東方小説合同コミュニティ 企画小説   作:北屋

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続きまして、REONさんの作品です


心涙

「きっと仕方の無いことなのよね」

 古今東西のあらゆる幻想が集まる地、幻想郷。その中でも一際妖怪と言う種が集まり、自由に闊歩する土地がある。名を旧地獄。地上から排斥された荒くれ者や嫌われ者の溜まり場である。

 しかし、溜まり場といえども旧地獄は間違いなく地上を追われた者達の生活圏。地獄の名がついていても、生きていく場所に変わりはない。故に、旧都――皆が住む町部分には都の名が付けられた。

 江戸の城下町――主に町人地――を思わせる商人の大店、小店や長屋を中心とした旧都は、今日も提灯の暖かな揺らぎとは対照的に大変騒がしい様相だ。具体的には、往来で気に食わない鬼同士が酔った勢いのまま殴り合いをしたり、その勝敗に銭を賭けて盛り上がったりなど。

 そんな、いつになっても賑やかな旧都の様子を一望できる場所がある。城下町ならではの特徴。残念ながら城ではないが、旧地獄の中でも一際目立つ大きな屋敷。地霊殿と呼ばれる場所だ。

 その屋敷の主である古明地さとりが、再び呟く。

「……地上もこんな空模様だったのかしら?」

 自室の窓から眺める空模様は、銀色の月光が降り注ぐ澄みきった冬の夜空だ。もっとも、ここは地下世界。頭上に広がるのはゴツゴツとした薄暗い岩肌であり、こうして見える空模様は全て人工の空を映し出したものである。

 偽物だとしても立派な空だ。しかし、それを眺めるにしてはさとりの表情はどこからどうみても不機嫌。彼女を慕うペットや、「心を読む程度の能力」を知った上で接するどっかのお人好しな喫茶店店主でさえも回れ右をしてしまう程の。

「まったく、いつもは約束なんて関係なく現れるのに」

 内向きに開け放たれた窓に腰を掛けて呟く言葉は刺々しい。

「最初はそう、いきなり外から窓を開け放って『あなたがこの屋敷の主ね!』だったかしら? バックに満月を背負って随分キマっていたのを覚えてるわ。次に来た時は、お花の手入れをしている時だったわね。後ろから飛びかかって来るから、危うくお花を踏みつけてしまうところだったわ」

 続けて三度目、四度目とさとりの口からは、約束していた待人との出会いが語られる。口調は刺々しく、何時まで経っても目の前に姿を表さない友人への苛立ちを含んでいた。反面、頬の筋肉がやや緩み先程までの不機嫌さは呆れに変わっていた。

「さすがに今日が何度目のお茶会かなんて覚えていないけれど、約束をしたのは確かよね。そして、今は約束の時間から一時間くらい経つかしら? ねえ。聞こえているでしょ? 屋根の上で十分くらい前から『不味いわね。すっごい怒ってるわ。手土産に咲夜のケーキでも持ってくればよかったかしら』なんて考えている私の吸血鬼(ゆうじん)さん」

 さとりの言葉が途切れると同時に、地霊殿の屋根からガタッと。まるで、高貴なお嬢様しか履かない上質な靴でたたらを踏むような。

 それから数秒の静寂。その後、バサバサと大きな羽音。

 彼女は蝙蝠の羽を背中で羽ばたかせて、ゆっくりと屋根の上からさとりの前に降下してきた。背後には澄んだ夜空に浮かぶ丸い銀の月。ちょうど、二人が最初に出会ったときと同じ構図だ。物語のワンシーンのような幻想的な光景は、見るものが見れば芸術とも評するだろう。この状況が、遅刻によって発生したものとさえ知らなければ。

「いらっしゃい、レミリア」

 さとりが満面の笑みを浮かべて言った。

 レミリアは引きつった笑みで返す。

「――えっと、待った……かしら?」

「いえ、ちょうど今来たところよ……なんて言うと思った? ここ、私の屋敷よ?」

「……ま、そうなるわよね」

「当たり前でしょ。そういうのはもっと別なタイミングで言ってちょうだい。ほら、いつまでも飛んでないで上がって。お空あたりが不審者と間違えて攻撃してくるわよ」

「それは面倒ね。お言葉に甘えてお邪魔するわ。……遅れて悪かったわ」

 窓からさとりの自室に降り立ったレミリアが腕を組んだままさとりから目を反らして言った。

 端から見れば失礼な物言いだ。

 しかし、レミリアの前にいるのは覚り妖怪。意思ある者の表層を覗くものだ。

 さとりへの申し訳無さは本物である。面と向かって謝罪できないのはプライドの問題ではなく、友人へ謝る故の照れが混じった所為。

 友人として過ごすことでさとりが知ったことだが、レミリア・スカーレットは高貴さを尊び、身内を溺愛する人物だ。他人を前にすれば夜の王を自称する姿に恥じないカリスマに満ちた振る舞いをし、身内に対してはだらけ甘えた一面を晒す。普通、館の主なら身内にこそ家長としてカッコイイところを見せるのではとなりそうなものだが、彼女曰く、

