「指揮官さん!状況は!?」
Karは瓦礫に身を隠しながらそう叫ぶ。
「Karちゃん!無事!?」
「このくらいで死んだりしませんわ!」
Karは急いで弾丸を取り出し、銃に込める。
「ダミーは3体……味方も行方不明ですか……」
「Karちゃん、いったい何があったの!?すごい音が聞こえたけど」
「ビルの崩壊ですわ。画像を送りましょうか?」
「いや、いいよ。すぐに支援部隊を送るからその場で待機していて」
「私もそうしたいのは山々なのですが……」
音を立ててボルトを戻し、弾を装填する。
「わたくし今、敵に囲まれていますの」
瓦礫から飛び出すと、ダミーを盾にしながら、確実に敵の頭を撃ち抜いていく。5発で5体を倒しきり、再び瓦礫へと身を隠す。
「……この通りに敵?ということは……さいあく」
「何がですか?」
「いや、Karちゃんは気にしないで。それより今は生き延びて」
「それはなかなかに難しいですわね」
Karはポケットに手をつっこみ、残りの弾薬を取り出す。銃に詰め込んだ後、最後に残った一発を口に咥える。
瓦礫に対する一斉斉射が鳴り止まぬうちに、飛び出す。弾が頭をかすめ、肩を貫き、足の関節を砕く。しかし、足を止めずに打ち返す。
一発の弾丸は敵のMFの頭蓋を粉砕する。ダミーをも纏めて行動不能にする。
一発の弾丸は敵の近くの車へと突き刺さる。ガソリンタンクを撃ち抜いたそれは、爆発を引き起こし、少ない数の鉄血兵が足止めをくらう。
一発の弾丸は二体の頭を撃ち抜いた。柔らかい部分をしっかりと貫通し、中身にも大きなダメージを与える。
一発は敵のコアを撃ち抜いた。コアを撃ち抜かれた人形は、引き金を引いたままの銃であたりの人形たちに損傷を与えながら、事切れた。
一発はKarからまっすぐと飛んでいく。そしてその弾は、敵の撃つ弾とぶつかってその軌道をそらす。その軌道がそれたおかげで、Karは致命傷をくらわずに済んだ。
「Karちゃん!あと1分30秒で到着するよ!」
Karは口に加えていたラスト一発を装填する。
「指揮官さん、いますぐその部隊を撤退させてくださいな」
「Karちゃん……?」
「この敵の数では無意味です。撤退させてください」
一度、銃撃が止む。先程まで騒がしかった戦場がまるで嘘のようだ。
「それじゃKarちゃんが!」
「わたくしはここで死んでもそっちで生き返れますわ」
「でも!バックアップは完璧じゃないんだよ!」
「たった数日分くらい、すぐに取り戻せますわ」
Karの足にコロンと何かがあたる。それが手榴弾であることがすぐにわかった。今はなき味方の置き土産だった。
「どうやら神様は私を見捨てていないみたいですね」
「待って!Karちゃん!」
「指揮官さん。明日の朝食、楽しみにしていますわ」
ダミーが指示通りに動き始める。
「待って!待ちなさい!Kar!」
「それでは、おやすみなさい。指揮官さん」
Karが前に踏み出すと同時に、敵の銃撃が再開する。ダミーに風穴を空けながら、Karは前へと進む。一体、また一体とダミーが倒れていく。残りの一体も盾としてすら使えないほど穴が開いても、Karは進み続ける。
「せめてこの一矢だけでも……!」
手に持った手榴弾を空に投げ、サイトを覗き込む。
ターンというKar98kの銃声は、手榴弾の爆発音がかき消してしまった。特注に強化されたそれは、勢いよく破片を撒き散らす。
破片は周囲の人形につきささり、決して浅くはない傷をつくる。
爆風でKarの帽子が後方へと吹き飛んだ。
「Karちゃん!いま爆発音が聞こえたけどどうしたの!」
「あら、指揮官さん。通信は切っておいたほうが良いと思いますよ」
「何を言って――」
指揮官の声は、銃声でかき消された。通信機には、銃声の他になにか鈍い音が混じっている。
それがKarの身体が弾丸に壊されていく音と気づいたのは、銃声が止んだ後だ。
「ねえ、Kar?返事をしてよ」
その声が戦場に届くことはない。指揮官の見ているモニターには、切断という二文字が表示されているだけだった。
=*=*=*=*=
「おはようございます、指揮官さん」
「おはよう、Karちゃん」
「はぁ、ちゃん付けはやめてくれませんか?」
「無理かなぁ」
そういうと指揮官はおもむろにKarに抱きつく。
「どうかしましたか」
「おかえり、Karちゃん」
「ただいまです、指揮官さん」
グリグリと頭を擦り付けてくる指揮官を、Karはそっと撫でる。
「どうやらわたくし、戦場で死んでしまったみたいですね。ご心配をおかけしました」
「心配どころじゃないよ……ごめん、私があのルートを指示しなかったら」
「それ以上は言わないでください。わたくしがもっと強ければよかっただけの話ですから」
「そんなことない!Karちゃんは……十分強かったよ。おかげで後方の部隊は無傷で帰れたんだよ?」
「そう……ですか。お役に立てたようで何よりですわ」
「……バカ」
