ただの村人だった俺が失われた記憶を取り戻したら最強になった件   作:たけぽん

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一章
1.記憶のない農民


―――そこにはまさにこの世の地獄とも言うべき光景が広がっていた。

ミスレシア王国の南部に位置するダラス街に、突如として謎の武装集団が現れ、街のシンボルである時計塔に火を放ったのが悪夢の始まりだった。家の外にいた住民たちは瞬く間に殺され、反撃に出た王国の騎士たちも奴らに傷一つつけることもできずに地に倒れ伏した。抵抗する術も無く、民衆が絶望に打ちひしがれ全てを諦めかけた時、奴らの前にたった一人立ちはだかる男がいた。―――『勇者』と呼ばれる存在は彼のような者を指すのだろう。人々の希望を背負い理不尽を打倒する。そんな存在の登場に、膝を折りかけた民衆や騎士たちが一筋の光をみた。

 

 

その日、その厄災は、街の壊滅という結末で終わった。

 

 

 

 

 

 

――それから10年

 

 

温かく、それでいてやわらかい。俺の全身を包むのはそんな慈愛に満ちた感触だった。ひとたび肌を外に晒せば生気が失われるかのように気だるさが身を包む。

駄目だ、俺には無理だ。諦めよう。別にいいじゃないか、俺が諦めても誰も困らない。

だからさ、もういいよな……。

 

 

「どかーん!」

「ぐへおっ!」

 

俺が諦めの極致に達したその瞬間、腹部に強烈な衝撃を受け、俺の意識は無理やり現実に引き戻された。

 

「いつまで寝てるのさお兄ちゃん!」

 

いつもと変わらない天井だ。頭を横に向ければ木製の床と壁があり、本棚には所狭しと本が並んでいる。そして俺がいるのは使いなれたベッド。つまるところ、自室で朝を迎えた訳だ。顔の半分くらいまでかぶった毛布をめくると、さっき衝撃を受けた腹の上に一人の少女がまたがっていた。

 

「……シャル。今日も随分と強烈な一撃だな」

「えへへ、お兄ちゃんに褒められたあ」

 

今俺は褒めただろうか?そんな疑問も露知らず、シャル呼ばれた少女、俺の妹はバカ丸出しの笑顔を浮かべている。

 

「今日も絶好調みたいだな。おはよう」

「うん!おはようお兄ちゃん!」

「よし、気はすんだな。それじゃあ俺は今から出かけようと思う」

「え、どこに行くの?朝ご飯は?」

 

きょとんと首をかしげる妹に対して俺は満面の笑みを浮かべてから

 

「それは夢と言う名の桃源郷だ!また会おう!」

 

と伝え再び布団をかぶった。

 

「あ、ちょっとお兄ちゃん!ダメだよ!今日は畑の水やりお兄ちゃんの番でしょ!お母さん怒るよ!」

「……」

 

十秒間、熟考する。このまま起きて水をやるのとこのまま寝て母の雷を喰らう。どちらがハイリスクだろうか。

考えるまでもないな。

ゆっくりと上半身を起こし、シャルを無理やりおしのけ、ベッドから立ち上がる。カーテンを開けると窓の外には今日ものどかな村の景色が広がっている。天気も晴れ。いい朝だ。

衣装たんすから着替えを取り出し、寝巻のボタンに手をかけたところで、まだシャルが部屋にいることに気付いた。

 

「おい、さっさと出て行け。兄貴の着替えなんぞみても何にもならんだろ」

「えーそう言わずにさあ、あれ、また見せてよ」

「またか?もうこれで何回目だよ?」

「いーじゃん、減るもんじゃないし」

 

俺はため息をつきつつもボタンをはずし上着を脱ぎ背中を見せる。どうせ見せるまでずっと駄々をこねられるのだしさっさと終わらせてしまおう。

 

「おおー!やっぱり綺麗だな~」

 

シャルが熱心に見ているのは俺の肩甲骨の辺りにある青い痣。花弁のような形をしているとシャルは言っているが実際に鏡で見てもそうは見えない。だが、こいつは随分気にいってしまったようで、起こしに来る時は毎回見せてくれと言ってくるのだ。

