彼女はその一発で終わらせる【完結】   作:畑渚

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前編 彼女たちの始まり

 コンコンコンコン

 

 部屋の扉を4回ノックする音が廊下に響く。「どうぞ~」と気の抜けた返事がすぐに帰ってきた。

 少女は少し顔をこわばらせながらも、落ち着いて重苦しい扉を開いて、礼をする。

 

「失礼しますわ。モーゼルKar98k、貴方の指揮下に加わります」

 

「おお、あなたが新しく配属されてきた人形?私がここの指揮官よ、よろしく!」

 

 Karに手を差し伸べてきたのは、スーツに身を包んだ若い女性だった。疲れや独特の雰囲気もない。Karがこの指揮官を新人だと断定するには十分だった。

 

「ええ、よろしくお願いいたしますわ、指揮官さん」

 

 少し安堵したような笑顔を浮かべながら、Karはその手を握り返した。

 指揮官は握手をする手を離してからも、Karの顔を見つめていた。

 

「……?何かわたくしの顔についていますの?」

 

「えっいや、何でもないよ」

 

 首を傾げてそう問うKarに対して、指揮官は少し照れた様子を見せながら目を逸らす。Karは少しむくれながら、指揮官の顔を覗き込む。

 

「ちゃんと目を見て話してくださいまし」

 

「い、いやぁ可愛いなって」

 

「か、かわっ!?可愛い!?このわたくしが!?」

 

「気に障ったなら謝るよ、ごめんね」

 

「まったく、立派な淑女であるわたくしを可愛いなんて言葉で表現するなんて失礼ですわ!もっとこう美しいとか完成されてるだとかそう言った言葉で……」

 

 腕を組んで頬を膨らますKarと見て、指揮官はクスクスと笑い始める。

 

「いやほんと、可愛いなぁ」

 

「だから可愛いって言わないでくださいまし!」

 

「はははっ!ごめんごめん」

 

 平謝りする指揮官に淑女に対する扱いを指導するKarという姿が、この基地で見られるようになった最初の日であった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 銃撃音と爆発音が断続的に聞こえる。ここは戦場だ。

 Karは自分の持つKar98kを抱く。彼女にとって初出撃であるこの戦闘は、苦戦のくの字もないような戦場だった。

 

『Karちゃん、元気?』

 

 唐突に、指揮官の声が無線から聞こえる。

 

「指揮官さん、ちゃん付けはやめてくださいと何度言ったらわかりますの?」

 

『いやー、これが呼びやすいからさ』

 

「もう、気をつけてくださいまし。それで、戦場まで何のようですの?」

 

『ああ、次のポイントを指定したからそこまで移動してね』

 

「先程からそればかりですわ。どういう意図か説明してくださいまし」

 

『うーん……。口で言ってもわからないだろうから、無事に帰ってきたら見せてあげる』

 

「わたくし、しっかりと戦術の勉強はしておりますのよ?」

 

『それでもだよ。ほら、急いで!』

 

 一度ため息をついてから、Karは移動を開始する。動かし方に疑問は残っても、それが接敵させないための指示であることはKarにも理解できていた。

 

「少しは戦術人形であるわたくしを信頼してほしいですわ」

 

 Karは少し不満だった。確かに初任務ではあるが、彼女もれっきとした戦術人形である。

 

『Kar、不満?』

 

「あら、聞いていらしたの?」

 

『まあね。それじゃあ……初戦闘と行こうか』

 

 指揮官から次の座標が送られてくる。

 その座標は、ある廃墟の二階だった。

 

『あと3分……いや、2分30秒でそこから見える大通りを敵が通る。一発撃ったらすぐにここに移動してね』

 

 新たな座標とともに、「頑張ってね」と激励の言葉が送られてくる。

 

「一発撃って終わり?随分と甘い指揮官ですのね」

 

 Karはスコープを覗き込んでその瞬間を待つ。距離は有効射程内。人形である彼女には、外すはずのない距離だった。

 

 心の中で150秒を数え終わった頃、敵が曲がり角から姿を現す。その数は小隊規模、ダミーもなしに単独行動しているKarには荷が重かった。

 Karは一度深呼吸をしてから、スコープで狙いを定める。十字線が向いているのは小隊の中央にいる人形だ。

 

「許されたのは一発のみ……ならばその一発で最大の戦果をあげてみせますわ」

 

 引き金が引かれ、撃針が信管を撃つ。発射された弾丸はまっすぐと、無警戒の鉄血人形の左足へと突き刺さる。

 

「完璧ですわ」

 

 余裕の笑みを浮かべながら、Karは荷物を纏めて廃墟から去る。そこには一つの空薬莢だけが残った。

 

 

「本当にここでいいのかしら?」

 

 次に指定されたポイントは路地裏だった。ゴミ箱の陰に座り込んで、緊張した身体を休める。

 

『Kar、お疲れ様』

 

「指揮官さん。わたくしはこのあとどうすれば?」

 

