飼っていた芋虫がモスラとして異世界召喚された話   作:GT(EW版)

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モスラ対アンギラス

 クロスヒート・レーザー。この額にある三つのレンズ状器官から放つレーザービームである。

 そんな大層なものが自分の身体から発せられるようになるなど羽化する前までは想像もしていなかった吾輩だが、使い方ははっきりとわかる。空の飛び方同様、モスラとなったこの身体の能力一つ一つが不気味なほど違和感がなく頭の中に刻み込まれているのだ。やけにキラキラした横文字の技名も同様に、自然と頭の中に浮かんできたものだった。

 そんなクロスヒート・レーザーは吾輩自身も驚く威力と弾速を発揮しアンギラスを狙い撃ち、幾度も連射を重ねることによって激しい爆発が黄金の鱗に巻き起こった。

 飛び道具があるのは体格差で大きく劣る吾輩にとって幸いだった。怪獣と呼ぶに相応しい大きさになった吾輩だが、それでもアンギラスとの体格差は大きい。あの巨体に組み伏せられれば最後吾輩に勝ち目がなく、その点レーザービームという遠距離からの攻撃手段はこちらのアドバンテージである飛行能力を存分に生かすことができた。

 これには流石のアンギラスも堪らぬだろうと確かな手応えを感じながら、吾輩は空中を旋回しつつなおもビームを連射する。

 何分これが初陣なのだ。怪獣の身体を持ちながら人間の臆病さを併せ持つ吾輩は、相手の土俵にだけは入らぬように慎重に距離を保ちながら、アウトレンジからの攻撃で着実にダメージを与えていった。

 

 ……しかし。

 

「────!!」

 

 アンギラスが咆哮を上げると、黄金に染まる奴の背中の棘が一斉に青白い光を発生させた。

 瞬間、吾輩は羽ばたく羽根の感触から大気の変化を知覚する。

 アンギラスを囲む周辺の気温が、異常なほど急激に低下しているのだ。

 何をしようと言うのだ……? 訝しむ吾輩の思考に応えるように、アンギラスの身体を突如として水晶のように透明な膜が覆った。

 

 それは、氷の鎧だった。

 

 アンギラスは己を取り巻く周囲の大気から全ての水分を氷結し、黄金の表皮の上に全身を覆う氷の鎧を生成したのである。

 鎧の強度は非常に高く、吾輩が放つクロスヒート・レーザーはアンギラスの皮膚まで到達することができなくなってしまった。

 しかも鎧の原料は全て大気中の成分で作られているが故に再生が可能であり、一発のビームが鎧を撃ち砕いたところで破損個所から即座に新しい氷が生成され、二発目のビームが来る頃には鎧は完全に元通りになっていた。

 氷の鎧を纏ったアンギラスの全身は鉄壁の要塞だ。

 何発かビームの連射を続けてみるが、最初に直撃を与えた時のような手応えは無い。僅か数発受けただけで、黄金の龍王はクロスヒート・レーザーへの対策を確立させてきたのである。

 超常的な能力を持っているのは、お前だけだと思うなと──心なしか、吾輩を睨むアンギラスの眼差しはそう言っているように見えた。

 怪獣だらけの世界の中で「千年龍王」などという通り名を冠しているのだ。この身体(モスラ)が神ならば、アンギラスも同じ領域の化け物だということであろう。

 ……冷静に分析している場合ではないな。

 アンギラスの射程外である高高度からのレーザー攻撃が通用しないのならば、攻め方を変える必要がある。この島には二人の少女がいる以上、根競べの長期戦を行うことでこれ以上島の環境を悪化させるわけにもいかなかった。

 

 ──故に、ここは接近する!

 

 羽根を広げ再び空を覆おうとする雪雲を蹴散らしながら、吾輩は弾みをつけて急降下し、ドリルのように全身を回転させながらクロスヒート・レーザーを連射する。

 いくら氷の鎧を纏おうと、狙いを一点に集中すれば内部へのダメージは免れない筈だ。高高度からではなく一キロ圏内にまで距離を詰めれば、今の吾輩には精密な射撃を行うことができた。モスラの身体には、それほどの超感覚が備わっているのである。

 

 だが、それは奴の間合いに自分から飛び込んだことを意味している。

 ここからが、アンギラスとの本当の戦いと言えた。

 

 そしてこちらが警戒した通り、アンギラスが再び動きを見せた。

 

 全身に氷の鎧を纏ったことで動きが鈍重になっていないものかという希望的観測を抱いていた吾輩だが、アンギラスはそんなこちらの思惑に反して身軽な跳躍を見せると、バックステップを踏むような動きで一度後退し地を踏み締め、後ろ脚をバネにして一気に駆け出した。

 吾輩が降下しながら放ったクロスヒート・レーザーは回避され、逆にカウンターを仕掛けられたというわけである。

 アンギラスは狼のように俊敏な動きで吾輩の懐に飛び込んでくると、そのモーニングスターのような尻尾をハエ叩きのように縦一文字に振るってきた。

 

