青い空母の悩みごと   作:魚鷹0822

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ある日、空母赤城は所属する基地の波止場の近くで大破寸前の状態で海に浮い
ている空母加賀を発見する。
なぜ基地の近くでそんな状態で海面に浮いていたのか、赤城は理由を問うが……。





続・青い空母の悩みごと

 どこまでもつづく、蒼い空と、蒼い海。

 生命の生まれた場所と言われ、あらゆる恵やときに災厄をもたらしたこの場所が、今は戦場。

 

「私も、ついにここまでですか……」

 

 海面をたゆたう艦娘、空母加賀は所々焼け焦げた体をなんとか動かし、空へ向かって手を伸ばした。

「こんなところで、終わるなんて……。あの子に、合わせる顔がないわね」

 加賀の頭に浮かぶのは、自分とともにありたいと、初めて言ってくれた娘。

 自分の後輩で、緑色のツインテールが少し子供っぽい。

 でも、自分の背中を追いかけ続けてくれて、いつの間にか並ぶほどになっていた、自慢の教え子。

「不思議と、後悔はないわね」

 あの子の目標であり続けようと思った。

 でもいつの間にか並んで、パートナーになって。

 もう、自分が道標になる必要はない。あの子は、きっと自分の足で歩いて行ってくれる。

 それに、彼女はきっと、自分のことを覚えていてくれる。

 だから……。

 

「……加賀さん」

 

「でも、もしできるなら……」

 それでも、後悔がないわけではない。

 もし、望めるなら……。

 

「加賀さん」

 

「もう一度だけでいいから、抱きしめたかった」

 あのぬくもりを、もう一度だけ……。

 

「加賀さん」

 

「……なんですか、赤城さん」

 加賀は、何度も自分を呼ぶ声に応える。

「それはこっちのセリフです」

 そこには声の主である紅白の和装を着たかつての片翼、空母赤城は苦笑いしながら、加賀を見下ろしていた。

 

 

「基地の波止場の目と鼻の先で、なぜ1人轟沈ごっこに興じているんですか?」

 

 

「1人じゃないわ。そこに大破寸前の吹雪が浮いているでしょう?」

 海面に浮かんでいる加賀から少し離れた位置に、吹雪型の艦娘が着るセーラー服が所々破れた状態で波に揺られている吹雪の姿があった。

 

「そういう問題かしら?」

 

 赤城はかつての相方の様子にため息をはきつつ、海面に足を下ろした。

「翔鶴は吹雪さんをお願い。加賀さん、とりあえず入渠ドックへ行きましょうか?」

「……ええ」

 加賀は伸ばされた赤城の手をとり、体を起こすと陸にあがり、ドックへ向かって歩いていく。

「ところで、何でこんな基地の目と鼻の先で大破なんてしていたのかしら?」

「……それは」

 言いにくいことなのか、加賀が口ごもる。

「それには、少しわけがあって……」

「何があったの?」

「それは、少し前のことなのだけれど……」

 加賀は、なぜ基地の目と鼻の先で大破していたのか。その理由を話し始めた。

 

 

 

 

 

 事の始まりは数十分前。

 基地の休憩所にある縁側で、加賀はお茶をすすっていた。

 そしてその隣では、湯飲みを両手で持ったまま、お茶の水面に小刻みに波紋が立つほど緊張で震えている吹雪がいた。

「……吹雪」

「は、はい!」

 加賀の静かな声に、吹雪は過剰に反応する。

 突如話があると言って、彼女は休憩所に連れてこられた。要件を言わないあたり、どんな話なのか不安で仕方がなかった。

「頼みたいことがあるの」

「な、なんでしょう?」

 すると加賀は湯飲みを置き、吹雪の方に振り向く。

 そして、いつもの変化の少ない表情で、淡々と言い放った。

 

 

「あなたを、抱きしめさせて欲しいの」

 

 

