少年の誓い~魔法少女リリカルなのはO's~   作:さっき~

41 / 56



――月光に晒された彼の姿を、今でも鮮明に覚えています。
――ある次元世界に建てられていた研究所、今はもう廃墟と化したその場所。
――エイミィさんが教えてくれた、ひなた園で発生した転移魔法の転移先。
――そこは何年も人が出入りしなくなったような、今にも崩れ落ちてしまいそうな砂上の楼閣だった。

――データでは、水面下で違法研究を行っていた場所。
――地下に広がる牢屋の連なり、その一番奥に彼は居た。
――地面にうずくまりながら、震える腕を必死に動かして……。
――もう半分も開いていない瞳は、それでも前を向いていた。

「聖君!!」

――その姿がとても儚げで、今にも消えてしまいそうで……。
――気付けば声を張り上げて、思いっ切り彼の名前を呼んでいた。
――そのまま全力疾走で駆け寄り、気を失ってしまった彼の体を抱き締める。

――こんなにもボロボロになって、一体どんな辛い目に遭ったんだろう?
――たった1人でこんな場所に攫われて、酷くやつれたような顔で眠る姿はとても痛々しかった。
――頬に残る雫の痕が意味するものは、私には分からない。

「ゴメンね、ゴメンね……」

――守るって決めたのに、気付けばこの前と同じで手遅れになってから。
――教導隊のお仕事が忙しいとか、そんな事は関係無い。
――私はまた友達を守れなかった。
――それが、悔しくて堪らなかった。







N№Ⅱ「教導開始」

 

 

 

 山吹色の太陽が、燦々と輝いていた。

 そよと吹く風が木の葉を揺らし、小鳥の囀りと共に耳に運ばれる。

 周囲に音は無く、日が昇ったと言うのに此処は静寂から抜け出せずにいた。

 

 只今の時刻――――AM5:00。

 肺一杯に清涼な空気を吸い込んで、俺はたった1人で道を往く。

 腕を振り、脚を上げ、一定のリズムで呼吸、緩急を付けて疾走する。

 毎日の習慣である早朝ランニング、それを実行中だ。

 

《It's a good thing.(良い事です)》

 

 海鳴の空気はとても澄んでいる、それが早朝ともなれば尚更だ。

 そんな中を颯爽と駆ける爽快感は他では滅多に味わえない。

 彼女の声も幾分弾んでいるようで、それを聴いた俺も気持ちが一層軽くなる。

 やっぱり、地を足で踏み込む感触は心地良い。

 

《Do you like to run(走るのが好きなのですか)?》

(あぁ、風を感じるってのは気持ち良いもんさ)

 

 一歩進む度に感じる空気の流れ。

 目に見えないそれは、自然が生み出した奇跡の一つ。

 それを全身で感じる事が出来るのが、俺にはとても素晴らしく思えた。

 

(だから……)

 

 それをもっと感じたくて、全身に力を込める。

 腕の振りと脚のサイクルを速めて、しかし呼吸は一定を保ったまま、スピードを一気に跳ね上げた。

 

(スピード上げるぞ!!)

 

 空気抵抗が全身を襲う。

 だけどそれすらも、今の俺には清々しいものに変わる。

 

《What time is promised time(約束の時間は何時ですか)?》

(5時半、20分前にはアッチに着く予定だ)

《It seems to arrive five minutes earlier at this speed.(このスピードでは、更に5分早く着きそうですがね)》

(その時はその時だよ)

 

 何気無い遣り取りを交わしながら、速度を緩める事の無い体は住宅街を駆ける。

 商店街を抜け、その先の緑の深く茂る道、風景が目まぐるしく変わっていく。

 終着点は登山道、以前俺が魔法を使った場所だ。

 そこに来るであろう、いや既に居るであろう彼女の許へと向かっている。

 いつものマラソンコースを逸れてまで、そこへ向かう理由は只一つ。

 

 

『それじゃ、一緒に戦ってくれる?』

 

 

 彼女が言った、あの時の言葉を実現させる為だ。

 今日から行われる『なのは教導官(せんせい)の個人レッスン(命名:高町なのは)』。

 自分を守れるだけの力を身に付けて、護衛任務に就いている高町の負担を軽くする。

 そして俺自身が彼女の力になる、それがこの教導の目的。

 

 しかし正直な所、不安の方が圧倒的に大きい。

 高町が素晴らしい才能の持ち主で、戦技教導隊という部署に所属している事は理解している。

 今年からの入隊にせよ、エリート集団と呼ばれているその部隊で肩を並べている事実は充分に凄い事だ。

 

 だがそれは高町自身の能力であって、俺ではない。

 非才の身である俺が、彼女の教えを受けただけで魔法を使いこなせるだろうか?

 防御魔法すら使えないのに、そんな芸当が可能なのだろうか?

 どれだけ教師が優れていても生徒が落ち零れでは、きっとまともな成果は挙げられない。

 実際に自分の落ち零れ具合は実践の中で目の当たりにしている為、内側で不安は確実に増大していった。

 依然として疾走のスピードは落ちず、緑色が深まる光景が視界を通り過ぎていく。

 しかし、心だけは垂直落下を敢行していた。

 

《Will there be no method even if getting depressed before it starts(始まる前から落ち込んでも、仕方が無いでしょう)?》

(それはそうだけどな……)

《The action methods of what loans might be obtained possibly.(もしかしたら、何かしらの対処法を得られるかもしれません)》

 

 彼女は、アポクリファはどこまでもポジティブだ。

 自分が解明出来なかった原因不明の魔法の失敗、悔しい想いを抱えても尚、彼女は前へ進もうとしている。

 自分の失態を恥じて落ち込んでる俺とはえらい違いだ。

 ……だけどまぁ、確かに彼女の言う事も最もだと思う。

 戦技教導官、つまりは自分の持つ技術を人に教えるという立場の人間。

 所持する知識は計り知れないものだろうし、その中に俺の抱えるような問題に対処する方法もあるかもしれない。

 そう考えれば、決して悲観する事ばかりじゃない気がしてきた。

 

(そうだな。諦めるのは悪足掻きを終えた後でいい)

《At last, It seems to be you and it has become it.(漸く、貴方らしくなってきましたね)》

(悪い、無駄な心配させたな)

《It doesn't care.(構いませんよ)》

 

 不甲斐無い主の失態すら、コイツは何でもないように受け止めてくれる。

 本当に、よく出来た相棒だ。

 月光に照らされた廃墟で俺を救ってくれたデバイスは、いつだって俺の味方で居てくれている。

 主による強制ではなく、彼女自身の意志によるその心は、俺なんかよりずっと強かった。

 

 悔しい、けどそれ以上に嬉しい。

 傍で見守ってくれるのがコイツで良かったと、本当に思えた。

 気分の高揚は全身に伝わり、より一層の働きを与えてスピードを上げていく。

 

《In addition, do you arrive two minutes earlier(更に2分早く着きますよ)?》

(その時はその時だ!!)

