ソードアート・オンライン 〜黒猫の爪牙と断罪の鎖〜   作:暇人鶯

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ここまでは前に投稿していた分+αとなっています。



001:ゲームスタート

ギランSIDE

 

 

 

ベータテスト期間終了から数日が過ぎた。

その数日間の間、パソコン研究会ではSAOの話で持ちきりだった。

その一因としては、パソ研の皆が偶然SAOの予約抽選で見事当選したことと、パソ研の全員がゲーム好きだったからだ。つまりパソ研としてはフルダイブ型のVRMMOは当然噂にならないはずがなかった。

 

 

そして、正式サービスの前日に段ボールが二箱届いた。

片方は妹の聖奈が部活で使用するための柔道着らしい。

間違え無いように小さい方の段ボールを部屋に運び梱包を解くと、一つのケースが入っていた。

ケースには天空に浮かぶ巨大な城《アインクラッド》がプリントされており、ケースの中には薄めの取扱説明書と小さなROMカードが入っていた。そして、ベータテストで使っていたナーヴギアにそのROMカードをセットする。

 

準備は出来た。後は……

 

 

聖奈に自慢するだけだ。

 

「ただいまー」

 

まるで聞かれていたかのようなタイミングでの帰宅。

俺はナーヴギアを被り、階段を駆け降りた。

 

「おかえり、聖奈」

 

少々キザっぽく言ってみる

さぁ羨ましいだろ?

カッコいいだろ?

褒めろ!褒め倒してみろ!!

 

「どしたの兄貴、中二病が再発したの?」

「なんでやねん!!褒めろや!!カッコいいやん、このナーヴギア見えんのか!、この仮面っぽいの!!。それに中二病なんか再発しとらんわ!!」

「そうだよね、現在進行形だから再発じゃないよね、悪化だよね。ごめんね兄貴、ボクとしたことが間違えちゃった。で……今7時でいつもなら晩御飯作ってある時間だけど……作ったよね?」

「………ピザ取る?」

「あはは、宅配ピザごときが兄貴の作る料理に敵うとでも?頭大丈夫?」

 

あれ?今褒められてんの?貶されてんの?

 

「今お父さんがどこにいると思う?」

「か、カリフォルニアに海外転勤中です」

「お母さんは?」

「父さんに付いていきました…」

「じゃあ食費等々は誰が管理してるっけ?」

「わ、わたくしです」

「その中にボクのお小遣いとかも入ってるんだよね。兄貴、お金ってのは無駄遣いしちゃダメなんだよ?……もう一回聞かせて。晩御飯は?」

「カレーで宜しいでしょうか?」

「チキンカレーね」

「仰せのままに、姫」

 

妹の機嫌が悪いので持ち上げてみる

 

「ひ、姫だなんて…」

 

すると聖奈は顔を真っ赤にさせて照れた。照れながら、

 

「じゃあボクの為にデザートも宜しく。姫の命令ね」

 

追加注文を受けてしまった。妹>兄な我が家で断ることなど出来ずきっちりとカレーとデザートを作らされた。

 

その後は、疲れていたのか聖奈はお風呂から上がると直ぐに部屋に向かった。俺も風呂から上がってから聖奈が寝たことをノックして確認してから自分の部屋に向かい明日に備えて眠った。

 

翌日、目覚めると直ぐに時間を確認した。

時刻は9時23分、少し寝すぎた気もするが今日の正式サービス開始は午後1時だから問題ない。

そのまま少なめの朝ごはんを済ませ、今日の正式サービスでの集合場所の確認をした。

確認を終えても時間はあり余り、テレビもマンガも他のゲームも集中が出来ずに正午を迎えた。

 

「兄貴ぃ〜昼御飯は?」

「…もうそんな時間なん?」

「ついにボケが始まったか…」

「まだ十代やけど!?」

「はいはい、ご飯作ってよ」

「しゃあないなぁ、で、何する?」

「そうだなぁ、親子丼で」

「はいよ」

 

相変わらず辛辣な言葉だが今日は全くもって気にならない。それよりもSAOの正式サービスが気になって仕方がない。なんというか、心ここにあらずっていう感じだろうな。と、思いつつも料理はしっかりする。なんたって可愛い聖奈の為だから。

そういえば聖奈は学校で告白とかされないのだろうか?

