少年の誓い~魔法少女リリカルなのはO's~   作:さっき~

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「さぁ、時間だね」

――目の前に佇む、ドレスのような意匠をこらした衣に包まれる少女。
――魔導師が身に纏うとされている『バリアジャケット』、純白に彩られたそれは彼女に良く似合っていた。
――髪型はいつものサイドテールからツインテールへと変わり、普段の印象とはまた違ったものを感じさせる。
――携えた杖の先端には拳程の大きさを持った紅玉、正しく魔法使いの杖を体現する形状。
――それ等を統合する事で『魔法少女』たる存在へと昇華した、『高町なのは』。

――今日もまた彼女の指示の下、俺は訓練に勤しむ。
――幾つもの光弾を避けて受けて喰らっての、いつも通りの内容。
――でもそれだけで、本当に大丈夫なのだろうか?
――いつまでも彼女の意見にだけ耳を傾け、自分自身は何一つ考えない。
――そんな状態で、俺は本当に強くなれるのか?

――そうだ、強くならなくちゃいけない。
――バニングスに、月村に、高町の事を頼まれたのだ。
――何も出来ないからと、彼女の傍に居る俺に全てを託した。
――その想いを無意味にしない為にも、俺は今以上に強くなって、高町を守れるようにならなくちゃいけない。

「それじゃ今日もシュートイベーション、始めよう」

――彼女の負担を少しでも和らげるように。
――俺はこの手で、それを証明する。







 


N№Ⅳ「教導の意味」

 

 

 

 

 

 地面を強く蹴ってその場から飛び退く刹那、眼前を通り過ぎる桜色の弾丸。

 回避成功、だが着地と同時に膝の力を抜いて身を沈め、頭上を左右から通過する2発のソレをやり過ごす。

 だがすぐに方向転換、数メートル程度しか彼我距離は無い。

 しかし、近ければ近い程――

 

「リペル!!」

《Repel Atmosphere(リペル・アトモスフィア)》

 

 運動阻害を促す魔法は効果を発揮する。

 

 

 この魔法は自分の周囲に斥力の波を発生させ、範囲内のあらゆる物体に負荷を掛ける事が出来る。

 どれだけの数の対象があろうとも、範囲内であればその全ては効果を受ける。

 しかし発生源である俺から離れれば離れる程、効果は落ちていくという性質を持っている。

 

 

 この距離ならば、一瞬だろうがその動きを極限まで阻害する事が出来る。

 放たれる波動を受け、桜色の光弾はその運動を鈍らせ、その隙に下のスペースに滑り込んだ。

 

「ちっ……!!」

 

 後ろ手を軸に素早く立ち上がると、既に追撃は放たれていた。

 視界に収まっているだけでも4発、そして頭上から空を切る音が1つ。

 バックステップで頭を掠めつつも回避、そのまま弾丸は地面を抉り爆ぜる。

 

「シールド!!」

 

 視界を閉ざす砂塵は、弾丸の居場所を隠すカーテン。

 だが、茫々と揺らめくその煙に掌を向けすぐに盾を形成、一瞬の間を置いて砂膜を突き破ってくる脅威を防ぐ。

 今回のシューターは弾性が低いらしく、衝撃を与えると共に即座に爆発。

 それを何とか1枚で凌ぐと、目の前でより深い濃霧が展開された。

 視界の殆んどを埋めるそれは、残りの弾丸に対処するには邪魔でしかない。

 

《Repel Atmosphere(リペル・アトモスフィア)》

 

 俺の意を汲み取ったアポクリファの自動発動、更に後ろへ下がりながら払われる爆煙に目を向ければ、更に3発。

 

「しつこいっ!!」

 

 再びシールドを展開、直撃し更に煙が巻き上がる。

 先程から粘着するような畳み掛ける追撃は、1つでも取り零せばその時点でジ・エンド。

 だから精神を研ぎ澄ませ、双眸に映るもの全てから情報を得る。

 追尾弾の速度から逆算する着弾時間、それぞれが通過するルートから考えられる回避スペース。

 少しでも気を抜けば簡単に理論は瓦解して、その隙が致命的となる。

 息吐く暇すら与えられない無酸素運動の極み。

 それでもこの体は――――まだ動く。

 

「……っ、インターバルか」

 

 樹林を背に周囲を見遣るが襲撃は無い。

 すぐさま上空へ視線を移すと、純白の魔導師が此方を見据えている。

 彼女の周囲には桜色の弾丸が一定スピードで縦横無尽に公転し、幾筋を引いて堅牢な防御壁を構成する。

 逆に俺の周囲には何も無い、つまりこの訓練での一時的な休憩時間。

 その間に可能な限り深くゆっくりと呼吸して、精神の昂りを沈め、更に鋭く研ぎ澄ます。

 

「まだまだ行くよっ!!」

 

 杖を持たぬ手で弾丸を制し、俺の頷きを確認すると同時に――

 

「シュート!!」

 

 ――撃鉄を起こした。

 しかしそれを黙って見過ごす程、この訓練に対して一辺倒な思考は持ち合わせていない。

 弾丸が彼女が脳裏に描く軌跡を通る直前、足は既に地を蹴っていた。

 そのまま真っ直ぐ、彼女の真下を抜けるように進む。

 遅れて数瞬、追跡者達が発射され俺を追い詰めんと宙を滑る。

 

 だがそれは先程と真逆の展開。

 弾丸に追い駆けられて逃げるのではなく、自らが逃げて追い駆けさせる。

 言葉としては意味の大して変わらないその2つ、しかし行動を起こす者にとっては決定的な違いが存在した。

 

「こっちだよっ……!!」

 

 逃げるという行動を受動的なものとして行使するのか、能動的なものとして行使するのか。

 後手に回って逃げるのではなく、先手を取って逃げる。

 それだけで弾丸は先回りを行えず、俺の後を追う形に収まってしまう。

 

 今までの経験から鑑みて自動追尾弾は、対象を捕捉して四方八方から狙い打つ魔法だ。

 しかしソレ等は名の通り全てが自動、術者が意図しない限りテンプレートに沿った行動のみが許される。

 だからこそ、今のこの状況が出来上がるのだ。

 接近を待ってから回避するのでは唯の的、しかし逆に自らが先手を取ればハーメルンよろしく、奴等を先導する笛吹きになる事が出来る。

 幾ら数があっても、ルートさえ限定させてしまえば此方に――――っ!?

 

「くそっ……!!」

 

 背後から迫り来る光弾の群れから視線を前へ戻した刹那、上空で何かが動いた。

 ストンと急降下するそれは間違いなく、現在絶賛追跡中のシューターと同じもの……という考えは、一瞬で切り伏せられた。

 正確に眉間を狙って鋭い軌跡を描くそれは、明らかに先程までのものとは別格の機動だ。

 まるで命を持ったかのような動きを、半ば脊髄反射で行った横っ飛びで避ける。

 だが油断は出来ない、アレは後ろから追って来たものとは違う。

 すぐさまシールドを展開し、弾丸の来るであろう場所へ向けた。

 

「――つっ!!」

 

 腕をそこへ固定した瞬間、何の気構えもさせぬ間に衝撃が走った。

 

 危ない、後コンマ数秒でも遅れてたら確実に喰らっている。

 心臓が跳ねる程の不意打ち、その隙に他の弾丸も俺へと密集してきた。

 散弾のようにばら撒かれた群れが目の前まで迫る。

 

「負けっかよ!!」

 

 最早この状況で回避なんて考えは微塵も無かった。

 すぐさまシールドを張り直して、防御態勢へ移行する。

 容赦無く盾を叩き付ける衝撃、その度に足が地面から離れそうになるのを踏み締める事で耐える。

 みっともない呻き声を切れ切れに漏らしながら、数秒程度の時間で全弾丸に耐え抜いた。

 

