私の名前は夏野林太郎。大赦の職員兼讃州中学の数学教師。そして勇者部の顧問である。
勇者部と言うのは――――むっ、何だか、これといって説明しなくてもいい予感。私の勘は当たるのだ。
あえてざっくりと説明すると、表はボランティア活動に励み、裏では世界を襲う脅威と戦う少女達の集まり、という事になるだろうか。
そして日々過酷な戦いに身を投ずる彼女たちを補佐すべく、大赦より派遣されたのが私なのである。
――――――色々あった。
部長の犬吠崎風をはじめ、部員たちは年端も行かぬ少女達ばかり。そんな彼女たちが戦場に向かうのを見送るしかない私。
補佐も過酷な役目である、と言ったのは、かつての補佐役である安芸先輩だっただろうか。彼女の言葉が身に沁みて解った。
戦いの日々に消耗していく彼女たちに、私ができる事は数少ない。それでも彼女たちが少しでも日常を謳歌できるように頑張るのが、補佐役たる私の務めであった。
部活動に付き合うのは勿論、勉学のサポートに身の上相談。そして他色々。感情のまま当たり散らされることもあったし、何なら殺されかけたこともあった。
しかし大赦への不信を募らせる彼女たちに、所詮組織の一部である私が何をできるわけでもない。真摯に向き合う、それだけであった。
力になれたとは到底思えない。だが戦いにケリがついたときに彼女たちは、ありがとう、と言ってくれた。それは私の生涯の宝物と呼べるものだった。
そんなこんなの紆余曲折の末に、勇者部に乃木園子が入部。彼女たちのお役目は終わり、補佐役であった私自身も、今後の身の振り方を考え始めた時――――――
―――――――異世界召喚である。
――――――――――――――――――――――
異世界――正しく神樹様の内部世界―――に召喚されてから数日。勇者補佐たる私は忙しない日々を送っていた。
詳しい経緯は省くが、この異世界には神樹様によって、様々な時間や場所から勇者様達が召喚されてきている。 彼女たちは一様に勇者部に集っており、元々勇者部所属の勇者を補佐していた私は、新たに召喚された勇者様の補佐も行うようになったのだ。
歴史書に記されるような勇者様の補佐ができるのは、大赦の職員としては光栄なことなのだろうが……。
(やっぱり普通の女の子たちなんだよなぁ……)
実際に接してみて解ったことだが、いくら後に偉大と語られるような勇者様でも、結局は神暦の勇者様と同じく、普段は普通の少女達であった。
他と違うのはただ一点のみ―――――神に選ばれたという事だけである。
(神様と言うのは酷だよ、ホントに)
少女たちに過酷な運命を背負わせ、私達大人には只々無力感を感じさせる。 神樹様にも何某かの理由があるのであろうが……やはり多少思う所ができてしまうのだ。
我ながら罰当たりなことを考えているとは思う。 しかしこれで罰が当たるなら、私は甘んじて受ける。
そういう思いがなければ、勇者補佐の役目はやれるものではないと思うのだ。
「難しく考えすぎかな」
などと思っていると、勇者部部室の扉の前。ごちゃごちゃと考えていたことは頭の片隅に追いやり、私は部室の扉を開く。
「あ、先生!」
部室ではミーティングが行われていたらしく、勇者部部長の犬吠崎風――私は部長と呼んでいる――がホワイトボードの前で、何事かを説明している最中だった。
そして振り向く部員たち。数日前から比べて倍以上になった部員たちの視線に、私は思わず部室の扉を閉めた。
「何でよ!」
直ぐに扉が開き、部長によって部室に引きずり込まれる私。
「いい加減慣れなさいよ!この数日間、何度同じことをやるわけ!?」
「面目ない……」
立腹した様子の部長の言葉に、私は返す言葉もない。 中学生に叱られる教師って……。
「まだ、私達には慣れませんか?」
そういったのは上里ひなた様。西暦よりやってこられた巫女で、神暦の四国の礎を築かれた方の一人だ。
尚私は、上里様を含めた勇者、巫女様達に、普通の生徒と同じように対応するようにお願いされている。
元々そのつもりだったのだが、ご本人たちの願いであれば、上層部にも言い訳ができるなぁ、などと思ってしまったのは宮仕えの性である。
「……話を聞きなさい!」
「あうっ」
部長に足を蹴られて、現実に思考が戻る。すぐに思考の海に沈むのは、私の直さねばならないところである。
私は咳払いをしてから、正直な心境を話す。
「……上里達には慣れたよ」
「だったら何故?」
「かつてなく高い部室の人口密度に慣れなくて……」
上里に、何だコイツ、といった目を向けられる。そりゃそうだろう。
「ホント、しっかりしてよね!」
「はい」
私が反省し、部長が手打ちとしたところで、ミーティングが再開。今日の活動は川の清掃と、迷子の猫探しと、商店街夏祭りの飾りつけの手伝い、らしい。
(多いな……)
部長は―――と言うよりも勇者部全員が―――お人よしの傾向があり、頼られると断らずに依頼を詰め込むことが多々ある。
そういう時は私の方で、調整しなければならない。明日以降の予定を部長と話し合っておかなければ。
「――――と言う訳で、勇者部出動よっ!」
部長の号令に応じて、部員が各々振り分けられた依頼解決へと赴く。様々な時代から勇者が召喚されようとも、それを束ねる部長の手際の良さは感心してしまう。
大人としてどうなんだ、それは?
