Fate/Grand Order たっちゃんがグランドオーダーに挑むようです   作:這い寄る影

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脳味噌が空揚げになっている。

いや、そう言うよりは、熱い油に漬けてそのままにし、油が冷めて、ねっとりした脂が脳のひだひだで固まったのだ。

それに、緑がかった紫色に閃く苦痛も添えられている。

ウィリアム・ギブスン「ニューロマンサー」より抜粋。



八節 「黄金牢Ⅱ」

森長可は人から外れている。

ああ、無論それは身体がと言う意味ではない。

心と精神性が外れていると言っても過言ではない。

故に生まれてこの方、心の奥底から悲しんだということが無かった。

白状すれば、本能寺で大殿たる信長が死亡したと聞いたときは怒りだけで悲しみはなかったかもしれない。

死ねば皆無価値だ。

そこから先に進むという事がないから。

ああ無論、他者が当人の意思を引き継ぎ先に進めるということを否定しているわけではないのだ。

だが、大義や意思の大きさに比例し、要求されるスペックが跳ね上がるのは道理。

古今東西、前王が有能でも後釜が暴君だったなんて話はごくありふれている。

そういった意味では、秀吉もそうだった。

途中でトチ狂い後継者争いをミスって天下を狸に取られる真似を許したのだからまさしく諸行無常。

そして信長のやりたかったことを狸が引き継いでやり遂げたのだから皮肉が効いているのもさもあらんというやつだ。

だからこそ、長可は自分は終わっていると思っているし。

織田も豊臣も徳川の世すら終わって薪木になって今があると思っている。

だからこそ結末を覆すなどと言う後悔塗れの念を持っていなかった。

即ち、いい意味で長可は無頼なのだ。

終わった物に頼らない縋らない割りきってしまう。

無論いくら良い意味でも普通の人間基準で言えば破綻している人間の思考だ。

だから戦場では鬼武蔵としておそれられた。

迷わない詫びない引かないという無慙無愧は戦場で殺戮機械として彼を稼働させたのだ最後の最後まで。

と言ってもこう思った事がないわけではない、人間になりたいと。

だから家族や部下の前では人間らしくあろうとした。

それで生まれてから人間としてどこぞの武将ほどではないしろ外れていた長可の最後はそういった意味では無残な物だったかもしれない。

だが後悔はなかった。全部全力でやった。やるべきことも妥協もだ。

だったらそこに後悔を持ち込むことなんてできないわけであり。

実際にないわけだった。

そんな人間が黄金牢に放り込まれるとどうなるかというと。

 

「ほら、飲め飲め、今日は無礼講である」

「大殿、さっきから飲み過ぎだって」

「わははは。これが飲まずにいられるか!!」

 

どこぞの大戦での大勝での評定である。

皆自由に飲んだり食ったりしている。

日頃のブラック勤務故か皆タガが外れていた。

ああ懐かしいなと長可は思いつつ酒を飲む。

もう彼自身、気づいていた。

何度も言う通り自分は終わったのだと彼は心の奥底から思っている。

それにいま仕えているのは大殿ではない、マスターである達哉だ。

故に彼は脱出の手段を模索していた。

一つ、脱出方法を考えた。

要はこの場の連中を皆殺しにすることである。

もっとも長可自身が速攻で内心否決した。

理由は単純で、この場に居るのは織田家の長可の父が抜けた後の全盛期の家臣団だ。

一人二人は取れるが、どうあがいても信長の首を取るのは不可能であるし。

勝家がタンク役にでもなって自分自身がボコられるのが関の山である。

それで退場なんてのは馬鹿が過ぎると言えるだろう。

致命傷を負って死亡でカルデアには戻れるだろうが。霊基修繕で三日は離脱すること確定だ。

そうなれば決戦自体が終わっている。

 

(つーてもこのままでも終わりそうだけどなぁ)

 

と言ってもどんどん、何かが揺らいでいるのは感じ取っていた。

黄金牢が揺らいでいるのだ。

オルガマリーは黄金期が無かったから即座に脱出できたわけだが。

長可の場合あると言えばある、こうして黄金牢が展開されているわけであるが。

本人割り切り過ぎて、展開された黄金牢が揺らいでいるのである。

どの様な甘さを突きつけようとも、終わってるだろうの精神だ。

黄金牢がズタボロなのである、この分で行けば一時間くらいで勝手に自壊するくらいにはぐらついていた。

と言っても一時間でも十分に拙い時間である。

現実は夢に微睡む長可を置いて走っていくのだから。

 

(こいつぁ感だが・・・誰か一人でも抜ければヨーイドンだ。下手すっともうおっぱじまっているかも知れねぇ)