 

「なぁ、聖奈ってモテるん?」

「どしたの急に?」

「いや、だってお前贔屓目に見んくても可愛いしな…悪い虫とか付いたら処理せなあかんし…」

「大丈夫だよ、兄貴が心配するようなこと無いし…」

「モテへんやと!?何組や?こんな可愛い聖奈を無視するとか…脳ミソ腐っとんか!!」

「ボクどうしたらいいの!?っていうかご飯は!」

 

聖奈に言われて鍋の火を止める。危ない危ない

 

「はい、親子丼」

 

俺は昼御飯を多目に食べた。聖奈も少し多目に食べていた気がする。体育会系は大変だなぁ。

 

そして時刻は12時50分。

準備はOK、あと10分

これほどまでに10分を長く感じたことはあっただろうか…いや、無い。

残り5分

 

残り3分

 

1分

 

40秒

 

20秒

 

 

 

 

 

 

「リンク・スタート」

 

 

こうしてSAOの世界に入った。どうなるかも知らずに

 

 

 

カケルSIDE

 

 

ベータテスト。

ギランは思ったよりも成長が早かった。運動神経ならパソコン研究会随一だが、RPG系のゲームは苦手で主にプレイするゲームはTPS・FPS系のゲームを得意とするタイプ。

良くに言えば直感が利き瞬発力に優れるタイプ、悪く言えば頭が回らないバカだ。

それにソードスキルを使えるまでに時間は掛かったが、慣れてしまえば使い方はとても上手かった。

 

 

しかしソードスキルが上達しようとも恐怖心はほとんど和らがない。ずっと小さい頃に祖父の家で檻の中にいた猪を見たが、SAO中のモンスターの方が凶暴で角も鋭いし、サイズが倍近い。それに現実と遜色のないリアリティーで怖い。

だが、そんなモンスターを倒す時の快感は恐怖を遥かに上回った。

 

 

そして、やはり楽しいのはNPCの依頼などをこなして進むサブストーリー。

ギランにはベータ時代に咄嗟(とっさ)に思い付いた理由を重ねて巻き込んだ。申し訳無いとは思う。本人は気付いてはいないみたいだが…

 

 

そうしてベータテストを終えた。

 

 

しかしここまでベータにドハマりしてしまうと正式サービスが待ち遠しくて仕方がない。

特に家族関係が上手くいっていない俺にとっては尚更。

 

 

 

「お帰りなさいませ。駆様」

「俺の前に出てくるな」

 

俺の現在の義父である山波達郎は大企業の社長である。母とどんな繋がりがあったかは知らないし、今更母のことは考えたくない。それに高校卒業までの少し間だけしか親子関係にならない義父と仲良くする理由はない。

 

ただ厄介なのは使用人である鳴川魅鈴(なるかわみすず)である。

 

「しかし。私が怒られてしまいます」

「知るか!!消えろよ!!」

 

扉を強く閉めて鍵を掛けた。

彼女は俺より2つ上で金髪ロングでクォーターの少女である。

生真面目で愚直、だから俺の世話を任されたのだ。だが俺からしたらいい迷惑なので拒絶し続けている

それでもひたすらに仕事をこなそうとするから余計に腹が立つ。鬱陶しい

 

「駆様!!ご飯はいかがいたしますか?」

「……」

「はぁ」

 

無視をし続けるといつものようにドアから離れてどこかに歩き去った。

 

「いきなりメイドなんて、わかんねぇよ。鳴川も鳴川で黙っててくれねぇし…」

 

そんなイライラをぶつけるように狩ゲームで時間を潰した。

 

 

 

そして待ちに待った正式サービス。

出来るだけ長くする為に、お昼ご飯は多目に食べた。

 

「駆様、今日はどうなさったんですか?」

「……今日は絶対に俺の部屋に入るなよ」

「またゲームですか……今晩はお父様が一緒にお食事を取れるとのことなので、6時にはゲームを終えてくださいね」

「……」

 

そんな鳴川の声は最早俺の頭の中には届いていなかった。

俺は食事を済まして直ぐに部屋に向かってナーヴギアを付けてベッドに寝転んだ

 

いよいよ正式サービスだ。

またあの世界で、あの剣を振るい、敵を倒す。

このイライラだってスカッとするはずだ。

 

10

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リンク・スタート」

 

 

 

