Fate/Grand Order たっちゃんがグランドオーダーに挑むようです   作:這い寄る影

53 / 82
とにかく、始める事が行動の原動力であり、始めさえすれば、それだけで行動の半分を達成したことになると思うの。

ホイットニーヒューストン


十節 「黄金牢Ⅳ」

孔明は目を覚まして、驚愕した。

それもそうだろう。姿が若いころの自分そのまんまだからだ。

カレンダーを見れば、自分が参加していた聖杯戦争開始からキャスターのやらかしを調査しているころだった。

何でこんなことにと孔明は思いつつ、ふと思い当たる。

カルデアの言いようだと、ローマ市民は棺桶に閉じ込められ表を代行しているのがシャドウというものであると。

とするなら棺桶で見せられているというのは自分にとっての最盛期の都合のいい夢であるということを導き出すのは簡単な話だった。

だが他が強烈な洗脳じみた行為を受けているのに自覚が早かったのには理由がある。

孔明ことウェイバーベルベットあるいはロードエルメロイ二世はまだオケアノスの果てを目指している真っただ中であるのだ。

年は食ったが夢を目指す少年とある意味大差がない。

つまり壁に挑んでいる最中であり黄金牢とかいう都合のいいものに縋っている余裕はないのだ。

ライダーは去った。と言う自覚はあるし彼の臣下としてきちんとした振る舞いをしなければないと思っているからである。

とういうか、夢の為に焼却側に加担したことにエリザベートにカルデアが来るまでに指摘され塩対応された挙句、罰として職務を押し付けられ都合のいい物に縋っていたことを自覚した事と。

孔明という憑依サーヴァント状態で黄金牢が上手く機能せず

黄金牢の再洗脳が果たされなかったのが吉と出たのである。

それらをもって、此処は幻想だと孔明の思考は行きついた。

 

「と言ってもどうすればいいのだ・・・」

 

孔明の力ではどうしようもない。

寧ろ若干の制限が掛かっている節がある。

ループ空間を抜けるには自分では力不足感が否めない。

ガーゴと欠伸を上げて寝るイスカンダルをしり目に孔明は頭を抱えた。

どう選択すればいい、矮小の身でだ。

 

「・・・とにかく一周してみるか」

 

兎に角検証は必要である。この聖杯戦争を同じように回す。

そのうちで検証し突破口を見つけるのだ。

何時だってそうやってきた。時間をかけロジックを見極め理論で解体し事件を乗り越えてきたのだ。

故にとりあえずは一周だ。

結末を変えるような真似はしない。だってこれが自分の夢の始まりなのだから。

それを歪めてしまえば自分が自分でなくなってしまう。

故にあの頃のように多少無能な自分を演じることにしたのだ。

だから・・・

 

 

「やはりか」

 

兵共が夢のあと。

固有結界は粉砕された。

原初の地獄という世界を掘削する剣に固有結界は粉砕され。

最後に残ったライダーがアーチャーに突貫し止めを刺される。

いつかの光景、されど自分が誇るべき光景だ。

同時に終わって。少年が青年へと成長し夢を得た切っ掛けでもある。

後悔はあるが、されど悔いはないのだ。

 

「雑種、貴様は力があるというのになぜ使わなかった?」

 

幻想の英雄王が言う、なるほど彼が言いそうなものだ。

これまでに自分が経験したことと乖離が起きているのは明白だった。

何も感も都合のいい事が起きまくった。

そうなればなるほど、ライダーは勝てたというくらいに。

その都度に孔明はかつてのようになるように修正し誘導したのだ。

彼は黄金牢のロジックを完全に理解したがゆえにあえてこうしたのだ。

この空間は後悔や慙愧の類を媒介に都合のいい夢を仮想現実として見せつけ体験させ絡めとる牢獄であると。

故に自分が経験した現実をなぞる様に動くことによって。破綻を狙ったわけである。

 

