少年の誓い~魔法少女リリカルなのはO's~   作:さっき~

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№Ⅶ「変わり過ぎた休日」

 

 

 

 日曜日、それは世間一般では休日と決められている。

 1週間の学校生活で溜まった疲れを、その日1日を使って癒す為の時間。

 ある者は何処かへ出掛けたり、ある者は家で静かに過ごしていたりと、休日の過ごし方は人によって千差万別。

 そして俺、瑞代聖はというと、海鳴市のとある土手にまでやってきていた。

 何故かと言うと……

 

「平太、1人で突っ走るな!!」

 

 翠屋JFCの試合の応援に来ていたからだったりする。

 このチームには平太と、更に一つ下の弟の勇気がお世話になっている。

 だから俺も、暇な休日はこうして応援に来たり、雑務を手伝ったりしているのだ。

 今は選手用ベンチの横に立ちながら、フィールドで展開されているプレーに叱咤激励している最中。

 あぁ平太の奴、完全に挟まれてるじゃないか。

 ったく、もっと周りにパス回していけよな。

 

「やはり、平太は突っ走ってしまうね」

「お恥ずかしい限りです」

 

 静かにベンチに佇み、腕組みしながら試合展開を見ている男性が話し掛けてきた。

 言っている事が分かるだけに、思わず恐縮してしまう。

 その答えに渇いた笑いを浮かべる男性。

 短く切られた黒髪、青いジャージの上からでもハッキリと分かる屈強な体付き。

 キリッとした表情には、大人特有の渋さと格好良さを感じる。

 この人は高町士郎さん、この翠屋JFCのコーチ兼オーナーである

 ……高町って、最近聞いた事があるような無いような?

 

「今日の桜台JFCはプレーに気合が入ってるね」

「えぇ、去年までのレギュラー勢は卒業してしまいましたからね。今回が初めての出場って子も居るんでしょう」

 

 隣の士郎さんの呟きに、自分の思っていた事を述べる。

 選手にとって試合というのは、日頃の成果を発揮する為の重要な舞台だ。

 練習試合といっても、やるべき事は本番と何も変わらない。

 気合が入るのも当然の事だ。

 

「まぁそれはこっちも同じなんですけど」

「ウチの方は色々と出していて、試合慣れしてる子が多いからね」

 

 片や翠屋JFCでは、練習試合では色々な選手が出場する。

 レギュラーに限らず、補欠の選手にも試合に出るチャンスを与えているって訳だ。

 選手にとって、理想的なチームなのは言うまでも無い。

 

「これも、聖君の助言のお陰だ」

「いえ、瀬田と2人で決めたようなものですし……」

 

 士郎さんの言う通り、その方針を進言したのは、チームに所属すらしていない俺だった。

 試合の度にレギュラーしか出場出来ないのは勿体無いと思ったし、試合に出る事は練習以上に経験出来る事が多い。

 最初に瀬田に、その後に士郎さんへ相談したのが去年の話。

 選手でもない俺の意見を、瀬田は真面目に考え、士郎さんは真摯に答えてくれた。

 それからの練習試合に限っては、色んな選手を起用するようになったのだ。

 そのお陰で、今の試合は『1(翠屋)-0(桜台)』とこちらの優位で進んでいる。

 やっぱり試合慣れしてるのとしていないでは、選手の動きに大きく影響してるな。

 タイマーを見たら、前半が終わろうとしていた。

 

「そろそろハーフタイムも近付いてきましたね」

「そうだね、飲み物は?」

 

 士郎さんがベンチに居るマネージャーの子に聞く。

 それを聞いて、彼女は選手達用の大きな水筒(ある意味ポットに見えなくも無い)の中身を確認しだした。

 

「ハーフタイムは大丈夫ですけど、試合後は残らないと思います」

「そうか。どうするかな……」

 

 どうやら選手達の飲み物が少ないようだ。

 誰か、試合前からガバガバ飲んでいたんじゃないだろうな?

