人間らしくない人間と、人間らしい人形   作:pilot

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自己同一性

結局私の中の、アレ、いや、彼のイメージは、哲学的な薬中になった。

 

「あなたは、自分が自分であると、何を根拠にして認識していますか?」

 

またこれだ。こいつは暇になればすぐ、よくわからない、哲学界の未解決問題(もっとも、答えがないのが哲学だが)をなげかけてくる。

「そんなの見た目じゃないの。鏡で見ればわかるわ。」

めんどくさいので、適当に返しておく。何時もはそれで終わりだった。貴重な休みを電脳の運動に使うのはごめんだ。

「それ、私達の過去をみて、ほんとに、そう言えますか?」

だが、珍しく、奴は食い下がってきた。

「あんたらの昔なんてしらないけども、大体そうでしょ。」

それでなんとなくむきになった。私の型の悪い癖だ。

「別に人間の頃と今が違うなんて言っていません。我々は特殊ですしね。シミュラクラムの過去、つまり生き物のころ、人間の間の話です。」

そこで、私は気付いた。子どもと、それが成長したあとの大人は見た目が違うが、恐らく同一だ。

誰も見た目が変わらない世界でしばらくすごしていたから、認識がずれていたのだろう。

認識を変えていくのが、少しだけ、ほんの少しだけ楽しくなって、次の論を紡いだ。

「じゃあ、構成する物質じゃないの?見た目は変わっても、中身は変わらないでしょ。」

「七年」

「えっ?」

「一説には、七年で人間の体はほとんど入れ替わります。」

それってつまり、物質的な同一性も、ほとんど失われるってことじゃない。

「まあ、脳やらなんやら変わらない細胞もありますし、それは日常においては大体正解です。」

一応の正解といわれたが、しかし気になるところがあった。

日常においては?妙に引っ掛かる。癪だが、こいつは他人の興味を引くのがうまい。

「どういうことよ?」

休みを削っているのはわかるが、もういい。こいつの話もたまには聞いてやろう。

「私がきいたのは、あなたは、というものです。先ほどの、見た目、もそうですが、人間の場合よりも人形の場合の方が、その理論だと壁にぶつかります。」

「人形は、同型が沢山います。高級とはいえ大量生産品ですから。」

言われてみれば、確かにそうだ。私以外に人形がいなかったし、人形にしては珍しくダミーを持っていなかったから、またもや認識がずれていた。

「見た目で考えるならば、皆同じになってしまう。更に、スキンの存在もややこしい。」

スキン、と言われる人形の拡張機能は、見た目を完全に変えてしまう。着せ替えなんてレベルでもないし、もっと言えば、文字通りの人工皮膚を張り替えるとかのレベルでもない。体ごと入れ換えてしまう。つまり、物質的な連続性はゼロになる。それでも、きっとその人形は同一だ。

「......じゃあなんなの?私達の同一性の証明は、私達はなんとなく自分を自分であると認識してると、そう言いたいわけ?」

なんだかよくわからなくなってきた。答え合わせがしたい。

「ええ、なんとなくで納得出来るならば。」

変な言い方に、諦めかけていた私の心がまた思考に耽った。

「.........どういうことよ?」

「仮に。もし仮にですが、なんとなくで自分を自分であると定義しているとします。その【自分】の前に、またもや自分を自分であると、同一の存在であると考えるもう一人の【自分】が現れたとき、一体自分はどちらなのか。」

「......簡単に言って」

「自分に出会ってしまったとき、どちらが本物か?、ですよ。」

いや、そんなのありえない。そう言おうとして、私は思い当たることがあった。

「メンタルモデル...って複製できたんだった..」

そうだ。人形以外には非現実的だろうが、私達はコピーができる。もし仮に誤作動かなにかで、今のメンタルモデルをコピーした私が、私の生きているうちに複製されれば、一体どちらが本物なのか。

元になった私が本物か?いや、完璧なコピーならば、本物と同じようなものだろう。そこに1号2号もない。ソートするたび位置が入れ替わるかもしれない。

見た目、ではもちろん判定できないし、物質の同一性の観点を適用したとして、それではスキンを説明することができなくなる。着るたびに死ぬ。なんとなくではお互い譲らない。決められない。決めることなんてできない。想像上なのに、なぜかとても恐ろしく感じた。

「完璧に、説明する方法はないのかしら...」

疑問を口にした私に、彼は笑った気がした。

「ええ、結論から言えば、どっちも本物ですよ。少なくとも、私はそう思います。」

やっぱり、イカれている。上手く説明するために、この哲学における、自己は一つであるというなんとなく決まっていた大前提をぶち壊した。

「私はね、思考で、思想でものを区別します。見た目を判断材料にすると、我々は自分が嫌になります。物質はコロコロ切り替わってしまう。すぐ再生です。

しかし、思想は?再生しても、それでも残る根強い思想こそが、我々を、我々足らしめているものだと考えているんです。そして、それは人形にも当てはまるものじゃないですか?」

それを肯定するために、自己が増えることすら容認するのか。大した執着だ。でも、まあ、楽しかった。私は自分が増えることをすんなり容認出来そうにないが、向き合う心構えくらいはできただろうと思う。

「思想の部分では、自分が嫌にならないの?私は、ただの妄言か、薬に溺れて変な事を口走ってるようにしか聞こえないわね。」

「私は他人に期待せずとも生きていけるので、どう思われようとも構いませんよ。」

こいつは、どれだけ強く言ったとしても、全く怒りもしない。

それが心地良かったし、ちょっと不満でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばなんでこんな長々とした話を急にしたの?

何時もは適当に返事した時点で引き下がるじゃない。」

「あなたにダミーが与えられるんですよ、ダミーやらなんやらの関係上導入すると先程話した自分に出会う、に近い状況になるんです。まあ、精神崩壊するようなことが万が一にでもあると困りますから、簡単なテストをしたのですよ。実際、MIA報告のミスで、帰還したら再生した自分と出会い、なやみぬいたパイロットがいました。が、両方自殺したので再生しなおしました。無駄な出費でしたね。」

こいつは、ほんとにイカれてる。

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