少年の誓い~魔法少女リリカルなのはO's~   作:さっき~

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№Ⅸ「必然がくれたエール」

 

 

 

 

 

 

 聖祥五大女神のファンクラブ『MVP』の襲撃から数日が経った。

 その後、残りの奴等からの報復を見越して、作戦やら何やら用意して身構えていたのだが。

 結局、一度として相見える事は無かった。

 もしかしたら、高杉がその辺の行動を抑制していたのかもしれない。

 どうやったかは知らないし、知りたくもないけどな。

 

 まぁそんな訳で、俺の学校生活も穏やかなものだ。

 やっぱり突拍子も無い出来事は、起きないに越した事は無い。

 あんな事は、もう勘弁願いたい。

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは――――静かな場所。

 くらい、クライ、暗い、昏い、陰い……。

 何も見えなくて、俺の目には何も映らない。

 自分の体の形すら見えなくて、自分の存在が此処にあるのかさえ疑わしく思える。

 

 ――俺は本当に、此処に居るのか?

 ――本当に、存在しているのか?

 

 その答えは誰も知らない。

 何故なら、此処には俺しか居ないのだから。

 見渡す限りの暗黒、一部の光すら差さないそこは、外界と隔絶された一種の異界。

 見渡す限り? 目が開いてる事すら分からないこの現状で、一体どうやってそれを証明出来るのだろうか?

 回る、周る、廻る……。

 理解しようとする俺の思考の中を、疑問が疑問を追うように巡っていく。

 グルグル、グルグルと……。

 始点から終点へ、終点から始点へ。

 止まらないループ、証明出来ないこの状況に、俺の心の余裕が徐々に消えていく。

 

 ――何処だよ、此処!?

 ――俺は、何で1人なんだ!?

 

 その声すら、俺を埋め尽くす闇の前では音を成さない。

 全て吸い込まれ、無音の静寂へ。

 それは、地獄とも呼べる牢獄だった。

 

 

 しかし、その時

 

『このガキ、いい加減にしやがれ!!』

 

 耳に障る声が俺に届いた。

 黒一色の世界が、鮮やかな色彩を取り戻し始める。

 そして、俺の目に映ったのは――

 

『しつこいんだよ!!』

『さっさとくたばれよ!!』

 

 俺と同年代であろうガラの悪い3人の少年が、頭一つ低い少年に寄ってたかって暴力を振るっている光景だった。

 3人の服装、おそらく風芽丘中学の生徒だろう。

 対する少年は私服であり、目の前の少年達と比べると、小学生である事は明白だ。

 3人は次から次へと粗暴な言葉と暴力を振りかざす。

 蹲っている少年に対して、頭や腹、全身隈なく力をぶつける。

 それは焼印を押されたように、少年の体に紫の痣を付けていった。

 明らかに反道徳的な行い、たった1人に対して3人で甚振るその姿は、正直反吐が出そうだ。

 

 胸糞悪い気分を我慢して、俺は辺りを見回してみた。

 見覚えのある土手、離れた場所にサッカーゴールがあるところから、JFCの練習場所だと分かる。

 しかし周囲に人の姿は無い。

 時は夕刻、この時間帯では土手に来る人影も無いのは確かだ。

 だから、この一方的な状況を止める者は誰も居ない。

 未だ止まぬ事の無い力は、次々と少年の体に傷を増やしていく。

 既に額からは出血した痕があり、全身はボロボロで衣服も所々破けていた。

 四肢には至る所に痣や腫れた部分があり、恐らく骨折した箇所もあるだろう。

 その姿はあまりにも痛々しく、思わず目を背けてしまいたくなる。

 それでも、俺はそこから視線を外さない。

 

 ――弱いから奪われる、それが現実。

 

 目の前の現実から、目を背けてはいけないから。

 

『ふぅ、やっと黙りやがったか』

 

 蹲ったまま動かなくなった少年を一瞥し、3人は漸くその手を止めた。

 彼等の眼下には、無残な姿を晒している1人の少年。

 それに満足した3人は彼から離れ、他愛も無い言葉を交わしながらその場を後にする。

 

 ――だが

 

 

 

『待て、よ……』

 

