お師匠さんが女体化してから誘惑してくる件について 作:キサラギ職員
「弟子君弟子君。なんともなーい?」
「はい?」
またか。お師匠さんの唐突っぷりときたら、朝っぱらから世界について哲学し始めるくらいには唐突なのだ。
説明不足過ぎてなんとでもとれる質問を投げかけてくるお師匠さん。なんともないって、なんのことなんだ。
俺とお師匠さんは無人島の隅っこの海岸に来ていた。白い砂を覆い尽くさんばかりの草が生えている。これこそが満月草だ。普段は地味な草にしか見えないが、満月かつ雲が出ていない時に限り花を咲かせるのだ。これを毟りに来たのであって、断じて新婚旅行ではないのだ。というか結婚してないのに新婚もクソもないのだ。
俺は海岸に移動してきたテントの横で準備をしていた。鮮度が落ちないように温度を下げる魔術を使った俺特性の樽の横に屈んでいた。
お師匠さんと言えば、水着の上からシャツを引っ掛けて麦藁帽子をかぶって俺の横に座っていた。後ろで結わいていた髪は下ろしていた。
俺は、お師匠さんが淹れてきてくれた紅茶を飲み干したところだったが、まさかコイツ。
「盛ったな?」
「あ、わかる? どう、ボクの顔を見てもなんともならない?」
「………はぁー」
もう、お師匠さんが作るお茶とか料理とかは口にしないほうがいいんじゃ……。
俺はお師匠さんが顔を指差してきたので、じっと見つめてみた。なにも起こらない。
「いや………何の薬を入れたんです?」
「んー、そうかそうか。喜ばしいことだねぇ。実はね、惚れ薬を入れてみたんだ」
「はぁ? 失敗作なんじゃ?」
「失敗なんてとんでもない。成功作だとも。ボクが調合を間違えるなんてこと、滅多に無いもの。効果が出ないんじゃなくて、もう状態が出てるから効果の出しようが無いということと考えると心底喜ばしいことだよ」
「は、はぁ!?」
俺は思わず立ち上がっていた。つまりこういいたいのだろう。
『ボクに惚れてるよね?』
と。
「いや、そんなバカなことあるわけ……」
「きらい?」
お師匠さんがじっと見つめてきた。外見だけならば、黒髪を垂らした色白な美女と言ったところ。ついこの前までオトコだったとは思えない、堂に入った女性としての立ち振る舞いをする、尊敬している人。
嫌いなんてことはありえない。尊敬しているし、惚れてるかって言ったら………。
「…………」
「ぬふふ」
「………ぐ、ぅぅぅぅぅ!! この……この! この……!」
「ふっふっふ………ボクの体を知っておいて今更なことだがねぇ? だってキミ、ボクのこと大好きでしょ」
「う………」
「いんだよ、素直になろうね。好き好き愛してますって言ってみ言ってみ」
「……………ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺はその場に体を投げ出した。だめだ、この人には勝てない。
するとお師匠さんがニヤニヤ意地悪く笑いながら俺にもたれてきた。ええい、寄るな暑苦しい。
「ボクもね、最初は男に戻れないか考えたんだよ。ボクにかかった薬品を分析すれば戻れる可能性はあったしね。でもキミが女しか愛せないみたいだから、覚悟を決めて服を買いにいったんだよね」
「決断早っ!? 初日に買いに行ってましたよね!? え、じゃあ半日くらい悩んだだけ?」
「んー。二分ぐらいかな」
「はっや! ちょっとは悩めよ! 俺がどんだけ悩んだと思ってるんだよというか今も悩んでるよ!」
「ナハハハ! 悩むと禿げるよ!」
お師匠さんが俺の肩をペチンペチン叩いてくる。痛い。手を引き剥がす。
「ということでボクがスキな弟子君弟子君。ねっとりとえっちいことしようかぁ」
「しませんよ」
俺が言うと、ふーんとお師匠さんが俺の腿の上に寝転がってきた。逆かよ。どっちかっていうと俺が膝枕をってじゃないわ!
