アラモスの観測者【完結】   作:ノノギギ騎士団

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私達は、違う瞳で同じ夢を見ている

 時間は遡る。

 昨日の夜。アオイが外で空気を吸っている頃、パンジャはベッドに腰かけていた。

 

「アオイ――っていないのか。……まあ、いいけど」

 

 服を着るには身体が火照る。

 モバイルでニュースをチェックしていると視界の隅にテレビのリモコンが映った。アオイが放り投げていたものだろう。

 

 彼が何を見ようとしてたのか気になってパンジャはテレビのスイッチを押した。

 

「なんだ映画か……」

 

 短いコマーシャルを挟み、現れたものにパンジャは落胆した。

 創作物というものが、パンジャは苦手だ。特に物語は苦手でいけない。――ということを、アオイはあまり知らないだろう。

 

 自分のものではない感情。

 自分のものではない思考。

 自分のものではない記憶。

 

 境界が曖昧になってしまいがちな彼女は出来る限り遠ざけておきたいのだ。

 彼女にとって自分ではない何者を演じることは難しくない。とはいえ、できるから好むとは限らない。

 

「……こんなもの、よくも好きでいられるものだ」

 

 微かな苛立ちを覚えながら、物語の行く末を見つめる。

 深夜に近付く時間帯的だ。クライマックスが近いらしい。

 

 隕石の落下が近づく。カウントダウンが始まった。

 脱出する宇宙船は飛び立たとうしている。

 主人公は夫婦だった。子を宇宙船に乗せようと手を尽くした。綺麗なことも。汚いことも。

 惨劇のうちに子は何とか宇宙船に紛れ込み、船は飛び立った。

 隕石は目に見える距離まで近づき、夫婦は手を繋ぎ、口づけを交わす。明日会おう。そう告げて物語は閉じた。

 

「くだらない……くだらないな……まったく……時間を無駄にした……あぁ」

 

 けれど、すこしだけ学んだことがある。

 

 ――これは、哲学の問題なのだ。

 

 死が迫る避けられない状況において人が何を選ぶのか。

 その言動には、偽らざる真実があり、人間の根幹がある。

 

 夫婦は選んだ。

 自分の命ではなく、配偶者ではなく、病を抱える親ではなく、頼れる友ではなく、務めるべき社会的役割ではなく――子を選んだ。

 

「睦ましいことだな」

 

 ケロイドだらけの指先で頬を撫でて、ただ呟いてみる。

 パンジャは、母から愛されていたので――その愛は歪んでいたが――分かる。

 親が子に対し、必死になる理由に心当たりがある。ただ、分からないのは。

 

 ――わたしとアオイはどうだろう。アオイはわたしに生きろと言うのだろうか?

 

 彼のいない隣をチラと見てみる。

 

 ――それとも、彼が生きるだろうか?

 

 パンジャは踏み台にされても良いのだが、彼はそんなことをしたら気に病みそうだ。

 

 ――では、わたしと一緒に死ぬのか? 死んでくれるのか?

 

 これには前提条件を加える必要がありそうだ、とパンジャは悩む。

 

 ――『どちらが犠牲になれば何とかなる』状態であれば、わたしはアオイを優先するだろう。けれどアオイもわたしを優先するだろう。だから、「一緒だよ」とギリギリまで彼と一緒にいた後で、最後に突き飛ばす必要があるのだろうな。

 

 考えれば考えるほど深く思考の湖に嵌る。

 アオイが帰ってくるまで、彼女がそれ以外のことを考える時間は無かった。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 けれど、今はこうも思う。

 

 あの時、決めておけばよかった。

 考えておけばよかった。

 聞けばよかった。

 

 どうせその時になれば平時のような判断力は失われてしまう。

 

 だから、せめて。

 その時点での『納得』を優先すべきだったのだ。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 結論から言うと、世界は変貌した。

 

 未来の記述に於いて「ポケモンの力により、世界から断絶した」と語られる現象を前に、人間は何ができるのか。

 これも結論から言えば、無力だった。ただ無力だ。ちっぽけな人間だから、仕方が無い。この街の人間が等しく、そして、唯一分かることと言えば「これはどうしようもない」という諦念を呼び起こす醒めた感情だった。

 

(そうなるのも仕方が無い)

 

 祈りの声をかき消す怒りの声。

 嘆きの声を潰す幼子の泣き声。

 

 混然とした声のなかに、ハッとする感情のきらめきが感じられる。

 頭に流れ込んでくる音から、それを理解するのは苦しいことだった。どうしようもない現状において、大人が子供にかける声など存在しないからだ。

 