目を瞑りながらそう唱えると、暗かった眼前が明るくなり選択肢が出た。

1秒でも惜しかった俺はベータ時のままの姿でゲームを進行。

直ぐにパソ研集合場所に向かった。

 

 

すると既にギランが来ていた。

 

「よぉカケル。遅かったやん」

「お前が早いんだよ。部長達も全然来て無いし」

「まぁ場所は伝えてるし、直ぐ来るんとちゃうか?」

「そうだな」

 

1分くらい経つとパソ研の面影がある四人組が歩いてきた。

 

「おーい部長!」

「おぉカケル。早かったな」

「まぁな、アバターもリアルに寄せて早く作れたからな」

「確かにリアルのカケルに似てるな」

「そういうお前は金髪にしたんだな。面影が一番薄いぞ、ダッカー」

「せっかくのアバターだろ?作らなきゃ損じゃん」

「で、気になっては居たんだが。そっちの金髪はどなたなんだ?」

 

ササマルはギランを指を差した

確かに別人だもんな

 

「何でやねん!!俺やん!現実と瓜二つの!」

「あぁ、士黄か」

「流石テツオ!分かってくれんのはお前だけや!」

「確かにウザさはリアルと瓜二つだな」

「ケイタ!?」

「ふふ、みんな自分を美化し過ぎだよ」

「全くだな」

「みんなって、カケルもだからね」

「うっ…」

 

現実とほとんど一緒のサチが微笑みながらそう言った。

そこまで美化したつもり無いんだがなぁ…

 

 

「よし、ほんなら…いっちょお買い物タイムと行こか」

「買い物?」

「ああ、サチはあんまRPGやらんもんな。まぁこのままレベリングしてもええけど、武器あった方がええやろ?」

「そう…なの?」

 

サチが首を傾げて皆を見る

 

「まぁ個人差だな」と、ダッカー

「自由にすればいいと思うぞ」と、部長

「つか、ギランがさっさと格好いい武器が使いたいだけだろ?」と、テツオ

「図星だな」と、ササマル

 

総攻撃だな。

仕方ない。俺もさっさとナイフ使いてぇし、助け船でも出すか

 

「まぁまぁ。熟練度システムもあるし、とりあえず武器を決めようぜ。いい店知ってるからさ」

「店?なんで店なんか知ってるんだ?」

「あー…お前、あのSAOベータ攻略っつーサイト見なかったのか?」

 

嘘をつくのは心苦しいが、明日行く予定の森でのレベリングで俺とギランのコンビネーションを見せるつもりだ。

そこで俺達がベータテスターだって明かす。そして、俺達パソ研の目的は攻略組。つまり最前線に立つことだ。

 

このゲームは課金システムが現時点では存在しない。つまり、俺達みたいな学生でもトッププレイヤーになることが出来る。

 

 

 

と言うわけで、俺はベータ時と同じナイフを3本、投げナイフ数本購入した

 

「カケルはナイフで良いのか?」

 

片手剣を振りながら聞いてくるテツオ

 

「おう、こういうのはピンときた武器が一番良いんだよ。テツオは片手剣か?」

「うーん、そのつもりだったけどもう少し重めの方がいいんだよな…」

「なら片手棍(メイス)がいいんじゃないか?片手剣より重量は増すけど、敵によっては目眩(スタン)効果が付くぞ」

「なるほど、それなら目眩狙いで盾と片手棍でやってみるのはどうだ?」

「いいんじゃないか?武器重量が重い分、片手棍でも敵の攻撃を弾けるしな」

「よし、ありがとうカケル」

 

目を輝かせながら棍が置いてある場所まで駆けていった。それと入れ替わるようにダッカーが来た

 

「なぁなぁカケル!」

「どうした?」

「俺さ、今片手剣か両手剣か大剣か両手斧か両手棍か鞭か槍か大槍か小刀のどれかにしようと思うんだけどさ、どれがいいと思う」

「もっと絞ってこい」

「じゃ、じゃあダガーで」

「絞るの早いな!?」

「ダガーなら合わなくてもすぐ変えれるかな〜って」

「そうだな、単価も安いし」

「オッケー、ならどんなのが良いかな〜?」

 

ダッカーは短剣コーナーに色んな短剣を漁りにいった。

そして入れ替わるように今度はサチが来た。

 

