アラモスの観測者【完結】   作:ノノギギ騎士団

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アーティスト・ゴーディの面影

 アラモスタウンの住民は、お祭りの準備をしているようだ。

  町に溢れんばかりの花が色彩を与えてくれた。

 

「ふふっソノオタウンは花こそ多いが、こうした華やかさには負けてしまうな」

 

 モシモシと尋ねるヒトモシのミアカシを抱え上げて、アオイは空を見上げた。

 

「そういえば、お祭りは初めてだ。状況が落ち着いたら屋台で何かつまむのも良いだろうか」

 

 視線が高くなったことで、あちこちへ手を伸ばそうとするミアカシをおさえて彼は町の中へ向かった。

 先ほどから彼が見上げているものこそ、長い影を落としている建造物。

 

「ここが、時空の塔だ」

 

 尖塔を見ようとすれば、首が疲れるほど見上げなくてはいけない。アオイは雑踏のなか、しばし立ち止まって眺めていた。

 建造物の大きさとは、単純に技術力と等号で結ばれるものではないと言う。しかし、大昔に作り上げたというのだからゴーディの知性は、現代に生きる建築家に見劣りしないようだ、とアオイは思った。

 

「これが観光であったら……はあ、これを見上げる私の心は楽しいものであったはずだ。……いや、後悔しているとか、そういうワケではないが……それでも考えてしまうじゃないか。もし、ここに、あの人がいたら……そんな世界が、きっと、あったに違いない。可能性は0ではない。必ず1だった。1のはず、だったんだ……」

 

 歩む足には、つい怒りがこもる。夢追い人の母に対する怒りと言葉と時間を惜しむべきだった自分への怒り――混然と混ざり合ったそれを正確に分別することは難しい。それでも、これが今のアオイを突き動かす熱量なのだ。ヒイロ・キリフリは「やぶれた世界」を観測する術を得て、『異世界の可能性』の閲覧を可能にした。それは彼女の特性ゆえ――ではない。積み上げた知識の果てにたどり着いた境地だ。

 知識さえあれば、その領域にたどり着く。そう信じているアオイにとって、ここは彼女の命綱を握る町だった。

 

「絶対だ。絶対に取り戻してやる。貴女が私の前から失せることなど、二度と許されないのだから」

 

 時空の塔の内部は、大きな空洞だった。

 アオイはしばらく、見上げたまま口を開いてしまった。硝子の意匠に目を奪われたのではない。この建造物の用途が分からなくなってしまったのだ。

 

(ここは、何だろう。アーティスト・ゴーディの研究工房ではないのか……?)

 

 もちろん、3週間も前からアラモスタウンの観光パンフレットを舐めるように見ていた彼は、ここが音楽を鳴らす施設であると知っている。だが、それだけのはずがないのだ。たとえ、鐘を町全体に鳴らす必要があるとしてもこれほど大きな建造物は必要が無い。構造は簡単な機構、たとえば大きなラッパを作ればよいだけだ。

 

 ゴーディは恐らく頭の良い人物だ。それほどの人物が『無駄』な物を作るだろうか。

 

 困惑のままアオイの視線は、天井を這い、柱を辿り、壁面の彫刻にたどり着いた。ポケモン達に囲まれた少女が笛を吹いている。それは、大樹に抱かれた調和の芸術だった。それは無遠慮に、アオイの心の隙を突いた。ゴーディはアーティストだ。建築家であり、芸術家であり、研究者だった。それを知っている彼は、これを見るまで私人ゴーディの存在を見てみないフリをしていたのだ。だからこそ彼は恐れた。――ひょっとすると、この建造物は、ただ誰かの面影を持っている少女の姿を型取りたいだけのモノなのでは? と。

 

(くだらない、くだらない、くだらない! 私を救わない愛に意味などあるかっ!)

