飼っていた芋虫がモスラとして異世界召喚された話   作:GT(EW版)

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 まさか主人公の性別がそこまで気にされるとは思っていなかった……芋虫ですし


ウルトラマンモスモス

 

 

 時は1999年7月――世間ではノストラダムスの大予言が囁かれたその日……世紀末の予言は的中し、空から恐怖の大王が現れた。

 

 

 かの予言が示していた恐怖の大王とは、まるで意思を持っているかのように方向を変え、突如として地球に落下してきた「巨大隕石」のことだったのだ。

 

 その時、多くの人々が世界の終焉を察したことだろう。

 太平洋上に落下した巨大隕石は二次災害として大津波や地殻変動を引き起こし、付近の国々を手当たり次第飲み込んでいった。

 

 数億人もの死者や行方不明者を発生させたその事件は、国家を揺るがす痛ましい大災害となったものだ。

 

 

 

 ……だが、人類は生き残った。

 

 隕石の影響により地球の気候は変化したものの、それでも辛うじて直接的な人類存亡につながる致命傷には至らなかったのだ。この時点では。

 

 しかし、それは絶望の始まりに過ぎなかった。

 海を抉った巨大隕石の衝突はその後に巻き起こった未曾有の事態の引き金に過ぎなかったのだ。

 人類を襲うさらなる悲劇は、被災から数日後になって訪れた。

 

 

 ――それこそが、「怪獣」の出現である。

 

 

 人の観測が及ばない地底深くから、それは次々と人々の前に姿を現した。

 ゾウやクジラなどよりも遥かに大きく、強大な力を持った異形の生命体。世界各地で人知を超越した巨大生物が出現し、それらの存在が世界の在り様を変えてしまった。

 

『既にメガヌロンと遭遇した貴方がたなら、怪獣の脅威も概ね理解しているでしょう』

「メガヌロンって、それがあの時の怪物……? あんなのが、たくさんいるってこと?」

『いえ……今やこの星は、メガヌロンなどよりも遥かに強く凶暴な巨大生物に溢れています』

「あれよりも、もっとって……」

 

 あのヤゴの化け物――名前を「メガヌロン」と呼ぶらしいが、ベラの話によればあの化け物さえも怪獣の中では他の怪獣たちに捕食される程度のヒエラルキーらしい。あまりにもスケールが大きすぎてにわかには想像できないが、それほどまでに圧倒的な力を持っているのが「怪獣」のスタンダードなのであろう。

 しかしそのような怪獣たちがそこら中に闊歩しているというこの世界で、力無き人類がどんな目に遭っているかと考えれば概ね察しはついた。

 

『成体となった怪獣の全長は50メートル前後が基本で、中には100メートルを超す個体もいます。そんな怪獣たちの前では軍隊の攻撃さえ通じず、地上は蹂躙され、大陸の人々は今や総人口の半数以上が死滅しました』

「酷い……」

 

 怪獣による人類の死亡者の数は、数億人どころの被害では収まらないようだ。

 想像以上の大惨事であり、想像以上のディストピアである。この世界のあらましを神妙に語るベラの話にモラは息を呑み、震え出した自らの不安を誤魔化すように台上の吾輩に指を伸ばすとその手に吾輩を乗せた。

 手をつなぐ――ようなものか、人で言えば。この世界に来てからはもはや吾輩の定位置になりつつある彼女の手の上で、吾輩はベラの顔を共に見上げた。

 すると彼女は、おもむろに後ろを向くなり移動を始めた。

 

『どうぞこちらに、ついてきてください』

「あ、はい……」

 

 モラは言われた通り彼女の後に続き、この屋敷の広間を二人で歩いていく。

 するとベラは下の階に続く階段が見えたところで立ち止まり、手前に配置されていたランタンをその手に取った。

 モラに「足元に気をつけてください」と忠告した後で、彼女は先導しながらその階段を下っていく。

 どうやらこの屋敷には、地下室があるようだ。場所を地下室に移して何をするのやらと吾輩とモラは首を傾げたが……数分掛けて長い階段を下りきったところで、吾輩たちは理解した。

