のんびり書いていけたらと思います。
今回から名有りオリキャラが出ます。
白騎士事件から5年ほど時は遡る。
それはISという単語が世界に初めて登場してから幾日も経たない日のこと。
当然のように篠ノ之束はご立腹だった。元より機嫌が良いことなど殆ど無く、
親友である織斑千冬が居なければ中学校にさえ通わなかったであろう破綻者である。
クラスメイトで疑問に思う者などいない。ゆえにその日は静かに終わろうとしていた。
放課後、自分の机でノートPCを弄る束の側に、千冬が近づき声をかける。
「どうした束? えらく不機嫌そうじゃないか」
「あったりまえだよ! びっくりしたよ! あいつら揃いも揃って無能ばっかだ!」
千冬が話しかけた時だけは感情を露わにする束だったが、理由を聞いて千冬は納得した。
なぜなら、束が考案していたIS基礎理論が、権威ある学会に笑いものにされたからである。
「お前らしくもない。そんなに意外だったのか?」
「うう……。いや、ちーちゃん以外の人が理解を示してくれたところで何の興味もないのは確かなんだけどね。
それでもこー、世界の権威って肩書なら、もしかすると億に1人くらいは有用な意見を出す可能性も無きにしも非ずと思って……」
はー、と溜息を吐きながら千冬が返す。
「勝手に期待して、勝手に怒る。子供かお前は」
「ちーちゃんが束さんに追い打ちをかける」
うごごご、と机に突っ伏する束。
千冬が言ったように、勝手に期待して、勝手に裏切られたような気分になっていただけだ。
そう思うと気持ちがフラットになり、いつもの状態に戻っていく。
「そうだよねー。束さんはいつだって十全だからね。足りない奴らはどうでもいいや」
「落ち着いたか?」
「うん。ちーちゃんはやっぱりすごいねぇ」
「一夏より手間がかかるなお前は」
「うそーん!? 5歳児よりダメダメなのかな!?」
「黙秘権を行使する」
「嘘だと言ってよ! ちーちゃん!」
ひとしきりコントのようなやりとりを楽しんだ後、これなら問題無さそうだと判断した千冬は束に待ち人が居ることを伝える。
「ところで束。さっきまでイライラしていた原因のIS基礎理論だが」
「? どうしたの?」
「実はそのことで話がしたいから私に渡りを付けてくれ、と頼んできた男がいる」
どうする? と視線で千冬は束に尋ねる。束は2秒ほど考えた後、こくりと静かに頷いた。
会って話を聞く、ということだ。人間嫌いの篠ノ之束にしては珍しいことである。千冬も少し驚き、こいつも成長しているのかと軽く微笑む。
「なんかちーちゃんが年寄り臭い笑みっ――いだ~い! ちーちゃんがぶったー!」
「次はグーでいくからな」
「やめて! 束さんの脳細胞が死滅しちゃう」
「なら余計なことは口にしないことだ」
「はーい」
「よろしい。それでどういう風の吹き回しだ? てっきり断るかと思ったが」
「んー。ちーちゃんが会わせてもいいって思ったんでしょ? ならいいかなーって」
「そうか」
「後は、どんな内容かだけど、こっちは大体想像つくし問題ないよ」
「では呼んでくる。少し待て」
千冬はそう言うと、教室の外へ出て待機していた人物を連れてきた。
少年というには大きい身体。丈の合わない制服は、成長しても大丈夫なようにゆとりを持たせてある制服でも補いきれない急成長を示す。
黒髪短髪。ゴツく大きな手は、油汚れが染着して黒ずんでいる。相当機械いじりが好きだという証左だ。
プログラマーではなく、ハードウェア関連に連なる町工場の1人息子。束が抱いた印象はそんなところだった。
顔つきに関しては興味が無いので覚えていない。
「えーと、初めましてだな。俺、
「前置きはいいよ。で、なに? ISの理論とか説明しても解らないと思うから束さんは説明してあげないよ?」
「ズバッとくるなぁ。織斑さんに聞いた通りの人だ」
ポリポリと頭を掻いて呆れる鉄平。千冬の名前を出されて不機嫌になる束。対照的だなと我関せずの千冬。
「それで?」
「おう。ISの基礎理論は言うように理解できなかった。でも、宇宙開発用のパワードスーツって響きは気に入った!」
「マルチフォームスーツ。そのくらい覚えてきなよ」
「悪い悪い。それでさ、こないだの発表だと、空想とか妄想とか散々貶された訳じゃんか? でもそれって、実物ががないからだろ?」
「……そうだよ。机上の空論とか凡人の発想だよ」
先ほどフラットに戻った気持ちが再びざわつき始める。
「じゃあ、実物作ろうぜ! 俺も協力するからさ!」
「お断りだよ」
熱のこもってきた鉄平とは逆に、完全な拒絶の声。
千冬が、これはまずいか? と思い始めた矢先、鉄平の協力申し出をいともあっさり断る束。
「一応理由聞いてもいいか?」
「1つ、ただの中学生に何ができるって言うんだい? 足手まといは要らないよ。
2つ、どれだけお金かかるのか知ってるの? 十億や二十億じゃ利かないよ? お小遣いでやれることじゃないんだよ。