 だが吾輩も、ハエのように潰されるつもりはない。

 

 吾輩は急ブレーキを掛けながら全身をプロペラのように半回転させると、この羽根目掛けて叩き込んできたアンギラスの尻尾を紙一重でかわす。

 大質量から来る風圧の余波である程度の衝撃を受けたものの、この程度ならば涼しいものだ。

 そのまま背面飛行を行いアンギラスの前方へと回り込んだ吾輩は、至近距離からこちらを見下ろす黄金の顔と視線を合わせた。

 

 ……意外に、愛嬌のある顔をしている。だが、その頭の後ろで吾輩を押し潰そうと前足を振り上げている姿はちっとも可愛くない。

 

 ──やらせるか、これでも喰らえ!

 

 吾輩の腹部から照射された光の波動が、接射に近い距離からアンギラスの頭部へと襲い掛かる。

 技名はスパークリング・パイルロード。この羽根に満ち溢れるエネルギーを鱗粉を介して腹部へと集束し、一気に放射する極太のビームである。根も葉もない言い方をすればかめはめ波的なアレだ。

 連射は効かないがその威力はクロスヒート・レーザーを凌ぎ、今の吾輩に使える中では最強の飛び道具だ。

 背面飛行で丁度腹を向けた体勢になっていた吾輩は、この技を至近距離から浴びせることができた。アンギラスもまさか蛾の腹からビームが飛び出してくるとは思わなかった筈である。閃きの一瞬、大きく目を見開く姿が吾輩の複眼に映っていた。

 

 だが……ここで吾輩にとって予想外だったのは、この一発を受けてもアンギラスの動きが鈍らなかったことだった。

 

 着弾点から氷の鎧が砕け、皮膚が爆ぜながらもアンギラスは反撃を行う。ノーガード上等とばかりに食い縛ったアンギラスが、一撃離脱を図ろうとした吾輩を逃さず前足を振り下ろしたのである。

 

 

 

 ──その一瞬、吾輩は意識が飛んだ。

 

 スパークリング・パイルロードの直撃によってある程度威力を殺すことができたから良かったものの、最後まで腕を振り切られていたらその爪でこの身体が切り裂かれていたかもしれない。もはや驚きを通り越して呆れるしかない馬鹿力である。

 それほどまでに、今の一撃は痛かった……たった一撃貰っただけで正直血反吐を吐きたくなるような激痛だったが、どうにか体勢を立て直し、吹っ飛ばされた吾輩は墜落だけは避けるようと懸命に羽ばたきながら再び上空へと舞い上がった。モラたちは、さぞ胆を冷やしたであろう。吾輩は大丈夫だ。

 しかし今のでわかったが、この身体は一撃いいのを貰ってもかなり痛いで済む。命に別状はないし飛ぶのにも支障は無かった。

 この時、吾輩は吾輩自身(モスラ)に備わっている想像以上の頑丈さから確かな手応えを感じていたのだ。

 前世からタイマンだとか喧嘩だとかには全く縁のなかった吾輩だが、スピードはもちろんパワー、ある程度のタフネスも備えているこの身体ならば戦える。何より吾輩には今、二人の巫女がついているのだ。モラにはアンギラスを倒せるかはやってみなければわからないと言ったが、この力がある限り、今の吾輩には負ける気がしなかった。

 

 ──さて、どうする千年龍王よ。お前もまだ力を隠しているのだろう?

 

 痛み分けの結果にはなったが、至近距離からのスパークリング・パイルロードを受けたことで吹っ飛び、雪の下からおびただしい土煙を巻き上げながら倒れ込んだアンギラスの姿を空から注視する。

 さっきの一撃は吾輩も痛かったが、奴が受けたダメージはもっとであろう。しかし見た目通り、奴の身体も頑丈にできているようで、ダウン状態から立ち上がるスピードは吾輩が戦線に復帰するのとほぼ同じだった。

 そのアンギラスが、黄金の皮膚から緑色の血液を流しながら見上げてくる。

 

 吾輩の頭脳に「声」が響いたのは、その時だった。

 

『この力……やはりお前が今代のモスラか。随分と姿が違うが……』

 

 言葉ではない。これは吾輩がモラたちに送ったのと同じ──思念波だ。

 今まで吾輩からは何を語り掛けても反応がなかったアンギラスだが、黙ってこちらを窺っている様子を見る限り、この思念は奴のものに違いない。やはり知能を持っていたか。

 こちら側がある程度の武力を披露したことで、ようやく対話に応じる気になったと言うことだろうか? 対話の舞台に上がるにもまずは相応の武力が必要とは、怪獣社会も世知辛いものだ。

 睨みながらもひとまずは攻撃の手を止めたアンギラスが、今度は不思議そうな声で吾輩に問い掛けてくる。

 

『だが、何故だ? モスラならば何故、このオレと敵対する?』

 