 吹雪は飲んでいたお茶を噴き出した。

「けほ、けほ……」

 彼女は、脇道に入ったお茶を吐き出そうとせき込む。

 一方、加賀はそんな彼女の背中をやさしくさする。

「い、いきなり何を言うんですか!?」

「あなたを、抱きしめさせて欲しいの」

「それはもう聞きましたよ!なぜそのようなことをしたいのか聞いて」

「……抱きしめたいから。それ以外に理由が必要かしら?」

「それ以外って……」

「なら吹雪。あなたは、なぜごはんを食べるのか、食事のたびに理由が必要というの?」

「そ、それは……」

「それと同じことよ。わたしはただ、あなたを抱きしめたいからお願いしているの」

 加賀は首を少しかしげながら聞いてくる。

「……どう?」

 なんだか、いつもに比べ少々力業で押し切ろうとする彼女に違和感を抱く。

「でも、加賀さんには瑞鶴さんがいるじゃありませんか?なのに、私を抱きしめたりしていいんですか?」

「大丈夫よ。これは瑞鶴のためだから」

 何が瑞鶴のためなのか、吹雪はわからなかった。

「……わかりました。いいですよ」

「ありがとう」

 いうが早いか、加賀は吹雪の両脇に手を入れると、彼女を軽々と持ち上げ、自分の膝の上に腰かけるように座らせ、後ろから抱きしめた。

 初めての経験、制服越しでも伝わる高めの加賀の体温と柔らかい2つの大きな山に、吹雪は頬が熱を持つのを感じる。

「うむ……」

「ど、どう、ですか?」

 彼女は加賀を見ることなく問う。

 

「……いいわね」

 

 加賀の吐息が首筋やうなじをやさしくなで、こそばゆいのか若干身じろぎする。

「あなた、温かいわね」

 加賀の両腕に力が加わる。

「あ、あの……」

「……妹がいたら、こういうことでもするのかしら?」

「いえ、私は別にそういうことは……」

「そう。じゃあ、こういうことは?」

 すると、加賀は吹雪の左耳をやさしく噛んだ。

 

「ひゃっ!」

 

 完全な不意打ちに、吹雪は思わず声を上げた。その声に、加賀はゾクっとくるものを感じる。

「……いい声ね」

「ふぁ!」

「……かわいい」

 彼女の鳴き声が可愛くて、その声をもっと聴いてみたくて、加賀は吹雪を逃がさないようお腹に片腕を回したまま、あいているほうの手で彼女のスカートから伸びる太ももやお腹をやさしく触る。

 

 

―――瑞鶴は、どんな声を出すのかしら。

 

 

 脳内でそんなことを考える。

 

 そのときだった。

 

 

「何、しているの?」

 

 

 聞き覚えのある声に、加賀は頭から冷水を浴びせられたような錯覚に陥り、一瞬にして頭が冷静になった。

 吹雪に触れていた手を止め、加賀は声の方向を振り向く。

 そこに立っていた人物を見て、彼女は凍り付いた。

 そこにいたのは、緑がかった長い髪をツインテールにまとめた髪型が特徴の、相方だった赤城と同じ紅白の和装をまとった、まだどこか幼さを残した女性。

 

「ず、瑞、鶴……」

 

 加賀は目を見開き、顔が真っ青に染まっている瑞鶴を見つめる。

 そんな彼女の視線は、加賀の太ももに腰かける吹雪を見た後、再び加賀に戻る。

「加賀……、これは」

 加賀は即座に口を開いた。

 

 

「ず、瑞鶴。あなたは勘違いしているわ!」

 

 

「何が、勘違いだって、いうの……」

 瑞鶴の声に震えが混じる。

 加賀は彼女の頭の中が想像できた。だから勘違いなのだと言ったが、それはかえって逆効果だ。

 即座に否定してしまえば、やましい瞬間を目撃したのだなと相手は思う。

 しかも加賀はこのとき、顔を赤く染め、呼吸の荒い吹雪を太ももの上に座らせている。

 はっきりいって、誤解されても仕方がない。

「そう……」

 瑞鶴は静かにそういった。

 とりあえず冷静になってくれたようだと加賀は思う。

 そして瑞鶴は、その場に不釣り合いなほどの満面の笑みを浮かべた。

「そっか~、そうなんだ~」

 1人納得する彼女に、加賀は戸惑う。そして瑞鶴は即座に艤装を身に着けた。

「そっか~、加賀は私に飽きちゃったんだ~」

「そ、そんなことないわ!」

「じゃあさ、なんでそんなことになっているのかな~」

 瑞鶴の瞳が三日月のように細められ、加賀を射抜く。

 彼女は直観した。やる気だと。

「加賀先輩……」

 突如他人行儀になった瑞鶴に、額から冷や汗が噴き出し始める。

 そして瑞鶴は弓を構えた。ものすごく、楽しそうな笑みを浮かべながら。

 

 

「覚悟してくださいね」

 

 

 加賀は即座に立ち上がり、脱兎のごとく逃げ出した。

「か、加賀、さん。どこへ」

 まだ呼吸が落ち着いていない吹雪がとぎれとぎれに言葉を発した。

「黙っていなさい!でないと、殺されるわ!」

 そして基地中に響く、大気を揺るがすほどの大声で、瑞鶴は言い放った。

 