「ねぇカケル、私は片手剣か長槍にしようと思うんだけど良いかな?」

「ピンと来た武器が一番良いんだよ。こういう時は」

「うーん、でもどっちも良さそうなんだよ」

「なら、槍がいいんじゃないか?パーティー的なバランスも考えてヒットアンドアウェイで後衛が必要そうだしさ」

 

わざとらしく周りのメンバーを見渡しながらそう言う

さすがに片手剣の方が危険だからとは言えない

 

「ふふ…分かった、槍にするよ」

「含み笑いしてんじゃねぇ!バランスだから、バランスを考えたたけだからな!」

「はいはい」サチは含み笑いをして、槍を選びに行った。

俺はそれを見送ると店を出た

 

数十分経つと、皆が店から出てきた

防具は元から配布されていた初期防具をしており、俺を含め防具は買わなかったようだ

 

「よっしゃ〜ほんならいよいよ狩りやな!!」

「待て待て、しっかりと回復その他を買ってだな…」

 

そんな俺の言葉を無視してギランとダッカーが歩き始めた

 

「よし行こう、それ行こう、さあ行こう!!」

「俺の大剣テク、見したろうやないかい!!」

 

「あいつら張り切りすぎだろ…なぁ部長」

「まぁまぁ、一応初期配布アイテムの回復ポーション3個と回復結晶1個あるんだし、大目に見てあげよう」

「そうだな、俺らだってワクワクしてんだしな」

「ケイタとテツオの言う通りだな。それともカケルはワクワクしてないのか?」

「ササマル、聞くまでもないよ。だってカケルの目が輝いてるもん」

「はぁ、しゃあねぇな。よし、皆!正門まで行くぞ!!」

「もう行ってるよ」

「なっ!?」

 

サチに言われて前を見ると既にギランとダッカーは走り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

ちょうど30匹目のフレンジーボアをポリゴンに変えた時、空は赤く染まり出していた

フレンジーボアを狩りはじめて大体1時間ほど経ったぐらいのことだった

 

「今ので何匹目だ?」

「ちょうど30匹目だな。そろそろ休憩するか…」

「え?まだまだ動き足りへんねんけど!?」

「お前と俺達パソ研の体力を一緒にするな、流石に疲れたぞ」

「ゲームに体力なんかないんやけど?」

「精神的にだよ。結構ヘトヘト」

 

部長とササマル、サチが地面に腰を下ろす。

ダッカーとテツオも膝に手をつき、息を乱していた。

 

「はぁはぁ、カケルって意外と体力有ったんだね」

「まぁ、それなりにな」

 

サチの笑顔につい返事が曖昧になってしまった。

 

 

「あ、やっべぇ。俺落ちるわ」

「ん?どうしたんだギラン」

「いや、今日妹が塾の日やから早よ晩飯作らなアカンねんな。はぁー」

 

ギランが不満そうな顔をしてため息を吐きながらメニューを開いた。

そして、指が止まった。

 

「ん?どうしたんだギラン?」

「け、ケイタ…ちょっとログアウトしてみてくれん?」

「ログアウト?構わないが……なんだこりゃ?」

「どうしたんだ?」

「良いから!!ログアウトしてみろって!!」

 

切羽詰まったような声で部長が叫ぶ。

 

部長に言われるがままに、俺はログアウトを行う為にログアウトボタンを押そうとした。

そして、指止まる

ログアウトボタンが無かったのだ。

 

「まぁまぁ、皆落ち着こうよ」

「ササマルはなんでそんなに冷静やねん!!」

「落ち着いてよギラン。こんな大きな不具合、運営は直ぐに気づくよ。多分今は直してるんじゃないかな?」

「そ、そうか」

 

ササマルの言葉で、少し落ち着きを取り戻した俺達。

でも、サービス開始直後に、それも今後のゲームに関わるような大きなミスを、あの茅場さんはするのだろうか?