 まるで吐血したかのような、喉奥から吐き出された声。

 それを耳にした彼等の振り向いた先には、1人の少年。

 悲鳴を上げたくなるような痛みを無理矢理抑え込んで、蹲っていた体を徐々に起こす。

 ゆっくりだが確実に、彼は地に足を着けて立ち上がった。

 歯を食いしばって痛みを堪え、3人へ視線を向ける。

 その双眸からは、透明な雫が零れ落ちていた。

 それが意味するものは、全身を貫く痛みではなく――――自分の弱さに対する嘆き。

 力が無い故に守れない、その事実が彼の心を抉る。

 守ると誓ったのに、自分の非力さがそれを許さない。

 しかし認めたくない、自分が何も守れない存在だと言う事を。

 そして彼の瞳に映ったのは、反骨心から生まれた確かな決意だった。

 

 ――自分は守らなければいけない

 ――だから、こんな奴等に負ける訳にはいかない

 

 想いは真っ直ぐで、只管に純粋だった。

 折れてまともに働かない左腕をぶら下げたまま、右腕に力を込める。

 全身がボロボロになろうが、動くのなら問題は無い。

 たとえ片腕だけだろうとも、アイツ等に負けてやる義理なんて無いのだから。

 動けなくなるまで抗う、少年の姿がそう物語っていた。

 

 ――大切な人達を守る、その為に自分は居るのだから。

 

 自らの決意を胸に秘め、(おれ)は立ち向かった。

 想いを貫く為に、家族を守る為に……。

 

『ああああああああぁぁぁぁぁああぁぁぁぁあああ!!!!!』

 

 満身創痍とは思えぬ咆哮を上げて、少年は挑んだ。

 それが勝つ事の出来ないものであっても、心だけは負けないと誓ったから……。

 

 

 

 

 

 

「……んぁ」

 

 小鳥の囀りと、カーテンの隙間から差し込む光によって、瞼がゆっくり上がる。

 開かれた視界には、白い天井が映っていた。

 5月も中旬を越えて、この時間でも陽光は燦々と降り注いでいる。

 あぁ、良い天気だな……。

 くだらない思考を止めて、横たわる体をゆっくりと起き上げる。

 傍らに置かれた目覚まし時計に目を向ける、『5:30』……いつも通りだ。

 よし、早い内に日課を終わらせるか。

 取り敢えずベッドから離れ、この後の予定を脳内で並べていく。

 勿論、着替える事も忘れずに。

 

「それにしても……」

 

 夢を見た気がするんだけど、何だったっけ?

 まぁ、思い出せないんなら大したものじゃ無いのだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 日曜日、それは……っと、長ったらしい講釈はどうでもいい。

 今日は休日、日曜日なのだ。

 普段なら翠屋JFCの雑用に精を出して、夕方近くまで皆のプレーに集中している。

 

 ――が、今日は軽い練習だけですぐに終わってしまった。

 計算外と言うか、何というか…………何で?

 いつもならやる事に困らない俺だが、今日ばかりは完全に裏目に出た。

 本当、ツいてないな……俺って。

 

「ってな訳で、只今俺は散歩中である」

 

 海鳴臨海公園の中を歩きながら、現状説明みたいな独り言を呟く。

 暇過ぎて、とうとう俺の頭が狂ってしまったらしい。

 何とかしたいのは山々だが、今現在どうしようもないのが辛い。

 要は手持ち無沙汰であって、何か用事でも出来れば良いんだよなぁ。

 暇潰し、バッチコーイ!!

 …………虚しいなぁ。

 自分の狂い気味の思考に涙を禁じ得ない。

 

 燦々と降り注ぐ太陽光線を、手で遮って瞑目する。

 髪が潮風に吹かれて、涼やかな心地良さに身を委ねた。

 思う事は、今の自分について。

 最近の俺は、どうもおかしい気がしてならない。

 今までならこんな事無かったと思うし。

 ――――変わったのかな、俺が……。

 

「ハッ、そう簡単に変われたら、どれだけ人生楽な事か……」

 

 自分で出した答えに、思わず嘲笑してしまう。

 そう、俺は変わってなんていない。

 変わったのは俺ではなく、俺を取り巻く環境。

 『聖祥』という名の、新しい居場所。

 そして、あの5人を始めとする新たな友人。

 周りが変わる事で、俺自身がそれに感化されているだけの話だ。

 きっと俺は、これからも変われない。

 目の前に広がる青い海を、柵に寄り掛かりながら呆然と見詰める。

 考える事はやはりと言うか、取り留めの無い事だった。

 

「理解者……今の俺を理解し、受け入れてくれる者」

 

