飼っていた芋虫がモスラとして異世界召喚された話 作:GT(EW版)
それは、純白の巨大蛾だった。
白い雪が降り積もった繭に亀裂が走ると、神聖な光と共に巨大な羽根が姿を現した。
その光景を目の当たりにした瞬間、最後まで聖歌を歌い切ったベラが前のめりに倒れ、慌てたモラがその胸を抱き支えた。
『やった……』
酷く衰弱した顔色のベラだが、その瞳は希望に溢れていた。繭から生まれ出でた存在を見上げながら、震えた声で喜びを漏らした。
モラもまた、その姿から目を離すことができなかった。
「あれは……!」
内側から折り曲がった二枚の前羽根を起こしながら、内側から窮屈そうに繭を砕くと、外気に曝したそれを丁寧に広げては振り仰いでいく。広げ切った真っ白な前羽根の先端部には、蛇の目玉のような模様が付いていることにモラは気づいた。
二対の羽根が完全に広がると、空気の感触を確かめるようにゆっくりと羽ばたかせる。途端に巨体がふわりと宙に浮き、繭の中から全長20メートル近くに及ぶ本体が舞い上がった。
「レオちゃん……? 本当に、レオちゃんなの?」
その姿を認めた瞬間、モラは自分の知る可愛らしいイモムシと目の前の巨大蛾の姿が全く一致しないことから、思わずそう問い掛けてしまった。
幼虫時でも繭を作る直前には既に怪獣と呼ぶべき大きさになっていたのだが、生まれ変わった目の前の姿はその大きさだけではなく何か、神秘的な気配が漂っていたのだ。
羽化した巨大蛾の姿は、やはりカイコガに似ていた。
体色は全身が真っ白であり、特徴的なもふもふした毛並みや腹部はまさに巨大化したカイコガのものと言っていいだろう。
だがそれ以外にも、カイコガとは決定的に違う部位が各所から見受けられた。
はっきりと違いがわかるのが、今もゆっくりと羽ばたいている二対の羽根である。
カイコの成虫カイコガはその自重に対して羽根が薄く小さい為、通常の蛾に備わっている筈の飛行能力を持たない。
しかし目の前の巨大蛾の羽根は真っ白な色こそカイコガと同じだが、身体に比べた大きさの比率はカイコガのそれではなく、飛行能力を備えていることからもわかる通り頑丈な造りになっていた。
分厚い前羽根、後羽根が折り重なった形はカイコガのものとは明らかに異なり、沖縄に生息している日本最大の蛾「ヨナグニサン」に似ているのではないかとモラは思った。
一方で頭部の形は触角と複眼共に丸っこく、こちらはカイコガのそれに似ていた。しかしカイコガ、ヨナグニサンとは決定的に違うのは、幼虫時代同様に口があることだった。
自分の知るどの蛾とも当てはまらない唯一無二の姿は、余すところなくモラの琴線に触れていた。
「かっこいい……」
皮肉にも雪の地と化してしまったこの地で、映える真っ白な姿へと変貌した巨大蛾の威容を見て、モラは恍惚とした表情で呟いた。未だかつて浮かべたことのない、まるで恋する乙女のような顔だった。
そんなモラの視線に初めて気づいたように、全体像を現した巨大蛾――レオちゃんが頭上からモラたちを見下ろし、その口を開いた。
そこから放たれたのは、バイオリンとエレクトーンを掛け合わせたような独特な鳴き声だった。
そしてその声が、「思念」としてモラの頭脳に響く。
『あとは、まかせて』
「え……」
口から鳴き声を発したと同時に、レオちゃんの思念らしきものが流れてきたのである。
その感覚はベラも同様に感じたらしい。ぐったりとした身体をモラに預けながら、彼女は微笑んで頭上の「神」に祈りを捧げた。
『モスラ……わたしたちの思いッ……っ……?』
「ベラさん!」
『むりしないで、ベラ。もう、こえでないでしょ?』
「…………っ」
私たちの思い、貴方に託します――おそらくはそう言おうとしたのであろう。言い掛けたところで声が出なくなってしまったベラに対して、身を案じるようにレオちゃんが言う。
この寒さの中、延々と歌い続けていたのだ。彼女の小さな身体に掛かった負担の程は傍で見守っていたモラが一番理解していた。顔色も大分悪くなっており、発熱もあるかもしれない。そんなベラの身体を労りながら、モラは改めて「神」になったペットの姿を見上げて声を掛けた。
