戦争に悪はいない。
「あ゛ー、うちのモナークちゃんと農場で平和にくらしてぇなぁ、そう!自給自足てきな?まぁ、俺はなんでもできるやつだし?そういうこともピカ一だと思わねぇか?なぁ、わーちゃん」
この馬鹿みたいにうるさい、そしてパイロットらしくないほど騒ぐこいつは、しかし人間臭いその発言とは裏腹に、人間離れしていた。なんでも、別次元に飛び込むフェーズシフト型のシミュラクラムらしい。
でも、どれだけ人間から離れていたとしても、私はこいつのことを気持ち悪くは思わない。
だからといって調子に乗らせるわけにはいかないが。
「わーちゃんってなによ。というかあんた自給自足って、農場で取れるものでその体の維持なんかできるの?」
少し口答えしてみる。コイツは私以上に感情的になりやすくて、ちょっと面白い。
「あ゛ー!お前そういうこといっちゃっていいんだなぁ!?ARESの技術なめちゃっていいんだなぁ!?」
またこいつは騒ぎだした。それでも、こういうすごくしょうもないことでも、私はこいつらといれば少し楽しかった。こいつらも、そうだったら嬉しい。
「興奮剤は野菜にも効くんでしょうかね?」
固い足音を響かせながら、他のパイロットもやって来た。
...こいつは興奮剤漬けの哲学かぶれパイロットだ。
すごく難しいことばかりを問いかけてきて、そして結局よくわからない答えを主張して帰っていく。かれの戦闘スタイルと一緒の、突拍子もない生活スタイルであった。
けれど、私はそれが嫌いではない。
しかし、それはそれとして、こいつはあまりにも傍若無人だ。
「収穫の時期になったら、私とローニンでズタズタ...ンンッ、綺麗に収穫してあげますよ。」
やっぱりなにいってんだこいつは。
「おめーほんと物騒だな」
あんまり意見の一致しない私とフェーズシフトでも、この薬中に関しては、私も同感だ。
「いつのまにそんなに仲良くなったんですか、あなたたちは。」
こいつはまた何をいってるんだ。早く反論しなくては。「なかよくねーよ!」「仲良くなんかないわよ!」
そうして口を開けば、まるでギャグのように隣のフェーズシフトとハモってしまった。なんだかおかしい。
自然と口元が綻ぶ。
「ぶふっ...!!」
限界を迎えた私の口は、ついに吹き出してしまう。
バッチリ彼の聴覚、視覚モジュールに写る私の笑顔。
「な、何がおかしいんだテメー!」
それを見た彼は笑っていたように見えた。
幸せだった。
「今日も精が出るな、プラスチック女」
午後の訓練に勤しんでいると、私のもとにやなやつが来た。いや、やなやつとは語弊がある。
表しにくいが、やなやつだが、嫌いではないやつ。そんな不思議な関係だった。
「うるさいわね、たんぱく質男」売り言葉に買い言葉。
確か、初めて会ったときもこんな感じだったっけ。
そうだ、こういうのをライバルとかいうんだったか。
「今日ももちろんやるわよね?」
短い事実確認を飛ばす。やらないわけがないのはわかってるが。
「ハッ、お前こそ、昨日負けたのにまだやるのか?」
口ではそういいつつも、彼はもうシムポッドの中に入り、スタンバイしていた。
「昨日のまぐれ勝ちに感謝することね。また負け続けることになるわよ?」
「クソッ!また強くなりやがったな産廃女め!」
ふふん。どんなものだ。勝ち誇る私。悔しがるアイツ。
思いっきり馬鹿にしてやりたいが、
しかし、私は勝者。
余裕をもって、コイツに接せねばなるまいのだ。かっこよく返すのだ。ふっ。
「ええ、そっちもね腐れ男」
口を開けばいつもお互いに罵倒しているが、しかしその目には確固たる敬意を含んでいるのを、私たちだけが知っていた。
なんだここは。この世の地獄か。
私は、目の前に広がる認めたくない光景に唖然としていた。
「妖精の増殖を確認。マーダー大将の追加注文のようですね」
「つらい」
「同意」
「狸寝入りモード、オンライン」
戦闘兵器とは思えない愚痴ムードが漂う。なんせまた子供が増えるのだ。あの夢見がちな奴等が。
もうどうにでもなれと、半分剣を投げ捨てかけた。
恐ろしい蹂躙が始まった。