 

 

「うわぁ……」

 

 周囲の光景を見回しながら、モラが感嘆の声を上げた。

 長い階段を下りた先にある屋敷の地下――ベラが携えるランタンの灯かりに照らされた先では、壁面中びっしりと古めかしい絵画が彫り描かれていたのだ。

 その壁画を差して、ベラが語る。

 

『これは、かつてこの島――「インファント島」に住んでいた住民たちが描いた、古代の壁画です』

 

 インファント島、というのか。この島は。あのジャングルを見た限りでは未開の地という印象を見受けたが、どうやら島に人が住んでからの歴史は相当な年月になるようだ。

 壁画の中ではこの村の者たちが着ていたような民族衣装を纏った人々が舞い躍っており、祭りらしき催しを行っている風景が描かれていた。

 

 ベラが各種の壁画を紹介しながら歩き進んでいくと、元々の目当てだったのであろう特に大きな壁画の前で足を止め、それを照らすように高々とランタンを掲げた。

 全体像が露わになった瞬間、モラが呟く。

 

「……蝶? いや、蛾かな?」

 

 そこに描かれていたのはインファント島民の絵ではなく、太陽を背にしながら大きな羽根を広げている一体の蛾の姿だった。

 

 蛾の身体は大きく、同じ枠の中で伏して拝んでいる人々の姿は、まるで豆粒のように小さく描かれていた。

 その壁画が何を意味しているのか考察した瞬間、吾輩は真っ先にこの蛾が神として崇められているのだと察した。

 そんな巨大蛾の壁画を前に呆然と佇むモラを横にして、ベラがゆっくりと語り出した。

 

『先ほど話した通り、今私たちの世界は怪獣によって支配されています。ここより海を越えた先にある大陸では一帯に凶暴な怪獣たちが闊歩しており……そんな世界の中で、人々にはこの島だけが楽園でした。人類に残された数少ない生活圏の一つとして、私たちはこの島に隠れ住んでいるのです』

「楽園……? あんな怪獣がいるのに?」

『ええ、楽園だった(・・・)のです、十年前までは……」

 

 怪獣が一斉に姿を現しディストピアと化した世界の中で、このインファント島だけが平和に暮らしていける場所だったのだと――ベラが手の届かない遠いものを見るように、壁画の巨大蛾を見つめながら語った。

 

『この島は、かつてこの「モスラ」によって守られていました』

「モスラ……もしかしてこの蛾が、貴方の言っているモスラなの?」

『ええ。蛾怪獣モスラ……怪獣の存在が世に知れ渡るよりも遥か昔、紀元前以来からインファントの民が崇めていた島の守護神です』

 

 モスラ――彼女が先まで散々名を出していた、神秘的な響きを感じるその名前。それこそがこの壁画に描かれている巨大蛾の正体なのだと、吾輩たちは理解する。

 そして、彼女はその守護神モスラについて熱心に説明してくれた。

 

 モスラもまた、世紀末の巨大隕石衝突後に覚醒した「怪獣」の一体である。

 地殻変動が起こり剥き出しになったインファント島の地底から、巨大なタマゴが発見されたのだそうだ。

 

 そのタマゴから地を這う幼虫の姿で孵化したモスラは数日後に繭を作り、極彩色の羽根を持つ美しい姿として羽化した。

 巨大な蛾の姿をした大怪獣は優雅に空を舞いながら、インファント島を襲う他の怪獣たちと勇ましく戦ったとのことだ。

 

『かつて古代の時代にもインファントの民と共生していたモスラは、現代の島民に対しても非常に友好的でした。その力であらゆる敵を退け……人々を守ってくれたのです』

「優しい怪獣だったんだね」

『そう、聞いています……ですが……』

 

 怪獣でありながらも凶暴性がなく、それどころか島の守り神として他の怪獣たちと戦っていたというモスラ。彼女の語る姿はまさしく守護神である。

 モスラの武勇伝を語る彼女は心なしか早口になっており、その姿はいかに彼女が敬虔な信徒なのかを表していると言えた。

 