「確かに私は、かつての私とは違う。だがそれを使って勝利するなど言語道断だ」

「ほう?」

「貴方に勝つときにはライダーと共にウェイバー・ベルベットとして挑みたいのだ。それが夢なんだ。今度こそ、純然たる私が我が王に英雄王に勝利を齎せたいのだよ。孔明という振って沸いた力を使わずとも、私は私として積み上げたものとライダーとで貴方という偉大な王に挑戦したいのだ。」

 

故に今回の勝負で決着をつけるのはナンセンスだった。

自分自身の積み上げたもので挑みたいのが本心だからだ。そこに嘘はない。

 

「だから今はその時ではないし、都合のいい夢に任せている暇はないのだ」

 

だからこそ今はその時ではないのは明らかである。

まだ走っている途中なのだから。

 

「だからまだ。貴方に挑む時ではない。だが今度、対峙したのなら今度こそ乗り越えて見せる」

 

今度こそ乗り越えてやるとウェイバー・ベルベットとして啖呵を切った。

当然、ギルガメッシュの人となりもあの戦争を通して知っている。

故に、ギルガメッシュは剣を降ろす。

それと同時に、黄金牢が崩壊した。

痕は無言のまま、ギルガメッシュは立ち尽くし、ウェイバーは走った。

夢から覚める為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことだ・・・」

 

声は若き日の己、口調は守護者となっての物。

ふらりと布団から立ち上がって鏡を見る。

そこにあったのは若き日の己の姿だった。

 

「何があったというのだ・・・」

 

訳が分からない。

ローマ市に突入と同時にスモッグとタールの津波に襲われ。

気付けばこんなことになっていた。

つまりエミヤは衛宮士郎として目を覚ました。

まるで守護者時代とそれに至る過程が夢のように思えてくる。

自分はまだ正義の味方にならず冬木市の一市民として将来は消防士か救命隊員になろうとしていたころに、

姿形が戻っていた。

さらに言えば記憶がグチャグチャだ。

故に達哉たちとの出会いが守護者としての記憶は夢だったように感じる。

それは衛宮士郎ではなくエミヤシロウとして経験した繰り返される四日間事件を彷彿とさせる。

 

「だとするならば・・・」

 

それが良い方向に働いた。エミヤシロウは黄金牢と同じ体験をしているのだ。

有耶無耶だった記憶が元に戻っていく。順序良く整理整頓されていくが。

 

「ぐっ」

 

そこに直接、薬物でも注入されたかのような感触。

自白剤を過剰摂取したうえで覚醒剤やらLSDでも注入されたかのような感覚だ。

記憶が再度ごちゃまぜになり、自分がそうであって欲しかった方向に引っ張られていく。

これは拙いとエミヤは這う形で布団から出て、机の上に置いてある鉛筆を手に取って。

手の甲に突き刺す。

 

「うぐがぁ」

 

うめき声を上げながら痛みで強引に意識を覚醒させ、ついでにあやふやだった記憶を繋ぎ留め整理整頓する。

何だってこんなことにと思いながら。

救急箱から消毒液を取り出し傷口にぶっ掛けてガーゼを当てて包帯で巻き上げる。

とりあえずの応急処置だ。

 

「はぁ・・・はぁ・・・本当に一体何どうなっている」

 

