飼っていた芋虫がモスラとして異世界召喚された話 作:GT(EW版)
その怪獣は、殺意にみなぎっていた。
全高約2メートル、全長は5メートル以上にも及ぶ巨大なヤゴ。その巨体さ故に動きは鈍重だが、化け物は走るモラとの間を着々と詰めている。
あの前足の間合いに入ったら一巻の終わりである。化け物はなんの躊躇いも無く、彼女の命を惨たらしいやり方で奪うだろう。
……モラ、やはりこのままではダメだ。吾輩を投げつけろ! もしかしたらそれで、奴の注意が逸れるかもしれない。吾輩は元々釣り用のエサだ。魚釣りのように化け物の気を引くぐらい、やってみせよう。
いや、やらせてくれ──そんな意図を込めてモラの指を甘噛みするが、必死に逃げる彼女は明らかに吾輩と共に逃げることに拘っている様子だった。
ただ一心不乱に荒れた獣道を駆け抜け、ヤゴの化け物が迫ってくる。冗談ではない。
「……ゃ……っ」
万事休す。死の気配に振り向いたモラが化け物の複眼に見下ろされ、か細い悲鳴を漏らす。
そんな彼女に向かって化け物はただ無慈悲に、死神の刃を振り下ろした。
──だがその一振りが、モラの首を撥ねることはなかった。
不意に横合いから割り込んできた一本の「矢」が、化け物の複眼の一つに突き刺さったのである。
思わぬところから攻撃を受けた化け物は怒声のような鳴き声を上げながら暴れ狂い、放たれた矢の側へ振り向いた。
モラも同様にそちらに目を向け、吾輩も彼女の指の間から注視し状況を確認した。
──そこには、モラが先ほどまで捜し回っていたものの姿があった。
「いたぞ! ベラさまとおなじにおいがする……あのかたがみこさまだ!」
「ほうこくどおり、ベラさまそっくりだ! みこさまからはなれろ!」
「メガヌロンめ! しねぇっ!!」
人である。
複数人もの人間たちがそこにいたのである。
インディアンのような民族衣装を纏う褐色肌の男たち。彼らはそれぞれが弓矢で武装しており、化け物に対して立て続けに矢を放った。
彼らはこちらに一瞥をくれた後、叫びを上げながら化け物に挑んでいくが……その言葉は明らかに日本語ではなく、吾輩たちには読み取れないイントネーションだった。
しかし、状況から考えて彼らがモラを助けるべく来てくれたことはわかる。
彼らは巧みな連携で文字通り矢継ぎ早の猛攻を仕掛け化け物の身を怯ませると、男の一人がその手に小袋を握りながら果敢に躍りかかっていった。
「ベラさまとくせいのりんぷんだんごだ! これでもくらえー!」
男が小袋を投げ放ち、化け物がそれを弾き返そうと前足に触れた瞬間──小袋が爆弾のように破裂し、淡い色に輝く粉塵が盛大に舞い散った。
その粉塵には、強力な毒か何かが含まれていたのだろうか。身体に粉が振り掛かった途端、化け物が目に見えて苦しみ出し、一転してのたうち回りながらこの場から走り去っていった。
それを見るなり何人かの男たちが化け物を追跡しようとするが、リーダー格らしき男が右手を上げて深追いを制する。
彼の指示を受けたのだろう。一同はその場に留まって周囲の警戒に当たった。
まるで兵隊のようだ。
化け物を原始的な武器だけで追い払ってみせた彼らに吾輩が感心と感謝を込めた眼差しを送る一方で、モラは目まぐるしく変わる状況に狼狽え、呆然とした顔で彼らの姿を見上げていた。
そんなモラに目を移したリーダー格の男が、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
「あ、あああの……っ、ありがっ……」
弓で武装した屈強な男、それも明らかに異国人の容貌をしている彼を前にモラが言葉をどもらせる。
命の恩人である彼らにお礼を言おうとしているのだが、どう声を掛けたらいいのか困惑しているのであろう。
目に見えて動揺している様子のモラを前に、男は片膝を突けて目線を合わせる。
「みこさま、おはつにおめにかかります。とうちゃくがおくれてもうしわけございません」
うむ……やはり何を言っているのかさっぱりわからぬが、厳かに頭を下げる姿は彼女に対して謝っているようにも見える。
「たてますか?」
「あ……」
腰を抜かし、転ぶように尻餅をついていたモラに対して手を差し伸べる彼の姿からは、堂に入った騎士のような配慮を感じた。
モラが怯えていると思ったのだろう。彼は薄く笑みを浮かべ、彼女の緊張を解そうとする。
そんな紳士的な対応を前にモラの心も落ち着きを取り戻したのか、彼女は恐る恐る右手を伸ばし彼の手を掴んだ。
──と、何故かその時、男が大きく目を見開いた。
「お……おお……!」
後ろの男たちと共に感激の声を上げ、辺りは一転して騒然とした雰囲気に包まれる。
そんな彼らの眼差しは、モラが右手を伸ばしたことによって空いたもう片方の左手──そこで青葉を下敷きに転がっている吾輩の姿に集中していた。
む……その目はまさか、吾輩を食べる気ではあるまいな?