 サッカーのような長時間動きっ放しのスポーツで、水分を補給出来ないのは結構キツい。

 今日は天気も良いから、下手すれば水分不足で倒れる奴も出るかもしれない。

 士郎さんはそれを危惧してるんだろう。

 ……やっぱり、こういう時の為の俺だよな。

 

「俺が買ってきますよ」

「聖君、良いのかい?」

 

 その程度はお安い御用、というか、最初からその為に此処に居るんだから。

 少しだけ考えると、士郎さんは財布をそのまま俺に差し出してきた。

 

「それじゃ頼むよ」

「分かりました。適当に見繕ってきます」

「それと、何か好きな物を買ってきて良いよ」

 

 いやいや子供じゃないんですから、お駄賃なんて要りませんって。

 丁重に「遠慮します」と断りを入れて、クーラーボックスを掴みその場から立ち去る。

 さぁて、一っ走りしますかね。

 土手を舗装された道まで上がっていって、コンビニの場所を確認する。

 

「えぇっと……あっちか」

 

 確認し終えると、俺は財布をポケットに仕舞って走り出した。

 近くにあるコンビニでも、片道およそ15分は掛かるだろう。

 ったく、土手ってのは不便だな。

 偶に対向から来る自転車やジョギングしている御老人を避けながら、どうでもいい愚痴を零す。

 自分から言い出しておいて、何言ってんだか……。

 

 

 

 

 

 

 2リットルペットボトルのスポーツ飲料を3本。

 別に重くないのだが、クーラーボックスの肩掛けが食い込む。

 しかも、走ろうとすると中でガチャガチャ動いて五月蝿い。

 余計に動かすと中を傷付けてしまいそうで、それを考えると自然と足並みが落ち着いてしまう。

 買出しに出てから既に30分は過ぎているから、ハーフタイムも終わって後半も始まっているだろう。

 もう少しゆっくりしても問題無いだろうけど、出来るだけ早めに着く事に越した事は無い。

 

「まぁ、もう着くか」

 

 土手を見下ろせば、試合を肉眼で確認出来る場所にまで来ていた。

 ふむ、流石に後半になると、選手の動きに疲れが見えるな。

 今後の課題は、基礎的な体力の底上げって所か。

 

「少しだけ急ぐか」

 

 目的地は目の前なんだし、別に構わないか。

 ボックスを肩に掛け直し、ゆっくりだった歩みを走りに変えて土手を下っていく。

 一応、クーラーボックスの中に気を遣いながら。

 

 

 

 

 

 

 此処から離れた時と同じく、士郎さんはベンチに座っていた。

 その目は真剣に試合を見ていて、ハッキリ言って声を掛け辛い。

 しかし、声を掛けないのもどうかと思うし……。

 俺がその事で悩んでいたら、いつの間にか士郎さんがこっちを向いていた。

 何だ、バレてんじゃん。

 

「ありがとう」

「一応氷も買ってきました」

 

 肩に掛けていた物を見せると、「お疲れ様」と労いの言葉を掛けてくれた。

 取り敢えず、中の物をいつでも飲めるように準備をしなければな。

 選手用のポットの蓋を開けて、クーラーボックスに入っている飲料水と氷を移していく。

 

「よし、こんなもんかな」

 

 満杯になったのを確認して蓋をする。

 これで飲み物の準備は大丈夫だな。

 士郎さんの許に戻ってそれを伝えると、やっぱりお礼を言われた。

 むぅ、こういう事をする為に此処に居るんだから、お礼なんていいんだけどなぁ。

 と思いながら、グラウンドで走り回る選手達に改めて視線を向ける。

 

「おぉ、平太の奴、ナイスポジションじゃないか」

 

 仲間が中央を突破していくのを見ながら、平太が右サイドからゴール前へ走っている。

 しかも相手チームは中央ばかりに気を取られていて、平太にはマークが付いていない。

 彼もノーマークの平太に気付いたのか、自分に意識を引き付けつつ、マークの隙間を狙ってパスを出す。

 その先に居たのは、相手に気付かれぬままゴール前まで来ていた平太だった。

 足でトラップすると、ゴール目掛けて一気に駆け抜ける。

 が、キーパーはシュートを撃たせない為に前に出てきた。

 

「近付かれると拙いな」

 

 キーパーに近付かれれば、シュートの軌道が限定されてしまう。

 最悪、密着されればボールを奪われかねない。

 お互いの距離はたったの5メートル、どうする平太。

 そしてキーパーが平太のボールに飛び掛かった。

 くそっ、万事休すか……。

 

「おっ?」

 

 しかし平太は、キーパーが飛び掛かってきた時、それに合わせてボールの下部を蹴り上げた。

 瞬間、ボールはフワッと浮かび上がり、飛び掛かったキーパーの頭上を越える。

 その動きに倣って平太も跳び上がり、そのまま一気にボールを蹴り飛ばした。

 キーパーという守護者の居ないゴールに、そのボールの前に立ちはだかるモノは何も無い。

 平太の鋭いシュートは、ゴールネットに突き刺さった!!