「いつまでも自動追尾だけだと思っちゃ駄目だよ。相手がいつ操作弾を使うか分からないんだから」

 

 上空から降り注ぐ注意の声。

 俺の動きを常に観察していた教導官からの指摘、それによって一つの事実が判明した。

 殆んど確信に近かったものだが、やはり高町自身が操作していた光弾だったのか。

 

 だがこれで、先程までのルート制限の作戦は不可能となった。

 常に上から見下ろす彼女は、この空間に於いての支配者と言っても過言ではない。

 このシューター、正式名称は『アクセルシューター』だが、彼女の得意魔法の1つだ。

 故にその操作や戦法はお手の物であり、正に鬼に金棒。

 

 これからが、彼女の本当の教導。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思念操作弾が本格的に使用され、シュートイベーションの難易度は格段に上がった。

 追尾弾で俺の逃げ場を限定し、その先々に操作弾を配置する。

 時には追尾弾の中に操作弾を隠し、奇襲とばかりに俺を狙う狡猾さ。

 正直、今までの訓練が児戯だと錯覚してしまう程にレベルを増していた。

 

 その中で俺は、必死に弾丸を避けて受けてを繰り返している。

 だがこればかりを繰り返して本当に良いのか、胸中で疑問を燻らせていた。

 この訓練、延いては高町の教導は、俺に身を守れる力を持たせる為に始めた事。

 確かに身を守る事は、生き残る力として充分なものだろう。

 だから今まで避ける事、受け止める事のみが俺に出来る、許された行動だった。

 

 ――――でも、本当にこれで強くなれるのか?

 いつ来るとも知れないその時に、防御しか出来なければいずれジリ貧になる。

 どんな時でも決定打は必要なのだ。

 俺が孤立してしまった事態に備えての訓練だと言うのなら、攻撃にも充分な意味がある筈だ。

 それに、高町ばかりを矢面に立たせるなんて絶対に嫌だから……。

 彼女を守れる強さを手にする為に――

 

(行くぞ)

《But......(しかし……)》

(無茶なのは承知の上だ)

《All right.(分かりました)》

 

 相棒の諦めたような呟きの後、右腕に現れる環状の魔法陣。

 真っ直ぐに、不規則に迫り来る弾丸を見据えながら、心は冷静に保ちつつ拳で地面を貫いた。

 

《Geo Impact(ジオ・インパクト)》

 

 衝撃が大地を揺るがし、砕けた土砂は砂塵となって周辺を覆う。

 それは俺の身を隠すと同時に、次の行動を予測させない一手となる。

 高町のシューターは現在、追尾弾を囮にして本命は操作弾になっているのが現状。

 だが煙幕を広げれば、意のままに動く弾丸は彼女の視認出来ない的に集う事は難しい。

 

 その刹那の時、急いで全身に強化魔法を掛け直し、そのまま跳び上がった。

 立ちはだかる暗幕を突き抜け上昇、大気の壁を貫いて一気に高町の高度を抜いた。

 上空10メートル、狙うは眼下の少女。

 もう一度右腕に魔力を叩き込んで、鋼の風を従わせる。

 

「っ、回避と防御だけって言ったでしょ!!」

「それだけじゃ――」

 

 突然の行動に目を見開いている彼女の様子は当然、今までの訓練で俺が攻勢に出た事は一度だって無かったのだから。

 いつも高町の指示に従い、兎に角避ける事と防ぐ事にのみ専心を向けていた。

 でも、それだけじゃ駄目だと気付いた。

 

 言われた事を繰り返すだけじゃなく、教えられた中で自分で考え、そこで答えを見付けていく。

 そして俺が見付けた答えは、自身の意志で戦うという事。

 迫撃する俺に対抗して、慌てながらも高町は眼下のシューターを急浮上させて俺を狙う。

 それを視界に収め、急いでシールドを張ろうとしてすぐにその案を否定した。

 

「何で……!?」

 

 此処でシールドを張れば同時発動の出来ない俺では、右腕の魔法は必然的にキャンセルされてしまう。

 それでは攻勢に出た意味が無くなる。

 シールド代わりに左腕で顔面を覆い、そのまま突貫を継続。

 横っ腹や脚に弾丸が掠めるが、そんなものは無視だ。

 

「――駄目なんだよ!!」

《Geo Impact》

 

 自由落下に身を委ねながら肉薄、想いをぶちまける咆哮と共に鋼の一撃を振るう。

 だがそれは、高町の桜色の盾にアッサリと防がれた。

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

 裂帛の気合と共に力を込める。

 それでも彼女の盾にも、彼女自身にも揺るぎは無い。

 鉄壁であり不動の城塞は、俺の一撃を毛程の脅威も感じていないというのか!!

 この硬さ、もしかしたら黒衣以上かもしれない……。

 

「くっ……」

 

 鎬を削る攻防、だが俺の目には、あまりにも一方的な展開にしか映らなかった。

 火花と共に反発音が鳴り響く。

 

 その時、視界の隅に何かが走った。

 

「――っ!?」

 

 右腕を強く押し込んで、反発の勢いでその場から大きく飛び退く。

 数瞬後、そこを通過する桜色の光弾が2つ。

 回避からの急速落下、体勢を低くしながら着地。

 地面を削りながら数メートルの後退の後に、顔を上げ相手を確認――

 

 

 

 

「…………あっ」

 

 ――絶句した。

 全ての魔法弾が――――俺の傍を飛び回っている。

 ほんの些細な隙間すら埋めるように取り囲みながら、9個の光点が逃げ場の無い檻を形成していた。

 ……身動きが取れない。

 

 

 

 

「何で駄目なの?」

 

 静かに彼女が口を開いた。

 細々と疑問を語るその姿は、風に流されてしまうような儚さを表していて……。

 そして、何かに耐えるような歯痒さを孕んでいた。

 

 応えるような言葉は喉に引っ掛かって出て来ない。

 俺は唯、その姿を見詰めている事だけしか出来なかった。

 

「私は、今みたいな無茶をする方が駄目だと思うよ」

 

 淡々と述べられるそれらは、今の俺の行動に対しての意見。

 教導官としての言葉が風に乗って、耳朶を打つ。

 未だ、俺の周囲にはシューターの軍勢が包囲網を組み上げている。

 

「今は訓練だけど、これが実戦だったら聖君は戦闘続行不可能。あの時のように傷付いて、ボロボロになって、また何処かに連れ去られる」

 

 空中で静止していたその身が、ゆっくりと地面に引き寄せられる。

 地を足で踏み締めると、そのまま此方へと歩き出した。

 

「そんな事態を起こさない為に、この訓練をやっているんだよ?」

 

 ゆっくりと一歩一歩、此方へ近付いて来る。

 風に靡く髪は柔らかくしなやかに宙を踊る、でもその瞳には、例えようの無い感情を秘めていた。

 

「聖君が傷付かない為に、安全に確実に身を守れるように……」

 

 静かに紡がれる言葉。

 だと言うのに何故、彼女の唇は震えているのだろうか?

 何かを無理矢理抑え込んだような、そんな声色が流れるのだろうか?