 

 新鮮な空気で呼吸を繰り返しながら、傾斜の緩やかな坂を駆け上がる。

 躍動する体は羽のように軽く、清々しい気持ちが表れていた。

 アポクリファの報告のような唯の呟きに答えながら……。

 俺を待っているであろう少女の許へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅かったみたいだな」

「ううん、約束してた時間よりずっと早いよ」

 

 それが、ベンチに座っていた少女の第一声だった。

 栗色の髪を左頭部に纏めたサイドテールを揺らしながら、俺に笑みを向けている。

 その可憐な姿は、心奪われる絵画のように整えられていて、正に絵の中に居る存在のようだ。

 錯覚してしまった自分自身に、朝早い所為だと理由を付けて意識を目の前に戻す。

 

 その張本人たる高町は、何でもない顔をしながら俺と相対している。

 訊けば彼女は、5時頃には此処に来ていたらしい。

 昔からその時間に魔法の訓練を繰り返していた為、今でもその習慣が残っているとの事。

 管理局に入局してからはその機会も大幅に減ったが、やはり一度付いたソレは抜けないようだ。

 

「それに、早く聖君に会いたかったから」

「えっ……」

 

 刹那、その一言に頭蓋へ思い切り衝撃が走った。

 その言葉と彼女の瞳が、あまりに真っ直ぐに俺を射抜いていたから。

 口から出た意味に気付いた時、自分の心臓が跳ねた。

 ……高町が、俺に会いたかった?

 しかも早くって――――何で?

 そんな一歩間違えれば好意的とも取られる言葉、本来なら言われるような間柄じゃない。

 じゃあ何で……もしかして、知らぬ間に高町は俺の事を――

 

「一緒に居ないと護衛にならないからね」

 

 ――世の中そんなものさ。

 不意打ちによって込み上げられた感情は、屈託の無い笑顔によって一気に落下して地に足を着けた。

 うん……分かっていたさ、この結果。

 元からそんな感情を持ち得ない少女が、トチ狂った訳でもないのに言う筈は無いのだ。

 俺の単なる勘違い、トチ狂ったのは此方の精神の方らしい。

 何を期待してんだよ……俺は。

 

「どうかした?」

「いや、何でもない」

 

 おかしいのは朝早い所為だと言い訳を並べて、違和感を振り切る。

 少しでもおかしな反応をすれば、コイツはすぐに心配するからな。

 多少の違和感は飲み下せないと、後で色々と面倒だ。

 目の前の少女は俺を守るという任務を請け負っているのだから、出来るだけその妨げになるような事はしたくない。

 

「よし、早速始めようぜ。高町先生」

 

 その為の今なんだからな。

 

「そうだね。時間がある内に始めよっか」

 

 ベンチから腰を上げ、その先に広がる平地へと歩を進める。

 その背中に促され、2メートルの間隔を開けながら続いた。

 彼女の先に見える青い空は雲一つ無く、日中より幾分穏やかな日差しが降り注いでいる。

 それ等を背景に収めた彼女は、くるりと身を翻し俺へと向き直る。

 表情は真剣そのもの、先程までの少女らしさではなく、モノを教えるべき立場たる教導官としての顔。

 凛と相対するその姿は気高く、それだけで場の空気が張り詰める。

 

「それじゃ、これから聖君の教導を開始したいと思います」

 

 真摯な瞳を真っ直ぐに見返して、あぁと頷く。

 この答えは俺の決意。

 自身を狙う黒衣、それを高町と共に戦う誓いだ。

 高町の発する教導官としての存在感、そして己の内から沸き出でる感情。

 使命感のような高尚なものではなく、唯そうするべきだと思っただけの俺の意志。

 それをどう受け取ったのか、得心がいったような顔で見詰める彼女は、不意に双眸を閉じて……

 

「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ」

 

 ふにゃっと表情を和らげた。

 言うならば一日中コタツに入り浸っている時のような、緩く穏やかな笑顔。

 それを見て、遅ればせながら今の自分の状態に気付く。

 知らぬ間に口は固く結ばれ、拳は爪が食い込む程に握り締められている。

 肩にも必要以上の力みが現れていて、改めて自分が彼女の言う通り、必要以上に緊張しているのだと思い知らされた。

 

「意気込むのは凄く良い事だけど、まずはリラックスしなくちゃ」

「あ、あぁ」

 

 先程までの空気に当てられたのか、俺まで張り詰めてしまったらしい。

 全く、スタートから何たる失態だ……。

 呆れによる溜息を吐いてしまいそうになる心を制して、落ち着く為の深呼吸を行う。

 瞳を閉じて、朝の空気を鼻から吸って口で吐く。

 新鮮で澄んだ空気のお陰か、それだけで幾分かリラックス出来た気がする。

 2,3回繰り返した頃には、いつも通りの自然体で立っている事を自覚出来た。

 

「悪い、気負い過ぎたらしい」

「誰だって最初はそうだよ。だから気にしないで」

「……ありがとな」

 

 宥めるように言葉を紡ぐ様子は、普段の彼女のままだ。

 それに釣られて俺の方も、いつもの対応が口を吐いて出る。

 うむ、やっぱりこっちの方が性に合ってるみたいだ。

 

「それで、早速始めようと思うんだけど……」

 

 漸くスタートラインに立つ、と思ったのも束の間、またも高町は言葉を噤む。

 困ったような、何を言えばいいのか分からないといった様子は、どうにも此方の不安を誘う。

 何だと言うんだ全く……。

 

「実は教導官って言うのは、先生よりも塾の講師みたいな立場なんだよ」

 

 にゃはは、と気まずい時に発する乾いた笑いが示す真実。

 

 ――それは教導官というものの性質の問題だった。

 通常、魔法を教える教官という立場の者達は教育隊と呼ばれているらしい。

 そして高町の所属する教導隊は魔法を教えるというよりも、その基礎を土台として、実戦を繰り返して体に覚えさせるというもののようだ。

 

「まずは聖君の出来る事を知って、そこからどんな風に教えていくかを決めるの」

「なるほど。だから塾の講師なのか」

 

 学校の先生は1から物事を教えるが、塾の講師はソレを当然と認識して更に進んだ事を教える。

 そしてそれぞれに合った方向性を決めて、更に突き詰めていく。

 教官と戦技教導官の違い、確かに的を射ている例えだな。

 高町の戸惑いも分かる気がする。

 しかし、俺に出来る事って……。

 

「あぁぁぁぁっ」

「どうかした?」

 

