ただの村人だった俺が失われた記憶を取り戻したら最強になった件   作:たけぽん

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2. くずれさる日常

家に戻ると母さんのすがたは無く、テーブルの上にメモが置いてあった。

 

『村長さんに呼ばれたのでちょっと行ってきます。あんたたちが持っていく野菜は倉庫に置いてあるから。余り持ちすぎると危ないから注意してね』

 

それに従い俺たちは倉庫にむかい、かごに野菜を詰めた。途中シャルが大根を入れすぎてかごを一つ壊してしまったが、かごはたくさんあるし問題ないだろう。

自分たちで持てる程度の量を入れたところでかごを背負い倉庫を後にした。村の入り口で見張り番をしているおじさんに一声かけ、隣の村へと出発した。

 

俺たちが住むミスレシア王国は広大な大陸で、王都を挟んで北側に人族が、南側にサラマンダーが住んでいる。とはいってもその2種族だけではなく、王都には別の国から来た種族も共存している。何でも数百年前は種族間で大きな争いがあったらしいが、勇者の一族が戦乱を収め、それ以降は勇者たちによって平和が保たれていたそうだ。いつのまにか勇者一族は歴史から姿を消してしまったが、それでもその意思を継ぐ者たちが人々をまとめているらしい。

そんでもって北側の人族の村の内の一つが俺たちの住む村だ。この辺には何キロかおきにいくつも村があり、村人たちは動物を狩ったり、農作物を育てたり、衣服や家具を作ったりして互いにそれを売ることで生計を立てている。俺たちの村の野菜は他より品質が良く、それゆえたくさんの村に売れているのだ。

とはいっても馬車なんてものが流通していない田舎なので隣の村への移動も結構骨が折れる。俺はともかくシャルなんて毎回まだつかないのかと不満を口にするほどだ。

 

「ねーお兄ちゃん、まだつかないの~?」

 

こんな感じに。

 

「まだつかないよ。後40分くらいは歩く」

「え~暇だよ~お兄ちゃんなんか面白い事言って~」

「まだ村を出たばかりだろうが。羊でも数えてればそのうちつくって」

「それじゃあ村じゃなくて夢の中についちゃうよお!」

「はいはい、お後がよろしいようで」

「しかしお兄ちゃん!魔法の事教えて!」

 

接続詞がおかしいだろうが。こいつが学校行ったほうがいいだろ絶対。

 

「魔法って……俺も本で読んだ知識しかないぞ?」

「それでもいいからさ」

「お前、理解できるのか?」

「がんばる!」

「そうですか……」

「ほらほら早く教えてよ~」

「わかったわかった」

 

俺は咳払いを一つして、シャルにも分かるような説明文を考えながら話し始めた。

 

 

「まずはじめに、この世界には二つの魔法が存在する。一つ目は「マテリアルマジック」」

「まてりあるまじっく?」

「これは基本的に物に魔力を宿して使う魔法だ。村で見ることがあるとすればゴミ処理の時の炎を出す釜戸。あれは炎属性の魔法だ。他にも戦士が使う魔法剣や魔法銃なんかもそれに魔力を宿して使う」

「どうやって魔力を宿すの?」

「それには魔法石を使う。魔法石はその名の通り魔法の石で、大きさや形状によって異なる量の魔力を宿している。釜戸には炎の魔法石が使われてるからたくさんの炎が出せるんだ。魔法剣なんかの場合は剣に埋め込めるくらいに加工して使う」

「ふむふむ」

「ただ、魔法石の魔力は使うたびに消費される。最後には粉々に割れて使えなくなってしまうんだ。そうなったらまた新しい魔法石をセットして使う」

「お茶の葉っぱみたいな感じか~」

 

シャルにしてはしっかりと理解してるな。

 

「そして、もう一つは『スピリチュアルマジック』だ」

「す、すぴ、すぴりつ、すぴりちゅあるまじっく」

「これは魔法石を使わず、人やモンスター自身に宿る魔力を使って発動する魔法の事だ。

俺も本の挿絵でしか見たことが無いが、口から炎を吹いたり、風を起こしたりできるらしい」

「口から炎……熱そう……」

「この魔法はマテリアルマジックと違って使用の上限がない。本人の体力や精神力が持つ限り無限に使えるんだ」

「人に宿るってことは私たちにもつかえるの?」

「いや、スピリチュアルマジックを使えるのは生まれつき素質がある者だけだ。一応魔力自体は誰にでも宿ってるらしいけどな」

「なんだ、私も口から炎出せると思ったのに……」

「出してどうするんだ?」

「ピザを焼くの!」

「……そうか」

 

