やはり俺の恋慕はまちがっている。 作:真園(しんえん)
「文化祭?」
「うん。もうすぐやるんだって」
6月。
雨がシトシトと降り始め、傘が手放せない天気が続く日の放課後。
今日はオフだからファミレス行こ!と笑顔で誘ってくる戸塚に断る理由もなく俺は馴染みになりつつあるサイゼに来ていた。
それにしても戸塚とも仲良くなったもんだ。去年までの俺なら人生を家族除いて一人で過ごそうとしていただろうが、今年の俺は一味違うらしい。なるほど、俺は遂にニュータイプになったのか。このまま進化すればきっと小町のハイブリッドぼっちタイプに近づて、ゆうゆくは小町になれちゃうかもしれない。小町二号名乗っちゃうぞ。あれ、でも長男なのに二号っておかしくない?
今日の授業を写したノートを捲りながら、何の気なしに文化祭について考えてみる。
文化祭。
俗称、ウェイのウェイによるウェイの為のイベントである。
イベントドリブラーとして楽しめる人間は限定的であり、その線引きは決まってクラス内カーストで分断される。俺のような人間は言わずもがな、日陰の落ち葉に裏で蠢くダンゴムシのようにトイレで文化祭の大半を過ごしたり過ごさなかったり。
きっと中学から高校に上がったとして、そんな文化祭の体質に変化など無いのだろう。ただ人の姿形と名前が変わるだけで楽しむことが可能な人間の属性は据え置かれ、教師はそれ以外の人間に「お前らも全体行事なんだからちゃんと参加しろよ」と叱責する。何とも理不尽な構造だ、今時の鬼畜弾幕シューティングだってグレイズ出来るくらいにはポイフル同士の隙間開いてるのに。
俯くように教科書をぼんやり眺めていた戸塚に、俺は尋ねる事にした。
「6月って早くないか?普通9月とか10月とか、秋にやるもんだろ」
「って言われても……。多分ほら、総武高って進学校だから受験生に配慮してるんじゃないかな」
と、何ともその通りな推測に俺は心の中で両手を上げる。
やっぱ凄えよ戸塚は。クールで愛嬌もある、初めての高校生活も難無くやり過ごすし今度は推測まで。……突然銃持って無表情でパン!パン!とか撃ち始めないよな?
戸塚シュミレーターを起動させながらも並列させて文化祭の事を考える。
「ウチのクラスって何やるんだ?」
「それ、5時間目に決めたじゃん。八幡また寝てたでしょ」
戸塚は呆れたようにジト目でコーラを口に含んだ。
寝てたのはそうだけどなあ。
ただあの手の学級会って大体身内進行じゃん。もし仮に俺がお化け屋敷やりたいです、と言ったところで「あ、そすか。じゃあ一応ヒキタニ君の意見も黒板に書いといて」とかマイノリティー扱いされること間違いない。つまり俺みたいなソロプレイやーには不利な環境下であり、参加する意志もなければ気力も皆無なので無視して睡眠が定石なのだ。
「もー、八幡は仕方ないな。演劇だよ」
「演劇、つったらアレか。リア王とかベニスの商人とか?」
なら俺も裏役に回るだけだ。
例えば小道具とか大道具とか、特に照明なんて素晴らしい役職だ。何せ教室の照明スイッチをパチパチするだけの単純労働、途中から音ゲー感覚でやってしまって打鍵音が大きくなって注意されてしまう事を除けば美味しいポジションなのだ。
「そんな本格的な奴じゃないって。何かオリジナルストーリーを考えてやるみたいだよ」
戸塚は透明感のある声は珈琲に入れたミルクみたいに夕暮れ時のファミレスの喧騒感に溶けた。
「何だそれ。ウチのクラスめっちゃ大変そうだな」
「またそうやって他人事みたいに言う」
中性的な顔を極限まで美少女にした戸塚は「ダメだよっ!」と口を尖らせた。ナニコレ。え、戸塚って美少女だったっけ。いやいや落ち着け俺、戸塚は男だぞ。戸塚は男戸塚は男トツカハオトコ。よし、問題無いな。
「配役とかは決まってるのか?出るにせよ出ないにせよ出来れば目立たない役が良いんだけど、木とか林とか森とか」