 4年前のある日、シスターと話していた師父の言葉を思い出す。

 自身を変えるのは、自身ではなく他人の力が重要だと。

 人間とは周りに影響され易いもので、他人の一言で如何様にも自分を変える事が出来るそうだ。

 それは、良くも悪くも……。

 つまり俺が変わる為には、他人の力が必要になるとの事だ。

 

「でも、今の自分になったのも――――その他人の言葉なんだよな」

 

 はぁ……と溜息を吐いて、顔を伏せる。

 突きつけられた事実、忘れた筈の想い。

 そして、それから逃げ出した自分。

 生涯忘れる事の無いであろうそれは、今の自分を決定付けたと言っても過言ではない。

 幼き日に起こった出来事は、他人に対して警戒心を募らせる原因となった。

 思えば、自分の出自を一切合財話さなくなったのも、それからだったのを覚えている。

 端に臆病になったと言えば、それまでだが――

 

「そんな所で考え事に耽っていると、柵から落ちてしまうよ」

「えっ……」

 

 沈み切っていた思考が、その唐突な一言で急浮上した。

 あまりに深く考え込んでいたのだろう、柄にも無く内心で慌ててしまう。

 急いで深呼吸をし、突然掛けてきた声の主に振り向いた。

 

「気付いたかい」

 

 そこには、黒髪の男性が立っていた。

 身長は俺より頭一つ分高く、年上である事を容易に理解出来る。

 恐らくだが、高校生か大学生であろう見た目。

 しかし、その落ち着いた佇まいに年不相応の大人びた印象を感じる。

 何故か、師父の青年時代はこんな感じではないだろうか、と思ってしまった。

 それ程までに、目の前の人が発する雰囲気が常人とは違うのだ。

 直感で、『この人は只者じゃない』事を俺は見極めていた。

 

 ――両手一杯にぶら下げた、買い物袋を無視すれば。

 

「あっ……えぇっと、その」

 

 まぁそんな事はどうでも良くて、問題は目の前の人だ。

 突然の展開に着いていけていない俺だが、既に思考は巡りだしている。

 

 何故赤の他人である俺に声を掛けたのか、少々疑問に思っている。

 目の前の男性の声色から考えて、何か企んでの事は無いだろう。

 それ以上に、こんな誠実そうな人にそういった手段は似合わない。

 ならば、何が……。

 交錯する視線と視線。

 相手は至って平静だが、俺は自然と訝しげなそれに変わっていた。

 その反応に気付いてか、男性は自分の失態を取り繕うように口を開き始めた。

 

「あぁ、突然声を掛けて悪かったね。別に怪しい者じゃない、って言っても――」

「そんな事を言っては、逆に怪しい……ですか?」

「まぁ、そんな所だよ」

 

 すかさず突っ込んだ俺に対し、クスリと笑いながら答える。

 その言葉には、悪意も敵意も感じられない。

 仕種にも別段おかしな部分は見当たらないし、問題は無さそうだ。

 自身の中で問題無しと完結させ、警戒していた視線を緩める。

 それに合わせて男性も表情を和らげ、一安心といった様子に変わった。

 どうやら俺の警戒は、自分で思っている以上に酷かったらしい。

 自重しなければ……。

 

「それで、俺に何か?」

 

 改めて、目の前の人に問う。

 今度のは警戒ではなく、純粋な疑問。

 目の前の男性は一体俺に何の用があるのか。

 見当も付かない、ってか初めて会った人だから、気になるのも当然な訳で。

 

「おいおい、そんなに警戒しないでくれ」

 

 ――いや、これが普通なんですけど!?

 しまった、自分の無愛想さは理解していたが、最早ここまでだったとは……。

 思えば、初めてバニングスに会った時のアイツの反応も、何処か釈然としない感じだったし。

 だが何よりも今は、初対面の人の言葉で気付かされたのが少し傷付いた。

 すみません、初対面で悪いのですが既に泣きそうです。

 

「何故泣きそうな顔をしているのか、敢えて訊かない方がいいようだね?」

 

 えぇ、察してくれてありがとうございます。

 現実の厳しさに打ち震えながら、コクコクと頷いて返す俺。

 本当、俺ってダメダメだなぁ……。

 目の前で俺の道化っぷりを堪能している男性は、渇いた笑いを浮かべながら困った様子で立ち尽くしている。

 放っておけばいいのに、変わった人だなぁ……と思ったのは秘密だ。

 

 

 

 

 

「それで君は、暇過ぎて此処に来たのか」

「えぇ、まぁそんな感じです」

 

 目の前の男性、クロノさんは呆れたような顔をしながら尋ねてくる。

 そんなにおかしいだろうか?