 

「全機爆装!準備でき次第発艦!目標……」

 

 

 瑞鶴が矢を番えた弓を構え、血走った瞳が標的をとらえる。

 

 

「吹雪に浮気した加賀!」

 

 

 彼女は矢を放った。

 

 

()っちゃって!」

 

 

 瑞鶴の放った矢は加賀に向かって飛翔。爆弾を抱えた零戦21型、九七式艦攻、九九艦爆に姿を変える。

 そして艦載機に乗る妖精たちは瑞鶴の指示通り、標的の加賀を見つけ、爆弾を切り離した。

 爆弾がさく裂し、基地の寮や格納庫等の施設や地面をえぐる。

 加賀は走りながら回避行動をとる。

「か、加賀さん!一体どうするんですか!?」

 今の瑞鶴はどうみても話を聞いてくれる状態ではない。

 かといって空母として速力が少し遅めの加賀では、ずっと逃げ切ることは難しい。

「……海へ出るわよ!」

 加賀は吹雪を抱えたまま波止場へ向かって疾走する。

 今の瑞鶴は話を聞いてくれるような状態でない上に、加賀の足では逃げ切ることも難しい。

 だったら、迎え撃つしかない。

 艦娘の領域たる、海の上で。

 波止場と、その向こうに広がる海原が見えてくる。

「行くわよ!」

 加賀は地面を蹴って飛び、海面に着水した。

「よし!吹雪、さっそく戦闘準備を……」

 加賀は目を見開いた。

 彼女の視線の先には、離脱していく九七式艦攻の姿。

 そして自身に向かってくる、投下した魚雷の雷跡。

 今になって気づいた。

 瑞鶴は、手当たり次第に艦載機を飛ばしていたのではない。

 加賀の足が遅いことを知っているし、実力だってわかっている。加賀を爆撃しながら、彼女はこの状況で彼女が海へ向かい、迎え撃つ準備をするに違いないと推測した。

 だから加賀を爆撃することに集中していると見せかけ、海へ誘導。そして海面に降り立った瞬間に必ず生じる隙を狙い、ひそかに迂回させた九七式に攻撃の合図を出したに違いない。

 日常でも戦闘でも、真っすぐすぎて駆け引きが苦手な相棒の成長を目の当たりにし、加賀は目に涙が浮かんだ。

 

 

―――ああ、あなたも、遂にここまで成長したのね。

 

 

 その標的が自分でさえなければ、感動して彼女を抱きしめていたかもしれない。

 そして九七式の魚雷を回避することはできず、加賀の足元で爆発。

 加賀と吹雪を大きな水柱が飲み込んだ。

 その上空から、とどめと言わんばかりに九九式艦爆が雲を突き破って急降下。

 目標高度で爆弾を切り離す。

 切り離された爆弾は重力に引かれ降下。標的に命中し、大きな爆炎が2人を包んだ。

 

 

「加賀の浮気ものおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 

 爆炎に包まれる相棒に向かって瑞鶴はそう叫ぶと、どこかへ走り去っていった。

 

 

 

 

 

 

「……ということがあって」

 途端、赤城は加賀を持ち上げると大きく振りかぶり、勢いをつけて彼女を入渠ドックへと投げ入れた。

 加賀は頭から突っ込み、ドックから大きな水柱がたつ。

 両足の膝から下だけが水面から出ているという、どこぞの推理小説のような姿でしばし固まった加賀だったが、すぐにドックの中で体をひっくり返し、顔を出した。

「いきなり何をするんですか?」

 

「話を聞いていたら、頭にきました」

 

「人のセリフを取らないでもらえるかしら?」

 恨めしい表情で赤城を見つめる加賀。すると赤城は笑みを浮かべながら言った。

 

「この甲斐性無し」

 

