「君は働き者だな。」
つい最近まで人がすんでいたであろうこの街で、またもやミリシアと我々IMCは衝突していた。
非常に高いビルが乱立しているこの町は、パイロットにとって戦術の幅が広がる戦いやすい土地だ。
そこで私は、死体だらけのとあるビルの室内でクリアリングを済ませ終わったところであった。
当然です。
私はそう心のなかで呟いていた。
私は、私が強いパイロットだという自信がある。
そして実績もある。
まさに今など、瞬く間に敵パイロットを四人屍に変えることができた。
パイロット一人の価値は高い。
いくら再生技術やらを使って再出撃できるとはいえ、原価として歩兵五人分もの金がかかっている。
もちろん、これだけ活躍しているのだから私が一番......
とはいかない。
私と同じくらい優秀な、私と同じシミュラクラムがいる。
パイロット一人分ギリギリ私の方がスコアが高いが、一体どのひょうしに逆転するかわからない。
だから次なる標的、次なる餌を探し続ける。
幸い私は興奮剤使用が可能な義体なので、機動力は奴より高い。
だから負けるはずもない。
敵の被害量からすれば、そろそろ勝負がついてもいい頃だ。
戦場を駆け回り、次なる敵が潜んでいるだろう拠点を潰しにいく。
私のカメラアイはしっかりと壁を走る敵パイロットを捉えていた。
最後に勝つのは私だ!
私はオルタネーターのトリガーを嬉々として引き、HUDに表示される筈のヒットマークを心待にした。
しかし、敵パイロットが死ぬまでそれは出ることがなかった。
外れ吹っ飛んだヘルメット、私のHUDには表示されなかったヒットマーク、そして視界の端でスコアボードを確認すれば、私のパイロットキルカウントは増えていない。
マーダー大将から敵の撤退報告を耳にするのにそう時間はかからなかった。
納得がいかない。
なぜ、どうして。
空気に僅かに残った弾道の痕跡を辿れば、遠くの高層ビルの屋上に繋がっていた。
私は乗り込む次なる戦場へ向かうドロップシップが到着するまで時間があったので、そのビルまで向かってみることにした。
なんとなく、パイロットを一撃で仕留めたそいつの顔を拝んでやりたかったからだ。
意外とすぐについた。
やはりウォールランの最高速を常に維持できるのは気持ちが良い。
ビルの角を上手く使って屋上まで飛び上がると、何やら分隊内でお祭り騒ぎをしているようだ。
無理もない、パイロットを仕留めるというのは私達にとっては当たり前の戦果だが、彼らにとっては英雄的活躍であるからだ。
一般的な歩兵がパイロットに勝てる道理などない。
「やあ、助かりましたよ。ありがとうございます。」
とりあえずは心にもないお礼を述べる。
彼らは突然現れた私に驚いていたが、直ぐに味方のパイロットだと、そして先程自分が倒したパイロットと交戦していた人物その人が来たと言うことが分かると、安心して私にもその自慢話を聞かせてくれた。
長ったらしく、話の前後があっちこっちに飛び、同じフレーズを何度も聞かされる。
はっきり言って話の構築が下手。
だが、不思議と嫌な気はしなかった。
そのなかでひとつだけ、私は気になる部分があった。
どうやら、恋人がいるらしい。
そして、それをそいつに話してやれば喜ぶであろうと、彼は幸せそうにしていた。
何故私はそれが気になったのか。
なんとなくだが、彼のように人並みの幸せというのは私には程遠い事柄だからだ。
端的に言えば、ただただ羨ましいからである。
でももう私は五体満足な人間に嫉妬することをやめていたので、純粋に幸せのおすそわけをしてもらった気分であった。
私は彼に、同じパイロットとして戦えること期待していますよ、と伝えると、彼はそれを本気にしたのか先程よりももっと大袈裟に、子供のように喜んでいた。
口添え位はしてやろう。
戦場には似合わない平和な空気に呑まれ、時間の感覚がおかしくなっていたのかとても長い間話し込んでた気がする。
ドロップシップが迎えに来る時間が近かったので、私は彼とその仲間に別れの挨拶をしてからビルの屋上を後に、空へ身を投げ出すのだった。
