彼女はその一発で終わらせる【完結】   作:畑渚

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中編 彼女たちの約束

 

 カランカラン

 

 扉に備え付けられたベルが鳴る。Karが扉の方へと目を向けると、そこにいたのは指揮官だった。

 

「あれ?Karちゃんも朝ごはん?」

 

「おはようございます、指揮官さん。ちゃん付けはよしてくださる?」

 

「しょうがないじゃん、だってこんなにかわいいんだもの~」

 

 ムスッと膨れているKarの頬を、指揮官はぷにぷにと指でつつく。

 

「もう、指揮官さんったら」

 

「隣、座るね。春田さん、いつものお願い」

 

 しばらくすれば、指揮官の前には豪勢な朝食がならぶ。

 

「Karちゃんはそれだけ?」

 

「わたくしはそこまで栄養が必要でないもの」

 

「へえ~。私はこれくらい食べないと無理だなぁ」

 

 指揮官の前に並んでいる朝食はみるみるうちに無くなっていく。この基地ではいつも見られる、朝のカフェの光景である。

 

「それで、わたくしになにか用かしら?」

 

「うん?いや、何もないけど?」

 

「そう、それならわたくしはお先に失礼しますわ」

 

 そう言ってたちあがるKarの袖を、指揮官が掴んだ。

 

「まあまあ、そんな焦る用事もないでしょう?ゆっくりしていきなって」

 

 そういって指揮官はコーヒーを二杯注文する。スプリングフィールドが苦労してそろえた天然物のコーヒーだ。

 

 ミルで粉を挽き始めると、コーヒーの香りが辺りに充満する。化合物まみれのコーヒーとの大きな違いだ。

 

「Karちゃんはコーヒーは好き?」

 

「ええ、嫌いじゃありませんわ」

 

「なら奮発したかいがあった」

 

 そういいながら、指揮官は安心したかのようにニッコリと笑う。

 たかがコーヒーだが、現在はその価値は跳ね上がっている。いまや合成コーヒーが主流で、それこそ天然物を頼むのはなかなかの勇気が必要な値段になっているからだ。Karも、普段は天然物ではなく合成品を飲む程度だった。

 

 2人の前に置かれたコーヒーは、やけに透き通って見えた。一口飲めば、独特の酸味がスッと喉に通る。調整されていない苦味が、そのコーヒーの価値を示しているようだった。

 

「おいしい……」

 

「でしょう?私も久々だよ。やっぱりコーヒーは天然物に限るね」

 

「人間が好んで飲むのも納得ですわ。合成の物とここまで味に差がでるとは……」

 

「そりゃ、昔はコーヒー豆で商売が成り立ってたくらいだからね」

 

「興味が湧いてきましたわ、今度調べてみようかしら」

 

「私の部屋に何冊かそういう本があるよ」

 

 軽くそう言ったつもりだったが、意外なことにKarは指揮官に詰め寄った。

 

「そうなのですか?でしたら今度、伺わせていただけませんか?」

 

「えっ……うんいいけど」

 

「本当!?ありがとうございます、指揮官さん」

 

 Karは指揮官に笑いかける。指揮官はコーヒーを飲む手を止めて、少し顔を見開いてKarの方を見た。

 

「……ん?わたくしの顔になにか?」

 

「い、いや!なんでもないよ。ただかわいいなって」

 

「かわいいではなくもっと別の言葉で褒められませんの!?」

 

「いやぁ無理かな。だってこんなにかわいいもの」

 

 コーヒーを置いて頭をなでてくる指揮官に、Karは目で抗議する。

 

「ああもう、髪形が崩れてしまうでしょう?」

 

「あとで私がなおしてあげるから」

 

「結構ですわ」

 

 Karはきびすを返して帽子を頭にのせると、そのままカフェから出ていってしまった。

 

「あらら、振られちゃった」

 

 指揮官は席に座り直すと、コーヒーのおかわりを注文する。

 