「立派になったね、レオちゃん……」
『モラのおかげ。ずっとわたしをまもってくれて、ありがとう』
「ううん、好きでやっていたことだから……こっちこそ、今まで私のこと、元気づけてくれてありがと。ふふ……やっと、お話できたね」
『わたしも、うれしい』
カイコだった頃は、こちらから一方的に話しかけることしかできなかった。
しかし繭から羽化した巨大蛾は、原理はわからないがこうしてテレパシーのようなもので思念を飛ばすことで、今度こそ言語による意思疎通ができたのである。
カイコの頃から人間の言葉を理解していたこの子と、ようやく話すことができた。モラはその事実に、言葉では表現しきれない喜びを抱いた。
……やっぱりこの子は、神様だったんだ。
こうして成虫になった姿を見上げれば、ベラがあれほどまで強く言い張っていたのも納得だ。
それほどまでに空に浮かぶ巨大蛾の姿は美しく、神聖なものに映った。
そんな巨大蛾――レオちゃんはどこか呂律の回っていない言葉遣いで、二人の少女に思念を飛ばす。
『わたしもずっと、モラとベラとはなしたいとおもっていた。だけど、いまはじかんがない』
カイコだった頃も自分と話したいと思っていてくれたことに感激するモラに見上げられながら、レオちゃんはその緑色の複眼で黄金の姿を睨んだ。
そうだ、今は時間がない。現実に引き戻されたように、モラはその頬を引き締め直した。
――千年龍王アンギラス。
かの黄金は、圧倒的な力でカマキリ怪獣を捻じ伏せている。
このインファント島の環境を一変させ、今もベラを始めとする民に危害を及ぼそうとしている怪物の姿はすぐそこにあった。
レオちゃんが繭の中にいた頃から外の状況を把握していたのかは定かではないが、迷いなくアンギラスを睨む姿は今自分がすべきことをはっきりと理解している様子だった。
「……大丈夫……? なんとか、できる?」
不安な思いを胸に、モラが訊ねる。
アンギラスの全長は100メートルを超える。翼長50メートルに及ぶ今のレオちゃんさえも遥かに上回る巨体を持ち、他の怪獣さえもことごとく圧倒した大怪獣だ。
蛇に噛まれて死ぬ人間よりも、蜂に刺されて死ぬ人間の方が多い。昆虫が爬虫類に劣っているとは一概に言い切れないが、今この場でアンギラスの脅威を目の当たりにしてきたモラの言葉は重かった。
そんな彼女に向かって、レオちゃんが言う。
『やってみないと、わからない。だけど、わたしはモラとベラをまもるよ』
あえて戦いの勝ち負けを明言しないまま、ただ自分が為すべきことを果たすと言い切った。
そんなレオちゃんの優しげな羽ばたきを受けて、二人の少女の黒髪がふわりと風に舞った。
『いってくる』
徐々に羽ばたきを強めながら高度を上げ、ロケットのように天へと舞い上がっていく。
そうして雲の高さまで一気に躍り出ると、レオちゃんはその羽ばたきで空一面を覆う雪雲を豪快に吹き飛ばした。
「…………っ!」
「わぁ……!」
雪雲が物理的に吹き飛ばされたことによって久方ぶりに射し込んできた太陽の光が、天で羽ばたくレオちゃんの姿と重なり新たな光点となる。
そんな巨大蛾の口から上がった甲高い咆哮は、島に存在する全ての生命に対して己の存在を知らしめているかのようだった。
――今この地に、女王が蘇ったと……そう宣言するように。
そんな派手すぎる演出を受けては眼下のアンギラスも即座に気づき、彼は足蹴にした満身創痍のカマキラスを他所に天空の巨大蛾を見据えた。
忌々しげに睨むアンギラスはカマキラスと相対した時以上の凄まじい雄叫びを上げ、モラたちの鼓膜を震え上がらせた。
そんな二大怪獣による鳴き声の応酬は、モラの目には二体の間で何らかの対話が行われているように見えた。
――だが、二体は程なくして動き出す。
二体ともまるでそうするのが当然だと言わんばかりに、お互いに攻撃を仕掛け合い、戦いの火蓋が切られたのである。
そして開戦の幕が上がったその瞬間、真っ白だったレオちゃんの両羽根の色は森林の如き眩い「緑」へと変化し、極彩色の模様を浮かび上がらせながら神々しい光を発した。