(わたしは、何をするべきなのか)

 

 パンジャは自分の立ち位置を確認するように右足で石畳を踏んでみた。革靴の底がタン、タンと音を立てる。

 彼女の考えるところ、すでに現状は「どのように生きるか」より「どのように死ぬか」という段階のように感じられている。

 詰みだ。我々の人生は、大手をかけられている。

 

(――わたしの望み。わたしの死の形。わたしの結末。ろくなものではないと覚悟していた心算だった、が、しかし、これはいくらなんでも予想外。最後に願いを叶えられるなら、叶えることのできる願いなら、わたしは……無い、ということにしたいが……)

 

 目を背け続けた願いが、無防備に背中を晒してそこにある。

 パンジャには、知りたいことがあった。

 

 しばらくアオイと生活していて強く思ったことがある。

 ――この人を、わたしは、大切にしたいのだ。

 記憶を、人格を、時間を、全てを。

 手を繋ぐ。体温を感じる。呼吸を聞く。その全てに安らぎを感じる。この人の傍にいて穏やかに過ごせる自分が好きになりかけている。パンジャは生まれて初めて自分の安心して過ごせる場所を手に入れた。

 

 けれど、これまで幸せと感じられることが少ない人生を送っていたせいだろう。

 幸福を感じる端々に終わりの影がちらつく。

 

 杞憂だと分かっている。

 分かっている。アオイはどんな時でもわたしを見捨てないし、わたしも彼を見捨てることはないだろう。今でさえ、きっと彼は離脱の方法か、問題の原因か、正常への解法を考え続けているに違いない。

 

 頭では分かっている。

 

 分かっているのだが、どうしても考えてしまうのだ。何事もいつか終わりがやってくる。彼と別れる終末が恐ろしい。

 そして、彼女には予感がある。

 

 ――アオイはわたしを置いていくのだろう。死ぬ時も、きっとそうだ。

 

 彼は、パンジャとは違う。彼の目に映る夢をパンジャは完全に共有できていない。

 差異はいずれ二人を引き裂くだろう。妄想に憑りつかれていることをパンジャは自覚していた。

 

 ――始めた時と同じように終われないのなら、どうするべきだろうか。

 

 氷解することのない疑問。

 その温度は、耐えがたい衝動に火をつける。

 

 ――置いていかないで。

 ――そばにいて。

 ――ここにいて。

 ――置いていくのなら、置いていかれるくらいなら。

 ――わたしがあなたを置いていくから。

 ――ああ、そうだ。

 

 世界が終わる。まるで映画のように。

 現実が虚構性を纏う時分において、正気を保つことは難しい。

 だからこそ。

 深い陰を持つパンジャ・カレンという人物の心が、他害性の自傷行為に安心を見出すのは難しくないことだった。

 

 ――アオイ。価値のあるこの人が、わたしのために消えてくれたら、ひょっとするとわたしは価値のある「わたし」になれるのではないだろうか。

 

 知りたい。あぁ、知りたい。

 どうせ消えてしまう生命なら。どうしようもない事態で命が摘まれる世界なら。

 

 最期に答えのひとつ。

 わたしにくれても良いではないか。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 体を貫く激しい音に、建物の硝子がキシキシと歪な音を立てた。

 ――ダークライだろうか? それともパルキア? ディアルガ?

 ほんの数秒の思考は終えた。どちらであっても最早同じことだ。音が鳴りやむことは無く、次第に疑問に思うこともなくなった。

 

 空間が悲鳴をあげているようだ。

 

 街の高い建物、そして橋の向こう側から妙な光が見える。その光から先は何も無い。石や鉄や木、材質に関係なく消失し始めているのだ。物体が存在できなくなっている。それは空間の消失とも言い換えることができそうだ。飛び交い、駆けまわるポケモンや人々の混乱ぶりは異常事態を雄弁に語るものだ。

 

 アオイは、声を張り上げて庭園を目指すよう道行く人に声をかける。同じような声があちこちから聞こえる。庭園へ。庭園へ。

 

「パンジャ」

 

「な、なに」

 

「……君にすこし、聞きたいことがある。こんな時に質問すべきではないのだが……まあ、すこし気になる話でね」

 

 アオイが声をかけたところ、パンジャはなぜかバツの悪そうな顔をしていた。

 

「何だ。さっさと言えばいいだろう」

 

「何を怒っているんだ……。まあ、こんな異常事態だ。尖るのも仕方が無いのだが……。話というのは、君が昨日見た映画のことだ」

 