 

 アオイは、自分の考え事がすべて杞憂であることを願う。やがて、施設をさ迷っていると階段を見つける。杖を手繰った。

 

「ミアカシさん、すまないがすこし足元を照らしてくれるかい。……はあ、何だか大ダメージを食らった気分だ。落ち着いて……落ち着いて……。子孫が研究しているはずだ。その知識は、私にとってまったくの無駄ではないだろう」

 

「モシ!」

 

 彼女は『なんだかよく分からないけど、そうだな!』という雰囲気で頷くと先陣を切った。足の悪いアオイは、傷心を引きずり一歩ずつゆっくり進んだ。

 ミミロップのようにピョンピョンと跳ねて階段を降りていたミアカシが、アオイの近くへ戻ってきた。足下を照らしてほしいという言葉を思い出してくれたのだろう。ひとつ階段を降りると、振り返ってミアカシもひとつ段差を降りた。

 

 どんな時であっても、暗闇で焔を見つけるとホッとするのは生き物の性だろう。アオイはささくれた心をなだめて気持ちを落ち着かせた。ここで今さら焦っても仕方がない。それよりも物事は冷静に見極めなければならないのだ。

 

「……本当に助かるよ。さあ、行こうか」

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 ジリ、と何かが軋む音を立てる。青年、トニオは天井を見た。

 

 ――まただ。

 

 それは数年前から現れ、ここ数か月は特に酷い。誰もが体感できるほどに歪みとして現れつつあった。

 壁に据えた計器に目をはしらせる。分析装置――SOURCE ANALYZERの数値は正を示している。正常において、それは0でなければならない。しかし、今は実体を表す正の数値で現れている。その異常が引き起こす事象は、空間の『揺らぎ』だ。

 

 トニオは、推論を整理するつもりで独り言を呟きながら、携帯用のモバイルパソコンを鞄に詰めた。そしてフィールドワークのため地下研究室を出ようとした。発生源は湖近く。ゴーディの庭園に向かうつもりだった。そういえば、「彼女」は今日ガイドの仕事をしている日だったな……。そんなことをつらつら考える。

 扉をあけようとする。その時。ドアノブがひとりでに動いた。

 

「あっ」

 

「うわあっ」

 

 突然の闖入者に、とび退いた――そこまではよかった。床に転がっていた書籍に踵をぶつけたトニオは盛大に、しりもちをついた。その痛みで思い出した。そういえば、今日はハクタイシティから客人がやってくる日だった。

 

 杖をついてやってきたその人は、散らばった書物を片付けながら立ち上がる手助けをしてくれた。本当に申し訳なさそうな顔をして彼は、あわあわと手を動かした。

 

「だ、大丈夫ですか? ああ、すみません、ノックはしたのですが……」

 

「考え事をしていて、気付かなかったみたい。だ、大丈夫、大丈夫です……」

 

 腰をさすりながら、顔を上げる。その人は、ホッとしていた。

 

「私の名前は、アオイです。あなたは、研究者のトニオさん……ですよね?」

 

 その笑みは、穏やかだった。

 

「どちらかへ……あー、お出かけの? ご予定? ですか?」

 

 けれど、笑い損ねた目に見つめられると、どうにも居心地が悪い。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

「ええと、お茶です」

 

 自分と幼馴染み以外のカップを持ち合わせていなかった研究室では、客人のもてなしができなさそうだった。

「あちゃー」と思うが、この準備不足は後の祭りというものだ。

 ちょっとした救いは、缶のまま提供されることになったそれが十分に冷えていることだけだ。

 

「ありがとうございます。このところ暑くていけませんね。時空の塔は、大変ではないですか?」

 

 ハンカチで額の汗を拭いた客人は言った。年の頃は自分とそう変わらないだろう。せいぜい二十代の後半程度だ。

 切り揃えられた赤い髪からのぞく目は、どうにも気怠げな印象を受ける。

 椅子に座るなり杖をテーブルに立てかけた。足が悪いとは思わなかった。もし知っていたら地上で話すように予定を組んだのだが。

 

「塔の内部は、自然の風を取り込んで塔の頂上まで送る仕組みになっているんです。空気が動いているので、外より涼しいかもしれません」

 

「ああ、なるほど。ポッポが飛んでいるのはそういう事情なのですね」

 

 トニオは、壁際に設置している計器をちらりと見た。フィールドワークの時間が惜しい。

 

「ええと、アオイさん。あなたは時空間の研究のためにこの街へ来たと伺いました」

 

