飼っていた芋虫がモスラとして異世界召喚された話   作:GT(EW版)

14 / 15
 ユキハミかわいい

 ユキハミかわいい(迫真)





モスラⅩアンギラス

 モスラとは、この地球が生み出した守護神の一体だ。

 何らかの影響で地球環境のバランスが崩れた時、その調和を保つ為にどこからともなくタマゴが現れる特異な存在である。

 今の地球にモスラが舞い降りたのは、大量の怪獣が出現したことで絶滅の危機に瀕した在来生物を守る為と考えるのが妥当なところだろう。

 故にモスラは、人間の味方をする。

 地球のバランスを守るという使命の下に、アンギラスが嫌悪する人間達を守ろうとしているのだ。

 元々は同じ守護神側の存在だったアンギラスには、そんな彼女を憐れんでさえいた。

 死を迎える度に生み落としたタマゴに記憶の継承を行う本来のモスラとは違い、目の前にいる特殊個体の白いモスラから放たれる思念は子供のように幼く、無垢なものだった。それは彼女が先代のモスラから記憶を受け継いでおらず、見た目は成虫であっても心は幼体だからなのだろうと考察していた。

 

 ならば守護神の先達として教えてやろうと、アンギラスなりの親切心でもあった。

 

 地球のバランスを守るのならば尚のこと、地球を害する人間たちこそ最初に消し去るべきなのだと。

 人間こそがこの星にとって、最も害悪なモンスターであると。

 彼らに守る価値は無いと、そう諭した上で、アンギラスは自らが真の調停者として彼女の存在意義を縛る巫女を撃ったのだ。

 連中さえいなくなれば、彼女がこちらを邪魔する理由はない。そうすればこの島を穏便に明け渡してくれる筈だと、アンギラスは合理的な判断を下していた。

 

 しかし、それが見当違い甚だしいことに彼は気づいていなかった。

 それは、アンギラスという存在が生粋の守護神であるが故に起こったすれ違いだった。

 同じく地球の守護神として生まれてきた彼らだが、今のモスラにはあってアンギラスにはないものがある。

 加えてモスラはモスラでも、本来のモスラではあり得ない誕生経緯を持つレオちゃんモスラの本質を、彼には見抜くことができなかった――。

 

 

 

 

 

 アブソリュート・ゼロ。

 

 背中のトゲを放熱板のように輝かせたアンギラスが口から放ったのは、-270度に及ぶ絶対零度の光弾である。

 直撃した物体を一瞬で凍結し、僅かな衝撃で分子レベルまで破砕するアンギラス最強の技だ。アンギラス自身の体力を大きく消耗することから多用はできないが、これを受けて生き残った相手はかつてこの星に一体(・・)しかいなかった。

 もちろん本来人間に向けて放つには過剰に過ぎる技だが、アンギラスがあえてこれを放ったのはモスラが巫女たちを庇おうとすることを見越した上だった。

 

 この威力を見せられて、我が身を盾にするなど馬鹿のすることだ。

 星の守護神である自分と、人間にしては少しばかり特殊な力を持ったに過ぎない巫女。この星においてどちらが重要な存在なのか、それがわからぬモスラではない筈だと。まさか本当に自らが死ぬことを許容してまでも巫女を庇いに来るとまでは、アンギラスは思っていなかったのである。

 

 だからこそ直後に広がった目の前の光景は、アンギラスにとって予想外なものだった。

 

『愚かな……』

 

 モスラは星の守護ではなく、巫女の守護を選んだのである。

 自らが死ぬことを厭わず、一片の迷いも無く絶対零度の光弾に飛び込んでいった。

 守護神としてあまりにも愚かしいその選択は、アンギラスの価値観に少なくない衝撃を与えるものだった。

 

『お前ほどの神が、こんなところで命を散らすとはな。そうまでして奴らを庇うとは……お前が守るべきものは、この星だけだと言うのに』

 

 これほどの力を持つ神がまた一体この世から消えることは、この世界にとって大きな損失と言えるだろう。

 絶対零度の光弾が直撃し、おびただしい量の白煙が広がっていく中で、アンギラスは短き生涯を終えた愚かな同胞を弔うように鳴き声を上げた。

 

『モスラ……最期まで人間に縛られた神だった……』

 

 盟友ゴジラにもしものことが遭った時、彼に対抗できたかもしれない存在。

 破壊神がこの世で最も執着していた守護神。

 そんなモスラを失ったことを惜しみながら、アンギラスは自らの手で吹き飛ばしたモスラの消滅を見届ける……筈だった。

 

 ――晴れていく白煙の中から、原型を留めた白い巨大蛾が現れるまでは。

 

 

 

『……馬鹿な……』

 

 それは、信じがたい光景だった。

 自身最強の技を諸に受けたのだ。生きているわけがない。

 ならば、今目の前に現れた奴は何だ? 混乱する頭でアンギラスが呼び掛ける。

 

『貴様、何故生きている!?』

 