応急処置を済ませて、机の上の血を拭い取り、血臭を消すためにリセッシュをかけて痕跡を消しつつ思考を張り巡らす。

とりあえず此処は現実ではないのは理解できた。先ほどの強制的記憶の改竄と繰り返される四日間を経験したことによる経験則でだ。

とりあえず情報収集は必要だろうと、のそりと身を上げた。

時期にもよるが、桜が来るし、セイバーは召喚後は既に起床している時間帯だ。

何があるか分かったもんじゃないため、衛宮士郎として振る舞いつつ。

状況を観察する必要があったからだ。

だが。状況判断と言いつつもこうなっているのはエミヤ自身がまだ振り切っていない証である。

自覚が足りないのだ。

だから黄金牢の良いようにされかけたのだ。

それはさておき。

セイバーはいつも通り起きて道場で竹刀を振るっていた。

竹刀ではなく木剣やら真剣を持ち出すカルデア式は苛烈すぎて、セイバーとの竹刀稽古は今思えば優しい部類なんだなぁと思いつつ。

型稽古に精を出すセイバーをそのままにして起き、朝飯の準備に取り掛かろうとしたとき。

丁度、桜がやってくる。何気にライダーも一緒で珍しいことに慎二も一緒だった。

相も変わらずも皮肉気な慎二の言い様をにっこり微笑んで窘める桜。

慎二はその様子に怯えている様子だった。だとするならば、ここはあの繰り返される四日間なのかと思ったが違う様子で。

聖杯は解体予定、サーヴァントは待機するようにという事だった。

そのついでに間桐臓碩は各種、魔術の紳士協定違反と言うことで粛清され桜と慎二は解放されたとのことだった。

忘れていたのかと桜に心配された。

それでなぜ慎二も衛宮家に来たのかと言うと。弓道部のインターハイの朝練があるから。ついでに自分の家で食っていけと言ったのはエミヤ自身じゃないかと言われた時には面を喰らった。

まぁ生前の自分なら言いだしそうかと思い納得。

左手に包帯を巻いていることも二人に驚かれたが、昨晩、ちょっと片付け中にミスをしてけがをしただけとごまかし。

朝餉の準備に桜と共に取り掛かった。

過去会った日常、いつまでも続いてほしいと願い、自ら切り捨てた物。

当時は何とも思わなかった。夢に夢中だったから。

だが夢は終わり覚めて罰を受け今ここに存在して振り返ってみればどれだけ大事な物だったのかを理解させられる。

 

―ああ本当は―

 

内心そう思いつつも自ら出した答えに背くわけには行かず紡ぐことが出来なかった。

 

「士郎~さっきからずっとボケーとしてるけど大丈夫?」

「ん、ああ。大丈夫だよ藤姉ぇ」

「そうは言うけどさ、昨日の夜も片付けでボケーとしてそれでしょ? 本当に大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫、ほら将来の事とかちょっと不安に思えて来てさ」

 

そういって話をはぐらかす。

今はこの空間から脱出する方が先決だった。

黒桜はない、あの妖怪爺は時計塔の粛清にあったとこの空間ではそうなっている。

ともすればセイバーの目を欺かなければならない。

凛もこの空間にはいない。

ともすれば自分もいない故に最大の仮想敵だ。

固有結界の奥の手を引っ張り出して勝てるかどうかの勝負である。

内心、高速思考をぶん回しつつ離脱の機会を伺っていた。

とりあえずいつものように振る舞いつつ学校にも赴き。

何時ものように過ごす、それら一つ一つが刃となって心を抉り、尚且つ今ここにあるとしてエミヤは泣きそうになった。

取り戻せない過去を取り戻したようになれば誰だってそうなる者だろう。

そのたびに黄金牢は介入しあの手この手でエミヤの精神を硝子を加工するかのように切り取っていく。

嘗てニャルラトホテプがエミヤに告げた通り、夢の為に夢を切り売りしているという言葉が身に沁みてくると言う物だ。

だから涙をぬぐいながら。

エミヤは薬局から調達した睡眠薬を晩飯に混ぜた。

如何に抗魔力Aとはいえ、只の薬物までは防いでくれない、神秘強度による物理法則防御も形のある銃火器兵器のみだ。

セイバーが眠ったのを見張らかって家を早々に後にした。

タクシーに乗り、街を出るように指示する。

そして・・・

 

「運転手」

「なんですか?」

「ここはどこだ? 町の外には違いないが」

 