 加賀は矢に射抜かれたように胸を押さえてうめいた。

「……相変わらず容赦のない言い方」

「事実を言っただけです、浮気者」

「この容赦のない言い方、そこに」

「しびれる必要も憧れる必要もないわよ」

「ぐっ!」

「それに、回りくどい言い方があなたに伝わらないということは、すでに学習済みだもの」

「そうなのかしら」

「だてに長くパートナーやっていたわけではないわ」

 苦笑しながら赤城はその場にしゃがみ、入渠ドックに沈むかつての相方を見つめる。

「それで、なんで突然吹雪さんに抱きしめさせて、なんていったの?」

 とうの吹雪は翔鶴によって丁重にドックへと入れられている。

「まさか、瑞鶴よりも駆逐艦たちの方が好み、そういう趣味に目覚めた、なんていうんじゃないでしょうね?」

「そんなことないわ」

「よかった。かつての相方が、幼い駆逐艦が好み、なんていったらこの場で沈めるつもりだったわ」

 微笑みを浮かべつつ、怖いことを考えていた赤城に背筋を震わせる。

「なのに、瑞鶴ではなく吹雪さんにそんなことをお願いしたのは、なんで?」

 加賀は湯船に口元まで沈みつつ、少しそっぽを向く。

 だが待ち続ける赤城に根負けしたのか、顔を上げた。

「……笑わないでくれる?」

「もう十分笑わせてもらったわ、心の中で」

「ぐっ!」

「なら、今更でしょう?」

「……実は」

 加賀は消え入りそうな、静かな声で言った。

 

 

「自分の気持ちの正体を、確かめたかったの……」

 

 

「……んん?」

 赤城は首を傾げる。

「どういうこと?」

「……言葉の通りよ」

 赤城はイマイチ要領を得なかった。

「私は瑞鶴のことを、どう見ているのか」

「どうって?大事な人なんじゃないの?」

「それはそうなんだけど、最近、あの子のことが頭から離れないの」

「あの子?」

 

「……土佐」

 

 赤城は表情を引き締めた。

 加賀の、妹になるはずだった艦の名。

 彼女たちが鉄の船だった当時、土佐は完成前に標的艦に使われることになり、加賀は本来解体されるはずだった。

 その後、土佐は予定通り標的艦でその生涯を終えた。一方、加賀は修復が困難になった赤城の姉の天城の代わりに空母に改装された、というのは知られている話である。

「最近、瑞鶴と接していて思ったの。私は、瑞鶴に土佐の代わりを求めているんじゃないかって」

「でも、土佐は艦娘になってないのよ?」

「……それでも、私に妹ができるはずだった、というのは鉄の船だった当時からの事実。その記憶が私にも引き継がれている以上、できるはずだったつながりを求めるのは、当然じゃないかしら?」

 加賀は赤城をじっと見つめる。

 赤城は、加賀の気持ちがわかった。

 彼女も、翔鶴に天城の代わりを求めているのではないか、そう思ってしまうときがある。

 赤城は、本来妹になるはずだった。でも、天城の場所に加賀がおさまったことで、それは変わってしまった。

 無論、加賀は赤城にとってかけがえのないパートナーであったことは確かだ。

 だからといって天城がいない寂しさを埋めることはできない。

 姉の、天城の代わりなど、この世界にはただの1人もいないし、唯一無二だったのだから。

 だからといって諦められるものでもない。

 その結果、あらゆる自分を受け入れてくれる、初めから姉の立場だった翔鶴に天城の、姉の代わりを求めていたのではないか。

 それは、翔鶴攻略作戦が始まってから短い間に、幾度となく頭をよぎったことだった。

「そうね」

 赤城は静かに言う。

「失われたつながりを取り戻したい。それは自然な感情なのでしょうね」

「そうでしょう」

「それで、吹雪さんを抱きしめた結果、自分の気持ちとやらはわかったのかしら?」

 加賀は視線をそらした。

「……わからなかった。彼女に土佐の代わりを求めているのか、妹のような存在を求めているのか、可愛い後輩か、それとも恋人か」

 いつも表情の変化が乏しいし、涼しい顔をしているからわかりにくいが、彼女も悩んでいるのだなあと、赤城は苦笑する。

「恋人としてみなければいけないのはわかっているの。でも、瑞鶴と過ごしていると、どうしても土佐のことが頭をよぎって。……このままじゃ、瑞鶴に失礼なの」

 赤城はため息を吐き出した。

「どうすれば、自分の気持ちがはっきりするのかしら?」

 

 

「どうでもいいじゃないですか?そんなこと」

 

 

