ただの村人だった俺が失われた記憶を取り戻したら最強になった件 作:たけぽん
ラスティの言うとおりに道を進むとその家は見えてきた。とくに変わり映えのない外装だが、本当にこんなところで脳外科なんてやってるんだろうか。
「おい、本当にそのオルドって医者に会うのか?」
俺の腕を掴んだままのリッカに問いかける。いくら脳外科医がみても俺の記憶はそもそも俺の中にはないのだから完全にお手上げなのではないだろうか。そうするとその医者の自信を無意味に傷つけるだけなのではないか。
「アンタしらないの?オルドさんはこの国で唯一脳そのものだけでなく記憶について論文を書いている人なのよ?つまり、アンタが今までかかってきた医者の2歩も3歩も先を行っているのよ」
「お前、なんでそんなに詳しいんだ?」
「っ!そ、それは……」
リッカがしどろもどろになっていると家の扉が開く。
「うちになにかようですか?」
声のした方を見たが誰もいない。……と思ったが目線を下げたらその正体はすぐに分かった。そこには5、6歳くらいの男の子が立っていた。
「オルドさんに用が……」
「ひっ……」
リッカの言葉の途中で男の子はおびえるような視線を向ける。
「お前なあ、そんな腕組んで見降ろして話しかけたら怖いだろ」
俺は少年の前にしゃがみ頭をなでる。
「ごめんな。こいつ、普段からこんなだから怖いとは思うけど我慢してくれ」
リッカが凄い睨んできているような気がするがここは知らんふりしよう。
「俺はライア。で、こいつはリッカ。君は?」
「……アーメス」
「そっか。よろしくなアーメス。ところで俺たち、オルドって人を尋ねてきたんだけど、家間違ってたかな?」
「おじいちゃんに?」
どうやらこのアーメスはオルドの孫らしい。だが、家からは誰の気配もしない。こんな小さい子供一人置いて出かける家族がいるのか?ひょっとして、育児放棄とかだろうか。
「ああ。ところで家には君だけか?家族の人は?」
「えっとね、ぼくここに住んでるわけじゃないの。ここはおじいちゃんのいえで……」
なるほど、ただ祖父の家に遊びに来てただけか。ほっと胸をなでおろす。
「えっとそれでオルド……じゃなくて君のおじいちゃんは出かけてるのかな?」
アーメスは首を横に振る。
「それじゃあ家の中で寝てた?」
その質問にもアーメスは首を横に振る。
「おじいちゃん、もう一週間もいないの。ぱぱたちは研究の道具を取りに行っててそれがながびいてるだけだって言うんだけど、ぼく心配で……」
「それで毎日おじいちゃんに会いに来てたんだな。偉いなアーメス」
その言葉にアーメスは得意気な顔をする。だが、1週間も留守にしているのは何か引っかかる。アーメスの言う通りなら1週間はふだんより長引いている部類らしいし、心配になったアーメスが毎日家を訪れるのも予想はできたはずだ。そうなると、オルドは何か不足の事態で帰れなくなっているという仮説がたつ。
「おじいちゃんはどこへ研究の道具を取りにいったんだ?」
「アウラムの森だよ、街のはずれにあるの」
「そうか、よし。それじゃあ俺にまかせてくれ」
「お兄ちゃん、探してきてくれるの!?」
アーメスは嬉しそうに俺の方を見る。
「リッカ、お前はアーメスと一緒に俺の帰りを待っててくれ」
「はあ!?ちょっと待ちなさいよ!森なんていってモンスターにでも遭遇したらどうするのよ?アンタいま丸腰じゃない!それならわたしが行った方が……」
「問題ない。街の近くにある森には基本的にモンスターはいない。いたらとっとと街を襲いに来るだろ」
「それはそうだけど……」
「万が一の場合は『アレ』もあるから大丈夫だろ」
リッカも納得してくれたようなので俺は二人をのこしてアウラムの森へと向かった。
***
ご丁寧に街の裏口に案内板があったおかげで森までは難なく到着することができた。
だが、一つ誤算があった。
「で、でかいな……」
そう、アウラムの森は俺が予想していた3倍は大きかった。木々の大きさもさることながら面積そのものもかなり広大で、どこまで歩いても光が見えない。このままこの森を探してたら日が暮れそうだ。
「おーい!オルドさーん!いたら返事してくれー!」
無駄だと思いつつも大声で呼んでみる。
「……!誰かいるのか!おーいこっちだ~!」
意外にも無駄だと思ってやったことなのに見事にヒットした。声がした方へと歩を進める。10分くらい歩いたところで、切株に座る茶髪の老人が見つかった。おそらくあれがオルドだろう。
「大丈夫ですか?」
「おお、さっきの声の主か……てっきり幻聴だと思ったが諦めずに返事してよかったわい」
オルドはまるで子どものように笑う。ラスティといいシルドの爺さんたちは随分若さを感じるな。