 パンジャは本格的に『何を言われているのか分からない』という顔をして、まじまじとアオイを見つめた。

 

 昨日、アオイがホテルに戻って来てからのことだ。帰るとパンジャはテレビ放映されていた映画を見ていた。アオイの目に飛び込んできたのは、その映画――ではなく、彼女の白い背中だったので画面を見るどころではなかった。また、パンジャはすぐにテレビを消した。どんな物語だったのかも分からない。ただ、内容だけは彼女から聞いた。

 

「『世界が滅亡する時に何をするとかしないとか』――そういう話だったのだろう。登場人物達は何をしたのか。すこしだけ気になってね」

 

「ああ、それか」

 

 彼女は肩を落とした。

 場違いな発言に対する落胆とは少し色が違う。アオイはそう見たが、咎めることはしなかった。

 

「言っただろう。『とてもつまらない』って。今際の時に互いに愛を確かめ合って死んだよ」

 

 彼女は、寄り添うように隣に来てアオイの腰を抱き寄せた。

 

「――こうして、キスをした! そして、死んだ! わたしは腔内細菌のことを考えていた! くだらない。本当に、くだらない話だった!」

 

 ちっとも面白くないだろうに彼女は嗤っている。

 双眸には、ただの創作物に対しては余りある、今にも叫び出してしまいそうな憎しみがある。

 

(怒っているのか。悲しんでいるのか。……いいや、どちらでもないのか、これは)

 

 彼女は、ただ不安なのだ。

 この領域にいる誰もが感じていることを彼女もまた感じて怯えている。

 知識があり、多少は現状の理解ができるから、より一層――不安が他者を害してしまいかねない憎しみに変わるほどに。

 

「そうか。それもいいのだろうな……」

 

「なに?」

 

 アオイはパンジャの肩に触れ、空を見上げた。

 

 神と呼ばれたポケモンは荒れ、世界を揺るがしながら激突を繰り返している。

 時空の塔の周囲に広がる広場、そして、ゴーディの庭園にも余波は届いていた。

 

「……君は、私に何か言うことがあるだろう。言いたいことがあるのなら、先に言った方が良い。君の後に私が話すことは、これからの私達の未来についてだから」

 

 パンジャが目を見開く、瞳が揺れた。

 

「迷っている。わたしは、今、君を殺してしまおうか迷っている。『世界に奪われるくらいなら、いっそ、わたしのエゴに巻き込んでしまえ』と思うのだ。だって、手の届くところに君がいる。今度は、手が届く。ずっと昔からそうしたかった。そして今、追いついた。――わたしは逃がさないし、君は逃げられない」

 

 静かで平坦な声だった。

 何の感情も無い。

 だから、ただの事実なのだろう。

 

「それだけか」

 

 呆れる、とか、驚く、とか。

 そうすべきだとアオイは理解している。どんな感情を発露しても許される立場だと思う。

 

 しかし。

 

 それしかない、と思い込んだ彼女が何をするのか。

 身に覚えがあるアオイは肯定も否定もせず、ただ言った。

 

 一転、狂が醒めたように理性のある表情で彼女は眉を下げた。

 

「ああ、今のわたしにはこれだけだ。幻滅してくれよ。現状を打開する案が浮かばない。既に事態は――」

 

 パンジャは、しばらくアオイを見つめていた目を離すと辺りを見回した。

 彼女の横顔は疲れている。

 

「いかに死ぬべきか、という状況まで悪化したように思う。『誰が悪いのか』、『何をすべきだったのか』、『どうすれば防げたのか』。何も分からない。――でも、君の言葉を聞こう。待つよ。世界もその程度の猶予はあるらしい……」

 

 崩壊の音を聞きながら、アオイは静かに口を開いた。

 

「――私達の繋がりは夢だ。私達は、同じ夢を見ている。違う瞳で、同じ夢を見ているのだ。どうにも冷めやらぬ夢だ。生きている限り、ずっとこうだろう。何かを探し、見定めずにはいられない」

 

「…………」

 

 その瞬間、喜怒哀楽――あらゆる感情が彼女に起こり、アオイの右手を強く握る。音も無く。名前を呼んだかもしれない。だが、ついぞ音になって現れることはなかった。彼女は自身の感情より、アオイの言葉を優先してくれたのだ。彼もそれに応えた。

 

 天を仰ぐ目を移し、パンジャを見つめた。

 