 

 

 

 

「なのに、何であんな無茶をしたの!?」

「っ!?」

 

 一瞬、心臓が止まるかと思った。

 大気を引き裂くように張り上げた声は、俺の耳を抜けて体の内側にダイレクトでぶつかった。

 怒号ではない、それでもその声には言い知れぬ力が込められている。

 今まで見た事の無い少女の姿が、そこにはあった。

 

「分かってるの!? あんな無茶な機動で、下手したら空中で落とされちゃうんだよ!!」

 

 感情に任せていても、彼女の言ってる事は至極真っ当だ。

 コイツのように空を飛べない俺は、あぁやって強化した力で飛び上がる事しか出来ない。

 しかしそれは、上昇後の一切を無視した行動に他ならない。

 空中での機動なんて器用な事は出来ないし、着地だってバランスを崩せば地面に体を打ちつける。

 そんな状態では良い的、彼女の言うように落とされてお仕舞いの結末が待っている。

 身を守る以前の話ではない。

 

「何の為に訓練してるの? 何の為に聖君は……此処に居るの?」

「俺は……」

 

 漸く動いた口から出たのは、逡巡。

 彼女の豹変に驚いた心と、言っている事の正当性に、何一つ反論の余地は無かったから。

 高町がこの教導を始めたのは、俺が孤立しても身を守れるようにする為。

 そして俺がそれを受けた理由は、彼女1人に全てを押し付けたくなかったから。

 高町にばかり、負担を掛けたくなかったから……。

 

「俺はっ、お前に――」

「――私の事は関係無い!!」

 

 頭を振り乱すように発せられた、否定の怒声。

 歯を食い縛って杖を握る手を、何も無い手を、力強く握り締めている。

 双肩もワナワナと震えていて、前髪に隠れた双眸は最早、俺と合わせる事は叶わない。

 全身から滲み出る感情は……純粋な怒りだった。

 

「高町……」

 

 堅牢な捕縛陣を形成するシューター、その中に閉じ込められた俺自身。

 それでも気付けば、彼女に向かって手を伸ばそうとしていた。

 彼女の姿が怒気を孕んでいても、その奥に違う何かが見え隠れしていたから。

 ゆっくりと、緊張で震える腕を挙げようとして……

 

 

 

 

 

 

「もう、止めようか」

 

 冷え切った声で、そう言い捨てた。

 桜色の魔法弾はその場で霧散し、俺を圧迫していた存在はこの世から消え失せた。

 突然の言葉、突然の状況の変化に、俺の理性がその意味を求めて忙しなく動く。

 気付けば高町はバリアジャケットを解いており、いつものサイドテールを揺らしていた。

 レイジングハートも待機モードに戻っていて、彼女の首に紐で提げられている。

 

「先、帰ってるから」

 

 そのままゆっくりと、俺の存在に見向きもせず踵を返した。

 段々と離れていくその背中、呆然と見詰めている事しか出来ない。

 サラサラと木の葉が擦れる音が耳に入るが、今は酷く雑音染みていて鬱陶しくて……。

 月光が照らすこの世界で、俺は独りぼっちで取り残されていた。

 少女の怒りにも似た慟哭と、今にも消えてしまいそうな、その背中の意味に気付けないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~Interlude side:Nanoha~

 

 

 弱々しい風が、頬を優しく撫でている。

 まるで私を慰めるようなそれに、思わず涙腺が緩みそうになった。

 でも泣いちゃいけないと思って、それだけは耐える。

 街灯に照らされた道はクッキリと映っているのに、何処か曖昧に見えて、自分の今の状態にそっくりで……。

 

「ねぇ、私は間違ってたのかな?」

 

 だから今は、自分をしっかりと保つ為に、何か喋っていないと落ち着かなかった。

 

《No, master is not wrong. I think that I selected the best by the current state.(いいえ、マスターは間違っていません。現状で最善の選択をしたと、私は思っています)》

 

 首に提げられたパートナーは、明滅を以ってそう答える。

 今は小さくて丸いルビーのような存在だけど、精一杯私を励まそうとしている。

 それがとても嬉しくて、また涙腺が緩みそうになって、また我慢した。

 

「それじゃ、聖君が間違ってたのかな?」

《It cannot be said that there is completely no wrong.(完全に非が無いとは言えません)》

 

 思い返すのは、先程まで一緒に居た男の子。

 ちょっと目付きが悪くて、でもそんなの気にならない位優しくて、偶に意地悪な少年。

 小さい頃から無茶ばかりして、そうする事が当然のように思ってしまった人。

 でも今回ばかりはそんな事は言っていられない。

 だって彼の命が、人生が掛かっているんだから……。

 

「何であんな事したのかな?」

《I don't know.(分かりません)》

 

 私の問いに、困ったように口を噤むレイジングハート。

 何だかさっきから、私ばっかり質問してる。

 でもそうしないと、心から溢れてくる疑問が胸を押し潰してしまう。

 何でもいいから言葉を吐き出したかった。

 

「どうしようか、これから……」

 

 あんな無茶を繰り返すようなら、聖君に教導をする意味は無くなっちゃう。

 私の教導は守る為のものであって、傷付く為のものじゃないから。

 

《Let's put time. It is the best now.(少し時間を置きましょう。今はそれが最善かと)》

「うん……そうだね」

 

 その通りだ。

 こんな状況が続かない為にも、少しでも考える時間があった方が良い。

 

 でも、少しだけ残念に思ってしまう。

 今までの教導訓練は、本格的なものじゃ無かったかもしれない。

 毎回基礎の連続で代わり映えのしない内容。

 それでも聖君は真摯に、真面目に、一つ一つを取り組んでいた。

 決して順調じゃなかったけど、それでもきちんと課題をクリアしていった。

 私が言わなくても、暇があればノートを読んでいて復習にも余念が無かった。

 何もかも初めての事ばかりなのに、頑張って、頑張って、頑張って……。

 自分では分かってないようだけど、私から見たら確実に成長していた。

 

 恵まれた資質じゃない、本人はそれでも努力を惜しまない。

 そのひたむきな彼の姿は、凄い格好良いと思った。

 だけどもしかしたら、もうそれは見られないかもしれない。

 

 ――――私の指摘を一字一句漏らさずノートに書き込む姿も、迫り来るシューターに向ける鋭利な瞳も、高評価を言われた時の恥ずかしそうに謙遜する顔も、もう見られない。

 それだけで、私の中の何かが大きく揺さぶられた。

 酷く悲しい気持ちが、内側から押し寄せてくる。

 

「にゃはは……。私自身、あの時間を楽しんでいたんだね」

 

 胸に渦巻く感情、それで分かってしまった。

 自分にとってあの時間が、教導という時間が大切だった事に……。

 聖君と2人っきりの時間が私にとって、凄く充実していたものだった事に……。

 遊びなんかじゃない、真剣だったからこその楽しさがあった。

 だからもし、このままその時間が無くなってしまったら、私はどうなるんだろう?