 まぁ俺からすれば、この人が外国人だって事の方が、充分おかしい気がするけどさ。

 結構日本人っぽい顔立ちしてるのに珍しいなぁ、というかクロノさん格好良いなぁ。

 責任感の強そうな瞳、身に纏っている大人の余裕、端正な顔立ち……etc。

 この人を見ると、『主人公キャラ』の瀬田を思い出す。

 アイツも完璧超人を絵に描いたような奴だし、似た雰囲気を持っているからな。

 

「それで、クロノさんは……って、見れば分かりますね」

「はははっ」

 

 俺の視線が足下に置かれたパンパンの買い物袋に向けられると、今度は疲れたような笑いを浮かべる。

 それがあまりに自然だった為、この人の苦労性が一瞬にして理解した。

 しっかりとした意志を持ってはいるけど、周りの強さに流され易い体質なんだろうと……。

 今の俺と似たようなものか、アイツ等無駄に強いからな。

 聖祥に入学してから今までにあった、様々な出来事を思い出す。

 …………。

 ………。

 ……。

 

「「はぁ~……」」

 

 吐き出されたのは2つの溜息。

 どうやらクロノさんも思い当たる節があったようで、俺と同じような顔をしていた。

 色々と疲れたような表情である。

 ――ふむ、何故だろうか。

 この人から、赤の他人とは思えない何かを感じる。

 

「君も色々と大変なようだな」

「そうですね。今年は特に大変ですよ、色々と……」

 

 まだ聖祥に入学して1ヶ月と少ししか経ってないのに、小学校時代と比べても見劣りしない程の濃密な時間。

 同じクラス、1つ前の席、全てはそこから始まった。

 少女――フェイト・T・ハラオウン。

 腰まで伸びる鮮やかな金髪、強い意志を伴った赤い瞳、少し細いがハッキリ物を言う声。

 第一印象はよく憶えてないけど、きっと悪いものじゃなかったと思う。

 彼女と出会った事で、バニングス、高町、八神、月村達とも知り合う事が出来た。

 昼飯を共にしたり、休み時間中に適当に駄弁ったり、何気無い事だが新鮮だった。

 最近は変な襲撃にも遭ったが、振り返ってみれば大したものでもない。

 あまり他人に干渉したくない俺だけど、アイツ等との付き合いだけは気にならなかった。

 この気持ちが、変わったと言う事だろうか?

 

「どうかし――」

「クロノ!!」

 

 あまりに深く考え込んでいた為だろうか。

 クロノさんは訝しげな顔で、俺の顔を覗き込むように見遣ってくる。

 だが掛けるべき言葉は、少し離れた場所から目の前の人を呼ぶ声に遮られてしまった。

 その突然の事に、呼ばれたクロノさんだけでなく、俺まで同じ方向を向いていた。

 人間の条件反射って怖いな……。

 

 向いた先に居たのは、ポニーテールにした翡翠色の髪が映える美しい女性。

 その女性は、そこら辺の屋台で買ってきたのであろうクレープを、両手に持ちながら此方に歩み寄ってくる。

 ふむ……見た所、クロノさんと親しい仲みたいだが……

 ――――ハッ!?

 

「すみません、お邪魔でしたね」

「急にどうし――」

「それじゃ、俺はこれで……」

 

 事情を察した俺は、そそくさとその場から撤退を開始した。

 その少々巻き気味の台詞に、クロノさんは驚いたような表情をしたが無視。

 俺が居ては、折角の時間が台無しだからな。

 それと経験ゼロの俺だが、注意くらいはした方が良いか。

 

「でも、あぁいうのは彼氏が行ってくるものじゃないんですか?」

 

 言いながら此方へ向かってくる女性の方を向く。

 荷物持ちをやってるのは分かるんだが、食べ物を買いにいく当番ってのは基本的に男がやるもんじゃないだろうか?