 赤城の言葉に、加賀は目を見開いた。

「赤城さん……」

「何かしら?」

「なんて、いったのかしら?」

 彼女は微笑む。

「どうでもいいといったんです、自分の気持ちの正体なんて」

「よくないわ!だって」

「そうやって気持ちを確かめるために浮気を働いて、大事な瑞鶴を蔑ろにしているほうが、よっぽど失礼じゃないかしら?甲斐性無し空母」

「ぐふっ!」

 加賀が吐血する幻が赤城には見えた。

「私も、似たような経験があるわ」

「短い期間なのに、さも経験豊富のようにいうのはどうなのかしら?」

「私は駆逐艦の娘たちに手を出したことは一度もないわよ、浮気者」

「ぐふっ!」

 加賀の非難を軽く流し、赤城は話始める。

「まあ、確かに一緒に添い遂げると決めた相手を、恋人としてみていないというのは、少し後ろ髪を引かれる思いをすることがあるわ」

「でしょう」

「さっき加賀さんが言った、瑞鶴は土佐の代わりか、単なる妹か後輩か、どう見ているか気になるのは無理もないことだわ」

「そうでしょう」

「でも、たとえどれが気持ちの正体であっても、瑞鶴さんが大事であることに変わりはないのでしょう?」

「当たり前です!」

 きっぱり言い切る加賀に、赤城は少しばかり驚いた。

「なら、今はそれでいいんじゃないかしら?」

「でも、それじゃあ」

 頑なな元パートナーに、彼女はため息を吐き出す。

 加賀のこういう所が気に入っていたが、今は悪い方向に働いてしまっている。

「そういう加賀さんの誠実な部分はいいところだと思います。でも、あなたが瑞鶴と関係を始めてからまだ2,3週間たつかどうかじゃないかしら?」

 加賀は頷く。

「そんな期間で、自分の気持ちをハッキリさせよう、なんて無理じゃないかしら?」

「そんなことないわ」

「そんなことがあるから、加賀さんは悩んでいたんじゃないのかしら?」

 彼女は黙り込んでしまった。

「以前、提督が言っていたことがあるんです」

 加賀は黙って先を促す。

 

 

「人間にとって、一番わからない存在というのは、自分自身だと」

 

 

「……なぜ?」

「少し小難しいことをいっていたけど、要するに、自分から他人を見ることはできても、自分自身を見ることはできない。だからわからない、だったかしら」

 当時提督は、人は自分自身を見ることができないから、誰かに向かって言葉にすることで思考を整理し、自身を知る。

 だから悩むより、言葉にする方が答えは見つかったりする、といったのだが、赤城はすっ飛ばした。

「要するに、自分1人でいくら悩んでも答えは見つからない、ということよ。自分を見ることは、誰もできないもの」

「それは、そうですが……」

「だからこそ、人は歩き続ける」

 加賀は顔を上げ、赤城を見つめる。

 

 

「人は、自身が何者であるかわからないから、生まれてから死ぬまで、一生をかけて歩き続ける。色んなことを経験し、色んな人々と出会い、それらを通して自分というものの欠片を集めていく」

 

 

 加賀は赤城の話を黙って聞く。

 

 

「空っぽの自分の中に、日々歩んだ軌跡を、自身の欠片を詰め込んでいく。生まれた瞬間から、死ぬそのときまで。自身の歩みを一冊の本に綴るように。その軌跡が、自身が何者であったのかの証明であると」

 

 

「瑞鶴にセクハラをしてよく爆撃されている提督が、本当にそんなことを?」

 加賀は疑いのまなざしを向ける。

「ええ。そしてそれは、人の形を得た私たち、艦娘も同じこと。考えることは大事だけど、私たちもまだ欠片を集めている最中。自分が何者であるかわからないなら、自分の気持ちの正体なんて、もっとわからないでしょうね」

 赤城たちは戦船の記憶を持つ。でも、彼らは鉄の船ではなく、人の姿をしている艦娘。

 人の姿を得たことで獲得した心。

 そして、人は自分以外の誰かを通して自分を少しずつ知っていく以上、気持ちの正体など、案外わからないものだ。

 

「だからこそ、人は答えを求めて歩き続ける。あなたは瑞鶴と歩み始めた。あなたが瑞鶴とどういう道を歩んだか。その日々の積み重ね、2人が描いた物語こそが、加賀さんが瑞鶴をどう思っているのか、その証明になるんじゃないかしら?」

 

「それはつまり、考えるより行動すればわかる、ということかしら?」

「そうね。すくなくとも、今のままじゃ加賀さんは、浮気者や甲斐性無し空母のまま、瑞鶴との物語を終えることになるけど、いいの?」

「よくないに決まっているわ」

 加賀は湯船の中で勢いよく立ち上がった。

「……こうしていられないわ」

 直後、彼女に液体がたたきつけられるように浴びせられた。

「……何をするのかしら」

 赤城は高速修復材のバケツを下ろしながら言う。

「これで修復は完了、いつでも全速を発揮できるわ」

 彼女は微笑みを浮かべる。

「することは、わかっているわよね」

「はい、赤城さん」

「じゃあ、気を付けて」

 軽くうなずくと、加賀は入渠ドックを走って出て行ってしまった。

 