 

「おっしゃ」

 

 その光景に、俺は知らぬ間に握り拳を作っていた。

 誰にも聞こえない程度の声だが、それでも内心の喜びは計り知れない。

 自分の弟が試合でゴールを決めたんだ。

 喜ばない筈が無いじゃないか!

 そして、試合終了のホイッスルがグラウンド上に鳴り響いた。

 

「試合終了!! 2-0で、翠屋JFCの勝利!!」

『やった――!!』

 

 我等が翠屋JFCの面々は、弾けるような笑顔で勝利の喜びを噛み締める。

 そこかしこから「やったー!! やったー!!」と声が上がっている。

 うん、今日も良い試合だったな。

 今年度の翠屋JFCの初試合は、見事な勝利で締め括られた。

 

 

 

 

 

 

「おーし皆、今日も良く頑張ったな。練習以上の良い出来だった」

『はい!!』

 

 選手を整列させた士郎さんは、皆の目の前に立って労いの言葉を掛けている。

 勝利が嬉しくて堪らないようで声の調子も右肩上がり、見てるこっちも思わず笑みを浮かべてしまう。

 すると士郎さんが、俺に目配せをしてきた。

 ……まぁ、いいか。

 それに促され、俺も皆の前に立つ。

 

「士郎さんも言ったけど、皆良く頑張った。試合全体を通して良い動きもしていたし、今までの練習の成果がとても良く出ていたと思う」

『はい!!』

 

 一応皆とは顔見知りではあるけど、OBでもない俺の言葉にきちんと答えてくれる。

 本当に良い子達だ。

 

「よーし、勝ったお祝いに、飯でも食いに行くか!!」

『やったー!!』

 

 選手の皆も士郎さんも、テンション最高潮だ。

 そのまま皆で、士郎さんが店長を勤める喫茶店『翠屋』に向かう事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えぇっと、翠屋はと……」

 

 翠屋を目指して通い慣れた道を通る。

 この海鳴の町は、別段入り組んだ造りにはなっていない為、数度通れば普通に憶えられる道程だ。

 まぁ、どうして俺が1人で翠屋を目指しているのかというと、きちんとした理由がある。

 試合の後、JFCの皆が翠屋に向かう中、俺と士郎さんは聖祥の付属小学校の方に行って、道具を片付けていたのだ。

 翠屋JFCは、この学校の中に必要な道具を保管している。

 しかし、翠屋の店長であり、JFCのコーチ兼オーナーである士郎さんを、いつまでも引き止める訳にはいかない。

 そこで俺がこの場に残り士郎さんに先に行って貰ったのだ。

 あの人が居ないと、いつまで経っても昼飯は始まらないからな。

 運動後の子供達にそれはキツイだろう。

 最後まで渋っていた士郎さんだが、そう言うと何とか納得してくれて、倉庫の鍵を俺に渡して先に翠屋に向かった。

 という経緯で、俺は今1人なのだ。

 

「もう始まってる頃かな」

 

 腹ペコのチビッ子達だから、既にドンチャン騒いでるかもしれない。

 とか何とか考えている内に、いつの間にか翠屋が目の前に迫っていた。

 派手さの無い落ち着いた外観、シンプルであるが故に人を選ばない様相は嫌いじゃない。

 さて早速入ろうかと思い、『貸切中』と書かれた札が掛かったドアの取っ手を握った。

 

「――――っ?」

 

 ふと、何かを感じてその手を放してしまった。

 何だろうか、こう嫌な予感というか、虫の知らせとかそんな感じ。

 どっちも同じだ、というツッコミは無しで……。

 

「気のせいだよな? そうさ、気のせいに決まってる」

 

 誰に言うでもなく、自然に呟いていた。

 そうだよ、俺の直感なんて当てに……なりそうだなぁ。

 今まで何度も嫌な予感だけは当たってきたからなぁ、良い予感は一度も無かったけど。

 まぁいい、取り敢えずこのまま士郎さんを待たせる方が失礼だ。

 頭を掠める嫌な予感を振り払い、再度ドアに手を掛ける。

 何も無いようにと一縷の望みを掛けて、俺はドアを開いた。

 

「士郎さん、遅くなりました」

 

 『翠屋』――喫茶店でありながら洋菓子にも力を注いでいる、海鳴では人気のお店。

 内装は表と変わらず、シンプルにまとめられている。

 しかし店に入った瞬間に分かる、穏やかな空間。

 居ると落ち着く安らぎの場所とは、まさにこういった所だろう。

 そこのカウンター席の所に、店長である士郎さんが黒いエプロンを着けた姿で立っていた。

 俺の声に反応してこちらを見ると、「お疲れ様」と労って手招きする。

 5人程座っているカウンター席に。

 