 

 

そう思った次の瞬間、

自分たちがいた場所から強制的に始まりの町に転移させられた。

 

 

「な、なんなんだよいきなり…」

 

周りを見渡すと俺達と同じように戸惑っている人ばかりだった。

 

「何かチュートリアルイベントでも有るのか?」

「いや、ログアウトボタンが無かった補償のアイテムでもくれるとか?」

「どうでもええから早よ帰してくれんかな?聖奈に殺されんねんけど…」

 

そんなざわめきは空の変化によって治まった

綺麗な茜色に染まっていた空が真紅に染まっていき、空から赤くどろどろの液体が垂れ下がった。

その液体は徐々に人の形に形成されていき20メートルほどの赤いローブを纏った巨人(中に人の姿が無いので巨人とは言えないだろうけど)となった

 

そしてローブは喋った。

 

 

自分は茅場晶彦だと

 

ログアウト出来ないのはバグなどではなく仕様だということ

 

誰かがこのゲームをクリアするまでログアウト出来ないと

 

このアインクラッドでの死は現実での死だと

 

既に外部の手によってナーヴギアを外された二百十三人が死んだこと

 

ナーヴギアが脳を破壊して死に至ると

 

そして―――

 

 

 

―――これはゲームであっても遊びではない。と

 

 

そして困惑するプレイヤー達を余所(よそ)にアイテムを配った

 

「なんなんだよこれは…」

 

アイテムストレージから『手鏡』というアイテムを取り出す。すると周りのプレイヤー達が白い光に包まれた。

そして光が消えた

 

「おいギラン、大丈…夫か…?」

「おう、なんも問題あらへんけ…ど…」

「待て。なんで…士黄の姿になってんだよ…」

「お前だってなんで現実の姿になっとんねん…」

「まさか…キャリブレーション!?」

 

キャリブレーション。ナーヴギアを着けた状態で身体中に触れ、自分の身体情報をデータ化する行為。

 

その手鏡によって起きた現象でプレイヤー間にさらにざわめきが起きる。

そのざわめきは茅場の喋り始めると静まった

その状況は、まるで嵐の前の静けさのようであった。

 

 

『以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の健闘を祈る』

 

 

そうしてローブは消え、茜色の空に戻った。

 

 

次の瞬間、誰かが悲鳴を上げた。

 

そして恐怖は伝染し、怒りが暴走し、不安は新たな不安を呼び、広場全体に負の感情が爆発的に広がった。

 

それはパソ研の皆も例外では無かった。

 

 

「いや、帰れ……ない…の?」

「ふざけんなよ!!こんなとこに居られるか!!」

「なんだよそれ!帰せよ!!」

「聖奈…せ…な…」

 

 

サチとギランと部長が膝から崩れ落ち、ササマルとテツオとダッカーが空に向かって叫んだ。

 

だが、俺は皆に比べると比較的冷静だった。

現実を嫌い、現実から逃げたくて仕方なかったからこそ、冷静でいられた。

そして気付いた。

 

数人の人物が建物に隠されていた扉を使って出ていったのを。

初期プレイヤーは気付かない。そもそもパニック状態で使えるような場所ではない。使ったのは少なくとも日常的に使っているプレイヤー。

つまり通ったのは恐らくベータテスター。

 

(もう、動き出してやがるのか。ベータテスターは!?)

 

「くそっ!?ギラン!部長!」

 

返事は無かった。

俺は虚ろな部長の頬を叩いた。圏内では一部の例外を除くあらゆる攻撃が通らない。だが通らないだけで痛みの伴わない程度の衝撃がある。

その衝撃で部長は尻餅を着いた

 

「なにを…?」

「しっかりしろケイタ!!お前が皆纏めねぇと誰が纏めるんだ!!このままじゃ皆帰れねぇぞ!!」

「カケル…分かった。とりあえず宿屋に向かおう」

 

虚ろだった部長の目に僅かに光が戻る

 

「部長はサチとササマルを頼む。俺はギランとダッカー、テツオを引っ張る」

 

そして強引にメンバーを宿屋に連れて行った。

 

 

 

 

宿屋に着いても皆の顔は浮かなかった。

ササマルとテツオとギランは部屋に唯一ある丸テーブルの周りの椅子に座り俯いていた。ダッカーとサチは3床あるベッドにそれぞれ掛けて俯いていた。ケイタは皆の顔を伺いながらも、やはり表情は暗かった。

 

そんな皆に俺は声を掛けれなかった。

皆は俺と違って現実には残したものがある。それは家族や夢や居場所であったり、俺が持っていなかったもの。

だから皆の苦しみは分からない。そんな俺が皆に掛ける言葉なんて紙の様に薄っぺらく感じられるだろう。そんな意図が無くともそう聞こえてしまう……

 

 

 