 

黄金牢から誰か一人でも抜ければそこから戦端が開かれるだろうことは犇々と感で感じ取っていた。

達哉当たりならもうとっくに抜け出しているだろうと辺りを付ける。

実際にはオルガマリーが一番乗りでランボーやってる頃なんだが。

今の状況で外を確認する術はない為、気づけるわけもない。

 

「急がねぇとな」

 

兎にも角にも急がねぇと思いつつ。

全員が酔い始めたころを見張らかって宴会場から出る。

とりあえず出来ることはやってみようの精神だ。

城から出て安土領脱出を目指す。

その時だった。

 

「おい、長可よ。何処に行く気だ」

「ほんとーに、最悪だなおい、引き留める為なら何でもするってか? なぁおい」

 

長可は飽きれ半分、怒り半分の表情でソレを見た。

それは、長可の父「森長成」だったからである。

宇佐山城の戦いで討ち死にした自身の父だった。

浅井連合を食い止めるべく奮戦し遅滞戦闘に成功。

浅井連合は信長軍の背後を突くことが出来なかった結果を作り出した功労者でもある。

無論、この時間軸には居ない筈の人物であり。

長可を食い止める為に黄金牢が何とかひねり出した過去の残滓である。

 

「何を言っているのだ・・・、長可よ?」

「いや、こっちの話だ。俺はちょいと用事があるんでな。わりぃけどここを去らなければならん」

「何を言っている」

 

ラジオかよと内心長可は天を仰いだ。

長可の知る長成は気持ちを組んだうえでならなんだかんだ言って心情的尻を蹴り飛ばして送り出すというの。

此処まで察しの悪い人間ではないのだ。

自分の見てきた父の背中でさえこうも歪めて冒涜するのかと、長可は内心キレる寸前だった。

だが駄目だ。確実に脱出しなければならないというのが分かっている。

襖一つ向こうには何度も言う通り織田家臣団が全盛期で居るのだ。

何なら今なら途中脱落した連中も下手をしなくても混じっているかもしれない。

 

「やることがあるつーてんだよ、それは大殿の為にもなることなんだよ」

 

未来を紡ぐ、それは確かに信長が残そうとしたものを先につなげる行為であるし。

今を足掻いて生きようとしている子供たちを見捨てる気はさらさらないわけである。

故に未来を断絶する行いを認めるわけにもいかない。

だが状況は切羽詰まって来ていた。

どうあがいても逃がす気はないみたいだった。

 

「愚かなり、我が息子よ、今は此処にいある大殿の天下は此処にあるのだ」

「ねぇよ、全部終わって次につながった。俺たちはもう舞台を降りた。かりそめの客なんだよ。出来ることはそう、今を先に進めるだけさな」

 

長成が槍を構える。

長可も自分たちの時代は終わり既に先に進んでるがゆえに自分たちはかりそめの客なのだと言いつつ人間無骨を呼び出しかまえ。

 

「つぅーてもよ、勝てるわけねぇから、此処でサヨナラだ親父」

「なにをッ? 待て!! 長可!!」

 

長可は戦術的に徹底抗戦は避けた。

万が一、家臣団がサーヴァント補正を受けていれば勝ち目がない。

一人二人程度ならどうにかできるが、それ以上は何度も言う通り袋叩きにされかねないからだ。

柵を乗り越え屋根伝いを飛び下りるように移動する。

サーヴァントの身体補正は生きていることに、長可はほっとした。

生前の身体能力ではこのような義経めいたことなんぞできるわけもない。

 

「このまま全力疾走だな」

 

既に天守閣はパニックの様相を呈している。

森長可ご乱心と誰かが叫んでいるからだ。早急に阻止線が張られるだろう。

馬屋は抑えられていると見た方が良いか・・・

だが今はバーサーカーの身だ。ライダーやセイバーと違い。騎乗スキルがないので自力で走った方が早い。

そのまま身体能力に任せて。忍び顔負けの動きで安土城を脱出する。

10kmを大よそフルマラソンで走りきり。

ススキ野原にでて一息つく。

忌々しいまでに月が美しく上がる夜だった。

だが同時に背景に罅が入る。黄金牢が長可を引き留める手の品が切れたのだ。

 

「これで終わりってーわけにはいかねぇよな・・・なぁ親父」

 

だが最後の足掻きとして長成が目の前にいた。

彼は愛槍を握っているどうあがいても逃がす気はないらしい。

 

「長可よ「うるせぇ!! 死ねェ!!」」

 

口上を垂れる長成に対し長可は躊躇なく、人間無骨の真名を解放し一突き。

長成は持っていた槍で人間無骨を弾く。

長可の表情は狂気に揺らいでいた。

 