当然ベストオブベストは裏役に違いないが、一人で仕事を全うできるという観点から評価すれば演者の方が楽だ。
特に道具作るのとか完全にチームワークだし、俺以外楽しく話しながら喋りながら作業してる中輪の中にいるのに無言で淡々と進捗を積む虚無感といったらない。テスト期間中の貴重な土日に漫画読んだりゲームして時間を溶かしてしまうくらいには虚無。虚無過ぎてそろそろ胸に穴空いちゃう。そして小町を襲うことになると……何かさっきから小町のことばっか考えている気がするな。これが恋……いいや。千葉人のパッシブスキルの妹愛です。妹特攻150%。倒しちゃってんじゃんヤダー。
「全部木じゃん……。折角の文化祭なんだからもうちょっと目立とうとか考えないの?主役とか」
「その役はウェイグループに任せた、背後は任せろ!」
「八幡…………」
何だその砂浜に打ち上げられたクラゲを見るみたいな哀れむ視線。
戸塚はコホン、とまるで話しづらい話題を切り出そうしてるかの如く咳払いすると口を開いた。
「八幡さ、好きな人いるでしょ」
「な、ど、どど、どうしてそう思うんだ?」
自分でもこれは無いなと思うくらいに声が震える。
いや、でも、何で戸塚が。
最初に思い付いたそんな疑問は直ぐに解決した。
「というか雪ノ下さんでしょ?流石に分かるよ。学校の噂を聞きたいとか言いながら雪ノ下さんの事だけは名指しだもん」
珍しく、他人の恋路を見て何が面白いのかニヤニヤとした表情を浮かべながら戸塚は言った。
確かに迂闊だった。
隠し通すならば俺は雪ノ下の名前を出すべきじゃなかった。戸塚情報センターを使うリテラシーが俺にはまだ無かったというのか……。
「あ、お、うん。百歩譲って、たけのこ派がキノコ派の存在を容認するくらい譲歩して、俺が雪ノ下のことを好きだという事にしよう」
「それだけ譲歩したらもう360度回り切ってるから好きってことで良いんじゃないかな」
「好きだという事にしよう!だが戸塚も知ってる通り、俺は雪ノ下と会ったことも無ければ話したこともない」
もうバレてもいいんじゃないか?と主張する内なる八幡Aと出来る限り抵抗しろ!と主張する八幡Bのせめぎ合いの結果、俺は見苦しく抵抗することを選んだ。
戸塚は「ふっ」と愉悦感を含んだ息を吐くと、ニコリと微笑んだ。
「まあ確かに。僕以外とのクラスメイトとも話したことないもんね」
「ちょっと戸塚さん?俺の心を抉るの得意すぎません?」
不意打ち気味の猛毒にここ2ヶ月の記憶がリバイバルする。
高校に入って以降、本当に戸塚と以外滅多に話してない…………………………。
パッシブで八幡特攻A+とか発動してるんじゃないの?やめて!八幡のライフはとっくにゼロよ!
「そんなの良いけどさ、八幡。クラスも部活も違う相手に、そんな及び腰じゃ何も進まないよ?」
「……それはそうだが」
なにこの雰囲気。何で俺の恋愛相談会が始まってるんだ?
ただその、好きであるというのに違いはないので指摘し辛い。
だが認めるのは何というか、羞恥心もあるし、そういう会話のやり辛さもある。
素直に頷けない俺に戸塚は人差し指を立ててクルクルと回した。
「まずは雪ノ下さんに八幡のことを知ってもらわなきゃ。その為には演劇で目立つ役をやった方がいいよ」
戸塚はグラスに入ったコーラを飲み終えると、ちょっとドリンクバー行ってくるね、と軽快に立ち上がる。
……戸塚の発言は最もだ。
当初のプラン、即ち雪ノ下雪乃と友達になることは絶望的だ。そのこと自体は先月より分かっていたことで、早急に計画を変更せざるを得ないのは火を見るより明らかだった。
だが、それと演劇はまた話が違う。
クラス内の俺の立ち位置は簡単に言えば本島から200海里離れた無人島だ。戸塚という連絡船があるおかげで何とか孤立はせず済んでいるがそれだけで、例えばそんな奴が文化祭の出し物の主役に立候補したら他のクラスメイトはどうするだろうか?