そう言いかけて、タクシーに衝撃、寸前の所で、エミヤは反射的にタクシーの扉を蹴り破って外に転がり出ると同時に。

タクシーが爆発炎上。

そして、本当に見るべき過去が今、彼に追いついてきた。

衛宮士郎をどうこうではない。

ニャルラトホテプ的に言えば、自分で救ってきた者を顧みなかった結果の事である。

救っては踏みにじり、道を踏み外し絞首刑だ。

魔術と言う特別性故によって人を救えると勘違いした人間の末路がエミヤシロウである。

だから彼は彼自身を憎んだ。衛宮士郎と言う存在は正義を振りかざし、犠牲を出すだけの物だと決めつけた。

だがそれは彼の学の無さと視野の広さに起因する。

 

達哉と同じだ。主人公というポジションであるがゆえに完璧さを求められ。誰にもその心を救われることが無かった。

 

誰かが気づいて精神科に叩き込むべきだった。

それが一番手っ取り早い衛宮士郎を殺す方法である。

 

閑話休題。

 

それでも多くの物を救ってきたのは事実なのだ。

間違っていても。彼の行動で救われた人もいるだろう。

ではその中で一番踏みにじられた人は誰だろうか?

実に簡単だ。

 

「―――――」

 

エミヤはパクパクと陸に上がった魚の如く酸素を求めて口を動かす。

理想の為に何もかもを切り離した。

だが最後の最後まで切り離せなかった人物はいるのだ。

燃え上がる炎をかき分けるように出てきたのは。

 

「ねぇ・・・士郎」

 

ひゅんと薙刀を旋回させる。

漆黒のスーツ姿、頭には猫耳。

トンチンカンではあるが見違えるはずもない、だってそれは―――――それは

 

「藤ねぇ?」

「そうだよ士郎」

 

藤村大河、エミヤシロウ及び衛宮士郎の日常の象徴。

最後の最後まで切り離せなかった人だから。

 

「またそうやって私を置いていくの?」

「そんなこと「あるよね?」」

 

ずっと彼を待っていた。彼が帰ってくるのを待っていてくれた人だ。

嘘だとは言わせない、定期的に手紙、連絡が付くときは電話もしてくれた。

故郷に帰れば必ず出迎えてくれた人だからだ。

 

「ずっと嘘を言っていたわよね・・・NPO法人の仕事だって。でも違う。現地ゲリラやレジスタンスに混じって革命運動してたんでしょ」

「それは・・・・」

「髪の毛も真っ白になって、肌も黒くなって・・・・、ずっと戦い続けてきた」

「それは違うよ、俺が俺としてやりたかった事なんだ」

「うそ、だってシロウは士郎を否定したじゃない」

 

それはいつかどこかでの光景。

自分と対峙し拒絶した。

裏を返せばそれは自分は間違っていたと肯定する行いに他ならない。

 

「でも多くの人を救ってきた」

 

されど何度も言う通り彼の行いで救われた人もいるのだ。

彼が彼自身、顧みず理想と言う絶対数以外を認めず顧みなかっただけの話しで。

だからこそ過去はやってくる。

振り返らなかった代償として。罪と罰を今ここに具象化するのだ。

 

「もういいじゃない。士郎はよく頑張ったよ。もう何もしなくていいんだよ?」

 

甘い毒となって具現化する。

エミヤは歯を食いしばる。ああ君はこんな気分だったのかと。

座に座る前に見せられた達哉の過去の映像の真意を知って歯を食いしばる。

愛しい人にも親しい人たちにも別れを告げて彼は孤独に堕ちた。

ああはならないと影に吼えたが。

本当は羨ましかった。自らと引き換えにすべてを救って見せた彼の姿が。

だから特異点冬木では力を試すだのなんだの言って協力せずセイバーに同調し彼を痛めつけた。

であるなら達哉と同じ気持ちを味わえと言わんばかりに。彼と同じくこの黄金牢を突破するために愛しい人が敵として具象化するのは当然の理である。

無論、ニャルラトホテプは手を加えてはいない、黄金牢の仕組みはネロの統括であるがゆえにだ。

全てエミヤシロウ、否、衛宮士郎が望み選択し出た賽の目だ。

だが脱出できないわけではない。

同じケースは存在している。そう達哉は同じような状況に置かれて脱出したのは読者の方々も知っての通りだ。

であるならば、エミヤに出来ないわけがない。

第一に達哉と違って無自覚に切り捨てているのだ。できないとは言わせない。

 