「悪い部長。コルを稼いでくる。宿代だって安くないんだ」

「ああ、すまない。俺は、行けそうない」

「構わねぇよ。この中で一番動けるのは俺だ」

「すまない」

 

 

「待てや」

 

 

外に向かおうと扉に手を掛けた瞬間、ギランに呼び止められた。

 

「なんだ?」

「俺も行く」

「俺も行くって、さっきまで虚ろな目をしてたヤツが何を言っている?」

「俺も行くって言ったんや。悪いか」

「一体どうしたんだよ?」

「聖奈を…、外で待っとる妹に会わなあかん。聖奈は俺がおらんかったら何も出来へん。こんな所でじっとしとける訳ないやろ!」

 

そう言い放ったギランは俺を押し退けて扉から出て行った。

 

「部長、ギランは任せろ。皆を任せた」

「無事で帰ってこいよ」

「ああ」

 

部長にサチ達を任せ、俺はギランを追った。

 

 

 

 

 

ギランは大剣を降り下ろし、草木型モンスター『リトルトレント』を両断した

 

「はぁはぁはぁ。カケル、回復や」

「無理だ、もう帰りの分の回復しか無い」

「それ使え」

「落ち着けよギラン。もう合計80体近く狩ってるんだぞ?丸一日不眠不休だ…。

それに昨日の夜や今日の朝みたいに、急に俺達のどちらかが気を失うことだって有り得るかもしれないんだぞ」

「聖奈が待っとるんや…」

「死ねば何もかも無くなる。妹にも会えなくなるんだぞ。頼むギラン」

「…せやな。すまんカケル。帰ろう」

 

重苦しい空気は一日経っても消えることは無く、稼いだコルで宿賃を払う為、回復アイテムを買い足す為に一度街に戻った。

 

 

 

「ただいま」

「カケルっ!!」

 

扉を開けた瞬間、サチが抱きつき俺の胸に顔を埋めて泣き始めた

 

「うぐっ……良かった…生きてて、ひぐっ……」

「…悪かった」

 

泣き続けるサチを引き離し、今回で稼いだコルをケイタに渡した。

 

「これが今回の分だ。ギランは素材を売りに行ってくれている」「何故?俺に?」

「言いたくねぇけど、俺とギランに何かあった時に頼れるのがお前だからだ」

「何かって…」

「そんなこと……冗談でも言うなよカケル!!」

「俺だって言いたくないけどよ、実際に起きうる事なんだ。起きた後じゃ遅い」

「ならそんな危険なこと止めて部屋に居れば良いだろ」

「てめぇは何も出来ねぇだろダッカー!!」

 

俺の胸ぐらに掴みかかるダッカー、それに対するように俺もダッカーの胸ぐらを掴んだ

 

「ここに閉じ込められてから何もしてねぇお前とは違うんだよ!!この部屋だって無料で提供されてるんじゃねぇんだぞ!!」

「黙れ!!」

 

頬に衝撃が走り吹き飛ばされる。その一撃はフレンジーボアの攻撃よりも痛くない筈なのに痛かった。

 

「…こっちだって精一杯なんだよ。いきなりこんな所放り込まれて、はいデスゲームってよ……

お前らの為に俺がどれだけ…」

 

起き上がりながらダッカーを殴り付けようとした時だった

 

「もうやめて!!!!」

 

サチの悲痛な叫びが部屋に木霊した。

 

「もう止めてよ…なんで…皆、友達なのに……」

 

泣き崩れるサチを慰めることも、この淀んだ空気を変える事も出来なかった俺は「悪かった」と言って部屋を出ていった。

扉を開けると買い物を済ましたギランが立っていた

 

「聞いていたのか…」

「大体な。とりあえずこの金で夕食と宿でも取り、今は皆で食えるような空気ちゃうやろ?」

「悪い」

「かまへん。明日は朝7時に正門前な」

「分かった」

 

ギランからある程度コルを受け取り、その場を後にした。

それから2週間何度もギランと狩りに行き、何度もダッカー達と喧嘩した。

 

 

そんなある日、テツオとも喧嘩して居づらくなった宿を出て、近くの安めの宿にチェックインした俺は情報収集の目的もあり酒場に向かった。

 

「よぉ兄ちゃん」

 

店の端のテーブルに座ると、店主らしきスキンヘッドの厳つい男が俺のかけたテーブルに近づいてきた

 

「注文か?」

「店員じゃねえよ。プレイヤーだ」

「プレイヤー?珍しいな」

 

