その先はもう少し纏まってからで
翌朝、八雲は割と早めに食堂へと来ていた。
運動部もある関係上、朝の食堂は6時から開いている。
昨日食べそびれたからか、早くに食べておきたいというのもある。
正直エナジーバー2本程度食べた所で、空腹が我慢できる訳が無いのだ。
「あ、鷲崎さん。ここ座っても良いですか?」
「ああ、構わない」
AセットとBセットの2つを食べていた八雲に声をかける少女、許可が出ると少し小さくガッツポーズをして安堵の溜息を零していた。
「昨日の今日で話した事は無かったな、鷲崎八雲だ。よろしく頼む」
「相川清香です、こ、こちらこそよろしくお願いします!」
相川清香、八雲と同じ1組の出席番号1番の活発少女である。
そんな清香は少し緊張していた。
女子中学校出身故男性にあまり慣れていない事もあるが、八雲は清香にとって2つ年上なのだ。
「そんな固くならなくても、もっと砕けた話し方で良いんだがな。敬語もいらんぞ」
「アハハ、ありがたいですけど…良いんですか?」
清香の脳裏では、昨日のある場面がずっと巡っていた。
そう八雲のブチ切れた場面である。
当事者では無かった清香ですら、その場面を見て恐怖を抱いている。
それ程までに印象的だったのだが、それでも打ち解けようと意を決して話し掛けたのだ。
だいぶ勇気がある少女だと言える。
「昨日の事か」
「っ!はい…でも、意味も無く行動した訳ではないって分かってますから!」
そう言った通り、八雲がキレた理由は家族を侮辱されたからだ。
誰だって家族を侮辱されたら怒る、自分だってそうなのだからと思ったからだ。
ただその後の行動が、少女達にとっては過激であり、それは清香にとっても同じだった。
「ありがとう、理解してくれる人が居るのは嬉しい事だ」
「いえいえ、そんな大層な事じゃ」
だいぶ打ち解けたのか、敬語はまだ混じっているがかなり砕けてきている。
2人共も食べ終わり雑談しているが、そこからはもう殆ど緊張は感じられなかった。
「あー、きよっちズルいっー!」
「清香が抜け駆けしてるー!」
「佳奈!ほのか!違うんだってば!」
そこにやって来た2人の少女。
2人共同じクラスであり、八雲とも席が近い。
湯本佳奈と七瀬ほのかだ。
「ねえねぇ鷲崎さん、きよっちと何話してたの?」
「清香、随分楽しそうだったもんねぇ」
「ちょ、2人共っ?!」
佳奈もほのかも、楽しそうな清香と八雲の話が気になって仕方なかった様子だ。
清香も2人の話に慌てるが、1番の理由が昨日の八雲を見ているにもかかわらず普通に話し掛けた2人に驚いていた。
「2人は俺が怖くはないのか?俺に話し掛けてきた時相川は凄くビクビクしていたが」
「ちょ!!鷲崎さんっ!?」
2人に対する思わぬ援護に清香は慌てる。
だが件の2人はそうでも無かったようだ。
「へぇ清香がねぇ」
「でもきよっちの場合男の人と話すの久しぶりだから緊張てのもあるんじゃない?」
「い、言わない!!」
更に弄られる清香は、顔を赤く染めてテーブルに伏してしまった。
「でも実際は私も怖かったです。ですが考えてみて思ったんですよ、家族を侮辱されたら誰だって怒るって。鷲崎さんは家族愛が特に強いから、あんなふうにキレちゃったんだって」
「そう考えたら怖いなんてバカらしい考えかなぁってね。清香もそう考えたから鷲崎さんに話し掛けたんじゃない?ねぇねぇ清香、そこんところどうよ」
伏してぷるぷる震えている清香、その腕の隙間から見える頬をツンツン突いているほのか。
もう真っ赤であった。
「流石にそのへんにしておいてやれ、見ていていたたまれなくなる」
「はーい、結構楽しかったんだけどなぁ」
その後もワイワイと迷惑にならない程度の声量で騒ぐ3人と、聞きに徹しながらも時折会話に混ざる八雲の図が出来上がる。
八雲が食堂に入ってから既に1時間弱は過ぎている。10分で食べ終わったのだが、清香や佳奈、ほのか達と喋っていたのでだいぶ時間が経っていた。
それだけの時間が経てば起き始めてきた生徒達も続々とやって来て朝のラッシュ気味だった。
「あ、おーい八雲!!」
その時、食堂の入口付近から声が響いた。
男声の為対象は簡単に分かる。
織斑一夏だ。
一夏は八雲を見つけると、定食セットを持ちながらズンズンと歩いてきた。