 それは、疑問の言葉だった。口ぶりから察するに、奴には先代やそれ以前のモスラと面識があるのかもしれない。

 だがそんな考察は後回しにし、吾輩は聞かれた問いに答えることにする。

 

 ──知れたこと……吾輩がこうしてお前と戦うことになったのは、この島を守る為だ。お前はこの島に対し侵略行為を行った。敵対する理由はそれで十分だ。

 

 今更被害者ぶられても困る。何が目的でここに来たのかは知らないが、ただでさえこのインファント島は怪獣だらけでベラたち人間が肩身の狭い思いをしていたのだ。そこに気象環境さえ破壊するお前の移住を受け入れる余裕があるわけないだろう。

 そちらの侵略行為に悪気がなかったのなら申し訳ないが、移住するならば他をあたってくれ。お前ほどの力があれば、住み心地のいい場所なんて他にいくらでもあるだろう?──と、吾輩は質問に答えながら抗議の声を送る。

 今の吾輩は島の代表であり、民を守る守護神でもあるのだ。強気に出るべきところではしっかりと強気に出なければ、侵略者の思い通りになってしまう。故に努めて厳かに言ってやった。だからイキり芋太郎とは言わないでくれ。

 

 しかしそんな吾輩の返答に対して、アンギラスから返ってきたのは呆れと怒りの声だった。

 

『愚かな……オレと同じ守り神ともあろうものが、何と狭い視野か。お前は今破滅に向かおうとしているこの世界で、たかが島一つを守る為にオレを排すると言うのか? 今再び復活しようとする我が「盟友」を、唯一止める力を持つこのオレを!』

 

 ……何を言っている?

 アンギラスは島を守る為に迎撃に出たという吾輩の声が何故かお気に召さなかったようであり、吾輩の行動を激しく批難してきた。

 自分たちの島を守ることの一体何がどう視野が狭いと言うのか? 至って当たり前のことをしているつもりの吾輩としては、アンギラスの声は要領を得ないものだった。

 わけがわからないよと首を捻る吾輩の姿を見て、アンギラスが何かに気づいたように呟く。

 

『そうか、お前……前のモスラから記憶を継承していないのだな。なるほど……道理で前と比べて、送られてくる思念波が幼いわけだ』

 

 む、記憶の継承? 何のことだ?

 思念が幼い? えっ、この口調幼く聴こえるの?

 呆れかえったようなアンギラスの態度から察するに、吾輩のテレパシーは相手からすると聴こえ方が違うようだ。会話が成り立っている以上言葉の内容まで間違えているわけではなさそうだが、そのようなズレが生じているのはまだ吾輩がモスラとして未熟であるが故の弊害か。

 そんな吾輩の姿を地上から真っ直ぐに見据え、アンギラスの双眸が輝く。

 

『ならば見せてやろう。これが……世界だ』

 

 

 ──その瞬間、ふと吾輩の脳裏に廃墟の町並みが映った。

 

 まるで映画のように広がる、こことは違う別の場所の風景。

 これは……このビジョンは、アンギラスの記憶か?

 

 それは、数多もの異形の怪獣たちだった。

 それは、空から降り注ぐ数多ものミサイルだった。

 

 全ては人類が一か所に集めた怪獣たちを一斉に始末する為に放たれた、数十発もの戦術核。

 

 そう、核兵器である。

 

 人類の英知と罪の結晶である最強の兵器、核。

 護国聖獣アンギラスが守護していた東方の地ごと巻き込んで放たれた核の炎は、人間たちの目論見通りおびき寄せた怪獣たちの大半を焼き尽くし、滅ぼしていった。

 

 しかし核兵器の爆発によって地上は汚染され、おびただしい量の放射能が空に海にと拡散していった。

 それは世界滅亡の引き金だった。

 放射能に反応し、誰も踏み入ったことのない海底深くで眠っていた「黒い何か」が赤く発光したこともつゆ知らず、人々は喜びの声を上げていた。

 

『愚かなる人間たちの火によって、今まさに我が盟友が蘇ろうとしている。そう……』

 

 吾輩には、その「黒い何か」が何者であるのかはわからない。

 わからないし、ベラからも聞いていない。もちろんこの目で見たこともないのだが……アンギラスから送られてきた廃墟と海底のビジョンは、吾輩に備わるモスラとしての本能がけたたましく警鐘を鳴らしていた。

 

 あれは……あんなものが海底に眠っているというのか?

 あれが今、海底から目覚めようとしている?

 

 それは、今目の前にいるアンギラスさえも遠く及ばない。そう感じてしまうほどの圧倒的な絶望が、ビジョンに映る黒き龍から放たれていた。

 その存在の名を、アンギラスはこう呼んだ。

 

 

ゴジラだ

 

 

 そしてそれこそが、アンギラスがこの島を訪れた理由なのだと理解した。 

 






やっぱり王の相方と言えばアンギラス君だと思うの
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