「もしも、私達が夫婦だとか恋人だとか、まぁ、そういう関係ならば私は君に『何が何でも生きろ』と言ったかもしれない。決して死んでほしくないからね。――だが、私達は親友で同じ夢の同志だ。だから、あらためて言うが、有事の際は、私と一緒に死んでくれ。具体的に言えば、今がまさにその時になるかもしれない」

 

「…………」

 

「私達は、お互いにどこまでも対等で平等で誠実であるべきだ。だから、私を殺したいのなら親友ではないと宣言してから殺せ。私も君にそう宣言するだろう。…………それは、きっと、すこしだけ、悲しいが……私の力が至らなかったのだろう」

 

「どうして、君は……諦めていないのか……?」

 

「我々は『自らの手段が尽きるまで研究から手を放すべきではない』。ヒイロに……母にそう言われた。悪夢の研究は、まだ続いている。何も終わっていない」

 

 呼吸が止まるような一瞬の後で、パンジャは顔をほころばせた。

 

「ああ、よかった。置いていかないのね。そうだ。そうだね。君は、正しく親友だ」

 

 それでも、アオイの右手を握る手は強い。

 彼女に負けないようにアオイも手を握った。

 

「二人でやらなければ意味が無い。そして、本気でやらなければ価値さえ無いのだ。――必ず生き延びるぞ。私達の最期はここではない」

 

 二人の会話は、世界を置き去りに流れたかのようだった。

 ひとつ。呼吸をする。手が解ける。

 世界は色を取り戻したように、動き始め――凄まじい轟音が響く。

 

 互いを食い合うように噛み合ったふたつの神体が地上に激突する。その寸前でダークライが吹き飛ばしたのだ。

 

「――戦いはやめて! やめて……! ああっ!」

 

 声を枯らし、涙ながらに訴えるアリスは触れがたい深い悲しみをたたえている。その彼女が、口を押えた。

 ダークライにパルキアとディアルガの攻撃が直撃したのだ。爆炎を抜けて戦闘から投出されるダークライを追ってアリスは庭園に向かっていく。

 

「アリスっ!?」

 

 トニオは未だ攻撃を止めないパルキアとディアルガを苛立たし気に見上げた後でアリスを追った。サトシ少年達も彼らに続いた。

 

 アオイの腕に抱かれるヒトモシのミアカシが「アオイはいかなくてもよいのか」と軽く腕を叩いては、森に入り見えなくなった彼らを指さした。

 

「私の脚では、どうあっても追いつけまい。……広場は目立つ。迂回して時空の塔へ行こう」

 

「なぜ、そこに? 庭園に逃げる人も多いようだが」

 

 建物の物陰を辿り、足早に庭園への回廊を進む人々の姿を指して彼女は言う。

 

「君とはぐれたくない。……時空の塔は、建造物自体が楽器のようなものだ。塔を繋ぐ中央に至っては、展示ケース少々でほとんどがらんどうだ。落下物も少ないだろう。しかも街の中心だ。消失も遅いかもしれない――」

 

「分かった。アオイ、ちょっと待って」

 

 今は少しの時間も惜しい。

 何事かと聞くとパンジャはアオイの片腕を取った。

 

「君が歩くより、わたしが担いだ方が速いよ」

 

「えっ!? いや、それは――わっ! ちょっと待っ」

 

 瞬きの間に、アオイの腋の下に首を差し入れ、担ぎ上げた。

 頭が直角に揺さぶられ、彼はすこしじたばたした。

 

「暴れないで」

 

「や、待て――」

 

「わたしはね。君と未来を生きることと同じくらい、君と破滅するのも悪くないと思っている。あ、逆だ。破滅してもいいくらい、生きていてもいいと思っているんだ。いいや、こんなことを話している場合ではなく……。ほら、口を開けていると舌を噛むよ。左手で足を掴んで」

 

 アオイは自分の左大腿へ腕を伸ばした。

 一般的に、ファイヤーマンズキャリーと呼ばれる負傷者を運ぶために使われる運搬方法だ。おんぶに比べ、片手を使える利点がある。アオイが抵抗を諦めるとパンジャは走り出した。

 リグレーがピリリリと警戒音を鳴らした。

 アオイが周りを見れば、消失領域が迫っていた。

 

「あーッ! パンジャ、急げ、急いで!」

 

「大丈夫。間に合うさ」

 

 彼女の宣言通り、消失しつつある空間からの離脱は成功した。

 成人男性の重みをものともしない、パンジャの脚は速かった。

 時空の塔のエントランスまで駆け抜けたところで、パンジャはアオイを下ろした。

 