「…………」

 

 何だろうか。

 最近、5人という人数で何かあったような気がする。

 しかも、紫、金、茶、金、栗という色合いを見て、デジャヴを感じずにはいられない。

 後姿から予想すると女性、しかも少女の類。

 

 うん、気のせいだ

 気付いちゃいけないし気にする必要も無いんだ、きっと――

  そう自分で思い込んで、士郎さんが勧めるカウンター席に向かう。

 栗色の髪、サイドポニーの髪型。

 何処かで見た事があるのは気のせいだろう、という少女の横の席に。

 大丈夫、それは俺の気のせいだ。

 俺には日本語訳で『新型』な能力なんて持ち合わせていないからな。

 

「横、失礼します」

「あっ、はい」

 

 そう、その声が何処かで聴いた事があるような気がするけど、そんな事ある筈が無い。

 きっと横を見れば、見た事も無い人が座っているに違いないのだ。

 切実にそう願って、俺は少女の方へ――

 

「「あっ……」」

 

 重なる声、シンクロする心、ぶつかる視線。

 

「聖君?」

 

 此処に来て漸く、先程の予感が的中した。

 ――ジーザス。

 天に(ましま)す我等が神よ、俺は何かをしましたか?

 目の前に居る見知った少女を見て、そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 士郎さん、姓は『高町』。

 どこかで聞いた事はあったし、高町と聞いて何かを感じたのも確かだ。

 しかし、すっかり失念していた。

 俺の横に居る少女もまた、高町という姓の持ち主だと言う事に……。

 

「ハハハッ、まさかなのはと既に知り合っていたなんてね」

 

 はい、と8等分されたピザをテーブルに置いてくれる士郎さん。

 俺が来てすぐに食べられるように、既に作っていてくれたらしい。

 士郎さんの心遣いが、とても身に沁みる。

 やっぱり、此処の料理はいつ見ても美味そうだな。

 事実、美味いんだけど。

 

「私も驚いたよ。まさか聖君がお父さんと知り合いだったなんて」

 

 先程の士郎さんの言葉に、隣の少女はそう答えていた。

 高町なのは、ハラオウンを経由して知り合った少女。

 いつも元気で笑顔の絶えない、まさに全てを照らす太陽。

 

「本当だよね、私もビックリしちゃった」

「俺はお前等が居る事自体にビックリだよ……」

 

 更にその横には、クラスメイトで高町達と知り合う切っ掛けになった少女、フェイト・T・ハラオウン。

 高町とは対照的で大人しい性格、例えるなら全てに優しい光を注ぐ月のような存在。

 取り敢えず彼女の言葉に皮肉で返すが、笑って誤魔化された。

 何か負けた気がして、悔しい。

 

「そういえば聖君、聖祥に通うって言ってたからなぁ」

「えぇ、面と向かって言いましたよ。3月辺りに……」

 

 カウンターに居る店長は、1ヶ月前の事を思い出している。

 そういえば、その時何か言われた覚えがあった。

 何だったっけ?

 

「確かその時、『娘に会ったら宜しく』と言った気がするけど……」

「そんな事言ってたの? お父さん」

「すみません、完全に忘れてました」

「ひ、酷いよぉ」

 

 あぁそうだ、そんな事を言われてたのを今思い出した。

 本心を呟いたら、何故か高町に困った顔で非難されたが。

 

「しかし、仲良くしてくれているようだね」

「唯の知り合いですよ」

「それはちょう酷くあらへん?」

 

 正直に答えたら、今度は八神にジト目を向けられた。

 いやいや、俺達の関係を知り合い以外でどう表せってんだよ?

 他の奴等も納得いかなそうな顔してるが、お前等は俺に何を期待してるんだ?

 

「そこで気軽に友達って言わないのが、如何にも聖君らしいな」

「知り合って半月程度じゃ、友達なんて言えませんよ」

 

 片や士郎さんの方は俺への理解がある分、此方の言に対して言う事は無い。

 俺からすれば友達というのは、互いに絆が生まれて初めてなり得るものだ。

 ちょくちょく会ってるからって友達じゃ、簡単に『全人類友達の輪』が完成しそうだ。

 まぁ世界の在り方としては一番の理想だが、実現は限りなく不可能だろう。

 こうして居る間にも、何処かで誰かがいがみ合っているんだから。

 ――――とか何とか屁理屈を連ねて、実際は違うのだろうけど。

 

「それより聖君、それは早めに食べた方が良いよ」

「そうですね。何処かの誰かが話し掛けるから、食べるタイミングを逃してました」

「アンタねぇ……」

 

 綺麗に切り分けられたピザを1つ手に取ると、バニングスの表情に呆れと怒りが滲み出していた。

 いや、事実だろ?