「はぁーよかったよ、だってキミったらあんまりにも冷たいこと言うじゃない」
「別に冷たくしてません。お師匠さんがなんというかふざけるからじゃないですか。降りろ」
「あばー」
「お・り・ろ」
「あばば」
「降りろって!」
「勃った?」
「勃ってねぇよ!」
「勃てようか? ん?」
「降りろボケ!」
俺はゴロゴロと猫のように甘えてくる黒毛をどかした。
ふー………。前をそれとなく隠していかないとな……。
◇ ◇ ◇
「すごい光景ですね」
「来てよかったでしょ?」
「手を繋ぐな、手を」
俺はさりげなくというか露骨に手を繋ごうとしてくるお師匠さんから手を退避させながら言った。
空は快晴。満月が煌々とあたりを照らしている。
薄暗い海岸線に、ぼんやりとした光が揺らめいている。エメラルドグリーン色に輝く花が、海風にさらされて、光の波を作り上げていた。
空は、満天の星空。
ロマンチックという言葉はこのためにあるんだろうな。俺は白ワンピースに麦わら帽子のお師匠さんと海岸にいた。
これだ。この満月草を採るためにやってきたんだ。
俺は肩を組もうとしてくるお師匠さんの手をかがんでかわしながら歩き始めた。
「これを毟ればいいんですね?」
「ウム。いいかね、間違っても根っこごと引っこ抜くんじゃないぞ。花の部分だけを摘み取るんだ」
「根っこには薬効がないんですかね」
「あるとも。だが、根っこごと抜いたら次が生えてこなくなるだろう。叡智ある魔術師は植生を破壊するような真似はしないのだよ、弟子君」
「無人島だからいいんじゃ……」
「いいかね、森を焼くようなことは慎むべきだよ。我々は学び、作り、至るものであって破壊者ではないのだ」
……久々に魔術師っぽいこと言ってて違和感があるな。なんて言ったら怒りそうだ。
いやお師匠さん脳味噌がゆるいだけで魔術師としては立派な人なんだよ。市井によりそって魔術で医療を提供なんてめったに出来ることじゃないしな。尊敬してるんだよ。女体化して以降脳味噌がゆるいプラスピンク色になってるとしか思えないだけに魔術師としての顔が逆に違和感を覚えるだけで。
俺は尻に触ろうとしてくるお師匠さんをどかしながら花を摘み始めた。摘んではしょっている籠に入れて、摘んでは籠に入れて……。
やはりというか、摘み取ると光が徐々に抜けていくらしい。薬効は確かにあるそうだから、発光する成分と、薬品の効力を強化する成分はまた違うものなんだろうな。
籠が一杯になったので、テント横にある樽まで歩いていって中身をぶちまける。何度か繰り返すと樽の中が一杯になった。
「これだけあればよかろう。君がかけてくれた魔術のお陰で帰るまでは腐らないで済むだろう」
「そうですね。目的達成ってことで………」
ふう。テント横に腰を下ろして焚き火を見つめてみる。
隣にお師匠さんが来た。俺が視線を向けると、小首をかしげて見つめてくる。
「げふっ……」
「………まーた蜂蜜酒か。飲みすぎなんじゃないですか」
まさかのゲップである。
暗かったせいで顔が赤らんでいることに気がつかなかったが、きっと真っ赤になっていることだろう。
そう、お師匠さんがなぜか大量に蜂蜜酒を持ち込んできたのだ。きっと、俺がせっせと採取している間に飲んでいたに違いない。
「ねぇ知ってるかい。蜂蜜酒はねぇ、カップルがねぇ、子作りする時に飲むんだよ」
「へ、へぇ」
「飲んで♡」
「飲むか!」
「十回くらいはできるようになってね♡」
「死ぬと思うんですがそれは」
「若いからへーき、へーき。飲んで♡」
やたら酒を勧めてくるお師匠さん。
俺はお師匠さんからグラスを受け取ると、飲んだ。何か盛られてるかもしれないが、そんなことはどうでもよくなった。この美しい景色を見ながら、美女(ナカミはオトコ)と酒が飲めるなら、悪くない。
お師匠さんが俺の肩に寄りかかってきた。
「あのね、キミの赤ちゃんが欲しいな……」
「いややらねぇよ」
「もうシてるのに?」
「……あぁぁぁぁぁ! そうだった! そうでしたねぇ!」
現実を突きつけられた俺は蜂蜜酒を飲み干したのだった。
長編というよりサックリ終わらせます
次回作は異世界で女騎士やってるけど俺はヒロインじゃない! みたいな感じの、こう…(ろくろ)