ーフェン王国 ニシノミヤコ沖合い
パーパルディア皇国、皇軍の戦列艦183隻を含む284隻の大艦隊は向かい来る『黒い海魔』4体を迎え撃つため、戦闘態勢に移行していた。
列強たる皇国の技術とプライドの結晶たる100門級戦列艦隊が前に出る。
パーパルディア皇国最大最強であり、大艦隊の指揮をとる超F級戦列艦パールに乗艦する将軍シウスは敵を眺める。
旗艦は艦隊中央部に位置し、指揮をとる。
「ダルダ君、君は勝てると思うか?」
隣に立つ艦長ダルダに尋ねる。
「これほどの大艦隊と、最新の戦列艦をもってすれば、神聖ミリシアル帝国の有名な第零魔道艦隊を相手にしても負けますまい。
海戦の強さを決するのは、戦列艦の質と量です。
第3文明圏最高の質と、戦列艦183隻の量を超える者など、ここには存在しません。
いくら黒い海魔が性能的に我が方を凌駕していたとしても、砲が少数相当の魔導、そしてたったの4隻ではどうにもなりますまい。」
艦長ダルダは絶対の自信を見せる。
戦列艦隊は魔力を出力最大にした風神の涙を使用し、帆いっぱいに風を受け、波を裂きながら進む。
海魔は散開して進んで来る。
黒い海魔は見たことが無いほど大きい。
黒い海魔の放つ魔導は、大砲のように実体弾を放つということが確認されていた。
真っ黒で分かりづらいが、前部に砲らしきものが見える。
砲の形から見て、第2文明圏の列強ムーの戦艦ラ・カサミの回転砲塔に近いものなのだろう。
生き物であるはずの海魔に、回転砲塔? いやな予感がする。
1発あたりの威力は、我が方の100門級戦列艦よりも大きそうだ。
「速いな。」
敵の速度が自分の知る船の常識からかけ離れている。
これほど速いなら、魔導砲を当てるのも大変だろう。
「まあ、それは敵も同じ事か…。」
敵との距離は、近い所で10kmを切っている。
その時、敵の前部がわずかに光った。
「ん? あれは……発砲したのか?」
「まだ10km近く離れているぞ。何の儀式だ?」
「何か、威嚇のつもりでしょうか?」
決して砲弾が届くはずのない距離からの発砲。
将軍シウスと艦長ダルダは敵の意図を計りかねる。
突如として皇軍の最前を進んでいた100門級戦列艦が激しく発光する。
地球型戦闘艦、M133主力戦闘艦の、口径約64mmの複合式艦砲から発射された新型対木造船用砲弾は、正確にパーパルディア皇国、皇軍の100門級戦列艦に着弾し、単純な運動エネルギーで対魔弾鉄鋼式装甲をあっさりと貫通、内部でその威力を解放した。
有り余る運動エネルギーと炸薬の威力が最高に近い効率で戦列艦に浸透し、その構造材を完全に破砕、破片へと変えていく。
「戦列艦ロプーレ轟沈!!!」
新型の対木造船用の砲弾はコストパフォーマンスのために威力も抑えられていたため、戦列艦ロプーレは粉末と化すことはなかった。だが、それだけだ。内部はめちゃくちゃだった。
「な……ど……どういう事だ!?」
将軍シウスとパール艦長のダルダは眼前の現実の理解に苦しむが、考える間もなく見張り員からの報告があがる。
「敵、連続発砲!!!」
「な……なんという連射速度だ!」
艦隊の前方に連続して火柱が上がる。
「戦列艦ミシュラ、レシーン、クション、パーズ轟沈!!!」
沈み行く船が多すぎて、報告が間に合わない。
敵は未だ我が方の射程距離のはるか先にいる。
砲を放ち続けながら敵は我が艦隊に突撃してくる。
真っ直ぐ突っ込んで来るのは迂闊か? いや、このペースならこちらは射程に入る前に全滅する!
