六月八日。
今日は私の誕生日だ。
あの夏の死の運命を乗り越えて、私は年齢を一つ重ねることが出来た。
来るとは思っていなかった誕生日。
来てしまった誕生日。
とは言っても、何も変わらない日常を過ごすものだとばかり思っていた。
そう、つい先週までは。
のみきに、ある報告を受けるまでは。
* * * * *
「え、羽依里がくるの?」
「あぁ、しろはの誕生日を祝いたいそうだ」
スイカバーを買いに駄菓子屋を訪れた際に、偶然出くわした。
のみきはとても重要なことをさらりと言ってのけた。
羽依里がくる。
なんでくるの。
祝う? 私の誕生日を?
「誕生日の日にち、教えたのか」
「うん。手紙で。羽依里の誕生日のお祝いをするときに」
「あれから、ちゃんと文通してたんだな。良い事だ」
「………うん」
「まったく。鷹原も、しろはに直接電話すればいいものを、島の役場にかけてくるんだからな、困ったものだ」
あの人は、何をやっているんだか…。
そう、私と彼との関係は、遠距離ながらも便箋によって繋がっていた。
お互いに想いを伝えただけの、くすぐったい関係。
そもそも、付き合う、とかよく分かんないし。
どうしたいか、なんて言われたって分かんないし。
でも、最初に贈った言葉。
それ自体は、書いていない心に秘めた言葉だけど。
その気持ちだけは今も持っている。
「ちょうど、次の土曜日だろう。私もプレゼント用意するぞ」
「う、うん…。ありがとう」
* * * * *
そして、当日。
島の食堂に皆で集まる。
蒼にのみき、良一君に天善君。
私と、そして羽依里。
彼とは、恥ずかしくて殆ど、顔を合わせられていない。
立ち位置は、皆が気を使ったのか。何なのか。隣合わせた位置にいる。そして、妙に距離が近いのが落ち着かない。
羽依里も同じ気持ちで居るのだろうか。
『好きになりました』というあの言葉以降、それらしい会話(文通だけど)はしていない。
自分の気持ちがよく分かっていないのに、人の気持ちなんて分かるわけがない。
彼はどうしたいんだろう。
「じゃ、みんないいー? スイカバーは持ったかしら?」
蒼の掛け声に一斉に、アイスを構える不思議な光景。
島の駄菓子屋には、毎回一本しか入荷しないスイカバー。
今回は、私の誕生日ということで、特別に人数分を仕入れてくれたらしい。
どうせなら、いつもこれぐらい仕入れてくれればいいんだけれど。
「ではではー! 水平に向けて円を作るように合わせる!」
六人六本のスイカバーが、程よく隙間は開けつつも、見様によっては円形に。綺麗な西瓜が描かれる。
「良一! シャッターお願い!」
「任せろ!」
良一君の片手に握られていたインスタントカメラが、上からその光景を、その瞬間を切り取っていく。
パシャりと軽い音が一瞬。
「「「「「しろは、お誕生日おめでとう!」」」」」
「あ、ありがとうございます」
お祝いの言葉が降り注いだ。
こうして、沢山の人にお祝いをしてもらったのは初めて。
一年前までは考えられなかったことだ。
変化を与えてくれたのは、隣に居る彼。鷹原羽依里。
不思議な人。
私の世界をどんどん変えていってしまう人。
夏休みに現れて、終わりとともに帰っていった。
短い間だったのに、一緒に居た時間はあまりにも濃くて。
忘れていた夏休みの過ごし方を、思い出させてくれた。
「ありがとう…ございます…」
色々と考えていたら、何だか涙が出てきてしまった。
「ちょ、ちょっと、しろは!? 羽依里…あんた、また何かしたんじゃないでしょうね?」
私を心配した蒼は、ジト目で羽依里を睨む。
「ええ…誕生日を祝いにきただけなんですけど」
「ほんとかしら…」
「別に、何もされてないよ。私が勝手に昔のこと思い出してただけだから」