「くっ」

 

苦虫を潰した表情でエミヤは干将・莫耶を両手に投影し振るわれる薙刀を捌き防ぐ。

そのたびに心に罅が入るような感覚だった。

でも分かってしまうものだ。生前鍛えた上げた感覚と英霊としてブーストされている感覚が真実を伝える。

この目の前の存在を倒さないとこの空間からは脱出できない。

逆に負ければ今度は再洗脳されてまた戻されるということをである。

故に刃を振う。

実力はエミヤの方が上だ。戦場を駆け抜けた場数が違うのだ。

ブーストありきの二流程度に負ける要はない。

そう負ける要素はないのだが・・・

 

「くっ」

 

押されているのはエミヤだった。

相手は自分にとって太陽のような存在。かつ大事な人だったという事実が刃を鈍らせる。

かつて正誤で敵か味方を判別していたゆえに。

此処で突き付けられるのは、幻想の人を切り離してでも、守るべきもののために戦えるかという事である。

生前はなかった究極の選択肢。

身内が巻き込まれなかったから選べた理念が今ここに否定され、清算すべき過去として襲い掛かる。

故にこれは心の試練なのだ。

この黄金の思い出を過去の物として眠らせるか葬るか、あるいは屈し都合のいい夢に浸るかの瀬戸際なのである。

だから、エミヤは気づいた。

答えは得た。やることも決心した。あの戦いに向かない子供たちを守るのだと決意したのだ。

ならば―――――――――

 

「シッ!!」

「!?」

 

エミヤの刃が鋭くなる。

ここに来てエミヤは腹を括ったのだ。答えは得た。決心も付いた。

過去は取り戻せないのだともう理解している。

 

―ああ、だからごめんよ、藤姉ぇ―

 

心の中で懺悔しつつ、振るわれる薙刀に対して刃を滑らせるように走らせ。

エミヤは大河の首を跳ね飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マシュ・キリエライトが黄金牢から脱出できるのかと言われれば否である。

まず人格が成長していない、いや厳密にはしているのだが、まず一定基準値を満たしていないと言った方がいい。

辛い痛いキツいという人生経験を味わい人は成長する。

その点が足りていないのだ致命的なまでに。

他者に対する明確な殺意、邪魔だから殺す退かすという淡白な物ではなく。もっと煮えたぎった殺意すら最近になってようやく育まれつつあるのだからさもあらんと言う奴だ。

故に再生されるのは人理焼却前のカルデアである。

そこに達哉はいない、黄金牢の記憶処理で存在自体がすっ飛んでいる。

だが影は逃がしはしないのだ。

だって心の奥底では気づいているはずだ。理性が辛い事を拒んでいるだけに過ぎないのだから。

影が沸いてくると言う物である。

普通ならそうはならない、だが■と契約した以上。自身の影が沸いてくるのも当然なのだ。

そして夢の終わりが来る。

何時ものように朝を迎え私室を出る。するとそこには。

 

「え?」

 

カルデアの皆が殺されていた。

廊下だけではなくあらゆるフロアに血がぶちまけられ死体が放置されている。

一切の慈悲はなく一刀一殺と言った風情で、首を斬り飛ばされ、胴を切り離され、或いは両断されて死んでいた。

マシュは思いっきり吐いた。

死体の醜悪さからくるものではない。

もっと根源的に悍ましい物を見たような気がしたからだ。

何故なら自分がやったことの様な気がして動悸が収まらない。

故に、生存者を探しながらふら付く足取りで管制室に向かう。

そこには。

 

「あら? 遅かったじゃないですか」

 

