暁を願う   作:ここまで来たら最後までやってやる!

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昌浩たちと離れた饕餮は改めて窮奇やその配下の気配がないかを探っていた。姿が見えないだけで、あるいは気配が薄すぎて、見逃したのかもしれない。そう思ってそれらしいところを回ってみたりもしたが、どうやら本当にいないらしい。

大して荒っぽく歩いているわけではないのに、砂ぼこりがたつ。乾燥した空気に、乾燥した地面。饕餮自体には大した影響はないが、都にクラス人間にとっては一大事だろう。思えばこの都に転がり込んだ時からこっち、雨に降られた記憶がない。それが窮奇と関係があるのか、と聞かれればわからないが無関係だと断言することもできない。魔を食らうという特性からか、饕餮のそういった勘は昔から鋭かった。それは今でも変わらないらしい。

自然と見上げた空はすでに白み始めていた。

 

 

「ねぇ、もっくん。本当に饕餮を一人で行かせてもよかったのかな」

 

「あいつが自分から言い出したことだ、お前が気にすることでもないだろう」

 

「けどさ、饕餮は一度窮奇に殺されかけたんだよ?俺のせいで余計に痛い思いさせちゃったし」

 

「それもあいつが自分で勝手にしたことだろう。お前にそう思わせて後ろから食らおうとしないと断言できない以上、俺はあいつの様子は見に行かないぞ」

 

頑なな物の怪に昌浩は大きく嘆息した。なぜか物の怪は饕餮に関してこういった態度なのだ。そもそもの話、饕餮に関して知らないことが多すぎる。昌浩は自身の勘を信じているし、物の怪もそれを疑っているわけではない。けれど、相手はあの窮奇と並び称される大妖。警戒するのも無理はないだろう。

饕餮と別れた後、邸に帰ってから山海経に記されていた饕餮の記述を改めてみたが、そもそも饕餮が人の姿を取るとは一言も記されていなかった。そのほかにも相違点のようなものがいくつか見られたので、謎は深まるばかりだ。

謎と言えば饕餮が屋敷に置いて言ったあの太刀も謎が多い。付喪神がついているのかと思っていろいろといじってみたものの、それらしい反応もなく沈黙を保ったままで饕餮が持っていた時のような覇気を感じられない。

 

「・・・雨、降らないな」

 

ぽつりと漏れ出た言葉が、乾いた空気に溶けて消えた。

 

 

昼になった都の中を饕餮は当てもなく歩いている。かすかな気配の残滓をたどっていってもそこにあるのは食い散らかされた残骸があるだけ。肝心の異妖の影すら見つけられない。気配がかすかでも残っているため、いなくなったということはないだろうがここまでくると何かがあるのではないかと勘繰らざるを得ない。

それに、ずっと一定の間隔でついてくる気配が気になって仕方がない。饕餮に何かをするわけでもなく、ただただ監視に徹している神将の視線がどうしても気になって仕方がない。今の状況は、誰かのぶしつけな視線に長時間さらされたことがない饕餮に極度の緊張状態を強いていた。

 

「もっくんの友達?」

 

耐え切れなくなった饕餮はとうとう神気の漂ってくる方へと首をめぐらせる。放たれた言葉に神気がかすかに揺らいで、神将が顕現した。現れたのは筋骨隆々とした前髪を上げた男の形をした神将だった。風の気配をまとった神将はどこか心外そうな、複雑そうな顔をしながら饕餮を見下ろす。そんな彼に饕餮もまた何も言えない。

どこかもっくんの本性のような神将が出てくるとばかり思っていたために、全く毛色の違う様相に言葉が出てこないのだ。

 

「騰蛇とは同胞ではあるが、友ではない」

 

短くそれだけ告げて、男は姿を消した。気配は消えていない所を見るに監視は続けられるようで、饕餮は少しばかり辟易とした。昌浩に対しては、少なからず危険なことに関わらせた負い目と昌浩自身の気質のおかげでそこまで問題はなかったのだが、本来饕餮は人とのかかわりを厭う性質だ。言い換えれば、見知らぬ誰かのぶしつけな視線に耐えられる図太い神経を持ち合わせていない。

 

「どうせ私には大したことはできないのにね」

 

置いてきてしまった太刀を思いながら、饕餮はそう呟いた。

 

 

夜の闇に紛れて甲高い音が響き渡る。一定の速さで響くそれはひどく胸の内をかき乱した。無理やりねじ込まれたあの(ヒト)の心臓が告げている。全身を流れる変質してしまった液体がささやく。