 だがそんなベラの瞳は、モラの手に乗っている吾輩の姿に目を移すなり悲しげに曇った。

 

『……今から十年前、モスラは破壊神バトラ……ある怪獣との戦いの末、その命を落としました』

 

 彼女が語るモスラの話は、その全てが過去形に過ぎなかった。そこに引っ掛かりを覚えていた吾輩だが、その言葉を聞いて納得した。

 それならば異世界を当てにしてまで、「モスラ」を呼び出そうとした意味がわかるものだ。

 

 混沌とした怪獣だらけの世界で、それまで自分たちを守ってくれた守護神様が死んだ。

 ともなれば、守りを失ったその後のインファント島は……余程、辛い目に遭ってきたのであろう。

 

『……守護神であるモスラ亡き後、このインファント島はメガヌロンのような怪獣たちが住みつく怪獣島となってしまいました』

「そっか……だから……」

『それでもメガヌロンだけならば、モスラが残してくれた遺産でどうにか退治できるのです……しかし昨今はこのメガヌロンを捕食する為に、外から来たさらに強大な怪獣が住み着いています』

 

 そう語るベラは、ランタンの位置を動かすと別の壁画に向かって灯かりを照らした。

 その壁画にはモスラが人々に崇められている光景ではなく、空でモスラと対峙している翼竜の姿が描かれていた。

 そして、その下では何もできずに吹き飛ばされていく人々の地獄絵図が描かれている。

 

そらのだいかいじゅうラドン むかえうつモスラ

 

 壁画の下にはタイトルと思わしき文字が書かれているが、吾輩には読み取れない。

 だが、人にとって怪獣という存在がどういう存在なのかを読み取れる凄惨な光景は、ベラのランタンが照らす壁画でそこかしこに見えた。

 

 

 ……確かに、こんなのが何体もいるような世界では、人間の立場はあまりにもちっぽけ過ぎるだろう。

 話を聞いたモラもまた、インファント島民が置かれている絶望的な状況を理解し、ベラに対して同情の視線を寄せていた。

 

『元は外部から流れ着いた者たちも含めて、この島には2000人以上もの人々が暮らしていました。しかしその者たちも住み着いた怪獣の被害に遭い、今やインファントの民はここにいる42人を残すのみとなっています』

 

 ……そう遠くなく、確実に絶滅するだろう。

 守護神がいなくなったこの島はもはや、人が住める場所ではなくなってしまったのだ。

 しかし、だからと言って島を出ても待っている結末は同じだとベラは語る。

 話によれば海にも多くの怪獣が住んでおり、船を出して島を出ようとすればその怪獣の胃袋に収まるのが関の山だと語る。仮に運よく大陸まで辿り着いたとしても、海沿いの大陸には島以上に危険な怪獣で溢れ返っており、状況は完全に詰んでいた。

 

 そんな状況の中で、ベラは動いたのだ。

 

『このままでは、あと一年も持たずにインファントの民は絶滅する……そう考えた私は、一縷の希望に願いを託しました。

 守護神モスラの再臨を願い……この世界ではない、別の次元のモスラへと祈りを捧げたのです。生い立ちが特殊な私には、それができる力があった』

 

 それはまさに、藁にも縋る思いだったに違いない。

 守護神亡きインファント島を救う為、彼女は新たな守護神を召喚する為に別の世界に祈りを捧げた。

 その声で。その歌で。

 そんなことが出来る時点で彼女は普通の人間ではないことが窺えるが……確かにその声は、次元を越えて吾輩たちの世界に届いた。

 

 届いたのだが、なぁ……

 

『その結果、モラ様の世界に住まうモスラが私の声に応じ、現れてくれたのです』

 

