やはり俺の恋慕はまちがっている。 作:真園(しんえん)
飛んできた弾丸ライナーにボケっとした声が口から漏れた。
突発的すぎる。
未だ入学して2ヶ月の1年生が、3人から重役を2人選べってマジ?
「あの……」
「ん?どしたの比企谷君?何か問題ある?」
字面こそ優しいが、声は日本刀よりも鋭い。何だったらそのまま乱舞しちゃって擬人化しそうな勢い。
「……うっす。何でもないです」
マジだ。
この人、マジで俺に選ばせようとしてる。
雪ノ下先輩は俺の従順な姿勢に、満足げに微笑むと目に付いた机の消しカスを払った。
「よし、決まりね〜。早速だけど比企谷君は書記と会計の選出お願いね、教室の隅使っていいからさ」
それ許可いる?
反射的に浮かんだ疑問が口に出る前に脳内で散らす。言ったら絶対面倒なことになる。コーラを飲めばゲップをするくらいの確信があった。
仕方無しに立ち上がった俺に、雪ノ下先輩は「あっ」と付け加えるように言う。
「こっちはもう部門決めちゃうから、そのつもりでね〜」
「……はい」
返事に不承不承とした色が自分でも抑えきれず滲み出てしまう。いつもなら制御出来る声帯もこの時ばかりは胃とか痛いし操れる気がしない。
最も雪ノ下先輩はそんな俺を見て絶えずニコニコと楽しんでるようなのでまあ放っといて良いだろう。疲れる。
教室後方の隅っこ、平塚先生の立つ位置とは真反対側。窓を背に俺は3人が集まったのを確認すると、義務感に駆られて口火を切った。
「んじゃ、やるか」
「やるか、と言いましても……」
「そうですよ!私、昨日はああでしたけど別に重役やりたい訳じゃないですし!」
口々から文句が溢れる。
彼らもまさか昨日の展開が今日も続くとは思わなかったはずだ。サザエさん方式と思ってたアニメの主人公が気付いたら進級してた時みたいな衝撃感があっただろう。
ともかく、まずは。
場が混沌としてる状況において話を唐突に切り出してもより混乱するだけだ。
俺はコホンと間を空けて、会話のテンポを整える。
「改めて自己紹介すると、俺は1年の比企谷八幡だ」
と言うと、真鶴以外の2人は驚いたように目を微かに見開いた。確か、清川と箱根だったな。
「比企谷さん1年生だったんですか……てっきり同学年かと……」
「同学年なんですか!?てっきり上級生だと!」
「え、比企谷君って1年生なの?てっきりダブリかと」
「おいコラ。印象操作しようとすんな」
何で一々煽ってくんのコイツ?思わず友達だと勘違いしちゃうだろ。
だが、ウェイという生態は往々にして気安く話し掛けるものである。つまり彼らにとって会話というのは息を吸って吐くのと似た行為であって、そこに好意があるかどうかと言えば否なのだ。
賽銭箱に5円玉を投げるのと同じように俺へと気軽に話しかけるのが彼らの生き様なのだろう。きっと奴ら、会話でAPとか消費しない。ソシャゲやったら超強そうじゃん。俺も将来ウェイになってソシャゲのトップランカーになるんだ。
「僕は清川竜馬です。2年B組に所属させてもらってます」
清川……清川先輩はそう一礼しながら言った。
昨日は分からなかったが、この場では唯一の2年生だったみたいだ。
「箱根望結、1年A組です!その、出来れば重役は勘弁したいな……なんて、駄目ですか?」
昨日と変わらない姿の箱根はチラチラと俺を見ながらそんなことを宣った。
「それはこの後話して決めるから落ち着け」
「そうですね……」
落ち込んだように目を俯ける。いや、どんだけ役職嫌なんだこの子。
そして、最後に口を開くのはある種一番厄介な男である。
「僕の名前は真鶴冬樹、1年F組だよ。正直役職についてはどっちでも良いかなぁって思ってるから改めて宜しくね」
「じゃあやってくださいよー!」
「う〜ん、まあ箱根ちゃんが僕に借りを作るって条件なら吝かでも無いかな」