 まぁ実際は知らんから、テレビとかの偏った知識だけどさ……。

 

「ん? 彼氏? 何を言ってるんだ?」

 

 だが一方のクロノさんは、俺の発言に対して怪訝な表情を見せてくる。

 まるで『コイツ何勘違いしてんだ?』みたいな……。

 

「えっ、違うんですか?」

「是非も無く、君の考えは間違っているよ」

 

 俺の考えが分かったのか、片手で頭を押さえながら答える。

 あぁ違うという事は、つまり……2人は『恋人同士』では無いのか。

 かなりお似合いのカップルだと思ったが、それじゃあの女性は一体……。

 ――と、改めて女性の方を見てみると、既に顔立ちが細かく見える所まで詰めていた。

 髪と同色の瞳、そこには母性溢れる包容力を湛えた、優しくも強い光が灯っている。

 外見とは比べ物にならない位、大人としての魅力に包まれた人。

 数瞬だけだが、本心から――見惚れてしまった。

 それは、初めて桃子さんと出会った時と同じ感覚。

 この人もまた、そういった部類に入る女性なのだろう。

 

「御免なさい。色々あり過ぎて、選ぶの時間掛かって……」

 

 少々困ったような顔をしながら、クロノさんの許に着く。

 選ぶ、とは両手に持つクレープの事だろう。

 そう言えば、公園の屋台にクレープもあったなぁ。

 豊富なメニュー、翠屋には劣るが確かな味、リーズナブルな値段。

 この辺りの女子中高生に人気のあるクレープ屋だと、高杉から教えられた。

 女性はそこへ行っていたらしい。

 対するクロノさんは、その姿を見ながら呆れた顔をしている。

 

「はい、クロノは甘過ぎるの苦手だから、シンプルなチョコバナナね――――それと」

 

 2つ持っていた片方をクロノさんに渡して、さぁ自分も……とはいかずに、まさかの俺の方へ振り返った。

 何故か、妙な笑顔を浮かべているのが気になる。

 俺に何か用なのだろうか、とか考えていたら――

 

「貴方、もしかして聖君?」

 

 ――突然名前を呼ばれてしまったよワトソン君。

 語尾に疑問符を付けているけど、何か確信持ってそうな言い方だなぁ。

 

「え? ええっ? 何で、俺の……」

 

 内心焦って外面が冷静を装うのは良くあるけど、その逆ってのはかなり貴重じゃないだろうか?

 なんて思いながらも、思考は常に答えを求めている。

 何故俺の名前を知っているのか、つーか貴女は誰ですか?

 そして――――ワトソン君って誰だ?

 そんな混乱している俺を置いて、謎の美女は笑顔のまま話を進めていく。

 

「娘から話は聞いてるわ。とても優しい子だって……」

 

 いや、そんな情報どうでもいいんですけど……。

 ――って

 

「む、娘?」

「えぇ、フェイトからね」

 

 まるでドッキリに成功したような悪戯っぽい表情に、少しだけドキッとしてしまう。

 桃子さんといい、この人といい、俺をからかって面白がっている節がある気がする。

 それにしても、フェイト……何処かで聞いた覚えが。

 つーかこの脳内のやり取りにも、妙なデジャヴを感じる。

 あれは確か、翠屋での5人との邂逅。

 5人、同級生、フェイト……

 バラバラだったワードは線を結び、一つの解へと導かれていく。

 

「――って、まさかハラオウンの!?」

 

 気付くのに数秒も掛からなかった。

 声量も考えず、思わず大きく口から出てしまった答え。

 女性はそれに嫌な顔一つせず、ご名答と言わんばかりの表情で返す。

 

「私はリンディ・ハラオウン。フェイト・T・ハラオウンの母よ」

「……」

 

 自分で言っては難だが、まさか当たってると思わなかった為、呆然と目の前の女性を見詰める。

 目の前の女性は、どう見ても20代にしか見えない。

 それが、まさか自分と同年代の子を育てている親だったとは……。

 冗談抜きで桃子さんみたいだよ、この人。

 その後、俺の思考が現状を受け入れるのに、1分の時間を要したのは秘密だ。

 

 

 

 

 

 

 まぁ、驚きってのは連鎖するものなんだな。

 リンディさんがハラオウンの母親だってのは、正直未だに驚いている。

 だがしかし、まさかクロノさんまでこの人の息子だったとは……。

 貴女、年は幾つですか――と聞かずにはいられない。

 いや、本当に聞くなんてデリカシーの無い奴ではないけどさ。

 

「君の疑問は良く分かるが、気にしたら負けだ」

「……はい」

 

 どうやら息子であるクロノさんも同じ事を思ってるらしい。

 まぁ、自分の母親がこれだけ美人だと、疑問にも思うよなぁ。

 って、いい加減その話題から離れろよ俺。

 くだらない考えを追いやって、深呼吸で気分を入れ替える。

 すぅ……はぁ……。

 ――よし、問題無し。

 

「それにしてもこんな所で会うなんて、偶然にしては出来過ぎてる気がするわね」

「片や買い物帰り、片や暇潰しですからねぇ」

 

 本当、人生ってのは色んな事が起きるもんだ。

 最近、アイツ等関係での遭遇率が非常に高いと思うのは俺だけか?