答えは、衆人環境で袋叩きにする、だ。
文化祭というイベントそのものがクラス内カーストを如実に反映する性質を持っている。トップカーストの人間が望むような姿を形取る、それが校内イベントというものだ。
演繹的に、文化祭とはウェイが楽しむために存在する催しなのだ。
そこに俺という異分子が入り込んだら確実に彼ら彼女らは排除しにかかるだろう。「なにコイツきも〜い」「てかキミ、なに君だっけ?」「名無しの権兵衛ってよりかは根暗の権兵衛じゃね?」とか言われて更に俺のクラス内での社会的地位は下がるだろう。え、でもゼロから減ることなんてなくね?とか思うなかれ。ゼロを割ったらマイナスに突入、そこからは陰湿のイジメが始まる。
「お待たせ……ってそんな眉間にシワ寄らせてどうしたの?」
「ちょっと社会の不条理に身を馳せてただけだ」
「何それ。まあいいや」
戸塚は新たに汲んできた野菜ジュースの入ったコップをコトンと置くと、それにしても、と溜息をついた。
「正直八幡が恋愛中っていうの、意外だよね」
「否定………………できない」
一年前の、告白を断られたばかりの俺が今の俺を見たら嘲るだろう。
忘れた訳じゃない。トラウマ、なんて仰々しい物でもないかもしれない。だが中学時代の鬼門には違いなかった。それを声帯震わせて言葉を紡ごうとするならば、一言目で言葉は風呂場の排水口のように詰まってしまうだろう。少なくとも今でも不意にフラッシュバックしてはベッドで悶えて死にたくなるくらいには覚えてる。
特に、その時告白した俺の動機が問題だった。
良く俺に話しかけてくるし優しくしてくれるからもしかして俺に気があんじゃね?とか思ったのが悪かった。俺の思春期が暴走特急のように線路を外れ、気付けばプレパラートより薄い想いは容易に砕け散った。
その翌日には一躍、俺はフライデーに捕まった芸能人が身体に取り憑いてしまったかのようにクラスで嘲笑の的になった。誰が話を流布したかなんて考える必要も無い。あの空間には元より俺と彼女、その二人しか存在しなかったわけで。
結論から述べれば、思春期という名の導火線がチリチリと燃え進み、爆発してしまっただけなのだ。
俺の告白動機は明らかに軽薄かつ間違っていたし、軽薄な俺の言葉を彼女が吹聴したのも俺は批判することは出来やしない。そもそもの原因が俺に起因しているからだ。
……そう、頭では潤滑にその客観的事実を理解しているはずだった。
なのに何故、俺の拳は歳行った高齢者みたいに小刻みに振動しているのか。
俺は肌を直接擦られるような肌寒さを覚えながら、深淵から襲い掛かってくる自己嫌悪感を拭おうとミルクとガムシロが大量に注入されたコーヒーを口にする。尖った甘みに底知れぬ恐怖感は忽ち消え行った。
「でもアレだ。アレがコレしてソレになってて命の危機だから演劇の主役に立候補するのは無理だ」
思考を吹っ切るように俺は話題を戻す。
幸い戸塚は違和感無く受け入れてくれたようで、グラスに入った氷がカランと音を立てた。
「……正直、僕も心の底で八幡には荷が重いかなあと思ってたし、うん。ごめんね?」
「謝られると俺が我儘言ってるみたいになるから止めて」
どんだけ俺の心にダメージ与えたいの?
天使みたいな顔してそういう事言われると余計にクリティカル入って辛いんだけど。
「じゃあどうするつもりなの?八幡だってこのまま憧れのまま終わらせるつもりないんでしょ?」
既に戸塚の中では俺が一方通行の恋愛をしてる事は決定事項のようだった。
いやまあ合ってるんだけどさ?
この手の話題でズカズカ入られるのは初めてだから戸惑うものがある。
男子高校生の意地で、そんな内心が表情に出ないよう口角を上げた。
「ああ……。一応1つ、思い付いてることがある」
「なに?」
「文化祭実行委員に立候補すれば、ツテが作れる可能性はある」
戸惑うように戸塚は加えていたストローを離した。
「文化祭実行委員?でもあれ、裏方の仕事が主なんじゃないの?経理とか記録とかさ。だから委員長になるとか、それこそ雪ノ下さんが参加するとかならまだしも普通に参加する分にはツテなんか出来ないんじゃないかな」
「出来るんだなこれが」
「どういうこと?」
「雪ノ下は一人じゃない、二人いる。そうだろ?」
「二人……あ!生徒会長!」
「その通り」
自作マックスコーヒーから新芽のように生えたストローをカラカラと俺は回した。
雪ノ下雪乃にアクションを掛けるのは現状不可能だ。帰宅部かつ別学科な為に合同授業も無く、挙げ句の果てに教室同士も遠いと来たもんだ、これを解決する術を俺は持っていない。
しかし雪ノ下陽乃ならどうだ?
