大体ミンチより酷い状態になりますがね。
落ちた、落ちた、何が落ちた。
どんな区分の、どんなタイタンが落とされたとして、それが普通歩兵にもたらす結果は、死ぬことでしかなかった。
突然の緊張感。分かっていたことで、確かに覚悟していたことでもあるのだが、しかし明確な形をもって死が急速に迫ってくる瞬間は、何度体験しようと慣れるものではないし、それに慣れてしまうと何か大切な物を失う気もした。
「どうする...?」
分隊長が、重々しく口を開いた。普段の彼からは想像できないほどゆっくりした調子に聞こえた。
「一度頑丈な室内に避難を...」
「馬鹿にしないで」
私は、私が考えるよりも先に、口を動かしていた。心底怖いのは私もそうだが、それでもやるのだ。私は、それを遂行する能力を持っている。
「私達で、タイタンを墜とすのよ」
二人は、唖然としている。
真っ先に正気を取り戻したのは、流石というべきか、分隊長だった。
「やめておけ、お前にそんな力はない、俺たちにももちろんない。お前が俺たちよりも優れていようが関係ない、奴等、パイロットにとっては俺も、お前と仲の悪いそいつも、そしてお前自信も、等しく塵のように片付けられるんだ。」
弱気だ。いや、弱気なのではない。普通は、それが当たり前なのだろう。タイタンに勝てるわけがない。
だが、私は奴等を知っている。知っているからこそ、勝てる気がした。そして、ここであの嫌みなアイツに今度こそ私の価値を認めさせたかった。
「いい?いくらタイタンと言えど、弱点は存在するのよ。」
私は、あの哲学的薬中から半分強制で教えられたタイタンの知識を総動員して、ある作戦を立て、その有用性を隊長に説明していた。
「まず第一に、小回りが利かない。この時点で、実はこの地域においては、私達にも勝てる芽がある。」
彼等は、意外なことにあの嫌みな奴も、私の話を聞いている。
「そして、パイロット特有の三次元的な軌道は、タイタンにはないわ。高い走破性はあるけれど、結局は大型兵器の中では、という枕ことばがつくことになる。」
そして、彼らは私の言わんとしていることを、薄々理解したようだ。
「つまり、この住宅街を、また存分に利用するのよ」
私達のジャイアントキリングが、幕を開けようとしていた。
丸っこい、場所が場所ならかわいさすら覚えそうなそのフォルムは、しかし兵士である私達にとっては、灼熱地獄の象徴のようなもので、月並みな言葉だが恐ろしかった。
しかし怯んではいけない。ダビデとゴリアテの神話のように、または一寸法師と鬼のように、私達小さきものにも大きなものを倒すことはできるのだ。
私たちは、支給されていたアーチャーを構えた。これは所謂誘導機能つきのロケットで、歩兵の扱える武装の中では希少な、タイタンにダメージを与えることのできる武装だった。しかしただ撃つのではない。
私達は散開して、様々な建物に潜伏している。ここで同時に私達はアーチャーを構えた。
ロックオンするための必要な行程として、しばらく目標をアーチャーに備え付けられたカメラにしばらく捉え続けなければならない。
そして厄介なことに、このロックオン時の状態は、相手に筒抜けになってしまうのだ。
しかし、それは大雑把なもの。そこに私は付け込もうと考えた。多数の方向、高さから同時にロックオン行程を開始することで、対応を遅らせようと考えたのだ。
そして、更に万全を期すために、私のダミーを、ロックオンの行程を行いはするが、分隊の中で一番目立つ所でそれを行わせ、そしてギリギリで回避させるという動きをさせることで、本当の意味でのダミーとさせた。
果たして、あの巨人_スコーチはそれに釣られた。
スコーチのもつ、巨大なテルミットランチャーが、文字通り火を吹く。
ダミーは発射される前に既に隠れさせていた。
狙われなかった私達のアーチャーロケットが、スコーチに飛んでいく。三発とも見事命中し、大きなダメージを与えたようで、とりあえず一安心である。
しかし、テルミットランチャーが先程までダミーがいた地点を寸分の狂いなく撃ち抜いたのを見て、私達は気を引きしめなおさざるをえなかったのだった。
死と隣り合わせの行動を、手をかえ品を変え行い続けた。ときにはサッチェルをぶん投げ、ときには弱点部位を狙撃し、またなりふり構わずフラグをぶつけたりもした。
そんな恐ろしい、何時間にも感じる時だったが、やがて、スコーチの体を守っていた装甲が剥がれ、その駆動部や、黒い骨格が丸見えとなっていた。
そして、私は最後の勝負に出る。
もはや崩壊寸前のスコーチ。私はその目の前を駆け抜ける。
追いかける巨人。逃げる小人。しかし小人が逃げ切れるわけもなく、そしてあえなく私は死んだ。残酷に、しかしあっけなく。
だが、それはダミーだ。
偽物が潰されたその瞬間、本物の私は巨人に飛び乗り、そして、その心臓をにぎり、引き抜こうとした。
そうだ、これさえ引き抜いてしまえば。中のパイロットもろともスコーチは爆散し、私たちは勝つ。勝てる。勝たなきゃいけない。
しかし、パイロットはどこまでも冷静で、判断が早かった。
気づくと、スコーチは独特なポーズをとっていた。
あれはイジェクトだ。そう、スコーチが心臓であるバッテリーを引き抜かれ、爆散するそのほんの少し前に、奴はスコーチを破棄し、上に乗っていた私もろとも、空高くにうち上がった。
今まで経験したことのない、脳天からの空気抵抗。
瞬く間に、地上の仲間は小さくなっていき、そして徐々に、近付いていた。その射出の頂点。動きが無くなる、一瞬の静寂へと。
そこで気づく。パイロットが、こちらを見ていた。間に合わない。こちらが撃つよりも、パイロットが引き金に手をかける方が早いのは明らかであった。
しかし、来るはずの死は来ない。
それは何故か。パイロットは、その胴体に二つの大穴を開けていた。
いくら人外じみたパイロットといえど、ロングボウの弾を二度は耐えられなかったようだ。
私は、本日二回目となる、着地の衝撃を、生きたまま味わうことが出来た。
正直着地で死ぬかと思ったが、しかしなんとかやりきった。ここで死んではお笑いだ。そして私は人形だぞ、これくらいできなくてどうするんだ。...まあ、このあとは隊長に運んでもらったのだが。
「素晴らしい戦果だ、通常歩兵がタイタンを破壊するとは、期待以上の働きだ。」
私たちは極めて異例の働きをしたとして、その後褒章を得た。友、となったパイロット達も、私たちのことを褒めそやしてくれた。
悪い気はしない。正直にいうと、すごく嬉しい。
しかし、だ。
「まあ、俺達がいなきゃ、お前は死んでたがな。無茶ばっかりして自分がどれだけ金を使うのか分かってんのか?途中で失敗していたらお笑いだったな。」
こいつはいつまでたってもそうだ。
なにも変わらない。
「いってくれるわね、私はプロよ。作戦は失敗しないわ。」
なにも変わらないのに、なんとなく私はコイツが嫌いではなくなった。
「いや、コイツはお前が心配なだけだぞ。」
「どうだか。無理はもうすんなよ。」