 何も知らないが故の、その純粋な疑問を抱えた双眸が凄く痛い。

 言えない、使えるものが数個程度しかないなんて、正直に口にするには恥ずかし過ぎる回答だ。

 教えを請う側としての姿勢は忘れていないつもりだが、流石に自分の無能振りを彼女に晒すのは気が引ける。

 一応これでも男として、意識とか尊厳とかその他諸々がある訳だからさ。

 だから、その辺りの事はノーコメントでお願いし――

 

《Data is sent to that.(データをそちらに送ります)》

「何……だと…………」

《Thank you Ms.apocrypha.(ありがとうございます、アポクリファ)》

《It doesn't worry. Because our child is indebted, it is natural.Ms.Rising Heart(お気になさらず。うちの子がお世話になるんですから、当然ですよ。レイジングハート)》

 

 目の前で繰り広げられる保護者同士の会話。

 話している者には微笑ましく、聴いている者には気恥ずかしいそれは、まさに井戸端の風景そのもの。

 しかしその中で己の全てを知り得る者からの情報の漏洩、俺の意志を無視した明らかな裏切り行為が行われていた。

 まさか此処に来て最後の砦が自ら降伏を宣言するとは予想だにせず、その遣り取りを黙って見ている事しか出来ない。

 

「それじゃレイジングハート、お願い」

《All right.My master.(分かりました、マスター)》

 

 だが無情にも高町の言葉にレイジングハートが明滅で言葉を返し、次の瞬間、幾つものディスプレイが空間に現れた。

 表示される羅列、この世界に存在しないであろう形状の文字が無数に並び、画面を埋めていく。

 真剣な双眸を動かす彼女は、10秒間それを黙読し続け、やがて頷いてから全てを閉じた。

 あの短時間で、内容は殆んど把握したと言ったという事だろうか?

 

「魔力を付与しての全身強化、そして打撃魔法、防御魔法に……あ、これは少し変わった魔法だね」

「今の俺じゃ、そこにあるのが精々だ」

 

 未熟な身だと分かっているからこそ、言葉にされるとズシッとした重みが加わる。

 吐き捨てる言葉さえ辛辣に、自身を貶すものへと成り下がっていた。

 まぁついでに言えば、防御に関してはからっきしなんだけどな。

 高町の困った様子は、きっと今の俺に呆れているからだろう。

 

「と、兎に角、早速見せて欲しいんだけど」

 

 漂い始めた負の雰囲気、朝の爽やかな風景とは無縁のそれを振り払うように、高町は話を続ける。

 俺としてもこれ以上、不毛な考えで時間を無駄にしたくない。

 折角こんな早くから高町は来てくれているのだから、その厚意を無碍にするのは気が引けるというものだ。

 気持ちを切り替え、彼女から数歩下がって丁度良い広さを確保する。

 

「かなり五月蝿くなると思うが、気にすんなよ」

「大丈夫だよ。広域結界を張ってるから、音も姿も外に漏れる事は無いから」

 

 そうか、とその答えに納得だけして自分の準備に入る。

 幾つかの魔法を行使するだけ、しかも特別な用意は一切不要なのだから、準備も何もあったものではないけど。

 呼吸を一つ終えると、内側の相棒に言葉を投げ掛ける。

 

(まずは強化だな)

《It consented.(了解しました)》

 

 此方も準備万端、いつでも大丈夫という彼女の返事はいつもの通り。

 

《Burst Veil(バースト・ヴェール)》

 

 数瞬後、温かな灰色の光が全身を包み込んだ。

 四肢が羽のように軽くなった感覚、何処までも走っていけそうな錯覚。

 内側から漲る力は、今にも爆ぜそうに体の至る所を駆け巡り、落ち着く気配を微塵も見せない。

 

「アポクリファ……」

《All right.(えぇ)》

 

 下半身に全力を込める。

 膝を屈めれば、所構わず流れていた力はそこに集約され、そのまま一点に留め……

 

「ふっ!!」

 

 地を踏み込む反動で、その全てを放出した。

 それは蒼空へ肉体を押し上げる力強い跳躍。

 重力という世界普遍の自然力に抗いながら、空気の壁を突き抜けて上へ、限り無く上へと上り詰める。

 五月蝿い風切り音が耳を突くが、気にせずに上昇に身を委ねた。

 

「聖君!?」

 

 下から高町の声が聴こえる、でも今はそれに意識を向けている暇は無い。

 上昇のエネルギーは次第に緩やかなものに変化し、それと同時に、今まで控えめに徹していた重力が全身を襲った。

 急上昇が途絶えると同時に、今度は急降下。

 視界に広がる青い空と、眼下に聳える建造物の群れは、朝日に照らされて絵画のような輝きを放っている。

 

「行くぞ」

 

 上空十数メートルの高さ、そこで俺は右腕を高らかに掲げる。

 視界に収めた風景に未練は無い。

 既にそれは、真下に広がる土色の地面にのみ向けられている。

 

 ――風が、俺の右腕に集いだす。

 今まで数度感じてきたその感触は最早慣れたもので、違和感や嫌悪感は存在しない。

 落下中の身でありながら、刹那に距離を詰める地面を真っ直ぐに見詰める。

 

《geo(ジオ――)》

 

 見る見るうちに地上は迫る。

 激突すれば常人では一溜まりも無い衝撃が襲う、だが俺の全身を覆う灰光は未熟ながらも鎧。

 そして掲げる右腕はその衝撃を相殺、もしくはそれ以上の威力を内包している。

 なればこそ、今の俺にこの状況は脅威足り得ない。

 地上との距離は、5メートル。

 

「堕ちろ!!」

《Impact(――インパクト)》

 

 振り下ろしたタイミングは寸分の狂いなく、腕が伸び切った瞬間に拳が地面を貫いた。

 爆発したように吹き飛ぶ地面、土塊や砂塵を撒き散らし周囲へ煙幕を生み出す。

 源泉から噴き出した湯水のように、惜しみなく砂霧を広げていく様は、爆弾が投下された土地を髣髴とさせる。

 その中で俺は、しゃがみ込んだままの体勢で着地する。

 衝撃はほぼ相殺、腕に余計な重みは掛かっておらず、開いた双眸には一分の隙間も見えない砂のカーテンが広がっていた。

 視界全てを埋め尽くす黄土色のオーロラ、中心に立つ俺にとってそれは鬱陶しい障害物でしかない。

 

 ――――砂に塗れるのは、家族と遊んでる時だけで充分だっての。

 右拳を地に突き立てたまま、大気にばら撒かれているソレ等を睨み付け、次の言葉(コマンド)を発動する。

 

「離れろ」

《Repel Atmosphere(リペル・アトモスフィア)》

 

 2度目の爆発、それは俺を中心とした周囲への反発。

 緩やかだった大気が、突然弾かれたように俺から飛び去っていった。

 逃避する大気は突風となり、砂埃を抱えながら視界から消え失せていく。

 後に残るのは、流動を経て此方に戻り来る大気、そして――

 

「……」

 