 

 ――ううん、何も変わらない。

 

「聖君は守る、絶対に」

 

 訓練が続けられないのであれば、今後は本腰を入れて護衛任務を全うする。

 私1人になったとしても、彼だけは守ると決めたんだから。

 誰かが困っていて、助けてあげられる力が自分にあるなら、その時は迷っちゃいけない。

 お父さんに教えて貰った力の使い方を、私は貫き通す。

 だから――

 

 

 

「あ、れっ……?」

 

 その時突然、視界が揺れた。

 普通に歩いていただけなのに、何の意味も無く足が縺れた。

 その所為で足が止まり上半身が投げ出されたけど、近くの電柱に掴まって何とか耐える。

 

《Are you all right(大丈夫ですか)!?》

 

 胸元の紅玉の明滅、私の身を心配するその声が酷く焦っていた。

 そんな彼女を宥めるように、大丈夫と一言告げる。

 唯の眩暈、だから特別な事でも何でもない。

 前の健診でも問題は無かったんだから、これは偶々なもの。

 少しだけ休めば、すぐに良くなるから……。

 

「だから、そんな心配しないで」

《......All right.(……分かりました)》

 

 少しだけ違和感の残る視界、その先のレイジングハートに笑顔を向ける。

 私は大丈夫、それだけの想いを乗せて……。

 お風呂に入ってゆっくり眠れば、きっと明日にはいつもの私だから。

 皆に笑い掛ける事の出来る、いつもの私に戻れるから。

 少しだけその場で立ち止まって、そしてまた歩き出す。

 そうして私は、我が家へと戻っていった。

 

 

~Interlude out~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何分、何十分もの間、その場で呆けていただろうか。

 桜台での出来事から未だに、俺の心は放心と鬱屈の狭間を行き来していた。

 その帰路に着く足元も頼りなくて、道順が合っているのかすら疑わしかったのは言うまでもない。

 でもそこに着いた瞬間、それは間違っていなかったと知る。

 木造の屋根付き門扉、表札には『高町』と書かれた場所に……。

 そして――

 

「少し、話そうか」

 

 ――数年前から見慣れた男性の姿が、否応無く視界に収まったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高町家の庭にある、木造の建物。

 初めて見た時からずっと気になって、それでも敢えて気にしなかったその場所。

 道場と呼ばれる、俗世と隔絶された神聖な世界。

 一歩その空間に足を踏み入れるだけで、精神が引き締まる空気感が肌を突き刺す。

 誰も居ないのに、それでも此処には数え切れない跡を残していた。

 その板張の床を歩きながら、俺達は中へと進んでいく。

 

「それで、話というのは?」

 

 三歩先を行く男性の背中に声を掛ける。

 言われるがままに此処まで来たけれど、正直乗り気じゃなかった。

 士郎さんと話せる事自体は嫌いじゃない、色々ものを教えてくれる人生の先輩との会話はそれだけで意味がある。

 

 でも今は、こうして2人っきりの状況が酷く居心地が悪かった。

 桜台で高町とあんな別れ方をして、どうやってその父親と顔を合わせればいいのか。

 ……全然、分からない。

 分かる事は、きっとこの人が訊きたがってるだろう事柄。

 間違い無く高町の、自分の娘の事だろう。

 

 

 

「今、君は何を悩んでいるんだい?」

「――――えっ」

 

 だがその口から告げられたのは、想像の対極に位置する『俺』という存在。

 まさか自分だったとは……思わず男性の顔をまじまじと見詰めてしまった。

 対する男性は微笑みを浮かべながら、穏やかな空気を纏って俺を見据える。

 

 その姿が、一瞬だけ師父とダブって見えた。

 

「これでも3児の父だからね、子供の変化位は見抜ける」

「……」

「言いたくないなら構わない。風呂に入って、そのままグッスリ眠ればいい」

 

 きっと単なる見間違いじゃない。

 師父もこの人も、子を持ち、その人生を支えていく立場の人間。

 たかが十数年しか生きていない俺が、その人達に何かを隠す事なんてそもそも無理なのだ。

 真っ直ぐに射抜く視線から逃げたい衝動に駆られるが、それは無礼だと心を戒めて見返す。

 そして、俺は口を開いた。

 

「必要以上に頑張る事って、いけないものなんですか?」

 

 心の内を晒す、それは思っている以上に勇気の要る行動だ。

 発される言葉は全て自分自身、子供でしかない俺の思いの丈。

 でもそれは俺だけが抱えるもので、共感する人など居る筈も無く、逆に否定を告げられるであろう意志の塊。

 

「無力な自分を変えたいと思う事は、いけないものなんですか?」

 

 瑞代聖(オレ)を取り巻く状況は、あの日を越えて明らかに激変している。

 だがその中心である俺はあまりにも無力で、何一つ望むべき方向へ変えられない。

 だから望んだ、変えられない自分を、変えられる自分にする為に……。

 強くなりたいと、純粋に思った。

 

「確かに無茶な事もしました。下手すれば大怪我に繋がるかもしれない。それでも……」

 

 一日でも早く、自分が望む場所へ辿り着きたかった。

 そこへ足を踏み入れる事が出来れば、きっとアイツに近付けると信じていたから。

 少しでもアイツに圧し掛かる負担を減らせると、力になれると信じていたから。

 そう思う事は、間違いなのか?

 守られるだけで何一つ出来ない自分が、最も正しい姿なのか?

 

 ――――違う、俺はそんな生き方なんてしたくない。

 俺はどんなに辛い想いをしても、自分の最善を最後まで貫きたい。

 

「自分の全てを他人に押し付けるのだけは、絶対に嫌だ」

 

 高町は最初、一緒に戦おうと言ってくれた。

 でも今は、戦う事じゃなくて逃げる事しか教えてくれない。

 それはつまり、俺を狙う相手全てを自分が引き受けるという事だ。

 本当にそれが共に戦う事なのか、あの時の彼女を思い返す度に疑問に思う。

 

「また誰かに守られるだけで、自分への憤りと遣る瀬無い想いを抱えて生きるなんて……」

 

 今までに何度も周囲の人達に救われてきた。

 そしていつだって、自分の弱さを痛感せずにはいられなかった。

 子供だから守られて当然、子供だから無理する必要は無い。

 呪詛のように繰り返されてしまえば、そんな擁護の言葉も唯の否定にしか聴こえなくなる。

 

 捻くれ者だって事は充分に分かってる。

 でも素直に従ってばかりで、自分から何もしないのは大馬鹿者と同じだ。

 師父やシスターという素晴らしい人に育てられておきながら、自分が愚かに染まるのは許せない。

 2人の想いに守られてきて、それを受け継がないなんて嘘だ。

 

「俺には出来ません」

 

 自分が生きてきた道が真っ直ぐじゃなくても、進んできた道は確かに後ろに存在する。

 それがどんなに泥臭く、他人に誇れるものじゃなくても、自分だけはその道を否定したくなかった。

 

「……」

 

 交錯する視線、そこに揺らぎは微塵も無い。

 俺の言葉を受け止めて、士郎さんは静かに佇んでいるだけ。

 この人は俺なんかよりずっと多くの事を経験し、そして今に至っている。

 酸いも甘いもかみ分けた男性、だから尚更怖い。

 この人が俺を否定してしまえば、それを拒絶する事なんて出来ない。

 自分の倍以上の年月を越えてきた男性の言葉には、それだけの力が存在するのだから。

 

 知らず、背筋に冷や汗が流れた。

 

「やっぱりなぁ。似た者同士だよ、君もなのはも」

「俺と、高町?」

 

 突然何をと懐疑な視線を向ければ、何がおかしいのか先程より深くなった笑み。

 そして沁み沁みと感慨に耽るような瞳で、言葉を続けた。

 

「自分で決めた事は何が何でもやり通す意志の強さも、人に言われても納得出来なければ聞き入れない所も……」

 

 士郎さんが語る『なのは』という少女が、俺に似ている?

 俺には分からないけど、この人の中には確たるものがあるのだろうか?