 呪われてるのか、まさか……。

 

「でも、もしかしたら偶然では無いのかもしれません」

「えっ?」

 

 突然の言葉に、リンディさんの不意を突かれた声が出る。

 クロノさんも声は出てないが、表情は似たようなものだ。

 そんな2人に、俺は言葉を続ける。

 

「受け売りなんですけど、『この世に偶然は無い。偶然だと思われる全ては、須らく必然である』らしいですよ」

「つまり、私達が此処で会ったのも、必然だって事かしら?」

「もしかしたら、ですが。この出会いには何か意味があるかもしれませんね」

 

 この言葉は師父からの受け売り。

 あの人が今までの人生を振り返って気付いた、人の人生に於ける一つの真実。

 師父は言っていた。

 今までの出会いの中で、無駄なものなど一つも無かったと。

 それが小さいものであったとしても、未来の自分を紡ぐ為の大事な要素であると。

 

「つまり、僕達は出会うべくして出会ったと?」

「もしかしたらの話ですよ。絶対は無いんですから」

 

 クロノさんの疑問に、肩を竦めてそう答える。

 そんな事言われても、俺だってよく分からないからなぁ。

 それでも……考えてしまう。

 

 もし、この出会いに意味があるとしたら、一体どんなものなのだろうか?

 この2人と出会い、今後の俺を左右する何かが、未来に待っているのだろうか?

 そして俺との出会いによって、2人の未来に何か影響があるのだろうか?

 きっとそれは、出会ってすぐには分からないだろう。

 簡単に答えが分かる程、人生は甘くはないから。

 でも、もし意味があるのだとしたら……

 

 ――今の自分が、少しでも良い方向に変われる『何か』でありますように――

 そんな事を、願っていた。

 

 

 

 

 

 その後の話題となるのは、この場には居ない彼女の事になるのは必然だろう。

 娘の学校での事を知りたいと思うのは、親として当然の反応だ。

 勿論、兄としても……。

 

「学校でのフェイトはどうかしら?」

「具体的な事は分かりませんけど……」

 

 アイツの学校生活での態度は、『品行方正』の一言に尽きる。

 授業態度も真面目だし、決して規則に触れる事もしない。

 偶に授業の途中で帰る事もあるけど、家の事情なら仕方ないだろう。

 何事にも一生懸命な姿は、素直に好感が持てるし尊敬もしている。

 本人には間違っても言わないけどな……。

 つーか、それはハラオウンに限った事じゃなくて、他の4人にも言える事なんだけどな。

 

「確かに、彼女達は基本的に真面目だからね」

「そうねぇ、昔から大人びた子だったし」

 

 ハラオウンと八神は、高町達とは4年来の付き合いらしい。

 まぁ、この2人が知っていてもおかしくないよな。

 それにしても、昔からアイツ等ってあんな感じだったのか。

 末恐ろしい奴等だな、何食って何やって何考えてたらあぁなるのか非常に気になる……。

 

「ハラオウン達を見てると、今の自分が駄目だって気付かされます」

 

 アイツ等は何段も上へ進んでいるのに、俺の足は一向に追い付く気配を見せない。

 自分の現状を何とかしようと、自分の将来を考えるのはまだ早いと思っていた俺。

 現状をより良くしようとして、完全とは言えないまでも将来を見据えている彼女達。

 両者の違いは、数年前から決まっていた。

 『早い内から進むべき道を定め、それに向かって研鑽する人』と『自分を取り巻く状況だけに目を向け、進むべき道を見つけられないでいる人』では、得られる結果は雲泥の差。

 その差こそが、俺と彼女達の違い。

 それこそが、拭う事の出来ない自らの未熟さ。

 

「だから、本当はこんな事してる場合じゃないんですよね」

 

 時間は有限なのだ。

 その限られた時間の中で、どれだけ効率良く日々を進んでいけるかが将来を決める。

 アイツ等の足許にも及ばない俺には、無為な時間を過ごしている余裕なんて無い。

 それでも、何をすれば良いのか分からない。

 今の俺に必要なものとは、一体何なのだろうか?

