夕方から夜にかけて、アラモスの天空を花火が彩った。ポケモンコンテストの会場で花火が上がっているらしい。今頃、時空の塔は大盛況だろう。
アオイはホテルの前に広がる公園、そのベンチに腰を掛けて項垂れていた。
「ホテルとは……ツインとは……ダブルとは……私は……いったい……」
今回の遠出に関し、パンジャに苦労をかけまいと気をまわしたアオイであったが、結果は酷いものだった。
ホテルにチェックインした。そこまでは良かった。手渡された鍵が一本であることにアオイは首を傾げる。――思い返せば、パンジャはこの時すでに笑っていた。いいや、よく見ればアオイの名誉を気にかけて我慢しようとしてくれていた。だが、彼女がしかめ面しているのに気になって、アオイから問いただしたのだ。
『アオイ、ダブルで部屋を取ったの? いいや、構わない。構わないけどね』
『ツインとダブルは何が違うんだ? ツインって双生児用の部屋なのだろうか? シンオウには変わった風習があるんだな……』
しみじみと言うアオイの言葉で、パンジャの我慢にも限界が来た。悪い悪い、と言いながら、彼女はお腹が痛くなるほど笑っていた。
アオイは、ホテルのホールは彼女の笑い声がよく響くのだな、と天井を見ていた。
ようやく笑いが引いた頃、彼女はアオイの肩を叩いた。
『ツインは、シングルベッドがふたつある部屋のことだ。ダブルはダブルサイズのベッドがひとつある部屋のことだよ。うっく、くく……君の顔を見ると……笑ってしまう……怒らないでね……』
『――は? んん? ダメじゃないか、これ。ダメじゃないか! ――すみません、部屋の変更は!?』
ポケモンコンテストがある連休に空き部屋があるワケがなく、ふたりはダブルの部屋を使うことになったのであった。
夜風が目に染みる。ドライアイ気味の目を瞬きしながら、花火を見上げた。
同じベンチに座るミアカシが「はじけるほのお」を吹き散らす。
「……ケープが焦げてしまうよ」
夜風をしのぐために羽織ったケープに落ちた煤を払う。
ミアカシは花火に大興奮だ。夜の冷たさ以外の要因で手足が冷たくなっていることに気付いたアオイは手をすり合わせた。
ヒトモシは、ひとの生命力を吸うポケモンだ。彼女の燃料になるのも、薪になるのも、自分に相応しい結末だと常日頃考えているアオイだが今日の今ばかりは、都合が悪い。――というか、自分が格好悪くて落ち込む。パンジャが使うシャワーの音に耐え切れなくなって部屋を出てきてしまった時点で、もう世間体とか格好良さは底を這っているのだから開き直れば良いじゃないか。そう考えて自分を立て直す。
「……いつも通りの君だけが、救いだよ」
「モシ、モシモシ?」
「それにしても、花火か……こうして見ると綺麗なものだな……」
街灯に照らされる公園であっても炎の祭天は見上げることができた。そして、爆音。体を突き抜けていく天上の鼓動は驚きから心地よさに変わっていた。
今夜は、明日から始まるポケモンコンテストの前夜祭が行われている。花火は前夜祭のフィナーレを飾るのだとパンジャが言っていた。
ほう、と息を吐く。真似をするように隣に座るミアカシが息を吐いた。
「ははは……」
アオイは手袋を外してミアカシの温いからだに触れた。小さな手だ。
――握手? 握手だ! とばかりに、彼女はアオイの指をギュッと握った。
「ありがとう。まだまだ頑張れるよ、私は」
アオイは目を細めて伝えた。愛を知らない身だが、恐らく、これがひとつの愛というものだろう。彼女のことを無性に大切にしたいと思う。触れる度に強く思った。
(私は、もっと彼女に見せてあげたい)
この世界は、生きるに値する世界だ。生まれるに値する世界なのだ。
アオイが信じる思いを彼女にも知って欲しい。
そのために世界を知ることが必要だ。
薄く汚れた革靴の爪先を見つめる。そして、もう一度、空を見上げた。
「……いつか、旅をしよう。興味の赴くまま、いろんなところに行こう。今回のような旅行ではなくて。今日出会った彼らのように、旅をしよう。その時は、ダークライも一緒にね」
ミアカシの焔がピョンと揺れた。
ハクタイシティのアオイの家は、ハクタイの森の近くにある。ふたりはその森の奥に住み込んだダークライと仲が良かった。アオイは畑に植えたきのみを分け合うという条件、そしてダークライは彼の研究に参加するという条件のもと良き隣人として生活している。
ダークライを街から追い出したところで世界は何も変わらない。爪弾きにされた嫌われ者が別の場所に行くだけだ。だから「ここにいよう。いてもいいよ」。そんな言葉がダークライ――便宜上、彼とする――にも必要だ。
嬉しそうに「モシ、モシ!」と言う彼女に、アオイは微笑みかけた。