 

「ほら、もういいだろ」

 

さっさとシャツをきて上着を羽織る。シャルは不満げに頬を膨らませたが、俺がわざとズボンを脱ごうとした瞬間恥ずかしそうに部屋を出ていった。

着替えを済ませ、部屋を出て階段を下りる。1階からは卵の焼ける音とともにバターの匂いが漂ってきた。

 

「あら、おはようライア」

 

テーブルに目玉焼きを乗せた皿を配膳している三角斤にエプロンを身に付けた小太りな女性が俺の方に目を向ける。

 

「おはよう母さん」

 

挨拶を返しながらさっき部屋を出て行ったシャルの横の席に座り、パンにバターを塗る。すぐに母も席に付き、朝食が始まった。

 

「ライア、それで昨日言ってた話なんだけど……」

 

目玉焼きにナイフを入れ、黄身がジュワリと溢れだしたところで母が口火を切った。

 

「またその話?行かないよ学校なんて、俺は」

 

ここ一年くらい、母は俺に村を出て王都にある学校に通えと言ってくるのだ。

 

「お金の事なら心配いらないから、あんたが来て5年、もうかなりたまってるのよ?」

「いいって、そんな無駄遣いしなくて。買ってくれた本だけで十分勉強できてるよ」

「でも、学校には実技もあるのよ?あなた、魔法剣に興味を示してたじゃない」

「ただの農民の俺が魔法剣なんて使ってどうするんだよ。薪割りくらいにしか使えないじゃないか」

「でも……」

「大体、俺みたいな奴が受験できる訳もないじゃないか」

「……」

 

痛いところをつかれた母は黙ってしまう。少し言いすぎたか。気まずくなった俺は目玉焼きを一気食いし、席を立ち、畑の水やりへと向かった。

 

***

 

水やりを終えた俺は、そのまま家に戻る気もしなかったので村の外れにある丘に向かった。

風も滅多に吹かず、綺麗な草が生い茂るこの丘にねそべって考え事をするのが俺の日課でもある。とはいっても、今日は何も考える気がしないな。さっきの会話のせいだな。なんだって俺を学校に行かせようとするんだろう。母さんにはそんな義理も責任もないのに。

そんな考えてもしょうがない事を考えながら空を眺める。今日は雲ひとつない。ただただ青い空。

 

「あ、お兄ちゃんやっぱりここにいた~」

「……シャルか。よくここが分かったな」

「えーだってお兄ちゃん5年前からいつもここで寝てるじゃん」

「いや、別に寝てるわけじゃなくて」

「お母さん、かなりしょげてたよ」

 

俺の言葉は妹による現状報告で遮られてしまった。その報告に対して言葉を返せずにいると、シャルは俺の隣の芝生に座りこむ。

 

「お兄ちゃん。気なんて使わなくていいんだよ?」

「何の話だよ」

「私たちが本当の家族じゃないから、自分のやりたいこと全部我慢してるんでしょ?」

「……そんなことないって」

 

だが、間を開けてしまったことでシャルは少し悲しそうな顔をする。

そう、俺とシャル達は本当の家族じゃない。血のつながりなんて一切無いのだ。

あれは5年前、行くあてもなく放浪していた俺はいつのまにかこの村の近くで意識を失い倒れていた。それを隣の村への野菜販売から返ってくる途中の母さんが偶然見つけ、家へと連れ帰り手当をしてくれたのだ。母さんは若いころに夫を亡くし、一人娘のシャルとずっと暮らしていた。それゆえかシャルは母さん以外の人にあまり関わろうとしなかった。だが何故か俺にはよく懐き、それを見た母さんは一緒に暮さないかと提案してくれた。最初こそこれ以上世話になるわけにはいかないと断った俺だったが、母さんやシャルの強い願いに折れ、シャルの兄として家族の一員になることになった。

だが、別に俺は家出人でもなければ旅の商人でもない。いや、本当はそうなのかもしれないが。そんな俺が何故5年前この村にたどり着いたのか。それは俺自身も全く覚えていない。