 まぁ言っても賛同してくれないだろう、コイツの性格じゃ。

 

 ――――待てよ、バニングスってまさか

 

「デビットの娘さんにここまで言えるなんて、やっぱり君は君だな」

「デビットさんの娘って、マジですか?」

「あぁ、マジもマジ。大マジだよ」

 

 通りで、名前を知った時に聞き覚えがあった訳だ。

 長い間という程ではないけど、入学時から頭の隅で気になっていた疑問が漸く晴れた。

 

「アンタ、パパの事知ってるの?」

「あの人がJFCの練習見に来る時は、色々話したりしてるぞ」

 

 デビット・バニングスさん。

 士郎さんの親友で、翠屋JFCに時々顔を出してくる人だ。

 練習とか試合に限らず、色々と見ながら楽しんでくれている。

 しかも偶に、メンバーに混じって練習する事もある。

 俺も暇な時は大体来てるから、気付いたら顔見知りになっていた。

 

「聖君はデビットに気に入られてるからね」

「あの人、面白いですし」

 

 特に練習で試合をやる時は、よく張り合ったしな。

 お互い本気になり過ぎて、実質1対1みたいになる時も多々あった。

 思い出すと、自然と笑みが零れてきた。

 

「その時聞かなかったかい? 君と同い年の娘さんが居るって」

「すみません。やっぱり忘れてました」

「アンタねぇ~~っ!!」

 

 口にする言葉は同じなのに、それに含まれる感情は格段に威力を増していた。

 おいおい、正直に答えたのに何でそこまで怒るんだよ。

 他の4人はそのバニングスを見て、少々顔が引き攣ってるし。

 友達なんだから止めてくれと思いながら、食いかけだったピザの2つ目を口に放り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「なのは姉ちゃーん!!」

「ん? あっ、平太君」

 

 適当に皆と話しつつ食事を進めていたら、何かが近付いてきた。

 いや、何かではない。

 少なくともこの店内に置いて、俺以上にコイツを知っている者は居ない。

 ソイツは高町の前まで寄ってくると、快活な声色で彼女に話し掛ける。

 

「今日の試合は見てくれた?」

「ゴメンね、今さっき用事が終わったばかりだから。今日は見れなかったんだ」

「なぁんだ、勿体無い。今日は俺のカッコイイ姿が見れたのにな~」

 

 とても親しげに話す平太と高町。

 まぁ、オーナーの娘だったら試合とか見に来るだろうな。

 知り合っていても不思議じゃない。

 

「へぇ、それは見てみたかったかも」

「私も平太君のカッコイイ所見てみたかったわー」

「へへっ、今度試合があった時は、ちゃんと見に来てくれよ」

 

 ハラオウンと八神の言葉に気分を良くした平太は、調子付いたように胸を張る。

 しかし、そんな様子に対して士郎さんは甘くなかった。

 

「平太、あまり調子に乗るな。今日のプレーは、偶々上手くいっただけだぞ」

「あぅ……!?」

 

 やはりというか、お叱りを受ける平太。

 士郎さんの言葉で先程まで大きく出てた態度は、途端に萎縮した。

 まぁ、士郎さんの言う事も最もだ。

 最後のアレは、下手すればキーパーと接触して怪我をする可能性だって充分にあった。

 既にゴール前に居た平太は、すぐにシュートを撃っても問題無かった筈だ。

 その辺りをきちんと注意しなくては……。

 

「士郎さんの言う通り、あんな危険なプレーは絶対にするなよ」

「うぅ、聖兄ちゃんまで……」

 

 ますます落ち込む平太。

 隣からお咎めを止めようとする声が聞こえるが、それに乗る訳には行かない。

 思い知ってからでは遅いんだ、こう言う事は。

 だから知って欲しい、コイツにも。

 

「お前に何かあったら、俺は心配で堪らないんだ。その事、忘れないでくれよ」

「兄ちゃん……」

 

 ポンポン、と頭を優しく叩いてやる。

 すると、落ち込んでいた平太の気持ちが浮上してくるのが、表情で分かった。

 唯このまま、お叱りだけで済ませるのも可哀想だ。

 一言だけでも褒めないとな。

 

「今日の試合は確かに良かった、これは本当だ。だから、これからも頑張れよ」

「うん!!」

 

