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1本の電話が、国家の明暗を左右することは歴史上の必然であったのかもしれない。
日本国首相が1つ息を吐き、緊張した面持ちで通話を開始する。もはや老人と言える年齢だが、国政の場ではまだまだ若いと言われる立場だ。その声には張りがあり、実年齢よりも若々しい印象を与える。
「挨拶は抜きでいいかね? 篠ノ之束さん」
『そんなものは要らないよ日本国総理大臣。束さんの家族を人質に取るとか、いい度胸してるじゃないか』
総理大臣の電話の相手は篠ノ之束。本来ならば愛らしい声だろうが、不機嫌な声を隠そうともしなかった。
「人質ではないよ。重要人保護だからね。今や君の家族は合衆国大統領の家族よりもVIPなのだから」
『おためごかしも要らない。何が欲しいのかだって分かってる。でもタダじゃあげない』
取り付く島もないとはこのことだと総理大臣は要件に入る。交渉の始まりだ。
「君が作ったISは幾つもの刑法に触れている。だが国家主導で『作らせた』ことにすれば、それらは適用されない」
総理大臣の声は固かった。本人も提案とは思っていないのがありありと感じられる。
『捕まりたくなければ成果を寄越せって言うの?
教えを請う立場、何かを恵んでもらう立場なら相応の態度というのはあるんじゃないかな。でもそんな行為を取られたことは今まで一度しかないよ』
少女の声は純粋な疑問に満ちている。束が自分の回答に辿り着く前に、総理大臣が疑問へ回答を返した。
「ふむ。答えを返すなら、それは慣習によるところが大きいのだよ。
私達のような凡人同士では、経験の差がそのまま立ち回りの差になることが多い。年功序列が優先となり、個人の能力は二の次とされる。立ち回りはマニュアル化され次代に受け継がれるから、余計に個人の突出した才能が活かされることはない。
なぜならこれが最も多くの人間が納得できるからだ。年を取れば誰でも偉くなれるのだから、若い内は我慢ができる。才能が無くても徐々に上がっていけば次の世代が自分の下になる。
つまり、君が若いという一点において、年功序列という慣習という視点から見た場合のみ、私達は上の立場になれるのだ。交渉の場で自分が優位に立というのは自然なことだろう? だから君のように才能あふれる者に対しては皆同じ対応になるのだろうね。君の能力を高く買うがゆえに威圧的になってしまうのは凡人の限界なのだよ」
『なるほどよく理解できたよ。納得なんてしないけどね』
「それは君の考えだ。私が口を出すべきではないな。で、どうかね? この問答は君が要求したものだ。私は答える必要もないが答えた。この回答は君に“貸し”を作れたと思っていいのかな?」
年功序列の理を聞いた束は老人の狡猾さに後でやり返そうと決めた。
『ふうん。会話だと思ってたけど、束さんの要求になるわけか。いいよ。何を返せばいいのかな?』
「君の家族を“保護”したことを納得して欲しい」
『お断りだよ! ……と言ったらどうなるのかな?』
「篠ノ之束さんとは価値観が違うと判断せざるをえないね」
不機嫌、怒っている最初に掲示した理由。それを崩すことで五分の交渉を行うためでもあるが、それ以上に篠ノ之束という人物を測るためであった。最初の怒りは家族を保護という人質に取られたことに対するポーズなのか、真意なのか。真意であって欲しいという期待も込めての回答だった。
『束さんはそれでもいいんだけどねー。うーん。分かったよ。保護してる。これでいい?』
「ありがとう。我々は歩み寄れた。これは互いに交渉が可能だということだ。実に喜ばしいね」
総理大臣はほっと息を吐く。篠ノ之束は自分の感情さえも使った交渉のプロフェッショナルではない、と判断できたからだ。
そこに冷水を浴びせるように束は冷たい声を放つ。
『勘違いして欲しくないのは、束さんは不愉快なままだし、激怒なままだからね。で、さっきはこっちの要求だったみたいだから、今度はそっちが何か言う番なんじゃないかな?』