 ――少し離れた場所で、呆然と俺を見詰める高町の姿だけだった。

 先程の煙幕は一粒たりとも残っていない。

 俺と彼女を隔てるものは、空気という普遍的存在を除けば何一つありはしない。

 

 依然として、彼女の表情に冷静さは見えない。

 だが朝の光を背に受けるその姿は鮮やかに輝いて見え、何処か神秘的な雰囲気を醸し出していた。

 見開かれた瞳は、一体何を見詰めているのだろうか……。

 それはきっと彼女しか分からない事であり、俺が幾ら考えても及びつく問題ではない。

 

 迂闊な事は言わない、それがこの場で俺が出来る唯一の対応だった。

 今は唯、高町の言葉を待っていよう。

 

 強い一陣の風が、俺達の間を踊るように舞っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~Interlude side:Nanoha~

 

 

 現在の時刻――――AM7:00。

 我が家では只今、家族揃っての朝食の時間となっています。

 隣にお兄ちゃんとお姉ちゃん、対面にはお父さんとお母さんという位置は、何年も前から変わらない暗黙の了解みたいなもの。

 狐色に焼かれたトーストの香ばしい食感、盛り付けられた野菜の瑞々しい新鮮さは、朝食には持って来いのメニュー。

 今日も今日とて、和気藹々とした家族の時間が過ぎていた…………私を除いて。

 

「恭ちゃん、お塩取って」

「ほら、あまり入れ過ぎるなよ?」

「いやぁ、今日も母さんの手料理は美味いなぁ」

「フフフ、ありがとう」

 

 周りで行われている家族のコミュニケーション。

 特にお父さん達は、他の人達から見ても恥ずかしくなる位の夫婦っぷりを見せ付けている。

 お兄ちゃん達も、この年齢の兄妹にしてはとても仲が良くて、下手すればカップルに見られてしまう事もあったり、なかったり……。

 微笑ましい団欒、いつもの光景、だけど私1人はその中に馴染めずにいた。

 

 

 

 ――――原因は、今朝の出来事。

 今日から始まった彼の魔法訓練、まずは素質的な部分から探る段階。

 そしてそれから、本人に合った魔法、必要だと思われる魔法を集中的に鍛えていく。

 幅広い選択ではなく、一部分に特化する能力を持たせられれば、魔法に慣れていなくても充分に戦える。

 手札が多いって言うのは、メリットばかりじゃないって教えられた事もあったから、強ち間違いじゃないと思う。

 聖君のリンカーコア情報を初めて聞いた時に知った、総魔力量がランクD魔導師の平均だという事実。

 

 唯、それだけ……。

 でも今日見たアレは、明らかに説明が出来ないものだった。

 私自身が目にした彼の魔法は、強化魔法、そして打撃魔法、それに広域への魔力放出。

 強化魔法は全く問題は無かった。

 彼の全身を覆う灰色の魔力光は、強度は不安が残るけど、簡易型のバリアジャケットとしての役割をきちんと果たしていた。

 

 でももう一つ、打撃魔法は予想外の結果を生み出した。

 右腕に魔力を集めて圧縮する為の環状魔法陣、だけどあれはそれ以外の反応か確かに発生している。

 あの風は、腕に巻き付くような暴風は一体何だったの?

 アポクリファから貰ったデータに、そのような表記は一切無い。

 その後に行ったラウンドシールドの発動も、突然の重圧というおかしな現象を起こしていた。

 魔法を構成するのはプログラム、だったらプログラムに存在しないアクションは、何を意味しているの?

 今までに出会った事の無い事態に、私の頭は未だに答えを導き出せていない。

 でも、もしかしたらアレは――

 

 

「なのは、どうしたの?」

「え、あっ……」

 

 お母さんの声に引き戻されて、漸く自分の食事の手が止まっている事に気付いた。

 帯びていた熱が冷め始めたトーストを持ったまま、私は呆然とテーブルを見詰めていたみたい。

 何事かと皆の視線が私に集まる、それが何だかくすぐったくて恥ずかしい。

 

「さっきから黙ってるけど、何か考え事?」

「うん、ちょっと」

 

 お母さんの心配げな瞳が、私に向けられている。

 お母さんだけじゃない、皆が食事の手を止めて、同じ色で私を見ていた。

 それは先程までの雰囲気を一変させる、暗鬱な風景。

 高町家の朝の団欒に水を差してしまったようで、少し悪い気がする。

 ゴメンね、と続けると納得したらしく、またさっきまでの空気に戻ってくれた。

 大切な家族に、朝からこんな暗い気持ちにさせちゃ駄目だよね。

 皆には、いつまでも笑っていて欲しいから……。

 

「それにしても、随分必死になってたみたいだな」

「そうかな?」

「あぁ、まるでトーストに噛み付かんばかりの勢いだったぞ」

 

 その指摘に、自分がどれだけ思考に没頭していたのか嫌でも分かった。

 魔導師としての必須スキル『マルチタスク』すら忘れていたのだから、きっと私が思っている以上に考え込んでいたのかもしれない。

 張本人であるお父さんは、お母さんに「トーストは噛むものですよ」と手綱を引かれるように突っ込まれて、「ハハハ、母さんに一本取られたなぁ」と豪快に笑いを零す。

 うん、いつもの2人だ。

 と思ったのも束の間、再度お父さんは真剣な顔で私に向き直った。

 

「それで、本当の所は何なんだ?」

 

 数瞬、言葉が詰まった。

 今考えていた事、それを言うというのはつまり『聖君が狙われている』という事実を教えるという事に繋がってしまう。

 私の家族には3人、彼の事を知っている人が居る。

 お兄ちゃんは分からないけど、お父さんとお母さんは聖君を凄く気に入っている様子。

 だから此処でそれを告げてしまうと、2人にまた心配させてしまいそうで嫌だった。

 

「何でもないよ。この後どうしようかなって」

 

 だから、在り来たりな言葉で誤魔化す事にした。

 家族に秘密にするのは凄く心苦しいけど、それでも余計に心配させるのはもっと嫌だから。

 それにこの後どうするかも一応考えとして入ってるから、全部が全部嘘って訳じゃない。

 

 聖君の護衛任務を円滑に、それでいて有意義にするにはどうすればいいのか。

 今日は夏休みの宿題をやろうって事になったけど、ずっとそれだけって言うのもどうかと思うし。

 あ……そういえば家に聖君が来る事、皆に伝えてなかった。

 この後すぐに翠屋の方に行っちゃうから、今の内に了解を貰わないと。

 

「お父さん、お母さん、お願いがあるんだけど」

「お願い?」

「まさか、男をウチに連れ込むから了承して欲しいとかじゃないだろうな?」

 

 不思議そうなお母さんの顔、神妙な面持ちのお父さん。

 あれ? 私もう話したっけ?