 その言葉に満足したのか、満面の笑顔で自分の席に戻っていく。

 そこには、先程まで叱られていた事を微塵も感じさせない。

 その姿に心から安堵し、離れていく背中を見送った。

 

「甘やかし過ぎですかね?」

「いや、充分さ。これで平太も、もっと頑張れるだろう」

 

 コーチである士郎さんの意見を無視して褒めたから、俺も少し怒られると思ったのは杞憂だったらしい。

 2人揃って戻っていく平太の表情は、嬉しさが溢れ出て喜びに満ちていた。

 

「聖君、まるで本当のお兄さんみたいだね」

 

 突然呟かれたそれは、月村の声。

 振り向くと、彼女は柔らかく優しい笑みを浮かべていた。

 老若男女問わず見入ってしまう程の、気品漂うとても綺麗な笑みだ。

 本当なら、此処で心臓の鼓動が早鐘を打つようなシーンだろう。

 だがしかし、俺の意識は月村の笑顔ではなく、言葉の方にいっていた。

 

「何言ってんだ? 俺、アイツの兄貴だけど」

『えっ!?』

「平太の本名、瑞代平太だぞ」

 

 一瞬にして驚きの空気に変わったのを俺は感じた。

 俺からすれば何を今更と思うだけだが、彼女達からすれば驚くべき真実なのだろう。

 まぁ、言ってないから仕方ないだろうけどさ。

 

「瑞代って、弟居たんだ」

「あぁ、お前等には言ってなかったな」

 

 訊かれなかったから言わなかっただけなんだけどな。

 しかし、そこまで驚くものか?

 此方を見詰める視線を不思議に感じながら、最後のピザを口に放り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ピザを食べ終えた俺に、今度はシュークリームが差し出された。

 

「これ以上は悪いですよ」

「何、いつも頑張ってくれているお礼さ。遠慮しなくていいよ」

 

 丁重にお断りする俺に、士郎さんは優しい顔で、それでいて有無を言わさないようにそれを差し出してくる。

 正直に言ってしまえば、心の底から欲しいです。

 此処のシュークリームは、翠屋の洋菓子の中でも特に人気のあるメニューだ。

 フワッとした生地に上品な甘さを持つソレは、まさに絶品の一言に尽きる。

 作ったのは士郎さんの奥さんである、高町桃子さん。

 15歳の時からパティシエとして、フランスやイタリア等で修行を積んだその腕前は、まさしく超一流。

 そんな人が作るシュークリームだ。

 初めて食べた時、俺はすぐに桃子さんのファンになってしまった。

 

「もしかして、あまり好きじゃないの? シュークリーム」

 

 いつまでも手を出さない俺に、高町が心配するように尋ねてきた。

 突然何を言うか、この小娘は。

 自分の母親のパティシエとしての腕を侮っているのか?

 

「んな訳あるかっての。桃子さんの作るシュークリームを嫌いになるなんて、俺には信じられん」

「あらあら、お褒めの言葉ありがとう」

 

 ふわりと優しい声と共に、店の厨房から1人の女性が現れた。

 士郎さんと同じ黒いエプロンを身に着ける若々しいその姿、二十代の女性と言われても全く違和感が無い。

 しかしこの人は、正真正銘の既婚の女性。

 士郎さんの奥さんである、高町桃子さんだ。

 穏やかな笑みを湛えた桃子さんは、そのまま俺の前までやってくる。

 

「久し振りね、聖君」

「はい、お久し振りです」

 

 桃子さんの挨拶に、礼儀正しく返す。

 会う度に思うが、この人は本当に綺麗だな。

 この容姿で子供が居るなんて、とてもじゃないが想像出来ない。

 その当人が隣に居るけどな、今……。

 

「主人も言ったけど、本当に遠慮しなくて良いのよ」

「じゃ、じゃあ、頂きます」

 

 流石に此処まで言われてしまうと、断る方が逆に悪く感じてしまう。

 2人のお言葉に甘え、俺は目の前のシュークリームを頂く。

 ――――美味い!!