そう、俺には記憶がない。自分がどこから来たのか、何歳なのか、何者なのか、ライアという名前も母さんがつけてくれたもので、本当の名前すら思い出せないでいる。ただ憶えているのはいつからか朦朧としながらいろんなところをさまよっていたという事だけ。

さっき学校に行くのを断った理由の一端として、俺の身元が不明なためそもそも書類選考で落とされるからというのがある。

 

「お兄ちゃん、本当は自分の事思い出したいんでしょ?」

 

どうだろうか。確かに最初にこの村で暮らし始めた時は自分の事が分からないという恐怖心から一刻も早く記憶を取り戻したかった。だが、街の病院で診てもらっても俺の記憶喪失の原因は不明で、医師もお手上げという状態だった。

それに、母さんやシャル、それに村の人たちの優しさに触れ生活するうちに俺の恐怖心はいつの間にか薄らいでいった。

だから、今の俺にとって記憶を取り戻すことはそこまで大事なことじゃない。

 

「いいや、今となってはもう記憶なんて戻らなくてもいいと思ってる。シャルや母さんとずっと一緒にいれればそれでいいよ」

 

記憶が戻れば、当然本当の家族の事も思いだすことになる。そうなった時、シャル達との別れを選択してしまうかもしれない。そんなの、シャル達は悲しむだろう。そもそも5年間も世話になっておいて記憶が戻ったからさようならなんておこがましいにもほどがあるが、元の俺はそういう奴だったかも知れない。

いつの間にか俺は本当の自分を知ることの方が怖くなっているのかもしれない。

 

「それなら学校に行ってよ」

「話聞いてなかったの?それとも遠まわしに出て行けって言ってる?唐突な兄離れだな。お兄ちゃんは悲しいよ」

「違うよ!お兄ちゃんのことはずっと大好き……じゃなくて!もう、そうやって誤魔化そうったってそうはいかないもんね!」

 

コロコロと表情を変えるシャルを見て自然と頬が緩む。

 

「だから、私が言いたいのは、私たちに遠慮してお兄ちゃんが自分のやりたいことをやらないのはお兄ちゃんがいないより悲しいってことだよ」

「……」

「お兄ちゃん、畑の仕事が無い時はここで魔法についての本読んだりしてるし、部屋の机の上のノートには難しい魔法式とかいっぱい書いてあるし、とにかくいっぱい勉強してるでしょ?私には難しくて全然分からないけど、学校にいって勉強すれば本当に魔法が使えるようになるかもしれないんでしょ?」

「まあ、魔法学の本には誰にでも魔法を使う事は可能だって書いてたな」

「だったら私、魔法使ってるお兄ちゃんがみたい!どばばーんってモンスターとかやっつけるんでしょ?」

「俺は戦士なんて柄じゃないよ。せいぜい炎系の魔法で薪を燃やすくらいだ」

「むー、夢がないなあ」

「そもそも、母さんが勧めてる学校は全寮制で卒業まで4年だぞ?お前それまでお兄ちゃん無しで生きていけるのか?」

「無理!死んじゃう!」

「ならシャルの命が優先だな」

「はかったなお兄ちゃん~!」

 

ぽかぽかと俺を叩いてくるシャルだったが、すぐに疲れたようで朝同様頬を膨らませている。まるでハムスターのようだ。

すると、村の中央から鐘の音が響いた。それは村人たちが仕事を始める時間を知らせるものだ。そういえば今日は隣の村に野菜を売りに行くのを任されてるんだった。

 

「よし、鐘もなったし家にもどるぞ。仕事だ仕事」

「ちゃんとお母さんと仲直りする?」

「あーはいはい。するって。ちゃんと謝っとくよ」

「そっか。じゃあいいや。早く家もどろ!」

 

シャルは勢いよく立ち上がり、丘を駆け下りて行く。

 

「ほらお兄ちゃん早く~!おいてっちゃうよ~!」

「今が一番……だな」

 

丘の下でぴょんぴょんと跳ねるシャルを見て、俺はそう呟いていた。

 

 

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