ただの村人だった俺が失われた記憶を取り戻したら最強になった件 作:たけぽん
「シャル……?」
意味が分からない、状況が理解できない。なんでシャルがこんな事になってる?窓からは夕日が差し込んでいる。と言う事はまだタイムリミットでは無い。なのに、なんで……?
「遅かったなあリッカ。そしてまさか本当にここまで来るなんて、そこの小僧も思ったより骨があるみてえだな」
レイモンドが何か言っているが、俺には半分くらいしか聞こえなかった。
「レイモンド……アンタ……日没までって言ったじゃない……」
となりでリッカが怒りに燃えているのも、俺の心には何一つ影響を及ぼさなかった。
俺に付きつけられた非情な現実、それは倒れ伏すシャルが血を流していること、ピクリとも動かないこと。
「だから日没までこうしてお前を待ってたじゃねえかリッカ。それとも、このお嬢ちゃんも日没まで生かしとくなんて誰かが言ったのか?」
レイモンドが足でシャルの顔を軽く蹴る。
――やめろ……その汚い足でシャルに触れるな……触れないでくれ……。
レイモンドの蹴りによってシャルの顔がこちらを向いた。
「ひっ……」
リッカが青ざめている。シャルの顔は血で赤く染まっている。アザもたくさんある。そして目元には涙の跡があった。きっと、あいつは痛めつけられる中俺の事を呼んでいただろう。痛い、と。助けて、と。
「さて、答えを聞こうかリッカ。もう一度俺のもとに戻るか?」
「……冗談じゃないわよ。小さな女の子をこんな目に合わせる奴なんて願い下げよ」
「ほう。面白い事をいうじゃねえか。ならリッカ、お前が今まで殺してきた奴らはどうなる?子どもかどうかじぇねえ、全員意思をもった、生きた人間だったろ?今の俺の行動と以前のお前、何が違うってんだ?」
「全然違う!わたしがアンタのもとでやってきたことは全部……」
「全部、意味があったとでも言いたいのか?リッカ、それはお前の都合のいい解釈だ。たとえお前が殺したのが全員悪人だったとしても、重要なのはそこじゃねえ。どんな相手だろうと一人殺せば……ただの人殺しだ」
「だまれええええええええええええ!」
レイモンドの言葉に耐えきれなくなったのかリッカは勢いよく奴に向かって魔法を打つ。今までのものとはケタ違いの風、小規模な嵐とも言える攻撃がレイモンドに向かっていく。
だが、その嵐は急に進行方向を変えた。何が起こったのか、一瞬理解できなかった。だが、よく見ると嵐が何かに吸い込まれているという事が分かった。そしてそれはレイモンドの隣、恐らくはリッカの言っていたシェパードというエルフのシルクハットにぎゅるぎゅると音を立てて吸い込まれていった。
「そんな……!」
「何を驚きますかリッカ。あなたにその魔法石を与え、使い方を教えたのはこのわたしですよ?わたしがそれを制御できて何がおかしいのです?」
シェパードは表情一つ変えずにシルクハットをかぶり直す。
「だったらもう一発……」
リッカが再び風を起こそうとする……が、風は起きなかった。
「な、なんで!?」
「……上限か」
俺はぽつりと呟く。
「その方の言うとおりです。リッカ、あなたも知っている通りマテリアルマジックは無限ではない。魔法石の耐久値と言う限界があるのです。それが今です。足元を御覧なさい」
リッカの足元には、緑色の粉が散らばっていた。それは粉々に砕けた風の魔法石だ。どうやらさっきの攻撃魔法の音が大きすぎて砕ける音が聞こえなかったようだ。
「ここまで来るのに魔力を消費しすぎたのが原因でしょう。あなたは昔から戦闘力には長けていましたが、そういう細かい管理は苦手でしたからね」
「ははははは!どうするよリッカ!お前の最大の武器はたった今消え去った!後は俺が渡したナイフくらいしかねーが……それで俺たち二人を倒せるか?」
「くっ……」
「いえ、もはやわたしたちの勝ちですよ、レイモンド様」
「ほう?そりゃどういうことだ?」
レイモンドの疑問にシェパードはリッカの足元を指差す。
「リッカ、あなたの足は既に限界に来ている。違いますか?」
何だと?リッカの足が限界?