 

「まさか、なのはに限ってそん――」

「そうだけど」

「――嘘っ!?」

 

 バンとテーブルを強く叩いて立ち上がるお姉ちゃんに、私を含めて皆の視線が集まる。

 眼鏡越しに見える瞳は限界まで見開かれていて、驚愕の様相を顔一杯に貼り付けている。

 お姉ちゃん、何でそんなに驚いてるの……?

 しかも、お父さんとお兄ちゃんの顔が段々怖くなっていくし。

 空気が反転して、凄く険呑とした雰囲気が漂い始めたのが肌で分かる。

 

 ……どうしたのかな、2人共。

 

「あなたも恭也も落ち着いて。それで、誰が来るの?」

 

 ピリピリと肌を刺すような雰囲気を醸し出す2人を諌めるように、お母さんがニッコリと微笑みながら私を見る。

 それで幾分か和らいだ気がするけど、今度はお母さんの笑顔が凄く気になりだした。

 よく分からないけど、何かを期待してるような顔をしてる。

 

「聖君だけど、もしかして駄目?」

 

 さっきの事もあってか、遠慮がちに訊いてしまう。

 何かお父さんとお兄ちゃんが凄く警戒してたし、もしかしたら駄目なのかもと思ったんだけど……。

 聖君の名前を出した途端、お父さんの顔がとても嬉しそうなそれに変わった。

 

「聖君がウチに来てくれるのか。おぉ、それは良い事じゃないか!!」

「何度誘っても断られちゃうから、半分諦めてたのよね」

 

 気付けば夫婦揃って納得の頷き。

 

「それじゃ……」

「あぁ、構わないぞ」

 

 喜色満面で返してくれる2人を見て、良かったと胸を撫で下ろす。

 確実とは言ってないけど、それでも約束だったから破るのだけは避けたかったから。

 だからこうして了承を貰えた事は、素直に嬉しい。

 

「確か聖君って、2人の話題によく出てくる例の彼?」

「あぁ。3年以上の付き合いがある、我が子のような存在だよ」

「あら、もうそんなに経つのね」

 

 横からお姉ちゃんが身を乗り出すように話を振ってきた。

 お父さんとお母さんはそれをしみじみと、感慨深げに想いを呟いて答えている。

 そういえば、2人と聖君の出会いってどんな感じだったのかな?

 今まで気に掛ける事じゃなかったけど、私の友達の事だから少し興味が沸いて来た。

 

「3年以上って、初めて会ったのっていつ位なの?」

「なのはが4年生に上がってすぐだ。場所は確か、翠屋JFCの練習グラウンドだったな」

 

 当時を思い出すように、ゆっくりと語り出すお父さん。

 切っ掛けは聖君が、JFCへ入りたがっていた平太君を連れて来た事から始まった。

 それからは暇があればJFCの手伝い、荷物運びや色々な雑用を買って出てくれたらしい。

 何も求めず、弟が世話になっているからという理由で……。

 

「助かっていたのは事実なんだが、少し経つと申し訳無く思ってな。店に招待したんだよ」

「でも、そこで何度も断られたんですって。説得に成功したのは、1ヶ月経ってから」

「小学生なのに凄い謙虚な子なんだね」

 

 はぁ、と溜息交じりの感嘆を漏らすお姉ちゃん。

 確かに今の聖君を見れば、その態度も分かる気がする。

 何よりも自分の家族を優先させて、人に迷惑を掛ける事を極度に嫌う性格だから。

 最終的に、お父さんが頼み込む事で何とか翠屋に来て貰ったらしい。

 でもそれだけじゃ駄目で、何も頼もうとしない彼に更に困ったのだとか。

 そこで何気無く出した翠屋の目玉商品、お母さんの作ったシュークリーム。

 

「すると予想以上に気に入ったらしくてね。それからは徐々に来てくれるようになったんだ」

「初めて私のシュークリームを食べた聖君の顔、本当に美味しそうな表情してたわね」

 

 頬に手を添えながら当時を語るお母さんは、本当に嬉しそうな顔をしている。

 普段は無愛想な彼が微笑んだ瞬間、それはパティシエであるお母さんが何よりも嬉しい事だったに違いない。

 隣で見た事のある私だって、内に秘めた本心が見えたようで嬉しかったから。

 

「でも1年少し経って、もう1人の弟の勇気が入ってすぐ、彼が急に来なくなったんだ」

「……どうして?」

 

 トーンを落としたその声で、不意に不安に駆られた。

 急に厳しい顔付きになったお父さんは、腕を組みながら静々と続きを語りだす。

 

「聞いただけの話だが、弟達を苛めていた中学生と壮絶な喧嘩をしていたらしい」

 

 サッカーの練習の為に土手のグラウンドに来ていた平太君と勇気君に、近くの中学校の生徒3人がやって来たのが事の発端。

 場所の取り合いに発展したのだけれど、流石に年上で人数の多い相手には為す術も無い。

 その一方的だった虐めを止めたのが聖君。

 彼は2人を逃がした後、左腕の骨折と全身打撲を負う程の熾烈な喧嘩を繰り広げた。

 そしてその後、全治1ヶ月の大怪我を半月で完治させるという偉業を成し遂げて、また日常に戻ってきた。

 

「うわぁ、何か凄いねぇ」

「弟達の為、延いては家族の為となるなら、聖君にとって躊躇う余地はなかったんだろう」

 

 お姉ちゃんの言葉に、私も無言で同意していた。

 自分より大きな相手を、それも3人に果敢に立ち向かうその姿は、本当に勇ましいものだと思う。

 

「でもその代わり、彼は滅多に笑わなくなってしまったんだ」

「笑わなくなった?」

 

 それまで沈黙を守っていたお兄ちゃんが、不意に声を漏らす。

 きっと聖君がそうした理由を考えているんだと思う。

 でも分からない、どうして笑う事を止めてしまったのか私には見当も付かない。

 皆の視線が集中する中、お父さんは一つ一つの視線を見返しながら続きを発した。

 

「家族を守る為には強くなるしかない。その想いが高まった彼は、より一層自分に対して厳格になっていったんだ」

 

 友達と笑い合う事じゃなくて、1人で高い壁に挑む事を優先した少年。

 元々人当たりの良くなかった彼が、それまで以上に周囲に対して壁を作ってしまった。

 以前の喧嘩が元で目を付けられる事も少なからずあり、生傷が耐えない日々が続いた。

 全てが正当防衛と判断されて、事無きを得たみたいだけど……。

 

「それでも手伝いだけは続けてくれて、本当に良い子だよ」

「家の用事、学校での勉強、それにJFCのお手伝い……。全部頑張り過ぎてて、見てる私達が心配だった位よ」

 

 微笑むお父さんと、頬に手を添えて困った顔をするお母さん。

 まるで自分達の子供みたいに聖君を想う2人。

 それ程までに彼の事を大切に感じていたんだろうと、その姿を見ればよく分かった。

 自分の友達がこんなに想われてる、それがとても嬉しくて自然と顔が緩んでくる。

 

「それでも最近は、とても良い顔をしてる」

「もしかしたら、なのは達のお陰かもしれないわね」

「へっ、私達……?」

 

 急に向けられたお母さんの言葉、あまりにも突然できちんと反応出来なかった。

 聖君が変わったのは、私達のお陰?