しくじった。
私は今引くに引けない状況に陥っている。
敵のイオン乗りが想定よりも強かった。
市街地から追撃でそのまま食料生産プラント、つまり農場へと侵攻した。
そこまではよかったのだが、不味いことにミリシアの挟撃に合ってしまったのだ。
市街地のパイロット達とは比較にならない強さの兵士達が主力となり、私達シミュラクラムコンビと拮抗した戦いを続けているということだ。
レッドウォールの射程、私が撃つタイミングをしっかり把握し、エネルギー管理も玄人だ。
中々やる。
アークウェーブを確実にヴォーテックスでかきけし、隙を見せたように思わせてトリップワイヤーをまいていく。
レーザーショットの狙いも正確無比。
必然的に差して差し返され、こうなればローニンはジリ貧だ。
しかし不用意なイジェクトはこれまたレーザーショットで蒸発させられるのが関の山だろう。
かといってここで一旦引けばイオンをのさばらせることになる。
気心の知れた、信頼できるパイロットだらけならば任せることも良いのだが、生憎ここにいるパイロットは私とフェーズ義体の奴以外は戦い慣れなどしていない。
さて、どうするか。
私はシミュラクラムに与えられた高度な思考能力を活かし、高速で考えを巡らせる。
それでも出てくる答えは悉く不採用、没。
これは本格的に、死んだかもしれない。
視界の端にチラチラ映る金色の植物達が、やけに存在を主張している。
空は高く、晴れ上がっている。
万に一つもイジェクトして生き残れないだろう。
そもそも私に逃げる選択肢は残されていない。
「パイロット、ソードコア起動準備完了。一か八か、やるしか有りません。」
相棒はそういう。
機体部分はもう数えきれないほど入れ換えられてきたが、そのAI部分は私のことをよく理解している。
長い付き合いなのだ、私達は。
だから、このタイミングで私がとる行動も彼にはわかっていたのだろう。
やってやろうではないか。
「「ソードコア、オンライン。」」
駆動部が唸りをあげる。
特別仕様のプライムローニンが、迸らん程のエネルギを機体全体に循環させている。
その象徴足る剣が、金色に輝き出した。
限界を越えて稼働するエンジンにより生み出される無限にも思えるブーストを使い、凄まじい速度で突貫する。
この瞬間はまるで興奮剤を使ったようで私は大好きだ。
道を開くように、風圧で草どもが横へそれ、波を作る。
イオンは真っ直ぐこちらを見ていた。
散々やってくれたな、私も貴様のやることは分かっているぞ。
思った通りに拳をつきだすイオン。
奴は私の剣を往なそうとしたようだが、この剣はその程度の物ではない。
圧倒的なリーチを活かし、突き出た拳を叩ききる。
装甲が一撃で損壊した。
返す刀でアークウェーブが地を這う。
ブーストで距離を取ろうとしたイオンは、その衝撃に足を釘付けにされ、思うように動けない。
スプリッターライフルが唸りをあげた。
トリップワイヤーも放出している。
私はドゥーム寸前、奴もドゥーム寸前。
いいね、私はこの状況が好きだ。
奴のスプリッターライフルと、トリップワイヤーが絡まりコアが崩壊した。
私の渾身の一撃で、コアが崩壊した。
電気スモークを両方が放出していて、どちらの命も蝕んでいる。
敵のイオンが両腕を振り上げた。
イジェクトだ。
逃がしはしない。
私も追従するように、空へ飛び出した。
二つのジェットが光を引いていく。
私は興奮剤を使用し、空を蹴り奴につかみかかった。
膝蹴りを叩き込もうとするが、奴も抵抗し中々決まることはない。
強者だとは思っていたが、まさかこれ程苦労するとは思わなかった。
何度も何度も空中で格闘しながら、最高高度へと達した。
そのときだった。
私はしくじった。
手を振りほどかれ、遠くへ蹴り飛ばされたのだ。
奴は背おっていたクレーバーを私へと構えている。
だが私に来るはずの死は、他人へ向くことになる。
奴の体をDMRが撃ち抜いた。
そいつは癖なのか、一瞬でその射手の位地を割り出し、そして一発の弾丸を放った。