 モスラは健在だった。

 緑色に発光する二対の羽根をゆっくりと羽ばたかせながら、極寒の空で白い息を吐いて浮遊している。

 驚愕に染まった感情で、アンギラスがその優美な姿を睨んだ。

 アンギラスの必殺技から巫女を守る為、モスラはその身を盾に割り込んできた。確実に、彼女の姿を捉えた筈だ。

 

 しかしその一撃は、彼女の命まで届かなかったのである。

 絶対零度の光弾を受けて、白き守護神モスラは生きていた。

 その姿が幻ではないことを示すように、アンギラスの思考に幼い思念波が響いた。

 

『……やりすぎだよ……』

 

 呂律の回っていない子供のようなモスラの思念波。

 これまではアンギラスに対し懸命な説得を試みていたその声は、しかし今度はぶるぶると震えていた。

 それは越えてはならない一線を越えてしまったアンギラスの攻撃に対する、激怒の声だった。

 

『ふたりをねらうなんてー!!』

 

 一閃、嵐が吹く。

 モスラの羽ばたきが強烈な暴風を巻き起こし、前方に佇むアンギラスのみを狙いに定め襲い掛かったのである。

 咄嗟に四足を氷の地にめり込ませて踏ん張るアンギラスだが、その圧力を前に後退りするように引きずられていく。

 しかし足場を気にしている隙もなく、今度は一瞬にして距離を詰めたモスラの頭突きがアンギラスの頭を襲った。

 

「……! ――ッ!!」

『あとちょっとで……みんなしんじゃうとこだったんだよ!?』

 

 悶絶するアンギラスの顔を引っ叩くように羽根を打ち付けると、そのまま背後へ回り込んだモスラがアンギラスの尻尾を掴み、引きずり回すように彼の巨体を持ち上げた(・・・・・)

 

『っ……! これは……この力は……!?』

 

 それは、アンギラスの想定を超越した怪力だった。

 圧倒的に下回る筈の体格で、山のような質量を宙に浮かしたモスラは、祭壇の傍から遠ざけるようにアンギラスの身体を投げ飛ばしていく。

 優雅に空を飛び回る美しい姿からは、想像もつかない怪力だった。

 

『この……ばかああああ!』

「――ッ!!」

 

 投げ飛ばしたアンギラスを地に墜落させると、モスラは巨大な地割れと共に舞い上がった大量の土煙に向かって容赦なく極太のビームを乱射した。

 光る腹部から放たれた砲撃に、アンギラスは咄嗟に氷の鎧を生成し直すことで受け流そうとする。

 しかしその威力は今までに受けたものとは別物であり、遠距離からでも氷の鎧を粉砕し、アンギラスの皮膚を傷付けるほどであった。

 まるで自身の怒りをそのまま力に変えているかのような猛攻に、アンギラスが激痛の中で驚愕する。

 

 呻くアンギラスを睨むモスラの複眼が眩く点滅すると、巨大蛾の全身が一条の光へと変わった。

 

『わたしはふたりのこと、まもりたいだけだああっ!』

 

 モスラが咆哮を上げ、大空から急降下していく。

 音速を超えて突っ込んでくるその姿は、モスラ自身が光の矢となっているかのようだった。

 

 

 ――その技の名は、エクセル・ダッシュ。

 

 原理は至ってシンプル。マッハ85の加速を付けたモスラが、全力で体当たりをする技だ。

 クロスヒート・レーザー等多彩な飛び道具を携えているモスラだが、中でも最大級の威力を誇るのが純粋な力に任せたその一撃だった。

 

 

 あれはマズい――!

 

 いかにレーザーすら防ぐアンギラスとて、この一撃を受けてはただでは済まないと本能的に察する。

 しかし急いでその場から立ち退こうとするアンギラスの足を縛り付けるように、背後から死に損ないの巨大怪獣が這い寄ってきた。

 

『なっ……貴様!』

 

 ――カマキラスである。

 

 既に死に体だったカマキラスが不意を突いてアンギラスに組み付き、最後に残った一本の大鎌でその背中を突き刺したのだ。

 その攻撃自体は氷の鎧に阻まれ、アンギラス自身への傷は大して深いものではなかった。

 しかし、その一瞬がアンギラスの命運を分けた。

 

 アンギラスに密着したカマキラスが、その複眼を空へと寄せる。

 自分ごとやれと――まるで隻腕の騎士が女王の為に命を賭していくかのように、彼の眼差しは呼び掛けていた。

 

「――!!」

 

 モスラが吠え、アンギラスが叫ぶ。

 後手に回ったアンギラスが二射目の光弾を撃とうとするが、間に合わない。

 

 マッハ85の突撃が、黄金の龍王を打ち据えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人が死ぬと思った時、頭が真っ白になった。

 

 怒りと言うか、憎しみと言うか……最後に振るったその力は、まさしく怪物のそれである。

 守護神だなんだと言われても、力に対しては力でしか返すことができない。結局これが、吾輩の限界なのだろう。

 人間でもなく、昆虫でもなく、怪獣にもなり切れない。なんともまあ、中途半端な存在であろうか。

 

 だが……

 

「レオちゃん!」

 

 ……だが吾輩は今、こんな自分で良かったと思っている。

 