 初めて会った頃と比べて彼の表情が明るくなってきたのは、私もフェイトちゃん達も分かっていた。

 でもそれは、本当に私達が何かをしたから?

 

「彼が聖祥に来てから数ヶ月、たったそれだけで随分と逞しくなった」

 

 我が子の成長を慈しむような瞳は、今此処に居ない少年に向けられている。

 私には分からないけど、きっとお父さんの心には確かな形として存在しているのかもしれない。

 でもそれは、私達が何かしたという理由にはならないと思う。

 

「そうなのかなぁ?」

「だってなのは達と一緒に居る聖君、凄く活き活きしてるもの」

 

 彼は強い、だから私達が居なくてもきっと同じ場所に立てると思う。

 けれどお母さんは微笑みながら、それは違うと優しく言い聞かせてくる。

 私達と一緒に居たからこそ、今の聖君があるのだと教えてくれた。

 その言葉を聴いて、どうしてかは分からないけど凄くくすぐったい気持ちになる。

 私達は別に、そんな大それた事をやった訳じゃない。

 友達として色んな話をして、色んな物を見て、そんな当たり前の事をしただけで……。

 

「よく分かんない、かな……」

 

 お母さんが嘘を言ってるとは少しも思わない。

 だけど、やっぱり聖君は最初から強かったんだと思う。

 家族を守る為にどんな辛い事も耐えてきた彼にとって、それは難しい事じゃない。

 本人が気付いていないだけで、私もフェイトちゃん達もそれをちゃんと知っているから。

 

「なのはも、いつかは分かるわ」

 

 そのお母さんの言葉に、曖昧な答えを返してながらトーストを一口。

 すっかり冷めてしまったそれは、お父さん達の話に集中し過ぎた弊害。

 ふんわりとした食感は勿体無いけど、そのまま残りをお腹に収めた。

 

「ごちそうさま。それと、聖君にウチは大丈夫って連絡するね」

 

 背もたれ付きの椅子から立ち上がって、食器を流し台に持っていく。

 この後はお父さんとお母さんは翠屋、お兄ちゃんとお姉ちゃんも思い思いの一日を過ごす。

 きっとお兄ちゃんは忍さんの所に行くだろうから、家に残るのはお姉ちゃんかな?

 という事は、今日初めて2人が会うんだ。

 先程まで興味深そうに聖君の話を聴いていたその人は、一体どんな対面をするのだろう。

 少しだけ興味があったりなかったり……。

 

(あ、レイジングハート)

《How did you do(どうしました)?》

(クロノ君に通信送って。内容は『聖君の魔法資質に関して』)

《All right.My master.(了解しました、マスター)》

 

 そして長年のパートナーにもお願いをしておく。

 私の考えが正しければ、これで諸々の問題は解決出来る筈だから。

 いつも忙しい提督さんには悪いと思うけど、これもお仕事だから我慢して貰おう。

 

「それじゃ、宿題の用意しなくちゃね」

 

 可能な限り一緒に居るのが必要だから、聖君にはすぐに来て貰うつもり。

 だとすると彼の場合、出来るだけ早く来るように努力すると思う。

 その時の為に冷たい飲み物も用意しないといけないし、お昼ご飯の事も考えないといけない。

 私の独断で決めちゃったから色々問題があるけど、こうして聖君と一緒に居る事が滅多に無かったから少しだけ楽しみだったり。

 今日はどんな一日になるんだろう、そんな淡い期待を抱きながら、私は自室への道を歩いていった。

 

《It seems to be happy.(楽しそうですね)》

 

 そう言うレイジングハートの声も、少しだけ弾んでいるような気がした。

 

 

~Interlude out~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天に映える銀月。

 それは身を包む光によって、地上を優しく照らしだす。

 確かな形として存在して尚、アレは幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 時の針は刻々と回り続け、今はもう一日の終わりへと近付いている。

 その中で俺は相対する少女と共に、緑多き桜台へと来ていた。

 

「それじゃ、今から本格的な教導に入ろうと思うんだけど……」

 

 その理由は、彼女の言うように魔法の訓練。

 今日の朝から始まった『なのは教導官(せんせい)の個人レッスン(命名:高町なのは)』の夜の部だ。

 昼を彼女の家で過ごし、夕方に帰って今に至る訳なんだが……。

 

 

 

 

 

『あぁ、君が聖君なんだ。私はなのはの姉の美由希、宜しくね』

『は、はぁ……。初めまして』

『両親やなのはから話は聴いてたから、一度会ってみたかったんだよ』

『またそのパターンですか……』

『いやぁ、それにしてもなのはがユーノ君とクロノ君以外の男の子を連れてくるなんてね~』

『高町、お前のお姉さんはいつもこうなのか?』

『にゃはは……』

 

 

『2人共、飲み物のおかわり要る?』

『お姉ちゃん、いくら暑くても5分置きじゃ飲み終わらないよ』

『べ、別に他意がある訳じゃないよ!? 私は唯、妹とその友達の勉強が捗るお手伝いをね……』

『警戒するのは構いませんけど、別にそんな気は微塵もありませんからね』

『またまたぁ』

『どういう事?』

『……何でもねぇよ』

 

 

『お昼どうしようか?』

『材料を使っても構わないなら、俺が簡単な物でも作るよ』

『ううん、私が作るから聖君は待ってて』

『だったらお姉ちゃんに任せなさい!!』

『この登場に疑問を感じなくなった俺って……』

『あれ? お姉ちゃんって料理出来たっけ?』

『ガーン!! 妹に全然頼られてない私にガーン!!』

『……これは素なのか?』

『う~ん、いつもはもっと大人しい感じなんだけどなぁ』

 

 

『えぇ、もう帰っちゃうの?』

『はい。士郎さん達もそろそろ帰って来るでしょうし、一応夕方には帰るつもりでしたから』

『聖君なら皆歓迎してくれると思うけどなぁ』

『遠慮します。一家団欒に首を突っ込む程、野暮じゃありませんから』

『ハハハ、律儀だね聖君は』

『家族が待っていますから』

『それじゃあね、聖君。また後で……』

『あぁ、また後でな』

『え、後でって一体何? ま、まさかこの歳で逢引!? 私だってまだなのに!!』

 

 

 

 

 