我々はなすすべもなく制圧され、足蹴にされ。
もはや抵抗は許されず、悪魔の烙印を押し付けられた。まあごっこ遊びの敵役させられているだけなのだが。
私は悪の長州藩士らしい。やっぱり名前か。名前がローニンだからか。まあそうなるだろうとはおもっていたがそこまでなのか妖精とは。というかそのチョイスはなんなんだ。幕末てお前。
だがまあ、私の生活(生きてると言えるのかは微妙だが)
にとって、コイツらが潤いなのは確かだ。
思考回路が落ち着き、メンタル部分の問題の解決が早まる結果が我々タイタンの間で統計としてでている。
しかし別の部分で問題だらけなのでたいしてかわらなかった。
クソッ。
その日俺たちはお祭り状態だった。
なんせあのIMCから、街を1つ奪還したのだ。
1つの権力に支配されない、民主的な政治の実現が、我々には見えるような気がした。
PKPも直接は口に出さないが、すごく喜んでいるように見える。当然だ。コイツはエリートなのに、今の今まで俺のせいでうまく活躍できなかった。俺は、コイツの夢は叶えてやりたい。新米だった俺に、ここまでついてきてくれて、戦い抜いてくれたコイツの望みを、叶えてやりたい。
だから俺は突き進む。
でも、少しは休憩してもいいだろう。
ささやかな打ち上げを、俺とPKPは共に堪能したのだった。
PKP型は自らに絶対の自信を持つ。しかし自信というのは、裏返せば行きすぎた責任感。活躍しなければ、という脅迫観念に常にとらわれていた。
そして、俺のところは、運の悪いことにそういった責任感の強いやつとは相性が最悪だった。
敗けを強いた我々は、彼女をゆっくりと蝕むこととなる。
まずアイツは、自分を責めだした。自らの強さを誇った口で、自らを貶め始めた。もっと、もっと強くならなくてはと。
そのときの俺は凄まじく楽観視していて、もし仮にコイツがそれだけ強くなったら、少ない物資でも大手柄をあげて、IMCを、見返してやれると呑気におもっていた。
だが、それが彼女をさらに追い詰める。
そのうち彼女は、存在意義に悩み始めた。
俺のやることに関してすぐ手伝うと申し出てきた。責任感と、うまくいかない罪悪感が積み重なり、神経質な性格に変わり、少しでも失敗すると半分恐慌状態にすら陥っていた。
そこでようやく、俺はPKPの異常に気づいた。でもあまりにも遅すぎた。
正直指揮官失格であろう。
一番荒れていた時期の彼女は、俺のものを自らと同一視し始めた。衣類、ペン、その他なんでもだ。
どうやら、本当にPKPという存在に意義を感じられなくなったらしく、瞳は虚ろで、誰かに認められようと必死だった。
今でこそ、まともな受け答えができているが、それはひとえに彼女のひたむきな努力と、そして彼女の芯の強さによるものだった。
俺は、自分のお陰だなんて言うことはできない。
手伝ったなんてもっての他だ。俺が原因でもあるんだ。
だから、俺はコイツの一生を、死ぬまで、本当に壊れてしまうまで隣にいることを誓った。
PKPにとってはただの権利譲渡かも知れないが、俺は、アイツを見捨てられない。勝手かもしれないが必ず幸せにして見せる。誰からも守ってやる。
ここまでやるかとは思われるかも知れないが、俺の責任なのだ。
いや、意地汚い俺のことだ、単にPKPが好きなだけなのかもしれない。
いまでもよく思い出す、あの頃。
「ワタシがもっと強ければ...」
ふと気を緩ませると、この言葉が口から生まれる。暗い夜の中、ワタシの気分はそれ以上に暗い。
また作戦は失敗だ。でも、指揮官は責められない。あいつが無能ならばまだ失敗にも納得がいった。だが、やつは悪くない。じゃあ誰が?...!!
降りだした雨が、ワタシに叩きつけられる。
ワタシだ。ワタシがもっと、もっともっと強ければよかったんだ。エリートならそれができて当然だ。やらなければ。勝たなければ。ワタシは切り札。晴れる気もまったくないじめじめした日だった。
あぁ、ワタシは弱い。
また作戦は失敗だ。なんども、なんども失敗ばかりで。
視界が滲んでなにも見えない。泣いてるのだろうか?それとも大雨?