この身の安全の為、今までモラの両手で隠されていたのもあってかどうにも四方からの視線は慣れないものがある。吾輩がそんな彼らの視線に気押されるように後退ると、ハッと息を呑んだモラが吾輩の身を庇うように両手で覆い隠した。
「こ、この子は私の友達なんです!」
モラが通じているかもわからない日本語で、吾輩のフォローの為にそう叫ぶ。
こんなイモムシのことを友達だと、臆面もなく言い切ってしまうこの子の将来が少し心配になるが……吾輩にはその言葉が、涙が出るほど嬉しかった。ええ子や……ほんとうにええ子や……
そんな彼女の反応を受けた男たちは──何故か、一斉にひれ伏した。
「モスラさま! でんしょうにあるとおりだ……あなたのてにゆうぜんとたたずむそのおかたこそが、われらのかみモスラさまなのですね!」
「えっ? え?」
「かんげきいたしました! ベラさまのうたをききとどけ、よくぞまいおりてくださった!」
「なに? なにを言ってるの!?」
大の大人が複数人で一斉に頭を下げる姿は、まるで大名行列を前にした平民のようだ。中には涙すら流している男もいた。
尤もモラからしてみればその展開がまるで意味がわからず、目をぐるぐるさせながら困惑するばかりだった。
──それが吾輩たちと彼ら……【インファント】のファーストコンタクトである。
神輿の上なう。
吾輩たちは今、屈強な男たちが六人がかりで担ぎながらソイヤッソイヤッと連行している豪勢な神輿の上に座っていた。
……またも突然ですまない。だが、気づいたらこうなっていたのだ。ここに来てから吾輩たちは、まるで意味がわからない展開にばかり遭っている気がする。
やはり言葉が通じないという問題は如何ともしがたいものがあるようだ。モラも同様にこの状況が要領を得ず、唖然としながらされるがまま彼らに運ばれていた。
だが、あの森の中で完全に遭難していた吾輩たちにとって、現地の者と思われる人間たちと出会えたのは僥倖であった。
このまま神輿に担がれていれば、おそらく彼らが彼らの住まう集落へと運んでくれるだろう……と吾輩はこの後のことを想像している。
まさかモラと吾輩が何かの生贄として処されるようなことはないだろう……と、一見蛮族のように見える彼らの姿を見つめながら思う。男たちの全員が弓と矢で武装している姿は一見原始的にも見えるが、それはあのような化け物と遭遇した際の自衛手段であり、彼ら自身が野蛮な人間だからではないだろう。リーダー格の男がモラに手を差し伸べた際に見せた紳士的な態度から、吾輩はそう察する。
ジャングルにいる人=野蛮人という図式は頭の固い人間が碌に現場も見ずに思いついた偏見に過ぎない。
野蛮に扱われるどころか寧ろ、彼らはモラのことを神聖なものを見る目で見ていた気がした。
……いや、美少女な時点である意味神聖ではあるのだろう。紳士的に考えて。
しかしどうにも彼らがモラに向ける視線は、まるで信仰する女神様として彼女のことを崇めているかのようだった。この神輿も、吾輩の推理が正しければその類のものに感じる。
そして何より解せないのは、そんな彼らの眼差しがモラだけではなく吾輩にも向けられていることだ。美少女のモラならばいざ知らず、ただのイモムシだぞ吾輩。見も知らぬ男たちに崇められる謂れはない。
ハッ……もしやこれは「お蚕様」に対する信仰? 彼らは吾輩から絹を取ろうと……むぅ、やはりカイコは茹でられる運命なのか……!