それを慌てるように自分の定食を持って追いかけるポニーテールの少女だが、その顔は物凄く不満気だった。
「今日は居るんだな、昨日の夜来なかったから何かあったのかと思ったぜ。大丈夫なのかよ」
「ああ、特に問題ない。それとすまんな」
「良いって良いって。あ、それよりさーー」
一夏がほぼ一方的に会話を畳み掛けてくる。
それをよく思わない少女が、4人居た。
1人篠ノ之箒。
彼女は一夏と2人での朝食を楽しみにしていたがこれである。
残り3人は清香、佳奈そしてほのかである。
この3人は八雲と談笑していたのだ、その楽しい時間を現在一夏に遮られている。
例え人気者でも、人が話している所に割って入ると不快に思われるのは仕方がない。
この3人としても一夏とも話をしたいと思ってはいたが、こうなってしまうと少しずつではあるがその気持ちも薄れるだろう。
自分達にも話を振ってくれる訳でもなく、一夏は八雲にほぼ一方的に会話を振っているのだから。
「い、一夏。その、そろそろ…」
流石に3人への申し訳無さが大きくなり過ぎた箒が、一夏へと進言する。
「ん、ああそうだな。じゃあ八雲、また後でな」
「ああ、教室でな」
そう言って一夏は空いている席を探しに行った。
その後ろ姿を追い掛けるように箒は慌てて、こちらへ一礼してから小走りで立ち去った。
「例え面倒だと思っても顔に出してはいけない」
びくっ
3人が八雲の言葉に反応し、驚愕を浮かべる。
「会話中に割り込んで来るのはあまりよろしくは無いが、それでも露骨にそれに反応しては駄目だ。それに気付かれた時、それ以上に面倒になるからな。特にああいうタイプだと」
八雲が年上ということもあり、すんなりと3人に受け入れられる。
特に八雲の場合、割と実体験の為言葉に重みがあった。
「さあそろそろ授業の支度だ、あまりモタモタしてると恐い先生の雷が落ちるからな」
「それは嫌だね、よし。じゃあ鷲崎さんまた後で」
「私も!鷲崎さん後でねぇ〜」
佳奈とほのかは食べ終えたトレーを手に立ち上がり、挨拶をしてその場を立ち去った。
「わわ、待って待って。鷲崎さん、教室で!」
「ああ。転けるなよ?」
「大丈夫です!待ってよ、2人共ー」
清香も慌てて立ち上がり、2人を追い掛けるように小走りで歩いて行った。
「鷲崎、恐い先生が来てやったぞ」
「おはよう御座います、織斑先生。態々後ろに立たないでください」
「脅し文句に私を使ったようだからな、ちょっとした意趣返しだ」
それを聞いた八雲は溜息を隠せなかった。
このキツそうな教師がここまでノリが良いとは、正直思わなかったからだ。
「さっきのはあれか、早速3人もハーレムを作ったのか?このプレイボーイ」
「んな馬鹿な。俺はハーレムなんぞに興味無いですよ。それに彼女達に失礼ですよ、そういう事は」
「意外…でもないか、固そうなお前らしい。さて、何時まで食べている!!!食事は迅速に取れ、遅刻者にはグラウンド10周させるぞ!」
八雲との会話を切り上げた千冬は、食事中の少女達に一喝した。
現在時刻は7時30分になろうところ。
食堂自体は8時まで開いているのだが、45分からホームルームなのでそろそろ終わっていないとまずいのだ。
15分余分に食堂が開いているのは休みの生徒の為だ。
重病ではない限りではあるがなんとか自力で食堂に来れる生徒の為に、自室まで持って帰れるメニューがその時間に提供されるのだ。
1時間目も終わり小休憩も兼ねた休み時間。
一夏は相変わらずグロッキー状態であった。
そもそも参考書を捨てた一夏の自業自得と言ったらそれまでだが、授業の進行スピードが早いことも要因の1つだ。
そしてそんな一夏を取り囲むように女子の約半数が詰め寄っていた。
一方の八雲だが、半数近い女子が一夏のもとに居る為割と空いていた。
そこに朝の3人が居た。
昨日の件でクラス内で少々シコリが残っている八雲、その近くに居る3人には好奇な目が向けられている。
話してみれば良い人なのにと3人は思うのだが、如何せん昨日の件が強過ぎた。
全員の前でキレたのだから、仕方がないとは思うが。
「ねえ織斑君、千冬お姉様は自宅ではどんな感じなの?」
「え、案外だらしなーー」
スパンッ!