 

「そして、悩みを1人で抱え込んでしまう所も……」

「今現在、悩みを打ち明けてる最中なんですけど」

「連れて来なければそのままだっただろう?」

 

 ……まぁ、そうですけど。

 心を見透かすような一言に、どうにも居た堪れない気持ちになる。

 気まずい心情が全身にむず痒さを走らせる。

 

「だからかな、昔から君を放っておけなかったのは……」

 

 もう3年以上前から、この人と顔を合わせている。

 JFCの練習場で、翠屋で、海鳴の街角で……。

 いつだってこの人は俺を見付ければ声を掛け、その度に世話を焼こうとする。

 

 鬱陶しいと思った事が無いと言えば嘘になる。

 出会って間もない頃が正にそれで、執拗に翠屋へ誘う士郎さんに辟易した事もあった。

 今思えば何て馬鹿な事をしたんだろうって言えるけど、あの時はそんな心の余裕すら無かった。

 でもいつしか、この人の温かさと強さが師父と同じものだったと気付いた。

 

 つまり俺とこの人は、お互いを自分の家族に投影して見る事で歩み寄った関係だったんだ。

 

「迷っている時こそ、答えは自分で見付ける。そしてぶつけるんだ、伝えたい相手に」

「ぶつける?」

 

 今日の訓練で高町に言われた言葉、そして自分の心から生まれた言葉。

 それは決して交わっていないけれど、相手にぶつける事で何か変わるかもしれない。

 アイツがあの時、抑え込んでいた感情の意味も……。

 だったら、士郎さんの助言に倣ってみるのも良いかもしれない。

 先程まで高町と顔を合わせる事を躊躇っていたけど、そう思えれば少しは向き合える気がする。

 

 …………怖い、でもやれるだけはやってみよう。

 道場の窓に映る月を見上げて、決意を新たに進む事を誓う。

 

 

 

「聖君、一つ訊いてもいいかい?」

 

 見えない明日、それでも一歩進むと決めた。

 だがその為に上げようとしている足を、目の前の男性は華麗に払いやがりました。

 何だろう、もしかして俺ってからかわれてるだけなんじゃないかと勘繰ってしまう。

 だが士郎さんの双眸には、決してからかう為の出任せの意志は感じられなかった。

 

「君はその無茶を、なのはの前以外でやったかい?」

「え……」

「本当に強くなりたいのであれば、なのはと一緒に居る時間じゃなくても出来る事はあると思う」

 

 その無茶というのは、俺が行ったあの時の行動だろう。

 この人には何一つ言っていないのに、ソレが何なのか薄々勘付いている。

 恐らくだけど、魔法が絡んでいる事も気付いているのかもしれない。

 それでもこうして曖昧な言葉で濁しながら語るのは、直接的な関与はしないという意志の表れ。

 

「もしなのはの前以外でやってないなら、それはどうしてだろうね。一緒に居る時じゃなくても、そうする時間はあったかもしれないのに……」

 

 だから、士郎さんの言葉の意味を考えてしまう。

 俺がどうして、高町の前だけで無茶をしたのか。

 必要以上に頑張ろうとする、無力な自分を変えようとする意志を持って尚、高町の傍で訓練を続けていたのか。

 彼女の居ない所で、自分だけで訓練をしようとしなかったのか。

 アイツに自分の力を見せて、それを証明して、どうするつもりだったのか。

 ソレ等は一体、何を意味しているのか……。

 

「それを理解出来れば、君も何かを掴めるかもしれない」

「一体、何だって言うんですか?」

 

 この人は何か知っている。

 俺の行動の裏に存在する、俺の内側を……。

 俺自身ですらまだ理解出来ないそれを、この人は感じ取っているのだ。

 

「まずは風呂に入って、布団でグッスリ眠る事。全身の疲れを取って、心を入れ替えればきっと見えて来る筈さ」

 

 それでも、士郎さんは何一つ教えようとはしない。

 意地悪ではなく、自分で見付けなければ意味が無いのだと言外に語っていた。

 冗談めかしてはぐらかす言葉も、きっと俺が出ていく為の口実作りなのだろうと思う。

 

 だから今は、釈然としないモヤモヤを抱えながら戻る事にした。

 目の前の男性に軽く一礼をして踵を返し、音を立てないように板張の床を歩く。

 入り口を抜ければそこは、完全な夜の帳。

 暗闇に差す一縷の月明かりが、辛うじて世界を照らしていた。

 

 その境目、電灯と月光が交わるその場所を抜けた瞬間。

 不意に背後から声が掛かった。

 

「なのはを、見ていてやってくれ」

 

 振り返った先には、それを発した男性。

 何か言葉を続ける訳でもなく、ジッと俺を見ているその理由は何だろうか?

 発された言葉に、俺に向けられるその視線に、どんな想いが宿っているのだろうか?

 

 それを知り得ぬまま、俺はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰が何と言おうとも、時間は巡り、朝日は昇る。

 遥か上空から燦々と降り注ぐ太陽は、肌を緩やかに焼いて、その熱をそよと吹く風が冷ましていく。

 時折耳に入る木の葉の擦れる音は、心地良い残響となって精神を静めて消える。

 脛に感じる板張の硬い感触も、小さく鳴く小鳥の囀りも、今の自分には些事にすら劣るものだった。

 

「……」

 

 外界の事など意識を向けるに足らない。

 心臓の鼓動、呼吸による空気の流れ、自分の内側に存在するものだけを見詰めていた。

 双眸は閉ざされ、視界に映るのは闇一色。

 それは決して恐れるものではなく、心を穏やかに静める黒い大海。

 だから俺は、自身の全てをその世界に委ねる。

 朝の日差しを浴びながらの精神統一、高町家の縁側はそれを行うに絶好の場所だった。

 

「……」

 

 ゆっくりと流れる体内時間、その中で思考もゆっくりと働く。

 今日も朝早くの起床、そして桜台へジョギング。

 それはここ最近の日課で、いつもならばあの場所にはアイツが待っている筈だった。

 だがその場所に、彼女の姿は無かった。

 

『もう、止めようか』

 

 あの時の言葉が否応無く思い起こされる。

 何かに耐えるような顔で、噛み締めながら呟いたあの言葉。

 その真意、抱える想いを知る間も無く、俺は翌日を迎えた。

 だから今朝はまだ、アイツと顔を合わせていない。

 

 昨日、士郎さんと話して色々と考える事はあった。

 それでもまだ、彼女に面と向かって話せる気がしない。

 交わらない意志をぶつけ合う為に、何かしらの切っ掛けが欲しかったのだ。

 そして今日、高町家で過ごす最後の日を迎えた。

 

「……駄目だ、集中出来ねぇ」

 

 高町のあの表情を見てから、どうにも心が落ち着かない。

 いつもなら何一つ問題の無い精神統一でさえ、先程から何回もやり直している。

 開いた瞳に映る青空に雲は無く、今日一日の晴天を約束する証となっていた。

 

 だと言うのに、俺の心には曇天が広がって晴れ間の一つも見えやしない。

 快晴に恨めしい視線を向けるが、俺のようなちっぽけな存在に変えられるものなんて何もない。

 ふぅと一息吐いて立ち上がり、ポケットから携帯を取り出す。

 

 現在の時刻――――AM6:55。

 そろそろ朝食の時間、高町の家族と過ごす最後の朝食。

 この家に来て3日目の今日、今までの感謝の気持ちに報いれるよう、些細だが手伝い位はしよう。

 そう思って、ダイニングに向かおうとしたその時……

 

「あっ、聖君。おはよう」

 

 目の前に、高町なのはが居た。

 最初からそこに居たかのように、しかし全く気配を感じさせなかった少女。

 いつものようにサイドテールを揺らしながら、向日葵に負けない位の笑顔を咲かせて俺を見ている。

 

 だが俺は、その姿が映った瞬間、反射的に庭の方に視線を逸らしてしまった。

 あまりに突然の邂逅に、何の準備も心構えもしていない故に、この状況から目を離そうとしていた。

 

「お、おぅ。おはよう……」

 

 覚束無いが、挨拶をきちんと言えたのは正直助かった。

 精神的に顔を合わせるのは気まずかったが、それでもこうなった以上は無視するのも憚れる。

 顔を見ずに、それでいて普段通りの対応を心掛ける。

 きっと彼女の瞳には、いつもと違うおかしな俺が映っている事だろう。

 その辺りは寝惚けているという理由で納得して貰うしかない。

 