「俺もアンタも死人なんだよォ、それを今更出て来てウダウダと、アイツらの邪魔するなら、邪魔だから死んどけやぁ!!」

 

そう叫ぶと同時に、バキリと音がした。

さぁてこれから親父殿と殺し合いと思っていた長可の意識が浮上する。

理由は単純で長可の良くも悪くも割り切の良さゆえに黄金牢が番人を出すまでもなく。

輪郭を維持できないのだ。

世界が砕ける、そして漆黒の黒が長可の視界に広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クーフーリンの青春・・・青春と言うより凄春と言えるほど血なまぐさいものである。

それくらいスカサハのしごきは厳しかったし、影の国の魔物は手ごわかったと言える。

それでも皆で馬鹿をやったり、時には真面目にルーン学の勉強にも励んだ。

スカサハに悪口言っては追っ掛け回され。

罰として魔物狩りだ。

ああ、なんと輝かしきかな我が凄春と言った風情である。

 

「ああとっくに終わっていたのか」

 

クーフーリンはベットの上で納得していた。

心のどこかで思っていたのだ。もう終わっているのだと。

青春もなにもかも終わっているのだと現実を突きつけられていた。

オルガマリーの令呪が届いたのである。

最初から違和感は感じ取っていた。

何処かでもうその時代は過ぎているのだと思っていた。

だが抜け出せなかった。

スカサハに対する慙愧、息子に対する慙愧があった故にだ。

影の無い人間なんかいない、そうパオフゥは達哉の記憶の中で言っていたではないかと。

自分は大丈夫とどこか高をくくっていた。なんて無様だ。

下手すればオルガマリーの令呪が無ければどっぷりだったであろう。

危ない所だった。

だとすれば。兎にも角にも脱出せねばと心を決める。

どうやってと言う事が付きまとう。

息子は未だ生まれていない、時期的にはオイフェが攻めてくる前だからだ。

かと言って油断はできない。下手すりゃと言う奴で用心に越したことはないのだ。

覚悟は決めていた。たとえコンラが出てこようとも殺す覚悟をだ。

令呪が効いているということは。達哉たちは既に脱出済みで既に戦闘に入っている。

死人が死人に引き摺られて生者の足を引っ張りましたなんて話はケルトの戦士として恥も良い所だ。

座にいるかつての同胞たちにぶん殴られるだろうと思いながら。愛槍を呼び出す。

いわば思い出にケリを付けようという奴である。

目指すはスカサハの居る玉座だ。

最悪、親友や叔父も殺すことを視野に入れていたが。

城事態は不気味に沈黙している。

覚悟を決めた瞬間、無人の廃墟となったかのように。

だが油断はできない。

慎重に歩みを進めながら。目指すは玉座だ。

 

「俺の最大の後悔って言えば。やっぱこれしかねぇか」

 

玉座の間はなんというか、やはりというか彼女が待っていた。

だが既に臨戦態勢だった。

もう抜け出す覚悟はしているがゆえだ。

クーフーリンの中の記憶のスカサハが最後の防衛機構として出てくるのは当然と言えよう。

現にアルスターサイクル最強の戦士であるクーフーリンを止められるのは、彼の息子のコンラか。

師匠のスカサハくらいなものである。

なら勝てるだろう?と言われればそうでもない。

サーヴァントとは所詮、座からのデットコピー体だ。

近代英霊は物理法則の現実を生きていたゆえに、身体能力の件では神話英雄に劣るが話が盛られて生前より上に召喚される場合がある。

逆に物理法則よりも神秘法則下で育った神代の英霊だと強力になり過ぎて座の本体よりも弱くなる傾向にある。

クーフーリンもその例外ではない。

剣も城も戦車もないし身体能力に至っては生前の方が上だ。

故に、過去の残影を完全再現したスカサハに勝てるかと聞かれれば疑問符が付くのも道理と言えよう。

座の本体であればしばき倒せるが。サーヴァント体では聊か不安が過る。

勝てるか? 勝つしかしねぇだろとクーフーリンは意を決する。

何もここまで来るまでクーフーリンも惰眠を貪っていた訳ではない。

達哉やマシュ、オルガマリーの教導のついでに彼もまた宗矩や書文から体さばきと足運びを盗み出し。

アマネにCQCを教えてもらったのだ。

座に帰ればこれら身に着けた技術は記録になり下がる物の。

今回の現界の身であれば技量に関しては生前より上になっている。

されど下がった身体能力が足を引っ張る。だが無いものは無いのだ。

持っている手札でどうにかしなければならない。

 

