ひきこもった魔王様   作:シガレット

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第1話

 リーズエンドの村から離れた地に大きな館が一つだけあった。壁は色が剥がれてなく綺麗に保たれており、庭も丁寧に手入れを施されている立派で貫禄のある建物だった。しかしそこは隣家もなく、他所から人もやってこない孤独な世界でもあった。周囲は様々な木々から構成される林で囲まれており、館から村までの道は緩急が激しく、岩に躓いてしまって怪我をする者も多くいたが、未だ舗装される見込みもない。村の者にとってそこは関わってはいけない禁忌の場所だったのだ。村の人々はそこを忌み嫌っており、魔王城と口を揃えてそう呼んでいた。村人たちは特に接点もないので、館の住人が何をしているのか想像する他なかった。だから根も葉もない噂が広がっていた。館の住人が夜な夜な人間を拐って食べていたとか、村人をナイフで刺して殺したとか、館の住人は社会に適応できなくて隅に追いやられた醜悪な犯罪者の集まりだとか。

 

 ケイリー夫妻もこの暗黙の了解を粛々と守り続けてきた。およそ二十年もの間、二人は館に近寄ることはおろか、村にやってきた館の住人に挨拶をされても返事を決してしなかった。ケーキ屋を営んでいたが、これまで不況で苦しんでいても館の住人には一つも売ってやらなかった。というのも、何度か家の屋根にも届きそうなぐらい巨大な女がやってきたことがあるのだ。威嚇するように背中を曲げており、じろりと二人を睨んでいるみたいだった。店の扉や部屋の空間、それに何より自分自身がとても小さくなったように感じた。それが館の住人だと知ると、二人はびくつきながら包丁やらまな板を持って威嚇した。するとその巨大な女は抵抗することもなく、慌てて逃げていったのだ。これは村でちょっとした武勇伝として広まった。よくあの館のモンスターを追い出せたものだ、と村の人々は口々にそう言って褒め称えた。

 

 しかし後に夫が心臓発作で死に、経営が立ち回らなくなって妻は夜逃をすることになる。ついぞ館の住人とは一言も話すことなく去ってしまった。ただ一人の赤ん坊を館の側に置いていって……。

 

 家具やら生活用品等を一式トランクに積み込んでいる車で村を出た瞬間、妻のイリア・ケイリーはハンドルを握り締めながらひっそりと呟いた。

 

 「本当に赤ん坊をあんなところに任せてよかったのかしら? 」

 

 それからケイリーは気分を変えようとして首を振り、疲労感を誰かに見せつけるようなため息を吐いた。

 

 「いい? 」と彼女は自分に忠告するように言った。「他のところはともかく、あそこの館だったら、もし赤ん坊に何かがあったとしても私の責任にはならないかもしれないんだ。それにあそこは人間の子供を欲しがっていた。しかも私にはもう子供を育てるお金もないのよ。どちらが不幸かだなんて比べるまでもないわ。これについて私は散々考えてきたじゃない? 」

 

 しかしやはり思うところがあったのか、こう考え直した。でもあそこは魔王がいるじゃない。それだけじゃないわ。あの巨大な女だっているわ! 私はあそこが如何に狂っているか知っているでしょ? 

 

 イリアは途端に気を悪くし、来た道を戻ろうかと真剣に考え出した。いつの間にか涙で視界が霞んで道をちゃんと走れなくなっていた。しかしUターンすることなく、車は順調に都市部へと進んで行った。そしてアトランまで行くと、彼女は完全に赤ん坊のことは忘れていた。街灯や店の少ないリーズエンドとは違い、街がきらきらと輝いて見惚れてしまったのだ。それにこれからの生活のことで頭が一杯だった。こうして赤ん坊は一人で明日を迎えることとなった。

 

 

 

 

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