弱々しく、Karの胸をたたいた。
「そうですね、よかったら朝食でも一緒にしませんか?スプリングフィールドさんのカフェに行きましょう」
Karはそう言ってなぐさめる。なぐさめようとした。指揮官がよくカフェに行っていることは覚えていたから、自然とそういう言葉が出た。
「そうか、覚えてないんだ……」
「ちょっと、指揮官さん!?」
指揮官はKarから離れると、そっとベッドへと戻る。その姿はどこか、病人のように見えた。
「いや、なんでもないよ。春田さんのカフェね。支度をしたらすぐに行くから先に行っててくれる?」
「わ、わかりましたわ。それではまたあとで」
そう言ってKarは指揮官の部屋から出る。しばらく扉の前に立っていれば、すすり泣く声が聞こえてきた。
「いったい何がありましたの……」
それを確かめる術を、Karは持っていない。バックアップをとっていない間の出来事を記憶することは、不可能だった。
=*=*=*=*=
「Karちゃんはいつも通りなんだね」
「戦術人形たるもの、時間は有意義に使いませんと」
そういいながら、Karはいつもどおりの少ない食事を済ませる。
「それではお先に失礼いたしますわ」
「まあ待ってよKarちゃん」
指揮官の制止に、今回は動きを止める。
「何か?」
「まさか、あの約束は忘れてないよね?」
「あの約束?」
「……私の部屋に来るんでしょう?」
「そ、そうでしたわ」
コーヒーカップで口元の隠れた指揮官に、Karはそう慌てて返す。
「いつ伺えばよろしいですか?」
「そうだな……じゃあ今夜で」
「わかりましたわ」
それだけ言うと、Karはカフェを出ていってしまった。指揮官はコーヒーカップを置き、席を立ち上がる。
「ごめん春田さん。残りは他の子に自由に食べさせておいて」
そのままカフェを出ようとする指揮官に、スプリングフィールドが慌てて近づき一束の花を渡す。
「これは……カモミール?ありがとう、春田さん」
少し指揮官の表情が和らいだのを見て、スプリングフィールドはほっとため息をついた。
=*=*=*=*=
「ようこそKarちゃん、私の部屋へ」
「指揮官さん、わたくし毎日起こしにここにきていますよ」
「あはは、そうだったね。まあまあ、さあ帽子とマントは脱いでさ、くつろいでよ」
といいつつも、狭い室内で座れるところなどベッドの上しかない。帽子とマントをハンガーにかけて、指揮官の隣へと座る。
「ねえ、緊張してる?」
「あの……?指揮官さん?」
「……じゃあまずは上から脱いで?」
そう言って指揮官はKarの腰に手をやる。抵抗をする間もなく、ベルトを取られた。
「し、指揮官さん?これが約束ですの?」
「……そうだよ?Karちゃんから言い出したんじゃん」
指揮官は少しムスっと怒るフリをしながら、ボタンに手をかける。
ここまでしても、Karは抵抗という抵抗を見せなかった。
「ねえ……どうして?」
「何がですの?」
「どうして、怒ってくれないの?どうして止めてくれないの?違う!って言ってくれないの?ねえ、戻ってよ……昨日のKarちゃんに戻ってよ……」
「指揮官さん……」
そのまま腰にしがみつくように、指揮官はKarに抱きつく。その目元が濡れていることは、見るまでもなく分かった。
「ごめんなさい。わたくしのせいですね」
指揮官はポコポコとKarの胸をたたく。そして嗚咽を隠すように、Karのおなかに顔をうずめる。
「昨日のわたくしが何を約束したか、教えてはくれませんか?」
指揮官は顔を隠したまま首を横にふる。
「まったく、手間のかかる人ですね」
Karはそっと頭を撫でる。いつもは手入れされている髪の毛も、元気がないように思えた。
しばらく、そのまま時間が流れた。
しばらく時が経つと、寝息が聞こえ始める。Karは指揮官をベッドに寝かせなおすと、ぐるりと部屋を見回す。本棚とベッドと、それからベッド横に小さい棚があるだけだった。
Karは本棚へと歩く。そこにはたくさんの種類の本が整頓されて並んでいた。その中でも、コーヒーについての本はKarの目を引いた。
「ん……Karちゃん……」
指揮官がそう寝言を漏らした。Karはベッドの方へと戻る。戻って気がつく。指揮官の側にいくと、その手になにかを握りしめてる。
それはボロボロになったKarの帽子だった。
ふと入り口へと振り返る。そこには、先程まで被っていた帽子がかかっている。つまりは、この帽子は昨日のKarが戦場で落としてきたもののはずだ。
枕元に座り込んで、その帽子に手を触れる。十字の飾りが、キラリと光った。
「ああ、そういうことですか」
Karは立ち上がって、指揮官の端末に手を伸ばす。
「おやすみなさい、指揮官さん。明日の朝食、楽しみにしていますわ」
立ち上がったカメラのアプリは、帽子を握りしめて寝る指揮官の寝顔をバッチリと捉えた。
後日談は、これを読んでくださったあなた自身でお考え下さい。