マシュ・キリエライトがいた。いや厳密に言えば彼女のシャドウである。

心臓部から棘を生やし、右腕にはモザイクが掛かってゴッホの作風の如き手甲を装着し

その手には同じように戯画めいた大剣を逆手に持っている

これは単純にマシュの情緒が育ち切っていないため、シャドウもちゃんとした形を取ることができないのだ。

現に握っている漆黒の武器も子供が粘土細工で歪に作った大剣のような形をして蠢いている

それで最後に残った生存者を叩き潰すように両断していた。

そして衣類には無数の返り血が付着している。

間違いない、やったのはこいつだとマシュは八極拳の構えを取り問いかける。

 

「何・・・をしているのですか?」

「何をしているのですか? アハハハハハ!!」

 

シャドウは嘲笑う。

まだ理解していないのかと笑っている。

 

「だってあなたはこんなもの望んでいないじゃないですか。だから壊しただけですよ、私は私の本能に乗っ取ってね」

「違う私は望んで・・・・」

「じゃぁ先輩や所長を見捨てて引きこもり続けるのがアナタの望み何ですか?」

 

シャドウが嘲笑いつつ指摘する。

だってこのカルデアには、達哉もオルガマリーもいない。

そうだなんで気づかなかったのだと言わんばかりにマシュは眼を見開き。

シャドウは腹を抱えて嗤いながら真紅の瞳を欄々と輝かせて指摘する。

それでも思い出せない先輩がだれで所長が誰なのかを。

 

「――――――」

「彼らを見捨てて、自分だけは都合のいい夢に逃げるんですの?」

 

彼女たちと仲良くなったのは事態がこうなる前だからいなくて当たり前なのだ。

彼女の平穏に彼らはいなかったから。

 

「彼等って・・・誰」

「本当に呆れるほかありませんねぇ。先輩は周防達哉、所長はオルガマリー・アニムスフィア、あなたの初めての親友でしょうに」

 

言葉を交わす事にシャドウとカタルシスエフェクトの形が整い

マシュの殺■が成長するごとに彼女は実態を得ていく。

夢に微睡み、都合の悪い記憶は消去される。

確かな覚悟が無ければこの牢獄はそうする機能を持ち合わせているのだ。

脱出するには達哉のように求めつつももうないと認識するか、オルガマリーのように欲する過去の経験がないことである。

だから覚悟の無い、いまだ揺らめくマシュは牢獄に捕らわれ記憶を改ざんされ都合のいい夢を見せ続けられているのだ。

自分が傷つかない優しい夢と言う黄金の牢獄の中で。

されど二人を想う気持ちはまた本物、今は幸福感や辛いことから逃げたいという気持ちが勝っているだけの話で。

脱出したいという気持ちをマシュ・シャドウが代行している状態なのである。

 

「親友・・・なんで」

 

忘れてと言いかけて。ふと気づく。

牢獄が再起動したマシュ・キリエライトを捕らえる為に。

永遠なんてずっと同じことの繰り返しとは達哉の言葉でその事を思い出し、再び吐しゃする。

永遠の本質が理解できてしまったからだ。

牢獄は悲鳴を上げて忘れろ忘れろ忘れろと語りかける。

そうすれば傷付くことのない今日がずっと待っているのだと。

でもマシュが望むのはそれではない。彼女は望んだ。明日を見て見たい、吹雪が止んだ晴れ間を見て見たいと。

故にこう思う邪魔するな、私は明日に行くんだと。

 

「今はそれでいい、それでね・・・だから」

 

偽りのカルデアが崩壊する。

孔に堕ちて行くマシュにシャドウは警告を残す。

 

「明日に行くということは傷つくことだ。貴方が目を覚ました瞬間に現実は選択を迫ってくる」

 

そう現実に戻るということは傷つくことを選択したという事。

故忘れるなと、マシュ・シャドウは言う。

 

「殺意を抱くことからは避けられない。他者を傷つけられずにはいられない、手を血で染め上げることからは逃げられない、美しい結末などどこにもない」

 