「彼って意外に外に興味があるだろう? 放っておくとずっとテレビ見てるじゃないか。旅番組なんて大好きらしい。だから、声をかけたらついてきてくれるんじゃないかな」
楽しげに頷くミアカシは、ワクワクしているようだ。
未だ問題の全容が窺えない現在ではあるが、アオイの気分は幾分楽になっていた。
「ダークライも来ればよかったのにね。私も、もう少し粘ってみるべきだったか」
「モシ?」
「ああ、この旅行の前に彼に声をかけたんだよ。でも、気乗りしないと言ってね。今頃、きのみの番をしているだろう――」
その時、街灯が当たらない草むらの揺れる音が聞こえた。
杖を持ち、ベンチから立ち上がった。空気は祭りの余韻を無くしていた。風だろうかと空を見上げる。けれど雲の動きは鈍い。
「ミアカシ、照らしてくれないか」
「モシ!」
はじけるほのおが空間を明るく照らす。
草むらに立っていたひとりの少年が大きく口を開けた。
「君は、サトシ君? おや、お仲間はいないようだが」
「こんばんは! 何だか眠れなくて。皆は時空の塔からポケモンセンターに戻ったんです」
ランニングをしていたという彼は、落ち着かないように髪に触れた。
「アオイさんは? パンジャさんは」
『私がホテルのダブルを選んでしまったばかりに、彼女と一緒が耐えきれず外を散歩していました』等と正直に言えず「考え事をしていてね」と言った。
「ダークライのことですか? さっきダークライって言葉が聞こえて」
「あぁ……聞いていたのか。まあ、ダークライのこともすこし。私は、旅をしたことがなくてね」
草むらから飛び出してきたピカチュウが、ミアカシの前に現れた。ミアカシは、ぴょこぴょこと動く尻尾に夢中になっている。
ふたり並んでベンチに座った。
「もうすこし時間ができたら、家で暇をしているダークライに声をかけてみてもいいかな、と」
「旅はいいですよ! いろんなポケモンとバトルできるし、いろんなポケモンと出会える!」
「……君は、負けたことだってあるだろう。悔しくないのか」
ひどい挫折から長く立ち上がれなくなった経験を持つアオイは、気になったことを聞いてみた。
「そりゃもう、悔しいですよ! 今日だってダークライにやられたし眠れないくらい悔しい。でも、みんなの力を合わせて勝てたときは『やったぜ!』って思うし、みんなで良かったと思うんです」
熱を込めてサトシは言った。
その顔を見て、心の機微に疎いアオイでも分かることがあった。
(この子は、良い旅をしてきたのだな……)
人とポケモンの出会いが、人生を作るのなら――きっと彼は良い出会いに恵まれたのだろう。
おそよ、アオイが見捨ててきたものに囲まれて。
「……君は、これからも旅を続けるんだね」
「はい、そうです」
「旅はいつ終わるのか、聞いてもいいかな」
「え? 考えたこともなかったっていうか……。いつでも終わることができる、のかもしれません。リタイアはいつでもできるから」
「野暮なことを聞いた。申し訳ない。私という大人は、どうにも逃げ道ばかり探してしまっていけない」
どう答えたものか迷う少年の横顔に微笑んで、アオイは杖を握った。
「明日も早いのだろう。私は早い。きっと君も早い。悪夢を恐れず、休むといい。……なんとなく予感なのだが、ダークライが表に出てきているとは、我々の考える以上に事態は深刻なのかもしれない。眠れる時に眠るべきだよ」
「ありがとうございます。オレも戻ります。――ピカチュウ! 行こうぜ」
ミアカシは、ピカチュウの尻尾に飛びついては電撃を食らっていた。痺れて身代わり人形のような顔になっている。
「……だ、だいじょうぶ?」
「モシィ……!」
ちょっとクセになった顔してる……。
アオイは気を取り直して、サトシを見た。
「それじゃ、おやすみなさい!」
「ええ、おやすみなさい」
ホテルに戻ったアオイを待っていたのは、パンジャの白い背中だった。
テレビを見ていた彼女は、彼が帰ってきたことに気づくと画面を消した。
「何を見ていたんだい」
「映画だよ。とてもつまらない映画だ」
「へえ。どんな」
「世界が滅亡する時に何をするとかしないとか。まあ、そんな感じだ」
彼女は本当に興味が無さそうに言った。そして、ブラウスを羽織る。
アオイはシャワーを浴びた後、ベッドに寝っ転がった。パンジャにお茶を入れようかと言われたが、断った。
「まあ……君が飲むのなら、飲むが」
視線だけ送ったアオイは、パンジャがお茶を入れる音を聞いていた。
モバイルを操作して今日のニュースを確認する。
やはりアラモスタウンの異変について報じているものはない。
(情報統制か? いったい誰が? 何のために)
パンジャは不意打ちにミアカシをアオイの胸に乗せた。
「まだ21時じゃないか!」
「もう21時とも言えると思わないか?」