 自分の事なのに分からなくて、それがとても悔しくて堪らない。

 

「本当、何やってるんでしょうね、俺は……」

 

 自らの浅はかさに憤りを感じている。

 紡がれる言葉の端々から、それが強く表れていた。

 それは呪詛のようで、俺の内から負の感情が溢れ出す。

 ――――いけない。

 

「あっ、俺の言った事は気にしないで下さい」

 

 俺の呟きを耳にしていた2人に、訂正するように言葉を発する。

 これは本来、人に知られてはいけないモノだ。

 俺が自らの力だけで解決させなければいけない、俺だけの問題なのだ。

 決して、誰かの力を借りるなんて事をしてはいけない。

 

「いいんじゃないかしら」

「……えっ?」

 

 今まで黙って聞いていただけのリンディさんが、徐に口を開く。

 発されたそれは、俺にとって意外なものだった。

 意外過ぎて答えに窮している俺を他所に、リンディさんの言葉は続く。

 

「確かに将来を見据える事は大切よ。でも……将来よりも何よりも、今が一番大切だと思うわ」

「今が……」

「未来よりも、まずは今を頑張ってみれば良いんじゃないかしら」

 

 それを聞いて、正直どう返そうか迷った。

 リンディさんの言いたい事も分かる。

 それでも、今の自分にそれが許されるかと考えると――きっと許されない。

 俺は、ひなた園の皆を守らなければならない。

 今だけに執着している状態では、きっと将来は足許を掬われる。

 常に先を見れる者が、将来を真っ直ぐに進めるのだから。

 

「君の考えが間違ってるとは言わない。でも僕からすれば、少し肩肘を張り過ぎだと思う」

「そうですか?」

「そうね。まだ中学生なんだから、将来を考えるのはもう少し待っても大丈夫だと思うわ」

 

 2人からの言葉は、要約すると『進むスピードを緩めては?』という意味のものだった。

 今はまだ急ぐ必要は無い、と2対の瞳が告げている。

 でもそれは無理だ。

 今の俺は、まだまだだから……。

 

「君はどうして、そこまで自分を高めようとするんだい?」

 

 未だ納得の表情を見せない俺に、クロノさんが核心を突くような質問を投げ掛けてきた。

 俺が強くあろうとする理由。

 そんなもの簡単だ。

 もう何年も前に、その答えは出していたんだから。

 この公園に隣接する海の先、地平線を見据えながら俺は答えた。

 

「大切な人達が居るから……」

 

 あの時決めたんだ。

 家族を守るんだって。

 たとえどんな辛い目に遭おうとも、家族だけは守り抜くと。

 

「家族が幸せに暮らせるように……」

 

 毎日、笑顔の絶えない日々を送って欲しいから。

 毎日を、大切に生きていって欲しいから。

 俺が、そうあって欲しいと願ったから。

 

「守られていただけだった自分を――――変える為に」

 

 幼く弱い俺を守ってくれた家族。

 その温もりを、俺は自身の背負った傷と共に一生忘れる事は無いだろう。

 俺に光をくれた大切な家族の為に、俺は変わると誓いを立てたのだ。

 ふと視線を下ろすと、膝の上に乗っていた手が握り拳を作っていた。

 爪が掌に食い込む程、それは固く握り締められている。

 その力の大きさこそが、俺の誓いの重み。

 そして、俺の決意の強さ。

 

「……やっぱり、フェイトの言う通りの子ね」

「確かに、どこまでも真っ直ぐな決意だ」

 

 その声に反応して振り向くと、2人が何かに納得したような笑みをしていた。

 ハラオウンが、言っていた通り……?

 一体俺の事をどう言っていたのだろうかと、無性に気になったが訊かないでおく。

 何か恥ずかしいし。

 

「貴方のその気持ち、とても素晴らしい事だわ」

「……そんな事は無いです」

 

 俺なんて全然まだまだだ。

 どちらかと言うと、リンディさんやクロノさんの方が人としての凄さを感じる。

 そして、ハラオウン達も……。

 