「今日も良い天気だね」

 

 何気無く差し支えの無い在り来たりな言葉を、いつもの音程で紡ぐ。

 なんて事無い、いつも通りの彼女がそこには居た。

 最早あの時の面影は微塵も無く、そこにあるのは笑顔だけなのだろう。

 どうしてそんな顔で居られるのか、あんな昨日を越えたばかりだと言うのに……。

 

「皆もう待ってるだろうから、私達も行こう」

 

 きっと俺を促そうとする双眸を向けているに違いない。

 でも今の俺には、昨日の彼女の顔を忘れる事が出来ず、それを見返せない。

 青々と生える庭の芝草、所々に見える庭石、太陽光を反射して煌く池だけが視界を埋めていた。

 

「……あぁ、先行っててくれ」

 

 静かにそう呟く行為だけが、俺が高町に向けられるもの。

 少なくともあんな事があった後で、すぐに相手に笑みを向けられる程、俺は器用じゃないから。

 そっか、と返す彼女の声はやはりいつも通りで、改めて彼女の強さを垣間見た気がした。

 

 同じ状況に遭っていながら、俺と高町ではこんなにも違う。

 自分が未熟である事を否応無く知らしめて、こんな態度でしか彼女と言葉を交わせない事実に苛つく。

 タッタと重みを感じない足音を立てながら離れていく高町、そこに視線を向ければいつもの背中がある。

 栗色の髪を揺らし、そのまま縁側を抜けていく……

 

「――――あっ」

 

 筈だった。

 あまりに突然で、自分でも何が起こったのか分からなかった。

 

 分かる事は、何の前触れも無く、唐突に彼女の体が崩れ落ちたという事実。

 膝を着いた状態すらまともに保てぬまま、上半身を投げ出して床に沈んだその姿。

 

 ……思考が凍結した。

 目の前に広がった光景、高町が急に倒れたという視界が捉えた情報。

 先程までの穏やかな流れをいとも容易くぶち壊す、急激な展開。

 気付けばこの体は理性が解を出す前に、倒れた彼女の許へと動いていた。

 

「高町っ!!」

 

 無礼を承知で床を打ち鳴らし、少女の傍まで走った。

 片膝を着きながら抱えたその身は驚く程軽かったが、気にする間も無く自分の胸元まで引き寄せた。

 

 それで見えてしまった。

 この日初めて見た、異様な青白さに包まれていた高町の顔を。

 血の気が完全に引いた病人のような蒼白、目に映ったそれに思わず息を呑んだ。

 

「しっかりしろ高町、おい!!」

 

 強く握り締めた華奢な体を揺すりながら、張り裂けそうな声で叫ぶ。

 すると彼女の睫毛が弱々しく震えて、ゆっくりと双眸が開かれた。

 でもそこに見える光も、弱々しく映っている。

 

「大丈夫か、高町!?」

「にゃ、はは……どうしちゃったん、だろうね……私」

 

 途切れ途切れの呟き、力無い声なのに、何故かコイツは笑っている。

 辛そうに、苦しそうに、一生懸命の『笑顔』を作っていた。

 胸が締め付けられる。

 こんな具合の悪い状態なのに、何でお前は笑っているんだ?

 心から生まれた笑みではなく、表面に貼り付けただけのソレを、何で俺に向けるんだ?

 

「だ、いじょう……ぶ、だよ?」

「ふざけんな!! いいから少し黙ってろ!!」

 

 何が大丈夫だと言うのか。

 そんな白んだ顔で、苦しそうな顔で言っても、説得力の欠片も無い。

 一言口にする事すら難しいその体で、今更何を誤魔化そうというのか。

 気付けば離れた所から、足音が幾つか聞こえてきた。

 

「どうしたん――なのは!?」

 

 案の定、それはこの家の家族達。

 俺の腕に収まっている少女の、血を分けた人達だった。

 恐らく、俺の張り上げた声を聞いて不審に思ったんだろう。

 だが理由がどうであれ、来てくれただけで好都合だ。

 急いで駆け寄る皆は、俺と高町を取り囲むように集う。

 

「聖君、一体どうしたんだ!?」

「分かりません。急に倒れて、顔を見たら凄い青白くなってて」

「なのは、なのは大丈夫!?」

 

 士郎さんに事情を説明する間、隣で桃子さんが悲痛な声を上げていた。

 それでも高町は笑い掛けて大丈夫と言うだけ、その姿が余計に俺の心を苦しめる。

 しかし、いつまでも此処に居る訳にもいかない。

 こんな体調を崩してる状態なら、早く休ませられる場所に連れて行く必要がある。

 

「スミマセン、このままコイツの部屋まで運びます!!」

 

 腕を両肩と膝裏に回して持ち上げ、誰の答えを聞くまでも無く走る。

 幸いな事に誰もが道を空けてくれていて、運ぶ事は苦にならなかった。

 

「ゴメン、ね……」

 

 だがその間でさえも、高町は口を閉じようとしない。

 苦しそうに囁かれるその声を聞く度、一生懸命に作られた笑顔を見る度……。

 俺の心は、きつく締め付けられていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから1時間程が経った。

 高町を彼女の自室へと運んだ後、桃子さんがすぐに水を持ってきてくれたのでそれを飲ませた。

 程無くして彼女は深い眠りに就き、今はベッドに横たわっている。

 その後は高町家の皆はいつもの時間に出て行った。

 

 本当なら誰もが家族の身を案じて休みたい筈だが、士郎さんと桃子さんは翠屋にとって必要不可欠な存在。

 恭也さんも高町さんも、元々今日は手伝いのつもりだったらしく、渋々ながらも両親と共に翠屋に行った。

 大切な家族を俺に託して……。

 つまりこの家には、俺と高町の2人だけが存在していた。

 

 でも、正直そんな事はどうでもいい事だ。

 俺の頭を占めるのは、この事態が起こった理由。

 彼女がこんなにも衰弱してしまったその理由が、どうしても知りたかった。

 分からなかったから、彼女のベッドの傍らに座り込んでずっと考えている。

 

 それでも何一つ分からない。

 今までずっと高町は笑っていたから、いつものように元気な姿を見せていたから、全然気付かなかった。

 こんなに弱々しい姿を見せておきながら、今の今までずっと……。

 

「何で、お前は……」

 

 ベッドで静かに寝息を立てる少女は、先程よりも幾分か表情が柔らかい。

 つまり、それだけ無理しながら起きていた事になる。

 こんなになってしまうまで、どうして我慢していたんだ?

 いやそれよりも、どうしてこんなになってしまったんだ?

 初めて会った頃から、ずっと元気一杯で笑顔の絶えなかった少女。

 それが何で、こんなにも疲弊してしまったんだ?