3つ、基礎理論も理解できない奴にどんな期待しろっていうのさ。
4つ、お前が気に入らない」
以上だよ。と告げる束。千冬が自分の頭を抱えている。
束が「ちーちゃんには悪いけど……」と言いかけ、千冬の方を見ると千冬は困っているのではなく、笑いを抑えていた。
「言った通りだろう? 稲取」
「おう。予め織斑に聞いてなかったら、へこたれてたわこれ」
「な、何がおかしいの?」
「いやなに。束が言いそうなことを予め教えておいたのだが、これがドンピシャリでな」
「4つ目以外はどうにかする。さすがに4つ目だけはどうにもならないからな」
「……口だけならなんとでも言えるね」
ふう、と息を吐いて3人が呼吸を整える。
それから口火を切るのは鉄平だった。
「1つ目。悔しいけど確かに俺の技術じゃまだまだ宇宙開発用なんて無理だ。でも爺さん達が協力してくれる。これはもう約束を取ってきた。
小数点以下6桁の精度のネジなんてうちの爺さん達くらいしか無理だぜ」
「……2つ目は?」
「プログラムと基礎理論は完璧なんだろ? なら設計図も完璧なものを作ってくれ。そこまでいったら某大企業の炉を使わせてもらえる。
爺さんが約束取ってきた。ただしCEOが変わったらおじゃんになる。これは期限があって5年以内」
「どこにお金が一番掛かるか分かってたんだ?」
「パーツの最終的な部分は俺たち職人でやるけど、そのパーツの素である合金は作れない。
合金無しでISなんて物作れないし、炉を作る許可も早々下りるものじゃない。なら借りるのが早い、というより現実的な手段としてそれしか無理じゃね?」
例えば1つの合金を作るのに3種の合金が必要になり、その3種を作るために10の条件と合計9種の金属が必要だとする。
これの最初の金属を手に入れるのはそう難しいことではない。だがそこからの合金にするための条件は非常に多岐に渡り、かつ繊細である。1つ1つの行程に専用の設備が必要であり、しかも代替手段がない。代替手段がある合金もあるが、それでは合金としての精度はどうしても落ちてしまう。宇宙開発用と銘を打つ代物では、その精度のズレは致命的なエラーを引き起こす可能性があった。
ゆえに、莫大な費用が掛かることになるのである。専門のパーツを作るための、専用の合金を作るための、許可が必要な大規模施設を作るための、工作機械を作るための道具類、くらいまで連鎖が続く。或いはもっと多くの行程が必要になるのだから。
これらをクリアできるという条件は破格であった。
「そっかー。じゃ3つ目は?」
「そもそもだ。基礎理論って言うけど、コアの仕組みとか篠ノ之は誰かに教える気があるのか? あるなら必死で理解する。ないなら篠ノ之と別の視点からのアイデアと要望を出す」
「凡人の意見なんて必要ないよ」
「あー、言い方が悪かったな。俺は凡人だろ?」
「大分落ちこぼれに見えるけどね」
「ならより都合がいい。俺に分かるように次の企画書とかは作ればいい。そうすりゃ権威の凡人達でも理解できるだろ?」
「その発想は無かった……」
束にとっては、理解できない奴が無能だからイラついたのだ。束は常に最先端を走り続けている。
その為、上のレベルに合わせるのが当然で、下のレベルに合わせるなんて無駄なことが発想として出るわけが無かった。
研究や学問としては無駄でも、プレゼンテーションとしては有用だということを学ぶことになったのだから。
「4つ目は、その……なんだ。俺達も仲間に入れて欲しい。改めて頼む」
この通りだ、と告げて鉄平はその場で土下座をする。
これには千冬も驚いたが、束は値踏みするような平然とした視線でそれを見た。
「一応聞くけど、どうしてそこまでするんだい? ただの天才美少女の妄想だと世の中は判断したんだよ?」
妄想に付き合ったとして、失敗した時のリスクは大きい。鉄平だけの問題ではない。家族、そして仕事の付き合い先までも巻き込んでいる。
なぜなのか? 天才である束にはどれも当たり前にできることで、条件の3つも個人でなんとかできることだ。
「俺には今何も代金として払えるものがない。技術も経験も知識も金銭も権力も何もない。そんなんで篠ノ之と織斑の信用なんて得られない。だから、お願いするしかない」
「消去法の回答なんて聞いてないよ。答えをはぐらかすならこの話はなしだ。もう1回だけ聞くよ? 何が目的だい?」
完全に疑い声の束。蛇に睨まれた蛙のようにじっと土下座したままの鉄平が顔をあげる。
「……お前達と友達になれるチャンスだと思った、から」
「……はい?」
スパイ活動や誰かの命令とか、そういう後ろ暗いことを想定していた束から最も縁遠い結論。
無償で格別ともいえる便宜を用意した理由が、これである。
「いや、あの……さすがに信用できないんだけど……」
「そう言うと思ったんだよ! だから色々準備して、仲間にしてもらってそっから仲良くなって友達になれればなって!