「やっと来てくれたか、セタンタよ」

「今はクーフーリンだ。師匠。わりぃが、ちゃっちゃとどいてくれ。」

「相変わらず釣れぬな」

「優先事項があんだよ」

 

覚悟は決まっている、ならばあとは問答無用だ。

所詮は自分の記憶の産物。

そんなものにくれてやる感傷などクーフーリンは持ち合わせていない。

記憶の整理整頓ついでの掃除でしかない。

問題は他の連中だが先ほども言った通り余裕はこれっぽっちもないのだ。

タンと音を立てて瞬時にスカサハが鮭飛びの要領で瞬時に間合いを詰める。

一種の足運びの技巧だが、言っては何だが宗矩の縮地の技法よりはマシだ。

無論間合いの関係があり、一概にどちらが優れているかを論ずることはできない。

あえて言うなら肉体の資質に左右され現代では習得不可能な鮭飛びのほうが優れていないと言えるかもしれない。

縮地は瞬間移動に見えて実際には相手の視界を奪う業だ鍛えれば神話だろうが現代だろうが出来るのである。

現に、アマネも視界を奪う縮地は身に着けている。

宗矩も書文も称賛する女傑であるが、閑話休題。

間合いが最適化される。

スカサハの槍にも朱色の魔力光が漂っている。

この勝負はいつどこで、ゲイボルグをねじ込むかが肝になり。

そのための間合い取りと牽制が肝になる。

そしてスカサハの視界からクーフーリンが消え失せた。

厳密には消えていない。体運びと足運びで死角に潜り込むのだ。

これが元来の縮地と言う技である。

真正面からの不意打ちを可能とする魔技に近い技だ。

偏に魔技と評されないのは技術体系化されて練習すれば誰でも覚えられる技である。

カルデアマスターズとマシュも日々の鍛錬によって習得しつつある。

因みにクーフーリンは見て覚えた。さすがはアルスターサイクル最強の英雄である。

日本サーヴァント勢が怪物と呼ぶのも納得の才気であり。

さらに鮭飛びと組み合わせて瞬時に間合いを詰める。

間合いは内に内に。

近すぎるがゆえに逆に槍の間合いではない間合い。

槍での連続突きで引きはがされる前に懐に潜り込んだ。

この間合いならゲイボルグの因果接続は成り立たない。

同時にクーフーリンはゲイボルグを手放していた。

スカサハも対応しようとする物の、もう遅い。

先手はクーフーリンが取ったのだ。左手、打掌でスカサハの額を撃つと同時に。

顎には右手によるフックを0.1秒差の瞬間的に敵に多段ヒットさせる。

互いに間合いを詰めてていたがゆえに足が前に行っていたスカサハは頭部を中心に後ろへの倒れる力が働いたことによって。

そのまま縦回転でもしたかのように床に張り倒される。

加えて頭部と顎を撃たれたことによって瞬間的に意識が白濁。受け身すら取らせなかった。

アマネ直伝のCQCである。

本来なら、腕絡みからの武器の取り上げや、宗矩から習った柔も絡めたかったが。

スカサハが握る槍もゲイボルグである。

取り上げたところで持ち主の手元に戻る為無駄になるので今回はCQCによる基本形の相応の間合いにおける張り倒しと言う形になった。

それでは終わらないのはクーフーリンである、長可から習った組手甲冑術へと移行。

これだけ脳を揺らしたのだ。如何に不老不死と言えど脳にこうも衝撃を上手く伝えられてはスカサハとてバランス感覚が歪む。

加えて体の経験測に任せて脱出を図ろうにもCQCと組手甲冑術は未知の技術。

即座に脱出と言うのは不可能な話だった。

その隙を突いて。元来ならば小太刀やナイフが望ましい物のそんなもの手元には無い。

故にゲイボルクを一度手元に戻し、柄を短く握って即座に三連打。

頭部、咽、心臓を貫く。

スカサハは不老不死ではあるが、殺して死なないというわけではない。

故に致命傷だ。

と言うかオーヴァーキルに入っているが一応、念のためと言う奴である。

 

「はぁ・・・」

 

スカサハの息の根が止まったのを確認し。クーフーリンは立ち上がる。

こんな形で決着付けたくはなかった。やるなら本物と言うのが彼の心の影である。

槍を一回転してスカサハの死体から離れ。

さて次は何だと身構える。

 

「さて、次は誰だ? コンラか? オジキか? メイヴか? 出てくるんならちゃっちゃとしろ」

 