 

《All are reactionary by your doing.(全ては、貴方の行いによる反動です)》

「え……?」

《Your behavior damaged my master so much.(貴方の行動が、マスターをこんなにも傷付けた)》

 

 静寂を破ったのは、今まで沈黙を守り続けていた高町の相棒、レイジングハートだった。

 その小さな紅玉の体を明滅させて、彼女は静かに、それでいて少しの怒りのようなニュアンスを内包して語り出す。

 俺の所為で、自分の主人はこんな姿になったのだと……。

 

《The mistake was not found in the action of my master. The content of training united for you and the progress condition.(マスターの行動に間違いはありませんでした。貴方の為に組んだ訓練内容も、その進行具合も)》

「それが、俺にどう繋がるんだ?」

《Do you forget the thing that you destroyed the all(貴方がその全てを壊した事をお忘れですか)?》

「っ!?」

 

 高町が、俺に生き残る力を付けさせる為に作った訓練プログラム。

 何度も何度も同じ内容を繰り返し、そして一つ一つの課題を地道にクリアしていく内容。

 変わり映えが無くとも何かが変わると思って、自身の物覚えの悪さを卑下しながら続けていた教導。

 それを俺がこの手で壊してしまった。

 

 ……きっと、昨日のあの行動の事を言っているのだろう。

 彼女が俺に教え込んできた防御・回避スキルを無視しての、攻撃魔法。

 それは確かに、今まで積み上げてきたもの全てを崩しかねない行動だった。

 

《It defended of repeated over and over again, it evaded, and it was surely only for you it. You betrayed master desire yet by a selfish action.(何度も何度も繰り返した防御と回避、それは確実に貴方の為だけにあったものです。それなのに貴方は、自分勝手な行動でマスターの想いを裏切った)》

「でも……!!」

 

 つらつらと、それでいて俺の心を抉るような言葉の数々が投げ出される。

 理路整然と語られるソレ等は、確かに言っている事に一分の隙も見付からない。

 1から10まで、彼女の言っている事は正しかった。

 

 でも、それでも、俺にはそれを受け入れる訳にはいかない。

 自分勝手な行動と取られても、そこには俺の意志がきちんと表れていたのだから。

 

「確かにアイツの言ってる言葉は正しい。生き残る術は身を守る事、俺に必要なのは『勝つ為の力』じゃなくて『負けない為の力』なんだって事も……」

《Then, why is such an action(では、何故あのような行動を)?》

「嫌なんだよ。自分が逃げるだけで、アイツに全部を押し付けるなんて」

 

 膝の上に乗せている拳を握り締め、己の想いを内側から引っ張り出す。

 自分の事なのに高町が全てを引き受けて、俺だけが後ろで彼女の影に隠れている。

 そんな状態でいるのが嫌で、そんな状態でしかいられない自分が嫌で……。

 変えたいと思ったんだ。

 

《However, you can't do it now.(ですが、今の貴方にそれは出来ない)》

「分かってる!! 自分の無能さは自分が一番分かってる!!」

 

 昔からどれだけ努力しても何一つ満足に出来た例が無い、器用貧乏にすら劣る自分の人生。

 だからと言って「はいそうですか」と納得出来る程、俺は利口な人間じゃない。

 無理だと、無茶だと、無謀だと言われようと、それでも自分でやり遂げたいと思っている。

 身に余る行為だとしても、それでも自分から何もしないで現状に甘んじるのだけは何よりも嫌だった。

 

「だけど、それじゃ駄目なんだ。今までのように守られるだけで、あんな想いをするのは……」

 

 また俺は守られた。

 自分は守られるだけで、何一つ出来なかった。

 その悔しさを今まで何度も噛み潰してきて、その度に次は繰り返さないようにと努力を惜しまなかった。

 

「俺はコイツの足枷じゃなくて、力になりたかったんだ」

 

 決して簡単じゃないのは知っていた。

 未来のエースと称されている彼女に近付くなんて、生半可な努力では不可能なのだと。

 それでも、その場所に近付ければ、きっと高町の負担を減らせると信じていた。

 

「そう思っちまったんだから、仕方ないだろ……」

《It is selfish.(それは我が儘です)》

「あぁそうさ。でもな、我が儘だって本当の意志なんだよ。それを殺して周囲に合わせるのが大人だって言うんなら、俺はまだ未熟なガキでいい」

 

 自分の意見一つすら通る事の難しい世界、それが俺の生きている現実だ。

 だけど、それで諦めてしまったら、本当に一生何も得る事は出来ない。

 絶対のルールがあるんなら、少なくともその中で自分の最大限を掴みたい。

 師父やシスターのように、社会の中でも己の信念を貫ける人間になりたい。

 

「諦めたくないんだよ。どんなに難しくても、高町の……1人の女の子の力になりたいんだ」

 

 だから、自分に出来る事をやった。

 それが高町の理念と違えていても、コイツの前で無力なままで居たくなかった。

 

 彼女には、今まで弱さしか見せる事しか出来なかった。

 だからせめて、自分の中に在る『なけなしの強さ』を知って欲しくて……。

 たとえ弱くても、俺は――――

 

 

 

 

「――――あっ」

 

 その時ふと、昨日の士郎さんの言葉を思い出した。

 

『もしなのはの前以外でやってないなら、それはどうしてだろうね。一緒に居る時じゃなくても、そうする時間はあったかもしれないのに……』

 

 彼女の目を盗める時間は幾らでもあった筈だ。

 それでも彼女の前で努力し続けた意味、強さを見せたかったその理由。

 

《Maybe you are......(もしかして、貴方は……)》

 

 今になって漸く気付いた。

 どうして高町の目の届く範囲に居続けたのか、その場所だけで愚直に進み続けたのか。

 彼女がこんな状態になって初めて、俺は自分の深層に隠れていた想いを垣間見た。

 高町の力になりたいとか、負担を軽くしたいとか、そんなのはソレからすれば副次的なものでしかなくて……。

 

「俺は、唯……」

 

 きっと最初からそうだった。

 一緒に戦おうと言ってくれた彼女を見た時から、俺の心には何よりもそれがあったんだ。

 差し伸べてくれたその手に応えられるようになりたくて、知って欲しかったんだ。

 俺がお前にとって、どれだけの存在なのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「高町に――――認めて欲しかった、だけなんだ」

《You wanted my master to admit.(マスターに、認めて欲しかったんですね)》

 

 心からの吐露は、レイジングハートと寸分違わぬタイミングで発された。

 

 ……そう、俺は認めて欲しかったんだ。

 高町のような凄い人と共に戦える人物なのか、一緒に居る事を許される人物なのか。

 こんな非才な子供が、お前の力になれるのか。

 ずっと不安で堪らなかった、足枷でしかない自分の存在。

 でも彼女に認められる事が出来たら、きっとどんな辛い事にも耐えられると信じていたから……。

 だから、自分の最大限を見て欲しかった。

 

 深い眠りに就く少女、薄い上掛けの中に隠れてるその手を優しく握る。

 弱々しくも流れる確かな温もり、俺はずっとこの手を求めていた。

 俺より小さくて、柔らかくて、優しい少女の手を……。

 

「この手を掴みたかった……それだけなんだ」

 

 逃げるんじゃなくて、一緒に戦えるように。

 その為だったら、俺は傷付く事も怖くない。

 隣に高町が居てくれれば、それだけで強くなれるって信じていたから。

 その場所に行きたかったんだ。

 

 結局は子供の駄々、自分が弱いと思われるのが嫌で、少しでも強い所を見て欲しかった。

 きっと誰もがこんな俺を馬鹿にするだろうけど、それでも構わない。

 心に咲いたこの意志は、絶対に切り捨てちゃいけないものだから。

 

《It only had to say from the beginning.(最初から言えば良かったものを)》

「こんな恥ずかしい事、言える訳ねぇだろ」

 

 同い年の女の子に自分を認めて欲しいなんて主張するのは、正直勘弁して欲しい。

 仮にも男として生まれた以上、石ころ程度の誇りだけでも持ち続けたかった。

 

《There was not a worrying necessity if it did so either. Because the my master admitted you.(そうすれば悩む必要も無かった。マスターは貴方を、認めていたのですから)》

「えっ……?」

《Please look at this.(これを見て下さい)》

 

 紅玉の明滅で、浮かび上がる幾つもの空間モニター。

 突然の言葉に呆然とする俺に向けられる、ミッドチルダ形式の文字の羅列。

 それが意味するものは、何なのか。

 未だきちんと読めない俺には、それが分からない。

 