 ……色々、本当に色々あった。

 もう数時間前の出来事の筈が、未だに精神的に尾を引いてる感じが拭えない。

 原因は間違い無く、あの眼鏡を掛けた三つ編み女性。

 高町の姉である高町美由希さんだろう。

 何かある毎に俺達に突っかかっては、余計な勘繰りで場を乱してきた。

 高町自身は気付いてないようだけど、あれは確実に俺とコイツの仲に対しての行動だ。

 勘違いも甚だしいが、姉としての行動なら、まぁ分からなくもない。

 かなり疲れたが……。

 

「大丈夫?」

 

 こうして彼女に気を遣われているという事は、かなり疲弊しているのだろう。

 だがこれからは自分にとって大切な時間なのだから、そんな我が儘を言っている暇は無い。

 体中にこびり付く疲労を気合で拭って、心を一新する。

 

「ゴメンね、お姉ちゃんが色々言ってきて」

「気にすんなって。それなりに楽しんだつもりだから、差し引きゼロだよ」

 

 確かに色々と言われたのは事実で、気苦労が絶えなかったのも本当だ。

 宿題に集中出来なかったのも同様、だけどそれが嫌だったかと訊かれれば、それもまた違っていたと思う。

 元々あぁいった行動に対しての免疫は、高町家の両親でそれなりに鍛えられている。

 それに、姉として妹の友好関係に首を突っ込みたがる気持ちも、俺にだって少しはあるし……。

 そういう意味では高町さんの行動にも、微笑ましさとか共感とかがあるから悪い気はしない。

 

「それじゃ、改めて始めようか」

「おう、宜しく頼む」

 

 さて、気持ちを切り替えて本腰を入れるか。

 海側から吹く涼風を心地良く感じながら、目の前で凛と佇む少女を見る。

 

「まず最初に、今朝のおさらい」

 

 今朝のおさらいというのは、あの時の事だろう。

 高町の教導第一回目である、早朝に行われた訓練の一歩手前。

 その時は、俺が出来る――一部出来ない――魔法の一通りを彼女に見せた訳だが……。

 それだけで、他は何もしてないのだけれど。

 唯分かった事は、高町が意外にも驚いていた事だ。

 最初のジオ・インパクト然り、ラウンドシールド然り、何か得体の知れない物を見るように目を見開いていた。

 

「幾つかの魔法を見させて貰ったんだけれど……」

 

 でも今の彼女に、そんな戸惑いは一分たりとも見えない。

 自信満々に悠然と立ち、教導官としての威厳に満ち溢れていた。

 

「レイジングハート」

《All right.(分かりました)》

 

 不意に彼女は、自身の相棒に声を掛けた。

 説明が始まってすぐ、まだ内容の一端にも触れていないにも関わらず初っ端から話は横道に逸れた。

 ルビーのような玉石を象ったソイツも主である高町に注意する訳でもなく、明滅してその言葉に応じるだけ。

 正しく初撃からの肩透かし、切り替えた気持ちは反転して再び疲労に伏しそうになった。

 

《The acceptance of the program data is confirmed, and the superscription of data of each item is begun.(プログラムデータの受領を確認、項目毎にデータの上書きを開始します)》

 

 だが、頭に直接響いてきたその声に、意識が急浮上する。

 

(アポクリファ、どうした?)

《The existing data is overwrited to the composition program gotten from the raising heart. Waiting a little.(既存のデータを、レイジングハートから頂いた構成プログラムへ上書きしています。少々お待ちを……)》

 

 淡々と、事務的に整理された言葉の羅列。

 何をしているのかは分からない。

 しかし、それがレイジングハートによって促された事だけは、その言葉から理解出来た。

 

「何したんだ?」

「今朝、アポクリファからデータを貰ったでしょ? それを改良して、今レイジングハートを通して送ったの」

 

 あぁそういえば、と半日以上前の出来事を思い出す。

 俺の誤魔化しに対し、何の躊躇いも無くデータを明け渡した我が相棒。

 目の前で繰り広げられる井戸端会議らしき、デバイス同士の会話。

 主の為を想っての行動だろうから咎める事はしないけど、正直アレは勘弁して欲しい。

 

 ……それにしても、改良したってのはどういう意味だ?

 あのデータの元はコイツ等、つまり実用レベルの域に達しているもの筈だ。

 今更何を改良する余地があると言うんだ?

 その疑問はアポクリファの作業完了の合図によって、半端な所で遮られる。

 

「まずは実践。今渡したプログラムで、ラウンドシールドを使ってみて」

「……分かった」

 

 目の前の高町の思惑は一体何なのか。

 訊く暇も無く、彼女は教導官としての指示を下す。

 教えを請う側の俺は勿論それに反対する事は出来ず、疑問を腹に飲み下してそれに従った。

 だけど一発目からラウンドシールドって、分かっててやってる筈だから、コイツの底意地の悪さを感じずにはいられない。

 ジオでもなく、リペルでもなく、唯一まともな発動をしていない盾の魔法を選択するなんて……。

 だけど教導官としての彼女の指示、そして先程から感じる自信に溢れた佇まいには、何かしらの理由がある筈だ。

 

(アポクリファ)

《I am safe. It is always possible.(私は大丈夫です。いつでもいけます)》

 

 1人じゃ無理でも、2人なら……。

 高町を信じると決めた俺自身の意志、それを貫かず背くのは最低の行動だ。

 だから今は、まずは手を前に向けることから始める。

 

「行くぞ」

 

 何十回も行い、その全てが失敗に終わった魔法。

 自信なんてものは、その結果を目の当たりにした時点で存在しない。

 ――だったらいいじゃないか、失敗してもそれが普通なんだから。

 自虐の極みに達する心の呟きは、開き直ったガキみたいな言葉で滑稽だった。

 だけどその滑稽さすら、自分にとっては普通なんだと思う。

 だったら今更恥じる必要は無い。

 

「ラウンドシールド」

 

 発される声に淀みは無い。

 躊躇うような弱気すら、今の俺には不要なのだ。

 決死なんて大仰なものは掲げない、そもそも何故なら――

 

 

 

「――出来て、る?」

 

 手の先には、形を成した真円が確実に存在している。

 灰色の二重正方形を囲う真円、幾何学にも見えるミッドチルダの文字列。

 内円と外円の双方向による回転が絶えず続くその姿は、紛う事無く魔法の盾だった。

 

「重くない、何で……」

 

 右腕に掛かる筈の重圧は微塵も感じない。

 全く同じ物を作った、見た目だって何一つ変わっていない。

 変化しているものを挙げるとすれば、――――盾の回転するスピードが早くなっているという事だけ。

 

「シールドを構成する魔力を、絶えず流動させているんだよ」

 

 そよと吹く風に乗って、高町の声が耳に届く。

 今まで一度たりとも成功しなかった魔法。

 それが出来たという事実に目を見開いていた俺は、そちらに気付くのが数瞬遅れた。

 振り向けばそこには、どこか嬉しそうな笑顔を湛えた少女が居る。

 