戦闘形態に移行した巨大蛾の変貌ぶりを見て、驚くモラの傍でベラが瞳を震わせる。
「……モスラレオ……グリーンモスラ……!」
彼女が掠れ切った声で告げたのは、希望の名だった。
吾輩はモスラである。名前はレオちゃん。
ベラの歌で頭が沸騰しそうなほど力がみなぎり続けていた吾輩は、何かこう、イモムシ的な本能が赴くままに超スピードでの脱皮と巨大化を繰り返し、口から糸をぶちまけ繭になった。
繭の中で成虫への変態を行っていた間、吾輩はずっと夢を見ていたような気がする。その夢の詳しい内容は覚えていないが、人間だった頃の吾輩が、何故か抱き枕サイズのイモムシと一緒にどこかでゴロゴロしていたような……そんな、みょうちきりんな夢だった。
なにゆえそのような夢を見たのかはわからないが、まあ夢などそんなものだろう。しかし、何となくいい夢を見ていたような気がする。
まあ、それはそれとして。
さて、繭の中で無事変態を遂げた吾輩は、意識の覚醒と同時に意気揚々と繭から這い出てきた次第である。
もちろんイモムシから蛾への変態など前の人生を含めても初体験であり、正直言って結構な不安と恐怖を抱えていたものだ。
無事に羽化できるのかという根本的な問題もそうだが、一番怖かったのは内面的な変化である。
……実を言うと糸を撒き散らし繭を作っていた時の吾輩は、ほとんど理性が残っていなかったのだ。急激な成長による副作用やトランス状態のようなものだったのかもしれないが、あの時は頭が焼けるように熱く、今にして思えばモラとの約束を頭の中で反芻することでどうにかこの心を保つことができたように思える。
もしも吾輩自身が生半可な気持ちで成虫になろうとしていたならば、今頃吾輩は心までもが怪獣となり、モラたちのことを傷つけていたかもしれない。外面上はどう見えていたかわからないが、あれはそう感じてしまうほどに危険な状態だった。
だが、それでもこうしてこのようなことを冷静に思考できているということは、精神面の変化は幼虫時代と変わっていないようである。良かった良かった。ありがとう飼い主様。
一方で、想像以上に姿が変わってしまったようだが……
最初に繭から外に出てきた時は、氷漬けの地に反射された吾輩自身の姿を見て愕然としたものだ。成虫となり姿が変わり果てた吾輩は、最後に見た時と変わっていないモラたちの姿を見て安堵を抱き、次にアンギラスの姿を見て使命感を抱いた。
そして今吾輩は、やたらと大きな鳴き声が出せるようになった口で叫びながら、かの龍王に向かって躍りかかっている。成虫になっても口が無くなってなくて地味に嬉しかったのは内緒だ。カイコガ的に考えて。
今でも桑の葉を食べれるかはわからないが、口があるおかげでできることは多い。
――聞こえているか? 金色の、お前の目的は何だ?
アンギラスサイドからどう聴こえているのかはわからないが、吾輩は目の前の黄金に向かってそのような旨で思念波を発している。
これも成虫になったことで使えるようになった、
いわゆる「テレパシー」のようなものだ。この力を使ってモラと話せたことは、それはもう言葉にできないくらい嬉しかった。イモムシだった頃であれば、喜びに踊り狂っていたぐらい吾輩は舞い上がっていたものだ。
吾輩も怪獣となってしまった今、同じ怪獣同士でもあるのだし奴にもこのテレパシーが通じるのではないかと思ったが……しかし困ったことに、発したはいいが吾輩サイドの方がアンギラスの返事を理解できないでいた。
送信はできても、受信はまた別と言うことか。それとも、巫女である二人にしか通じない能力なのであろうか。こちらからテレパシーで思念を送ることができても、返ってくるのは獣の咆哮だけだった。
アンギラスが殺意を込めた目で吾輩を睨み、脇目も振らずに飛び掛かってくる。その姿を見るに、吾輩のテレパシーが伝わっているか否かは別として、あちらが戦う気満々であることはわかった。
……ならば、やむを得ない。
大ジャンプで空中へと飛び出してきたアンギラスの前足を避けながら、吾輩は擦れ違いざまに羽根ビンタを浴びせ一度目の接触を交わした。