綺麗な物など自分を含めてどこにも存在しないのだとマシュ・シャドウは嘲笑い。

マシュ・キリエライトは現実に堕ちて行った。

その先にあるのは辛い選択であることに気付かずに。自分がどれほどの殺意を持つのか気づかずに。

故にマシュ・シャドウは今は待った。

主人格が成長し切ったその時に、自分は自分を殺して自分になるのだと。

故に今は待とうと宣言する。

その宣言はマシュに届くことはなかった。

今はまだその時ではない。だが次はそうはいかないのだ。

 

 

 

もう何度目の吐瀉になるだろうか・・・

マシュは胃に溜まったタールの様なものを吐き出し。

それを認識する。

通信機越しに怒声が飛び交っている。既に状況は沸騰していた。

ローマ市内は戦場の様な有様だった。

中央付近で火柱が派手に上がっている。おそらく達哉のマハラギダインであった。

 

『マシュ! マシュ!! 起きたんだね!?』

「は、はい、状況は・・・」

『今現在、達哉君とクーフーリンが宮殿前で魔王級個体と交戦中、シグルド夫妻はまだどこかの棺桶の中で他は目覚めて中央に殺到するシャドウ相手に遅滞戦闘中だ!!』

「所長は?」

『所長は・・・その』

 

オルガマリーの所在を聞けばロマニが言いよどむ。

それを見ていたアマネがマイクを分捕り端的に言い切った。

 

『所長は中央宮殿内部でネロ陛下と交戦中だ』

「そんな!? なんで!?」

『彼女はシャドウに屈した。だから所長が説得しつつ交戦に入っている、マシュも中央に向かえ。幸い、建物の配置は歴史通りだ。最短ルートをこちらで出す』

 

マシュの礼装に最短経路が映し出される。

 

『兎に角急げ、ネロ陛下が盛大に拗らせているせいでシャドウたちも見境なしだ。連中に取っ捕まるとまた棺桶の中に戻されかねん』

「分かりました」

『頼むぞ』

 

通信を終えて、マシュは盾を担ぎ最短ルートを走ろうとする。

周囲にはシャドウが溢れている。

そこでふと思う。

 

―シャドウを殺したら―

 

そうシャドウを殺したらどうなるか。

思い出されるのはマッシリアでの光景だ。第一特異点でのティエールの情景だ。

シャドウを殺せばその日何も知らずに過ごしていた一般人を己の手で手に掛けることになるのだ。

分かっていたはずだ。何度も言われていたはずだ。故に覚悟がないとは言わせない。

あの不完全な自分のシャドウはそう警告したからだ。

 

手が震える、何も知らない民間人を手に掛けることに。

だが、味方は押し込まれつつある。

故に躊躇すればまた、そうオルレアンでアタランテと交戦した時と同じように誰かが死ぬ。

それがオルガマリーや達哉だったらどうするのだと。

怯える心のほかに煮えたぎるようななにかが訴えかけてくる。

 

―殺さなきゃ、誰か死ぬ―

 

もうわかり切っていたはずだ。

現実に置いて無垢で生きることなどではしない。

誰だって自分の手を直接的にあるいは間接的に血で汚している。

違いはそれを自覚しているか否かである。

故にマシュに突き付けられた選択肢は二択、だが片方を選べば破滅は必至である。

不殺主義なんぞこういった極限状況下では役に立たない。そんな技量も無いのだ。

第一にそれを選べないくらいにマシュは自覚無しに煮えたぎっていた。

あんな安っぽい物に行燈としていた自分自身に。そして未だなお楽だからと言う理由で眠る者たちに。

 

「どいてください!!」

 

盾を横なぎに振いシャドウを蹴散らし、彼女は大地を蹴る。

自覚はなかったがその両目は細められ鋭い殺意に染まっていた。

 

盾が軋む。

まるで蝶が羽化する蛹の殻を破るような音にとてもよく似ていた。

 

「どけぇぇえええええええええ!!」

 

マシュが叫ぶ、盾が振るわれシャドウが潰される。盾裏から取り出した折り畳み式のハンドアックスを左手で振ってシャドウを叩き切る

達哉とオルガマリーを守るという己のエゴで。

他人を殺したのだ。ただただ幸せな今日を望んでいた人々をだ。

この日彼女の両手は真っ赤に染まった。

もう逃げられない。

 

