続きがいつになるかはわからん。
「時雨!」
山城が僕を呼ぶ声が雨に溶けた。
あの時とは逆になっちゃったね…なんて言おうとして、もう声も出ないことに気がついた。
雨の音も、皆の声も、この海の中では聞こえない。
(僕も……ここまでか……)
扶桑にも山城にもあんなに言ってたのに…不幸を背負わせちゃったかな。
頭が……霞んできた。
やだな……こんなところで……
暗い暗いレイテの海が冷たい手で僕を引き込んでいく。
(みんな…さよなら…)
泡の音と供に僕の意識は落ちていった。
「カンムス……シグレ……カ……?」
――――――――――――――
コンクリートの打ち放しのような部屋で、少女――時雨は死んだように眠っていた。
生きているを示すものは胸の動きだけで、顔色も纏った襤褸も悲惨なものであった。
灰色の部屋のなかで、時雨と蒲団だけが色を示している。
その時、静かに部屋の扉が少し開き、そこから灰色の瞳が覗いた。
時雨の胸が動くのを見て安堵し、魘されて身じろぎするのを見て体を跳ねさせる。
端的に言ってただの不審者だ。
それを数回繰り返した後、意を決したのかその少女の姿をした灰色は恐る恐る部屋に足を踏み入れた。
(ナゼ…)
小さく呟いた声が灰色の気持ちのすべてであった。
この状況を見ればわかるが、時雨を此処まで運び、蒲団に入れたのは彼女である。
不自然に白い肌、灰色の瞳、黒い髪に――角。
彼女は深海棲艦、その内の海峡夜棲姫であった。
本来ならスリガオ海峡沖の旗艦であるはずの彼女が、何故時雨を助けたかというと……
それは彼女自身にもわからなかった。
大概深海棲艦は恨み辛みで埋め尽くされ、只管に艦娘に憎悪を向けるものである。
当然彼女も似たようなもので自分でも他の艦娘を沈めようとしたこともある。
それが、あの雨のなかで時雨を見かけた時、何故か――本当に無意識に時雨を助けだし、この部屋(彼女の部屋である)にまで運び込んでしまったのだ。
ドウシテコウナッタノカ……と煩悶していると、時雨がまた魘され始めた。
しかし彼女には何も出来ず、そのオタオタする様子はただの少女である。
最終的に手を握ることにしたようでその内時雨の容態も落ち着き始めた。
(カワイイカヲダナ……ッテワタシハナニヲッ!?)
繰り返すが彼女は深海棲艦である。
手を握られているためその場を離れることも出来ず、彼女は妙な感覚に耐えながら時雨が目覚めるのを待っていた。
一時間は見つめ続けていただろうか、そろそろ彼女もその場を離れようとしたとき、遂に時雨が目を覚ました。
「ヒャッ……オ…キタ……?」
時雨は寝ぼけ眼を擦り、海峡夜棲姫を見つめ…
そのまま二度寝を始めようとした。
「……!ネナイデヨ!」
固まった海峡夜棲姫は我を取り戻すと本当に深く寝てしまった時雨を起こしにかかるのだった。
「ふわ……ここはどこかな?ん……やまし………っ!?」
再度海峡夜棲姫の姿を認めると時雨は驚いた顔をして誰かの名前を呼びかけ、それからバッと跳ね起きると海峡夜棲姫を睨み付け、背中の艤装に手を伸ばそうとして其処に何もないことに気がついた。
「なぜ……?」
艦娘も艤装が無ければ少女と大差ない。
抵抗も出来ないことを悟った時雨は項垂れると其処にいた彼女に問いかけた。
「なぜ僕はここにいる?」
「シラナイワヨソンナコト…」
「君が僕を連れてきたんだろう?」
時雨は彼女が惚けていると思ったのか刺々しく質問を重ねた。
「ソウナノダケド……ハァ……アナタヲミツケテツイヒロッテキタノヨ…………」
本来海峡夜棲姫が主のはずなのだが、何故か時雨に圧されている。
「モウ……フコウダワ……」
その言葉を聞いて時雨は悲しそうな目をし、飛び掛かって彼女の胸ぐらを掴みその正体を激しく問いただした。
その弱々しさに彼女も漸く余裕を取り戻したのか、その状態でも落ち着いて答える
「ワタシハ、カイキョウヤセイキヨ……スンデイタノモズットコノアタリ………
アナタノイウ………『ヤマシロ』ナンテシラナイワヨ………」
それより手離してよ、と彼女が言うと、時雨はくずおれた後、僕はどうなっているのか、と小さく問いかけた。
確かに沈んだはずなのに、と。
海峡夜棲姫は暫し逡巡した後、取り敢えず最初から始めることにしたようだ。
沈みかけているのを見つけてつい連れてきてしまったこと、ここは自分や「仲間」の棲み家の自分の部屋であること、此処に居ることは誰も知らないこと、
拾ってから大体1日経ったことなどを告げて、彼女は最後に
「ワタシナラカエシテアゲラレルケド……ドウスル…?」
と告げて時雨の反応を待った。
(此処は【敵】の基地で…でも彼女には敵意が見えなくて…帰してくれる…?何で深海棲艦が…?山城に似ているのも気になるし……。
僕はどうしたいんだろう………)
散々に迷って時雨は目の前でこちらを見つめている海峡夜棲姫の方を見た。
(何度みても山城に似ているね。海峡夜棲姫…たしかスリガオ海峡沖で出てくるはず。
僕たちが通れなかった……)
彼女と目を合わせた時、その中に深海棲艦らしくない純粋な心配を見て時雨は無意識に口を開いた。
「僕は轟沈したと思われているだろうし…どうにかお世話になれないかな?」
何を図々しい、と自嘲する間もなく彼女はふんわりと笑みを浮かべて、それから不思議そうに自分の頬を捏ねている。
その姿にすっかり毒気を抜かれ、時雨は今度は落ち着いて海峡夜棲姫と向き合った。
目を合わせると海峡夜棲姫は可愛らしく少したじろいで時雨に返事を返した。
「マア……ココニオイテオクノハカマワナイワ……
コンナコトホカノヤツニハナセナイケド……」
此処はペットOKなのよね、と変に人間らしく冗談(多分)を言う海峡夜棲姫に、妙な目で見られながらも時雨は久方ぶりに心から笑うのだった。
――――――――――――――
「トコロデ…カンムストイウノハナニカタべルモノナノカ……?」
時雨の発作が落ち着いたところで海峡夜棲姫がそう声を掛けてきた。
食べ物が必要なら用意する必要があるから、というのだろうがやはりこの海峡夜棲姫、深海棲艦のくせに人間らしい。
もっともその心配は杞憂で
「僕たちにとって食べ物は嗜好品だから燃料があれば問題ないよ。」とのことなのだが。
時雨も起きた当初より大分落ち着き、これからを考える余裕が出来たらしい。
海峡夜棲姫に対して質問を重ねていく。
取り敢えず燃料の心配が無く、暫くは部屋から出られないまでも暇を潰すものがあることを確認して時雨はようやく一心地ついたようだ。
「僕は……これからどうしようか……」
「ワタシニハワカラナイワネ……トリアエズハ……フクヲドウニカシマショウカ?」
時雨は赤面した。
ここで切ったのはラストのため(断言)
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