 

――――身内にカッコつけても仕方ないでしょ。そんな生き方してたら私も苦しいし、皆も気を使うわ。ちょうどよくやっていけばいいのよ。だいたい、私は何をしてもカッコイイの。

 

 とのこと。

 なのでこれも、友人故に見せてくれる表情だとさとりは知っている。

 それと、遅れた理由もレミリアが屋根の上に居る時に心を覗いて気づいている。気づいてしまえば怒りの感情はなく呆れ三割、嬉しさ七割と言ったところだ。

 さとりは緩む頬を見せないように、レミリアに背を向けてお茶の用意をする。

「気にしてないから座ってちょうだい。用意したプレゼントを忘れて、大急ぎで戻ったんだから疲れたでしょ?」

「う、やっぱりバレてるわよね……」

「バレないわけないでしょ。プレゼントの内容だって前のお茶会から承知済みよ」

「嘘!? なんで言ってくれないのよ!」

「言う必要がないからよ。だいたい、覚り妖怪にサプライズプレゼントは無理があるわ」

「無理じゃないわよ。今に見てなさい……びっくりさせてやるんだから」

 来客用のソファーに座ってさとりを不服そうな目で睨むレミリア。

 さとりはその視線に心地よさを感じながら軽くいなした。

 こんなことは日常茶飯事だ。

 さとりが心を読むことを知っていて、レミリアはこういった驚かせ方を行う。

 

――――なんでこんなことをするかって? だって、相手のすることが判りきってたら詰まらないでしょう? 何が起こるのかされるのか。判らないことは生きていくためのスパイスよ。ただでさえさとりは内向的なんだから、もっと刺激を与えないとね。

 