 面会の約束はメールだったので、トニオは確認のために訊ねた。

 

「――いいえ、私はあなたに会いにきたのですよ。ゴーディの子孫のお方」

 

 鞄からノートを取り出しながら風を取り込む機構を話す彼は、やはり気だるげである。しかし、いざ目が合うと目の前の全てを解明してやる、という強い意志を感じた。研究者と聞いていたが、頭の回転は「なるほど」と思わせるものがある。

 

「私は、どうしても時空間研究の知識が必要なのです」

 

「なぜとお聞きしてよろしいでしょうか?」

 

「……聞いたところで、この授業を『やっぱり、やめた』はなしですよ。それでも、いいですか?」

 

「はい、もちろんです」

 

 答えると彼は、ノートに目を落とした。

 

「ええ、そう、全ては私の母が――」

 

 どう話したものかと、彼は思案したらしい。けれど、彼が悩む時間は少なかった。

 

「端的に言うとタイムマシンを兼ねた望遠鏡を作ろうとしておりまして」

 

「え? ええッ!?」

 

「その過程で盛大な自己矛盾に陥り、現在は行方不明になっています。やぶれた世界と呼ばれる世界の裏側へ行ったものと推測ができるのですが、どうすればそこに辿り着けるのか、生態学が専攻の私には分からないのです。そのため、あなたの助力を必要としています。――これ以上の詳しい話は、安全の問題が発生するため知らない方が良いと思いますが」

 

「えぇ……タイムマシン? 望遠鏡? どうして、そんな」

 

「世界を俯瞰する試みです。正直なところ、私もまだ研究の全貌を視界に収めきっていません。ただ、ひとつ言えることは、これは『技術』として確立されているという点です。だからこそ、彼女は必ず世界の裏側のどこかにいるはずなのです」

 

 彼の動機とは、母親に会う手段――の情報を得たいというにここまで来たということだ。ならば、トニオも彼に言うことがある。

 

「確かに、ゴーディから僕まで、時空間の研究をしていますが……研究対象は、このアラモスタウンに限定されているんです。お役に立つかどうか」

 

「役に立つかどうかの判断は後々分かるでしょう。あなたより私より、ずっと未来の者が。しかし、継続した研究が限られた領域で行われていることは幸いです。それだけ詳細だということでしょう?」

 

「ええ、計器が発達してから情報も多くなって、処理が追いつかないくらいです。特に最近の事象は、あ、ひょっとして体験しましたか?」

 

 アオイは、何のことか分からないという顔をした。ついでにアオイの椅子をよじ登っていたポケモンがピョンとテーブルに乗った。

 

「ミアカシさん、大事なお話中なんだ。――ええ、最近の事象とは、何のことです?」

 

「原因も影響も何も分かっていない現象です。なんと言えば良いか、言葉に困る事象でもあります。空間が軋むんです。アオイさんがこの部屋に来る、一分以内にあったのですが、気付きませんでしたか?」

 

 彼は思い当たる節があるのか、ああ、と小さな声を零した。

 

「私、てっきり眩暈か何かだと思って……いいえ、それでも、地面の揺れのように空間が揺れることはおかしなことですよね。そんな現象が、い、いつからですか?」

 

「ここ数ヶ月前からです」

 

「母が行方不明になってからは、一ヶ月です。……時期が合わない」

 

「そう決めるのは早いですよ。時空間の関連する研究に限っては」

 

「どういうことです?」

 

 アオイは何としてでもテーブルに乗りたいミアカシを制することを諦めたらしい。トニオが広げつつある資料の本をペラペラとめくりはじめた。

 彼らの話は続いた。

 

「時間の制約があるこちらの世界と違って、あちらの世界は時間も空間も制限があったり、なかったり、なんです」

 

「物事は時系列通りに整頓されていない、ということですか?」

 

「こちらの世界と違って、10年前も今日も変わらない可能性があります。逆の可能性はもちろん。振れ幅が大きな可能性もあります」

 

 アオイは右手で目を覆うと唇を嚙みしめた。

 

「……なるほど、あちらで彼女の寿命が尽きて死ぬ、という可能性は低くなりました。そう。そうか」 

 