「? それなら、いい…のかしら? まぁ、とにかく食べるわよ! この後ちゃんとケーキも用意してるんだから!」
楽しい誕生日パーティーはさらに盛り上がった。
* * * * *
夕暮れの空。
楽しかった時間はあっという間に過ぎて、会はお開きとなった。
港の桟橋まで、本土へと帰る羽依里を見送りにきた。
結局、彼とそれらしい会話は一切しなかった。
そういう意味では、ちょっと寂しい。
あれ…? 寂しい…? よく分からない気持ちがまた溢れてくる。
この気持ちは何とかしてもらいたい。
隣ではなく、前を歩く羽依里の背中をじーっと見つめる。
じーっと見つめる背中が、何故か急に大きく見えてきて…反転した。
「あっ」
「おっと…」
急に立ち止まった羽依里の腕の中に、そのまま吸い込まれていく私。
なんでそこで立ち止まるの。意味分かんないし。
なんで抱きしめられちゃってるの。凄い意味分かんないし。
「ああああ……」
「うわっ…ご、ごめん」
少しだけ、少しだけ、離れる。
「う、うん…平気」
全然平気じゃない。間違いなく、顔は真っ赤だ。
まともに前を向けない。
でも、もしかしたら彼もそっぽを向いているかも。
謎の賭けに出た私は、顔を羽依里の方に向ける。
「!?」
ちょうど、目があった。なんで同じタイミングで顔を向けるの。
「……ぁ…そ、その…」
夕日と同じか、それ以上に真っ赤な羽依里の顔。
「誕生日おめでとう、しろは」
「え、うん。ありがとう」
「楽しかった?」
「うん。楽しかった」
「そか、それはよかった」
「うん」
会話は続かない。
本当はもっと喋りたいけれど続かない。
「あと……」
「?」
「また夏休みに来るから」
「え、また来るの」
「来ちゃだめ?」
「別にいいけど」
それだけの会話。
互いに不器用すぎて、笑みがこみ上げてくる。
「じゃあ、もう船が出発するみたいだから!」
「あ、うん。じゃあね」
別れの言葉を交わし、羽依里は船に乗り込んでいく。
それを待っていたかのように、連絡船は動き出した。
また夏休みか…。
来年も彼は遊びに来るという。
少しの間の別れ。
桟橋を船が離れてい…?
「あーーー!!!」
羽依里が大声で叫ぶ。
船の上を全速力でダッシュ。
そのまま、柵を乗り越えて、空に飛び上がった。
黒い上着が、空気の抵抗を受け、翼のように広がる。
『傷ついた渡り鳥』だったか。もはやそんな名前は感じさせない力強い羽ばたき。
鷹は空を舞う。
時間にして、一瞬。
私の瞳には永遠とも思える光景が映る。
「よっ、と…」
「なんで戻ってくるの…」
「…忘れてたものがあって」
「忘れ物?」
スポーツバッグを漁り、お目当てのものが見つかったのか。
取り出されたのは、小さいながらも、上質な素材と見て取れる箱。
「あの…しろはに…誕生日のプレゼント、渡してなかった…というか渡せてなかったというか…」
頬をかきながら、ひょい、と差し出されたプレゼント。
「ありがとう…普通に渡してくれればいいのに」
「ぅ……だって…」
「だって?」
「好きな女の子…だし」
それっきり真下を向いてしまう羽依里。
「………ぁ……」
その言葉を受けて私も前を向いていられなくなる。
互いに、コンクリートとにらめっこして数分。
「…これ、いま開けていいの?」
「…俺が帰ってから、こっそり開けて…」
「…船、出発しちゃったばっかりだけど…?」
「あああああーーーー! どうしよう…」
羽依里って面白い。
照れたり。笑ったり。泣いたり。驚いたり。突拍子も無いことしたり。
心に隠れた、この気持ちの正体は、まだよく分からないけれど。
お父さん。お母さん。
私、素敵な人に出会いました。
まだ、どうなるかも分からないけれど、少しだけ前を向いて歩き続けられそうです。
最高の誕生日をありがとう。羽依里。
【鷹は空を舞う-しろはの誕生日- 終わり】