「小狡い!小狡いですよこの人!」
間も置かずに貸し借りの話を始める当たり普段からそういう思考をしてるんだろうな。この手の人間に借りだけは作りたくないものだ。
「では最初にどうでしょう、部活に属してる人間を除くというのは」
箱根がむ〜と呻っている間にも清川は建設的な意見を提示する。
部活生は時間が少ない為に実行委員会に参加できる時間も必然的に少なくなる。一般的的な委員ならともかく、重役になる人間が二足の草鞋なんてやり出したら絶対にどこかで破綻するだろう。そう考えると雪ノ下先輩は完璧な二足の草鞋なんだけど……まあ何事にも例外って付き物だよね!(思考放棄)
真鶴は清川先輩の言葉に頷く。
「それは最もだね。賛成だよ。じゃあこの中で体育会系のキツイ部活に入ってる人は?」
5秒、10秒と。
長針が幾ら進んでも名乗る人間がいないということは。
「全員帰宅部のようだな」
偶然か必然かと言えば、必然だ。
部活に入ってるならばそもそも昨日の時点で副委員長選出候補にまでの残留しなかったはずなのだから。
「どうする副委員長?やっぱり3人の中から2人選ぶ必要があるようだけど。人狼またやる?」
「やらねえよ。普通に決めるぞ普通に」
「ですが、普通といってもどのようになさるつもりですか……?」
今まさに未解決の議題を突き付けられ、押し黙ってしまう。
一番の問題だった。
「そうです比企谷君!昨日みたいに知らないゲームで決めるのはどうかと思いますよ!」
「いや、やらないから。俺じゃないからそれ」
反射的に否定してしまう。
ただ、昨日一番苦労したのはルールを微塵も知らなかった箱根だろう。何も分からない中で初対面の相手と人狼ゲームとか俺だったら確実に何もせず時間が過ぎるのを待つ。別名人任せである。ソースは俺。しりとりとか態と初っ端で短パンとか言って脱落してたまである。
「あの、やりたい人とかいませんか!あ、でも私が辞退すれば清川君と真鶴君が自動的に書記と会計になるんですよね、じゃあお願いします」
感嘆符を打って浮かんだような強い声は次第に抑揚が消えて平坦な色に変化した。
完全に自分だけは選ばれることはないと高を括っている箱根に思わず感心してしまう。
アホの子だとは思ってたけどまさかここまでとは……。
ガンガンと空気を吐き出す冷房の冷気が直に皮膚を刺す。腕を見てみればブツブツとした豆状のものが一面に屹立していた。完全に鳥肌立ってるじゃん。なんかこの一角だけ温度低くないですかね?
「僕は遠慮したいね。昨日だって消極的保留で残ったんだし、元々自発的にやろうと思ってた訳でも無いし」
身勝手に発言する箱根に反発する形で真鶴は箱根を一瞥した。
「……僕も出来れば辞退したいです。僕が担うには責が重すぎます」
清川先輩も静かに身を引いた。
満場一致で拝命拒否。
どうすんだよこれ。バトルロイヤルも斯くやって感じなんだけど。
だが一つ、明確に分かっていることがある。
この3人に判断を任せてはいけない。
3人という奇数で、2人は確定で役職に就かなくてはならない。
そんな状況で話し合いをした場合、100%談合が起こる。2人で組んで1人を蹴落とそうとするのは間違いない。残念賞を減らし、その上で改めて2人で話し合おうとするだろう。
公平だとか不平等だとかを決めるのは俺では無いし、面倒臭い事この上ないが頼まれた以上やるしかないだろう。
「そうだな。他者推薦も無きにしもあらずだが……」
「全員自分以外を選ぶから意味ないと思いますよ比企谷さん」
「ですよね……」
自分がなりたくなくて役職は2つ余ってるんだから当然他の2人を推薦するよな。
「ならジャンケンにしましょうよ!どうせ、こうなった以上誰も譲れないですし」
それもそうだな。
どうせ俺はこの三人のことについて全くと言って良いくらいに何も知らない。
