深層
ねえ、夢のようだと思いませんか?
私はまた考え事をしていました。
元々考えることは好きです。
なぜなら、それだけしかやることがないから。
何を作ろうが、誰を愛そうが、明日にはもう消えてるかもしれない。
高度に発達した科学は、魔法と見分けがつかない、なんて誰かがいってましたね。
いいえ、とんでもない。
魔法とはもっと夢に満ち溢れ、親しみやすいものでしょう。
いったい誰が、星ごと全生命体を消し飛ばす兵器を魔法と誤認するでしょうか?
いったいどのような人間なら、惨たらしく死体の山を築くタイタンを、ファンタジックな、おどけたような神話の巨人と考えるのでしょうか。
そこにいるのはただ大きい以外共通点のない暴力の塊。
夢ならばまだましだった。
でもこの世界はどうしようもないくらい現実ですし、逃げることも出来ないし、なんなら我々は死ぬことすら出来ない。
私は悩んでいるのです。
私が人間を辞めたことが、本当に正しかったのかと。
この前の、地球での特殊作戦。
眩しかった。太陽すらかすむ、その眩しさ。
あれが生きた人間のエネルギーだというのか。
心を折ってやりたかった。私が正しかったのだと見せつけてやりたかった。
愛のような、ある意味努力とは対極ともいえるその感情を破壊したかった。
それでも負けたのだ。
私がどれだけ苦労して、どれだけ甘えを押し殺してパイロット、つまり人でなしへと至ったのか。
あいつらは、私が我慢し、苦しみ、耐え抜き得た強さを、人間らしい無駄だらけの愛とかいう産業廃棄物にも劣る感情で手に入れてしまった。
ああああああ!!頭がおかしくなりそうだ!
何故!なぜ!どうして!
人間性など唾棄すべき者なのに。
嫉妬、と憧れは似てる。
でも、違う。
私はどちらかというと嫉妬で、フェーズは憧れに近い。
これらの決定的な差は、つまり私は人間を軽蔑しながら、しかしそれらに負けることを恐れているのだ。
フェーズはもはや人間ではないのにも関わらず、人間性を信じ、そして欠片ではあるが持ち得ている。
だが、私は?
人間性を持つことはつまり今までの私を捨てることになる。
どうにもそれが無駄に思えて仕方ない。
努力を否定される気がして嫌なのだ。
人間性を卑下するのを辞めてしまえば、私は私ではなくなるのだ。今の私を構成するものの中には、もはや人間らしさなど一欠片も残ってはいなかったからだ。
だから悩むに悩めないのだ。
かつての私は将来への期待と、希望と、そして人間らしさを持っていた。
パイロット試験。
初めは大量の同期がいた。
厳しいことで有名な試験をともに勝ち抜こうと励まし合った。
まあ、すぐに皆死んだ。
そう、死んだ。
甘えた、人間らしいやつから次々死んでいく。
人外の選抜。
もうその時点で私は人間扱いなどされていなかった。
明日の希望を語り合った彼は、普通に栄養失調で死んだ。
共に励まし合った彼女は、精神を病んで自殺した。
体が虚弱で、今の私のように体が機械だったあいつは、実戦を夢見てしかし訓練中に殺された。
しんだ、しんだ、しんだ。
そりゃそうです。100人が試験を受けて98人が死ぬ試験。
死なない方がおかしい。
最終的にその期は、私ぐらいしか生き残っていなかった。
昔から論理的な思考が私は好きだった。
だから割りきれたのだ。
人間に固執することをやめて、仮初の精神的自由を得る。
だから他人に期待しない。なにも期待はしない。
期待することが、できない。
だが、最近現れたあの人形はどうだ?
フェーズと仲良くつるんでいる。
同じベテラン狙撃部隊とも切磋琢磨し、毎日が充実している。
殺すためだけに生まれたのではなかったのか。
......わかっている。結局は、この前負けたことがこの思考の原因だ。
やはり嫉妬だ。
この気持ちはきっと消えることはない。