小気味よい音が教室に響き、一夏は机に伏した。
そして叩いた本人はといえば、顔が薄っすらと赤く冷や汗をかいていた。
「休み時間は終わりだ、授業を開始するので座るように」
いつの間にか休み時間が終わり間近だったらしく、都合良く戻って来た千冬が秘密をバラそうとした一夏の頭を引っ叩いたのだ。
「ああ、そうだ織斑。お前の専用機を政府が用意させるようにとのことだ」
「へ?」
「だが学園にも予備機は無い、本来なら政府特命と言うことで直ぐに用意しなければいけないんだがな。まあ用意できるまで少し待て」
「????」
千冬の説明を聞いても一切理解していない様子の一夏。
そんな一夏を他所に少女達は色めき立つ。
「1年のこの時期に専用機かぁ。ーーーやっぱり千冬様の弟だからなのかな?」
「政府から支援が出てるって事だよね、良いなぁ」
「私も専用機欲しいなぁ」
全く意味が理解できていない一夏を置いていくように少女達はいつか自分もと、期待を膨らませる。
そしてそんな一夏を見兼ねた千冬は教科書の最初のページを音読させる。
それでも理解半々といった一夏に溜息を隠せないが、千冬は授業を進める。
が、その時質問が上がった。
「あの先生、鷲崎さんには専用機って無いんですか?」
「ああ、鷲崎には必要ない。あいつは企業代表としてここに居る、当然専用機も持っている」
その千冬の言葉に、流石の八雲も頭を抱えざるを得なかった。八雲の顔からして、本当に言って欲しくなかったようだ。
そしてその言葉に特に反応したのはあの3人だ、他の面々は総じて驚愕となんでこいつがといった視線を送っていた。
「鷲崎さん専用機持ってたんだ!」
「しかも企業代表だって!凄い!」
清香と佳奈が八雲を褒めるように声を上げる、一方でほのかはクラスを見渡していた。
そして全員ではないが八雲を睨んでいる人を見つけて溜息を吐くのだった。
ISが世に出て女尊男卑が広まり、ISを女性だけが使える神聖なものと崇める人が数多く居る。
俗に言うIS信者なる人にとっては、男性操縦者というのは神聖なISを穢したとして目の敵にされている。
ほのかが見たのはそういった類いだった。
「ーーまたあの人は余計な事を…」
一方の八雲は、クラスメイトの何人かから睨まれている事など何処吹く風、千冬を睨んでいた。
態々知られないよう自己紹介の時ですら自分が企業に所属しているのを言わなかったのだ、それをこうしてバラされた。
知られると騒がれて面倒だからこそ黙っていたのに、これでは何にも意味が無い。
「さて、時間も押しているので授業を始めるぞ」
「安心しましたわ。まあまさか訓練機で対戦しよう等とは思っていなかったでしょうけど」
授業が終わって早速一夏の席に押しかけたセシリア。
一夏と八雲の席は2つ程離れている為か、セシリアは八雲の所に視線を向けないように立っていた。
八雲がセシリアにブチ切れてからまだ1日、それで気軽に話しかけるようであればヤバい人である。
「まあでも勝負は見えていますが、流石にフェアではありませんものね」
「ん?何でだ?」
「あら、ご存知ありませんの?この私セシリア・オルコットはイギリスの代表候補生。つまり現時点で専用機を持っていますのよ!」
ババン
腰に手を当てた状態で一夏にむけて人差し指を向ける。
「へぇー」
「…………馬鹿にしていますの?」
「いや、すげーと思っただけだよ。どうすげーか分からないけど」
「それを一般的に馬鹿にしていると言うでしょう!?」
バンと、一夏の机を両手で叩いた。
その衝撃で一夏のノートが落下したり、びっくりした少女達が振り向いたりしたが些細なこと。
「…んんっ。さっき授業でも言っていたでしょう。世界にISは467機しかないのです。その中でも専用機を持っている私は、全人類60億超の中でもエリート中のエリートなのですわ!」