この酒場に来るプレイヤーはほとんどいない。なぜなら、トッププレイヤーや動けるプレイヤーのほとんどは次の街以降に居る。他の動けないプレイヤーは宿などに引きこもるのが大多数だからだ。

勿論食事も考えられるかもしれないが、飲食店のほうが幾分か安い。

 

「あぁ、俺も動けるプレイヤーがまだこの街に残ってたなんて思わなかったぞ。俺はエギルだ、よろしく」

「外国人の顔してるが日本語が堪能なんだな」

「ああ、日本に住んでそれなりに経つからな。で、お前は?」

「俺はカケル。それより何の用だ?」

「つれねぇな、まぁ一杯。奢ってやるよ」

 

エギルはNPCの店員にエールウォーター(エールという飲み物を薄めた物)を二杯頼んだ

 

「おまたせしました、エールウォーターです」

 

程無くしてお盆にジョッキを乗せた店員がテーブルに2杯のエールウォーターを置いた

 

「さ、飲め。遠慮するな」

「…何が目的だ?」

 

俺がそう言うと、エギルはジョッキを持ち少しだけ飲んだ後大きく息を吐いた

 

「頼みたいことがある」

「頼み?」

「ああ」

「何故俺なんだ?」

「カケル、お前は今この街でもかなりの実力者だ。技術もレベルも」

「なぜお前がそんなことを知っている?」

「色々あってな。で、どうだ?コルならそれ相応の額を払えるぞ?」

 

机に身を乗り出してくるエギル。まるで後ろのマントの人を隠すように…

 

「やるかやらないかは後にして、まずは奥の席に座ってる奴がお前とどういう関係か教えてからだ」

「!?」

「なっ!?」

 

後ろのマントとエギルが驚く、そして…

 

「プッ、ニャハハハ。やっぱりバレたナ」

 

マントのフードを取りながら笑いだした

 

「女性プレイヤーか。何のつもりなんだ?俺の周りを嗅ぎ回っていたのもお前だろ?」

「そこまでバレていたノカ。まぁイい、言ってやるヨ」

 

フードを取るとヒゲのフェイスペイントを施している癖っ毛の少女が笑っていた。そして彼女とは面識があった

 

「アル…ゴ?」

「久しぶりだナ、カー君」

 

β時代に俺と同じビルドをしていたプレイヤーで、行動自体も俺と似ていてせいか何度も出くわしていた

 

「アルゴ、居たのか…」

「当然ダロ?」

「なんだ知り合いなのか……気を張って損したぜ」

 

エギルが肩を落としながら溜め息を吐いた。

 

「積もる話もあるガ、手っ取り早く依頼を受けてくれルカ?」

「悪いがこっちは切羽詰まってるんだ。今、他のことに割いている時間はない」

「お金が必要なんダロ?普通に狩りをするよりも高額な金を払えるゾ?」

「…やはり身辺を探っていたんだな」

「アア、5日ほどナ」

「おいアルゴ、そこまで言って良いのか。交渉ってのは慎重に…」

「カー君相手に情報の出し惜しみは無駄ダ。まぁどうしても交渉したいのなら止めはしないヨ」

「分かった。任せてくれ」

 

アルゴは椅子に掛け、エギルは神妙な表情をしながら話し出した。

 

「アルゴの話の続きだが、大金が手に入る仕事があるんだ。協力してくれるか?」

「内容による」

 

危険過ぎるものなら極力避けたいし、楽に手に入るのなら是非とも協力したい。

 

「アニールブレードって知っているか?」

「ああ、割りと有名なほうだな」

「えっ…」

 

エギルの表情が凍った

 

「まさかこれが交渉材料か?」

「だから無駄だと言ったのニ」

「な、なんで知っているんだ?」

「言ったロ?カー君の一層の情報量は1、2を争うんダ」

「まじかよ…」

「で、依頼ってのはアニールブレードの入手を手伝って欲しいとかか?」

「そういうことダ」

 

簡単すぎる。何かしら裏があるかもしれない。そう思うが……

 

「一本1,500コルだ」

「冗談。750コルだナ」

「1,250」

「1,000」

「1,100」

「交渉成立ダ」

 