『6分ちょうどたったらそこからすぐの本通りを南に移動して。その先を回収地点にするから』

 

「わかりました、6分ですわね?」

 

『うん、あと5分48秒』

 

「随分と細かい人ですのね。精確だというのは褒めるべきでしょうけれど」

 

『ほら、使った一発分ちゃんと再装填して備えて』

 

「言われずともわかっていますわ」

 

 弾を込めて、水分を補給する。身体のコンディションは万全とも言えた。

 

「そろそろですわね」

 

 心の中で6分を数え終わり、路地裏から本通りを覗き込む。

 

「指揮官さん、聞こえていますの?」

 

『ん、どうかした?』

 

「敵が見えますわ。リッパーが5体ですわ」

 

『ちょっと待ってね……』

 

 5秒程なにかを操作して、指揮官は言葉を続ける。

 

『確認したよ。そのあたりには5体だけみたい。Kar、やれる?』

 

「もちろんですわ」

 

 Karはセーフティーを解除する。替えの弾薬を取り出しやすい位置へと入れて、無駄な荷物を地面へと置く。

 

『それじゃあ、いっておいで』

 

「さあ……わたくしの力、見せてあげますわ」

 

 通りへと飛び出し、頭へと弾丸をねじ込む。素早くボルトを引き、足を撃ち抜いてもう1体を地に這いつくばらせる。

 

「あらあら、その程度ですの?」

 

 残りの3体が銃を向けてくるが、Karは素早く路上の車へと身を隠す。ボルトを引けば、カランと空薬莢が地面へと落ちる。

 

「覚悟なさって」

 

 銃を向ける3体のうちの1体を、レティクルが捉える。放たれた弾丸は寸分違わず、その1体の目を貫き脳を破壊した。破壊された人形が無事な方の敵へと倒れ、その敵も動きがとまる。

 すかさず装填し、頭を撃ち抜いた。

 

「あらあら……」

 

 無事な残りの1体は、背中を向けていた。確かに有効射程から離れれば多少は生存確率が上がるだろう。なにしろこっちはKarが1体、驚異としてはそこまででもない。

 

「愚か者、わたくしたちの技術は世界一ですのよ」

 

 Karは落ち着いてボルトを引き、元の位置に戻す。その動作はやけにゆっくりだった。それは誰が見ても、余裕の現れだった。

 

 ターンと音が響き、少し遅れてから力を失った鉄血兵が地面へと伏す。コアを完全に撃ち抜かれており、完全に停止してしまっている。

 

「ふう、あとは」

 

 弾薬クリップを取り出し、音を立てながら装填する。

 

「これで終わりですわね」

 

 足を撃ち抜いた人形へと近寄り、頭を撃ち抜いた。当たりどころが悪かったのかしばらく動き続けていたが、しばらくするとうんともすんとも言わなくなった。

 

「指揮官さん、終わりましたわ」

 

『うん、お疲れさま。そのまま北へと進んで皆と合流してね』

 

「わかりました、北へ進みますわ」

 

 無線を終了してKarは土埃をはらう。身だしなみを整えてから、北へと進み始めた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「モーゼルKar98k、ただいま戻りました」

 

「うん、改めてお疲れ様」

 

 帰投後、Karは指揮官のいる部屋へとまっすぐに向かった。

 

「それで、先程の戦役の意図を聞かせていただけるのかしら?」

 

「ああ、そういう話だったね。じゃあさっきの戦役のリプレイを見ようか」

 

 そういって指揮官は端末を操作する。すると机に、先程までKarがいた付近の地図が表示された。

 

「それじゃあ再生するね」

 

 指揮官が再生ボタンにふれると、白い点がいくつかマップ上に表示された。

 

「これは味方の位置ですの?」

 

「うん、正解」

 

「だとすると……これがわたくしですね」

 

 Karが指差したのは、他の白い点からは少し離れた一つの点だった。

 

「大正解。さすがだね」

 

「あなどらないでくださいまし。わたくしも立派な戦術人形ですのよ」

 

「うん、そうみたいだね」

 

 白い点に続き、ポツポツと赤い点が見える。それが敵であることを理解するのに、それほど時間はかからなかった。

 

「この動き……指揮官さんは未来でも見えますの?」

 

 白い点は、それぞれバラバラに動く。そして確実に敵の息の根を止める。そこに無駄は一切見られない。すべてが最初から計算され尽くしたかのように指示されている。

 

「これは……どういうことですの?」

 

 戦役終了間際、Karを表す点の前に5個の赤い点がある。それは記憶通りだった。しかし、その赤い点を囲むように、すべての白い点がその周りに集結している。

 

「わたくしの実力を試したのですね……」

 

「当たり前でしょう?私は大事な新人人形を1人で突っ込ませたりしないよ」

 

「さすが、だと言っておきますわ」

 

「お褒めに預かり光栄です、なんてね」

 

 アハハと陽気に笑ってみせる指揮官を、Karは見つめる。指揮官がどこまで見えているのか、すごく興味が湧いたのであった。

 


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