上空には火喰い鳥が乱舞し、街からは炎と煙、そして悲鳴が上がる。
空からの連続した攻撃に、王国は軍を立て直す事が出来ずにいる。
王国軍は、元々戦力の三分の一が残っていたが、上空からの攻撃になす術が無く、その数を減らしていた。
想定以上に反乱軍の進行が速い。
絶え間なく聞こえつづける悲鳴と怒号はこの公爵邸にまで聞こえ、そこにいる者たちは平静を保つ事ができない。
「お……お嬢様、すぐに地下に避難してください!!!」
騒然とする空気の中、召使が興奮してエネシーに語りかける。
「解りました。さあ、タナカ様もご一緒に!!」
エネシーは、隣に立つTT-1も連れて行こうとするが、彼は動かない。
「タナカ様早く!!早く避難いたしましょう。」
「いや、このような状況となった以上、もはやここに居る訳にはいかない。わたしは王城へ向かう。君は先に避難しろ」
信じられない言葉が彼女の耳に飛び込む。
唖然とするエネシー。
「な……何を言っているのですか!?もはや王都の中にまでも敵は進行して来ています。いくらタナカ様がお強いとはいえ、この中を一人で進むのは危険すぎます!王城へ行くって、この非常時に、何をしに行くというのですか!!」
「非常時だからこそ、だ」
さらに何か言葉をかけようとする彼女を無視し、TT-1は走り始める。
「ダメ!!行かないで!!!」
不意に、周囲に大きな風が巻き起こり、付近の草花を揺らす。不気味な羽ばたき音と共に、火喰い鳥に乗った者2騎がエネシーの前に空から現れ、着地する。
「ひ……火喰い鳥!!!」
人の攻撃など寄せ付けぬ、空の脅威が突如として彼女の前に現れる。
空の魔獣に乗った騎士たちは、興味が無さそうに言葉を発す。
「ウィスークの娘か……運が無いな。とりあえず燃えておけ。」
2騎の火喰い鳥たちは、彼女たちに逃げる間を与える事無く、口から獄炎を、無防備な貴族の娘に向かって放射しようとする。
次の瞬間、火喰い鳥に乗った騎手の頭、さらに火喰い鳥の口内、眼球、と立て続けに赤い花が咲く。
「え……?」
火喰い鳥は地面に落ちる。騎手の頭部や火喰い鳥の眼球、嘴から血が流れ、血だまりが広がっていく。
「対人用衝撃浸透弾頭でも十分に効果が認められた」
TT-1が何かつぶやいている。
反乱軍の火喰い鳥兵を墜としたのはTT-1だった。
早抜き、抜くと同時に精密な照準、そして射撃、連射し目標を変えつつも精密射撃を維持する。TT-1のような無人戦闘システムの得意分野のひとつだ。
「タナカ様……!」
自分を二度も救ってくれた相手に感激、といった様子のエネシー。しかしTT-1は無感動だ。
「きみは……戦術戦闘能力はないだろう。早く避難すべきだ。きみに死なれるのは、我々にとっても都合が良くない。
きみが何を言って引き留めようと、わたしは行動を変えるつもりはない。
繰り返す、早く避難しろ」
優しい口調自体は保っていたが、内容は冷淡そのもの。それに戦術戦闘能力、などと、普通はこうした場面で使われる言葉ではない。
しかし恋する乙女である上に気が動転してすらいたエネシーにとっては、自分の身を案じてくれる甘い言葉に聞こえた。
「はい……」
末尾にハートが付きそうな声で言って、エネシーは避難を始める。
「タナカ様、必ず、ご無事で……!」
振り向いて言葉をかけた時には、TT-1はすでに走り去るところだった。
「くそ、くそう!ちくしょぉぉぉぉぉ!!!!!!」
王城上空に、勝ち誇ったように乱舞する敵の有翼騎士団、度々打ち下ろされる炎によって、王城は炎上していた。
国王ブランデも、敵の攻撃により、炎の中に消えた。
近衛騎士団長ラーベルは守るべき者を打ち取られ、悪態をつく事しかできない。
守るべき街も燃え、王国臣民の悲鳴が絶えない。
せめて、上空の敵だけでも何とかしたいが、空に対する攻撃なぞ、弓以外は全くない。
彼の全身は、どうしようもない無力感に襲われる。
彼はふと、預言書の事を思い出す。
ラーベル自身、とんでも本として認識していた預言者トドロークの預言。
『異界の魔獣現れ、王国に危機を及ぼさんとする時、天翔ける魔物を操りし異国の騎士が現れ、太陽との盟約により、王国を救うために立ち上がる。
王国も建国以来の危機に見舞われるが、騎士の導きにより、救われる事となるだろう。』
現実主義者の彼にとって、このような預言は全く信じていないものであり、それにすがるなど、考えられない事だった。
しかし、自分に力は無く、万策尽きた今、彼は初めて神に……予言の実現を……勇者の降臨を祈った。
このままでは、王国が滅び、臣民の多くが虐殺されてしまう。
「たのむ!神よ!!私は今生まれて初めて祈る。
あなたに……ただ見守るだけではなく、本当に運命をつかさどる力があるならば、王国を救ってくれ!!」
ラーベルの目から涙がこぼれる。
「たのむ!!たのむ!!あの悪しき魔獣たちを滅する力を貸してくれ!!