 

 

 

 走り去る加賀の背中を、赤城は見送る。

「やれやれ、世話のやけるパートナーだったわ」

 赤城のそばに、翔鶴が歩み寄る。

「すいません、赤城さん。2人の痴話げんかに……」

 赤城は彼女に振り向き、右手を頬に添える。

「あなたが謝ることはないわ。全ては、あの甲斐性無し空母のせいなんだから」

 翔鶴は苦笑をうかべる。

 ある意味、今回の騒動の原因は、自分の気持ちを確かめるためと、駆逐艦に手を出した加賀の行動から始まっている。

 かつてのパートナーであっても、赤城の言い方は容赦がない。

「付き合い始めた初々しい2人のすれ違いや誤解、見ている分には楽しいわね」

 赤城は翔鶴の耳元でささやいた。

「でも、私が経験するのは勘弁だわ」

「そう、ですね」

「ええ。だから、一緒に来てくれるわよね?」

 赤城の声に、翔鶴の体が震え、頬が赤く染まる。

「……はい」

「じゃあ、行きましょう」

 赤城は翔鶴の手を引き、自室へ向かっていった。

 

 

 

 

 

「ぜえ、ぜえ・・・」

 加賀は、瑞鶴がいるであろう部屋へやってきた。

 何の変哲もない、瑞鶴の自室だ。

 姉の翔鶴が部屋にいない今、1人になれる数少ない場所。

 加賀はドアノブを回し、扉を開けた。

「瑞、鶴……」

 ドアを開け、恐る恐る部屋に足を踏み入れた彼女の目に入ってきたのは、大量の酒瓶。

 封を開けた瓶が、部屋の至る所に転がっている。

「ひっく……、ひっく……」

 そして部屋の真ん中に置かれたテーブルには、酒瓶片手に突っ伏している瑞鶴の姿があった。

 

「うう~、なんなのよ~、加賀のバカ~。あたしより吹雪の方がいいっていうの~。あのロリコン空母~!」

 

 瑞鶴は酒瓶の中身をラッパ飲みする。

「ぷはっ……。あの浮気ものめ~!入渠から上がってきたらとどめを刺すんだから!」

 加賀の額に冷や汗が流れる。

 何も考えず夢中でやってきたが、ここで顔を出したらこの場で沈められるのではないか。

 そんなことが頭をよぎる。

 だがその思考が遮られた。

 加賀の頭の左側間近の壁に、1本の矢が突き刺さった。

 

 

「……何しにきたのさ。浮気者」

 

 

 目の前には、酒で顔が赤くなりながらも、鋭い視線で瑞鶴が加賀を見つめていた。

 右腕を振ったような位置で制止しているため、先ほどの矢は弓で撃ったのではなく、右手で素早く投擲したものだとわかると、加賀の額を冷や汗が流れる。

「それで、何しにきたのさ」

 瑞鶴の目が据わっていて、深海棲艦と対峙するときのような殺気を放っていて、加賀は思わず足が震える。

「何しにきたのかって……聞いてんの!」

 瑞鶴の怒りを込めた声が、加賀の耳の鼓膜を激しく振動させる。

「瑞鶴……、その、話を……」

「何?浮気の言い訳でもしに来たわけ?」

 やはりというか、瑞鶴の中では加賀は吹雪に浮気をしたということになっているらしい。

「なんで……」

 ふと、加賀は言葉をなくした。

「なんで、浮気なんて、するの」

 瑞鶴の頬を、いくつもの雫が流れ落ちている。

「私、いったよね。加賀と一緒の時間を過ごしたいって」

「……ええ」

「加賀もいってくれたよね。早く戦いを終わらせて、私と一緒の時間を過ごしたいって」

 互いに思いを伝えたときの言葉を、加賀は忘れていない。

「あの言葉は嘘なの?やっぱり、私と一緒なんて、嫌だったんだね!」

「違うわ、瑞鶴。これには訳が」

「どんなわけがあったら浮気なんてするの!私の居場所に他の娘がいて、私がどれだけショックだったと思っているの!?」

 彼女の言葉の1つ1つが鋭い矢尻となって加賀を射抜く。

 このときになって、自身の行動の軽率さを呪った。

 でも、ここで引くわけにはいかない。

 こういわれることは覚悟の上。前に進むしかない。

 でも、今の瑞鶴では話を聞いてくれる様子はない。

 

―――こうなったら……。

 