未だ黄金牢の崩壊は起こらず。

次は息子か叔父かかつての宿敵かどれかと身構える。

が違う。

クーフーリンは頭からすっかりすっぽ抜けていたことがあった。

スカサハの魂は腐り肉体面にも影響が出ているという事を、四六時中人間体を保っていた故か。

彼女の本性を忘れていた。

嫌な予感が走り、後ろを振り返る。

 

「やべ・・・忘れてたわ」

 

そういって振り返ってみれば。スカサハが立ち上がっていた。

傷口から真紅の茨が漏れ出し背中からも同様に翼のように茨が広がる。

両手にはゲイボルグ。

眼は虚ろでクーフーリンを見ていない。

怪物としての彼女の方。数多くのモノを殺し切ったがゆえに怪物に成り果てた彼女の内面が具象化する。

 

神喰らいのスカサハ、顕現

 

これにはクーフーリンも堪った物ではなかった。

体内から生え伸びる茨が鎧となる。

両手に持つゲイボルグも連動しより禍々しき姿へと変貌し。さらに背後に無数のゲイボルグが出現し変形。

グリードの外骨格の形を取り戻し茨と結合、彼女の鎧具足となり。

両目からは炎のように真紅の眼光が揺らいでいる。

人の形を取った龍、神獣、鬼神、戦女神と言わんばかりの姿だ。醜くとも悍ましく美しい姿である。

 

「わりぃ達哉、オルガマリー、マシュ」

 

クーフーリンは自身の主人たちへの詫びを口にする。

本来なら無傷で出たかった。

故に先ほどの初見殺しを躊躇なく行った。

元来であれば自分がスカサハから習った技術で殺してやりたいのが本心だったが。

今は優先すべきこともあるし、目の前のスカサハはクーフーリンと黄金牢が生み出した過去の残影だからだ。

それで終わると思っていったが。

まさか第二形態まで出してくるとはクーフーリンも思わなんだという奴である。

状況は悪化した。

 

「無傷は無理そうだわな」

 

勝てると問われれば勝てると言いたいところだが。

実際に確率は五分五分を切る。

夢で負った傷が現実でも適用されないことを祈りつつ。

何時ものように槍を構える。ここからはカルデアに来てからの技術は通用しない。

此処からは大物狩りの技術がモノ言うだろうからだ。

どちらかと言えば達哉やシグルドの技術の方が有効的であろう。

故にクーフーリンが身を預けるとすれば自分が生前培った技術のみとなる。

クーフーリンは槍を構えて真直ぐ突進。

茨が無数に走る。

それを寸断する、あるいは引きちぎる様に振るいながら間合いを詰める。

さらに呪い除けのルーンを多重展開。

これでゲイボルグによる心臓狙いを封殺しにかかる。

触手のように蠢く四本のゲイボルグ。

空中に展開されたゲイボルグの因果逆転の呪いを捻じ曲げる。

ゲイボルグの対人仕様の一撃はあくまでも権能一歩手前の呪いの様なものだ。

呪いの部分は故に原初のルーンの組み合わせによる呪い除けでどうにかできる。

もっとも物理的に殺到するゲイボルグは自力でどうにかしなければならない。

であるならと、雷のルーンと探知のルーンを組み合わせて刻み込み電磁波を掃射。

無論相手への妨害ではなく、攻撃を察知、知覚するためのレーダー波として使ったのだ。

これは生前ではなく現代に来てから開拓した新技術だ。

本当に技と技を組み合わせ新しい技術を仕立て上げるアマネの思考にはクーフーリンも舌を巻く。

古代に生まれていればアマネは英雄になれただろう。

閑話休題

そんなことも相まって、ルーンの新しい使い方や技術系を使って単純に最短ルートで殴りに行く。

迫りくるゲイボルグの原器の群れと茨の鎖をクーフーリンは己が愛槍と四肢で効率よく弾きながら流星の如く真直ぐ突っ込む。

刹那の攻防、約100手。

それが瞬時に行われ。同時に激突音が機関銃の砲撃の如く響き渡り、クーフーリンが殺到する攻撃を足代わりに宙を行く。

 

(取った!!)

 

その槍衾を潜り抜け、スカサハの頭上を飛び越えて背後を取ると同時に彼女の後頭部に穂先を差し込むと同時に真名を解放。

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルク)

 

因果逆転。必殺の呪槍が駆動。

差し込まれた傷口から心臓を目指し槍が生物のように蠢いて目指すものの。

それがレジストされた。ジャンヌ・オルタと同じ原理である。

膨大な魔力と呪詛喰らいの機能。呪い除けのルーンによって無効となった。

ゲイボルグの呪いで本来なら癒えぬ筈の傷も魔力量に物言わせて強引に治癒。

ギョロリとスカサハの視界が動き。

 

「まっ」

 