 何で俺の周りは、凄い人達ばかりなのだろうか……。

 才能に溢れ、困難に立ち向かう心を有し、約束された未来を手にする力を持った天才達。

 それに引き換え、俺は何て小さくて弱いのだろう。

 大層な誓いを立ててはいるが、それが果たされる日はいつになるのか分からない。

 誰にも負けないようにと、どんな努力も惜しまずに今までを駆けてきた。

 でも上には上が居た、それも類を見ない特上レベル。

 努力だけでは抗いようの無い現実に、俺の心は焦るばかりだった。

 その焦りを抑えようと、拳の握りを一層強める。

 既に掌は真っ白になり、爪も深く食い込んでいて痛みが滲むように溢れてきた。

 しかし――

 

「え……」

 

 フワッと、羽毛のように『何か』が俺の手を優しく包み込んでいた。

 温かい――――まるで子供を抱きしめるような、慈しみを持った優しさを感じる。

 

「自分に自信を持って」

 

 それは、目の前の女性の手だった。

 俺に向けられるものは、まるで母親が子供を見守るような、優しく母性的な眼差し。

 どこまでも広く深い心が、俺の焦燥感を和らげていく。

 まるで、魔法に掛かったような妙な心地だ。

 

「今までの話を聞いて、聖君は真っ直ぐな子だって分かったわ」

「そんな……」

「常に前を見て自分の目標に向かっていくのは、とても素晴らしい事よ」

 

 矢継ぎ早に放たれる褒め言葉に、口が回らない。

 頬が熱を帯びて、上気していく感覚が俺を襲う。

 普段から褒められ慣れてない俺にとって、ここまでベタ褒めされると正直困る。

 ――あぁ、頼むから落ち着いてくれ。

 

「だから大丈夫。それだけ頑張れる貴方なら、きっと良い未来が来るわ」

「それは僕も同感だ」

「……あっ、………えっと………」

 

 何と返せば良いのやら……。

 この2人がからかい半分で言ってるのならマシなんだが、その目は意外と本気だ。

 熱により焼き切れていく思考回路を総動員させて、何とか言葉を返そうと試みるが――

 

「……」

 

 結局、俯くだけで何も出来ませんでしたとさ。

 未だに柔らかな感触が俺の手を包み、くすぐったいと言うかむず痒い。

 視線を合わせるのも、今の俺にはちょっとばかり辛い。

 

「頑張って」

 

 それでも、この一言で薄雲の掛かった心が晴れていった気がする。

 鈴のような、それでいて穏やかな声音。

 まるでシスターの傍に居るような心地良さに、母親としての強さと優しさを感じた。

 本当、凄い人だ……。

 

「……はい」

 

 これで俺が変われるとは、到底思えない。

 他人の言葉だけで変われる程、俺の背負うものは軽くない。

 けれど、決して無駄ではなかった。

 5月の麗らかな休日。

 俺はまた、尊敬出来る人に出会えた。

 

 それはきっと、この出会いが生んだ『意味』の一つ。

 

 

 

 

 

 

 




~キレてはいけない聖祥大付属中24時~
(突然教室に入ってくる遠藤)
「都築先生のモノマネやりまーす」
ヾ(´Д`*)ゝクイックイッ
「それはモノマネとは言わねぇよ!!」
デデーン 瑞代 OUT
\スパーン!!/\ウボアァァァ!!/

どうも、おはこんばんちはです。
№Ⅸを読んで下さり、ありがとうございます。
前話で書いてあった通り、今回は非常に落ち着いた話となりました。
自分の不甲斐無さを再確認する聖に、その言葉を受け止めながらもエールを送るハラオウン親子。
でもまぁ、同い年なのにアレだけ規格外な友人が居れば、そりゃ自分を卑下したくなるってものですよね。
リリなのキャラは基本スペックが高過ぎるんで。

あぁそれと、聖が無愛想という点が浮き彫りになりましたが、これは別に突然出て来た設定ではありません。
というのも今までの話の中で、笑顔を浮かべてきたのはなのは達だったり、平太が満面の笑みを浮かべたり、瀬田がフッと笑ったり、遠藤や金月がニッと笑ったり、高杉がイヤらしい笑みを浮かべる位でしたから。
それに比べると、聖は圧倒的に笑顔を浮かべる場面がありません。
年頃の少年らしい不器用さ、といった感じで受け止めて貰えると助かります。

そして次話は、遂にその聖に焦点を当てます。
つか、彼のトラウマをほじくり返したいと思います。
『少年の誓い』に於ける、最初の関門ですね。

今回は以上となります。
感想や意見、上記のタグ関連やその他諸々は遠慮無くドシドシ書き込んで下さい。
直接メッセージでも、作者的にウェルカムです。
では、失礼します( ・ω・)ノシ

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