 言葉が届かないなら、行動で証明するしかない。

 どうすればいいか。加賀は考える。ふと、1つのやり方が浮かぶが、それを実行に移すことに加賀は戸惑う。

 でも、実行しなければ瑞鶴との仲はもう戻らない。

 そして加賀は手近な酒瓶を手に取る。中身が半分以上残っているのを確認すると、加賀は口をつけて中身をラッパ飲みし始めた。

 そんな奇怪な行動をとる加賀を見て、瑞鶴はしばし呆然とする。

 すると……。

「むうっ!」

 突如、加賀は瑞鶴の両肩をつかんで壁に押さえつけると、互いの唇を押し付けた。

「むうっ!むうっ!」

 瑞鶴は加賀をはねのけようとするも、本来加賀より力があるはずなのだが、今起こっている現実に羞恥がこみ上げてきて頭が混乱し、いつも通りに力が発揮できない。

 そして、加賀は合わさった唇を通じて、先ほど口に含んだお酒を瑞鶴の口へと移していく。

 彼女はそのお酒を飲み込む。

 すると、あっという間に酒が体中に回り、酔いで力が入らなくなった。

 両手をだらんとさせる瑞鶴を、素早く加賀は抱きしめる。

「いきなり、なにするのさぁ……」

「少しは頭が冷えたかしら?」

「冷えるわけないじゃん!かえって頭が沸騰しちゃったよ!」

「それは大変、氷ですぐ冷やさないと」

「例えだよ!わかれ!」

 とりあえず、抵抗する気はないのか、加賀は瑞鶴を抱きしめたまま床に膝をつく。

「なんで、いきなり……」

「あなたが、好きだから。大事だから……」

「じゃあ、なんで……浮気なんか」

「言い訳になってしまうけど、聞いてくれないかしら?」

 瑞鶴は返事をしなかった。

 それを肯定と受け取った加賀は、一方的に今回の件の理由を説明した。

 

 

 

「……自分の気持ちの正体を確かめたかったから、ねえ」

 話を聞き終えた瑞鶴の目は、相変わらず冷たいままだった。

「それで、浮気までして確かめたんだから、当然わかったのよね?」

「……わからなかった」

 瑞鶴の目が瞬間的に吊り上がった。

「申し訳ないと思っているわ。あなたを妹である土佐の代わりなのか、恋人としてなのか、一体どんな風に見ているのかはっきりしなくて。でも、赤城さんに言われたの。自分という存在が、一番理解できないものである。だから、自分の気持ちの正体など、簡単にわかるわけもない、と」

 加賀は瑞鶴に反論の隙を与えず、そのまま言い切る。

「私が、私たちがこれからを、どう歩いていくか。私たちがともに歩いたその軌跡こそが、その証明であると」

 加賀は瑞鶴の両手を握り締める。

「浮気なんてしてごめんなさい。でも、あなたのことが嫌いになったわけじゃない。虫のいい話だと思うけど、これからも私と先を歩いてほしいの!」

 加賀は瑞鶴に縋りつくような、置いて行かれる子犬のような寂しそうな顔をする。

 

「私と、一緒に居て欲しいの。あなたとの日々を、あなたとしか過ごせない日々を、紡いでいきたいの……」

 

 そんな彼女を見て瑞鶴は怒る気が失せたのか、それまで胸の中にため込んでいたものを全て吐き出すように大きなため息を吐き出した。

「……じゃん」

 加賀は首を傾げた。

 

「一緒に居たいに、決まっているじゃん……」

 

 瑞鶴は口先を尖らせながら言う。気のせいか、耳まで赤く染まっている。

「でもさ、一緒に歩いていくっていうなら、約束してほしいことがある」

「……なに?」

「悩んでいるなら、話くらいしてほしかった……」

 消え入りそうな声で、彼女は言った。

「一緒に歩いていくんでしょ。早くこの戦い終わらせて、私と一緒の時間を過ごしたいんでしょ!だったら回りくどいことしないで、私のことで悩んでいるなら、私に話してよ!」

「ごめんなさい、あなたの前では、頼れる相方で居たいと思って……」

「今更見栄をはらないでよ!この間弓道場で加賀の悩みを聞いたとき、加賀も私やみんなと同じで悩むんだって知って安心できたんだよ!今私が好きなのは、一航戦の加賀じゃなくて目の前にいる加賀そのまま!」

 

「……つまり?」

 

「片意地はらなくていいってこと!加賀はそのままが一番魅力的なんだから!」

 

