。
 滅茶苦茶ぶっ飛んだ内容ではあるが、目の前の現状がそうなんだから仕方ない。
 此処に居る俺以外の4人が、俺と面識を持っているという事実がそれを示していた。
 なのだが……

「何、聖パパ?」

 視線の先に居る金髪に紅と翠のオッドアイという非常に珍しい容姿の少女、ヴィヴィオの発言には非常に突っ込みたい部分がある。
 何よりもまず、その呼び方だが……。

「あぁえっと、ヴィヴィオ。その『聖パパ』っていうのは、一体どういう意味だ?」
「どういう意味って……聖パパは聖パパだよ」
「…………マジ?」
「マジですよ。俺達が出会った時も、聖さんはヴィヴィオのお父さんでしたから」

 背中から冷や汗を掻きそうな内心で別組の2人に目を向けると、そちらからも当然の如く答えが返ってきた。
 え、マジでそんな事になってんの、未来の俺……。
 いやしかし目の前の女の子は、見た目の年齢的に考えてもちょっと齟齬を来すぞ。

「ヴィヴィオよ、今は何歳だ?」
「10歳です!!」
「……マジ?」
「マジです!!」

 元気良く、ハキハキとした少女の受け答えはとても宜しい。
 出来れば今すぐ花丸をあげたい所だが、彼女の答えによって俺の脳内は別方面へフル稼働を余儀なくされている。

 いやだって10歳だろ、それで新暦79年だろ?
 つまり生まれたのは新暦69年、つまり俺の時間では2年前の話だ。
 それは俺が初めて魔法に出会った時で、ハラオウン達と初めて出会った時でもある。
 んで目の前の子はその時に生まれて、しかも俺の事をパパと呼んでいる……
 それはつまり、つまり…………


「俺はいつの間にか子持ちになっていたのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 気付けば奇声染みた絶叫を、頭を抱えながら吐き出していた。



 ――――いや、マジでどうなってんだよ未来の俺……。








(´・∀・)シランガナー

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