「今まで聖君がシールドを発動出来なかった理由、それは君自身の魔法資質にあったんだ」

「俺の、魔法資質?」

「そうだよ。聖君は私のような純粋魔力放出じゃなくて、魔力を別のものに変換する『変換資質』を持ってるの」

 

 彼女の言葉が最初、何を言ってるのか意味が分からなかった。

 純粋魔力放出とか、変換資質とか、聴いた事の無い単語ばかりで頭がついていけない。

 自然と表情に力が篭もって、難しく歪んでいくのが自分でも感じられた。

 むぅ、と眉間が波立っている様相が、容易に想像出来る程に。

 それを見兼ねたのか、高町は懇切丁寧に説明を始めた。

 

「聖君は魔力を別のエネルギーに変換出来る資質を持ってるんだよ。そしてそれが『流動』、この世に存在する物体に掛かるエネルギー」

 

 力とは常に存在する。

 重力や浮力、引力に斥力、代表的なものを挙げればその辺りだろう。

 それらは永久不変に流れ続け、絶えず動き続ける。

 俺は、無意識で魔力をその力に変換していたのだという。

 ジオ・インパクトならば腕に重力を集め、リペル・アトモスフィアならば周囲に斥力を発する。

 今までまともに発動しなかったシールドは、流動変換がプログラムに想定されていなかったが故に、シールドを構成する魔力が下方向に流れてしまったらしい。

 あの不可解な重みも、それが原因のようだ。

 

「そこで私は、シールドを構成する魔力を内部で円周方向に流動させて、その位置に固定出来るようにしたんだよ」

 

 力を垂れ流すのではなく、絶えず一定方向に流す事で発動させた。

 シールドの回転スピードが上がったのは、その作用によるもの。

 しかも表面で流動する力によって、通常のシールド以上に弾いたり受け流したりする効率が上がっているらしい。

 その事については、高町も『予想外の幸運』と言っていた。

 

「純粋魔力を使う私も、プログラムを操作する事で同じ結果を起こす事は出来るけど、聖君と違ってプログラム上での効率は落ちちゃうかな」

「魔法自体は誰でも真似出来るけど、俺の場合はそのものに変換する。だから他の魔導師よりは変換部分で省略出来るって事か……」

「うん、大体そんな感じだよ」

 

 顎に手を当てて、今の高町の言葉を整理していく。

 俺は魔力を別物に変換、それも世界を流れ巡る『様々な力』に変える素質を持ってるらしい。

 重力、浮力、斥力、引力、その他諸々。

 だが魔法は物体に作用する力も当然だが生み出す、だから俺の変換は必ずしも他より上回っている要素になり得ない。

 唯一のメリットは、通常よりも変換の為のリソースが少ないという面だ。

 まぁ、此処までを纏めて取り敢えず言える事は……

 

「微妙だな」

 

 その一言に尽きる。

 変換資質は他にもあり、ハラオウンは『電気』でシグナムさんは『炎』らしい。

 あちらの方が圧倒的に強いイメージがあるし、余剰効果まで存在する。

 それに比べて、俺は誰にでも再現可能な有り触れた能力。

 何処までも俺は平均以上に良い素養には恵まれないらしい。

 だがそれでも、こうして自分の能力を知る事で良い事もあった。

 

「これで自分の力の使い方も分かったと思うんだ。資質に適合した魔法を主体にする事で、通常以上の効果を発揮出来る」

「つまり、俺の方向性は定まったって訳だな」

「その通り」

 

 俺の確認の言葉に教導官の顔から一変、懐っこい普段の少女が現れる。

 愛らしい彼女のそれに反応して心臓が大きく跳ね、ポンプの要領で顔に血液が急上昇した。

 ……卑怯だぞ、そんな顔するのは。

 熱に茹る思考を振り切って、咳払いを一つして冷静さを取り戻す。

 

 兎に角、これで俺の進む先が見付かった。

 今までは闇の中を我武者羅に進もうと躍起になっていたけど、高町のお陰で明確な道が見えた。

 決して大きいとは言えない、それでも確かな一歩を俺は歩き出した。

 目の前の少女が、高町なのはがそれを教えてくれたのだ。

 

 やっぱり、お前を信じて良かったと思う。

 今はまだスタートラインだから、これからも多くの障害が出て来るだろうけど、それでも歩く道を見失わない。

 

「これからだな」

「そうだよ。ビシビシいくから、覚悟しておいてね」

 

 俺の手を引いて先を進んでくれる、心強い存在が居るから。

 強く握り締めたその小さな手で、確かな答えへと導いてくれる。

 どんな時でも負けない不屈の少女のように、いつか……

 

「あぁ、お手柔らかにな」

 

 その手を離しても、迷わないでいられる自分になる為に。

 俺は、強く大地を踏み締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうも、おはこんばんちはです( ・ω・)ノシ
なのは編№Ⅱをお読み下さり、ありがとうございます。

早速始まったなのはによる教導なのですが、彼女は聖が魔法を使う所を見たのは今回が初めて。
なので勿論、彼の『流動』に関して全く知りません(本人もですけど
その辺りはクロノが事前に教えてくれるかと思いきや、敢えて伝えていないという……。
まぁ彼としても「教導官ならばこれ位は出来ないとな」とか思っていそうです。
そして無事、彼の資質からラウンドシールドの問題点を解決。
『プログラムにミスは一つも無かったが、それを使う事自体がミスそのものだった』という訳ですね。
それと高町夫婦と聖の出会いと、これまでの付き合いについても言及されましたね。
更に姉である高町美由希の参戦……多分此処だけかと(;・ω・)
はてさて、これからどうなる事やら。

そういえば最後まで言及の無かった、なのは曰く「変わった魔法」とは『リパルサー・シフト』の事です。
あの魔法、打撃じゃなくて『移動魔法』なんですぜ?(・´ω・)
効果に関しては、聖の魔法の数が纏まってきた時に一気に紹介しましょうかね?

今回はこれにて以上となります。
感想や意見、タグ関連やその他諸々は遠慮無くドシドシ書き込んで下さい。
皆さんからのお声が原動力なので、是非、是非、是非宜しくお願いします!!( ;Д;)
では、失礼します( ・ω・)ノシ




総UA20000突破ありがとうございます!ヾ(゚∀゚)ノシ
そして『運命翻弄編』から『なのは編』に移ってから、急に感想が増えるという現象。
やっぱり聖がメインの本編って需要無いんですねぇ……(´・∀・)
もしかしてヒロインルート後の『運命決着編』とか、誰も見てくれないのでは……!!(;゚Д゚)
怖い、無言のプレッシャーが非常に怖いッス(;ω;)
少しでも良いので、感想プリィィィィィィィィィズ!!(`・Д・´)


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。