よしよし、どうなるものかと思っていたが、我ながら思い通りに空を飛べるものだ。こんなに飛び回るとかカイコ失格だな。しかしこの身体に刻み込まれた本能なのであろうか? 不思議なことに、吾輩の頭には今の自分に備わっている己の能力が自転車に乗るよりも馴染み深いイメージでインプットされていた。
怖くもある。吾輩の肉体は自分が「モスラ」であることを、ごく自然なこととして受け入れているのだ。
……まるで本当に、最初から
「――――!!」
アンギラスが吠える。前足で思い切り足元を叩いた瞬間、叩いた地面から氷漬けにされた地表が隆起し、刃となって空中へ射出されていく。なにそれ怖い。
吾輩は飛べるがアンギラスは飛べない。制空権はこちらの欲しいままにあるが、どうやらアンギラスにはツメや尻尾以外にも攻撃手段があるようだ。
器用にも地面そのものを原料に撃ち出してきた氷の刃の嵐から、吾輩は一旦距離を取り空へ舞うことで逃れていく。あのまま追撃を掛けようと近づいていれば、あえなくこの羽根が貫かれていたところだ。
そう言う戦い方ができるということは、見た目よりも頭がいいと見て間違いないだろう。なんとも酷な初陣である。
――それがお前の答えならば何も言うまい。吾輩はお前を、友の地の侵略者として排除するまでだ。
依然吾輩に対して敵意を剥き出しにしているアンギラスにはもはや無駄だと思うが、念の為警告を言い渡しておく。
千年龍王アンギラスは、元カイコである吾輩が対話を意識しながら戦って勝てるような相手ではない。この怪獣の強さは、
……む? この違和感……いや、今は忘れよう。
とにかく交戦が避けられないのであれば、余計なことに構う余裕はない。
この身に宿った全ての能力を使い、退けるまでだ。
今の吾輩には、それが不可能ではないと感じるほど全能感があった。モスラ――その力はあまりにも巨大すぎて、少しでも気を抜けば吾輩自身の心が飲み込まれてしまいそうなほどだ。
これが、怪獣のデフォルトだと言うのであれば……この世界はあまりに絶望的すぎる。
世界さえ破滅させられる守護神の力……本来ならこれは、吾輩のような紛い物が行使すべきではないのだろう。
だがそれでも……今は存分に振るわせてもらおう!
――クロスヒート・レーザー!!
吾輩の額から迸り出た虹色の光線が、黄金の鱗を貫いた。
※アニヲタwikiより引用 以下平成モスラシリーズモスラの技
鱗粉:翼から撒く鱗粉。下記のような様々な技を発生させる他、電磁フィールドを発生させて撒いた範囲内の敵に電撃を浴びせる。デスギドラは死ぬ。
クロスヒート・レーザー:額の三つのレンズ状器官(ヒート・トリプル)からのレーザー。かなりの速度で連射が可能なメイン武器。デスギドラは死ぬ。
スパークリング・パイルロード:映画一作目では鱗粉を撒き、その中に光の柱を作り出してデスギドラを圧殺するという見た目も派手な技だった。二作目からは腹部から極太ビームを放つ技になっている。デスギドラは死ぬ。
エクセル・ダッシュ:エネルギーを纏い、最大速度(マッハ85)で体当りする。デスギドラは死ぬ。
シャイン・ストライク・バスター:鱗粉を撒きレンズを作り、太陽光を増幅して真下の敵に照射する。この技でデスギドラを戦闘不能に追い込んだ。最高温度は太陽の表面温度の20%(おおよそ1200℃)に達する。デスギドラは死ぬ。
イリュージョン・ミラージュ:無数の小型モスラに分身、纏わりついて攻撃する。デスギドラは死ぬ。
パルセフォニック・シャワー:植物をよみがえらせる力。デスギドラに生命力を吸われた北海道の原野を復活させた。モスラの背中に乗せてもらえるのウラヤマシイ……
以上が原作のグリーンモスラの技です。殺しても死なないデスギドラが相手だからってこのサンドバッグぶり! 幼女こわい……((((;゚Д゚))))
本作のモスラの見た目はこのお方に近いオリジナル怪獣という感じですね。性能は結構落ちますが。名前はアナザー・モスラレオとかそう言う感じで。状況に応じて羽根の色がグリーンになったり真っ白なカイコカラーになったりするのはKOM版リスペクトです。