あれは魔のものだ。悪意あるもの。人々が魔だと断ずるもの。食らうべきものであり、飢えたこの身を満たすに十分なもの。

実際にここらで釘を打つ音が響いているわけではないだろう。おそらくそれがまとっている気と饕餮の特性から引き出された幻聴の類だ。流れてくる気配を逃すまいと饕餮が走り出した。それを怪訝に思いながらも神将も続く。彼らの行く先には東三条邸があった。

 

彰子は薄闇の中、声を聞いた気がして目を覚ました。再度、己の名を呼ぶ声に起き上がりながらも首をかしげる。まだ薄暗い闇に覆われている時刻だ。一体誰が自分を呼んでいるのか、彰子にはさっぱり分からなかった。

母屋から廂にでた彰子は辺りを見回してみるが、声の主と思しき影はどこにもない。

 

「気のせいかしら?」

 

すがすがしい空気の中、気のせいだったのだと母屋に戻ろうとした彰子を引き留めるようにして声が響いた。

彰子が頭を上げると、そこには見覚えのある女が立っている。

 

「・・・圭子、さま?」

 

一番親しい間柄の姫がそこにいる。彰子に気が付いてもらえたことがうれしかったのか、圭子はひどくうれしそうに顔をゆがめた。姿がよく見えないから出てきてほしい、という圭子の言葉とその様子に彰子の全身をひどい悪寒が襲う。圭子の背後に異様な気配が見えた瞬間、彰子は半歩後ずさった。それに合わせるように、母屋から何かが砕けるような音が響く。

 

「なに?」

 

低いうめき声に彰子が身をすくませる。母屋を包む結界が大きくたわんでゆがめられる。圭子が一歩、踏み出した。瞬間、中庭に新たな影が飛び込んできた。圭子の背後にある気配が大きく揺れて黒い影となって現れる。それは成人男性ほどの大きさのある鳥のようだった。

 

「やっと見つけた、窮奇の配下。異邦の妖。こんなところで何をしているの」

 

不思議と彰子は乱入してきた影に恐れを抱かなかった。それどころがひどく安堵したのだ。

饕餮はチラリと彰子に目を向ける。まだまだ頑是ない幼い子ども。けれど強力な結界で守られ、美しく長い髪を持つ女でもある。それだけで大体の事情というか、今の状況の理由に行き着いてしまう。なにせ饕餮は窮奇の好みをよく知っている。今かの大妖が求めているものが何であるかも。

 

「その人間から離れて失せろ。鳥妖」

 

ざわざわと人々のざわめきが近づいてくる。それから逃れるようにして圭子の姿がかき消えた。饕餮もまた、彰子を少しだけ見て中庭から姿を消した。晴明からもらった呪具は無惨に砕けてしまっていた。

 

 

「昌浩、昌浩。起きて、昌浩」

 

まどろみの中で昌浩は目を覚ました。目を開けた先にあったのはひどく真剣な顔をした饕餮で。慌てて起き上がった昌浩はぶすっとしている物の怪に首をかしげながら饕餮に目を向ける。

 

「昌浩、まず初めに謝罪させてほしい。本当にごめん」

 

「え?え?!」

 

いきなり頭を下げてきた饕餮に昌浩は戸惑った。一体全体何があったのか。

 

「もしかして、異邦の妖異を取り逃したとか?」

 

思い付きで行ってみただけだった。少なくとも昌浩としてはほんの少しの期待を織り交ぜたものだったのだが、うつむいてしまった饕餮にそれが真実を言い当ててしまったのだと気づく。

 

「え?・・・本当に?」

 

「ああ。だがあいつらの狙いはわかった。だからしばらくお前のところには帰ってこれない」

 

「殴り込みにでも行くのか?」

 

物の怪が口をはさむ。未だに機嫌が悪そうだが、それを捨ておいても冷たい声だった。

 

「いや、狙われていた少女の護衛に行く。結界が張られていたけど、あれだけでは心もとないし。あの子があいつらの手に落ちれば弱ったあいつも復活する。それだけはさけるべきだと判断した」

 

だからしばらくの間異邦の妖異探しは中断する、と昌浩が止める間もなく饕餮は言うことだけ言ってさっさと行ってしまった。呆然としている昌浩を尻目に物の怪は同胞の気配へそっと目を向ける。軽いため息をはいた気配がして、すぐにそれも消えてしまった。


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