ワタシはエリートだったのか?何か、役にたたなければそうだ、なんでもいい、雑用なんかでも、ワタシを使ってもらおう。ワタシごときにできることならそう、なんでもする。
捨てられたくない。なんでもいいから、認められたい。
出撃すらできなかった日だったから、などと理由をつけ、指揮官に頼んで、書類の仕事を貰うことができた。
きっとこれぐらいはうまくやれるはずだ。ワタシごときにも。
絶対やりとげなければ。
絶対失敗は許されないんだ。ワタシは雑用係。
ふとペンを握る手が、不規則に震えた。気づいてしまったのだ。また、また、また、まただ。そうなるともう自分ではどうしようもない。心の中で洪水が起きているような、感情はうねりとなってワタシの殻を突き破った。
「うあ...あああああ!!!!」
まただ、また失敗だ!数を1つ書き間違えた!
いやだ、失望しないでくれ。頼む、頼むから、ねえ。
「おい、PKP!しっかりしろ!書き直せばいいだろっ!?なあ、どうしたんだお前!!」
ショック症状を起こしたワタシを指揮官が介抱し、顔を覗き込む。
やめてくれ、違う、ワタシが悪いんだ、指揮官がそんな悲しそうな顔をしないでくれ、ワタシが、ワタシが。
「指揮...官...許してくれ...許してく...れ」
すまない、許してくれ、指揮官、見捨てないで。
「おい、おい!なあ!......」
もう嵐だろうがなにがこようが、ワタシはなにも見いだせなかった。
もうとっくにワタシはおかしいのかもしれない。
誰にも認められなかったワタシは、ワタシというものにもはやなんの価値も見いだせない。
じゃあ?どうすればいいんだ?
なにか、ワタシが別のものを身につければ、それになれるような気がした。目の前がにじいろに光ったような気がした。
いや、そうに決まってる。ワタシは指揮官のなんにでもなって、きっと認められるんだ。そうだ、そうするしかないんだ。ワタシはそうしないと価値なんかないんだ!
例えば、ワタシはシャツ。ワタシはズボン。そう、なんでもいいんだ、きっと、それがおかしくても。
いや、なにが一番喜んでくれる?なにになればワタシは認められるのか。ワタシはどこに?
忌々しい、壊れた記憶。もう雨が降っていようがいまいが、どうでもよかった。
それを救ってくれたのは、他ならぬ指揮官だった。
「なあ。」
「脱け殻みたいになってるけど、お前なら聞いてくれてるよな。」
指揮官が何かに話しかけている。なんだろうか。
「お前さ、なりたかったんだよな、誰かに認められる何かに。」
誰の話しか、ワタシはすごくそれににてる話を知ってた気がする。
「今さらだよな。俺たちはさ、お前らに負けることを強要したって言うのにな。」
はっきり、ゆっくり語りかける彼の言葉は、とても、悲しそうだ。
いや。指揮官は悪くない。指揮官じゃなくて、そう、ワタシ、ワタシが...
「お前は悪くない。」
「うあ...ひぐっ...」
ワタシがワタシたる、何かが溢れる、ずっと求めていた言葉が、今のワタシにはひどくありがたかった。
でも、ワタシは誰にも認められないのか。そこまでして、ワタシはワタシを保つ必要があるのか。
そんな声を、指揮官は聞いてくれたのか。なんにせよ、伝わった。
「俺が肯定してやる。お前は、お前なだけでいる意味があるんだ。」
ずっと...ずっと探していた言葉。
もはやなにもないワタシを肯定してくれる唯一の縁。
それを届けられたワタシは、いや、PKPであるワタシは、きっとすごい顔をしていたんだろうな。
「ワタシは...失敗が恐ろしかった。失敗するたびに、ワタシを構成する何かがかけ落ちていく気がして、怯えていたんだ。」
とめどめなく溢れるワタシの言葉。
ほとんど愚痴のようなものだったが、彼は受け止めてくれた。
それが、なんだか認められた気がして、彼になら失敗を見られてももう大丈夫な気もして、でも彼のためならいくらでも、なんでも成功させれる気がして、不思議な気分だった。ワタシは弱くなったのか、強くなったのか。
きっと、指揮官がいるうちはそれは強みになれるんだろうな。
だからワタシは、指揮官の役に立ちたい。認められたいとか、そういうのではなく、彼のために。
きっと指揮官は、権利委託程度の意味しかこめてないだろうけど、でもワタシは誓約が嬉しかった。ワタシの行動は恩返しなのか、それとも負い目による償いなのか。
いや、ただ単にワタシは指揮官が大好きなのだろうな。