「私達も行きましょう、先生!」
「え?」
気づくと、私の腕を結城友奈が掴んでいた。
「行くって、何処に?」
「え? 先生は私や東郷さん達と一緒に川の清掃に行くんですよね?」
「……え?」
言われて見渡すと、東郷美森に部長、そして高嶋友奈に郡千景、乃木若葉と上里がこちらを見つめていた。
……成程。私も部活動の戦力に数えられていたという事か。
「……行こうか」
「はい!」
結城の元気のいい返事に、私はこっそりため息を吐く。小テストの採点をしようと思ってたんだけどなぁ……。
川から拾い上げたごみを、分別して袋に詰め込む。やや量が多いので、大赦に頼んでトラックでも出してもらおうか。
「この世界でも、川にゴミを捨てる輩はいるのね」
同じくごみを分別していた郡が呟く。どことなく寂しげな雰囲気だ。
「やはり西暦の頃にも?」
「もっと酷かったわね」
「これよりもか!?」
私の目の前には積もり積もって、三つになったゴミ袋がある。これよりも多いの……?
「酷い時には自転車が捨てられたりしていたからな……」
「壊れた家電とかも!」
「汚れすぎて、生き物が減ったりもしたんですよ」
「えぇ……」
乃木と高嶋、上里の言葉に、私は戦慄する。 何なんだ西暦、どんな時代だ西暦。
「ふふ……」
西暦に思いを馳せながら慄いていると、何故か郡が笑いだした。と言うか乃木も高嶋も上里も笑っている。
「先生は……本当に面白い人ね」
「そうだな。 見ていて、感情の揺れ動きが激しいのが解る」
「え、そうなの?」
「うん!」
高嶋の返答に、私はどう答えていい物か迷う。
「ふふ……別に責めているわけではありません。そういう先生だからこそ、私達も何となく信頼がおけるのですよ」
「何となく」
「はい、何となく、です」
上里の言葉に困惑する私。何となく……何となく……。
「じゃぁ、いいか……」
「良いんですか……」
振り向くとそこには苦笑いを浮かべた東郷美森がいた。結城と部長も一緒だ。
「お、そっちは終わったのか?」
「はい!」
「バッチリよ!先生たちの方は?」
「終わっている」
「見違えるように綺麗になったかな!」
「よし!これにて依頼完遂ね! お疲れ様!」
乃木と高嶋の返答に、 部長が満足そうに言う。 積まれたゴミ袋は計六個。仕分け済みなので、収集場に持っていけば、直で引き取ってもらえるはずだ。
これならトラックでなく、私の愛車――軽のワンボックス――で十分。六個は重いが、学校へと持って帰って……。
「さ!先生も行くわよ!」
「え」
気づくと各々がゴミ袋を持っていた。
「先生の車に乗せるんでしょ?」
「え? 口に出してた?」
「言わなくても、先生の考えなんてお見通しなのよ!」
「風先輩の先生への理解力はすさまじいですから……」
苦笑する東郷。 何となくこれ以上口を出さないほうがいい予感。
「疲れてるだろうに……」
「最後までやってこそ部活動でしょ?」
部長にはかなわないなぁ。
「……じゃあ、最後の一頑張り。頼めるか?」
はーい、と元気よく答える勇者部の部員たち。 では、私ももう一頑張りと行こうか。
――――――――――――――――――――――――――――――
地面に鍬を振り下ろす。やってみて解ったのだが、この畑を耕すという単純作業が意外と難しい。
知識だけでは解らないことは沢山ある、という事を実感する。
「あら、先生もだいぶ様になってきたじゃない!」
「白鳥の指導のおかげだよ……」
白鳥歌野。諏訪よりやってきた西暦の勇者様の一人。今いる畑の主でもあり、私の農業の師だったりもする。
「鍬を振り下ろすなんて、簡単なことだと思っていたんだが……」
「ノンノン! 畑仕事には知識とともにテクニックも必要なのよ!」
「お世話をおかけしました」
自身の最初を思い……出すのはやめておこう。心が折れる。
「でも先生も大したものよ! 畑にするには最上の、しかも広い土地を見つけてきてくれたんだもの!」
「知識はあったからね……」
この世界にやってきてすぐの白鳥から、畑に適した土地を提供してほしい、と頼まれた際、私は白鳥歌野についての資料の記述を思い出していた。
