天高く跳ねる脚 作:レオーネ
「ありがとう、また今度そっちに行ったときに受けとりに行くよ。じゃぁな」
少年は電話を切った。
「よかったな、大洗の自動車部がパーツ持ってるってさ。これでお前を直してやれるぞ」
少年が話しかけるも返事はない、相手は自動車なんだから。しかし彼には分かった。この車は走りたくてウズウズしているという事に。
天窓からの光に照らされた真っ赤な車体は薄暗い倉庫の中でも異彩の存在感を放っているように見える。30年以上前の車だがその見た目から古さは全く感じられない。
マツダ・ユーノスコスモこの車の名前だ。バブル絶頂期に製作されたマツダの本気が伺える一台である。
「もう少しだけ待っててくれよ」
そう言い残して少年は倉庫を去る・・・のだが。
ガン!
「痛ってぇ!」
入り口近くに鎮座している鉄塊に頭をぶつけてしまった。
「こいつも早くなんとかしねぇとなぁ・・・」
痛む額を摩りながら少年は今度こそ倉庫を後にした。
三崎心陽(みさき こはる)は教室から外を眺めていた。別に何かあるわけでもない、どこまでも続く大海原を何を考える事無くただぼんやりと見ていた。
「心陽、もう放課後よ?いつまでそうしてるの?」
親友である登戸花楓(のぼりと かえで)が心配そうに話しかける。
「うん・・・」
機械的に返事を返すだけの心陽を見て花楓はため息をついた。
「アンタ、陸上部を辞めることまではしなくてもよかったんじゃないの?」
心陽はかつて陸上部だった。去年は1年生ながら走り幅跳びで全国大会に出場するにまで至ったこの椰箏高校のエースであったのだ。
「1番じゃなきゃ意味が無いの。もう私は前みたいには跳べない」
しかし彼女は怪我をきっかけに思うような記録を出せないでいた。もちろんしっかりと時間をかけてリハビリに励めば怪我をする前と遜色ない記録を出せるようにはなるだろう、しかしもう遅いのだ。
再び外を見た時、ふと倉庫の方から何かが出てきた。
逆光でよく見えないがとても大きいモノであることは分かった。ゆっくりと、しかししっかりと地面を踏みしめながら。
「なにあれ?」
彼女はあれが何なのか分からなかった。
「あぁ、アレは戦車ね、たしかずっと倉庫でホコリ被ってた筈なんだけど・・・」
倉庫を出て数メートル進むとその戦車は停止した。そして中から一人の少年が出てきた。
その姿をみて花楓は納得した。
「あぁ彼か・・・」
「知り合い?」
「えぇ、二ノ瀬瑞貴(にのせ みずき)、昔からの腐れ縁ってヤツよ。自称椰箏高校自動車部の部長で暇さえあれば倉庫で車弄ってて、学校ではちょっとした有名人よ。ガソリン飲んで動いてるんじゃないかって言われるほどにね・・・」
「そんな彼がどうして戦車を?」
「前々から倉庫に鎮座してて邪魔だったって言ってたからね、処分するんじゃないかしら。戦車道用のモノらしいけどこの学校は長い間戦車道やってないし・・・って心陽?ちょっと!どこ行くの!?」
花楓が言い終わるが早いか、心陽は教室を飛び出した。
「長い事放っておいた割りには意外と動くもんだなぁ・・・」
瑞貴は戦車から降りると倉庫のシャッターを下ろす。長期に渡りずっと放置されていたこの戦車だったがすこしメンテしてやるとすぐに動いた。あとは携帯で動かし方を調べ何とかここまで移動できたと言う訳だ。
この戦車はドイツの1号戦車というらしい。戦車はバリエーションが豊富でコイツはC型なのだという。
取り敢えず戦車は買い手が見つかるまで外に置いておこう。倉庫の裏ならあまり人も来ないしカバーをかけておけば大丈夫だろう。
再び戦車に乗り込んで動かそうとした時だった。
「うわっ!」
咄嗟に両輪のブレーキを掛けた。目の前に人が立っていたのだ。
「その戦車捨てないで!」
目の前で両手を広げて立つ少女はそう叫んだ。
「お前、一体何言って・・・」
ハッチから顔を出して尋ねる俺を他所に彼女は続けて言った。
「その戦車、私が使うわ!」
「なんだ、戦車を捨てに行ってたワケじゃなかったのね・・・」
「まぁ追々どこかの学校に買い取ってもらおうとは思っていたんだがな」
心陽と瑞貴は倉庫の中に置かれたソファーに向かい合って座っていた。テーブルには先程自販機で買ってきた缶ジュースなどが置かれている。
プシュッと音を立てて缶ジュースを飲む心陽、瑞貴は瓶の形をしたエナジードリンクを飲んでいた。
「それで、これを戦車道に使うのか?」
瑞貴が本題を切り出した。
「えぇ、私、怪我が原因で陸上を辞めちゃったの、でも辞めたのはいいけどずっと陸上をやってきてたから放課後になってもずっとぼーっとしてるだけで・・・でもそれじゃいけないって最近思ってたの」
心陽の話をずっと黙って聞いていた瑞貴、彼女の評判は彼の耳にも届いていた。1年で全国大会に行った椰箏高校陸上部のエース。まさか陸上部を辞めていたとは・・・
「それで教室から見てたら戦車が見えて、大洗女子学園のことを思い出したの」
「大洗女子か・・・」
発足したての無名校が戦車道全国大会優勝にまで上り詰めた今話題の高校である。
瑞貴も自動車部の人たちとは関りがあった。聞くところによると彼女たちが戦車の整備を行っているのだそうな。
「それで、私も戦車道をやってみたいって思ったのよ。武道って聞いて確かに敷居は高いなって思ってたけど今はそうでもないっていうじゃない?色んな高校も始めてるらしいし今が始め時かもしれないわ」
大洗女子の快進撃を受けて戦車道をやる人が少しずつ増えているという話は瑞貴も聞いていた。戦車道をやっていない高校も戦車道を発足し、第二、第三の大洗を目指す学校も多いと聞く。
しかし・・・
「三崎、一つ言いたいことがあるんだが。戦車道やるにしても戦車はこの1台しかないし他にメンバーも居ないんだが」
それを聞いて一瞬心陽は固まった。
「あ・・・」
「考えてなかったのか」
瑞貴は呆れた。
しかし彼には考えがあった。
「まぁ公式大会以外なら出れる試合もあるんだけどな・・・」
「ホント!?どんな試合なの!?」
先程の落胆の表情から一転、目を輝かせてグイっと身を乗り出す。
「近いって、ええと・・・これだ」
瑞貴はパソコンで検索エンジンを起動し画面を心陽に見せた。
「なになに、タン・・・カスロン?」
「そう、
ほうほうとタンカスロンの公式サイトを見る心陽。
「やってみたらどうだ?」
そう問いかける瑞貴に心陽は満面の笑みで答えた。
「うん!私、タンカスロンやってみるよ!」