拙いという間も無く、鞭のようにしなったスカサハの無数のゲイボルグと茨がクーフーリンを打ち据える。

都合10m後退させられた。

と同時に攻撃の直撃を受け宙に投げ出され、地面に着地するというより叩きつけられるまでの、

数瞬にも満たぬ間に、数十連撃。

クーフーリンが地面に叩きつけられつつ受け身を取って何とか着地し。

クーフーリンとスカサハの間にクーフーリンの血液がぶち撒けられる。

 

「ッッ」

 

治療ルーンがフル稼働、戦闘続行スキルによる意識の強制覚醒と維持。さらにはガッツ礼装も起動している。

無論、鞭のようにしなる攻撃ばかりではなく。

刺殺を目的とした攻撃もあったがそれは何とか回避し。鞭の様な攻撃も受ける際に急所をずらして致命傷は回避したが。

それでもなお瀕死状態だ。

先も述べた通り治癒のルーン 戦闘続行スキル ガッツ礼装が無ければクーフーリンは死んでいた。

それでも血達磨にされるという凄惨な光景である。

これらの装備やスキルがない場合、神話トップ英霊でさえ殺し切る怪物。

それが今のスカサハなのだ。

 

「ガハッ」

 

意識は既に刈り取られた。だがまだ彼の意識は呆然としながらも上記の理由で駆動し続け。

クーフーリンが血反吐を吐く。

もう上半身の革鎧は機能していない。

文字通りの肉袋だ。

それでも戦える。

ならば、あの化け物を一撃で仕留める方法は――――――――ある。

 

即ち抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク)

今の今までカルデアのメイン火力を担ってきたクーフーリン渾身の投擲。

だがあくまでも、使用はカルデア式魔力供給および達哉やマリーアントワネットが有する超高性能治癒スキルがあったからこそ使用できるものだ。

それが無ければ、自壊して退場する恐れがあった。

あくまでもカルデアの豊富な支援手段があったからこそ、ランサークラスでの使用も可能だが。

死に掛けのこの状態で使えば自爆になる可能性が大である。

間違いなく瀕死状態になるのは確定だ。

 

(こんなことならッッ、最初から使っておけばよかったぜ、くそ、おれも鈍ったな。宗矩の爺さんや書文の奴にダメ出し喰らっちまう)

 

早々に使っておけばこんなことには無かった。

だが直進すれば危険、迂回すれば安全かも知れないという二択を人が迫られれば人は大概後者を選択する物だ。

されどうなろうが危険な状況になっていれば前者を選択すればよかったと後悔するのもまた人の在り様だろう。

ともすれば、あとはどうするか?

四方八方塞がれて、何もできない状況。

一応の切り札はある。ともすれば賭けるほかないだろう。

よろよろと立ち上がりながらも足並みはしっかりと。

構えるは一撃決殺の構え。

スカサハもそれに答えるべく構えを取る。

 

抉り穿つ(ゲイ)

 

時間はない、押問答している暇なんぞない。

なけなしの幸運Eに祈りながら。

 

鏖殺の槍ゥ(ボルク)!!!」

 

スカサハはゲイボルグと茨を殺到させ。

クーフーリンは自壊を厭わぬ大投擲を行う。

閃光の如く走るゲイボルグは多重展開されたスカサハのゲイボルグや茨を引きちぎりながらも勢いを衰えさせず炸裂。

まだ終わらないとばかりに、スカサハは外骨格を膨張させ防御を試みる物の。

 

「――――――――」

 

それに接触、一瞬、抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク)が停止する物の。

そこまでだった。

威力は減衰したが、主神のオリジナルの投擲すら上回るとエミヤが評した投擲に嘘はなく。

一旦停止した物の、外骨格を貫通せんと槍自体は前進を続け、スカサハの外骨格を粉砕。

そんな中、スカサハが一瞬だけ微笑んで。

槍が炸裂し衝撃波を発生させ。スカサハのみならず、彼女を主点として後方の建造物を消し飛ばし炸裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザシュリと音が立つ