クレーバーは当たればひとたまりもない。
撃ち抜かれたであろうそいつのことも脳内へよぎったが、そこまでの精神的リソースは残っていない。
オルタネーターを慌てて取り出し、奴へ向けて無茶苦茶に撃ちまくった。
久し振りにここまで焦ってしまった。
地上へと到達する頃には、物言わぬ肉塊へとパイロットは変わっていた。
金色だった草原に、また一つ真っ赤なシミが生まれてしまった。
何故だか先程のDMR使いがやたらと気になった。
私の知る限りでは、今回あれを使っていたパイロットは居なかった。
だがあれ程の使い手は歩兵には少ない。
そういえば、今朝のあの歩兵は優秀だった。
それが、奇妙な焦りを生んだ。
気づくと風に流されてしまいそうな痕跡を辿り、その元へと向かっていた。
都市と違いのっぺりとした農場は、何処へいくにも時間がかかる。
興奮剤すら使ったというのに、都市の時とは比べ物にならないほど時間がかかった。
もしかしたら、足取りが重いのかもしれない。
やっとこさついたそこでは、見覚えのある分隊が居た。
居てしまった。
今朝と全く同じ構成員で。
一つ違うのは、たった一人が、たかが歩兵かもしれないが、胴体から上が綺麗に吹き飛ばされているということだった。
クレーバーに撃ち抜かれればこうなることは必然だ。
間違いない、先程私を助けたのは、今朝の歩兵その人だろう。
一度目は戦果を掠め取られたようにも思えたが、二度目は命と引き換えに私を本当に救った。
普段ならば気にもとめないが、私はふらふらとその死体に駆け寄っていた。
彼らが語るところによると、私を助けようと、私のために射撃したらしい。
私の言葉が、嬉しかったのだと、そう言っていたらしい。
吐き気と目眩がしそうな話だったが、結局シミュラクラムの私にはどちらもこなかった。
妙なことを言うべきではなかった。
後悔先に立たずだが、そう感じざるをえなかったのだ。
風に揺れる草木の中に、どこかしらに救いがないかと眺めてみるも、結局は変わらず揺れ続けているだけだった。
IMCの管轄するコロニー。
ここにはさまざまな人間が暮らしている。
傭兵ではない軍人も普段はここに駐留している。
そして、何故今私はここにいるのか。
彼の死を伝えるためだ。
まだ家族関係ではない恋人には、連絡する義務もないから、軍からは知らせることはない。
普通は音信不通になり、それをあとから察するか、連絡された家族から聞いて知るか。
だが彼の家族はフロンティアには居なかったらしい。
彼女が知りうる接点はどこにもない。
だからこそ、私は直接知らせようと思ったのだ。
幾度もやり直せる軽い命だとしても、彼はそれを救ったのだ。
パイロットは金がかかるが、しかし命に価値はない。
それでも少しは彼が報われることを願う。
彼の友人から聞き出した住所の集合住宅へと訪れる。
ここに恋人がいるらしい。
死んだ彼の、それを知らない恋人が。
呼び鈴を鳴らし、マイク越しに通信がつながった。
「どなたですか?」
「私はARES師団のものです。
......単刀直入に言いますと、貴方の彼氏さんの訃報を、知らせに来ました。」
何分口下手な私だから、これでいいのか、どういう言い方をすればいいのかわからない。
傷つくだろうか、怒るだろうか。
暫しの静寂。
「......シミュラクラムだから本当に軍人なのは分かった。入ってくれ。彼の詳しい話を聞かせて欲しい。」
扉が開き、中から出てきたのは銀色の髪を持ち、片目の隠れた、鋭い目付きをした女性だった。
そして私は一目見て、気づいた。
コイツは人間ではない、と。
私はこれの仲間を知っている。
I.O.Pの人形のカタログで見たことがある。
「......お手伝いさんですか?」
「いいや。」
「私が、彼の恋人だ。意外かシミュラクラム?」
だが、彼女は断固として言い切った。
その声は確かに先程応対してくれた「彼女」そのものだし、そして私に一つの確信を抱かせるのに十分な材料となった。
あの歩兵は、人形と恋をしていたのだと。