《It is a program for the attack magic constructed only for your person.(貴方専用に構築された、攻撃魔法用のプログラムです)》

「……何で」

 

 彼女の言葉の意味が分からない。

 今まで一度たりとも訓練をしていない攻撃魔法を、こんなに幾つも用意してるなんて。

 アイツは何も、そんな事言ってないのに……。

 

《Magic is convenient, but on the other hand if control goes wrong, it will be a sword of the edges which damage self.(魔法とは便利なものですが、その反面、制御に失敗すれば自身を傷つける諸刃の剣です)》

 

 思考がぐるぐると巡りながら、俺はレイジングハートの声に耳を傾ける。

 失敗の反動は、特に攻撃魔法に顕著に現れる。

 何せ、威力そのものが暴発という形で返ってくるのだから。

 今まで気にせず使っていた魔法は、実はそれだけ繊細で危険なものだった。

 

《Probably, you also know it well(それは、貴方もよく知っている事でしょう)?》

 

 そうだ、俺はその事実を身を以って知っている。

 あの日、高町が受け持っていた魔法学院の生徒の1人、ディルフォート・アイレインとの戦闘。

 その最中に彼の制御から離れた魔法弾が暴走した事。

 あれは間違いなく、守る為の力ではなく――――何者をも傷付ける暴力に他ならない。

 

《Therefore, it was necessary to always make you practice the defense magic with few reactionaries.(だから貴方には、反動の少ない防御魔法を常に練習させておく必要があったんです)》

 

 魔法の正確な発動は、実戦という場に於いて最も重要となる。

 極度の緊張状態に追い込まれる実戦で、どれだけ冷静に素早く、正確に魔法を行使出来るか。

 その為には限り無く実戦に近い訓練で、正確な発動を心と体に覚え込ませるのが必要だった。

 

《The body is remembered being defended, the thing conjuring is remembered, and......(身を守る事を覚え、魔法を使う事を覚え、そしていつか……)》

 

 あぁ、分かった。

 レイジングハートの言いたい事、高町が同じ訓練を何度も繰り返していた理由。

 ソレ等は全て、その時の為にあったものだ。

 

《It is possible to fight with the my master.(自分と共に、戦えるように)》

 

 最初から、アイツは俺を見ていてくれた。

 言葉で伝えなくても、アイツはずっと俺の事を……。

 

《In this, the short range bombardment and here are the inducement shooting, shooting of firing directly, and......(これは短射程砲撃、此方は誘導射撃と直射射撃、更に……)》

 

 こんなにも俺の為に、尽力してくれていた。

 そんな素振りを一切見せずに、俺を教導してくれていた。

 

《It had always talked before it went to bed after training with you had been finished. (貴方との訓練を終えてから、就寝前はいつも話し合っていました)》

「……」

《When it was a secret present for you, the master regretted while it always slept.(貴方への秘密のプレゼントだと、マスターはいつも寝る間を惜しんでいましたよ)》

 

 いつも朝早く起きて、俺と同じような一日を過ごしていた筈の少女。

 元気な声で俺に笑い掛けて、でも体力的に辛くない筈は無いのに……。

 それなのに、ここまでの事をしてくれた。

 

「俺は……」

《My master was not able to take a nap by the shock at that time last night.(昨夜マスターは、あの時のショックで一睡も出来ませんでした)》

 

 正確な魔法発動を覚えさせる訓練の中、俺はその指示を破り攻撃へと転じた。

 それは彼女にとって裏切り行為であると共に、目の前で友人が傷付いてしまうという恐怖。

 心に圧し掛かる重圧は半端なものではない。

 日頃の疲労の蓄積、そして昨日の出来事……。

 こんなに衰弱してしまうのも当然、寧ろ今まで我慢していたのかもしれない。

 笑う事で、周りに迷惑を掛けないようにしていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

「全部、俺の所為じゃねぇか……」

 

 俺の所為で、こんなにも大変な事を続けていた。

 俺の所為で、こんなにも傷付いた。

 俺の所為で、こんなにも弱くなってしまった。

 自分の意志だけを通したばかりに、高町に深い傷を与えた。

 

 ――――最低だ、俺は。

 

《Your doing was not the correct one at all. However, you also thought my master thing to be strong. It cannot be denied to me.(貴方の行いは決して正しいものではありませんでした。ですが貴方もまた、マスターの事を強く想っていた。私にそれを否定する事は出来ません)》

 

 優しく語り掛けるレイジングハートは、自身の主を傷付けられて尚、俺にこんなにも言葉を掛けてくれる。

 その事実が心の底からありがたくて、そして申し訳無い気持ちが満たされていく。

 握っていた小さな手を額に当て、脳裏に想いを紡ぐ。

 

 ――――ゴメン、裏切ってゴメン、お前を傷付けてゴメン、自分勝手でゴメン。

 高町の優しさが温かくて、レイジングハートの言葉が嬉しくて、自分の未熟さが許せなくて……。

 

「くっ……そ…………」

 

 俺は、涙を流した。

 

《聖……(Hijiri......)》

 

 今まで黙っていたアポクリファも、俺の名を呟くだけ。

 でもそれで良かった。

 もし今彼女の声を聴いてしまえば、きっと大声で泣き叫んでいたかもしれないから。

 静かに見守ってくれていれば、それで充分だった。

 

「高町……」

 

 涙を塞き止める弁は意味を無くし、流れ出る雫は止め処無く溢れる。

 一層強く、少女の手を握った。

 こんな小さな手は、今まで俺を導く為に頑張っていた。

 あんな辛そうな笑顔を作りながらも、必死になって……。

 

「俺は――――」

 

 だから、想う。

 どうすればこの女の子から、そんな笑顔を無くせるか。

 本当の意味で心の底から、何の屈託も無い笑顔を浮かべて貰えるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――お前を、守りたい」

 

 胸を締め付ける笑みを思い出しながら、俺は少女の手を握り続ける。

 少しでも長く、コイツの傍に居たくて……。

 少しでも多く、コイツの心を知りたくて……。

 力じゃなくて、この身に宿る想いで……。

 心の底からお前を守りたいと、強く願っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうも、おはこんばんちはです( ・ω・)ノシ
なのは編№Ⅳをお読み下さり、ありがとうございます。

現状の焦りから、なのはの教導に背く行動をしてしまった聖。
その影響で倒れ眠りに就いてしまった彼女の傍で、その真意を知った彼は、自らの愚かさを嘆きます。
そして、彼は1つの決意を手にしました。
はい質問です、今回の話でStS8話を思い出した人は挙手……( ・ω・)ノ
まぁ、敢えてそう思えるようにしたんですけどね。
兎も角、彼の決意は次話で形となるでしょう。

そして今回、ファインプレーをした士郎さん。
僕は昨今のラノベ等での『親の存在の軽視』という点に、とても納得がいかない者の1人でした。
特に少年少女の物語に於いて、親という存在は非常に重要なものだと認識しているからです。
なのでこの『少年の誓い』では、親としての強さや優しさも重要なファクターとなっています。
某漫画の荒木先生も、キャラの設定に必ず親や祖父との関係性を明確にしていると言っていましたしね。

今回はこれにて以上となります。
感想や意見、タグ関連やその他諸々は遠慮無くドシドシ書き込んで下さい。
皆さんからのお声が原動力なので、是非、是非、是非宜しくお願いします!!( ;Д;)
では、失礼します( ・ω・)ノシ





( ∵)カンソウ……クダサイ
_(∵_ )_ハンノウガナイト……ナイテシマイマス……
( ∵)/カンタンデモイイノデ……オネガイシマス
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