説明をしているうちに、隣の村の入り口が見えてきた。そこからは今日売る野菜の値段を話しあいながら歩き、入り口で見張り番のおばさんに許可をもらい村へと入った。

隣の村、といっても俺たちの村とたいして変わらない。水車や畑、時計台と似たり寄ったりな風景が広がっている。

各家庭を訪問し、野菜を売って周る。この村には何度も来ているのでみんな快く野菜を買ってくれるからありがたい。

とある家で小銭が足りなくなった主婦が家の中から戻ってくるのを待っていると、ちょうど休憩に戻ってきたその家の亭主と会った。

 

「おう、ライア、シャル!今日もご苦労さん!」

「こんにちは。おかげさまで」

「こんにちは……」

 

シャルは少し小さい声で答えたが亭主は特に気にせず玄関先に腰をかけ長靴を脱ぐ。

 

「どうですか、作物の方は」

 

このまま黙ってるのもなんなので適当に世間話を持ちかける。

 

「いや~まあ、獲れるんだけどよ。やっぱりお前たちの村の野菜には勝てんな~。何がちがうんだろうな?」

「肥料、とかですかね。よければ今度もってきましょうか?」

「え!いいのか!そりゃ助かるぜ~是非頼むわ!」

「少し高くなっちゃうかもしれないですけど」

「構わねえよ!美味い野菜を作るのが仕事なんだ、けちけちしてらんねーって!」

「わかりました。毎度ありがとうございます」

「そうだ、せっかくいい話を持ってきてくれた礼にこいつをやるよ」

 

亭主はなにかをこちらに投げてくる。俺はぎこちない動作でそれをキャッチする。

 

「これは……魔法石?」

 

それはルビーのような色をした魔法石だった。

 

「ゴミ捨て場の釜戸から欠けて落ちちまってよ。そんな大きさじゃ釜戸には使えねーからな!街で売ってこづかいにでもしな!」

「いや、でも俺個人で報酬をもらうわけには……」

「気にすんな!勉強に使う本とか結構高いんだろ?」

「……それじゃあ、ありがたくもらいます」

「おうよ!」

 

その後野菜のお代も受け取り、もう何軒か回ってからお茶屋でお茶を飲み、村を後にした。

 

「えへへ、よかったねお兄ちゃん。魔法石」

「ん?ああ、まあこづかいの足しになるな」

「えー!?それ、売っちゃうの?」

「売らないとお金にならないだろ」

「それ使ってマントヒヒマジック使うんじゃないの?」

「マテリアルマジックな。さっきもいったろ?魔法石はそれをセットする媒体が無いと使えないんだって」

「むー。魔法が見たかったのに~」

 

むくれるシャルの頭をなでてやると、さらにむくれた。ほんとに頬に何かつめてるんじゃないのか?

 

 

「……ん?」

「どうしたのお兄ちゃん。急に立ち止まって」

「何か聞こえないか?」

「なにかって?」

「こう……こっちに向かってくる馬車みたいな」

「えーそんなの――」

 

聞こえない、とシャルの口が動くのが見えたが声は聞こえなかった。なぜならそれはものすごい爆音によってかき消されてしまったから。数秒後、ものすごい衝撃に俺は数十メートルほど吹き飛ばされた。

 

「お、お兄ちゃん!」

 

立ちこめる砂ぼこりの向こうからシャルの声がする。良かった、あいつは無事みたいだな。

ところで、俺は無事だろうか?体が傷むってことはどうやら死んではいないようだな。

ゆっくりと目を開けると腹があった。

失礼、腹じゃない、へそだ。いや、どっちでもいいだろ。問題は誰のへそかってことだ。

 

「いてて……」

 

俺の頭の向こうからそんな声がする。というかこのへそ邪魔だな。あつい。とはいっても手でどけるのも負けた気がする。……よし。

 

「ぺろ」

「んひゃあ!?」

 

俺のうえのへそが一気に離れて行く。ようやく自由になった体を起こすと、そこには顔を真っ赤にした、俺と同じくらいの年(いや俺年齢不詳だけど)の女がへたり込んでいた。

 

「あ、あんたいいいいま……」

「お兄ちゃん!大丈夫!?」

 

女の言葉が続くより砂ぼこりが消え、こちらに走ってくるシャルの声の方が大きかった。

 

「おう、シャル。なんとか死んでないみたいだ」

「え~そこは瀕死の重傷のお兄ちゃんに『いやだ!死なないでお兄ちゃん!』っていう展開じゃないの~?」

「……やっぱり死んどけばよかった」

「うそうそ、ウソだよお兄ちゃん!そんな冷たい目で見ないでよお!」

「ちょっとまちなさいって!」

 

俺たちの茶番に呆気にとられていた女がやっと割り込んできた。へそ出しのシャツに緑の上着、下はショートパンツにタイツ。えらく軽装だな。

 