篠ノ之束は攻守の交代を告げる。
総理大臣は1つ咳払いをし、会談の本筋に入った。
「ふむ。感情を抑えて交渉を続けられるとは実に優秀だ。要求だが、先ほどこちらの欲しいものは知っている、と言っていたと思うのだが」
自ら欲しいものを直接には伝えない。相手に確信させれば足元を見られるのは当然だから。
『ISが欲しいんでしょ。そのくらいは分かるよ』
「ふむ。それはあれば困らないが、本当に欲しいものではないね」
ISが欲しいのは間違いない。だがそれを簡単には認めない。
『束さん自身が欲しいって言われてもそれは無理だよ。そんなのわかるでしょー?』
開発者本人が手に入るならそれに越したことはないが、現在の世界情勢がそれを許さない。
「もちろんだとも。今の日本はただでさえ深刻な孤立と各企業帯の利益調整で導火線に火の着いた火薬庫そのものだ。そこに
『ああ、なるほど。世界中にISをばら撒いて欲しいんだね。りょーかいだよ。うん。“私がそれを要求した”ことにしていいよ』
話の途中で束が遮った。要求を察せられただけでなく、本心までも見抜かれたことに総理大臣は戦慄する。
「話が早くて助かる。しかし大丈夫かね?」
表情と声を変えてしまいそうになるが、グッと抑えることに成功した。
束がISコアをばら撒くことを日本に要求し、それを日本が呑むということは、ISは日本という国家の占有物ではなく、篠ノ之束本人の所有物ということになる。ISに対しての要求は日本に対してではなく、篠ノ之束本人にする必要が出てくるのだ。
当然世界中の国家は篠ノ之束を死ぬ気で探し確保しようとするだろう。その際に束の家族は文字通り合法非合法を問わず人質として使われることが予測できる。
しかし日本が“束の許可を得て保護”していれば、手を出すのは愚の骨頂だ。篠ノ之束個人と日本が繋がり害を与えた国家を攻撃することなど目に見えている。そしてその結果は“白騎士事件”の再来、いやそれ以上に酷いことになるのは誰の目にも明らかだった。
『問題なんてあるはずないよ。そりゃー箒ちゃんに嫌われるのは辛いけど、護るためにはしょうがないんだから。
それにISコアを解析するのにどれだけの時間が掛かるか予測がつくかい?
まず無理だよん。コアには自己進化機能があるからね。時間を掛ければ掛けるほど解析が難しくなっていく。かといって使わなかったら軍事競争に負けちゃうからね! 配る数は467個。2週間後には全部配送するからね。時間はないよ』
世界に発表し、各国家にISコアがばら撒かれれば、各国は躍起になってそれを回収しようとするだろう。作り上げれば核を超える抑止力になる可能性があるのだ。喉から手が出るほど欲しいというレベルではない。
だが、それも国家に取っては良し悪しだ。ISの開発力の無い国家や、力が無い事で平和であるとアピールしてきた国家――日本もこれに含まれる――にとっては、国家方針の転換を迫られるだろう。
総理大臣はこれから起こるであろう混乱、そして他国や野党の突き上げに
「……君はまさに“天災”だな」
「それは褒め言葉として受け取っておくよ」
総理大臣の呟いた発言に対する答えは、彼のすぐ側から聞こえた。
まだあどけなさを残しつつも美しいと誰もが思える空気があった。目の下に隈があり、髪もパサついており、化粧もしていない。だがそれらを含めてなお他を圧倒する存在感があった。
「なッ!?」
驚愕の声をあげる間もなく、その姿は1つ
恐る恐る受話器を耳に当てると、通話は既に切れていた。
今のはなんだったのか、理解不能の事態が混乱を加速させていた。
「……これが篠ノ之束か」
予測不可能、総理大臣は自分が篠ノ之束を測ることなどできない、と匙を投げる。
それと同時に、会談は成功したのだと手応えを感じていた。
原作キャラが初登場。
口調や雰囲気が違う、というのはご愛嬌ということでお願いします。