全弾命中し、発砲音の数だけ沈み行く味方の船。
「全弾当たるとは、どんな魔法だ!」
「こんな……こんな現実があってたまるかぁぁぁぁ!!!!」
将軍シウスは閃光と共に、強烈な揺れと衝撃に見舞われ、壁に叩きつけられる。
「左舷に被だ……」
120門級戦列艦パールの左腹に小さな穴が開く。
艦内をかき回したエネルギーは、奇跡的にも外部へと抜けていき、左舷の穴は大穴となる。
海水が艦内に流れ込み、バランスを崩したパールは、徐々にその巨体が傾き始め、やがて転覆、装甲の重みでゆっくりと沈んでいった。
将軍シウスは海を漂う。
流れてきた木材に捕まり、海上から皇軍を見る。
信じられないほどの短時間で、第3文明圏最強の国、列強パーパルディア皇国の大艦隊は1隻も残らず、海の藻屑と消えた。
パーパルディア皇国皇軍284隻は国連軍日本国駐留軍の戦闘艦4隻と交戦、284隻全てを失い全滅した。
その数時間後、ニシノミヤコに残存していた皇軍はその主力を失ったため、ニシノミヤコを奪還に来たフェン王国軍に降伏、列強と2カ国連合軍の戦いは、2カ国連合の圧勝に終わった。
フェン王国のニシノミヤコでは、この日を記念し、船の形に組み、中によく燃えるものを詰めた木を焼く火柱祭りが毎年開催されることとなる。
皇族レミールは、第1外務局の会議室に向かっていた。
本来なら「敵」となった日本のために出向く事は考えられないが、
『フェン王国での戦いの後に会談をする』とレミール自身が日本側に伝えており、日本国外務省の担当もこれを了承していた。
局地戦とはいえ、決して負けるとは思っていなかったため、会議室へ向かうレミールの足取りは重い。
今回は、つけ上がった日本が前回よりもさらに高飛車な態度に出てくる事が予想された。
「……小賢しいな」
しかし、考えようによっては、日本に早急に宣戦布告を伝える事が出来るため、組織としての事務手続きは楽になる。
そして、日本国の外交官の口から蛮族の国民どもに、列強たるパーパルディア皇国が本気で殲滅戦をしかけてくる事が伝えられ、日本国民は恐怖のどん底に叩き落されることだろう。
まあそれも良いか、と思いつつ、レミールは会議室のドアを開ける。
中には見慣れた顔が2人、朝田大使と補佐の篠原である。
会議が始まる。
「……フェン王国での戦いの結果は知ってのとおりと思いますが……。
パーパルディア皇国の民のためにも、前回提示した日本国からの要求、考えていただけましたか?」
日本国からの要求は、大まかに言えば重要参考人(皇帝)を含む、日本人虐殺に関与した被疑者の引渡し、そして被害日本人への賠償及びフェン王国への謝罪と賠償であった。
なお、被疑者には皇族レミールも含まれる。
「フ……解りきった事を聞くのだな。断る。」
「そうですか、では日本国としましては……。」
「こちらから伝える事がある。」
レミールは朝田の発言を遮るように話し始める。
「おまえたちは、我が国の属国の独立を促す者を保護する等、皇帝陛下の怒りを買いすぎた。
自分たちが何をしているのか、全く理解できていない蛮族はこの世には要らぬ。
お前たちは列強の力をなめ過ぎている。そして、お前たちの国の意思決定を行う者たちは、自分たちだけは安全だと思っているのではないか?
甘いな。
その愚かな考え方が、自分たちを滅ぼすことになる。
その考え方が……皇帝陛下の猛烈な怒りを買う事になり、自らを滅ぼすことになってしまうのだ。
哀れな日本国民よ、我が国、パーパルディア皇国は日本国に対し宣戦を布告、全国民を抹殺する事を決定した。」
「はぁ……宣戦布告は理解できましたが、全国民を抹殺するとは、どういう事ですか?」
「その言葉のとおりだ。」
「国を挙げて、我々を皆殺しにすると?」
「そうだ、お前たち2人も、国に帰った後、侵攻してきた我が国の兵により殺されるだろう。
今殺さないのは、私からの慈悲だ。」
「……そうですか。」
朝田が無表情になる。
「他に、何か言うことは?」
無関心、というような、極めて冷淡で、何の感情もこもっていない声だった。
「無い。おまえたちこそ、何か言うことがあるのではないのか?」
朝田、篠原は席を立つ。
「予定が変わりました、特にありません。それでは。」
そのまま、レミールを一瞥もすることなく、日本国外務省のパーパルディア皇国交渉担当の朝田と篠原は退室した。
日本国外務省の朝田と篠原は、第1外務局を出た後、荷物を取りにホテルに向かっていた。
途中、急に馬車が停車する。
「何だ?」
黒い服を着た男が1名、馬車の前に立つ。
男は馬車に近づき、朝田に話し始める。
「少し話しがしたいのだが、その先に私の屋敷がある。そこで話は出来ないか?」
話しかけてきた男に、朝田と篠原は見覚えが……パーパルディア皇国第3外務局局長の姿がそこにはあった。
「カイオス殿? 申し訳ないが日本国と貴国との交渉は終わった。
もう話す事は何も無い。失礼する。」
朝田たちは立ち去ろうとする。
「待ってくれ!!今後戦争がどのように推移するにせよ、双方に全く話し合いの窓口が無いのは不幸な事だ。
せめて私と貴国だけでも連絡手段を確保しておきたい。
魔信を渡そうとも思ったが、信用出来ないようであれば貴国の準備する通信機器を私の屋敷に置くといった方法をとっても構わない。」
「正気ですか?貴国の事だ。内容が上に知れたら、貴方もタダではすまないのではないですか?」
「ああ、タダではすまないな。
しかし、貴国も唯一の窓口である通信機が置いてある場所には『空襲』はしないだろう?
皇族の近衛隊には、私の息がかかっている者が何人もいる。
通信機を設置するだけだ、貴国にとっても悪い取引ではないと思うが。」
「空襲。 ……貴方は我が国について、少しは調べたようですね。
解りました。その話、本日中に上に報告しましょう。」
カイオスの屋敷は海に面しており、敷地も広大であったため、後日秘密裏に通信機と発電機が設置された。
パーパルディア皇国の恐ろしい宣言にも関わらず、フェンでの虐殺事件の被害者の周辺を除いては、日本の民衆はこの戦争に無関心だった。
地球人にとって戦争とは、機械が勝手に戦い、リザルトを出すだけのものだ。無関心で問題はなかった。
今回も問題はない、彼らが何もしなくとも、知らなくとも、パーパルディア皇国は機械たちと一部の政府の人間によってカタをつけられる。何も変わらなかった。