 今まで何度か食べた事はあるが、それでもこう思わずにはいられない。

 ふんわりとした食感の生地と、その中に甘み溢れるカスタードクリームの調和は、「美味い」という一言以外に表せない。

 何より、これを作り上げた桃子さんの手腕が凄い。

 この味を生み出すのに、どれだけの時間と努力を掛けたのか、俺の想像力では計り知れない。

 いや、俺みたいなヤツが想像する事自体おこがましいものだ。

 

「どうかしら?」

「美味いです。何度食べても、それしか感想はありません」

「うふふ、ありがとう」

 

 それからも一口一口、きちんと味わって食べていく。

 一口毎に口内に広がる甘さはとても上品で、クセの無い美味しさを醸し出す。

 何度食べても飽きないその甘味に、俺は舌鼓を打っていた。

 しかし、何だか妙な視線が幾つも突き刺さってるような……。

 

「って、何でこっちを見るんだ。お前等は」

「本当に美味しそうに食べてるなぁって」

 

 ……何だそりゃ?

 まるで面白い物を見るような目で俺を射抜く5対の瞳。

 見世物小屋に居るのでは、と錯覚してしまうレベルなので勘弁して欲しい。

 

「美味しいものは美味しく食べる。作ってくれた人に対する、最低限の礼儀だろ」

 

 この考えは、人にとって当然の事だ。

 美味い料理は人を幸せにする。

 そして料理人は、食べてくれる人を幸せにする為に頑張っているんだ。

 美味しいものは美味しいと、本心を偽らず、変な脚色をしない本音を伝える。

 俺が師父から頂いた、数多くの教えの中の一つだ。

 

「本当に、良いお客様ね」

「褒めても何も出ませんよ、無い袖は振れないんで」

 

 俺の下らない冗談に「あらまぁ」と、表情を変える事無く応える。

 

「それじゃ、1つ訊いても良いかしら?」

「えっ、えぇ、構いませんけど……」

 

 その言葉に了承の意を返すと、ふと、店に入る前に感じた『何か』が過ぎった。

 嫌な予感、虫の知らせ、言い様の無い不安。

 桃子さんの未だ絶えない笑顔を見て、それが限りなく間違いないものだと確信する。

 一呼吸置いて、桃子さんはその口で

 

「彼女は出来たの?」

「――――っ、うぐっ!?」

 

 満面の笑顔のままで、のたまわりやがりました。

 無論、そんな突拍子も無い質問に、入ってはいけない所を刺激され咳き込む俺。

 ヤバい気管支に入った!?

 

「グッ、ゴホッ、ゴホッ、……なんて事を言うんですか、貴女は」

「だって、気になるじゃない」

 

 明らかな不意打ち、正直相当な口撃である。

 気になっても言わないでしょう、普通そう言う事は。

 喉を襲う不快な感触が引き起こした涙目を向けるが、その柔和な笑みは一切崩れる事は無い。

 それを前にいつまでも咳き込む無様を晒す訳にもいかず、込み上げる何かを嚥下して、漸く一息吐いた。

 

「そんなどうでもいい存在、居る訳無いじゃないですか。つーか、分かってて訊いてません?」

「あらあら、そんな事無いわよ」

 

 ……嘘だ、絶対。

 この屈託の無い笑みの裏側は、きっと小悪魔の微笑みへと変貌しているに違いない。

 士郎さん、貴方の奥さんを止めて下さい。

 視線で助けを求めると、桃子さんに気付かれないよう小さく頷いてくれた。

 此方に安心を与えてくれる頷きを見て、士郎さんがこういう人で良かったと心から感謝する。

 

「居ないなら、なのはとかどうだい?」

 

 ――――絶望は割と早かった。

 

「って、何でそうなるんですかぁ!!?」

 

 希望の星が砕かれた瞬間、思わずその場から立ち上がってしまった。

 士郎さんがそんな事を言う人だったとは、信じた俺が馬鹿だとでもいうのか!?

 というか、自分の娘を簡単に差し出さないで下さい。

 その訳が分からない現実に、俺の心が少しだけ挫けそうになった。

 あぁ、目だけでなく心からも涙が流れそうだ……。

 全く何の脈絡も無く会話に巻き込まれた当の高町は、視界の隅から慌てた様子で両親に詰め寄っている。

 

「ふ、2人共何言ってるの!?」

「安心して、なのは。聖君はとても良い子だから」

 

 そういう問題じゃねぇぇぇぇ!!

 面白半分で勝手に俺と高町をくっ付けようとしないで下さい、2人共。

 

「聖君、ウチのなのはでは不満なのかい?」

「こんなに可愛い娘を、貴方は欲しいと思わないの?」

「それ以前の問題でしょうが……」

 

 ……マジで誰か止めてくれ、この親馬鹿2人を。

 桃子さんの言う通り、確かに高町は可愛いだろう。

 普通の男子なら惚れて当然だ。

 元気の良さは好感が持てるし、何かは知らないが一生懸命頑張っている姿は悪いものじゃない。

 俺には勿体無い位に良いヤツだ――――って何考えてんだ俺ぇ!?