「落ち着いて、レオちゃん……きっと大丈夫だよ」
……そ、そうだな、飼い主様が言うのであればそうなのだろう。そわそわした感情が伝わってしまい恥ずかしい。
「でもどうしたんだろうね……私、この人たちが何を言っているのかわからないよ……」
吾輩もだ。なに、彼らが喋っているのは英語でもない。わからんのは仕方ない。
発音としてはインドネシア語に似ているかもしれないが、聞いたことのない言語である。
「みこさま、かわいいなー」
「ベラさまそっくりだけど、あのかたよりやさしそう」
「ひざにのせたい」「とうとい」
「きさまら、しごをつつしめ! どこにかいじゅうがひそんでいるかわからんのだぞ!」
……うむ、何を話しているのかさっぱりわからん。何となく楽しそうなことを話している雰囲気は伝わってくるが。
お、そうこう話している内に森を抜けたぞ。おお、海がある! 道理で先ほどから潮の匂いがしてきたと思った。
「綺麗……」
神輿に乗った吾輩たちを取り巻く景色は草木に覆われたジャングルから、母なる海の広大な水平線が見える浜辺へと変わっていた。
夏と言えば海だな。透き通った青は実に綺麗なものだ。……吾輩、カイコだし泳げないけど。寧ろ釣具屋で売られていた吾輩は、本来ならとっくに釣り針に括り付けられて海に沈められていたのだ。
おおう……虫の運命とは、かくも過酷である。モラに買ってもらえた吾輩がいかに恵まれていたのか身に染みる。
……しかし、海か。
吾輩が海を見たのは前世も含めておそらく随分久しぶりであった為、この時モラ同様感激していた。
話している言語がわからないインディアン風の人々に、先ほどの化け物。まるでファンタジー世界に放り込まれたような状況に狼狽えている吾輩たちであるが、そこに広がっている青は吾輩たちの知る海と同じものだった。故に、安心を感じる。実家のような……とまでは流石にいかないが、不変であるからこそ安心するものがあるのだ。
「南国の、どこかの島なのかな? 沖縄……じゃないよね? もしかしてこの人たちの言葉は沖縄弁なの……?」
いや、それはないだろう。沖縄にあんな化け物はいない。
しかし、南国のどこかというのは合っているかもしれない。視界の端に映るヤシのような木を眺めながら、吾輩も彼女と同じ推測を行う。
ここまで来て、ここが日本のどこかだとは考え難い。
南国のどこか、公表されていない孤島か……あるいは世界すら違っているか。
眉唾物の推測だが、吾輩のような存在がいる時点でそれもまた大いに考えられる可能性であることが、現実の馬鹿馬鹿しさ加減を表していると言えた。
いずれにせよ、この身の安全と足りなすぎる情報を補う為にも今はなされるがままに彼らに連行された方がいいだろう。
「あ……あれは、村?」
そうして二時間近く彼らの担ぐ神輿に揺られていると、吾輩たちの視界に再び変化が訪れた。
さざ波を跳ね返す巨大な崖。それを日陰にして隠れ住むように、建物らしきものがちらほらと見えてきたのだ。
その景色が見えた途端、この神輿を担ぐ男の一人がウキウキとした声を上げ、そこが彼らの集落であることが察せられた。
そこへたどり着くまで神輿を運ぶスピードが、少しだけ速くなったような気がした。
「だんちょうどの、よくぞもどられた!」
「よげんのみこさまとモスラさまをおつれした」
「なんと! すぐにベラさまをおつれせねば!」
防護柵で囲われた集落の入り口に到着すると、リーダー格の男が門番の男と何やら話し合う。
するとその瞬間、門番が道を空けながら吾輩たちの神輿に向かって深々と頭を下げてきた。
そして、吾輩たちの前にぞろぞろと気配が動き始めた。
「みこさまだ! みこさまがいらしたぞー!」
「ほんとう!? すっごーい! ベラさまのよげんどおりだー!」
入り口前での動騒は瞬く間に集落へと伝わっていき、各所から次々と住民たちが集まってきた。
いずれも褐色の肌をしており、日本ではまず見ることのない面妖なデザインの民族衣装を身に纏っている。そんな彼らは軍隊のように統率の取れた動きで神輿の前に整列すると、リーダー格の男が一声放つなり、彼らは先の者たちと同じように両膝をついた。
静かになった空気の中、神輿からそろりと顔を出して彼らの様子を窺ったモラは、一斉にひれ伏した集落の住民たちの姿に頬を引きつらせた。
自分が何故か崇められていることに彼女も気づいているようだが、その理由が一切不明であるためにどう反応を返せば良いのか戸惑っているのであろう。
そんな彼女の手の上から吾輩は、この異様な空気の中で周囲を見回した。
──その時、吾輩は彼らの中でただ一人膝をついておらず、堂々たる佇まいでこちらに近づいてくる者に気づいた。
モラもまたその存在に気づき、そして驚きに息を呑んだ。吾輩も思わず心の中で呟く。
──
そこにいたのは、美しい少女だった。
集落の者たちの中でただ一人煌びやかなドレスを身に纏っているその姿は、御伽噺のお姫様をそのまま現実に顕現させたかのようである。
明らかにこの場において異彩を放った格好をしている彼女は、しかしその衣装を纏っていることが至って自然に思えるほど美しく着飾っていた。
その少女は黒髪の頭につけたティアラのベール越しに、神輿に座る吾輩たちの姿を見据え──その口を開いた。
『やっと会えた……』
「っ? 今の声……!」
──あの時と、同じ声だ。
聴こえてきた少女の声に、モラと吾輩が驚く。
鼓膜からではなく、脳内に直接呼び掛けるような声は、吾輩たちがあのジャングルに飛ばされる直前に聴いたものと同じ響きをしていたのだ。
しかし、驚くのはそれだけではなかった。
『エリアスの力を受け継ぐモスラの巫女……我が片割れ……あなたと出会う日を、どれほど待ち焦がれていたか』
「あ……あなた……その顔……っ」
浜風に吹かれてティアラのベールがめくれ、少女の素顔がはっきりと外気に触れる。
露出されたその顔を見た瞬間、モラが幽霊を見たかの如き驚愕を浮かべた。
──少女はまるで双子のように、モラと同じ顔をしていたのだ。
サブタイトルの台詞はあのシーンを見ていた私も思わず呟きました。
謎の言語演出をフォント機能で再現出来るの本当すごいと思う。運営さん有能 ゴジラ 芹沢博士
インファント語はなんとなくイメージに合っている気がしたのでプリキュア文字でやってみました。