―フェン王国首都 アマノキ
剣王シハンは上機嫌だった。
「よし!!!よし!!!」
顔は満面の笑みである。
日本国が対列強戦に参加することを決めた。
フェン王国単独ではおそらく国力の差からしてやられていたであろう。
皇国監査軍ワイバーンロード部隊を赤子の手を捻るかの如く倒した日本の戦力が皇国本軍をも相手にしてくれる。
フェン王国は救われた。
剣王は日本国へ全面的に協力するよう部下に下命した。
剣王シハンは日本国、正確には日本国の外交支援コンピュータと国家戦略コンピュータおよび国連日本エリア地域戦略コンピュータと国連軍日本エリア駐留軍戦略コンピュータに会談の要望を受け、彼はその要求を受け入れた。どのような話がなされるのか、興味があったというのもある。
直接話がしたいとのお互いの希望から、城の焼け跡に仮設された謁見場にスピーカーとマイクが設置されて会談が行われる。4機のコンピュータたちは高速相互リンクで意見を一致させて会話しており、一人を相手にするのと感覚的には同じだ。通達にやってきた外務省の一団はごく一部を残して引き揚げていた。ともすればシュールな光景でもあったが、場の雰囲気は冷たく重苦しいものであった。
『貴国、貴殿は、パーパルディア皇国の襲撃の可能性を認識していながら、我々を紛争に巻き込むべく故意に、あるいはそれを期待して軍祭に招待したのではないか』
「何を言う、滅相もない。どうしてそのようなことを言うのだ。」
『あなたやマグレブ兵士長を始めとする貴国側の人間の発言、貴国の得ていたはずの情報、そして置かれていた状況からの推測である。』
「推測? それでこの私を疑おうというのか?」
『この推測は十分に可能性のあるものである。事実であれば重大な案件でもあるので確認したが、しかし、事実か否かは本題には関係がない。』
「事実かどうか、関係がないだと?その本題とは何だというのだ。」
『我々は、貴国と共にパーパルディア皇国と戦うが、しかし、無条件でというわけではない。我々には陸戦戦力が不足している。近隣の友好国に派兵を要請する予定ではあるが、当事国であるあなた方にもそれを要請する。武装に関しても、支援の用意はある。』
「……何? そんなことは、当然ではないのか。もちろん被害が出るであろうことは痛いが……」
『わたしたちは、あなた方の戦闘能力に注目している。要請する戦力には、剣王シハン、あなた自身も含まれる。』
「何だと…… わし自身は、構わん。いつでも国のため、戦って死す覚悟はある。だが……わしはこの国の王だ。簡単には死ねん。」
『繰り返しになるが、装備の支援は行う。事前の航空攻撃その他によって敵戦力はほとんど排除されるであろうので、あなたが死亡する危険性は極めて小さい。我々が期待しているのは占領された土地の奪還作戦である。戦闘機や艦艇のみでは難しい内容である。』
「ニシノミヤコは我が国の土地だ。それも当然のことだろう。どうして改めて依頼する必要があるのだ?」
今までの即答とは異なり、一瞬の間が空く。機械でなければ、武術の凄まじい達人などでもなければわからないほどの違いではあったが。
『あなた方に戦闘の意思があることを確認することが目的である。それは確認された。
以前ニシノミヤコに上陸した勢力はすでに排除されたが、ニシノミヤコを完全に奪還するには至っていない。まずはパーパルディア皇国側の援軍を排除し、ニシノミヤコを奪還する。その後の侵攻作戦にも、フェン王国には協力を要求する。詳細については追って連絡する。
では、あなた方の作戦能力に期待する。以上である。』
「わかった。」
会談という形ではありつつも、どこか一方的な印象を受ける会話の後に、コンピュータたち……の端末となっていた機材は引き揚げていった。
剣王やその他フェン王国の重鎮たちは驚くとともに不思議に思っていた。
軍祭に招待したのが巻き込むための故意だったわけではないが、対列強戦に際して日本の協力を得られることを期待していたのは事実であったことに驚いた。
そして、確認するようなことでもないフェンの戦闘への協力に対して念押しをしてきたこと。
地球ではこのような状況で助けられる小国が戦わない事例もあったのだ、と考えることもできるが……
何か、重大な裏があるのではないか? フェンの首脳たちは言い知れぬ不安を抱いていた。
将軍シウスの命を受け、ニシノミヤコに上陸した皇国陸戦隊は明日、ニシノミヤコを出撃し、約100km南東にある首都アマノキに向けて出撃する。
進撃ルートについては、部隊に地竜もいるため、山間部を迂回しコウテ平野を抜けアマノキに至るコースを選定する。
陸将ドルボは自分たちが勝つことを疑ってはいなかったが、不安を覚える。こんな事は初めてだった。
今回我々は、文明圏外の蛮族、日本民族の一部殺処分を行った。
日本民族は怒り狂って襲ってくる可能性がある。
通常の国であればよくある事、あっさりと滅すれば良いだけの事だ。
しかし……
最大の懸念となっていたのが、突然出現するようになった、黒い魔獣。
海魔型と飛竜型が確認されているそれらは、いずれも規格外の強大な力を持ち、すでに皇国監査軍やニシノミヤコへの先遣隊が犠牲となっている。
災害のようなものなのだが、どうもそれらは知性的で組織的な行動をしており、そして、何故かいつも日本に都合の良いタイミングで現れる。
まさか、あれらは日本の味方ではないのか。考えるだけで戦慄が走る。
古の魔法帝国は魔獣を制御する技術を持っていたという。
文明圏外の新興国にそんな力があるはずがない、と言われているが、日本の捕虜の魔写が辛うじて本国に届いていて、そこに映っていたものたち。空中に浮かぶ、何か文字情報の媒体か、映像のようなものが微かに見えたし、殺処分された捕虜の、明らかに人間のそれではない死体、というよりは残骸、の様子。身に着けている、明らかに高い文明を伺わせる物品・服飾の数々。
これが本当に、文明圏外の新興蛮族の持っているようなものだろうか?