モシモシ、とミアカシは元気に手を振った。
パンジャはカップを置くと背負ってきた鞄を掲げた。
「まだトランプもやってないし、すごろくだって、人生ゲームだってやってないじゃないか!」
「学生かっ!」
「もうちょっと話したいんだよー、分かってよー」
パンジャは横になっているアオイの腹に顔を押しつけた。
感覚がどうこうより、視界に飛び込んでくる映像で頭を殴られる。
こそばゆい思いに駆られてアオイは飛び起きた。
「い、いぃ、家に帰ってから話せばいいだろう! 私は逃げも隠れもしないんだから!」
「いま話したい気分なんだよー」
パンジャは、ころんとアオイの隣で背を向けて丸くなった。
何だか今日のパンジャは人懐こい。
ミアカシと顔を見合わせてアオイは考える。そして思い至った。
「ははぁ! 君、映画の内容を考えて恐くなったんだろう?」
「わたしは映画もドラマも嫌いだ。あんなもの見なきゃ良かった。感情移入し過ぎて疲れる」
「そういうものか」
「そうなの」
「そうか。では、気分を直して私とお茶を飲もう。すこし話をすれば君の不安も落ち着くだろう」
「うーん……そうしようか……」
むくりと起き上がった彼女の背中を押して椅子に座らせる。
「面倒くさい友人と思うでしょう。君に幻滅されたら生きていけないのに」
ひとくち、ふたくち。
二人は、同じ色の水面を見つめていた。
「私が君のことを悪く思うわけないだろう。それこそ被害妄想というヤツだ。まぁ、君はあれこれと気を回しすぎないことだ」
「分かっているけれど……わたしは、君のことが大切なんだ」
パンジャは、街に入りダークライに出会ってからピリピリしているようだった。
「私も同じ気持ちだ。君が私を思ってくれるように、私も君を大切に思っている。だから、何度だって言うとも。幸いなことに、今回の事件は私たちだけの問題ではないし、私たちが解決すべき問題ではない。……正直な話をするとね、事件に関しては『お手上げだ』と逃げを打つことも、まあまあ悪い選択肢ではないと考えている」
「それは……」
「この街の誰に何の情報を伝えようが、私たちの本当の目的は変わらない。『裏側の世界』だとか『やぶれた世界』だとか。何だか良く分からない『何か』の情報が得られないかと留まっているだけだ。すべて私の望みのために。だから、私は無理をしよう。足で稼ごう。命を張ろう。そう選んだのだから。でも、君は私に付き添ってくれているだけだ。……あまり無理をしないでほしい」
「わたしの不調は、君に理由を求めない。分かっている。大丈夫」
言葉少なく言う彼女はすっかり空になったカップに口づけた。
アオイも半分ほど減ったカップを揺らした。
「私が常に正しいわけではない」
「それも知っている」
「問題は、明日だ」
ダークライが現れた理由。
日に何度も現れた空間の歪み。
この町の人は、それがここ数ヶ月の当たり前と語る。それが異常だ。
「何か起きるとしたら、ここ数日だ。大きな質量が現れて、この町のどこかにいることは確かなのだから」
「何かって何だと思う?」
「見当がつかないが……」
沈黙のうち、脳裏にひらめくのはディアルガとパルキアだ。
神話に語られるポケモンならば空間の鳴動を『起こせる』かもしれない。
(しかし、こんなところで?)
アラモスタウンは、ただの町だ。時空の塔があるだけの町だ。
どうして、ここなのか。
「神話のポケモンかもしれない、なんて、言ったら……君は笑うだろうか」
「まさか」
その言葉は、何を差したものか。
パンジャは目を見開いたまま、口を覆った。
「……その『まさか』なら」
現実に当てはめる情報のピースを探す。
そして夜は更けた。
【あとがき】
今年一年、ありがとうございました。
あまり進まなかったのが、申し訳ないです。
次話から、映画の内容に踏み込んでいきます。
来年もお楽しみいただければ幸いです。
最近は、新作も発表された影響でポケモン界隈が活気づいていてとても楽しいです
ポケモンは いいぞ……
作中、面白かったもの、興味深かったものを教えてください。
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登場人物たち
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物語(ストーリーの展開)
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世界観
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文章表現
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結果だけ見たい!