「さすがに嫌われちゃったかな?」

 

 イタズラをした子供のように笑う指揮官に、スプリングフィールドは肩をすくめてみせた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「ねえごめんって」

 

「知りません!」

 

「ねえ、悪かったから、謝るからさ」

 

 手を合わせて頭を下げる指揮官に対して、Karは腕を組んであからさまに怒ってますアピールをする。

 

「なんでもするからさ!そ、そうだ明日は朝ごはん一緒のメニューを食べよう?お金は私が出すから!」

 

「そんなもので私が許すとでも思っているのですか!?」

 

「でもおいしいよ?」

 

「当たり前でしょう?スプリングフィールドさんのカフェですもの」

 

「まあ春田さんの料理でおいしくないものはないよねぇ」

 

 指揮官は食べたものを思い浮かべているのか、視線が斜め上を向いている。頬が緩みきっているのが、その味のなによりの証拠だ。

 

「で、どう?朝食一回分で妥協しない?」

 

「私がそんな安い女に見えますか?」

 

「じゃあ食後に天然物のコーヒーもつけるからさ!」

 

 この場を去ろうとしたKarの足が止まる。

 

「ダメ?ならバームクーヘンも追加で!」

 

 クルっと指揮官の方へと振り返る。

 

「今回はそれで許すことにします。次回はないですからね!」

 

「へっ、チョロいな」

 

「ん?なにか言いましたか、指揮官さん?」

 

「ううん、ナンデモナイヨー」

 

 わざとらしく目をそらす指揮官を見て、Karは大きくため息をついた。

 

「まあ、明日の朝に期待していますわ。それでは」

 

 マントを翻して廊下を歩いていくKarを、指揮官は笑顔で手を振りながら見送った。

 曲がり角を曲がって見えなくなったあと、ポケットから財布を取り出す。

 

「次の給料日までは節制生活かなぁ……」

 

 開いた財布をさっと閉じて、困ったように頬をかいた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「わたくしも出撃ですか?」

 

 宿舎から呼び戻されたKarは、少し困った顔をしていた。今日は出撃の予定はなかったはずであり、Karもその気でいた。少しくつろいでいたくらいだ。

 

 だと言うのに、目の前に立つ指揮官はゴメーンと手を合わせて平謝りしてきている。

 

「今日は出撃の予定はなかったはずでは?」

 

「急に欠員が出ちゃってさ?」

 

「突然ですか?」

 

「うん、ちょっと銃が暴発してね……」

 

「ま、まさか指揮官さんが壊したんですか?」

 

「え、えへへ……ちょっと弄ってたら……」

 

「もう!けがはありませんでしたか!?銃は危険ですから気をつけてとあれほど言ったでしょう!」

 

「ごめんごめん!ほら、この通りちょっとやけどしただけだよ」

 

 そう言って指揮官は指先を見せてくる。確かに赤くなっているが、数日ほど放っておけば治るくらいの軽度だった。

 

「……ちゃんと冷やしましたか?」

 

「うん、医務室に行って処置してもらったよ。ちょっとヒリヒリするけど、それだけ」

 

「ならいいのですけど」

 

 Karは目を手元の資料に戻す。普段の哨戒となんら変わらない内容である。頭に記憶しているものと照合しながら新しい情報をインプットし、資料を指揮官に返した。

 

「いつも通りの哨戒で構いませんのね?」

 

「うん、急で悪いけど頼んだよ」

 

「まったく、明日の朝ご飯だけでは気が済みませんわ」

 

「えーっとそれじゃあお昼も……」

 

「フフフ、冗談ですよ。明日の朝、楽しみにしていますね」

 

 指揮官は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたあと、フッと笑いかける。

 

「なんだ、Karちゃんも楽しみなんじゃん。かわいいなぁ」

 

「だからかわいいはというのはやめてください!」

 

「ああ、ごめん。さて、行ってらっしゃい」

 

「はぁ、帰ってきたら覚えておいてくださいよ」

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