神よ!!!!」
街はさらに燃え、敵の攻撃は続く。
悲鳴も未だ絶える事はなく、彼はすべてをあきらめる。
1騎の敵有翼騎士が上空から自分に気づき、急降下を開始する。
「フフ……我ながら情けない最後だな。
神に……実体の無い者の力にすがろうとするとは。」
敵火喰い鳥騎士との距離はどんどんと縮まっていく。
「せめて……1矢!!」
ラーベルは弓をひく。
火喰い鳥の口から、わずかに炎が上がり始める。
「うぉぉぉぉぉぉっ!!!」
彼が矢を放とうとした瞬間、有翼騎士の頭部、火喰い鳥の口、眼から、立て続けに血が噴き出す。力を失った火喰い鳥騎士は落下し、地面にたたきつけられる。
「い……いったい何が!?」
「失礼。そこの騎士殿よ、見なかったことにしてはくれないか」
声がした方に振り向くと、黒い服に身を包んだ男が立っていた。
TT-1だ。突然現れた変わった服装の男。最近来たという異国からの使者だろうか……?
いや、それよりも。
「君は……君があの有翼騎士を倒したのか!?」
「……そうだ。内政干渉に問われても文句は言えないことは理解しているが……」
いざとなれば、目の前の騎士を口封じするしかないだろうか?TT-1たちは思案する。
王城や、見るからに重要人物らしい鎧をまとった目の前の騎士が攻撃されるのは好ましくなかったので防いだのだが。
「まさか……!罪に問うなどするわけがない。助かった!感謝する!」
「そうか。では、非常時だが、国王にお目通り願いたいのだが。至急伝えたいことがある。この国を救いたい、その方法がある」
「なんと、それは本当なのか?いやしかし、国王は……」
ラーベルは目を伏せる。なるほど、国王は既に死亡したか、そうでなくとも応対できない状況にあるらしい。
この非常時だ、誰かに指揮権が引き継がれるはずだが……
もはや諦めて離脱、ないし強行支援を行うべきだろうか……?
ひとまずTT-1は乗ってきたビークルを呼び寄せる。この混乱時だ、騒がれることもないだろうし、反乱軍の攻撃にしせよ王国軍の攻撃にせよ、無事にたどりつくだけの性能はある。
ウィスーク公爵は、王宮に緊急参集するため、準備を進めていた。
再度王城からの早馬が、公爵邸を訪れる。
「今度は何だ!!!」
準備をしようと思えば、邪魔が入り、なかなか進まない準備に彼は苛立ちを募らせる。
「国王ブランデ様が打ち取られました。
王規法により、これより王国軍及び行政機構のすべてはウィスーク公爵様の指揮下に入ります。」
「な……何だと!?」
国王様が打ち取られたという事実に、彼は唖然とする。
「なお、今は非常時ですので、議会を通さずに、すべての決定権は公爵様に一時委任されます。」
彼は緊急時の衝撃的報告に、頭をフル回転させる。
軍は頑張ってくれている。
こんな時に、戦いの素人である自分が出ていき、指示を出しても、現場は混乱するだけだ。
また、権限を集約されても、敵軍から王都を守り抜かねば、自分の権限集約は全く意味のないものとなってしまう。
どうする?
途方に暮れた彼は上空を見上げる。
何か黒いものが飛んでいるのが見えた。羽ばたいてもいなければ角ばっていて、生物には見えない。
敵の新しい魔導兵器か?公爵に緊張が走る。が、その時、TT-1に見せられ、聞かされた地球の説明が思い出される。
そもそも彼は、タナカ殿は、どうやって来たのだ?
もしかすると。違ったとしても、どのみち打つ手がなければ終わるだけだ。
「そうだ!!タナカ殿を、タナカ殿を呼んでくれ!!」
ウィスーク公爵は、召使にTT-1を連れてくるよう指示し、彼が王城へ向かったことがわかると、そのまま王城へと急いだ。
「と、いう訳で、今我が国は有害な魔獣によって、人類が存続の危機に陥っています。
魔獣の駆除に、あなた方に協力していただきたい。
彼らは、簡単に人を殺しすぎる。
このままでは、この世界全体が彼らの配下となり、何れは日本国へも侵攻してくるでしょう。」
「なるほど」
「カルアミーク王国の権限は今、すべて私に委任されています。
今回私たちが勝利すれば、日本と国交を結ぶにせよ、最大限の譲歩をいたします。
何とか、我々を助けてほしい。」
「了解した。あなた方を支援する。支援兵力は……何もなければ52分ほどか。持ちこたえられるだろうか?」
TT-1と本土コンピュータは常に通信で直結しているので、判断は速い。
そもそもなんとかして救援をしたいと思っていたところなのだから、この依頼は渡りに船だった。
よって即答で受諾するのだが、いくらマッハ3の巡航速度を持ったCP-237とはいえ、日本エリアからここまで来るにはそこそこの時間がかかる。
「ほぼ1時間ですか……それは、難しいかもしれません」
「私の乗ってきた乗り物がある。あの程度の敵航空戦力であれば、かなり有利に戦えるだろう。敵陸戦戦力についても、脅威ではない。
1機ではあるが……支援を行ったとして、持ちこたえられないだろうか」
「それは、本当ですか!? 持ちこたえられるかは、正直なところわかりませんが…… どの道他に道はありません。お願いできますか?」
「了解した」
その瞬間、王城の一角から黒いビークルが飛び立つ。
「おお、やはりあれは……」
「王国軍へは防戦に徹するよう伝達してください。防御を気にしなければやりやすい。」
「わかりました」
公爵は部下に伝達を命じていく。一時間近くの持久戦が始まった。
トドローク氏の預言は外れていることになりますね。