「アーメスが心配してましたよ。1週間も帰らないなんて何があったんですか?」
「おお、アーメスに会ったのか。どうやら心配かけてしまっているようだのう。早く帰らなければ……」
オルドは切り株から立ち上がりズボンについた木くずをはらう。
「よし、行こうかの」
「……あるけるんですか?」
てっきり足を怪我して動けないとかだと思ったんだが。
「ああ、あるけるとも。ワシが帰れなかったのは別の理由なんじゃが、この分だともうどこかへ――」
オルドの声は何かの音にかき消されてしまった。なんだ?何の音だ?耳を澄ませていると音とともに地響きが聞こえてきた。
「ありゃりゃ、まだおったんか……」
地響きが近づくと同時に周囲の木々がなぎ倒されていき、姿を現したのは体調4メートルほどの緑色のゴリラだった。
「いやあ実はこいつに目をつけられて森の中を一週間逃げ回ってたんじゃよ」
「いや、笑いながら説明してる場合じゃないでしょ、この場合どうするのが正解ですか?」
「逃げる!それだけじゃ!」
そう叫んでオルドはそそくさと走り出した。俺も現状戦えないのでそれを追って走る。リッカの奴、余計なフラグたてやがって……。
「てか、なんで街に戻らないんですか?森をぬけ出すことくらいならできるでしょ」
走りながらオルドに問いかける。というかこの爺さんめちゃくちゃ足速いな。あのゴリラから逃げ回れるのもうなずける。
「あほか!ワシが街に逃げたらアイツも追いかけてくるじゃろうが!」
……完全に盲点だった。
「でも、街には戦える旅人もいるんじゃ?」
「お前さん知らんのか?あのゴリラはまたの名をウインドコングといって非常に強力な風属性の魔法を使うんじゃ!本来このあたりには生息しない上級モンスターに街にいる旅人ごときが敵うわけないじゃろうが!」
なんかすごく怒られてしまった……。だが、なんで生息地が違うモンスターがこんなところに?疑問を抱いていた矢先後ろを追いかけてくるウインドコングが腕を振り上げた。その腕にはだんだんと魔力が集まって行く。
――まずい!あんなの飛んできたら俺はかろうじてよけれてもオルドには直撃だ!
仕方ない、リッカにも言っていた『アレ』を使うか。俺はコートのポケットから赤い魔法石を取り出す。取りあえず、半分でいいか。俺はそれを半分に砕き、口に入れ、飲み込む。
そのとたん俺の体内から力が溢れてくる。やっぱり魔法石を所持していて良かったな。
俺の体に溢れている力の正体は炎属性の魔力だ。魔法石を体内に取り込む事で、人間は自身の魔力を開放できる。我ながらめちゃくちゃな理論だが、出来る以上使わない手は無い。
魔力を口にため込み圧縮する。その間僅かに3秒。
ちょうど向こうも魔力がたまったらしく、魔法を発動させてきた。思いっきりふった奴の腕からはソニックブームのような風が向かってくる。それに応じるように俺も口にたまった炎に魔力を開放する。
「マテリアル……バーストォ!」
俺の口から出た炎は周りの木々を吹き飛ばしながらウインドコングの魔法へとぶつかっていく。相手が違ったらこれで勝算は五分ってところだが、幸いにも相手は風属性。風族生の魔法は炎属性の魔法に弱い。風が炎をさらに大きくするからだ。
その理論通り俺の魔法は敵さんの魔法を消し去り、それを種に肥大化しウインドコングへと直撃した。
本来ならこのままだと森が全焼する勢いだが、流石に俺もバカじゃない。ウインドコングが死んだのを見計らってから、自分の魔力を完全に消滅させる。後に残ったのはチリとなって風に流されていくウインドコングだけだった。
「……ふう」
「ああああんた!今、何したんだい!?あんな魔法見たことないぞい!」
「えっと、今のはマテリアルバーストっていう魔法です」
「マテリアルバースト?そんなのは学術書には無かった気が……?」
それもそうだろう。マテリアルバーストは俺とリッカが作った造語だ。それに、この魔法は無理やり魔力を引きだしているので反動もでかい。最初に使った時は1週間も寝込んだくらいだ。それにとりこんだ魔法石が自分の魔力と属性が一致していなければ最悪死ぬ可能性もある。そんなのを試そうとするバカは世界中探しても俺くらいだろう。
そもそも俺だってこの魔法をノーリスクで使える訳じゃない。とりこむ魔法石の量や開放する魔力の大きさを間違えれば多分3日は動けないだろう。それでも半年間の修行である程度はコントロールできるようになった。現状出来るのは口から炎を吐くのと腕に炎を纏わせる程度だが。
「さ、街に戻りましょう。アーメスも待ってますし」
「そ、そうじゃの。ワシも風呂に入りたいところじゃ」
俺たちは森を抜けシルド街へと戻って行った。