「お兄ちゃん……この人だれ?」

「知らん。さっき俺の上に飛んできた」

「そうよ、さっきよさっき!そこの男!」

「なんだ?」

「さっき、わたしのおなか……」

「なめました」

「やっぱり!なんで見ず知らずの女のおなかなめるのよ!バカなの死ぬの!?」

「勘違いするな。俺がなめたのはへそだ」

「なお悪いわ!」

 

尚も顔を真っ赤にして怒る女だったが、急に青い顔になった。それと同時に、俺の耳にはふたたびこちらにやってくる爆音が聞こえた。

 

 

 

「やば!ちょっとあんたたち、隠れ――」

 

 

その言葉が続く前に再びものすごい爆音とともに何かが飛んできた。幸いにも今度のそれはしっかりとコントロールされているらしく、俺たちの手前で止まった。砂煙をかき分け姿を現したのは背が高く、ガタイのいい男だった。そいつは俺たちの方を一度見たが特に意に関せず、女の方へと視線を向けた。

 

「リッカ。俺のもとから逃げ出そうとは頭がイかれちまったのか?」

 

リッカ、と言うのがこの女の名前らしい。リッカはおびえた表情をしつつもその男に反抗的な目を向ける。

 

「イかれてんのはアンタよレイモンド!もうあんたの下で働くなんてまっぴらゴメンよ!」

「ほー、退職届も出さずに辞任とは、なめた真似してくれるじゃねーか、まあそれならそれでいいんだ。でもよ、俺のもとから去るってことは当然……」

 

レイモンドと呼ばれた男は懐からナイフを取り出す。

 

――ただのナイフじゃない、あの形状、中に魔法石を入れてある!

 

「死ぬ覚悟、出来てんだろうなア!」

 

レイモンドはリッカに向かって切りかかる。俺はとっさにリッカの方を見たが、彼女は足がすくんで動けないでいる。

 

――くそ、このままじゃ!

 

俺の足は俺の脳より先に動いていた。全力で彼女のもとへ走り、彼女を押し飛ばす。

ザクッ。なんて言葉じゃ表せないほどの嫌な音。それは俺が憶えているかぎり聞いたことのない音だった。何の音だ?そんな疑問は背中に走る焼けるような痛みによってすぐに消えた。それは人を、俺を、俺の肉を切る音だった。

 

「ぐああああああああ!」

 

猛烈な痛みに俺はその場に倒れ伏す。朦朧とする意識の中、前方を確認するとリッカがさっきよりも青ざめた表情でへたりこんでいた。

 

――良かった。彼女は無事だ。

 

だがこの状況はなんだ?急に飛んできたリッカとレイモンド。そしてレイモンドはリッカにナイフを向けた。今までの俺の日常には、俺の常識には無い風景。

 

「なんだ小僧。部外者が邪魔すんじゃねえよ」

「お兄ちゃん!」

「ああん?」

 

――バカ、来るなシャル!

 

俺にはそれを言葉にする力は残っていなかった。

 

「お嬢ちゃん。そりゃなんの真似だい?」

 

なんとか首を動かし近くにいるであろうシャルの姿をさがす。

 

「……!」

 

俺の目に移ったのは、倒れる俺の前で、レイモンドに対面しているシャルの後ろ姿だった。

 

「お兄ちゃんになんて事するの!……この、くそじじい!」

 

 

何とも幼稚な煽りだが、あのシャルがはっきりと誰かに敵意を向けている。その足は震えている。怖いのだ。それなのに俺を守ろうと、眼前の敵に立ち向かっている。それは、この5年間俺が見てきたシャルの、今まで見たことのない……勇気だった。

 

「どきなお嬢ちゃん。俺は邪魔ならガキでも殺すぜ?」

「どかない!私の大好きなお兄ちゃんを傷つける奴のいうことなんて絶対にきかない!」

「ほう。肝の据わったお嬢ちゃんだ。リッカ、お前とは大違いだな」

「この……!」

 

リッカがギリっと歯をかむのが聞こえる。

 

「そうだな、このお嬢ちゃんの勇気に免じてリッカ、時間をやるよ。今日の日没までにアジトに戻ってこい。そうすりゃ仲間として迎え入れる。だが、こなけりゃお前がどこに逃げようと見つけ出してぶっ殺してやるぜ!」

「……」

 

リッカは沈黙している。下手な事を言えばレイモンドの気分が変わってここで殺されるかもしれないからだ。

 

「そういうわけだ!それじゃあこのお嬢ちゃんも人質としてもらってくぜえ!」

「きゃあ!」

 

レイモンドがシャルを片腕で取り押さえる。

 

―――やめろ、シャルは……関係ない……だろ……

 

 

「それじゃあなあリッカ!ひゃーははははは!」

「おにいちゃあああああん!」

 

連れ去られていくシャルを前に、俺の意識は消えて行った。

 

――俺は、妹を守れなかった……。

 


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