 やはり、どう考えても人違い――もとい虫違いであろう。

 召喚までの経緯はわかったが、根本的な疑念が何一つ晴れていない。

 異世界から守護神の怪獣を呼び出した結果、何故吾輩のところへ着信が届くのだ? 吾輩はモスラではなくカイコだ。ご覧の通り、イモムシである。

 ベラは吾輩がモスラパワーを使ってモラと共に転移してきたのだと言っていたが、何度思考を巡らせようとも吾輩の頭には一切記憶になかった。

 モラも当たり前のように反論する。

 

「私たちの世界のモスラって……さっきも言ったけど、レオちゃんはカイコだよ? 絶対違うって」

 

 その通りである。吾輩こそはカイコのレオちゃん。繭から絹を生み落とす、由緒正しきお蚕様である。

 故に怪獣などという化け物をどうこうできる存在では断じてないし、守護神などもってのほかだ。

 無理難題もいいところである。

 

「大きさだって、全然違うんでしょ? モスラっていう神様は、もっとずっと大きいんだよね?」

『はい。翼長は175メートルと言われています』

「ほらー……って、ホントにおっきいね……」

『古代のモスラは、最大で250メートルにも及んだそうです』

「そんなに!? すごい……」

 

 おおう、想像以上に大きいのだな……確かに神と崇められるわけである。それだけ大きければメガヌロンとてもはやアリみたいなものか。

 因みに吾輩の体長は余裕の手のひらサイズである。

 比べるまでもなく、完全なる赤の他人だ。ベラはどう考えても何か致命的な勘違いをしている。やれやれ困ったものだな。これでは目の覚めるような美少女とて、イモムシを守護神と思い込んでいるイタい子である。

 

「うん、やっぱりカイコとは全然違うよ」

『そ、それでもモスラなんです! あの時私が感じた波動は、確かにインファントの守護神だったんですっ!』

「えー……」

 

 そうだそうだ。もっと言ってやってくれ、モラ。健気な子に絶望を突き付けてしまうのは忍びないが……現実を受け入れる勇気もまた、苦難を乗り越える為には必要なことだ。

 

『そう言うモラ様だって! 貴方にも思い当たる節はある筈です! その方がただのイモムシではないと、そう感じたことが今までに一度もなかったと言い切れますか!?』

「そ、それは……」

『ほら! そうでしょう!? ですからその方はモスラなのです! 今は小さくとも、多少の時間をかければ必ずやこの壁画のように大きくなる筈です!』

「う、うーん……」

 

 あくまでも吾輩のことをモスラだと言い張るベラに、何故か口ごもるモラ。

 いや、その理屈はおかしい。待つのだ飼い主様、何故そこで「確かに」とでも言いたげな目を吾輩に向ける? 吾輩は至って普通のイモムシだった筈だ。モリモリ桑の葉を貪り、脱皮することで成長していく。葉や指の上をもそもそ這う姿は模範的なイモムシと言って良かった筈である。

 ええい、吾輩に言葉が話せたならすぐにでも弁明できたものを……!

 

『いいでしょう! ならば私が今、その方がモスラであるという証拠をお見せしましょう! これを見たらモラ様もお認めくださいね!?』

「えっ、証拠? そんなこと言ったって、証拠なんてあるの?」

『あるもんっ! あります!』

「あっ、うん……」

 

 モラの手の上で抗議のじたばたを行う吾輩を見つめながら、議論の中でヒートアップしたベラが強く言い張る。

 なんだか彼女のイメージがどんどん残念なものになっていく気がしたが、吾輩はイモムシ故に幻滅することはない。幻滅はしないが、それはそれとして癇癪を起こした幼女を見守るような生温かい気持ちになっていたが。

 心なしかモラも同じような眼差しを送る中で、ベラがすうっと深呼吸し――

 

 

 

 

 ――神の降臨を祝う少女の歌が、地下の空間に響き渡った。

 

 

 

 

 






 因みにインファント島の被害の大半はメガヌロン食いに飛んできた鳥さんのせいです

 自分で書いていて思ったけどインファント島というより髑髏島っぽくなりました。
 最近はゴジモスがトレンドですが王道を往くバトモスもいいよね……
 次回は本作の敵怪獣枠が登場します

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