 あぁもう、意味も無く頭が痛くなってきたぞ。

 

「ったく、俺個人に対する質問に、高町を巻き込まないで下さいよ」

 

 この場合、俺以上に、隣で真っ赤になってる高町が不憫でならない。

 完全な飛び火だし、本人も絶対に嫌がるだろうし。

 と、そう思っての事だったのだが……

 

「ふふふっ、嫌がりながらもなのはだけは守ってるのね。やっぱり聖君は優しいわね」

「ユーノ君も同じだが、彼は少し強引さに欠けているしなぁ。その点、聖君なら問題無いだろうね」

 

 結局振り出しに戻るのかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!

 ユーノという知らない誰かよ、俺との引き合いに出されてご愁傷様。

 出来れば足りない強引さを身に付けて、是非この場を収めて頂きたい所だ。

 全く欠片も知らん相手だが……。

 

 うぅ、そろそろ反論するのも疲れてきた。

 多大なツッコミ力を消費して限界が近付いてきた、これ以上はマジで勘弁して欲しい。

 しかし無情にも、2人の口撃が止む事は無かった。

 

「もしかして、なのはじゃなくて他の子が……」

「フェイトちゃん? はやてちゃん? アリサちゃん? すずかちゃん?」

『えぇっ!?』

「そっちにまで向けるなぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 何故此処に居る奴だけに焦点を絞るんですか!?

 あぁ、コイツは本格的に女難の相が出てるのかもしれない。

 

 ――――本当に泣いても良いですか?

 

 

 

 

 

 

 それからも、いつまでも終わりの見えない闘いとなったのは、言うまでも無い。

 何とか終わった頃には体力の限界を迎え、精神的な疲労はソレを軽く凌駕していた。

 ったく、あの人達は何で人を利用して色恋話をしたがるのだろうか?

 本人達は心底楽しいんだろうけど、当人としては勘弁して欲しいものである。

 

 だって――――

 

「俺はもう、恋なんてしないよ……」

 

 4年前のあの時、子供ながら自身の心にそう誓ったのは間違い無い事実。

 これからも変わらない、変わってはいけない。

 人を好きになる事は悪い事じゃないけど、俺は例外だ。

 変わってしまえば、誰かに想い惹かれてしまえば、きっとまた後悔する。

 誰かを好きになった事、その人を信じた事を……。

 俺個人としては、それはもう勘弁願いたい。

 

「……やめとこ、こんな事考えるのは」

 

 アレを思い出すと、際限無く気分が悪くなる。

 頭の中にある無駄な考えを捨て去り、改めて前を見据える。

 過去の出来事で気が滅入るなんて、女々しい証拠。

 いい加減吹っ切れて欲しいな、本当に。

 

 全く、それにしてもあの2人には困ったものだ。

 帰り際に高町が申し訳無さそうに謝ってきたのを見て、何となく「お疲れ」とだけ伝えた。

 あの高町夫婦には毎度弄られて困ったものだが、それでもアイツにとっては大切な両親。

 そして俺にとっても、あの2人は目指すべき目標でもある。

 人を弄り倒す所だけは、間違っても目指さないけどな……!!

 

「まぁ、あんなモノでも、いつか笑い話位にはなるかな」

 

 昔こんな事があったと、笑いながら話せれば多少は目を瞑れる。

 せめてこの記憶が、良い方向に昇華されるのを祈っている。

 俺の望む、良い方向に……。

 

 

 

 




主人公って、弄られるのが仕事みたいなものですよね。
彼に言えるのは、「まぁ頑張れや」の一言だけです。
どうも、おはこんばんちはです( ・ω・)ノシ
№Ⅶをお読み下さってありがとうございます。
今回も№Ⅰから引っ張ってたネタの解消と、聖の交友関係の面での話でした。
最後まで弄られ通しだったのは、主人公だから仕方ありません。
でも聖は高町夫婦の事は本当に尊敬してます、弄られるのは嫌がってますが。

それと話は変わりますけど、この作品のタグをどうしようか考えてます。
今ある分は自分で必要かと思って付けましたが、読者の方々が「こういうタグも付けてみれば?」みたいな意見があれば、内容を考慮した上で付けさせて貰おうと思ってます。

今回は以上となります。
感想や意見、上記のタグ関連やその他諸々は遠慮無くドシドシ書き込んで下さい。
直接メッセージでも、作者的にウェルカムです。
では、失礼します( ・ω・)ノシ

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