 加賀は思わず顔を赤くした。

 瑞鶴はただ一生懸命なだけなのだろうが、この不意打ちは反則だったのだろう。

「……約束するわ」

 加賀は小指をたてて、瑞鶴に伸ばした。

 彼女も小指をたて、加賀の指に絡ませた。

「……ホント?」

「ええ」

「……もう浮気しない?」

「勿論よ」

 でも、瑞鶴の怪訝なまなざしは緩まない。

 

「……次やったら、沈めるからね」

 

 加賀は背筋を震わせる。今の瑞鶴は間違いなく本気だと、彼女は瞬時に理解する。

「じゃあ最後に、お願い聞いて」

「お願い?」

 加賀は頭に疑問符を浮かべる。

「吹雪を抱きしめている姿を目撃させられたとき、私の心にヒビが入ったから」

「大変、すぐ提督に言って高速修復材を、それとも明石に」

「例えだよ!」

 瑞鶴も、加賀に比喩は通じないということを理解する必要があるだろう。

 すると、瑞鶴は床に正座をしている加賀の太ももの上に腰をのせ、背中を彼女の胸に預けた。

「これから一週間、昼間は私の椅子、夜は枕になって」

 お願いというが、要するに浮気したことへの罪滅ぼしである。

 瑞鶴らしからぬ行動に加賀は一瞬面食らうも、すぐに慈愛をこめた優しい表情を浮かべ、愛しい彼女のお腹のあたりに腕を回した。

「ええ、わかったわ」

 耳のあたりで聞こえた加賀のやさしさに満ち溢れたささやき声が、耳に入ると瞬く間に脳を揺らし、加賀からは見えないが、瑞鶴は頬を赤く染めた。

 そして加賀は、瑞鶴の首の後ろ、うなじのあたりに顔を置いた。

 その密着ぶりに、彼女の脳は次第に熱を帯びていき、爆発した。

 

 

「だああああああああああああ!恥ずかしいからやっぱりやめ!」

 

 

 膝の上で叫ぶが、加賀は彼女を離さない。

「だめよ、あなたのお願いをなかったことになんてできないわ」

「してよ!恥ずかしいから!」

「恥ずかしがる必要なんてないわ。あなたと私は将来を誓った仲なんだと、周囲に自信を込めて言い放てばいいじゃない?」

「素面でさらっと口にしないでよ!」

「瑞鶴、私のことが嫌いになったの?それとも、私とは遊びだったとでもいうの?」

「そんなわけないって!」

「じゃあ、いいのね」

「……ぬあああああああああああああああああ!」

 恥ずかしさで頭の回らない瑞鶴は加賀に言いくるめられ、叫ぶことしかできなかった。

 その後、加賀は吹雪にことの経緯と顛末を伝えて謝罪をし、お詫びにと間宮のアイスをごちそうすることになった。

 そして、このあと一週間にわたって昼間は椅子、夜は抱き枕という瑞鶴のお願いを楽しそうにこなしたのだった。

 

 

 

 

 

「……アツアツね」

「ええ、アツアツですね」

 ドアの影から中の様子を伺う赤城と翔鶴。

「全く、何が自分の気持ちの正体を知りたいよ。ハッキリしているじゃない」

「本当ですね」

 もう心配ないと察した2人は、瑞鶴たちの部屋の前から去っていく。

「見ていて退屈はしないけど、付き合わされる立場はたまったものじゃないわね」

「申し訳ありません、赤城さん」

「いいのよ。翔鶴が謝る必要はないわ。全ては、やっぱりあのヘタレ空母の浮気が原因だもの」

 容赦のない言い方に翔鶴は苦笑する。

「なにはともあれ、これで大丈夫ね。あ~、慣れないことしたらお腹がすいたわ」

「じゃあ、ちょうど夕食の時間ですので、食堂までいきましょうか?それともさきにお風呂でスッキリしますか?」

「そうね……」

 赤城は歩きながらも、翔鶴の肩に手をおき、彼女の耳に口を近づける。

 

「まず夕食で空腹を満たして、その後お風呂で気分をスッキリさせたら、今晩はデザートにあなたを頂くことにするわ」

 

 そのささやき声の内容に、翔鶴は瞬時に顔を赤く染めた。

 でも、翔鶴は拒否の言葉を口にする様子はなく小声で「お、お手柔らかに、お願いします」と言った。

 その返事に満足した赤城は翔鶴の手を引きこれからの予定に胸を躍らせ、食堂まで全速で航行を開始したのだった。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。

短編で書いたつもりだったのに、思いついたので続きを
書きました。

勢いで書いた話なので荒削り、未熟な表現の文章ですが、
楽しんでいただけたら幸いです。

また投稿の機会がありましたらよろしくお願いします。
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