 嬉しいのか、それとも別の感情なのか。トニオは推し量ることは出来ない。時間が短すぎたのだ。彼は顔を上げると話の続きを促した。

 

「あちらの世界は、無軌道であっても無秩序ではないとされています。ええと、ギラティナ、そう、ギラティナが支配していると言われています」

 

「シンオウ神話においてアルセウス神が生み出したポケモンの3体のうち1体ですね。トニオさんの計器では観測できるのですか?」

 

「あー、それが、ここの観測ではこちらの世界しか捉えることができないんです。でも。もしもディアルガとパルキアとギラティナのような強い力を持ったポケモンが、この街に来たら必ず補足できる能力があります」

 

「ふむ。なるほど。個人で設置できるものですか?」

 

「予算的な問題? いや、だいぶ、厳しいと思います。これ、実は、時空の塔の観光資源から財源を引っ張っていまして」

 

「むぅ……それは厳しい話ですね」

 

 アオイが何かをノートに書きつける。

 その音だけがしばらく聞こえていた。

 目のやりどころに困ったトニオは、不意に視線を感じてアオイのポケモンと視線を合わせた。

 

「アオイさんは、イッシュ地方からいらっしゃったんですか?」

 

「ええ、今はハクタイに住んでいますが、出身地はイッシュ地方ですよ。そのポケモンは、ヒトモシと言います。私はミアカシさんと呼んでいます」

 

「なるほど。焔は、やっぱり熱いんですかね」

 

「気分によるみたいですね。たまにマシュマロを焼いてくれますよ。ただ、ちょっと魂を食べるので一緒にいるには覚悟が必要ですね」

 

「魂!? えぇぇ……アオイさんは平気なんですね」

 

「これからの行き先が分かっているので不安はないですね」

 

「うぅん……」

 

 この人は、自分の全てをポケモンと研究に捧げきっているのかもしれない。

 けれど、そうだとしたら母を求める感情は何なのか。肉親の情、というものだろうか。

 ミアカシのつぶらな瞳は何も答えを映してくれなかった。

 

 トニオ――自分ならば、どうするだろう。

 自分の研究があるなかで、誰かとても大切な人がいなくなったら――たとえば、アリスとか――果たして、どちらを選べるだろうか。

 

「あの、アオイさんは、どうして……。専攻は、生態学なんでしょう。時空間の研究は、母親のためとは分かります。でも、もし、ですよ。もしも、どちらかひとつしか選べなかったらどうするんですか?」

 

「…………」

 

 小さく紫の焔を宿す瞳が、ようやくトニオを映した。

 感情を置き去りにしているように見えて、トニオはつい顔を背けた。

 

「すみません……変なこと聞いて。わ、忘れてください」

 

「いいえ、答えますよ。私の専攻は生態学で、もとは化石の研究をしていました。復元するための研究員です。まぁ、いろいろありまして辞めまして、今は悪夢の研究をしています。今の研究か、母のための時空間の研究か、どちらかを選ぶかと問われたら、どちらも選ぶと言わざるを得ません」

 

「そうですよね、そう、どちらかを選ぶかなんて――」

 

「倫理の問題ではありません。これは価値の軽重ではなく、情熱の大小でもないのです。全ての研究は、どこかで接点を持っています。だから、私の得る知識が、いつかどこかで線となり形となるでしょう。それを信じているのでどちらも学び続け必要があるのです」

 

 予想外の回答の応えを準備できなかったのはトニオだった。

 そうですか。

 ありふれた反応をしてしまったので、さぞ彼をガッカリさせてしまっただろう。そんな思いで彼を見る。

 

「どうしてもどちらか、という話であれば、私は私の研究を選びますよ。あの人のことです。何の準備も無しに反転世界に飛び込むとは思えません。そのうち、ひょっこり戻ってくるんじゃないかと」

 

 これまでのどの言葉より、明るい口調でアオイは言う。

 柔らかい声音に誘われたのか、ミアカシが本を飛びこえて彼のそばに近寄った。そんなミアカシに笑いかけた彼は、呟いた。

 

「そう……祈っているのですよ」

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