「あ、ありがとう。すまない……」

 

「モシ……!」

 

 ミアカシがアオイにぴったりくっついた。彼女にとって後ろから怖いものに追われるという経験は初めてだ。縮こまった焔が痛々しい。アオイはできるだけ優しい言葉をかけながら、小さな命を抱きしめた。

 

「だ、大丈夫。大丈夫だよ。ここまでくれば、ひとまず、まあ、ひとまずは……」

 

 杖を使い、何とか歩く。

 そのうちポケットから単眼鏡を取り出してパンジャに渡した。

 レンズの調節をしながら、彼女はほんのすこしだけアオイの脚を見た。

 

「君、もうすこし食べたほうがいいよ。軽かった」

 

「だって、事務仕事が多いのにたくさん食べたら太るじゃないか……。何か見えるか?」

 

 アオイの目にも、街の上空を縦横無尽に飛び回る戦闘が見えている。けれど、細かいところまでは見えていなかった。

 どちらの攻撃なのか。何がどれを攻撃しているのか。生態を知らないポケモンの戦闘は、遠目からでは分からないことが多い。単眼鏡で見つめたパンジャが「ほお」と興味深そうに呟いた。

 

「ダークライが戦闘しているようだ。復帰したらしい……お?」

 

「パルキア? ディアルガ? どちらと?」

 

「どちらもだ」

 

「二体一? 不利じゃないか。いや、しかし――」

 

 アオイの思考に飛来するのは、この場合、ダークライとパルキアとディアルガの三者のうち誰が勝てばよいのだろうか?という疑問だ。

 

 ダークライ――少なくとも街は守ってくれそうだが、パルキアとディアルガを倒せるのだろうか。倒したら街の消失が戻るのならば勝ってほしい。

 パルキア――空間を操り、街を元に戻せるのなら、勝ってほしい。だが、怪我をしている。それに、時間の概念を持つディアルガまで倒してしまってよいのだろうか。

 ディアルガ――時間を操り、街を元に戻せるのなら、勝ってほしい。だが、空間の概念を持つパルキアを倒した後でも時間はうまく巻き戻るのだろうか。しかも、アラモスタウンにとってパルキアは獲物の逃亡先だ。街のことをいちいち気に留めるだろうか。

 

 結論。

 

「ダークライの応援が必要だ。――パルキアとディアルガを気絶でもさせれば権能の行使が止まる、かも、しれない。いや、分からない。でも、パルキアとディアルガのどちらかが勝って均衡が崩れるくらいなら二体叩きのめした方が世界に有効打を与えられる……かも……しれない」

 

 アオイは声を絞り出し、パンジャを見た。

 

「どう思う?」

 

「悪くないと思いたい。特にディアルガが勝つ状態は避けたい。――だが遠い。地上からでは、フリージオの『ぜったいれいど』も届かないだろう。ミアカシのサイコキネシスも。バニプッチの『あられ』さえ天候に干渉できるかどうか怪しい。というか、あられは無理な気がする……」

 

 では、どうするか。

 ミアカシが一足先に、階段に脚をかけた。

 

 二人で顔を見合わせた後でアオイは歩き出した。

 

「ああ、階段ね、階段あったね、億劫で忘れていたとかでは、全然ないとも」

 

「担ぐよ?」

 

「行けるところまで行くさ。もう、どんな時でもそうすると決めたんだ」

 

 帽子を脱ぎ捨てて、アオイは杖を握る。

 ――母ヒイロなら、そうするだろう。

 あの人に恥じないように、生きていきたいと思う。

 

 何よりも。

 まだ生きていたい。

 まだ夢を見ている。

 

 




【あとがき】
 この物語のこの話に限っては「最後の日に何を食べるか」とか「無人島に何を持っていくか」とか、そういう類の話です。心理ゲームのようなこの問いが、筆者は好きではないところですが、作品の中に取り入れることは良い試みで面白い作用をすると思っています。その人にとっての哲学・信条がとても率直に透けて見えるからです。それがうまく表現されたのなら、筆者・読者は、その人の過去・未来をシミュレートできるようになります。
 今回の話で、それがうまく表現できたかどうかは、とても微妙なところですが、ひとつ書いてみたかったんです(本音)。許してー。

 極限の状態になると攻撃的になってしまってしまう。
 それを正当化できる(本人のなかで)理由を作ってしまう。

 というのは、よくあることだと思うんですよ。あるよね? えっ? そう……。

作中、面白かったもの、興味深かったものを教えてください。

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