ならいっその事手早く決めるのもアリアリだ。
「それで良いなら運ゲーでも───いや、止めておこう」
「いま途中まで言いかけましたよね!?」
ジロリと。
雪ノ下先輩の「比企谷君なら分かってるよね?」みたいな視線がダーツの矢の如く飛んできて、俺の瞳にダブルブルしたので慌てて言葉を撤回した。
逆らったら何をされるか分からない。
前例なんて無いが、俺の直感はそう言っていた。怖すぎノ下陽乃、略してこわのん。愛称にするとより現実との落差が広がって詐欺っぽい。雰囲気も常に云為の予想が出来ないから容姿の完璧さも相まって不気味だし、ここは可愛らしくちゅみみ〜んとか言って欲しい。や、それはそれでホラーだわ。
「ともかく運ゲーは駄目だ。ほら、俺達には口と脳味噌が備わってるだからやっぱり会話でもって決議を下すべきだ」
「何かそれっぽいこと言ってますけど……」
箱根は少し不満そうに目を細めたが、俺は気にせず口を噤んだ。
「僕は何でもいいよ。納得は何よりも勝るってね。納得出来ればその他の事なんてどうだって良い。それに、どうせ天罰覿面なんだしね」
あくまで真鶴は中立を貫くようだ。まあ、こいつならそうするだろう。
納得は何よりも勝る、その通りだ。
俺も納得の上で副委員長になった訳だし、納得さえしてしまえば自分の身の上に疑問なんか持たないんだろうから。
「てんばつてきめんですか?」
「云為の結果が直ぐに反映されるってことだ」
四字熟語に首を傾げる箱根をフォローしておく。
これはアホの子どうこうじゃなくて難しい言葉を使ってる奴が悪い。つまり真鶴が悪い。
「会話で決めると言いますけど、比企谷さんは誰にするおつもりなんでしょうか?」
と、言うと清川先輩は黒い瞳を俺へと向ける。
深淵に覗かれているみたいな、黒煙が猛ったような色。
見ている俺までもが何か、良くないものに苛まれてしまう感覚。
一縷の不安感に、金縛りにでも当たったの如く一瞬全身が硬直した。
俺は目を逸らして窓越しに風呂場のカビみたいに広がった曇天の空を仰いだ。
「……どうしてやりたくないか、その理由を話してくれ。それで俺が決める」
炎に焼かれ焦土になってしまった大地を思わせるほど灰色に染まった空を見ながら俺は呟いた。
雪ノ下先輩から決定権を委託されたのは俺だ。
どのような方法を摂ろうと結局は俺が、誰かを任命しなきゃならないのだ。
それなら一番手早く、分かりやすい方法で落とす(任命する)のがベストアンサーになり得る。
「なるほど。良いんじゃない、僕は賛成だよ」
「私も比企谷君次第って言うのは気になりますけど……このまま話してても千日手ですよね!お願いします比企谷君……!」
即答で返す二人とは対照的に、清川先輩は渋っていた。その表情は芳しくない。
「どうしますか清川先輩」
静かに問い掛けると、困ったように眉を曲げながら顔を上げた。
「比企谷さん。先輩なんて呼ばないでください、今まで通りタメ語で良いですよ」
「そ……うですか。じゃあ清川さんで」
「それでも良いですけども。あと敬語、止めてほしいんですけどね」
「じゃあ清川さんが外して下さいよ、先輩ですよね」
「いえ……僕はそう大したものも無いので……」
そう言うと、自信無さげに蛍光灯を見上げた。
蛍光灯は均一に光を投げかけ、降り注ぐことで色濃い影がにゅるりと伸びている。踏めば消えそうな影に不思議と俺は清川さんとの関連性を見出そうとしていた。
結論を結ぶ前に清川さんは唇を戦慄かせる。
「僕は正直、賛同しかねます。真鶴さんや箱根さんのように即断即決出来ないので……やるにしても少し、時間を頂きたいです」
「それは私も欲しいです!言葉を纏める時間は必要ですよ!」
箱根は、はいはい!と手を上げながら清川さんの言葉に同調した。