長々と熱弁しているセシリア。
一方八雲はというと。
「あ、鷲崎さん。ご飯行きませんか?」
「あ!きよっち私も私も!鷲崎さん、私も行っても良い?」
「私もご一緒したいです!」
「ああ、良いぞ」
知り合ったばかりとは思えない位馴染んでいる。
もう完全に傍から見ればハーレムだが、八雲にそんな気は無いのだ。
席を立った4人だが、それを恨めしそに見つめるセシリア。
昨日の今日である故に、話し掛けようとすればフラッシュバックするのだ。
セシリア自身それが何なのか理解できていないが、尋常じゃない恐怖心が湧き出てくる。
八雲に言い返してやると意気込んでも、目の前にすると頭が真っ白になる。
恐らくだが、しばらくこの状態が続くであろう。
「そういえば鷲崎さん、オルコットさんとの勝負は大丈夫なんですか?」
「あ、それは私も思った」
そう思うのも当然である。
八雲は最近見つかったばかりの男性操縦者である、故に心配なのだろう
せっかく仲良くなったのだから、無様に負ける姿等見たくはないのだ。
「ああ、大丈夫だ。確実に勝てるだろうさ、代表候補生だとしても情報通りのあいつ程度なら」
そう言った八雲に3人共首を傾げる。
「セシリア・オルコット。イギリスの代表候補生で専用機はブルーティアーズ、IS適正はAでBT適正もA。適正から考えると
「凄い、こんな情報をどこで…」
「ネットで探せばすぐ出てくるぞ?ISてのは現在世界中の注目の的だ、ましてや代表候補生や代表なんかの情報は特にな」
「そうなんですか」
「あ、本当だ!」
佳奈が自分の携帯で調べた結果を見せる。
そこには先程八雲が言った事やその他代表候補生の考察等が事細かに書かれていた。
「これで相手の情報を俺は既に持っている、この時点で相手がどういう戦術を使ってどういう行動をするのかが想像つくだろう?」
「あ、確かに。使う武器も使う戦術も、全部書いてあるもんね」
「ああ、この時点で相手がどういう事をしてくるか俺は分かっている。だが相手は?俺の情報を持っているか?」
「あ!!」
清香が声を上げる。
そして残り2人も気付いたようでハッとする。
「俺の情報なんて男性操縦者であること位だろう?どうだ、俺がどういう戦術を取るか誰も知らないだろう。それにあの性格だ、どうせ男だからと慢心し油断するだろう。その油断もまた、攻撃する隙になる」
「あれ、でもその条件なら織斑君とも同じじゃない?」
「違う。俺とアイツでは現在の状況が圧倒的に違う。バラされてしまったが現時点で専用機を持っている俺は何時でも練習を出来るがアイツの専用機は今は無い。そこもまた大きな差だが、あいつの思想も問題だろうな」
「問題?何かあるの?」
「昨日の言い合いを傍から聞いていたが、アイツは正々堂々といった勝負を好むと思う。そんなアイツが事前情報を仕入れてから勝負に挑むとは思えないんだよな」
そう言った八雲の声に、あの時一夏が言った言葉を思い出す。
真剣勝負だと、そして代表候補生相手に本気でハンデを聞いた。
しかも自分にではなく相手にである。
代表候補生相手にそれは、もはや無知なのかと。
「まあそんなわけで、アイツの勝率は低いんじゃないかと思っているが…番狂わせは起きると思う」
それは転生者であるが故の言葉でもあった。
原作では戦の最中に成長し、代表候補生であるセシリアを油断と慢心、そして機体性能の差があったにもかかわらず追い詰めている。
機体特性を把握していなかったが故に敗北だと言われているが、初心者に近距離特化のピーキーな機体を渡す方も渡す方である。
原作通りであれば零落白夜が搭載されている為いい所までは行けるだろうが、シールドエネルギーを使うと言うことを知らずに敗北というところは変わらない筈である。
「(最も、俺が居る時点で既に乖離は始まっているからな。恐らく今後は原作通りには行かんだろう)」