通常なら店で売ろうとするとなるとその額は50コル辺りだろう。値段としては遥かに安いがイベントのみで手に入るアイテムの場合、稀に値段が極端に安価になる場合がある。

今回のアニールブレードもこれに当てはまるだろう。店では非売品だが実際買うとするならば1,000は下らない。

 

「ふぅ…何とかだな」

「そうだナ。ナイドラ、もういい」

「オッケーオッケー。中々に手強そうだったなー」

 

アルゴが合図を出すと、茶髪のNPCが喋り出した。

いや、NPCじゃない。

 

「お前…プレイヤーか」

「それ以外ないっしょー」

「何なんだコイツは?」

「商人…としか言い様がないナ」

「ああ、俺とは異なるタイプだけどな」

「まぁまぁ、色んなタイプあんだから気にすんなってー」

 

軽い口調と軽薄な態度とは裏腹に、先ほどまでNPCと遜色の無いルーティンを行っていた。バーのマスターから飲み物を受け取り、談笑し、飲み物を飲む。そうとうNPCを観察していたらしい

 

「そうだな。で、本数は?」

「出来る限り多く。だ」

「売るのか?プレイヤーに」

「ああそうだナ」

「ほぼタダ同然の値段でなー」

「タダって正気かよ…」

 

慈善事業。アルゴといいこのエギルという男といい自分が大変な状況なのに何故こうも他人に尽くせるのか…

 

「まぁいい、了解だ。期間は?」

「明日から二週間だ。宿には帰れないぜ?」

「構わない」

「それじゃ解散っつーことでー」

 

ナイドラの軽い言葉でこの場はお開きになった。

俺も準備の為に1度宿に帰った。

 

 

 

 

 

 

「おもしれぇなー。しかも、一番手っ取り早いから一石二鳥。くしし」

 

茶髪の青年は肩にある刺青を撫でながら、小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

俺はギラン達が泊まっている宿の前で立ち尽くしていた。

 

ダッカーとテツオとも言い争いになったからな…

 

「気まずいなぁ…」

「カケル?」

 

後ろから俺を呼ぶ声が聞こえ、振り向くとサチがいた

 

「サチ…」

「…入らないの?」

「いや、そのだな…」

「あの…ちょっとだけでも入って。どうしても見せたいものがあるの」

「でも、」

「ああもう、早く!」

 

迷っているとサチが手を引いて強引に連れられた。

 

「おかえり」

「ただいま。皆は?」

「あと1時間は帰らへんはずやで、皆狩りや」

「狩り…?」

「おう、カケルや俺ばっかり頼ってられへんつって最近こそこそとな」

 

部長達はそんなことまで…

 

「それでサチが見せたかったものって、部長達が狩りをしてるってことか?」

「それもあるけど…これ!」

 

そう言いながらサチはアイテムストレージを開き、ゴソゴソと何かを弄り始めた。

数分後、出来た!と声を上げアイテムを具現化すると、目の前にスープが出てきた。

 

「料理…スキル?」

「うん、まだ全然だけど。私まだバトルが怖くて、だから他のことで皆を支えたくてこのスキルをとったの」

 

微笑みながらサチはそう言った。

サチが出したスープはそこら辺の店で売っているものよりも劣っていたが、データでは存在しないはずの愛情のおかげかとても美味しく感じた。

 

「ありがとうサチ。凄く美味しかった」

「うん。良かった」

「そんでカケル、今日はいつもにまして早い帰宅やったけどどないした?」

「ああ、そうだ。これから1週間程狩りに出掛けるからな。それの準備だ」

「1週間!?大丈夫なの?」

「ああ、簡単なクエストを何度か行うだけだ」

 

俺がそう言うが、サチは不安そうな表情を崩さずにこちらを見ていた

 

「サチ、コイツはいつもこんなんやろ?毎度毎度心配しとったら身が持たんで?」

「分かってるけど…」

「サチ、1週間後の飯楽しみにしてるぞ」

「え。……うん。分かった」

 

渋々といった様子で頷くサチ。料理が出来るようになったなら節約出来る分武器や回復アイテムにコルを回せることが出来る。そうすれば皆で次の階層に進める。

 

その後、帰ってきた部長達に1週間程居なくなることを伝えた。

皆の反応は様々だったが、皆一様に心配してくれた。

 

 

 

そして翌日、始まりの街正門

 




次回の投稿は一ヶ月後の12月10日の予定です。また、予定ですので前後する可能性があります
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