陸将ドルボは不安を抱えながら出撃準備を行うのだった。
長い飛行だった。
ワイバーンでは絶対に出来ない航程だ。
ムーを飛び立って5日目の朝、日本に派遣されるムーの観戦武官を乗せたレシプロ旅客機、ラ・カオスは日本に接近してきていた。
間もなく日本の防空識別圏と呼ばれる飛行圏内に突入し日本の戦闘機の護衛が来るはずだ。
「どんな戦闘機が来るんだろう?」
事前に日本にはレシプロ以外の推進方法があると聞いていた技術士官のマイラスはワクワクしながらそれを待つ。
マイラスとは裏腹に、戦術士官のラッサンは冷めている。
「どうせ大した事は無い」
そういった話をしていた時、
機内にいても解るほどの雷鳴の轟きが2回聞こえる。
条件反射的に首を窓に向ける。
矢じりのような形をしたプロペラが付いていない戦闘機とすれ違う。
その機はすぐさま旋回し、速度を合わせて旅客機と並ぶ。
「は……速い!!!」
二人は唖然とする。
「プロペラが無いぞ!!!!」
ラッサンは戦慄する。
ムーの旅客機は地球の無人戦闘機、CP-237の先導により、日本へ近づく。
やがて日本の領土の上空に入り、福岡空港が近くなる。
空から見る初めての日本。眼下には人口140万人の先進的な都市が見える。
やがて、見たことも無いような立派な滑走路に着陸する。
自分たちの乗ってきた旅客機が……列強ムーの技術の結晶である最新鋭機がおもちゃに見えるほどの、巨大で美しい機体が空港の駐機場には多数並んでいる。
「とんでもない国に来たな……」
マイラスは自分の任務の重要性に身震いするのだった。
パーパルディア皇国、皇都エストシラント、そこの第1外務局にて、レミールはとある文書を受け取っていた。
「手紙で外交通知だと? 日本がか?」
「はい。正式なものだとのことです」
「人の1人も寄越さないとは、なんという無礼な……!
すぐに捨ててやりたいぐらいだが、まぁ、蛮族どもが何を書いているのか興味がある。
読んでやろうか……」
その外交文書を読んだレミールの顔がみるみる紅潮し、眉間には皺が寄り、手は怒りに震える。
「何だ、これは……!」
我々には対パーパルディア皇国の戦争を行う用意がある。
すでに知っていることだろうが、我々の戦争遂行能力は貴国を圧倒的に上回っている。
以下の条件を受け容れるのであれば、我々は貴国への攻撃を中止し、友好関係を築くこともできる。
・現在フェン王国およびその周辺に存在する、又は向かっている戦力について、帰国させる又は放棄すること。
・フェン王国における地球人、すなわち恐らくあなた方の認識するところの日本人の殺害事件について、その首謀者を我々に引き渡し、その後の処遇について一切関知しないこと。首謀者として我々が認識しているのは現在のところ、貴国皇女レミール殿又は皇帝ルディアス陛下、あるいはその両者である。
・我々に対し賠償金を支払うこと。
賠償額に関しては前述の殺害事件において殺害された被害者の遺族に一人当たり100000000パソ分とする。
支払いの形式については貴国の技術レベルを鑑みて決定するが、金である可能性が極めて高い。貴国がより高い技術力を持っているのであれば追って交渉を行うものとする。
・フェン王国との講和交渉の席に着くこと。我々はフェン王国側の立場を取ることを表明する。
以上が戦争回避の条件である。これは最後通牒であることを明言する。
戦争を行うのであれば、全人員に対し、白旗を振ることによって降伏の意思を示すことができる旨と、我々は降伏した者を保護し、我々への損害に直接関与していない又は命令によるやむを得ないものであれば罪を問わない旨とを周知しておくことを強く推奨する。
以上。
「あの愚かな蛮族どもが……舐めたことを。愚かだ、あまりにも愚か過ぎる。」
冷静な口調を保ちつつも内心怒りに冷静さを失っていたレミールは、
非常に良質かつ折られていたにも関わらずほとんど折り目を残していない紙の、自国のものとの差や、明らかに手書きではなく、しかし印刷にしては美しすぎる字面について、終ぞ気に留めることはなかった。
「日本に要求の拒否と宣戦を伝えろ、すぐにだ!」
それらは海面付近の低空を飛行していた。低空とは言っても、水しぶきを上げないよう十分な高度を取ってのものではあったが。
真っ黒な飛行物体、地球の機械、最新型の無人戦闘機、CP-237。
新生産の、低コスト化を重視された無誘導爆弾やレールガンポッドを装備したそれらは、一見すると編隊を組んでいるようには見えないほどに散開し、マッハ3で突き進んで行く。
その先に居るのはパーパルディア皇国軍の竜母艦隊。
編隊から数機が姿勢を変えないままに急速上昇して離れていく。
異界の、地球と同じ蒼い空の下、攻撃開始は間近だった。