彼女は生徒会長だ。通例三年生になったら引退する役職にも関わらず二期連続で続けている優等生だ。
そんな彼女がこの総武高校では対外的に開催するイベントの中で一番大規模である文化祭の実行委員会に顔を出さない理由があるだろうか?答えは否だ、きっと来るだろう。
ただ懸念材料も多い。
生徒会長と話す機会をヒラの一委員が得られるかどうかと言えば、難しいだろう。実行委員長や役職級の生徒なら話す機会はあれど、高校生になって一年も経ってない新入生に話しかける言葉なんてそれこそ無いはず。
───それに、入学式の時。雪ノ下陽乃自身にも得体の知れないモノを感じた。
あの時の俺は関わりたくないと思ったものだが、それがどうして自発的に関わっていく方向になるのか。世の中というのは摩訶不思議である。いや不思議なのは俺の脳内か。
「まあ色々と難はあるが、無理な話じゃないからな」
「なるほど……。八幡頭良いね!」
「国語は学年主席だし数学は学年下から三位だからな、もっと褒めろ」
「……数学、教えよっか?」
雪ノ下さん云々以前にそれは流石に不味いよ?と戸塚は言った。
うん。俺もそう思う。
─────────────────
その後は2時間ほど何気ないことを戸塚と駄弁った俺は、そのまま家へギコギコと夕日をバックにペダルを漕いだ。
家に着く頃には午後6時半、いつもの俺の帰宅時刻よりかは幾分遅い。
リビングの戸を開けると、ソファーで陸揚げされたマグロみたいに横たわった小町がこちらへと視線を送る。
「お兄ちゃんお帰りー。なんか遅かったね?本屋?」
「ただいま。ちげえよ、ちょっと人と話してただけだ」
「と、友達と!?」
ズガン、と雷に打たれたかのように小町の動きが止まる。
友達とは言ってないんだけど……いやでも友達、なのか?最初はただの情報ソースだった戸塚と気付けば何だかんだ上手く打ち解けている気がする。でもそうやってある程度時間が経った頃に「え?比企谷?友達じゃないって、ただの便利なクラスメイトだよ」とか言われるのだきっと。ソースは俺。
「苦節30年……ようやくこんな不出来なお兄ちゃんにも友達が……!」
「お前まだ14歳だろ」
「年齢なんて些細な問題だよ!小町的には50年は待ったんだからね?」
全然些細じゃない。それに20年増えちゃってるし。え、俺の人間関係そんなに小町に心配されちゃってるの?それって兄としてどうなの?
「よし!今日は頑張ったお兄ちゃんの為に赤飯炊いたげる!」
「おいやめろ。それ意味違うし、しかも親父とお袋に勘違いされるだろ」
「あ、バレた?テヘペロ☆」
う〜ん、これは小町選手。比企谷家テヘペロ選手権第10回目の開催にして初の百点中百万点のテヘペロが出ました。コーチを務める八幡もこれにはニッコリです。
「う〜わ。お兄ちゃんまたそんな気持ち悪い表情して本当にゾンビになったらどうするのさ?ゾンビになったお兄ちゃんを養う程ウチ裕福じゃないよ?」
「酷ない?てか養うって何。俺ペットかよ」
もしかして俺、小町にカマクラと一緒のヒエラルキーだと思われてる?考え直せ小町、カマクラは餌をせびるのとソファでゴロンと寝転がるくらいしか能が無いのに比べて俺は勉強もそこそこ出来るし小町を愛でれるそこそこハイスペックお兄ちゃんだぞ。猫と何張り合ってんだ俺、虚しい。
「でも本当に小町はお兄ちゃんが友達作れて腕の荷が下りたよ」
小町はソファーでうつ伏せで足をバタバタさせて雑誌に目を落としながら言った。
そんな簡単な慣用句間違えるとか、お兄ちゃん小町ちゃんの将来心配なんだけど。
「おう。それ言うなら肩の荷な。そんなんで学校の授業大丈夫なの?」
「へーきへーき。いざとなったらお兄ちゃんに教えてもらうから」
「俺頼りかよ。だが小町なら毎日ウェルカム」
「お兄ちゃんちょっと気持ち悪いからそういう発言は止めてもらっていい?」
小町ちゃん小町ちゃん、千葉県の兄はそういう冷たい言葉に弱いからな。うっ、腹が。
ソファーに寝転がってファッション雑誌を読んでた小町は「そろそろ料理やらなきゃ!」と雑誌を閉じた。
「何か手伝えることあるか?」