 いつかのレミリアの言葉をさとりはずっと覚えている。

 初めこそ迷惑極まりないお節介ではあったが、レミリアは止まらなかった。さとりとしても、自分のどこがそんなに気に入られたのか。未だに判らない。

 覚り妖怪が何を言っているという話だが、さとりには本当に判らなかったのだ。

 心を読まれること自体をただ珍しいものとしか捉えないレミリアの感性が。

「はい、どうぞ。今日のハーブティーは自信作よ」

 お茶の準備を終えたさとりはテーブルに予め準備されていたティーカップへハーブティを注いだ。彼女が地霊殿で育てているハーブから作った物だ。

 レミリアはさとりが対面に座るのを待ってからハーブティーに口を付けた。

「あらホント。また腕を上げたわね、さとり」

「そっちのメイドさんには叶いませんけどね」

「褒め言葉は素直に受け取ってちょうだい。私、別に咲夜と比べたつもりなんてないわよ?」

「……ありがとう、レミリア」

「ふふ、よろしい」

「まったく、なんでこういう時は私の方が心を読まれるのかしら?」

「いつも言っているでしょう? 私は自分の考えに絶対の自信を持っているの。私が考えたと思えば、それが真実よ」

「……妹さんのことを考えてる時はあたふたしているのに」

「否定しないわ。けど、それを貴方が言うの?」

 どちらも妹を持つ姉であり、妹に手を焼く姉である。

「……それで、プレゼントをいただけるんでしょう?」

「話、逸らしたわね」

「いいでしょう、別に!」

「悪いなんて言ってないんだから落ち着きなさい。というか、わざわざプレゼントなんて言わなくてもいいのよ。中身、知ってるんでしょ?」

「そんな無粋なことはしませんよ。レミリアから渡されて、包みを剥がして初めて目にする。既に知っていることでも、きちんと対面するのはこれが初めてなんですから」

「そう。なら、私が悪かったわ。ふふ、サプライズは失敗したけれど楽しみにはしててくれたみたいね」

 そう言いながらレミリアがプレゼントの包みをさとりに渡した。

 俄にさとりの頬が熱くなる。

妹とペット以外に親しい間柄がいなかったため、贈り物をされる行為自体に耐性がない。

 さらに、そのプレゼントは大切な吸血鬼(ゆうじん)が真剣に選んできたものだ。

 中身を知り、事前に心構えを済ませ、受け取った時に平静を装う準備をしていた彼女。

 レミリアの思い通りになんてなるものかと、本人は万全を期するよう心がけていたのだが、実物前にしたその時。

 抑えていた感情はあっけなく漏れ出していた。

 さとりは受け取った包みを大事そうに抱えると、失敗した――と心の中で呟いた。

「さとり、本当に可愛いわよね」

「か、からかわないで! 別にそんなこと……」

「はいはい、怒らないで。それから自分はそんなんじゃないって思わない。いいじゃない、楽しみにしたって。プレゼント渡す方からすれば冥利に尽きるわ」

「で、でも……なんだか恥ずかしい――」

「だからいいんじゃない。友人の前でくらい素直になりなさい」

 そう言って、彼女はハーブティーと一緒に置かれたクッキーを一つ頬張り、美味しいと呟き満面の笑みを浮かべた。

 その笑顔を見たさとりは、顔を赤くしたままため息をつく。

 少しだけ落ち着き、これ以上何か言えば墓穴を掘るだけだと理解した。

 受け取ったプレゼントの包みを丁寧に剥がしていく。

 中身は心を覗いた時と変わらない。

 薄ピンク色の毛糸で編まれたマフラーだ。

 冬だからという理由もそうだが、女主たる者お洒落もしろというレミリアの考えによるものだった。それから、夜の散歩には必要だからとも。言葉にはしなかったが、彼女の心には夜空を二人で飛び回る未来が描かれていた。

「さ、折角だから巻いて見せて」

「え……今、ですか?」

「それ以外何があるって言うのよ。似合うに決まっているんだから早くなさい」

 レミリアがニヤリと微笑みさとりを眺める。

 さとりは流されまいと断りの言葉を口にしようとしたが、レミリアの心が『自分で巻かないなら私がやってあげようかしら』と、退路を塞いできたため、渋々首に巻いていく。

 手にとった時から感じる手触りは柔らかく温かい。間違いなく高級な毛糸で編まれているものだ。首を包む感触は心地よく仄かに香る匂いに心が安らぐ。

 同時に、マフラーを選んでいた時のレミリアの心が流れ込む。物の心まで読めるわけではない。ただ、知っていただけだ。マフラーを贈ると言っていた時から。今日ここに来た今の間にも、とても真剣に選んでいたことを。

 その真っ直ぐさが心地よくて戸惑う。

 ペットや妹から受け取るプレゼントとは違った心を感じる。

 巻いたマフラーに顔を埋めたい気持ちをさとりはどうにか堪えていた。

 溢れた気持ちで、折角の贈り物を濡らしてしまわないように。

「……まったく、何をしているんだか」

「あ――――」

 すっ――と、ソファーから立ち上がったレミリアにさとりは反応できなかった。

 レミリアの凛としつつも軽やかな、まるでお姫様をダンスに誘う王子様のような足取りに、さとりの目は奪われた。

 故に、この一時だけは心を覗くことすら叶わない。

 二人を別つ机一つ分の距離は零になる。そっと、真綿に触れるかのように優しくレミリアの冷たい指先がさとりの頬に触れた。小さな指先が目頭からこぼれ落ちる涙を掬い取る。

 さとりは胸の高鳴りを自覚した。いや、自覚しないように務めていたがついに焦点があってしまったと言うべきか。

 贈り物で高鳴った鼓動をさらに加速させられては冷却もままならず、心はメルトダウン寸前。

「素直になってくれてありがとう。少し不器用ではあるけど、まぁいいんじゃないかしら?」

「別に素直になったわけじゃ――――」

「往生際が悪いわね……さとりらしいけど」

 レミリアが笑う。いつもの上品で人を弄んで喜ぶような笑顔ではない。

 細められた目は慈しむようで、僅かに緩む口元が安堵を示す。

 それは、さとりが望んでいた表情。

 素直になれない自分では、決してみることができないと諦めていた笑顔だった。

 少しずつ落ち着きを取り戻すさとり。

 彼女の笑顔で安心するくらい、自分がレミリアという少女を好んでいるのだと再認識していた。

 

 心を知る術を持つが故に、誰よりも心を知られる怖さを理解していた少女。

 故に、心を知られる喜びを得たことはなく。

 

――――あぁ。そういうこと。それなら、きっとこれが、

 

 高鳴る鼓動はそのままに、さとりが呟く。

「……レミリア」

「……なにかしら?」

 静寂。

 見つめ合ったままの両者。

 さとりが視線を逸らす。

 しかし、それも一瞬。

 もう一度レミリアの紅い瞳を見つめて口を開く。

「……今度、お礼をするわ」

 嬉しかったから、と。

 笑顔を浮かべてさとりが告げる。心の内で、本当はもっと色んな言葉で感情を伝えることが、普通の友人なのだろうと思いながら。

 だから、本人は思いもしない。

「お礼? お礼なら――もう貰っているわよ」

「え――――」

 レミリアの左手が、さとりの顎をくいっと軽やかに引き上げる。

 二人の瞳にそれぞれの顔が映しだされる。他のものは、何一つとして映らない。

「私の報酬は――――これで十分よ」

 じっ――と、愛おしいものを見つめてレミリアが言う。

 さとりはふいに湧き上がった熱をどうにか抑えつけ、レミリアが何を報酬と言っているのか第三の瞳を通して知る。

 

――――ほんと、すぐかっこつけるんだから。

 

 レミリアが望んだものは、喜ぶさとり。ただ、それだけ。

 『笑顔からこぼれ落ちる涙が光を纏って美しい』と、彼女(レミリア)の心がそう告げていた。

 

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