曰く、諏訪の食糧危機を救った勇者―――――すると彼女が求めているのは、家庭菜園の規模ではない。恐らく本格的な農地であろう。私はその前提で大赦所有の土地を選定した。
やや土地管理の担当部署と揉めることになったが……畑からの収穫を、相応分大赦に収める、と言う文言でどうにか調整がついた。
「……そういえばこの前、経理担当の同期が、白鳥様にお礼を言っておいてくれ、って。 良質な野菜が神官や巫女様に好評なんだそうだよ」
「あら、そう言ってもらえると嬉しいわね! 私の作るベジタブルが、色々な人の役に立つなんて素敵!」
「美味しいうえに収穫量も上々……本当に白鳥は凄いな」
「ありがとう!」
笑う白鳥。彼女の畑は収穫量が多く、担当部署も手のひらを返すようにご満悦。
農業王の名前は伊達ではない、という事だろうか。
「うたのーん!せんせーい!」
「あ、みーちゃん!」
声がする方向へと白鳥が走っていく。その先には、彼女の親友にして西暦の巫女様である藤森美都がいた。
「お昼ご飯を持ってきたよ」
「みーちゃんのお握り! タイミングもナイスよ!」
「えへへ……」
仲良く笑いあう二人に、何となく微笑ましい気持ちに私はなる。 この光景の為なら、上役とやりあう苦労なんて些細な事だ。
……私はお昼をどうするかな。久しぶりに携行栄養ゼリーで済ましちゃおうかな……。
「お、やってるわね」
「こんにちは、歌野さん、美都さん」
「あら、風さんに樹ちゃんも来てたの?」
「うん、何でも先生にね……」
犬吠崎姉妹登場。畑の外での急展開に、私は鍬を所定の位置に戻して帰ることに決めた。
「どこに行くのかしら、先生?」
決めた瞬間に部長に肩を掴まれる。ふぇぇぇ……。
「先生?」
「いや、作業も終わったし、帰ろうかなって……」
「え? 一緒にお昼を食べていかないんですか? 昨日風さんと話し合って、一緒にお昼を作ってきたんですけど……」
「みーちゃんと風さんの合作ランチ!? 先生、食べていかないなんて損よ!」
「勿論、断りませんよね?」
退路を塞がれる。と言うか、部長の妹である犬吠崎樹の圧が凄い。
中学生の圧に負ける教師を、君はどう思うか。
「食べていきます」
「よろしい!」
そう言って部長は、にこっ、と眩しい笑みを見せた。
「と言う訳で、じゃーん!」
「グレイト! みーちゃんのお握りもおいしそうだけど、風さんのお弁当も気合入ってるわね!」
「当然です。 先生の健康は、お姉ちゃんの肩にかかっていますから」
「先生の健康……?」
感嘆の声を上げる白鳥に、犬吠崎が自慢げに答える。そしてその答えに藤森は首を傾げた。
「この人、放っておくと食生活が崩壊しちゃうのよ」
部長にこの人呼ばわりされた……しかし口を挟むとろくなことにならないような気がする。
もう遅いか……。
「食生活がブロークンするって?」
「三食を携行栄養ゼリーとかにしちゃうの。 信じられないでしょ!」
「三食携行栄養ゼリー!?」
藤森に、何だコイツ、と言うような目を向けられる。傷つく……。
「いや、休日はカップ麺とかレトルトカレーとか食べるし……サプリも摂取するし……」
「それ、フォローのつもり……?」
白鳥にも、何だコイツ、と言う感じの目を向けられた。
「という訳で、私がちょくちょくとお弁当を差し入れているわけよ」
「ああ……たまに先生に手渡してる包みって、お弁当だったんだね……」
部長の言葉に、藤森が苦笑する。
「偶に家にも招きますしね?」
そして犬吠崎に止めを刺される。 へぇ、と言った感じの白鳥と藤森の表情がいたたまれない。
「……いただきます」
「はい、先生お茶。 水分補給はしっかりとしないとね?」
「ありがとう……」
部長が水筒から紙コップにお茶を注いで、私に手渡してくれる。 お茶、美味しい……お弁当もおいしい……。
何やら微笑まし気な犬吠崎や白鳥たちの視線を受けながら、私は何度目かの自身の生活改善を誓うのであった。
うたのんエミュ難しい……気を抜くとルー大柴さんのノリになる。 もしかしてそれで正解だったりするんですかね……。
感想、ご指摘をお待ちしています。