「そこで座って録画したプリキュアでも見てれば?」
即日戦力外通告だった。
まあ確かに料理なんて普段やらないし、やったとしても皿出したり並べたり洗ったりしかしてないけども。アレ、皿しか触ってなくない?料理って何だっけ。
「そう言えばお兄ちゃん、最近少し変わったよねー」
「変わる?心当たりは無いが……」
嘘です。
めっちゃある。レモンに含まれてるビタミンCの数くらいにある。知ってる?レモンに含まれるビタミンCはレモン一個分なんだぞ?いや当然だから。
キッチンで冷蔵庫を見ながら献立を考えていた小町は目を細めた。
「怪しい……何か私に隠し事してるでしょ」
「してないかしてるかで言えばそりゃしてるぞ。例えば中学校の時に行った林間学校のボードゲーム大会で俺だけハブられた話とか体育祭のクラスの実行委員決めるとき決まんなくて丁度一番前の席にいて何も役職背負ってなかった俺に、比企谷……やってくんね?みたいな視線が集中したけど無視してたら更にクラスで冷遇された話とか」
「聞きたくなかったなぁそんな兄の話」
特にあの体育祭の委員決めは酷かった。
断る毎に女子のまとめ役的な立ち位置にいた女子生徒が「てか比企谷ってクラスで何もやってないよね?」とか「皆もちゃんとやってるんだから比企谷もやってよ」とか挙げ句の果てには「比企谷さ……何で学校来てるの?」とか言われる始末。真面目に不登校になってやろかと考えたまである。小町に示しが付かないので結局通いきったけど。
「まあいいや。お兄ちゃんが何も無いって言うならそれで」
バッサリと言い放つと、小町は野菜を切り始めた。
チクリとした罪悪感を抱えつつ、俺はDVDレコーダーを起動してプリキュアを選択する
いや……さ?
妹に好きな女の子出来ました、とか宣言するの恥ずかしいでしょ。ホウレンソウが大事つってもそこまで言う必要、無いと思うんだ俺。
「小町こそどうなんだ。2年生になったけど授業付いてけてるか?友達とかどうなんだ?特に男友達とかいるか?そいつから今度二人で遊ばん?とか言われてたら兄が始末してあげるからな?」
「お兄ちゃんキモい。本当にプリキュア見ててもらって良いから少し黙って」
「はい」
小町は将来、肝っ玉母ちゃんになれる才能があると思うんだ。実際ウチのお袋はそうだしその辺の遺伝子が受け継がれたのだろう。
じゃあ俺は?親父……いや、これ以上考えたらCPUが損傷するからやめておこう。
にしても小町の物言い。
少し怒ってるのか……とも思ってしまうくらいにはいつもよりドライな言葉だ。
長年の付き合いから顧みる必要も無くそれが否であると理解するのは容易だ、だが琴線に触れてイラッと来たのもまた本当なのだろう。
きっと小町は分かっている。俺が何か、隠している事を。長年の付き合いだ。その目は稚拙なベールなんて無意味に見透かしてまう。
だから、俺が欺瞞で覆い被せ、嘘ではぐらかしたから不満なのだろう。
俺は十全に理解していた。
理解していたにも関わらず、言い出さなかった。
恥ずかしいなんて陳腐でありふれた理由も結局は方便で。
俺がその俺自身の感情、情動自体に疑懼を捨てきれないのが発端だった。
───折本かおり。
中学時代に勘違いして、俺が利己的に告白した相手。
彼女の時とシチュエーションも条件も違う。なのに自分のこの心を信用出来ずにいる。
馬鹿みたいだ。
散々自虐しながら、やっぱり俺はあの告白がトラウマになっているのか───告白。トラウマ。
感情が脳へと注ぎ込まれ、手が震える。
夕暮れの教室のワンシーン。
古色蒼然とした机、手元に広がる学級日誌。
モノクロームな背景、カラフルな彼女の制服。
理解したくない。
理解したら、俺は認めてしまうことになる。
だがそれを、俺は決して俺自身を赦してくれはしない。
理解しろ比企谷八幡、と。
お前の鬼門は顕在だ、と。
もう一人の俺が後方で俺の頭を手で固定して、無理矢理劇場のスクリーン見せられているかのようで。
激情の流動とは別に、俺は心の隅で極めて理知的に悟った。
……そう。
雪ノ下雪乃に恋した瞬間。
折本かおりへの告白がトラウマになったのだ。