既に数十体は切り殺した。

達哉は駆け抜けながら、シャドウを切り殺す。

主体は剣術。ペルソナは補助だ。

長可は脱出したとの報告が上がり達哉の元にシャドウを無視しつつ駆け付けてくれる予定だった。

ロムルスとカルデアの管制もフル稼働中である、

合流まで1分を切った。

だが問題は殺傷による人理定礎の悪化である。

片端からシャドウを殺せば崩壊へと天秤は傾いてく。

かと言って時間は掛けられない、いまだに樹内部の概念力と言うべきものは増大しており。

足元を濡らすタールの量も増えつつある。

このまま悠長に時間を食っていると。今度は樹自体の維持が不可能となり、特異点が大崩壊を起こし。

概念の津波が地球を覆う。

故に取捨選択をしなければならない、殺すべき時は殺し殺さないときは殺さないという選択だ。

達哉も出来うる限り殺さずに来たが。

ここに来て囲まれ突破口を開くために殺すことを選んだ。

足元を漬すタールから討伐したシャドウの思念が流れ込んできて精神を蝕む。

頭が痛い。

心は悲鳴を上げている。

分からないから殺しやすいだけで。分かってしまえば殺しの手が鈍る。

故にここは無視するか己の傲慢さで踏みつぶすのが正解なのだが。

凡人の達哉にはそれが出来ない。

故に技も鈍ろうと言う物である.

 

「くそ!!」

 

そう言いながら悪態をつきつつ刀を振るっている

それでもシャドウの群れは増大の一歩だ。

こうなれば一度ペルソナの高火力で薙ぎ払うしかないと思った時。

ガボという音と共に達哉が遮蔽物に使っていた棺桶の蓋が開く。

 

「クーフーリンさん!?」

 

そして中から出てきたのはクーフーリンだった。

全身から血を流し上半身の革鎧は機能していない。

 

「くそ!!」

 

再度悪態を付きつつ、アポロを召喚。

マハラギダインで周囲を薙ぎ払い。クーフーリンの後ろ襟首を掴んで引っ張り、

棺桶を遮蔽物にするべくその後ろに潜り込む。

懐から気付け用の薬、いわば即効性のモルヒネを取り出しクーフーリンの首筋に打ち込む。

うっとうめき声を上げてクーフーリンの意識が覚醒する。

 

「出れたのか・・・? 達哉か・・・現状は、ゲホゲホ」

「喋らないで!! ああっ糞!!」

 

意識が戻っても傷までは癒えていない。

スカサハから受けた攻撃と抉り穿つ鏖殺の槍《ゲイ・ボルク》の反動で全身が無茶苦茶だ。

具体的にはマシュがジャンヌ・オルタに蹴られ内臓破裂した時よりひどい。

生きている方が不思議と言うレベルだ。

これまでの傷ならリカームにプラスしてメディラハンでも完全治癒まで数秒メディラハンを維持しなければならない

それでも治療用のアムルタートにペルソナを切り替え、リカームからのメディラハンでクーフーリンを治癒する。

その時である

 

『戦士よ!! 高速でそっちに敵影が接近、10時方向数3!!』

 

ロムルスからのナビゲートが飛んでくる。

だが高速で移動しているというのは間違いないらしく。

既に達哉に接敵、治療に集中しているのが仇となり、加えて先程までの精神攻撃と負荷によって迎撃に精彩を掻く羽目になる。

加えてクーフーリンが致命傷だ。治療中にそもアポロに切り替えるのは不可能。

さらには此処で迎え撃たなければクーフーリンが仕留められる。

最悪、自分が怪我をする前提で迎撃策をくみ上げ覚悟を決めた時である。

殺到する巨漢のシャドウの後方の建物の屋上から。

 

「イィィィヤァァアアアアアアアア!!」

 

雄たけびと共に全力疾走しながら屋上伝いを飛ぶように達哉に合流せんとしていた長可が間に合ったのだ。

彼は人間無骨を振り下ろすと同時に、一体の巨漢のシャドウを仕留めながら。

人間無骨を一文字に振るって二体のシャドウを吹き飛ばす。

 

「間に合ったようだなぁ! マスター!!」

「ああ助かったよ」

「ところで、他の連中はどうした?」

「俺、所長 クーフーリンに森さん以外はまだ・・・」

「・・・そっか、クーフーリンがそんな様になるような防衛機構も程度の差はあれどあるし、誰もかれも過去は上手い事切り離せないわな」

 

長可は仕方がないことだと言いつつどこか不機嫌だった。

サーヴァントである以上、優先すべきはマスターであり。マスターをほっといて夢に浸っているのは彼の不義理ポイントにあたる。

と言っても誰もかれもが過去を思いっきり振り切れるというのも疑問なので。思いっきり怒りはしなかったが。

不快感が表情に出ていた。

それを見た達哉は令呪まで切っていますというのは言わない方がいいだろうと思った。

それこそ令呪きってまで呼び出しているのに目覚めないつぅーのはどういうことだと、長可の場合切れかねないからである。

 

「ところで、クーフーリン大丈夫か? 俺から見てもやばそーだけど」

 

そして長可から見てもクーフーリンは戦線に出れるほど健康状態ではないのは見て取れた。

傷が逆再生するようにメディラハンで治っていく物の。

本当に大丈夫なのかと心配になるのは当たりまえと言えよう。

 