「そんな事……うぐっ!」
リッカは急に地面に膝をついた。
「リッカ、あなたは優秀な戦士だがその肉体はあくまで人のもの。短いスパンで魔力を帯びさせれば当然その反動もくる。それはあなたにも分かっていたはずでは?」
「リッカ、なんで黙っていたんだ……そうと解っていればあんな無茶な戦闘なんて――」
「分かってても、他に方法がなかったでしょ?」
俺の言葉を彼女は遮る。
「アンタの言葉を借りれば……より勝ちに近い選択をしただけよ」
「勝ちだあ?何言ってんだリッカ、お前はもう戦えない、そして俺たちは二人!どうあがいてもこの戦況をひっくりかえせるわけがねえ!」
レイモンドはあざ笑う。だが、リッカは先ほどまでとは違いその挑発に怒りを憶えているわけではなさそうだ。
「何言ってんのよレイモンド……わたしたちも……二人いるわよ?」
「ああん?」
レイモンドは訝しげな眼でリッカを見た後、俺に視線を向けた。
「なんだよリッカ。まさかその小僧が戦うなんてくだらないジョークを言うつもりか?」
「わたし、あんたみたいなやつにジョークを言うほど人生暇してないの」
「そうかい……小僧、お前はどうなんだ?俺に勝てるか?俺と戦うのか?」
正直、勝てる見込みは無い。相手は二人で、片方は風の魔法を完璧に操るエルフ、もう一人は幾多の人間を手に賭けてきたギャングのボス。そして俺の作戦は崩壊し、一人で戦わなければならない。そもそも戦いというレベルのものになるかすら怪しい。
――でも、こいつはシャルを傷つけた。
戦う理由なんて、立ち向かっていく理由なんて、それだけで十分だ。
「ほう、その目はマジでやるってことだな。いいぜえ、妹と永遠の別れをプレゼントしてやるぜ!」
レイモンドがナイフを抜く。俺もリッカから借りたナイフを手に取る。
「シェパード!お前はそこで見物してろ!こんな小僧相手に二人がかりはしらけちまうぜ!」
「承知いたしました」
幸か不幸か、敵の方から1対1にしてくれるとは。だが、それでもやはり勝てる算段はない。
「さて、いくぜ小僧」
沈黙。俺もレイモンドも、リッカもシェパードも一切口を開かない。そんな緊張の瞬間を引き裂くように俺は足に力を込め、地面を蹴った。
「うおおおおおおおおおおお!」
レイモンドめがけて一直線に走る。その距離はわずか10メートル程度だが、俺の記憶の中で一番長い10メートルだった。
レイモンドの手前まで来て、ナイフに力を込める。確か魔法石をはめた武器を起動させるのは使用者の精神力だったはず。たとえば憎しみや怒りのような感情の起伏なんかがそれにあてはまる。普段なら使えないかもしれないが、今、この瞬間、ここまで気持ちが昂っているのなら……使えるはずだ。
パチパチ……
よし、成功だ。ナイフが炎を帯び出した。後はこのまま奴に……!
「そんなすっとろい攻撃が当たるわけねーだろうがあ!」
「ぐはっ!」
俺の腹に、レイモンドのひざ蹴りが見事に決まったらしい。さっき閉じた背中の傷口が開くほどの衝撃と痛み。俺はその場にうずくまる。
だが、レイモンドは一切手を緩めず今度は俺の顔面に回し蹴りを入れる。
「~~~!」
口の中が切れたのか、俺は言葉にならない声を出しながら、血を吐きながら後ろへ吹き飛ばされる。
「ライア!」
その後方でリッカが俺の名を呼ぶが、それに返事をする間もなくレイモンドは距離を詰めてくる。
―――くそ!動け!
なんとか体を動かし、ナイフによる追撃をかわす。だが、このままではいつかくらう。それどころかこちらからの攻撃は一切奴に当たらない。
――どうすれば
何か作戦を立てようにもそんなのお構いなしに攻撃は飛んでくる。
「おらおらあ!逃げてばっかじゃ勝てねえぞ!」
俺に負けるなんて微塵も思って無いくせになに言ってんだか。と、そんな余計な思考に気をとられたその瞬間、自分でもまずいと思うほどの隙ができてしまった。当然レイモンドがそれを見逃すわけもない。
「あばよ、小僧」
再び振り下ろされたナイフは、無慈悲にも俺の体を、肉を貫いた。それもさっき背中に喰らった時より魔法の出力が上がっているのか、焼けるような痛みを通り越して溶けるような感触が全身をつつみこんだ。
「あぐっ、ぐあああああああああああああああああああああああ!」
俺はあまりの痛みに耐えきれず倒れ伏した。
「はっ!情けねえな小僧、意気揚々と挑んできた割にこれじゃあ勝負とも呼べねえぜ!」
レイモンドは俺の頭を踏みつける。だが、切られた部分が痛すぎて頭からの痛みを感じることすらできない。
――くそ、やっぱり俺じゃ勝てない……このまま、死ぬのか?
「お兄……ちゃん」
あきらめかけた俺の耳に聞こえたのは、聞きなれた声だった。