真鶴は何も言わないが特段否定的でも無さそうだ。消極的賛成なのだろう。
まあ別にそのくらい良いだろ。瞬発的な頭の回転数を見る訳でもあるまいし。
「分かった、じゃ今から5分な。経過次第真鶴から時計回りに発言してもらうから」
「え、僕からなの?大丈夫?それ私怨とか含まれてない?」
「ばっかお前、俺が恨んでんの何てこの歪な社会とか窮屈な世間くらいだからな?はい、スタート」
「対象が広すぎます……!?」
無視してスマホのタイマーを起動させ、5分セットするとスタートボタンをタップする。
誰もがその様子を認められると各々が思考に耽るように空中に視線を彷徨わせたり瞼を下ろしたり空を眺めたりと自分の世界へと入っていくようだった。
3人の姿を見て、特に俺は1人に悟られない程度に意識を傾ける。
清川竜馬。
2年生、この中で唯一高学年の男子生徒。
初対面では特に何も感じることの無い普通の人間だと思った。それこそ俺みたく、程々に影薄く、クラスに居ても居なくても大勢には何も影響しない生徒だろうと感じるほどに。
だが、それは誤謬を孕んだ間違った解釈だと今分かった。
物腰柔らかくとても丁寧で真面目そうな性格……だが、壁も芯も無い。
人間誰しも我というものがある。
マキャベリ曰く「人間は総じて恩知らず、移り気、猫かぶり、貪欲」であるそうだ。
これはメディチ家に取次ごうとして書かれた書籍、君主論の中での一説であるがまあ今はそんな事はどうだって良い。
重要なのは、清川竜馬にはそんな自然的に発生する感情が見られないという点だ。
この場で役職を拒絶しているのだって自己評価が最低になっているのもあるが、風見鶏の如く周囲に合わせている一面もある。じゃなきゃあんな目にならない。何もかもを諦観するような、風一つない月下の湖畔の水面みたいな目には。
表面に限らず我すらも仮面なのだ、きっと。
何時でも熊に遭遇した猟師のように一歩後ろに下がり、真の我を出さず、きっと自己を卑下しているのだろう。もしかしたら本当の自分なんてものはとっくのとうに忘れている可能性すらある。
故に、清川竜馬は掛けるべきボタンが何処かに欠落しているのだ。
することも無い俺はタイマーに気を配りつつ、整然と話す雪ノ下先輩の方を見遣った。
向こうでは手を上げたり上げなかったりと、既に部門の振り分けが順調に成されているらしい。
戸塚もその中で大勢に紛れる中で手を上げていた。何の部門だか超気になる。てか俺も戸塚と一緒の部門になりたい。副委員長引退していい?いや待て。寧ろ戸塚が副委員長になれば良いのか。俺超天才じゃん、今の発想は八幡的にポイント高い。
ぼけーっとガラスで区切られたみたいに喧騒感の違う向こう側の景色を見ていると、ジージー、と設定していた時間が過ぎ去った事を意味するアラームが控え目に鳴り響く。
不意に雪ノ下先輩と目と目が合った。
ん?これはもしかして……恋?
「比企谷君。うるさい」
「すんません……」
普通に怒られた。会議中にアラームを鳴らすのは生徒会長的にはナシらしい。当たり前か。いつもボッチの呼吸壱の型無音で独り言喋っても誰にも気付かれないから忘れてたわ。
俺は雪ノ下先輩に我ながら綺麗な一礼をして、視線を戻した。3人共に何故かこちらを呆れたように見ている。
「比企谷君って少し抜けてますよね〜」
箱根、お前には言われたくないからな。
それに追従するように過剰に頷く真鶴に恨めしい視線を送りつつ、俺は目に掛かった髪の毛を払った。
「じゃあ真鶴、早速頼む」
未完小説なのにここまで読んでくれてありがとうございました。
読んでいただいた通り、このssは設定がしっちゃかめっちゃかで、戸塚をTSさせるかどうか悩んでるあたりから書けなくなりました。
色々ssは投稿しているのでまた別の機会にお会いできれば幸いです