そんな風に行動してきたのに、だよ!」
再び土下座の姿勢にフォームチェンジする鉄平。ただし今回は頭を抱えている。耳まで赤くなっているところから、顔からは火が出ているのだろう。
束の観察からして、嘘が見つけられない。
「本気、なの?」
「くくっ。アッハッハッハ! もうダメだ。耐えきれん!」
「ち、ちーちゃん?」
吹き出すように笑い出す千冬。慌てる束。
「あー、おかしい。そんなに取り乱す束は初めて見たぞ。さすがに土下座までするとは思わなかったが、結論を伝えてやるといい」
「うーん。何かこう、ちーちゃんに弄ばれたような気がしないでもないけど、えっと……」
「稲取鉄平だよ。束」
名前を覚えるつもりの無かった束に、改めて教える千冬。
「稲取鉄平。君に私達のチームメイトになる権利をやろう!」
「マジで!? やったー!」
喜びの声と同時にバンザイを繰り返す鉄平に、束は人差し指を突きつけて宣言する。
「ただし! ちーちゃんは渡さない!」
「断る! それは織斑が決めることだ!」
「にゃにをーっ!」
「なんだよ!」
そして睨み合う2人が同時に千冬の方を見る。
きょとんとする千冬に、鉄平が「お願いします!」と手を差し出す。
ハラハラと見守る束。
千冬はフッと軽く笑い、
「よろしくな。鉄平」
と手を取った。
よっしゃー! と雄叫びを上げる鉄平と、なんでーっ!? と絶叫する束。
千冬は笑顔のままで2人を見ていた。
「よし! じゃあ俺先帰るわ! 爺さんと色々詰めなきゃならねぇし。また明日な!」
言うが早いか鉄平は駆け出して行く。
後の教室に残ったのは2人だけ。
「もうなんなのさあいつは」
「忙しないことだな」
「ねぇちーちゃん?」
「なんだ?」
「稲取鉄平の目的、知ってたの?」
「なんとなく気づいた、くらいだがな」
「そっかー。ちーちゃんも最初からグルかー」
「おいおい。なんだか私が悪いみたいな言い方だな」
「ふーんだ」
「まあ機嫌を直せ。交友が広がるのは悪いことばかりじゃないさ」
「ちーちゃんが大丈夫って思ったんならいいけど。でも大丈夫って判断はどこでしたの?」
「ああ。鉄平と束対策を話し合っている時に……そうむくれるな。話してる時に言ったんだ」
「なんて?」
「“友情は見返りを求めない。だけどまだ友達じゃないから見返りを用意しなきゃならない”」
「なにそれ? 行動に証明を当てはめるなんて何がしたいんだろうね」
「私の解釈でいいなら」
「うん。聞かせて」
「鉄平なりの誠意の示し方、だったのではないかな」
「誠意?」
「私と束。2人と対等でいたい、つまり友人になりたいとその時から言われてた訳だ」
「なるほど。確かにいきなり言われたら無視ってたね。うん」
「まあいいんじゃないか? 結果として友達になった訳だし」
「? 私は友達になってないよ。チームメイトになる権利をあげたんだよ」
「束……」
「ん? なあに?」
「……私は友人になったからいいけどな」
「ちーちゃんが盗られる~。私を捨てるのね。よよよ」
「馬鹿やってないで帰るぞ」
「はーい」
友人じゃなく、チームメイト。束なりの境界線なのだろう、と千冬は思う。
だがISの開発自体が束1人で十分できることだと聞いている。そこに他人を加えたということは、彼を認めたということ。
ISを組み上げたその時にも友人関係でないのなら、その関係はなんと呼ぶのだろうか。
きっとその関係は、束にとっても千冬自身にとっても特別なものになるのだろう。
そう千冬には思えたのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。