 

 

 

 

 




今回は孔明、エミヤン、マシュで行きますた。
と言うのもFate本編は兎にも角にもエルメロイの事件簿は金と田舎という世知辛い事情で最終巻まで読破し切れてません、と言っても鬱のせいで買った小説は積み重ねているわけですが。
ネット購入は自分古い人間ですし病寮中と言う事もあって金もねぇ、読む気が出てこないという事情と。前の職場でのトラウマで車運転するのが最大30分が限度で遠出もできないので、そこは勘弁してくださいマジきついんですよ。
あと捻くれた人格してるもんでアニメも純粋に楽しめなくて鬱が悪化する始末ですし、本当に孟子うわけない。
それはさておきマシュの爆弾にも導火線着火、第三章で爆発する予定です。
マシュシャドウもたっちゃんと所長大好きなので自分より優先する傾向上があるのと。
明確な出番があることを裏でニャルに聞かされているので、強引に脱出させてくれました。
あと書文&アレキサンダーはキンクリします。
だって書文は後悔なさそうですし、アレキサンダーはイスカンダルじゃないですしね


ニャル「日常を強制否定するならば、日常の象徴を切り捨てるのは当たり前だよなぁ!!(ニチャァ)」
エミヤン「血涙」
フィレモン「答え得たんでしょ!! なら前に進めるでしょ!! 偽物相手に何手古摺ってんの!? たっちゃんならできたぞ!!」

エミヤン、まさかのダークネスジャガーマン(シリアス)を倒す羽目に。
たっちゃんなら出来たぞと言わんばかりである。
相変わらずニャルフィレによるいじめである。エミヤンは泣いても良い。
ただしボブになることは許さないのがニャル
なおこの光景を待機所で見てワイン決めているコトミーが居たり。


孔明の方はまだ目指している途中ですからね。黄金期に構っている暇なんてない。
と言うか焼却側に加担していたことをエリちゃんにマジレスされて指摘されている上に塩対応されて反省していますそのお陰で速攻自覚できました。エリちゃんマジファイプレー。
故に目指すはオケアノスの果て。かの征服王が待つ場所ですから。
と言う分けで。
次回からは大混戦が始まります。
まだニャルには教団以外の手駒がありますからね。そう取り込んだネロちゃま側のサーヴァントという手駒がね!!


所長早いですが、ニャルが物語を加速しているという事。
アマラ回廊のレベリングで、60Lv後半台に乗ったことや。
事故ナギレベルで魔改造したラプラスも力不足と言う事。
ネロの獣性に引き摺られる形で早期に覚醒しました。
ネロがビースト化しなければまだ目覚めなかったりするが。
本作では覚醒してしまったので覚醒しました。
と言う訳でオマケで所長の後期ペルソナステ

シュレディンガー
アルカナ 月
Lv67
斬耐 突耐 銃耐 炎弱 核耐 地― 水― 氷― 風― 衝― 雷― 重無 闇無 光無 精― 体無
力44 魔57 耐30 速57 運25
スキル
ヴォイドザッパー 固有スキル万能闇属性貫通属性持ちで単体に特大ダメージをい与える、作中ではテクスチャ事刈り取る対空間攻撃。
メギドラオン
デスカウンター
コンセレイト
無属性ハイブースター。
刹那五月斬り
空間殺法
マハムドオン

限定スキル
■■・■■■■■
まだシュレディンガーが覚醒したてと言う事と制御し切れていないという事とネロがビーストとなったため、その獣性にアテられる形で限定的に発現したスキル。
ネロ戦以降は使用不可能となるが、彼女に対するアンチスキルとして機能する。
だがこれは同時に彼女もまた■と言う証であり正規No保持者という事である。
まだ孵化はしていないが。ペルソナという触媒を使うことによって一時的に孵化した状態と同等のネガを一時的に出力する。





▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。