「抜かせよ若造、この程度でどうにかなる俺じゃねぇよ、傷も回復しているしな」

 

それに心外であるとクーフーリンは言いつつも大人しく達哉の治療を受けながら言う。

コノートの戦争、罠に嵌められても最後まで単騎で戦い抜き、自分の臓物を洗って再度腹に収めて縄で石柱に己を縛り付け最後まで立って戦ったのだ。

傷も癒えつつある今は生前より遥か楽な環境であると啖呵を切る

それもそうかと長可は納得しつつ謝罪を一つ言って、接近してくるシャドウを切り払っていく。

 

「よし、これで動けるな」

「ああ、すまねぇ達哉、それで状況は?」

「所長が中央で自分自身のシャドウと遅滞戦闘中だ。急いで向かわないと拙いかもしれない」

「マジか、なら急がねぇとな」

「最短距離を共有する、殺しも拙いんだ。ロムルス曰く危険領域の10分の4を切った」

「そりゃ拙いな・・・」

 

殺しも拙い事を知って、クーフーリンは顔を歪める。

 

「中央はシャドウはどうなんだ?」

「所長のシャドウ以外はいないらしい」

「・・・なら向かうっきゃねぇな!! 建物の屋上は数も少ねぇ、建物の上をダッシュでそれでいいな!!」

 

長可の問いに達哉はそう答え。

なら中央に向かうしかないと長可が叫び決断する

建物の屋上伝いを行けば少ない。

故にそれでいいかと問い、達哉もそれを了承し。

三人は建物の屋上伝いを走る事にして、場から離れ。

屋上伝いを走る、ものの今度は飛行可能なシャドウが待っていましたとばかりに殺到し出す。

 

「さっきは来なかったのによぉ!!」

 

長可はそう叫びつつ、三人は足を止めずとりあえずできうる限り無視しながら中央に向かう。

有効手段が出来れば引っ込めていた手段でニャルラトホテプは嘲笑いながらそれを潰しにかかってきていた。

そしてまだ目覚めぬ者は目覚められず、状況は悪化していく。

 

 

獣の目覚めも刻一刻と近づきつつあった。

 

 




先頭描写が多すぎた件について、自壊からはねっとりと精神的にやっていきたい。


安心と信頼の森くんですた。
だって森くん割り切り過ぎて、ノッブが敵側に出て来ても普通にマスターの方を優先する人ですからね。
自分たちは終わったかりそめの客ってことを自覚し。
生前、やれることはやったので今更黄金期を見せられても動じないというね。



兄貴はまぁ師匠関連で振り切れなかった。
というわけで師匠(偽)の登場。
実力は過去のスカサハです。
と言っても宗矩やら書文やらカルデアマスターズとの共闘、アマラ回廊マラソンで技術レベルアップして、アマネからCQC 宗矩&森くんから組手甲冑術学んで、ちゃっかり宗矩やら書文の技を盗んだ兄貴であればサーヴァント体というハンデがあっても圧倒可能です。
ぶっちゃけ初見殺しを多重展開ですからね

宗矩「まこと才気の暴力ってやつですな」
兄貴「それを初見で見破って捻じ伏せてくる東方系鯖がいうな」
アマネ「どっちもどっちだろJK」
達哉&所長&マシュ「お前らが言うな」

スカサハ第二形態
クリードコヘイン装備+茨アンデルセンと言った感じのい師匠です。
公式で師匠第二形態って出るんですかね? 臨場感を出すために本作では出しましたがどうなることやら(ガクブル)
宗矩さんには縮地スキルは搭載されていませんが生前身に着けた技術としての縮地なら使えますんでA++の機敏さも合わさってスキル縮地と大して変わんなかったり。

と言う分けで回想回と言う名の地獄は続くよ何処までも。
一応、次あたりで回想キンクリして出てこれるのは書文とアレキサンダーくらいな物なんですよね。
書文は悔いがなさそうだし、アレキサンダーはそもイスカンダル状態じゃないから黄金牢が意味をなさないというね。
逆にエルメロイ二世は拙いかもしれません。
まぁどうなるかは、作者のノリとニャルのニャル具合によりますのであしからず。
案外あっさり脱出させるかもしれないし、全方位敵にするかもしれません。
まぁまだ書いてないからどうなるかは決めてませんけど。
まだ迷っている段階です。


それでなんですが。次話を途中まで書いて、25日から3月終わりまでエルデンリングと就活にモチベーションの回復集中したいので。その期間は休載させてもらいます。
身勝手な理由で申し訳ありませんが。ご了承ください。

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