 この力で君たちを守れたのなら、それに勝るものなどありはしない。

 振り絞った力でアンギラスを吹っ飛ばした後、吾輩はボロボロの羽根で二人の居場所へと舞い戻り――そこで空元気が尽きた。

 突っ伏すように墜落した吾輩は、もたれかかるように祭壇に身を預けていた。そんな吾輩の頭の近くには、涙ぐんだ二人の少女の姿がある。

 

 今の吾輩の状況を、簡潔に言い表そう。

 

 

 ……吾輩はもう、限界だ。

 

 

 

 あの絶対零度の光弾を受けてもまだ原型を留めていた吾輩を見て、アンギラスは大層狼狽えていた様子だったがとんでもない。あれは言葉通り、死ぬほど痛い一撃だった。

 奴の氷の鎧からヒントを得て、咄嗟にこの羽根から撒き散らした鱗粉でバリアーを張ることでどうにか衝撃を軽減させてみたものだが、やはり本来吾輩に耐えられる一撃ではなかったのであろう。あの時点から既に意識は朦朧としており、肉体は崩壊寸前だった。

 しかしそれでも……火事場の馬鹿力というものだろうか。あのカマキリ怪獣のおかげで、どうにか最後の一撃を直撃させることができた。マッハの体当たりでアンギラスを海の彼方へと吹っ飛ばし、殺し切れたかはわからないが当分の間起き上がれないダメージは与えられた筈だ。

 この身が動くのなら、すぐにでもとどめを刺してやりたいところだったが……どうやら吾輩の肉体は、これで限界のようだ。

 

「レオちゃん! しっかりして!」

 

 吾輩がもたれかかった祭壇の上に立つ少女、モラがこちらの目を見つめながらそう叫ぶ。

 ……すまない、モラ。吾輩がこんな状態では、まだしばらく君を元の世界に帰せそうにない。余力さえあれば、出来たのにな……

 

「そんなこと、いいから! 死んじゃ嫌だよ……!」

 

 だが、心配することはない。

 今の吾輩にはわかるんだ。

 

 モスラとは、不滅の存在だ。

 

 モスラは死んでも、必ずどこかで新しいモスラに生まれ変わる。吾輩が死んでも次に生まれ変わるモスラがきっと吾輩の思いを受け継ぎ、君を助けるから。

 何度生まれ変わろうと、()は君を守る。

 

「レオちゃん……!」

 

 だから泣かないで、モラ。

 ベラも、そんな顔をするな。

 

「貴方は、私たちを守る為に……っ」

 

 いいんだ、そんなことで気に病むな。

 君たちの盾になって死ぬ。これより極上な命の使い方が、果たしてこの世にあるだろうか? いや、無い。だから吾輩には、この痛みが誇らしくすらある。

 ああ……振り返ってみれば夢のような人生、いや虫生だった。

 力の無いカイコとして生きていたことも、こうしてモスラという分不相応な力を身に着けたことも。吾輩には本当に、過ぎた生涯である。

 

 それも全部、モラ……君に会えたからなんだよ?

 

「私だって……私だってレオちゃんといて楽しかった! これからもずっと一緒にっ……一緒にいたかった!」

 

 ありがとう。ありがとう、モラ。大好きだ。

 

 ……ベラ、次に生まれ来るモスラを頼む。島を助けられなくて、ごめんな。

 

「…………っ」

 

 喉を潰したことで声を出せないベラが、瞳を潤わせながら吾輩の頼みに頷く。

 しかしその横ではモラが髪を振り乱し、吾輩が死ぬ現実を受け入れられず泣きじゃくっていた。

 別れを惜しまれたことを嬉しく思いながら、吾輩は大好きな飼い主様にそんな顔をさせてしまう己を嫌悪する。

 本当に……情けない奴だ。吾輩は。

 せめて次に生まれる()が、吾輩よりも上手くやってくれることを願うばかりである。

 

「……させない」

 

 ああ、身体中から力が抜けていく。おそらくはこれまで羽根を覆っていた鱗粉が全て剥がれ落ちたことで、辛うじて食い止められていた肉体の崩壊が始まってしまったのだ。

 ……もう、時間がない。

 だから私は、最後にこの言葉を言い渡そう。

 

 ありがとう、モラ。

 ありがとう、ベラ。

 二人とも、どうか元気で。

 

 暗転していく視界の中、いつか幸せになった二人の未来を想いながら、吾輩は幸福感と後悔が綯い交ぜになった感情で我が身の運命を受け入れていく。

 しかし吾輩の聴覚が最後に聞き届けたのは、凛々しくさえある力強いモラの声だった。

 

「そんなこと、させない!」

 

 羽根の先から光の塵と化していく吾輩に向かって、モラが大きく息を吸い込む。

 尚も別れを受け入れず、彼女はその声で歌った。

 

 ベラのように決して上手ではなかったが……カイコの幼虫の頃からずっと話しかけてくれた優しい声で、彼女は歌ってくれたのだ。

 

 

 

 





 更新が遅れた理由:ユキハミ
 正直こんなにハマるデザインが出てくるとは思わなかったぜ☆ モスノウもすき

 次回はおそらく最終回。ちょっと間隔が空きます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。